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日本人の生死と仏教 池 見 澄 隆 1 無量寿ということ 横 超 慧 日 14 親 驚 の 生 死 観 幡 谷 明 29 真宗仮名聖教に於ける生死観に就いて 藤 谷 海 45 『賢劫経』における称名思想 畝 部 俊 英 54 李通玄の基本的立場 稲 岡 智 賢 77 生死出ずべきみち 蓮 寺 諦 成 88 昭和61年度教学大会発表要旨 三 好 智 朗 川那漫正純 101 草 間 文 秀 織 田 顕 祐 浪 花 宣 明 春 日 礼 智 芳 原 政 範昭和
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真 宗 同 学 会
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日本人の生死と仏教 失礼をいたします。只今ご紹介をいただきました仏教 大学の池見でございます。 実は私、十数年前になりますが、こちらで大学院時代 にお世話になりました。先年、亡くなられました藤島達 朗先生にご指導いただいたわけです。今日も、当時いろ いろお世話になった先生方、先輩、あるいは同僚の方々 のお顔を拝見し、たいへん懐かしく感じました。 大学院時代は日本仏教史専攻でありますが、その後、 自分の領域もかなり広がりました。今ご紹介いただいた 本も昨年出しましたけれども、藤島先生流の実証を重ん じた学風とは程遠いしろものでございます。ただ、私、 大火口大学のキャンパスに足を踏み入れますといくらか気 持が引き締まるような感じがするわけです。この教学大 会にお招きいただきましたこと、先ずもってお礼申し上 山 川 出見
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登
隆
げ ま す 。 さ て 、 日本人の仏教、あるいは日本人の生死と仏教と いう題でございますが、今回、メインテlマが生死観、 そして午前中に皆様方のご発表、それからこの後にお二 方のご講演があるわけでございます。そこで私はその間 隙を縫って、どの辺にポイントを絞れば良いかいろいろ 考 え て は 来 た の で す が : : : 。 先月の末頃だったかと思いますけれども、朝日新聞の 社説に、﹁仏教ホスピスの実現を﹂というふうな見出し で社説が載せられておりました。仏教ホスピスという言 葉、これはまあ現在ではすでに広く受け入れられている ように思います。朝日の社説に使われるのですから、ほ ぼそれが一般の承認を得はじめていると理解してよろし いかと思いますが、この三月にNHK
の﹁心の時代﹂で2 京都の第一日赤の脳神経外科の部長さんとお話をしまし た時にも、実は仏教ホスピスという言葉を番組のタイト ルに使いました。そのことをめぐって事前にディレク ターとかなり打ち合わせをしたわけですが、と言います のは仏教ホスピスという一言葉が実は無理があるのではな いかと。と言うのは仏教という概念と、ホスピスという 概念、これは歴史的に見ますとおよそ別物であると、従 って、それをくっつけたネイミングが、どうも、むしろ 反感とか、批判を被ることになるのではないかというふ うなことを討議したことがございます。ご存知のように ヨーロッパ、中でもイギリスあたりを中心に中世以来、 キリスト教の教会が、いわゆる行路病者といった人を暖 かくもてなすというふうなことがいわゆるホスピス運動 の起源でございますので、それ以来その他の欧米におき ましてはホスピスと言えばキリスト教をバックボーンと している。これはもう明白な事実でございます。 このホスピスのことが我が国に特にジャーナリズムに 紹介されはじめましたのが、昭和五十三年、今から八年 前ですかね。その時にはマスコミはこれを N 死を看取る 病院“と、うまい呼び名をつけたわけです。ただその頃 にある団体︵日本安楽死協会︶から実は重大な提言が出 それは、こういうことです。ホスピス、こ れは大いに結構であると、現代の医療が匙を投げたにも 拘らず、なお肉体としての命はありつづける。そういう 人を収容し、そして介護する。そのような施設、あるい は営み、それは結構だけれども、それはわが国の場合は ﹂ 不 教 抜 き H で行こうと、こういうふうな提言でござい ます。その理由は、実に簡単でございまして、もともと 欧米では、キリスト教をそのバックボーンとしている。 ところが、わが国ではキリスト教が定着していない。従 いまして、わが国では宗教抜きという実にその簡明な理 由なのでございます。それに対して私が、おっちょこち ょいですから、早速にある小さな雑誌にエッセイの形で 反論を展開しました。 それは、要するにキリスト教が背景にないからといっ て、直ちに宗教抜きとするのはたいへん危険なのではな カ ン セ イ いかと、そこに何か大きな落し穴、陥穿が待ち受けるこ とになるのではないかと。最後のいわゆる余生、ぎりぎ りの余生を送らせるその場にあって、なにかこの精神的 な基盤や背景というものが全くないというのは、非常に まずいのではないか、ということ、そして、最後に、わ が国の伝統ある仏教と今日のホスピスというものを結び さ れ ま し た 。
日本人の生死と仏教 つけることをしてはいかがであろうか、ということを提 案したわけです。その時には全く何の反応も、反響もご ざいませんで、私もまあ、忘れるままにほっておいたの ですけれども、実は今、申しました様に、八年後の今日、 仏教ホスピスという一言葉が、ほほ定着しはじめておる。 この八年間の間に急激に、八年間と申しましでも、実感 的に申しますと、ごくここ二、三年程、急激に一般の目 がそちらに行くという、そういうふうな動きを、肌で感 じておるしだいです。 さて、そこで仏教とホスピスと結びつけると言います けれども、一体、仏教のどの部分、仏教と言っても一二六
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度の面があるし、いろんなレベルがあるわけですが、 そのどの面、どのレベルをどこに突き合わせたらよいの かという、これは実はたいへん難しい問題なのですが、 少 な く と も 一 言 、 確 実 に 一 吉 の宗教音川識でありますとか、今日、問題の生死観、そう したところに合致するものでなければならない。もちろ ん、欧米直輸入ではどうしょうもないし、技術その他は、 ともかくとして精神基盤、バックボーン、少なくともそ の生死観というところ、そこにマッチするものをもって 日本的ホスピスというものを樹立と言いますか、模索し 3 なければならないと思うわけです。 そうしますと、実はこれもほぼ一般に最近、知られる ようになりましたけれども、例の臨終行儀という問題が あ り ま す 。 ﹁オモニ﹂という自然科学系の啓蒙雑誌でありますが、 その中に﹁死の科学特集﹂が編まれておりまして、これ は二、二一ヶ月前に出されました。実は今、へやに入って 来られました同朋大学の畝部先生からその雑誌をご紹介 いただきまして、早速、拝見しましてその知識を今、申 し上げておるのですが、そこで実は、山折哲雄という先 生が、死の人類学というふうなテ 1 マのもとに、その中 で臨終行儀、平安中期以来の臨終行儀について簡単なエ ッセーを載せておられました。自然科学、いくら啓蒙的 なものとは言え、自然科学の雑誌に臨終行儀のことが、 他の例えば、宇宙ロケットというふうな記事と同じよう に一つの雑誌に載るという、そういう時代であります。 が、問題はその臨終行儀のどこに、どのように我々は学 ぶべきかという点です。こちらへ私、参る時に考えたこ となのですが、真宗の教義というものは、一方にここに、 厳としてあるわけで、しかも親驚聖人以来、この臨終行 儀については極めてネガティブな姿勢を明確に保っていらっしゃるように思われます。 その問題があるだけに、この臨終行儀について語るに は、いくらか勇気がいるわけです。ただ同じ浄土教であ りましでも、わが浄土宗教団におきましては、宗祖法然 の立場は、一応カッコに入れまして、長らく臨終行儀が 行われたという伝統もございます。他宗の一つの行き方 をご紹介することで、何かのご参考になればというふう な気持ちを込めて、しばらくこの話をさせていただきま す 。 実は、臨終行儀、これはご存知のように平安中期の源 信﹃往生要集﹄その中の大文第六の別時念仏の中の一節 として、わが国では初めて、たてられたものです。この 臨終行儀についての従来の研究というものをみてまいり ますと、臨終行儀だけを正面からとらえたものは管見で は非常に少ない。他の問題を論じて言及するというのは、 随分たくさんあるのですが、臨終行儀そのものを正面か らとらえて、その意義とか、機能を論ずるというふうな ものはない。僅かに、大正大学の玉山先生が中世の史料 紹介の形で出しておりますが、内容についての考察とい うものはほとんどない。 そこで平安時代の臨終行儀を含んで、 4 とりあえず源信 浄土教と申しますかね。摂関期の浄土教信仰、そういう ようなものに対して、従来どういうふうなとらえ方をさ れてきたのか、その辺を試みに洗ってみたわけでありま す。そうしますと、これは先ず、代表的な方として、東 大の井上光貞先生、この先生の立場を、逸することはで きませんが、この先生は律令の崩壊、摂関制の形成とい うふうな社会変動がもたらした新しい動きの一つとして この平安浄土教の発生と、成立をみるわけです。そのと らえ方はですね、要するに源信を代表とするところの静 的、スタティックで情緒的な観想浄土教と把えられた。 これは、貴族社会において特に行われた。 これに対して、一方空也の立場がある。空也を中心と する立場と申しますか、レベルがあります。これは極め て、呪術的あるいは狂燥的である。そして、それはいわ ば七世紀以来の死者追葬のレベルをそのまま持つもので ある。もちろんこれは民間のレベルであると、このよう に、井上さんは平安浄土教特に摂関期の浄土教を二元的 にとらえておるわけです。そこには、実は宗教対呪術と この二つを対比させて、もちろん、一方が優れておって、 他方は劣っておるという、そういう価値判断がある。そ ういうふうな立場を基本にふまえておる。その上に立つ
日本人の生死と仏教 て摂関期の浄土教をこのようにたてたというのが、井上 さんの説です。これに対して、何人もの方がこれに批判、 あるいは検討をされましたけれども、中でも、従来の説 を整理、紹介しながらなおかっ、この井上さんのたてた シェーマに対して、事実をもって検討を迫る、修正を迫 るという仕事をされたのが東海大学の速水備という先生 です。実は、源信と空也というものをそのように分ける ことはどうもできないのではないかというわけです。ま ず理念のレベルとそれから、いわば実際のレベルですね。 この二っともが源信の世界である。具体的には源信およ び保胤あたりを中心にした例の二十五三味会の行動規範 としての起請がございますけれども、そういうものを検 討されて、そこに実は理念のレベルと実際のレベルが源 信的浄土教世界においてかなり差異がある、ひらきがあ る。そのちがいに注目されるわけです。理念というのは、 これは﹃往生要集﹂の大丈第六ですから、例の正修念仏 ですね。これを中心とした、いわゆる観想念仏を本意と する救済の理念と方法、実際のレベルで、速水さんが注 目されたのは、一言でいえば、いわゆる密教的要素であ ります。この密教的要素、具体的には、この八ヶ条と十 一一ヶ条の起請にみられる光明真言による土沙加持ですね。 5 光明真言によって聖なる力をふき込んだと信ぜられる土 沙、その土沙を死骸や塚の上にふりまくということを持 って死者のよりスムーズな成仏を祈るといったような、 光明真言のことが非常に注目されておるわけです。たし かにそれは八ヶ条︵これは保胤︶、十二ヶ条︵これは源 信︶のいずれにも光明真言に基づく、死者儀礼、広く、 葬送儀礼、これがたしかに明確に挙げられている。速水 さんは、それに注目されまして、源信的浄土教世界とい えども、実際レベルの場にあっては、つまり、密教的 H マジカル呪術的要素が濃厚に認められるのだと。従って 先程、井上さんのように観想浄土教と呪術的浄土教とい うふうな、二元的な把握はどうもむつかしい。それに対 して、速水さんの説を仮に図示するならば、この部分で すね。源信の世界といえども理念と実際レベルがある。 その実際のレベルというのは、まさに、空也のレベルと 同じである。従ってこのような二元的把握はむつかしい というわけです。 それでは、この部分ですね。密教ないし呪術的要素、 光明真言に代表されるような密教的、呪術的要素の混入 を速水さんが一体どういうふうに意義づけておるのかと いうふうに見ますと、これは、本来あってほしくないけ
6 れども、事実として認めざるをえない現実という、そう いうふうなとらえ方であります。源信の思想を、あるい は理念を最もよく理解し、それを実践しようとしたはず の二十五三味会のメンバーですらも、このように密教的 な色彩を濃厚に持っておると、いうふうなあるいは、源 信においでさえも密教的な色彩を否定しきれなかったと いうのが速水さんの説であります。 似たような見解は、例えば石田瑞麿先生にもうかがえ ます。この先生はもう少しはっきりと、源信的浄土教世 ざ ん し 界における密教的要素は、一種の残津である、のこりか すであると。従って、それは本来、払拭すべきものが払 拭しきれていないのだと、密教から遠ざかろうとした源 信であったけれども、それがなおかつ残っておると、そ ういうふうな表現でこの部分を見ておるわけであります。 そのように、密教的 H 呪術的要素をネガティブにしか評 価しないマイナスの評価しか下さないという点では実は、 先程の井上さんの立場と基本的には私は、同じであると 言わざるをえない。 このような立場では、ついに臨終行儀というも のを積極的に意義づけるという論が出てこないのだとい うことを研究史をふりかえって私なりに痛感したわけで さ て 、 す 。 それでは、私が今、平安時代の仏教ホスピスともいう べき臨終行儀を積極的に意義づけようとする立場という のは、どういうものであるのか。これは一一言で申します と、宗教と呪術という分け方が仮に可能であるとしても、 それを峻別するのではなく、全体としてとらえる。今、 源信の世界をとりあげるならば、速水さんのように理念 と実際のレベルのちがいを明確にして、なるべく分け隔 てようとする発想ではなく、むしろ一つとしてとらえる ことができるのではなかろうか。源信と一一言えども分裂者 ではありませんから、当然、統合されておったはずであ ります。そうしますと、今度はいかに統合されておるか という、つまりその理念と実際のレベル全体を通じての 共通項を、ちがった点ではなくて、共通の点を探し出す 必要がある、こういうことになります。ただ、速水さん が源信浄土教世界の中に専ら理念とは別の、実際レベル の密教的要素に注目されましたが、私はそれが密教的要 素であれ、あるいは浄土教的要素であれ、要するにひっ くるめて、実際レベルの葬送儀礼としてとらえる。そし て理念のレベルは救済ですね。救済についての理念と方 法。このように葬送と救済という点でとらえまして、し
日本人の生死と仏教 かもそれを全体として把握したい。こうしますと、実は 共通要素でありますが、﹃往生要集﹄にもそして発願文 にも、さらに八ヶ条の起請文にも、そして十二ヶ条の起 請文にも、それらすべてを貫く共通要素として、まさに この臨終行儀を見出すことができるというふうに思いま す。つまり、源信的浄土教世界のすべてを貫く要素は、 まさにこの臨終行儀である。もう少し丁寧に申しますと、 臨終の場での口称念仏である。 これを少し整理して言っておきますと、死を看とる場 でありますから、看死者による口称の念仏そしてまた、 終わりに臨んだ臨死者自身の念仏というふうなところを、 つまりは源信的浄土教世界の共通項としてとり出すこと ができますし、それがまさに、先程の救済論と葬送儀礼 の中間にあってその両者を結びつけ、かっこの両者を連 動させておる機能をこれは持っておるのではないか。そ のことを証拠立てるものをいくつかあげますと例えば、 これは八ヶ条の方の起請文の一節に、こういうふうなと ころがあります。これはちょっと大事でありますので書 きますが、﹁一衆埋骨の契もて転じて一国受生の縁とせ ん﹂これは第六条でございます。この一衆は同じ仲間で すね。二十五三味会の結社の仲間であります。同じ仲間 7 が同じところに骨をうずめようというふうに契りをかわ した。その契りを実行することを転じて、そのまま一国 受生、これを私は同じ、いわば極楽園に往生するという ことの縁としようというふうに解したいわけです。﹁受 生﹂の語を保胤は﹃日本往生極楽記﹄に往生をも含む死 後の生として用いている例があり、決して単なる﹁転 生﹂に限定してはいない。 そうしますと、同じところに骨をうずめようという、 つまり葬送儀礼が、極楽往生つまり救済に転化せしめう るというふうに、保胤が考えておったということの表わ れではないか。それから、もう一つ、十二ヶ条の方では どうかと申しますと、これの第十条でありますが、こう いう一節があります。墓場で、死骸が入り乱れて、鳥が 目をついばんだり、あるいは、獣が肉をくわえたりとい うふうな悲惨な描写をした後、それを見て心を凍らせな い人はいない。一決を流さない人はいない。そういうふう な言葉のあとに、こういう一節があります。﹁魂はたと え蓮華蔵の月に龍るといえども、身はなお高里の塵とな る﹂魂は向こうで救われるとしても、身、残された遺骸 そのものはなお墓場の塵にまみれておるのだという。だ から墓を立て、かつは葬送儀礼を丁重に行なわなければ
8 そういうふうな意味の言葉が続くわけです。 この魂ですね。これは往生の主体を魂というふ うなとらえ方がよろしいかどうか問題があるところです が、少なくとも、近代人の我々が﹁個人の魂の救済﹂と 言う場合の警聡としての魂ではない。単なる文学的な表 現としてのそれでもない。やはり、その霊魂を実体的に とらえているわけです。これが仮に、救われたとしても、 それだけで全て解決したわけではない。残された遺骸の 始末ですね。いわば死者の処遇、および死体の処理その 両方が実は大切なのだというところ、つまりは、葬送の 問題と救済の問題は決して、別ものとして切り放すこと はできないし、共に同じ程度に重要であると源信が考え ていたことの端的な現われではないかというふうに思わ れ る わ け で す 。 こういった点をふまえて、理念のレベルと、実際のレ ホ リ ス テ イ ソ ク ベルを全体としてとらえたいという、いわば全体的な観 点というものを立てるわけでありますが、そういう観点 から見ますと、先程申しました様に、臨終行儀の意義な り、機能というものが改めて、問題として浮かび上がっ て来る。こういうことになります。 そこで、一体、臨終行儀はその後どうなるのか、 な ら な い 。 そ こ で 、 そ の 後の日本人の生死観の展開にとってどのような役割を果 したのか、ということが問題となりますが、実は臨終行 儀は、文章で書けば、数百字、長くて千字足らずですね。 これが中世に至りますと、例えば貞慶ですね。法相宗興 夕 、 / ν ユ ウ 福寺の笠置の貞慶、あるいは西大寺の湛秀といったよ うな人によって、彼ら自身の宗派にいくらかアレンジし た形で臨終行儀のことが書き改められる。もちろん、祖 型としては、源信のこれをふまえておるわけです。それ から、浄土教の関係で申しますと、これは法然を越えて、 ン ヨ ウ コ ウ 鎮西の二祖の聖光︵聖光一房弁長︶ですね。あるいは隆 寛。聖光の弟子の良忠など。こういった人たちが実際に 自ら臨終行儀を行なった。そして良忠に至りますと、こ れは自ら臨終行儀の書き物を残しております。それが比 較的最近、発見されましたわけですけれども、その場合 ヨ ウ ジ ュ 〆 の書名としては臨終行儀ではなくて﹁看病用心﹂、病い ヨ ウ ジ ュ 〆 を看とる上での心得というような意味になっておりま す。臨終行儀というのは、看病ないし看死の具体的な方 法と、それから例の五色の幡、もしくは糸に象徴される 儀礼でありますけれども、それが実は中世を通じて行な リ ヨ ウ チ ユ ウ ヨ ウ ジ ュ 〆 われました。ちなみに良忠の﹁看病用心﹂がその後 どう展開するかと言いますと、四度か五度ばかり、いろ
日本人の生死と仏教 んな人の手によって書写され、これを書写した人の一人 に確か、存覚上人がおられるわけです。そのこと自体も 少し、おもしろいところなのですが、その後、近世江戸 時代に至りましでも、これが当時の出版文化の技術を背 景にいたしまして、特に元禄あたり以降改めて、作られ たり昔のものが復刻されたり、大変な盛況と言いますか、 臨終行儀についてのものがたくさん出まわる。 実は、その後、近代そしておそらく戦前までは、この ことが行なわれ続けてきた形跡がある。では、その臨終 行儀のもつ生死観と言ったものはどういうものか。これ は長らく、日本人の死の教科書といいますか。死にざま のモデル、規範を提供した。あるいは、死の意味づけ方 を示した。ひいては、生死観の論拠を示した。いろんな 言い方ができますけれども、平均的日本人の生死観の根 底にこれが流れ続けてきたと言、つことは、ほほ明らかで あ り ま す 。 ところが、そこで問題はそのような臨終行儀の指し示 す生死観とはどういうものであるか。少し教義の中に入 りますけれども、源信のそれは臨終にまず臨終正念とい うことが必須条件、そしてその結果、臨終に来迎がえら れる。来迎は往生の証である。こういうふうな臨終観で 9 ありますが、それに対して、法然ですが、先程、法然を 飛び越えてと申しましたが、法然自身は、実は晩年弟子 が五色の糸、つまり臨終行儀のことはいかがいたしまし ょうかと問いかけたところ、自分はそんなものは関係が ないと、にべもなく断っている。それは世間の人がする ことだというわけで、彼自身は臨終行儀に対して、極め て、冷淡であります。ただ、他者の、例えば門弟の臨終 の場に駆けつけて、善知識としての仕事をしておるとい う場合もあるのですが、今、このところでちがいを申し ますと、法然の場合はあくまで、平生からの念仏が問題 である。そして、それは往生を約束しつつあるわけです けれども、今、問題の臨終という場面では、要するに平 生からの念仏の功徳によって、先ず来迎がえられると、 自分の力によってでなく、念仏、来迎をまのあたりにし た結果、自ずと、人は正念に住することができるという ふうな臨終観、これは少し広げて申しますと、源信の場 合は、あくまで、死にざまが安らかでなければならない。 安らかな死にざまということが一にもこにも重視されて おる。結局、その臨終行儀も多くは近親者によって死を 看取られることによって、死をむかえる人の臨終正念を 目ざすという、そこに重点があると言ってもいいように
10 思 い ま す 。 それほどに実は死にざまが、たいへんに重視されてお る。臨終行儀を行う立場での、臨終観、生死観とは、先 ず死にざまの安らかさをとことん尊重する、重視する立 場であると言うことができる。 それに対して、法然の場合は臨終がいつ来ようとも平 生からのそれによって、来迎が必ず得られ、そして自ず と、正念に住しうるというわけでありますから、従いま して、結果として正念をえるにしましでも、むしろ、平 生からの念仏者としての真撃な生きざまがむしろ尊重さ れておる。源信のそれと、あえて対比させて言えば、法 然の場合はあくまでも、その生きざまを重視する立場で あるということは十分言えると思います。その場合、死 後の救済という、これまた一つの問題でしょうけれども、 少なくとも死後の世界をとりこんだ上での生きざまの重 視であるというところが、法然のもともとの特色であろ うかと思うわけですが、さて、死にざまを重視するとい う、それは一体、どういうことなのか、源信の場合、も う少しつめておきますと、死にざまを重視するというこ とは、死にざまの善し悪しが死後の運命、往生するか、 堕獄するかという、死にざまの善し悪しがそのまま死後 の運命を決するのであるという。そういうふうにとらえ る こ と が で き ま す 。 このような立場、あるいは観念は、実は日本だけでは ありませんで、最近の人類学の報告によりますと、どう やら、もう少し広い地域にわたって、アウストロネジア 語族と称する東南アジアから太平洋一帯にかけての定着 農耕民文化圏、この一帯に強く死にざまの善し悪しが死 後の運命を決するという観念が発達したのだというふう な報告がございます。 今、平安中期、源信の臨終行儀にみられる生死観とい うのは、まさにそれにぴたりと符合するように思われま す。実際、そのような、仏教以前の、習俗レベルの死に ついての考え方、死後観、それを臨終行儀は素地として、 基盤としてふまえていればこそ、多分戦前まで平安中期 からずっと、長らく我が国民の生死観のモデルたりえた のではないか、というふうにに思われます。 そこへ行きますと、我が法然の臨終観でありますが、 法然の立場を今、少なくとも臨終についての考え方に限 定いたしますけれども、これが門弟においてどのように 受け取られたかということを申しますと、実は法然の立 場をそのままとられたのは、すでにお気づきかと思いま
日本人の生死と仏教 すが、親驚聖人その人でありまして、ほかの例えば聖光 一房弁長でありますとか、良忠上人その他、そして近世の 歴代の浄土宗僧侶は、いわば法然のではなくて、源信の それを基本的には踏襲しておるといわざるをえない。 従いまして、法然の臨終をめぐる立場については、い わば浄土宗精神史上、ついに定着しなかったといわざる をえないのであります。 近世も中頃以降になりますと、源信の﹃往生要集﹄の 中の一節の臨終行儀の文章が法然作として出まわり、そ れが普通のことになってしまう。というようなことがあ る程でありまして、そういう意味では、もともとの仏教 以前の死の観念に根ざした立場、つまり習俗的レベルの 生死観を乗り越えることができなかった。そのへんが大 きく問題になって来るわけです。 昨年の九月頃ですが、例の日航のジャンボがおちまし た。航空機史上たいへんな惨事でしたが、その直後でし たが、あるところで話したのですが、その後で、初老の 婦人が来られていうには、遺体のかけらさえも見つから ないような、そういう死にざまでも救われますか、とい うたいへん痛切な問いかけをされたわけです。それに対 して、私は法然の立場をもって、﹁死にざまが死後の運 11 命を決するのではないのだ﹂という事で、お答えしたよ う な 次 第 で す 。 そういうふうに見てまいりますと、安らかな死を、近 親に看とられながら求めるという、それは一つの理想的 な死にざま観でありまして、そのこと自体を否定するい われは、どこにもないわけであります。しかしながら、 また現実には、まさに不慮の事故ですとか、最後は全く 平生の心がけとはちがって七転八倒というふうな場合も 当然ありうる。その時に少なくとも、法然のこの様な立 場が一つの救いを与えるということが十分に考えられる わ け で す 。 た だ 、 この生きざま重視とか、生きざま尊重するとい う立場は、今日、宗教とは無縁の立場の方からも時に強 調されるところでありまして、それは例えば、お医者さ んであったり、看護婦さんだったり、その他であります が、むしろ、宗教に不信をもつような方から、生きざま 重視論が出されることがある。つまり、死にざまは問題 ではない。まして、死後の生は問題外。この与えられた 命を百パーセント完全燃焼することだけが大事なんだと いうとらえ方をされるわけです。そこで、例えばこうい うことばがございます。人、一人の命の重さは地球の重
12 さに匹敵するというような大変、輝かしい、勇ましい健 全な考え方だと思うのですが、それは、いわば生命が生 命を肯定というようなニヒリズムの裏返しというふうな 感じがあるわけです。その場合の命というのが、いわゆ る肉体的生命に限られておるということからであります。 ただし、先程の法然の立場というものは、あくまでも、 もともとは死後の世界をとりこんだ上での生きざま重視 であるということを思う。そこでそれは、どうちがうの か、あるいは又、いずれが今日重要なのかといったよう な、たいへんやっかいな、これは教義の上からも、ある いはまた、一人の人間としての自分の生死観の形成の上 でもたいへん大きな問題ではあろうと思う。 ただ最近、例のキューブラロスという人が昨年も京都 のトランスパーソナル会議で報告されましたが、その中 で、彼女が多くの症例をふまえて、強調されたことに、 いわゆる死後再会信仰とでも呼ぶべきことがありました。 無条件で愛した人、自分にとって本当に大事な人、おじ いさん、おばあさん、父母、兄弟、姉妹、そういう人た ちとはむこうで必ず会えるのだと彼女は報告しておりま す。そしてまたそれを受けて、例のクリスチャンの作家 であります遠藤周作が東京の新聞で、愛する者と会える ための死であるならば、もはやこわくはない、どうか、 この文章が多く死をみとる人たち、あるいは死の床にあ る人たちの目にふれてほしい。そういうふうな言葉で応 じておるわけです。 もちろん、これに対して河合隼雄さんあたりから、こ のキューブラロスは、意識の深いところでの問題、こと がらを意識の浅いところで語っておられる。そこに問題 があるというふうな指摘もありますが、今、死後再会信 仰というふうなところで、直ちに思い出しますのは、こ れはまた法然にかかわるエピソードであります。晩年、 弟子の罪をきて、土佐に流されるはめになりました。そ の時に法然は、藤原兼実に招かれまして、最後のもてな しを受ける。その時に別れを嘆く兼実に対して、別れは たしかに悲しいけれども、しかし、共に念仏する身であ るからには、むこう側で、必ず会えるのだという、その サイエ ﹁浄土の再会なんぞ疑わん﹂というふうな言葉を残して おります。同じようなことを他の門弟にも、いくつか示 し て お り ま す 。 浄土の再会、なんぞ疑わん。あるいは、浄土の再会、 はなはだ近きにあり。とこの裟婆での別れ、死別が近い ということは、とりもなおさず、むこう側での再会が近
いのだというふうに言っているわけです。 これもまた、ご存知のように、親鷲聖人もほぼ同様の ことをおっしゃっておるというふうに、承っております。 そうしますと、先程の臨終観と、死後再会信仰、それ が何か有機的な連聞があるかといったような気になるの ですが、私は、宗学とか教学が専門ではありませんので、 また後ほど、ご教示いただければと思います。 いずれにしましでも、死後の生をたてることが、この 世界での人間の生き方を全体的、かつ決定的に規定する というふうな論もあるわけです。 その死後の世界でありますとか、往生とかいう問題、 これを少なくとも、近代主義的な合理的な思惟でかたず ける。あるいは解釈するということだけでは、どうもラ チがあかないようなのが、今日のまさに死をめぐる状況 ではないかと思います。死の問題はどこまで行っても答 日本人の生死と仏教 13 えは見つからない。にもかかわらず、人類の一人一人が おのれの問題として、模索しつづけなければならないと いうふうな問題であろうかと思います。 今日では、宗教は、もはや万能ではありません。そこ で、レディメイドの宗教よりも一人ひとり手 ε つ く り の 、 オリジナルな生死観が要請されているのではないかと思 います。そのオリジナルな生死観を形成するうえで、従 来の仏教︵浄土教をはじめとして︶は相当程度のお手伝 いができるのではないか。そのあたりに、われわれの今 後の使命があるように思われます。 このあと、お二人の先生のお話があります。私もそち らを是非、拝聴させていただくことにしまして、答えと いうものは、もともとないのだということを、くりかえ しまして、私のこの拙い話を終わらせていただきます。 ご静聴ありがとうございました。
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苦しい生と楽しい生 この齢になりますと、若い時に読んだこともすっかり 忘れてしまいまして、そう学問的な、むつかしい話はで きません。今日はただ﹁私自身は日頃こう考えておる、 こういう風に頂いておる﹂ということで、真宗の安心に ついてお聴き頂いて、その上で皆さんから、そこは間違 っているぞ、とかお教え頂ければありがたいと思ってや っ て 来 ま し た 。 今日のテ 1 マは生死、生と死についてということです けれども、仏教はですね、死んでからのことではありま せん。生きている聞に、如何に生きるかということが一 番大事な問題だということを教える、それが仏教だと私 は思っているんです。死んでからの心配よりも、生きる、横
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慧
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現に今こうして生きているんですから、如何に生きるか つてことを一生懸命に、真剣になって考えきせようとす るのが仏教だと思、つんです。六道輪廻ということを言い ますけれども、あれは、人間に生まれる前に牛や馬であ ったものが、それから人間として生まれてきたというよ うなことでしょうか。まあ初めの頃は、インドの方では そうだつたかも知れないけれども、私の理解するところ では、今日言、つ六道輪廻というのはそういうことではな しに、そのように自分を苦しめるような生き方を私共が 現在色々繰り返しておるということだと思います。現実 の生活において、地獄っていうことは最も悪いことをし て最高の苦しみを受ける、そういうコ 1 ス、生き方の コ 1 スですよね。それから餓鬼、あれは食べることだけ、 お酒を飲んだり御馳走を食べたりすることだけが生きが無量寿ということ ぃ、そういう生き方が餓鬼です。私もまあ、だいぶん餓 鬼の生活を繰り返しております。畜生、これは、異性を 追いかける愛欲、すべての人を平等に愛するんじゃなく て特定の人だけを愛する、そういうことでしょうね。阿 修羅。阿修羅はまたひどいですね。今日のイランとイラ クがそうでありますし、またそればかりじゃない、この 日本においても、もう世界中の人々が皆阿修羅の戦いを やっていますものね。私だってやっぱり、どうかすると いまいましいなと思うことがあります。そう表面に出し て大喧嘩しないだけのことです。それから、おいしいも のを食べたいなあ、今日は一杯やりたいなあ、あの人可 愛い人だなあと思うことも︵笑︶あります。 そういう風に、地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人ーー人 間はまあ、一応の倫理・道徳を心得ておるわけで、それ が解らんような人だと、﹃あいつは人閉じゃないよ﹄っ て言いますね
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−それから天。天というのは、日本の ことばでいえば神様っていうことですね。人間以上の能 力を持っているのが天。:::地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、 人、天。私共は必ず、それら五趣、五道とも言、っし六道 とも言う、それらの生き方を繰り返しておるのです。決 してその中のどれか一つだけということではない。今、 15 腹がたつているというのが表面に出ているときには、ち ょっとあの人可哀相だな、気の毒だなというような気持 ちは隠れておって、その隠れておった、ああ、あの人気 の毒だな、ちょっと手伝ってあげようと思う気持ちが表 に出てくるときは、腹をたでたり疑ったりする気持ちが 隠れておる。始終、それをぐるぐる繰り返しておるわけ で、決してひとつに止まらない。ぐるぐるまわっている んですよ。そういう生き方をしていることを六道輪廻と 一言うのだと、私はまあそう思っているんですけれども。 そしてそのために私共は現実に苦しんでいるんですね。 そうすると、あまり苦しまないような生き方をするに はどうしたら良いかということになりますが、しかし、 しっかり考えないで、軽卒に間違った道へ走って大事な 自分の一生をとりかえしのつかぬ所へ落ちこませること があります。お金が欲しいと思ったらすぐ、銀行へ行っ て盗ってくる。ピストルかなんかで脅して。で、その一 瞬間はみつからなくたってね、そのために後になっても う取りかえしのつかないような苦しみを自分が受けなけ ればならないのに、それを考えないんですもんねえ。み つからなくたって苦しむ、みつかったらすぐ、五分と経 たんうちに罪が決定してしまう。16 そういうことではなしに本当に、人生を生きるのが楽 しくてしょうがないような生き方をどうしたら得られる だろうか、そういうことを考える人を、私は偉いと思い ますね。考えたってなかなかそう簡単には得られません けれども、そのことを考えるのが仏教だと私は思、つんで すが、どうでしょうか。 浄土、極楽浄土というのはとても立派だということが 阿弥陀経のなかに書いてありますね、はじめの方に。あ れは心の清らかな人ばかり居るからきれいな処なんです ね。それから﹃維摩経﹄のなかにもこうあります。﹁そ の心清きに随って則ち悌士清し﹂ってね。きれいな浄土、 仏国というものは、心のきれいな人に於てのみあり得る んだから、極楽へ生まれたい、浄土に生まれたいという 者にとっての絶対的な条件は、心清くなければならんと いうことです。阿弥陀経にもそう書いてありますね。は じめの方には、極楽とはこういう立派な処で、そこには 立派な人ばかり居る。極楽へ生まれたいのはそういう立 派な人と一緒に生活をしたいから、極楽へ生まれたいと 願うんだ。そう書いてありますものね。そしたら私共、 極楽へ生まれたい、立派な人と一緒に楽しくてしょ、つが ないような生き方をしたいが、それだけの資格はあるか、 自分を振りかえらなければならないですね。 入学試験を受けて通過する見込みがないのに、あの大学 に入りたいなあって言ったってそれは無理です。そうす ると自分を考えなければならない。自分に自信がある人 はどれだけありますかっ:::まあ私の話はね、当然皆 さんでしたら自分のお寺で常日頃から門信徒の人に話し ておられるような、そういう、ごく平凡な話ばっかりで、 今お聴きした真宗学や宗教学の、ああいうむつかしい話 は私には出来ませんですけれども、自分の考えておると ころを申すと、本当にもう、どうしたらいいだろう、っ ていうことなんです。 そこで、その時にですね、はじめて仏さんという方が
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仏の光というものがですね、いつでも私共も照らし ておって下さるのです。それなのに少しも気付かないで いる。何処に光があるか、って。言っても、目をつむっ て探しておったらわかりません。日が開いて、気がつい てみてはじめて、自分が照らされているということがわ かりますね。照らされて初めて自分というものが見つか る 。 っ て こ 、 っ 、 まあ、私、寺院生活あまりしていませんからね、あま りお説教は上手じゃありませんし、ゃったこともそんな無量寿ということ になくて、うまい警えとも思えませんけれども、皆さん 今日ここへおいでになる前にはちょっとこう、鏡の前に 立って髭をあたってこられたでしょう。私も毎日髭剃り ますけどね、一日でも髭剃らんとずっと長くなりますよ。 知らんうちに長くなる。鏡をみて、初めて自分の髭が伸 びている、ぁ、こんなところに墨がついていた、とわか るんですね。けれども、鏡だけじゃあ駄目です。鏡の前 に居たって、暗闇で鏡を一生懸命に見たってわからない です。光がなかったら。光というものがあってこそ、自 分というものが見つかるわけです。そうすると光、その 光っていうのはこちらが目をつむっておっても開けてい ても、横向いておっても、いつでもこちらを照らして下 さるわけですから尊いものですよ。 誰しも一番肝心な自分、その自分というものが仲々わ ひ と からんもんです。他人のことはよくわかりますけれども。 あいつはけちんぽだとか、他人のことはよくわかるのに、 自分のことはちっともわからんのです。﹁あの人はけち ん ぽ だ ﹂ と 言 、 つ 人 、 実 は そ の 人 自 身 が 、 だ い ぶ け ち ん ぽ だ と言えましょう。そういう、同じような人でないと気が つ か な い ん で す ね 。 私 そ う 思 、 つ ん で す 。 17 生きるとは とにかくまあ、光に照らされておって、気がついた時 には光のありがたさっていうことがわかる。光のありが たさがわかると、私はどちらを向いて進んだら良いかと、 方向がわかる。コースが決まりますね。はじめのうちは ﹁金を儲けよう﹂とか、﹁あいつちょっと怪しいぞ﹂と か言って他人のことを気にして、そういうことばっかり 考えておった。そんなことばかり考えておってはだめだ なあ。コース、自分の進もうとするしっかりしたコ l ス を見出さなければならんではありませんか。コースが間 違ったら大変なことになります。もう一生をとりかえし のつかぬものにしてしまいます。 そこでですね、今日の共通の題は﹃生と死﹄でしたか、 ﹃ 生 ﹄ と 言 え ば N 生まれる u ということと H 生きる u と いうことですね。生まれた以上は、どのように生きるの か、という生き方をしっかりと自分の身で確かめなけれ ばならない。そうやって生きて、あとにつづくのが ﹃死﹂。生きるとは希望を持って生をつづけること、と 言えるでしょう。死とは、ただ体がなくなることだけで なく、希望が断ち切られること、と言えるではありませ
18 んか。しかしその希望の在り方によって、肉体はなくな っても、希望、喜びはいつまでもその人の心の中から消 えないような、そうした死ということもある筈です。死 んでからのことはどうか。本当は仏教ではですね、万生 まれる u と H 死ぬヘ生死という問題は幾つもあるんで ぷ ん だ ん へ ん や ︿ す。さすがに。まあ一番よく言うのは分段生死と饗易生 死、二種生死でしょう。まだその他に色々分け方があり まして、私もちょっと見たことはあります。﹃成唯識論﹄ なんかにもありまして、議伽系統だと四種生死と、生死 を四つぐらいに数えます。とにかく、我々の肉体的な生 命の生死、そこだけにこだわっている生き方を分段生死 と言います。五十年生きたとか、八十年生きたとか、自 分の年齢だとか経験というものを、具体的な、実生活の 上で考える分段生死、そういう分段生死のなかにあって 我々が一番心魅かれるのは、五欲。色、撃、香、味、触 についての欲望ですね。きれいな大きい家に住みたい、 いい音楽を聴きたい、自動車なんか騒音で、うるさくで しょうがない、香水でなくても、すこし気持ちのよい香 りのなかに居たい、美味しい御馳走を食べたい、お酒を 呑みたい、ああ、今日は涼しくて気持ちが良い:::こう いう感覚的なことばかり夢中になっていますよね、 私 達 は。そういうこと以外に人生の楽しみはないんですかっ 精神的に高い境地、そういうものを求めなければなら んですね。なにも人聞が生きるっていうことにとって、 今の感覚的な欲望だけを満足したって、それだけでは必 ずみな楽しいとは言えません。世のなかっていうものは、 みんなが力をあわせ助け合って生きるような、そういう 世のなかになったら、イランとイラクの戦争もないし、 アメリカの大統領だってソビエトのことをおおいに心配 する必要ないんです。まあそういうことじゃなくても、 我々も毎日、あそこまで強く、はっきりとは表面に出さ んだけのことで、心のなかでは同じような苦しみを皆繰 り返しておるんですけれどもね。五欲、色馨香味触の苦 しみだけではないような、そういうものが問題になるの ではなく、もっと精神的な高い境地、人が苦しんでおっ たら、﹃ぁ、あの人なんとかしなければならん﹄とそう いう気持ちになれないもんでしょうかな。まあそういう ことで私は、今、世界中の平和のために、仏教というも のを心底から真剣にみんなに考えてもらうという、これ 程大事なことはないと思うんですけれども、まあ、なか なかどうも、お葬式や法事のことだけに注目せられて、 みんなの間にそんな考え方がまだまだ徹底するようにな
無量寿ということ っていないのは残念なことです。ここにおられる皆さん は、そうはならんように非常に努力して下さっておると 思 い ま す 。 そうすると、その精神の境地、大変高い、感覚世界を 越えたところに、生死がある。不思議嬰易生死というこ とですね。考えることも出来ない精神的な境地の、だん だんと次元の高い生き方、高みに入っていっても、やっ ぱり﹁こんなにしたけれども、まだこれだけでは駄目だ なあ﹄と思うことがあります。私は死ぬということはね、 こういうことだと思、つんです。つまり人聞が生きるとい うことはね、希望をもって生存することでしょう。そう すると希望をもって生存したその希望の立場というもの がくずれた時が N 死 ぬ μ ということで、肉体的な問題だ けではないんですよ。変易生死ということは、御存知の ように﹃勝重経﹄のなかに説かれています。精神的に高 い境地であっても、これだけ自分はしておるけれども、 まだ十分でないと気付くことがあります。:::と、今度 は自分のいたらんところに気がついたりして、せっかく 今までこうやってきたのに、これでもまだまだ、という ことになる。そして、希望ということが生き生きとして、 いつまでもつづき絶望することがないような心の世界 19 、 、 、 、 、 、 、 ||死なないところーーーですね、そういう死のない世界 に生まれたい、ということが無量寿の世界に生まれると いうことじゃないですか。 無量寿の生 阿弥陀さんという方は無量寿仏でしょう。で、阿弥陀 さんが無量寿仏であるだけじゃなく、私共も無量寿仏の 固に行くとみんな無量寿になるんだそうですね。例えば、 学問の世界でも、偉い学者を尊敬する人はその学者に魅 き込まれる。自分の専門の方で、あの先生は偉い人だな あって思って非常に尊敬していると、知らず知らずにそ の人に魅き込まれてしまいますね。無量寿仏に魅き込ま れて、ああ、無量寿仏という方は一生懸命に、こちらが 気がついても気がつかなくても﹃あれをわしは放ってお けない﹄という風に私のことばかりを心配して下さる ||と思って、その無量寿仏の御心をおもいだして南無 阿弥陀仏と口にとなえる。この人は、知らず知らずにそ ちらの方向へ引き入れていただけるんじゃないですか。 もうこんなことはね、皆さん十分御承知のことで、そ れこそ﹁釈迦に説法﹂で申し訳ないですけれどもね、私 の普段考えておることはそういうことなんです。どうで
20 しよう間違っているでしょうか。まああまり卑近な例を 挙げすぎたかも知れませんがね。無量寿の国に生まれる ということはそういうことだと思います。極楽へ行った ら美味しい御馳走があるらしい。なんか華も咲いておる し、色々の鳥もいい声で鳴いておるそうだが、それでも しかしこちらに居るうちに大きな邸宅にでも住んだら良 いだろう、と思う人があるかも知れないけれど、そうじ ゃないですよね。もうとにかく生きることが愉しみで、 極楽へ行ったら何年過ぎて死ぬということがない。死ぬ ことがないというのは希望に満ちた楽しみの生活が何時 までも続く、そこでは絶望するなどということが絶対に なく、いつまでも活き活きとした生がつづけられるとい うことではありませんか。私、ちょっと長生きしすぎま して標準より少し出ましてね、今数えでは八十一ですけ どね、まあ後何年生きますか。今夜死ぬかも知れません が、これからの生き方をはっきりさせておかねばなりま せん。今死んでも後悔のないようにね。﹃ああ良かった なあ、大事なことを仏教で教えてもらって、仏様に極楽 に生まれるということを教えて頂いて﹂ってね。 死んでからではなくって、死んだ時に初めて:::死ん だ時っていうのは、絶望した時に、その先に本当に絶望 することのない生き方を見出させて頂く、そういう世界 を教えてもらってそこへひきとってもらえる、それが極 楽へ生まれることだと思う。生きているうちから、それ は方針がはっきりしなかったらいけません。死んでから 極楽へ行くそうだが、極楽なんか何処にあるの?だい ぶ探したけれども見つからないらしいとか、今のこの、 科学の進んだ世界でそんな、極楽なんていまどき:::っ ていう人があるかも知れませんがね、極楽とは、生きと し生きている人、何人にとっても決してひとごと︵他人 事︶としてほっておけない問題ではありませんか。いか に生きるか。生きる上で絶望するようなことのない生き 方、そういう世界が、私は極楽であると確信しておりま す 。 四 一乗思想と三乗思想 こういう席でプライ守ウェートなことで恐縮ですけれど も、私、大学のときに伝教大師のことを勉強しました。 伝教大師のことで卒業論文を書いて、それで日本の円頓 戒のことを研究しました。そしたら今度大学院の時代に 一乗三乗の問題、これをやりました。仏教のなかにはみ んな仏になれるという考え方と、いやそんなことはない、
仏になる素質のある人と素質のない人とある。素質のな い者はいくらやったって駄目だ。いくら修行したってそ んなものは仏にはならない。それに五種類あって、菩薩 定姓の種のある者、それから菩薩と他のものとごっちゃ になっている種子のある者と、それだけが仏になれる、 あとは絶対に仏になれない、いくら修行したって駄目だ ーーーそういう考え方が仏教のなかにあります。例えば、 日本で一言いますと、奈良の興福寺だとかああいうところ ですね。ああいう法相宗のところでは、﹃全部仏になる﹂ それはとんでもないことだ、仏になるのは特定の人だけ だ、と言う。ところが、天台宗や華厳宗ゃ、三論宗だと か、浄土宗や禅宗なんかでは、みんな、全部仏になれる とある。そういうのを一乗って言いますよね。みんな仏 になれるという一乗教が本当か、仏になれるのは特殊な 者だけなのか、どっちが本当か。みんな仏になるってい うのが本当ならば、仏になれる特定の者があるというの はあれは仮の、方便の教え。みんな仏になるというので はなくて特定の人が仏になるというのならば、みんな仏 になるというああいう法華経などの教えはまあ、本心じ ゃないことになる。それでは一体どっちが本当だろうか つてことで、仏教界に大論争がおこりました。 鑑量寿ということ 21 そのこと を書いてあるのが伝教大師の﹃守護国界章﹄という本で す。それは日本で大論争しただけじゃなくて、そのもと は中国で論争したんです。そこで、これは放っておけな い、みんな仏になるのが本当か、仏になれん者もあると いうのが本当か、これは中国の人も大いに一生懸命に勉 強したけれども、私自身にとってもそれはやらなければ、 それがはっきりせんことには親驚聖人の念仏の教えもな にも、成り立たんことになるということで取りくんだん です。ところがだんだんやっているうちに湖ってしまい ました。とにかく両方喧嘩ですから、一乗系の方は﹃わ しの方が本当だ﹄といい、三乗系の方は﹃いやわしの方 が本当だ、おまえの方はまちがっている﹄||と大喧嘩 だった。喧嘩をするからには相手の言い分がわかつてな かったら喧嘩になりません。わしはこうだつて言ったっ て向、っと全然話が喰い違っては駄目ですから。だから天 台宗の伝教大師は、法相宗即ち唯識宗のものを徹底的に しらべ、又唯識宗の人も、天台大師の書かれた、講義を つっこんで勉強せられた﹃法華玄義﹂だとか﹃法華文 句﹄、ああいうものをお
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いに読んで両方が大論争をし たんですよ。で、それをやっておりましたら、その前は どうだつたのか、どうしてそういうことになったかとい22 うことになって、だんだん調べているうちにまあどんど ん湖ってしまいましてですね、もう、戻れんようになっ てしまいました。私は中国仏教よりも、本当は、最初伝 教大師、それから下って親驚聖人のところまできて、ど うして親驚聖人のああいう念仏が日本仏教のなかで興っ てきたか、それは中国やインドの教祖の教えに基いては おるけれども、その背景にはどのようなことがあるのか、 本当はそっちへ下るつもりでまず伝教大師に手をつけた んですけれども、やればやる程だんだん湖って、中国へ 仏教が入った最初のところまでいって、もう戻れんよう になってしまいました。だから私は色々のものを勉強す ることはしましたね。それはしかし、必要だったと思、つ んですよ。決して余計な廻り道に力を尽したとは思いま せん。お念仏のことを学ぶにも、お念仏の時代、今度は 鎌倉時代の社会のことを考えてごらんなさい。ああいい 世のなかだなあと言っておれますか?そしてあの時代 には、仏教の悪口を言、つだけじゃなくって、同じ仏教の なかで﹃わたしの方が本当だ﹄ってねえ、争っていた。 そういうことを知っておく必要があります。 五 釈迦仏の出世本懐 まあちょっとずれますけれども、親鷲聖人は日蓮聖人 のことを御存知なかったんです。しかし親驚聖人の後、 存覚上人の頃になってきますと、法華の方でもずいぶん と出てきて、法華が本当ならば法華経のなかには、この お経はいちばん大事な、出世本懐、お釈迦様の世に出ら れた一番の目的を書いてあるのがこのお経であって、こ のお経を誇るような者は無間地獄に堕ちてしまう、絶対 に、最高の苦しみを受けるんだって言、つんですね。です から日蓮上人どうです。﹃この頃もう鎌倉幕府のなかで も禅宗や念仏の人間が勢力を振るって、そして法華経を 放っておく。法華経は、我々の生きているこの世に出ら れた御釈迦様がお説きになった。それに比べて阿弥陀さ んというのは西の方の仏さんじゃないか。そんな西の方 の、他方の仏さんをたのんで、肝心なこの世界の御釈迦 様を放っておくとはなにごとだ﹄というのです。そして、 曇驚や道締や善導などという、ああいうのは、聖道門は 駄目で浄土門でなけりゃ助からん、他力でなけりゃ救わ れぬ、自力ではいけないとか、ああいうことは、あれは もう法華経を無視しておる、そんな念仏をとなえるのは
無量寿ということ 最高に悪い奴だ。法華経のなかにもあるじゃないか、こ の法華経を誇る者は無聞に堕ちると書いてある。あんな のは無間地獄に堕ちる。念仏無関禅天魔:::という風に ね、念仏は一番悪い奴だって言、つんですね。親驚聖人の ときにはまだ、そこまではお聴きになってはおらなかっ たけれども、私はあの批判的態度には大いに問題がある と思うんですけれどね。日蓮上人がちょっと、出てこら れたらいっぺん会って話したいと思いますけれども ︵笑刀法華経のなかにね、念仏をとなえる者は無聞に 堕ちるなんてそんなことは書いてない。﹁この経を誇る 者は無間地獄に堕ちる﹂とあるんです。それじゃこの経 ||法華経というのはどういうことが書いてあるかとい うと、仏はすべての人を救いたいから、そのためには皆 の能力に応じた教えを説かなければ駄目だ、ということ で、御釈迦様はいちばんはじめからむつかしいことは言 わないで、相手の能力を考えて、だんだんひきあげるよ うに教えを説かれた。そう書いてあるでしょう。お念仏 はどうですか?お念仏は、良い人だけ極楽に行きなさ い、悪い奴はお断りですよなんて書いてないですよ。い や悪い奴が一番心配だと書いてある。だから良い人間も 悪い人間もみんな救われるお念仏でしょ。法華経とどう 23 違、つんです?法華経の精神をさらに徹底したものが念 仏じゃないですか?それをね、法華経を誇る奴は無関 地獄に堕ちる、念仏は、そんな、よその国の仏さんのこ と を ユ 一 一 口 、 つ ん だ か ら 無 聞 に 堕 ち る と 、 そ ん な : : : ね え 。 えらい。フライヴエイトなことばっかり申すのですが、 私は法華経に関する本を三冊ばかり出しました。﹃法華 思想の研究﹂一・二とそれから﹁法華思想﹂って本です がね、そんな本を出しましたけれども、他処へ行きます とね、おまえはなんか法華ばっかりやってる、法華宗か、 それで名前に H 日“の字があって、日蓮上人の日の字が つくんだなあ︵笑︶とか、おまえもなんか、法華以外の ものを読んでることはあるのか︵笑︶なんて、たまに浬 般市経のことなんか申しますとね、そうすると﹁お前少し は法華以外のこともやるのか﹂なんて言われるんです。 本当はですね、親驚聖人の教えだって、法然上人、源 信僧都だって、みんな﹁私はお念仏の信者だ﹂といって、 お念仏の本だけを、読んだんじゃないんです。すべての お経を読んで、そのなかで私がついていける教えはこれ だ、これでなかったら私はついていけない。みんなそう いうところから、念仏というものに入られたんですね。 だから、それが日蓮上人にはわかってもらえなくて、あ
24 あいうことになられました。まあ私は、それはまあ、仏 教の受けとり方は人によって違いますからねえ、そこで 喧嘩したら、内輪の喧嘩は御釈迦様も残念に思われます でしょうからね。それで、私は、法華経を読んでおった らどうしたって念仏に入らずにおれないんですよ。私、 先日竜谷大学へちょっと話をしに来いと言われましたん でね、行ってきましたけれど、そしたら﹁御本書のなか に法華経をちっとも引いていないが、親驚聖人は法華経 は読まれなかったんでしょうか﹂とある聴衆の人から聞 かれました。法華経を読まなかったわけではないでしょ う。まあ九歳で出家して天台宗に入られて、その後法然 上人のもとへ移られるまでは天台ばっかり修行しておっ た、修行したからといって法華経を読まんようなことで は天台宗に籍の置けるはずはないが、どういうことでし ょうか。そうすると、宗学者のなかでは、法華経は出世 本懐といっても、聖道門の出世本懐で、こちらの方の大 無量寿経は浄土門の方の出世本懐だ。だから浄土門の念 仏を説く御本書のなかでは、聖道門の出世本懐は引かれ なかったんだ、そういうことがえらい昔の御講者により 言われているみたいですね。私はよく知りませんけれど も。ちょっと私はそれには賛成しかねるんですね。今こ こにいる御講者に教えてもらうといいが、私は聖道門だ、 これは浄土門だ、とそんな、ひとりの仏さんにね、私は 聖道門ではこういうことを言う、浄土門ではこういうこ とを言う、そんな使いわけができるもんですか。この世 に出た目的はひとつでしょ。あちらいったときはこうい う風に言、っ、こっち来たらこう言う:::そんなことはな いですよね。目的はひとつでしょ、目的がひとつならば、 すべての人を救いたいっていうその目的ひとつで仏教は すべて、そこに尽きてゆくんですね。
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生きる道へ導く教、維摩経と法華経 ひとつのおおきい目標のためにはね、色々の教え方が 必要ですよ。﹁維摩経﹂なんて特に、その H 教え方 μ っ ていうことで光ってるでしょ。﹃維摩経﹂っていえばね、 御釈迦様がお弟子に﹁維摩君がね、いま病気になったら しい。ひとつ見舞いに行ってくれ、舎利弗君、きみ、維 摩君が病気になったそうだから見舞いに行ってくれ﹂ ﹁それはまあ、ちょっと御勘弁願いたい。あの人は私が 前に山のなかの閑かな処で坐禅組んでましたらね、そこ へ維摩さんがやってきてまあ、私は問いつめられて返事 ができんようになったことがあります。ですからどうぞ無量寿ということ 勘弁して下さい﹂:::みんなそういう風に十人の弟子が 断わりましてね