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『論理学』(1874)におけるロッツェの概念論

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浅 野 将 秀

1 はじめに

『論理学』 (1874)におけるロッツェの概念論

 本稿の主題は,ヘルマン・ロッツェ(Rudolph Hermann Lotze, 1817-81)

の『論理学』(1874)における概念論である1.よく知られるように,ロッ ツェの影響は多岐に渡り,新カント派,現象学,初期分析哲学,プラグマ ティズムといった,後代の哲学全般にきわめて大きな影響を与えたとすら 言われる2

 近年,[Beiser2013]や[Woodward2015]のように,ロッツェの生涯や 哲学を広範に取り上げた大著が相次いで出版されたり,またある雑誌では ロッツェを主題とした特集号が組まれたりと3,いわば「ロッツェ・ルネ サンス」の観がある.しかし,そのような再評価の中にあっても,『論理学』

の概念論は依然としてほとんど注目されていないということもまた事実で ある4

 以上の状況を考慮すれば,『論理学』におけるロッツェの概念論を題材

1 1874年に第1版が出版された『論理学』([Lotze1874])は,1843年に書かれた同名の著作の

大幅な改訂である.本稿では『論理学』と書いて1874年版,とくにその第1巻「思考につ いて(純粋論理学)」を指す.また,本稿において,文献名を伴わない節番号はすべて『論 理学』からのものである.

2 cf. [MilkovIEP]

3 Philosophical Readings, 10:2, 2018.

4 例えば先に言及した雑誌では,導入を含めロッツェを主題とした論文が9本掲載されたが,

『論理学』の概念論を主題としたものはなかった.筆者の知る限り,現代において『論理学』

の概念論そのものを研究対象とし,その内実にまで踏み込んで検討しているものは,ジェ レミー・ハイスによる研究を除いてはほぼ存在しない.彼は一連の論文([Heis2008],

[Heis2014a]など)を通じて,カントからフレーゲ,カッシーラーに至る「概念論史」にお

ける『論理学』の重要性を論じている.

(2)

とすることはそれだけでいくらか興味あることのようにも思われるが,そ れでもなお次のように問うことは可能であるし,また問われるべきであろ う.すなわち,彼の概念論を扱うことがたんなる「好事家的趣味」にとど まらないのだとすれば,それはどのような意味においてであるのか.本稿 の目的は,この問いに対するひとつの答えとして,ポスト・カント論理哲 学のアクチュアリティを検討する上で『論理学』の概念論が果たすと思わ れる役割を示すことにある.具体的には,『論理学』の概念論で与えられ る一連の考察が,一方では,情報科学や認知科学において現在提唱されて いる理論的枠組みにおいてもまた採用されていると見ることが可能であ り,他方では,カント以後の論理哲学においてしばしば思弁的な仕方での み語られることの多いアイディアを発展的に継承し,独自の仕方で再生さ せたものと解することができる,という二点を明らかにすることを試みる.

 本稿は以下次のように進む.まず,『論理学』における概念論の基本的 な枠組み,とくに抽象と概念構造,類種関係に関するロッツェの考察を概 観する(第2節).次に,現代的な観点から,『論理学』の概念論を,情報 科学や認知科学において今日提唱されている理論的枠組みと比較する.そ の際,彼の概念論と親和性が高いと思われる現代の理論的枠組みとして,

いわゆる「知識表現」,とりわけ「関係データベース理論」と「概念空間」

について簡単に紹介する(第3節).続いて,歴史的観点から,『論理学』

の概念論のポスト・カント論理哲学における位置について検討する.その 際,『実体概念と関数概念』([Cassirer1910])におけるエルンスト・カッ シーラー(Ernst Cassirer, 1874-1945)の議論を援用する(第4節).最後に,

ポスト・カント論理哲学の再評価に向けて,本稿の考察が与えると思われ る見通しと差し当たっての課題について簡単にコメントする(第5節).

2 『論理学』の概念論の基本的枠組み

 まず,『論理学』におけるロッツェの概念論をテキストに即して概観する.

彼の概念論は抽象と概念構造に関する考察をその骨子とする.ハイスが指 摘するように,これらの考察は伝統的な概念論の基本的前提に対する根本 的な批判として理解することができる5

(3)

5 [Heis2008], pp. 95-102.

6 [Locke1690], III. iii. 6.

7 [Cassirer1910], p. 29.

8 ここで与えた議論と例はいずれも§23に基づく.

 2.1 抽象はたんなる消去ではない

 最初の考察は「抽象Abstraction」に関わる.抽象は,一般に,個別的な 表象からそれらを包摂する普遍的表象を形成する一種の心的操作として理 解される.おそらくロックに起源をもつ伝統的な理解6において,この操 作は,比較される個別的表象たちの間に見出される差異を消去する4 4 4 4操作と して説明される.例えば,「三角形」という概念は,個々の三角形に対応 する個別的表象がもつ様々な特徴(「徴標Merkmal」)を比較し,それらを 相異なるものとする特徴(例えば,角度の大きさや辺の長さなど)を取り 除くことによって形成される.その結果えられる三角形の概念には,角度 や辺に関するいかなる徴標も含まれない.この意味で,伝統的な概念論に おける抽象とは,差異を消去4 4ないし否定4 4する操作に他ならず,ゆえに内包 量(表象に含まれる徴標の数)を減らすことに存する.カッシーラーの表 現を用いれば,以上のように理解される抽象とは,𝑎α1β1,𝑎α2β2,𝑎α3β3,…な る系列から共通の特徴 𝑎を獲得する操作である7

 ロッツェは,抽象を以上のように差異の端的な消去ないし否定と考える ことに異を唱え,この操作にはある種の「肯定」もまた伴わねばならない と論じる8.例えば,個々の動物たちは,犬は歩き,鳥は飛び,魚は泳ぐ といった具合に,(自己)移動の方法に関して互いに異なっている.しかし,

重要なことは,このように具体的な移動の仕方は異なる一方で,これらの 動物たちは自身の自己移動の方法を必然的に4 4 4 4もつという事実である,とロ ッツェは言う.というのも,まさにこの事実が動物を動物たらしめ,(例 えば)植物との違いを説明するからである.ここから彼は,個々の動物に 対応する個別的表象から「動物」という普遍的表象を形成するためには,

それらの差異を否定するだけなく,「何らかの仕方で4 4 4 4 4 4 4移動する」という旨 の肯定4 4もまた必要であると論じる.これが意味するのは,抽象の操作にお いて我々は,比較される個々の表象に固有な徴標を消去すると同時に,そ こに「何らかの…」という形で表されるような新たな徴標を補填せねばな

(4)

9 例えば,§35を参照.

10 ロッツェは,厳密に言えば,抽象といわれるすべてのものがこのように理解されるわけで はなく,伝統的な消去としての抽象が正しく適用される場合もあると譲歩する.例えば,

彼が考えるところでは,動物と植物の表象から<有機的存在>のような普遍的表象を形成 する場合,自己移動に関する徴標は普遍徴標を補填することなしに端的に除去されねばな らない.というのも,そこで比較されるものたちにおいては,自己移動に関する徴標は必 然的に現れるわけではないからである.しかし,それでもなおロッツェは,端的な消去と しての抽象はあくまで例外的な事例として理解されるべきであると注意する.詳細は§23 後半を参照.

らない,ということである.ゆえに,犬や鳥,魚といった個々の動物を表 す個別的表象から動物一般を表す普遍的表象を形成する場合,我々はそれ ら個別的表象に現れる<歩く>,<飛ぶ>,<泳ぐ>といった徴標を消去 すると同時に,<何らかの4 4 4 4自己移動>という徴標を補わねばならない.同 様に,金,銀,銅といった個々の金属を表す個別的表象から金属一般を表 す普遍的表象を形成するためには,<黄>,<白>,<赤>といった,そ れぞれの個別的表象がもつ色に関する徴標を消去するだけでなく,<何ら4 4 かの4 4色>という徴標を補填する必要があると彼は言う.

 これらの例からも示唆されるように,抽象を通じて新たに補填される,

肯定の要素に対応する徴標は,消去される種々の徴標を包摂する高次の徴 標である.ロッツェはこのような徴標のことを「普遍徴標allgemeine Merkmal」

呼ぶ.他方,抽象を通じて除去される,比較される個々の表象に固有な徴 標は,(彼自身この呼称を用いることは少ないのではあるが,)「特殊徴標

besondern Merkmal」と呼ばれる9.ゆえに,彼の考えるところでは,抽象

とは差異を端的に否定し消去する操作ではなく,差異を可能にする「肯定 的措定bejahende Setzung」(§11),すなわち,差異が位置づく次元を与え4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4操作である.以上の考察から,ロッツェは抽象を,特殊徴標を普遍徴標 に置き換える4 4 4 4 4操作として理解することを提案する10

(…)普遍が生じるのは,比較される個別事例に現れる様々な徴 𝑝1と𝑝2,および𝑞1と𝑞2を端的に除去することによってではなく,

それらに代えて,その個別種が𝑝1 𝑝2および𝑞1 𝑞2であるような普遍 徴標𝑃および𝑄が措定されるeinsetzenことによってである.(§23)

(5)

11 [Cassirer1910], p. 29.

12 §33. ロッツェによれば,正しく理解された概念系は単称概念を共通の裾野とし,複数の頂 点をもつ「連山Gebirgskette」の形になり,その各頂点は「ものEtwas」「性質Beschaffenheit」

「生起Werden」「関係Verhältnis」という,相互に還元不可能な究極的普遍概念に対応する.

この考察が彼の他の考察と整合的か否かについては別途検討を要するが,本稿では深入り しない.

13 ロッツェはしばしば「副次思想Nebengedanke」という言葉を用いてこれを説明する.例えば,

§20で彼は,概念は「我々に与えられる多様な表象における偶然の一致Zusammengerathen を分離し,それらの整合性に対する法的根拠Rechtsgrund seiner Zusammengehörigkeitという

 普遍徴標(𝑃 , 𝑄)と特殊徴標(𝑝1, 𝑝2および𝑞1, 𝑞2)の関係は,変数とそ の値の関係と類比的に理解することができる.カッシーラーは,このよう な理解に基づき,上述のように説明される抽象の操作を,𝑎α1β1,𝑎α2β2,𝑎α3β3,

…なる系列から,それぞれα = { α1α2α3…}およびβ = { β1β2β3…}なる「総

Inbegriff」の上を走る変数𝑥と𝑦を用いて,𝑎𝑥𝑦を獲得する操作として

定式化した11

 抽象の操作を以上のように理解することは,概念系,すなわち,すべて の概念を類種関係の秩序に従って配列することでえられる体系に対し重要 な帰結をもたらす.カッシーラーの定式化からも明らかなように,ロッツ ェにとって抽象はもはや徴標の数4の削減を意味しない.彼によれば,真正 の普遍的概念がもつ「内包Inhaltはつねにその種それ自体の内包と同程度 に豊かであり,その徴標の総和は[種のそれと]同じだけ大きい」(§31).

これが意味するのは,彼の概念論においては,伝統的な概念論の主要な帰 結である「内包と外延の反比例」は成り立たない,ということである.ゆ えに,彼の考えるところでは,正しく理解された概念系はいわゆる「ポル ピュリオスの木」のモデル,すなわち,単称概念singularen Begriffを裾野 とし,「思考可能なものder Denkbar」という究極的普遍概念を唯一の頂点 としてもつ単峰的な4 4 4 4ピラミッドの形にはならない12

 ここまで,抽象の操作に関するロッツェの見解を見てきた.しかし,こ こで注意せねばならないのは,『論理学』の概念論において,抽象は概念4 4 4 4 4 を形成するための操作ではない4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4ということである(§14, 24).彼によれば,

抽象を通じて新たに導入される普遍徴標はあくまで概念の素材であり,他 方,概念は,それら普遍徴標を統合し相互に連関させることによってはじ めて形成される13.彼が普遍徴標を「第一普遍erste Allgemeine」と呼び,概

(6)

副次思想によって整合的なものを新たに結合すること」によって形成されると述べる.こ の種の説明においてしばしば現れる〈根拠Grundとしての概念〉という着想と,以下でみ る概念構造に関する考察の関係については本稿2.4節で論じる.

14 このような立場からロッツェは,抽象はそれにより形成されるはずの普遍を前提してしま うというような,抽象についてしばしば言い立てられてきた循環の問題は見かけ上のもの にすぎないと論じる.§24を参照.

15 cf. III-C (§120ff.).本稿で§120周辺の節が引用されているのはこのような事情による.

念を「第二普遍zweite Allgemeine」と呼ぶのはこのためである.また,彼 が考えるところでは,我々の思考4 4が要請されるのは,第一普遍から第二普 遍に至る段階においてであり,その準備段階である第一普遍を獲得する段 階では論理的努力は一切必要とされない.すなわち,彼にとって,抽象の 操作それ自体はあくまで感覚の仕事であり,例えば,何故我々は金,銀,

銅がもつ黄色さ,白さ,赤さを色という共通の要素の変種とみなすのかと いったことはあくまで「我々の表象生活において観察されうるもの」(§

24)にすぎない.この意味で,抽象に関する諸々の問題は論理学に関する ものではない,と彼は言う14

 抽象に対する以上のような理解から,我々は論理学の概念論に対する彼 の一般的態度を垣間見ることができる.すなわち,彼が考えるところでは,

論理学の概念論が問題とするのは,我々が一定の心的表象としての概念を 形成する認知的メカニズムではない.むしろ,以下の考察からも十分に示 唆されるように,概念論における彼の関心は,我々の知的活動,とくに,

分類や探求,予測といった,我々と経験的事象とのインタラクティブな関 わりの中で概念が果たすと思われる働きを考慮した場合,概念は一般にど のような構造をもつと考えられるか,そして,そのような構造を包括的か つ統一的に表現する上でどのような観点や原理が基軸となるか,というこ とにあると考えられる.このことは,『論理学』第1巻の後半で「分類 Classification」が主題として取り上げられる際に,概念論の一連の考察が 再び取り上げられるという事実15からも十分に支持される.以上を勘案す ると,彼の抽象に関する説明は,確かに抽象を表象に対する一種の心的操 作として描くという点において伝統的な説明様式に従っているものの,そ こで導入された普遍徴標/特殊徴標という着想それ自体は,このような問 題意識の下で提案された観点ないし原理のひとつとして解されるべきもの

(7)

と思われる.そして,まさにこの点において,『論理学』の概念論は近世 以降の経験論ベースの概念論の伝統から大きく離反したものである一方 で,自然科学や数学などにおける概念形成ないし理論形成のありようをよ く反映したものとなっている.詳細は後で論じるが,科学哲学的な関心の 下にあったカッシーラーがロッツェの『論理学』の概念論に注目し,みず からの哲学の中に取り入れたという事実は,以上の事情を考慮すればさほ ど驚くべきことではないだろう.

 2.2 概念の「関数的」構造

 『論理学』の概念論の骨子となる第二の考察は,概念の構造に関するも のであり,ここでもやはり伝統的な理解が念頭に置かれている.伝統的な 理解によれば,概念はその構成要素からもっぱら連言4 4を通じて形成される.

例えば,概念<金>は,<黄色>かつ4 4<金属>なるものとして表現される.

この意味において,伝統的な概念論において概念とはその構成要素(徴標)

のたんなる総和4 4ないしリスト4 4 4に他ならず,それらは相互に独立であると想 定される.

 これに対し,ロッツェは概念が実際にもつ構造は伝統的な説明が想定す るよりもはるかに複雑であり,概念を構成する徴標たちの間には一定の秩 序が存在せねばならないと主張する.彼はしばしば三角形の例を用いてこ れを説明する.

三角形の三つの辺はその三つの角と並んでたんに付加的に並列し4 4 4 4 4 4 4

ている4 4 4auch daのではなく,それらが互いに交差することによっ

て角そのものを作り上げねばならない.(§28)

三角形の概念は,我々が三つの角と4三つの辺を考えるということ に存するのではない.そうではなく,三つの辺が互いに交差して 一つの平面を完全に境界づけ,それにより角を生み出すというこ とに存するのである.このような辺と角の連関により,等角不等 辺三角形や直角三等辺三角形は不可能となる.(§126)

(8)

16 以下の引用では明示的に「関数」という表現が用いられてはいないが,例えば§110では,

このように特徴づけられる概念を構成要素の「関数」と呼んでいる.[Heis2008], p. 283およ び[Heis2014a], pp. 286-7もまた参照.

17 cf. [Heis2008], p. 284, 註75.

 三角形をつくるためには,その三つの辺の長さをそれぞれ独立に設定す ることはできない.三角形をつくる三つの辺は互いに三角不等式により表 現されるような関係に立ち,この意味でそれらは相互規定4 4 4 4ないし相互依存4 4 4 4 の関係にある.ここからロッツェは,三角形の概念はこの事実を反映し,

その構成要素である普遍徴標たちは相互依存的な関係に立たねばならない と考える.そして,彼は概念を構成する徴標間のこのような相互依存の形 式は,もはや連言(加法)によっては表現されえず,ある種の「関数

Funktion」として表現されねばならないと主張する16

(…)概して,概念がもつ徴標は互いに価値の優劣なくgleichwerthig 配列されているわけではない.むしろ,それらは実に様々な位置 に立ち,互いに関係しあい,互いに相異なった様々な接合様式 verschiedenartige Anlagerungを指定し,それにより相互に規定し4 4 4 あっている4 4 4 4 4のである.概念の構造を表す適切なシンボルは,𝑆 = 𝑎+𝑏+𝑐+𝑑…のような等式ではなく,𝑆 = 𝐹(𝑎 , 𝑏 , 𝑐 , etc.) のような 表現である.この数学的表現はたんに次のことを示唆しているに すぎない.すなわち,𝑆 の値を与えるためには,𝑎 , 𝑏 , 𝑐 ,は,

個別事例においては正確に特定可能な仕方で結合されねばならな いが,一般的に解される場合は,非常に多様な仕方で結合されね ばならない,ということである.(§28)

ロッツェが「関数」という語や関数的表記を用いるとき,そこで意味され ているのは,当時の数学界で慣用化されていた,変数間の依存関係として 理解される旧来の関数概念である17.したがって,上述の「𝑆 = 𝐹(𝑎 , 𝑏 , 𝑐 ,

etc.) 」という式は「概念𝑆 において,普遍徴標𝑎 , 𝑏 , 𝑐 等々は𝐹なる関係

に立つ」と読まれねばならない.

(9)

 また,この引用の最後で確認されるように,この表記における「𝐹」は あくまで概念一般について語る際の便宜上のシンボルであり,個々の具体 的な概念が問題となる場合には,具体的な形で表現されねばならない.と いうのも,概念の本性は,その関数的構造,すなわち普遍徴標が織りなす 連関の形式にこそ見出されねばならないからである.そして,このような 形で導入された概念の関数的構造に対しては,続く類種関係に関する考察 を通じて,より詳細な説明が与えられることになる.

 2.3 類種関係

 概念の類種関係,すなわち,上位概念と下位概念の関係は以上の考察に 基づいて与えられる.この関係をロッツェは次のように説明する.

(…)普遍概念,すなわち類において,多くの徴標はもっぱら不 定的,普遍的な形で含まれている.そしてその種においては,こ れらの徴標の代わりに,個別的な値ないし特殊な特徴づけが現れ,

ついに単称概念に到ると,すべての不定性は消え去り,類がもつ すべての普遍徴標は,大きさ,固有性,他との関係について完全 に確定的なものへと置き換えられる.(§31)

以上の一節では,まず,類概念が不定的な徴標を含むこと,すなわち概念 が普遍徴標から構成されるということが確認される.続いて,類概念を構 成する各々の徴標は,その種概念において「確定した」徴標に置き換えら れると説明される.これが意味するのは,種概念は,それが下属する類概 念を構成する普遍徴標がもつ特殊徴標の組として表現される,ということ である.具体例を用いて説明すると,これは次の通りである.

 ロッツェに倣って,動物一般の概念を,それぞれ自己移動の方法(self- motion),繁殖方法(reproduction),呼吸方法(breathing)を表す普遍徴標 からなり,各々の普遍徴標は次のような特殊徴標をもつとする(§23).

(10)

普遍徴標 特殊徴標 self-motion walk, fly, swim,…

reproduction viviparous, egg, division,…

breathing lung, gill, skin,…

このとき,その種概念,例えば<犬>においては,それぞれ,自己移動の 徴標は歩行の徴標(walk)に,繁殖の徴標は胎生の徴標(viviparous)に,

呼吸の徴標は肺呼吸の徴標(lung)の徴標に置き換えられる.他の種概念 においても同様の置き換えが生じ,その結果,<犬>や<鳥>,<魚>と いった,各々の動物種を表す概念は,例えば次のような仕方で,特殊徴標 の三つ組として表現されることになる.

dog = 〈walk, viviparous, lung〉

bird = 〈fly, egg, lung〉

fish = 〈swim, egg, gill〉

 ここで,種概念を構成する特殊徴標もまた一定程度の不定性をもちうる ということに注意されたい.例えば,上のbird(つまり概念<鳥>)に現 れる特殊徴標flyは,いわば「何らかの4 4 4 4飛行」と解されるべき徴標であり,

<カラス>,<スズメ>といった,個々の鳥種概念に特有であるような様々 な飛行方法の徴標をその中に包摂するという意味において普遍的で不定的 な徴標である.つまり,flyという徴標は概念<動物>においては特殊徴 標である一方,その種概念である<鳥>においては普遍徴標として働く.

しかし,ロッツェによれば,類種関係の階層を下るにつれて,徴標がもつ このような不定性は次第に解消され,その最下層,すなわち単称概念に到 るとすべての徴標は完全に確定したものとなる.例えば,<このカラス>

のような単称概念においては,この概念が適用される唯一の対象(すなわ ち,このカラス)がもつ完全に固有な飛行方法を表す「完全に確定した」

徴標が含まれることになる.

 概念の類種関係を以上のように理解することによって,本稿2.2節で導

(11)

入した概念の関数的構造に対しより詳細な理解がもたらされる.§126 あるように,三角形の概念の本性は,等角不等辺三角形や直角正三角形を 不可能にする4 4 4 4 4 4辺(と角)の連関に見出される.ここから一般に,概念の関 数的構造は,それに下属するものたちが満たさねばならない条件4 4であると 考えられる.さらに,類種関係に関する以上の考察を考え合わせると,こ の制約は特殊徴標の組み合わせに対する制約4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4として理解することができ る.例えば,各辺の長さを普遍徴標とする三角形の概念がもつ関数的構造 とは,各辺の長さについて,〈1, 3, 5〉のような組み合わせを排除するよう な制約,すなわち三角不等式により表現される制約に他ならない.他方,

もし我々が上述のように定められる概念<動物>について,〈fly, egg, gill〉

のような特殊徴標の組を許容しないとすれば,明示的であれ隠伏的であれ,

我々はこの概念の内に何らかの関数的構造が存在することを認めていると 言うことができる.(この場合,移動方法と呼吸方法の間に何らかの制約 関係が見出されるかもしれない.)

 2.4 根拠/規則としての概念と概念の構造

 先に述べたように,ロッツェは概念の本性をその関数的構造にみる.彼 がそのように考える背景には,我々の知的活動において概念が果たす役割 についての洞察がある.この洞察は,例えば次の一節にみることができる.

私は何であれ複合的内容𝑠について,次のような場合に,概念的 に把握されたbegrifflich fassenとか,概念であると言う.すなわち,

その内容が,それがもつ徴標すべてが共にあることZusammensein を制約し,また,それら徴標の結合形式を制約する根拠4 4 Grund 含む普遍𝑆 と共に思惟された場合である.(…)我々が新しい対 𝑠をはじめて観察し,しかもことによるとそれを完全に明晰な 感覚的知覚を伴って観察するかもしれないとしよう.しかし我々 がこれに満足できず,実のところ,この𝑠は何であるのかを問うと すれば,我々が知りたいのは明らかに,観察された事実において 知覚された徴標たちを結びつけ,それらを確定的に予測可能な4 4 4 4 4 る舞いからなる整合的に関連づけられた全体zusammengehöriges

(12)

18 同種の見解は『論理学』を通じて度々述べられる.例えば§27, 120を参照.

19 ロ ッ ツ ェ は, 多 様 な も の た ち が た ん に 偶 然 的 に 共 に 存 在 す る こ と を“Zusammensein (coincidence)”と呼び,他方,一定の根拠を伴って存在することを“Zusammengehörigkeit (coherence)”と呼ぶ.彼によれば,我々の思考の一般的目標は,前者を後者に還元すること にある(§XI).

20 cf. [Heis2008], p. 282.

21 上で引用した箇所の直後でもまた,ロッツェは概念について「観察された徴標相互の連関 とそれらから将来において期待される振る舞いzu erwartenden Verhaltenとの連関が理解され る図式」(§26)であると説明する.

Ganze von bestimmtem voraussagbaren Verhaltenへと変換する規則

Regelである.(§26,強調は浅野による.)

 この引用からも示されるように,ロッツェは概念を,観察された内容が もつ多様な特徴(徴標)が共に現れる「根拠」,あるいは,それらを結び つける「規則」として理解する18.すなわち,彼によれば,概念とは,観 察された多様なものがたまたま4 4 4 4居合わせているのではなく,あるべくして4 4 4 4 4 4 ある,換言すれば,理由を伴って4 4 4 4 4 4共にあるということを説明するものでな ければならない19.これが意味するのは,概念は観察された内容を理解す るためのコンテクストとして働く,ということである20.さらに,続く説 明から,ロッツェはこのような概念の働きを予測4 4という活動と結びつけて 理解していることがわかる.すなわち,彼にとって,概念とは既知の情報 から未知の情報を予測することを可能にするものである21.以上から,ロ ッツェが概念を「根拠」ないし「規則」として語るとき,そこで意味され ているのは,概念は予測あるいは推論の基盤4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4として働く,ということであ ると考えられる.そして,改めて考えてみると,概念が予測ないし推論の 基盤として働く上で決定的な役割を果たしているのは,その関数的構造,

すなわち構成要素たちの相互依存の形式であるということがわかる.逆に 言えば,我々の知的活動において概念がこのような役割を担うのだとすれ ば,概念は関数的構造をもつものとして解されねばならない.このことは 次のような推論実践を考えると比較的容易に理解することができる.

 いま,我々がある三つの線分𝑎 , 𝑏 , 𝑐の長さを求めており,観察によっ て𝑎と𝑏についてそれぞれ長さが2と4であると判明したとしよう.この 段階では,𝑐の長さについて根拠ある主張をすることはできない.この段

(13)

22 カントは,例えば「イエッシェ論理学」において,概念に対し「認識根拠Erkenntnißgrund」

という観点から説明を与えている(JL, IX, 95-6).[Hanna2017], §1.1もまた参照.

階で推論できるのはせいぜい,𝑎𝑏の長さがそれぞれ2と4であるとい うトリヴィアルな事実だけである.しかし,これらの線分が三角形を形成 するということが判明すると,我々は𝑐の長さが2 < 𝑐< 6という範囲に収 まると結論することができる.

 この推論を可能にしたのは何であろうか.言うまでもないが,これらの 線分が三角形を形成するという事実,すなわち,これらの線分が │ 𝑏- 𝑐 │

< 𝑎< │ 𝑏 + 𝑐 │ という関係に立つ4 4 4 4 4という事実である.つまり,我々は,観 察された情報(𝑎と𝑏の長さ)を三角形という概念の下で把握することに よって,それらと𝑐の長さを一定の依存関係の下に位置づけ,我々はその 関係を根拠4 4にして,𝑐がとりうる値について予測を与えたのである.

 ロッツェが概念の本性をその関数的構造にみる背景にはおおよそ以上の ような考察があると考えられるが,よく知られるように概念の本性を根拠 や規則といった観点から理解しようとする試みそれ自体は,ロッツェに独 自のものではない.実際,〈根拠/規則としての概念〉というアイディア は少なくともカントにまで遡ることができる22.したがって,この点に関 してカントとロッツェ両者の見解を比較することは非常に興味深いテーマ であるが,これについては別の機会に譲ることにしたい.

3 現代的観点から

 前節では,『論理学』におけるロッツェの概念論の基本的枠組みをテキ ストに即して概観した.本節では,現代的観点から,『論理学』の概念論を,

情報科学や認知科学,とくに「知識表現knowledge representation」と呼ば れる研究領域において今日提唱されている理論的枠組みと比較する.その 際,とりわけ彼の概念論と親和性が高いと思われるものとして,「関係デ ータベース理論」と「概念空間」を取り上げ,それぞれ簡単に紹介する.

しかしその前に,知識表現という研究領域について,その基本的関心や問 題意識を簡単に紹介しておこう.

(14)

 知識表現の主な目的は,我々の知的活動(とくに,専門家や職人がおこ なう高度な推論や判断)をモデリングするために必要となる表現(言語)

を開発することにある.このような目的から,知識表現に関する議論には,

研究対象となる我々の知識や概念に関して多分に哲学的な考察がともな う.例えば,専門家(例えば医者)が日常的に用いている知識や概念を適 切に表現するためには,まずもって,その対象(例えば.病気や患者の身 体,医薬品など)について,彼らの理解を構成すると思われる主要な観点

(患者の身体構造や,病気と症状の関係といった,診断や投薬の判断をす る上で医者が注目する様々な観点)を特定することが要求される.さらに,

与えられる表現がアドホックにならないよう,そのようにして抽出された 知識や概念を組織化し,必要に応じて編集することを可能にするような,

普遍的なデータ構造およびその表現形式を探究することが求められる.こ の点において,知識表現の主たる関心は,我々の「蓄積知」―我々が経 験を通じて獲得し,蓄積してきた知識―がもつ基礎的構造を特定し,そ の統一的な表現形式を探究することにある.そして,このように特徴づけ られる知識表現の基本的関心およびその問題意識は,先に述べた『論理学』

の概念論におけるロッツェ基本的な関心とおおよそ通じるものと言えるだ ろう.実際,以下で示されるように,知識表現において現在提案されてい る理論的枠組みの中には,『論理学』の概念論と親和性が高く,その形式 的素地をおおよそ共有するものが存在する.この事実は,以上を勘案する と,たんなる偶然ないし表面的な一致としてではなく,その基本的関心や 問題意識の共有に由来するものとして理解されるべきものと思われる.

 3.1 関係データベース理論

 知識表現の歴史においては,これまで様々な表現様式が提案されてきた.

その中でも,ここで紹介する「関係データベース理論Relational Database Theory」は,現在最も広く普及している表現形式の一つであり,また以下 の例からもわかるように,我々にとって非常になじみ深いものである.こ の理論の特色は,データを一種の表構造を用いて表現する点にある.(この ような形で表現されたデータは一般に「関係relation」と呼ばれる.)関係 データベース理論では,ここまで見てきた三角形の概念は,次のような関

(15)

23 関係データベース理論では,関係上の様々な操作に際しエラーを生じないよう,個々のタ プルを一意に特定することのできる属性が存在する(すなわち,すべての属性の値が一致 する「同姓同名」のタプルが存在しない)ことが要請される.triangleにおいてNAMEが導 入されているのはそのためである.

triangleとして表現される.以下では,この例を用いて,例えば関係デ

ータベース理論の基本概念および『論理学』の概念論との対応を説明する.

triangle NAME 𝑎 𝑏 𝑐

𝑋 2 4 5

𝑌 4 3 2

𝑍 1 3 5

 まず,表の見出しを構成する一連の特徴は「属性attribute」と呼ばれ,

格納されるデータがもつ基本的特徴を表している.この例では,𝑁𝐴𝑀𝐸 , 𝑎

, 𝑏 , 𝑐が属性であり,それぞれ,個々の三角形の名前と,各々の三角形が

もつ三つの辺を表している23.各属性には「ドメイン」と呼ばれる値の集 合が割り当てられる.例えば,属性𝑁𝐴𝑀𝐸 にはアルファベットの集合が,

その他の属性には正の実数の集合がドメインとして割り当てられる.この ように属性(とドメイン)を定めることによって,格納されるデータの一 般形式が与えられる.これを「関係図式relational scheme」といい,属性 の集合として定義される.ゆえに,triangleの関係図式は集合{𝑁𝐴𝑀𝐸 , 𝑎 ,

𝑏 , 𝑐}である.これが意味するのは,関係triangleに格納されるすべてのデ

ータは,必ず何らか一定の名前をもち,また各辺について必ず何らか一定 の値をもつということである.要するに,表の枠組みに相当するものが関 係図式である.

 次に,表の各行は「タプル tuple」と呼ばれ,当該の関係に属する個別 事例に関する情報を表している.いま,関係triangleには三つのタプルが 含まれており,それぞれ𝑋 , 𝑌 , 𝑍という名前をもつ三角形に関するデータ

(16)

24 cf. [Atzeni & DeAntnellis1993], p. 96.

が格納されている.タプルは,形式的には,関係図式中の各属性について,

それらに対応するドメイン中の一定の値を出力する関数として定義され る.例えば,第1行目のタプル(𝑋から始まるタプル)は,

𝑡1 [𝑁𝐴𝑀𝐸 ]= 𝑋 , 𝑡1 [𝑎] = 2 , t1 [b] = 4, 𝑡1 [c] = 5

なる𝑡1として与えられる.また,タプルは属性の値の組として理解するこ とができる.よってここでの𝑡1は,〈𝑋, 2 , 4, 5〉なる値の組と同一視する ことができる.

 関係データベース理論においては,データベース管理の観点から,以上 のような基本構造をもつデータに対する様々な操作が研究されている.そ の中でも最もシンプルな操作の一つが「タプル制約」である24.タプル制 約は,関係図式を構成する属性を用いて一定の論理式を記述することで当 該の関係に属するすべてのタプルが満たさねばならない条件を定め,その 条件を満たさないタプルを排除するために用いられる.例えば,目下の triangleに対し,

∀𝑡 ∈ triangle(|𝑡[𝑏] - 𝑡[𝑐]|<𝑡[𝑎] < 𝑡[𝑏] + 𝑡[𝑐])

という制約を与えると,各辺の値について三角不等式を満たさないタプル が排除される.その結果,目下のtriangleにおいては,第3行目のタプル(〈𝑍, 1, 3, 5〉)が排除されることになる.

 以上の概略をみれば,関係データベース理論と『論理学』の概念論の対 応関係はほぼ明らかであろう.すなわち,普遍徴標は属性に対応し,普遍 徴標から構成される概念は関係図式に対応する.さらに,本稿2.3節の考 察をふまえると,概念の類種関係は関係図式とタプルの関係に対応し,概 念の関数的構造はタプル制約に相当することがわかる.よって厳密には,

関数的構造を本性とする『論理学』の概念は,タプル制約を伴った関係図 式に相当するものとして理解することができる.

(17)

25 この理論は当初,[Gärdenfors2000]において概念学習の理論として提案され,後に[Gärdenfors2014]

でより包括的な意味理論の基盤として提示された.これらの著作やその間に公刊された論 文においては,用語等については若干の修正や変更があるものの,基本的な考え方自体に は大きな変化はない.

 3.2 概念空間

 『論理学』の概念論と親和性が高いと思われる現代の理論的枠組みをも う一つ挙げることができる.それは,認知科学においてペーテル・ヤーデンフ ォ シ ュ(Peter Gärdenfors, 1949-) に よ り 提 唱 さ れ て い る「 概 念 空 間 Conceptual Space」の理論である25

 この理論の特色は,その名が示す通り,概念を一種の空間的対象として 扱うことにある.空間的対象として理解された諸々の概念が位置づく多次 元空間のことを彼は「概念空間」と呼ぶ.概念空間は「質次元quality dimension」と呼ばれる次元から構成され,各々の質次元は,明るさや大 きさといった,対象を比較する際に用いられる基本的な特徴に対応する.

個々の概念は,このようにして与えられた概念空間においてそれらが占め る特定の領域として表現され,概念に属する個々の対象は,その領域中の 点として表現される.例えば,色にかんする概念空間は,色相,明度,彩 度に対応した質次元からなり,例えば<赤>のような概念は,個々の赤い 対象に対応する特定の色相,明度,彩度をもった点からなる一定の領域と して表現される.

 形式的には,概念空間𝑆 は質次元に対応する集合𝐷1, ..., 𝐷nの直積𝐷1×

…×𝐷nとして定義される.したがって,𝑆 中の点,すなわち,𝑆 に属する個々 の対象は,𝑑1 ∈ 𝐷1, ..., 𝑑n ∈ 𝐷nであるようなベクトル𝑣 =〈𝑑1, ..., 𝑑n〉として 表現される.そして,個々の概念は,𝐷1×…×𝐷nの部分集合として,す なわち,概念空間中の特定の条件を満たす点の集合として与えられる.か くして,概念はそれが当該の概念空間中で占める領域を定める方程式と同 一視することができる.

 以上の形式的記述からも十分に示唆されるように,概念空間と関係デー タベース理論の間にはごく自然な対応がみられる.具体的には,質次元が 属性に対応し,概念空間は関係図式に対応する.また,個々の概念を表す 領域を記述する方程式は各次元のとりうる値の組み合わせに対する制約と

(18)

して見ることができるため,タプル制約に対応すると考えられる.

 『論理学』の概念論の所説を現代の理論的枠組みを念頭に置いて検討す ることには多くの利点がある.第一に,『論理学』において与えられる様々 な考察がもつ意義を検討する際に,現代の枠組みにおいて確立されている 道具立てを用いることで,より見通しのよい理解や整理がもたらされるこ とが期待される.例えば,関係データベース理論においては,「関係計算 Relational Calculus」と呼ばれる演算体系が存在し,すでに多くの形式的結 果が証明されている.この点において,関係計算の道具立ては,ロッツェ の概念論における様々な論理的操作(例えば,複合概念の形成など)を検 討する上で大きな助けとなることが期待される.また,「種差Diaphora」

と「固有性Idion」の区別に関する考察(§32)といった,『論理学』の大 分入り組んだ考察ついても,関係データベース理論の道具立てを用いるこ とによって,それらの整合的な解釈に向けた糸口がもたらされるかもしれ ない.

 第二に,現代の枠組みとの連続性を念頭に置くことによって,『論理学』

の概念論の哲学的射程を検討するための手がかりがえられる.例えば,ヤー デンフォシュは,(<グルー>のような人工的な概念と対比される)<赤>

のような基礎的な色概念がもつ自然さ4 4 4や,我々の鳥概念がもついわゆる「プ ロトタイプ効果」といった事柄について,それらの概念が概念空間中でも つ幾何学的構造に基づいて非常に興味深い分析を与えている26.概念空間 の理論との間に親和性を示す『論理学』の概念論が,近年の研究を通じて 注目されるようになってきたこれらの事柄を正当に取り扱うことができる かどうかといった問いは,その哲学的射程を検討する上で重要な問いとな るであろう.

 最後に,本節で紹介した二つの理論的枠組みとロッツェの概念論の対応 関係を表に示しておく.

26 例えば,自然な概念4 4 44 4は概念空間において「凸型convex」の領域として表現されると彼は主 張する.この見解の詳細およびプロトタイプ理論との関係については,[Gärdenfors2004] 参照.

(19)

27 cf. [Rollinger2004], p. 153, 註12.

ロッツェ 関係データベース理論 概念空間

普遍徴標 属性 質次元

概念 関係図式 概念空間

関数的構造 タプル制約 方程式

4 『論理学』の概念論のポスト・カント論理哲学における位置

 前節では,現代的観点から,『論理学』の概念論を現代の情報科学や認 知科学,とくに,知識表現と呼ばれる研究領域において今日提唱されてい る理論的枠組みと比較した.本節では,歴史的観点から,『論理学』の歴 史的位置,とりわけポスト・カント論理哲学における『論理学』の概念論 の位置付けについて検討することにしたい.

 残念なことに,『論理学』の中で自身の見解を提示する際に,ロッツェ が特定の哲学者,とりわけ近い時代の哲学者に言及することはほとんどな い.彼の学生であったカール・シュトゥンプフ(Carl Stumpf, 1848-1936)

の証言によれば,これは彼の一般的傾向だったようである27.ゆえに,彼 の思考の歴史的背景を『論理学』の文言から直接に裏付けることは困難と 思われる.したがってここでは,間接的に,彼の概念論に大きく影響を受 けたと思われる後代の哲学者の思考を経由する形で,『論理学』の概念論 の歴史的位置を検討することにしたい.

 『論理学』の概念論に明示的に言及した哲学者の一人に,エルンスト・

カッシーラーがいる.本稿2.1節でも簡単にふれたように,『実体概念と関 数概念』においてカッシーラーは,伝統的な抽象理論に対する主要な反論 者としてロッツェの名を挙げ,抽象に関するロッツェの考察を詳細に解説 している([Cassirer1910], pp. 27-9).実際のところ,『実体概念と関数概念』

で彼がロッツェに言及しているのはこの箇所だけである.しかし,以下で

(20)

見るように,『論理学』の概念論を念頭に置いて『実体概念と関数概念』の 所説を改めて見直してみると,カッシーラーがこの著作を通じて提示しよ うとした新しい概念形成の理論―いわゆる「関数概念Funktionsbegriff」

の理論―の基本的なモチーフが,すでにロッツェの『論理学』において 与えられていたということが明らかとなる.私が思うに,このことは,カ ッシーラーがロッツェの概念論がもつ哲学的意義とその射程の広さをいち 早く見抜き,『実体概念と関数概念』を著すまでにはそれらを自身の思考 に内化するまでに到っていたということを示している.そしてこの点にお いて,『実体概念と関数概念』のカッシーラーは,『論理学』の概念論の哲 学的意義を理解する上で最も重要な先達とされるべきであり,このような 理解のもと,『実体概念と関数概念』におけるカッシーラーの考察を見直 すことによって,『論理学』の概念論の歴史的位置について有望と思われ るひとつの見通しがもたらされることになる.

 「概念形成の理論によせて」と題された『実体概念と関数概念』第1 でカッシーラーは,自身が提示する新しい概念形成論への動機づけとして,

素朴抽象主義に基づく伝統的な概念形成論が抱える様々な困難を指摘す る.そこでの主要な論点の一つは,差異の否定という素朴な抽象理解に基 づく伝統的な概念形成論は,厳密科学において実際に形成され運用されて いる様々な普遍概念がもつ性格を正しく捉えることができない,というも のである.カッシーラーは厳密科学における普遍概念がもつ一般的性格を,

数学の公式を例に次のように説明する.例えば,

𝑎𝑥2 + 𝑏𝑥 + 𝑐𝑦2 + 𝑑𝑦 + 𝑒𝑥𝑦 + 𝑓 = 0

と表現される二次曲線の一般式について,我々はそこに含まれる係数𝑎,

𝑏, 𝑐, …, 𝑓を可変的なものと理解し,それらの値を連続的に変化させること

によって,この式から,円や双曲線,放物線といった様々な二次元的形象 を次々と生み出すことができる.この意味で,彼によれば,二次曲線の一 般式は,その下に包摂される特殊事例を「ことごく持ち合わせている4 4 4 4 4 4 4 4」の みならず,それらを「導き出す4 4 4 4ことができる」([Cassirer1910], p. 24).さ らに,そのような手続きを通じて,我々は導出される様々な形象について,

(21)

28 後に書かれた『シンボル形式の哲学』第三巻においてもまた同様の見解が提示される.そ こでは,三角形の概念を例にとりながら,概念を「おおよそ可能な個別例の総体」を導出 す る「 変 化 の 規 則 の 統 一 体Einheit der Regel der Veränderung」 と し て 特 徴 づ け て い る.

[Cassirer1929], p. 334を参照.

それらがたんに「二次曲線」と呼ばれる普遍に包摂されるという事実を超 えて,相互に関係づけて理解することが可能となる.すなわち,知覚イメ ージにおいては全く類似していない―それゆえ知覚イメージの共通部分 をだけを抽出する伝統的な抽象理解に基づく概念形成モデルにおいては決 して有意味な仕方で同一の概念の下に包摂されることのない―円と直線 ですらも,この一般式に現れる係数がそれらの形象においてとる値を考慮 することによって,同じ普遍から導出された特殊事例(いわば,それら係 数の連続的変化の過程における特定の段階)として理解し,それらの間に 一定の関係を見出すことが可能となる.かくしてカッシーラーは,以上の 例をひとつの模範とした上で,概念の本性を,伝統的な概念形成論が依拠 するような「表象像の『普遍性』」にではなく,「系列原理4 4 4 4の普遍妥当性 Allgemeingültigikeit eines Reiheprinzips」,すなわち知覚された多様なものの 間で成り立つ「汎通的な法則durchgreifendes Gesetz」に見出す([Cassirer1910], p. 26)28

 『実体概念と関数概念』においてカッシーラーは,おおよそ以上のよう な考察を出発点として,ラッセル(およびフレーゲ)によって開発された 関係論理に基づく新たな概念形成論のモチーフを提示し,さらに,数学だ けでなく自然科学,とりわけ物理学や化学における概念形成の実例を次々 と列挙し,自身が提示する概念形成論の正当性を裏付けていく.しかし,

本稿にとって重要なことは,カッシーラーによる以上の考察がほぼそのま まの形で『論理学』の概念論に適用することができる,という事実である.

このことは,本稿2.1節でも言及したカッシーラーの定式化をふまえると 比較的容易に理解することができる.すなわち,『論理学』における普遍 徴標と特殊徴標の関係は,変数とその値の関係と類比的に理解することが 可能であるから,我々は二次曲線の一般式に含まれる可変的係数を普遍徴 標とみなし,他方,それらがとりうる個々の値を特殊徴標として理解する ことができる.一般式をこのように理解すると,各々の係数の値を定める

参照

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