2 Japan Marketing Academy
マーケティングジャーナル Vol.37 No.4(2018) http://www.j-mac.or.jp
巻頭言
本誌編集委員
栗木 契
神戸大学大学院 経営学研究科 教授
なぜ今、エフェクチュエーションか
時代は移る
マーケティングの課題は,時代とともに変わる。
わが国においても多くの産業が,製品ライフサイクル概念でいうところの成長 期を謳歌していた時代があった。第2次世界大戦の終焉後の日本では,国際政治 や社会経済の諸条件が重なり合い,この特殊な時代状況が生まれた。
そのなかで各企業は,売上げの伸びを競い合っていた。ヒット商品を次々に生 み出す。チャネルを整え,販売網を全国に張り巡らす。こうしたマーケティング 課題が多くの企業の関心を集めていた。この時代の企業にとって重要だったのは 売上げの拡大であり,そのための商品や広告や販売が求められていた。
マーケティングの課題も変わる
やがて平成の時代をむかえた日本経済は,バブルの崩壊に直面する。そしてこ のタイミングで,日本の産業の多くが成熟期を迎えることになる。激化する国内 市場のパイの奪い合いのなかで,市場シェアをいかに維持し,利益を確保するか が,多くの企業にとってのマーケティング課題となっていく。
この1990年代のなかば以降の時期に台頭し,その後のマーケティングにおける 花形のテーマとなっていったのが,顧客関係管理(CRM)であり,ブランド管理 であり,営業革新である。
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Japan Marketing Academy
JAPAN MARKETING JOURNALVol.37 No.4(2018)
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なぜ今、エフェクチュエーションか
変化は続く
時は進む。前世紀末から伸びが鈍化していた日本の総人口は,2008年をピー クに減少へと転じる。企業が国内の競争を勝ち抜き,市場シェアを伸ばしても, 売上げは減少することが珍しくない時代へと突入する。
この時代にあって企業は,CRM,ブランド管理,営業革新などの守りのマー ケティングでは,消耗戦のなかで事業の規模を縮小していく展望しか描けないと いう問題に直面する。事態を打破するには,既存の事業や産業の枠組の外に打っ て出るしかない。
そのなかで生じているひとつ大きなトレンドが,海外での事業展開を加速化す る日本企業の増加である。一方で国内においても,事業意欲の旺盛な企業は,既 存事業の枠を超えて,垂直方向あるいは水平方向での新たな事業を模索する。 このような企業の動きは,今後ますます活発化すると思われる。特に近年の国 内では,既存事業に対しては,人口減の圧力が重くのしかかる一方で,新規事業 にあっては,急速に進化するデジタル技術を取り入れることで,新たなビジネス モデルを構築できる可能性が広がっている。
伸び悩む既存の小売産業や広告産業を尻目に,アマゾンや楽天などのeコマー ス企業,あるいはサイバーエージェントなどのインターネット広告企業の成長が 続く。リクルートはデジタル技術を活用して,教育や住宅リフォームなどの新た な事業領域への参入を果たしている。アップルやアマゾンも,デジタル技術をテ コに自動車産業への参入をねらっている。これらの企業は,デジタル技術を取り 入れた新しいマーケティングに乗り出すことで,市場のフロンティアとの出会い を果たしている。
なぜ今,エフェクチュエーションか
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巻頭言
エフェクチュエーションには,マーケティング論をはじめとする伝統的な経営 の理論の標準とは相容れない点が少なくない。なぜそのような相違が生じるか。 そして起業という文脈において,エフェクチュエーションの行動原則にどのよう な合理性があるか。こうした疑問にこたえる説明を,サラスバシは,社会科学の 諸分野の基礎理論にさかのぼって展開している。この広く深い思考に裏付けられ ていることが,エフェクチュエーションが注目を集める理由だと考えられる。 さて先述したように,多くの企業の国内事業が,既存事業の生産性の改善から, 新規事業の開発の高度化へと,マーケティング課題をシフトさせることを迫られ るようになっている。このような企業が,エフェクチュエーションに示されるよ うな熟達した起業家の行動原則から学ぶことは少なくないはずである。
とはいえ,これらの企業の立場で考えると,そこにはいくつもの研究上の課題 が残されている。エフェクチュエーションがとらえているのは,起業家個人の行 動原則である。組織としての新たな事業の立ち上げに,既存の事業をもつ企業が エフェクチュエーションを活かそうとすると,STPマーケティングをはじめとす る既存の標準的なマーケティング・プロセスにエフェクチュエーションをいかに 接続し,予測とは異なる目的のもとで市場調査をどのように活用していくかを見 定めなければならなくなる。加えて,この課題に組織として取り組むには,エフェ クチュアルな行動の採用を個人の自覚にゆだねるのではなく,その動きをうなが すための社内の制度の整備が欠かせない。