ユニクロの障害者雇用
その他のタイトル UNIQLO and the Employment of Handicapped Persons
著者 伊藤 健市
雑誌名 關西大學商學論集
巻 53
号 6
ページ 41‑61
発行年 2009‑02‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/784
ユニクロの障害者雇用
伊 藤 健 市
はじめに
2008年6月1日現在の民間企業における障害者の実雇用率は1.59%(前年同期は1.55%)と, 法定雇用率(1.8%)を大きく割り込んでいる。法定雇用率達成企業の割合も44.9%(同, 43.8%)
と低調である(厚生労働省発表)。だが,実雇用率7%超を連続して達成している企業もある。
それがこの小論で取り上げる(株)ユニクロ(ユニーク・クロージング・ウェアハウス,
UNIQLO)である。同社は,ここ数年,障害者雇用ランキングで1位を取り続けている。なぜ,
ユニクロではそうしたことが可能なのであろうか。この小論は,それを同社の人的資源管理 (Human Resource Management)から解き明かすことを目的としている。
1.障害者雇用の実態
ユニクロは, 1999年度まで法定雇用率をクリアーしていただけで,それほど積極的に障害者 雇用に取り組んでいたわけではない。ところが, 2000年度に,法定雇用率を割り込む公算が大 きくなるという事態に直面する。事実, 2001年3月時点の雇用率は1.27%であった!)。こうし た事態をもたらした最大の要因は,店舗数の急増(図表1)と,それに伴う従業員増であった
(図表2)。母数が大きくなるのであるから,それに比例して障害者を増やさない限り雇用率は 下がってしまう。当時管理部(現グループ総務部)給与・社会保険チームのリーダーであった 重本直久氏は,「2000年度は法定雇用率を下回ることが確実になると上司に報告し,『旗振り役
を』と買ってでました」2)と語っておられる。
法定雇用率を割り込む事態に直面した時点で,ユニクロが採り得た選択肢には,①障害者雇 用納付金を払う,つまり法定雇用率を割り込んだままにしておくというコンプライアンスに悸 り,企業の社会的責任を果たさない案,②それまでと同様,法定雇用率程度の障害者雇用を今 後も継続するという消極案,③障害者雇用を推進するという積極案,の3つがあった。もちろ
1)重本直久「ユニクロの障害者雇用の現状」『さぽーと』第52巻第6号, 2005年6月, 31ページ。
2)「職場ルポ」『働く広場』 No.291, 2001年12月号, 23ページ。
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図表1 店舗数の推移 (1991 2008年)
年 度 i店舗数 年 度 i店舗数 年 度 ! 店 舗 数 年 度 ! 店 舗 数 年 度 店舗数 1991 16 1995 176 1999 338 2003 581 2007 730 1992 62 1996 229 2000 433 2004 626 2008 740 1993 83 1997 276 2001 507 2005 664
1994 118 1998 336 2002 558 2006 703 注1)各年度とも8月末の直営店の数字。
出所)各年度のAnnualReportと有価証券報告書。
図表2 国内ユニクロ事業の従業員数 (2000 2008年)
年 度 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 男子社員 1,134 1,208 1,373 1,379 2,182 2,411 女子社員 332 372 456 479 1,587 2,114 社員合計 1,265 1,598 1,853 1,466 1,580 1,829 1,858 3,769 4,525 パート・アルバイト 4,988 11,370 9,243 7,758 9,624 10,686 10,996 11,905 10,402 総 計 6,253 12,968 11,096 9,224 11,204 12,515 12,854 15,674 14,927 注) 2000 2002年度はファーストリテイリングの総数で.男女別社員数は不明。
2003年度以降は.国内ユニクロ事業の従業員数。
出所) 2000 2002年度は有価証券報告書. 2003年度はDataBook,それ以降はFactBookをそれぞれ参照した。
ん , ① と ② の 選 択 肢 は 論 外 で あ る 。 ③ の 積 極 案 に 関 し て . 特 例 子 会 社 で 対 応 と い う 方 法 も あ っ た が , 製 造 小 売 業 (SPA)4lと し て 中 国 を 拠 点 に 製 造 し て い た ユ ニ ク ロ に は そ の 選 択 肢 は 採 り 難 い も の で . 柳 井 正 代 表 取 締 役 社 長 ( 当 時 ) は 「 一 店 舗 一 人 を 採 用 し よ う と い う 会 社 方 針」を打ち出された。
柳 井 氏 は な ぜ そ う し た 意 思 決 定 を 下 さ れ た の か 。 こ の 点 の 解 明 に は , ユ ニ ク ロ が2001年3月 前 後 に ど う い っ た 経 営 環 境 に 置 か れ て い た の か を 知 る 必 要 が あ る 。 フ リ ー ス プ ー ム で 「 全 国 区 」 の企業になったのは, 1998年11月に原宿店をオープンして以降のことである。その時点で氏は.
3)周知のように特例子会社は1987年の障害者雇用促進法改正で規定されており, 1997年に改正された同 法で.親会社およぴ子会社(関係会社)を同一の事業主体とする子会社は.要件を満たせば特例子会社と して認定される要件が緩和された。具体的には.当該子会社に障害をもつ従業員が5人以上(そのうち重 度身体障害者および知的障害者の合計数が30%以上)いて,従業員に占める障害者の比率が20%であれば 特例子会社と認定されている。もちろん.特例子会社での障害者雇用数が親会社の雇用数に算入されるこ とはいうまでもない。 2002年の改正では特例子会社を有する親会社は,関係する他の子会社(関係会社)
についても,特例子会社と同様,親会社と通算した雇用率制度が適用されることが可能となった。つまり.
企業グループは.一定の要件を満たせぱ.親会社.子会社(関係会社).特例子会社の障害者雇用数全体を 雇用率算定に使えることになった。
4) SP A (speciality store retailer of private label apparel)は.ギャップ (GAP) のドナルド・フィッシャ
‑ (Donald Fisher)会長が1986年度の決算発表で初めて使った言葉で,直訳すると「自社企画プランド衣 料を販売する専門店」ということになる。素材調達,企画,開発,製造,物流,販売,在庫管理,店舗企 画などといった工程を効率化しながら,顧客の要求に応える体制を築き上げるための考え方,あるいはそ の体制を指している。
企業は利益を上げるだけではだめで.そもそも利益を上げられるのはその企業が社会のなかで 生かされているからだ.何かできることから社会に還元しないといけないということに気づい た. とおっしゃっている。社内を見渡してみると.本来やるべき課題である障害者雇用の推進 が進んでいない。まずこれに取り組むことになったようである叫ただし,障害者雇用に関し て.柳井氏はもう一歩先を見据えておられたのではないだろうか。日本一の次の目標は,アジ アー•世界一の企業であり.それは昨今のユニクロの世界展開をみても頷ける。そして.世界 で戦うとなると最大の敵はGAPで.最終的にはアメリカ市場で決着をつけねばならない。ア メリカの実情をよく知っておられる柳井氏にとって,「障害をもつアメリカ人法 (The Americans with Disabilities Act of 1900, ADA)」の存在は周知の事実であったろうし.ウォ ルマート社 (Wal‑MartStores, Inc.)が障害者雇用に関して雇用機会均等委員会 (U.S.Equal Employment Opportunity Commission. EEOC)から莫大な制裁金を要求され.テレビで自社 負担による謝罪放送を流していたこともご存じであったと思う叫障害者の積極的な雇用は,
アメリカ進出をも脱んだ上での意思決定とするのは考えすぎであろうか。
柳井氏の「大号令」にとって幸いなことに.聴覚障害者が働いていた那覇店の経験が活かさ れる。同店では.聴覚障害者を雇用したことにより.「誰かが困っていたらみんなでカバーし ようというチームワークの意識が店舗に広がって.それとともにお客様へのサービスが向上し ていった」 のである。本格的な障害者雇用が始まるのは2001年3月からで.この時点でスー パーバイザー(複数店舗の統括管理者.後述)と店長に.「地元のハローワークや障害者職業 センターと相談して.障害者を採用するように」8)との指示が出され,それと同時に「障害者 採用案内」が作成され.同年6月の社内報では「障害者雇用は店舗に何をもたらすか?」とい う特集が組まれた。この特集では.「5店舗全店で障害者を採用している沖縄エリアを取り上げ.
聴覚障害者が入ったことで.顧客の表情を読み.必要なときに必要なサービスが提供できるよ うになったなどの実例」9)が紹介されている。重本氏は.「障害者と働いたことがないので,
ちょっと不安ですという意見はたくさんありましたから.障害者雇用をしてからどんなふうに 店が変わったか。障害者雇用でこんなメリットがありますと.那覇店の例などを具体的に説 明」10)することに取り組んだと語っておられる。
5)「第1回東京都障害者就労支援協議会」での植木俊行総務部長の発言による。その議事録は, http// www.hukushihoken.metro.tokyo.jp/ shougai̲shisaku/ shurou̲kyougi/ pressgijiroku/index.html (2008年12 月1日アクセス)を参照。
6)伊藤健市「障害をもつアメリカ人法と 必要な配慮 について(上)」(関西大学『人権問題研究室紀要』
第47号, 2003年)を参照のこと。
7)「職場ルポ」, 23ページ。当該聴覚障害者が店舗スタッフに手話を教え,顧客である聴覚障害者に対する サービスが向上したという。
8) 9)同上。
10)同上, 24ページ。
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2001年度以降のユニクロにおける障害者雇用率の推移は図表3のとおりである。同社の特徴 は,重度・軽度の知的障害者の割合が約70%を占めている点にあり,身体障害者は20%強,精 神障害者は5%程度である (2008年の実績)。
図表3 ユニクロにおける障害者雇用率の推移(各年度3月末の数字)
年 度 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 常用雇用労働者数 7,846 7,737 6,536 7,296 8,434 8,746 9,811 10,483 障害者実雇用数 100 491 445 551 646 639 750 863 雇用率(%) 1.27 6.35 6.81 7.55 7.66 7.31 7.64 8.23 注)常用雇用労働者は.いうまでもなく週30時間以上勤務の労働者を指す。
出所) 2008年12月4日の関西大学での植木グループ総務部部長の講演資料。資料提供にあたって.グループ総 務部の井上幸司氏にお世話になった。
2. 障害者雇用推進の必須要件
障害者雇用を積極的に推進している企業には共通してみられる要件がある。そうした要件と して一般に指摘されているのは以下の諸点である11)0
1.障害者雇用に対するトップの理念が明確にあること 2.その理念が現場に浸透していること
3.障害者雇用に取り組んでいることが,結果として顧客に対する企業活動や現場のチームワ ークによい効果を生み出していること
4.人事部門と現場の意思疎通が図られ,共通認識が作られていること
5.業務を見直すなかで,障害のある従事者のできる業務を生み出していること
6.障害のある従業員が働きやすい環境を作るために,外部の障害者雇用の支援機関と密接に 連携がとられていること
これら 6点はそれぞれが障害者雇用を推進する際に避けて通れない,ある意味必須の要件であ るが,少し整理が必要であるのと同時に,残念なことに重要な点が1つ欠落している。
まず, 1点目と 2点目の「トップの理念」とその全社的な徹底という内容についてである。「ト ップの理念」となると個人の信条とも解釈されかねない。あくまでも経営理念自体の問題であ ろう。ただし,経営理念のなかで障害者雇用の推進を謳う必要はない。自社の障害者雇用の推 進が,経営理念に基づくものであることをトップが明言すべきであろう。
次に3点目である。障害者雇用は福祉的・温情的措置ではないし,障害者自身もそうした意 識のもとで働きたくはないであろう。また,障害者雇用が結果としてビジネス活動に貢献しな
11)東京都社会福祉協議会「障害者就労支援活動事例集』, 2006年, 81ページ。
いのであれば,それが継続的な取り組みとなるはずもない。
最後に4 6点目である。障害者がハンディキャッパーであることは間違いない。障害者の もつハンディキャップを取り除くか軽減できれば,健常者と同等かそれに近い存在となる。そ の意味で,ハンディキャップを取り除く主体が誰なのか,人事部門なのか現場なのかを明確に しておかねばならない。主体は現場であろうし,人事部門はサポートとチェックを行うべきだ と考える。現場の意識改革が必要となろう。ハンディキャップを取り除くか軽減できる措置が 講じられれば職域開発も進む。その際には,専門家である「外部の障害者雇用の支援機関」が 非常に重要な役割を演じることになろう。以上の点に関し, ADAのもつ精神は重要である。
同法は,「必要な配慮 (ReasonableAccommodation)」と「重大な支障 (UndueHardship)」 という 2つの概念で障害者雇用の推進を図っている12)0
以上の諸点が揃っておればそれだけで障害者雇用は前進するのであろうか。答えは否であ る。そこには,取り上げるべき重要な要件が欠落している。それは,「障害者を対象とした独 自の人的資源管理」の存在である。障害者雇用を福祉的・温情的活動と位置づけるのではなく,
なおかつビジネス活動に貢献するものと位置づけるのであれば,障害者をその適性に基づいて 採用し,適正に評価し,育成・開発し,動機づけ,その働きに正当に報い,定着させる制度(=
人的資源管理)が整っていなければならない。この点は,これまで障害者雇用を論じる際に取 り上げられることはなかった。だからといって等閑にしていいというものではない。もちろん,
健常者と同じ人的資源管理を利用できるならそれを活用すればいいのであるが,無理な場合が 多い。障害者雇用の推進には,障害者を対象とした独自の人的資源管理が必要である。そして,
障害者独自の人的資源管理の存在こそが,障害者雇用の成否を大きく左右するのである。
以上を纏めると,障害者雇用推進に必要な要件は,
1.障害者雇用に繋がる経営理念の設定とそれに基づく経営トップの意思表明 2.障害者雇用のビジネス活動への貢献
3.現場を主体とする障害者雇用の推進 4.障害者に対する必要な配慮
5.障害者を対象とした独自の人的資源管理
ということになる。これらの要因がユニクロでどう達成されているのかを順次みていこう。
(1) 経営理念
ユニクロの経営理念は,同社の代表取締役会長兼社長の柳井 正氏によると,「あらゆる判
12)詳しくは以下の諸論考を参照のこと。伊藤健市「障害をもつアメリカ人法と 必要な配慮 について(上)
(中) (下)」(関西大学「人権問題研究室紀要』第47・ 48 ・ 49号, 2003・ 2004年),「非典型雇用と障害をも つアメリカ人法」(同上紀要,第51号, 2005年),「中小企業と障害をもつアメリカ人法」(同上紀要,第53号, 2006年),「障害をもつアメリカ人法と 重大な支障 」『関西大学商学論集』(第49巻第5号, 2004年)。
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断 を そ の 理 念 に 照 ら し 合 わ せ て 行 う よ う に さ せ て い ま す 。 こ れ は , 社 長 か ら パ ー ト ま で , 当 社 に か か わ る 人 す べ て に 徹 底 さ せ て い ま す 。 こ の 経 営 理 念 は 当 社 に と っ て 憲 法 」13)と 位 置 づ け ら れ て い る 。 そ れ は ま た , 「 ど こ の 会 社 に も あ て は ま る 経 営 の 原 理 原 則 」14)であって,「われわれ の企業のミッションおよびビジョン」15)を示す存在でもある。
ユ ニ ク ロ の 経 営 理 念 は , 図 表4に示される23ヵ 条 か ら な る 。 柳 井 氏 に よ る と , 経 営 理 念 を 作 っ た 理 由 は , ① 経 営 方 針 の 理 解 , ② 会 社 と し て の 考 え 方 の 表 明 , ③ 明 確 な 理 念 の も と で の 価 値 観 の 統 一 , の3つ に あ っ た16)。 そ の 原 型 は30歳頃 (1980年 前 後 ) に 発 想 さ れ た よ う で , 「 い い 会社とは, ど ん な 会 社 か 」 あ る い は 「 い い 会 社 に す る に は 何 が 必 要 か 」 と い う 問 題 意 識 の も と
図表4 経営理念 第1条 顧客の要望に応え.顧客を創造する経営
第2条 良いアイデアを実行し,世の中を動かし.社会を変革し.社会に貢献する経営 第 3条 いかなる企業の傘の中にも入らない自主独立の経営
第4条 現実を直視し.時代に適応し.自ら能動的に変化する経営
第5条 社員ひとりひとりが自活し,自省し.柔軟な組織の中で個人ひとりひとりの尊重とチームワークを 最重視する経営
第6条 世界中の才能を活用し,自社独自のIDを確立し.若者支持率No.Iの商品,業態を開発する,真に国 際化できる経営
第7条 唯一.顧客との直接接点が商品と売り場であることを徹底認識した,商品・売り場中心の経営 第8条 全社最適,全社員一致協力.全部門連動体制の経営
第9条 スピード,やる気,革新,実行力の経営 第10条 公明正大,信賞必罰,完全実力主義の経営
第11条 管理能力の質的アップをし,無駄を徹底排除し,採算を常に考えた,高効率・高配分の経営 第12条 成功・失敗の情報を具体的に徹底分析し,記憶し,次の参考にする経営
第13条 積極的にチャレンジし.困難を,競争を回避しない経営 第14条 プロ意識に徹して,実績で勝負して勝つ経営
第15条 一貫性のある長期ビジョンを全員で共有し.正しいこと,小さいこと,基本を確実に行い,正しい 方向で忍耐強く最後まで努力する経営
第16条 商品そのものよりも企業姿勢を買ってもらう,感受性の鋭い,物事の表面よりも本質を追求する経 営
第17条 いつもプラス発想し,先行投資し,未来に希望を持ち,活性化する経営 第18条 明確な目標,目的,コンセプトを全社,チーム.個人が持つ経営 第19条 自社の事業,自分の仕事について最高レベルの倫理を要求する経営
第20条 自分が自分に対して最大の批判者となり,自分の行動と姿勢を改革する自己革新力のある経営 第21条 人種,国籍,年齢,男女等あらゆる差別をなくす経営
第22条 相乗効果のある新規事業を開発し,その分野でNo.1になる経営
第23条 仕事をするために組織があり,顧客の要望に応えるために社員,取引先が有ることを徹底認識した 壁のないプロジェクト主義の経営
出所)柳井正『一勝九敗』新潮文庫, 2006年, 233‑260ページ。
13)柳井 正「経営という仕事」『日経ビジネス Associe』2003年4月号, 14ページ。
14)柳井 正「新しい日本の企業を作るーユニクロのプランドビルデイング」日本経済新聞社編『世界最強 の経営者』日本経済新聞社, 2002年, 190ページ。
15)同上論文, 191 192ページ。
16)柳井正『一勝九敗』新潮文庫, 2006年, 128 129ページ。
に書き出し始めた, と語っておられる17)。それは単なる「会社のモットー」ではなく,従業員 が実行に移す必要のあるものである。当初は 7ヵ条程度のものであったが,毎年追加して23ヵ 条になり現在に至っている。 23ヵ条のなかで人を意識し,障害者雇用に繋がるのは第 2条, 第5条 第16条,第21条である。
第2条でいう「社会を変革し,社会に貢献する経営」に注目したい。柳井氏は,「社会にあ まり影響力のないことをやってもしょうがない」とか.「本当によい企業というのは,ある意 味では社会運動に近いものではないか」と指摘されている18)。社会に貢献するとは,いうまで もなく社会が抱えている課題解決に企業が貢献するという意味であるし,氏の言葉を借りれば
「社会に対する企業としての使命感」19)ということであろう。社会に対する使命を会社とい う組織を使って達成する, というのが氏の真意である。当然,障害者雇用は社会貢献の1つに 位置づけられる。
第5条でいう「自活する」とは一人前になることで,「自省する」とは自分の行動を反省し 次に活かすことである。「柔軟な組織の中で個人ひとりひとりの尊重」は各個人が自活し自省 して初めて実現する。さらに,「個人ひとりひとりの尊重」は,「それぞれの持ち味,あるいは 欠点を認め合って仕事をする」20)ということに通じる。この「欠点」を「ハンディキャップ」
と置き換えればこの条項は障害者雇用の大前提を提示している,と解釈するのは筆者だけで はないであろう。ダイバーシティ (diversity,多様性)の本質がこの条項に示されている。
第16条でいう「企業姿勢」,それはユニクロという会社がどのような会社かという情報のな かでも一番重要な情報と位置づけられている。サービス面での他社との本質的な差別化は難し ぃ。柳井氏は,「商品と同時に企業姿勢を買ってもらわないと商売は始まらない」21)とまで明 言されている。ここでいう企業姿勢とは会社の基本スタンスであり,具体的には経営方針,取 引姿勢従業員のものの考え方,外部の人たちとの接し方といったことである。第16条は,先 の第2条と重ね合わせるとより本質を把握しやすい。
第21条には解説の必要ないであろう。言葉でいうのは簡単だが,実行に移すのは難しい。こ の面にこそ以下でみる経営トップの意識が反映される。
では,こうした経営理念に基づきつつ,経営トップである柳井氏が障害者雇用に関してどう いった意思表明をなされてきたかをみていこう。まず.「障害者雇用というものは, トップが
きちんと決断しなければなかなか進むものではない」22)と経営トップの役割を明確に位置づ けておられる。また,障害者雇用に対する基本的な考え方として,「障害があったとしても,
17)柳井正「一勝九敗』新潮文庫, 2006年, 130ページ。
18) 19)同上文庫, 131ページ。
20)同上文庫, 238ページ。
21)同上文庫, 252ページ。
22) 23) 24)柳井 正「障害者雇用は,特別なことではない。」『職業安定広報』 2006年9月号, 3ページ。
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それはその部分に障害があるということであって,仕事はいくらでもできるはず。だから,そ れぞれができる職場に就くべきだと思うし,世の中には障害を持った方がいるのだから,その 人たちと一緒に仕事をするということは『あたりまえ』でなければおかしいと思う」23)と発言 されている。企業に障害者がいるのは「あたりまえ」との認識である。そして,「企業という のは社会的存在だ。ものを買ってもらったり,作らせてもらったりして,存在している。だか
ら,企業が生き残るために,社会的責任を果たすことは1つの要件になったと考えるべきだ。
社会的に認められない企業は,生き残っていけない。企業は市民,特に影響力の大きい市民だ。
社会に障害を持った方がいるのだから,雇用の機会を提供することは,企業の義務だと思う」24)
と,企業が障害者雇用を推進するのは「義務」という決意を示されているのである。柳井氏の こうした障害者雇用に対する意識,認識決意,これらがユニクロの高い雇用率に繋がってい るとみて間違いない。
(2)ビジネス活動への貢献
一般的には,障害者を雇用すると仕事の効率が下がると思われている。柳井氏によるとそれ は誤解にすぎない。氏は.「当初.店舗での障害者雇用について『お客様へのサービスが低下 するのでは』という危惧もあったが.かえって障害者の働く店舗のほうが,お客様サービスが 向上していったのが実情だ。誰かが困っていたらみんなでカバーするという意識が芽生え,周 囲に対する気遣いができるようになった」25)とか.「障害者がいると効率が落ちるとか.障害 者は仕事ができないとかいった先入観もあるだろうが.実際にはそんなことはない。むしろ仕 事によっては,健常者よりも効率は上」26).さらには「当社では.障害を持つ人に店舗で働い てもらうことでその店舗の雰囲気が良くなりました。店舗の販売効率が落ちたかというとむし ろ逆です」27)と語っておられる。そして.「障害を持つ人と一緒に働く経験を通じて.他人を 気遣い.お互いが助け合うという仕事の進め方を学んだ結果,サービスの水準が向上しました。
障害者雇用はコストアップ要因ではない」28)どころか.「健常者ばかりの集団よりも.障害者 を含めた集団の方が競争力はあるのではないかと僕は思います」29)とまで明言されている。ユ ニクロにおける障害者雇用は.単に法定雇用率をクリアーするとか.企業の社会貢献・社会的 責任遂行といった動機だけではなく.それをさらに進めた顧客サービス・店舗効率の向上など.
一歩先を行く施策として実践されているのである。多様な顧客に対する多様なサービスの提供 には.多様な従業員の存在が必須である。
また.若干違った視点から.こうも語られている。「ユニクロの店舗では主婦や障害を持つ 人を積極的に採用しています。皆が助け合う気持ちを持てば現場の士気やチームカも向上しま
25)柳井正『一勝九敗」新潮文庫, 134ページ。
26) 柳井 正「障害者雇用は,特別なことではない。」 3ページ。
27) 28) 29) 柳井 正「経営という仕事」「日経ビジネスAssocie』2006年5月2日号, 102ページ。
すし.何より主婦や障害を持つ人ならではの視点で店舗運営を改善していけます」30), と。こ こでおっしゃっていることはどういうことなのであろうか。次のような氏の発言がヒントにな る。氏は,障害は何もできない人ではなく,大抵のことは自分一人ででき,部分的にできない ことがある人だと。障害者・健常者の区別はなく,あるのは得手不得手である。それで障害者 を特別視することは間違いである。健常者であろうと障害者であろうと完璧な人はいない。結 果「そこをみんなで助け合いながらカバーすることで,職場の雰囲気は良く」31)なるのである。
「障害を持った方と一緒に仕事をするとなると同僚・店長が気遣いをする。その気遣いとい うのは.本来.障害を持った方だけに向けるものではなくて.職場の全員に向けるものであり.
そもそもお客様に向けるべきものだ。障害を持った方の雇用を通じて.各店舗で人に対する思 いやりみたいなものや,一緒に仕事をしていこうという姿勢が生まれたのではないかと思う。」32)
同社では,そうした気持ち・態度を「気配り,目配り,心配り」と呼んでいる。それは何も障 害者だけなく,顧客や仲間のスタッフに対してももつべき支援意識であろう。こうした支援意 識が.その波及効果として.顧客への対応や店舗の改善点などに目を向けさせることになる。
つまり.障害者の気持ちを分かろう・理解しようとしない感受性のない人は,顧客や取引先の 気持ちを分かろう・理解しようとしない鈍感な人で,そうした相手のことを考えられない人が いる店舗は顧客サービスも低く生き残っていけない,というのが柳井氏の考えだと思われる。
最後に.障害者雇用が店長教育にも大いに貢献しているという,非常に興味深い事実を取り 上げておこう。この点は,東京都福祉保健局に設置された「東京都障害者就労支援協議会」が 2007年10月12日に開催した,第1回協議会でグループ総務部部長植木俊行氏が指摘されたもの である33)。ユニクロでは, 23歳とか24歳といった若者に年商5億ぐらいの店を任せるためのマ ニュアル教育を行い,サービスの原則とは何かを徹底的に教え込んでいる。だが,マニュアル 教育の限界として,社会のなかでどう生きるべきかといったことは教えられるものではない。
この点で,各店舗で障害者を雇用する際に,障害者職業センターやハローワークなど,様々な 人と関係しフォローを受けることになる。植木氏は,そうした関係構築のなかで.「社会の中 で自分自身が,店長ではなく一社会人としての良識だとか常識みたいなものを一人一人が少 しずつですけれども日々学んでいくことができた」34)し,「これが障害者雇用を推進する我々 が結果論として得た,非常にビジネスに役立った」35)と語っておられるのである。
(3)現場主体の推進
ユニクロの「全店舗に最低1名は障害を持った方を雇用する」という方針は.経営トップで
30)柳井 正「経営という仕事」「日経ビジネスAssocie』2006年9月19日号. 139ページ 31)柳井正「経営という仕事」「日経ビジネスAssocie』2006年5月2日号. 102ページ。
32)柳井 正「障害者雇用は.特別なことではない。」. 3ページ。
33) 34) 35)注(5)を参照のこと。
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あった柳井氏のみならず,「店舗のトップである店長が,本当に採用しようと思うことが必要 だったから」36)という経営判断のもとで提示された。だが,そうするには,障害者の採用や育 成など,マネジメントに関する権限が店長に委譲されていなければならない。
ユニクロにおける店長の位置づけを理解するには, 1998年6月から始まったABC(オール・
ベター・チェンジ)改革を知る必要がある。それは,「業績が低迷し,このままではダメにな ってしまうという危機感から生じた改革」37)で,「作った商品をいかに売るかではなく,売れ る商品をいかに早く特定し,作るかに業務の焦点を合わせる」38)全社を上げた取り組みであっ た。つまり,「本部主導型経営から店舗自律型経営への移行を目的とした全社的意識・行動・
仕組みの変革活動」39)と評価できよう。具体的には,①中国の委託生産工場の集約,②専門経 営者グループヘの移行,③店舗の運営思想の大転換,④ニュープロトタイプの構築,⑤デザイ
ンオフィスを原宿1ヶ所に統合,⑥業績にリンクした給与体系の整備,⑦雑誌とのタイアップ,
駅・電車中吊り広告や品質を問う広告など,様々な宣伝政策を展開,⑧一週間単位の会議体を 確立,を内容としている40)。
店長と関係するのは③である。その内容は,「チェーン展開する初期は本部主導型(中央集権)
でよいが,これを続けていると店舗が本部の指示待ちになり,販売機会ロスが増える。店舗の 自主性を尊重し,『自立と自律』を促すように仕組みも変えていく」41)もので,店舗が「頭脳」
で本部が「手足」となる。これまでとは正反対である。柳井氏自身も,この店舗運営思想の転 換は,現場への影響が一番大きかった,と述べておられる42)。ABC改革の象徴がスーパース ター (SS)店長 (1999年2月に導入)で,同店長には「立地特性やお客様層による発注量の 調整と商品陳列,店舗運営,チラシ等の販促を任せることにした。営業利益と賞与を連動させ る報酬制度も導入し,賞与は最低ゼロから,最高は一千万円を超える額まであり得ることとな った。」43)まさに,「独立自尊の商売人」44)となることが求められたのである。
一方, 1998年7月には大幅な組織変更もなされており,全国を14プロックに分割し,各ブロ ックにはプロック・リーダーが,その下のエリアには数店舗を受け持つスーパーバイザーがそ れぞれ配置され,スーパーバイザーが店舗経営をサポートする体制が整った。ただし,以上の 仕組みはあくまでもサポート体制であって,柳井氏も「あくまで店舗にいる経営者は店長であ り,店長が主役の会社にしたい。自律し自立した店長を育成することが経営者の任務だ」45)と
36)柳井正「障害者雇用は,特別なことではない。」. 3ページ。
37)『一勝九敗』. 152ページ。
38)同上文庫 102ページ。
39)近江七実『ユニクロ・急成長の秘密』あっぷる出版社, 2000年. 143ページ。
40) 41)「一勝九敗」. 103 104ページ。
42)同上文庫 104ページ。
43)同上文庫 151 152ページ。
44)同上文庫, 152ページ。
45)同上文庫, 154ページ。