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商学 63‐1・2☆/3.今西

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世界金融危機とコーポレート・ガバナンス

──歴史的な視点を含めた予備的な研究として──

西

Ⅰ はじめに Ⅱ アメリカにおけるコーポレート・ガバナンス論の展開 1.20 世紀初頭∼1930 年代のコーポレート・ガバナンス論 2.1960∼70 年代のコーポレート・ガバナンス論 3.1980∼90 年代のコーポレート・ガバナンス論 4.エンロン事件以降 Ⅲ 2007 年以降の世界金融危機とコーポレート・ガバナンス Ⅳ ドッド・フランク法と金融危機調査委員会報告書──むすびにかえて──

Ⅰ は じ め に

本稿では,2007 年以降の世界金融危機(financial crisis)とコーポレート・ガバナン スについて考察するために,それ以前の歴史的な視点も含めたうえ論じていきたい。 世界金融危機とそれに続く改革についてどのように考えるかは,過去をどのように理 解するかにかかっているといえるであろう。Teitelman は,2007∼2008 年にかけての世 界金融危機の原因について考える場合,「1970 年代についてほとんど注意が払われてい ない。1970 年代はウォール街が現在のような状況に転換する出発時期であり,第二次 世界大戦後,初めて景気後退に対する現実的な不安が見られた時期でもある。そして, 1970年代のいくつかの歴史的背景を確証するためには,それ以前の 1930 年代にまで戻 ってみる必要があ 1 る」とする。例えば,近年の世界的な金融危機の原因の 1 つとして, 第Ⅱ章でも述べるように,1933 年に制定されたグラス・スティーガル法の撤廃がよく 取り上げられる。同法は,1929 年 11 月のニューヨーク株式暴落から始まる世界大恐慌 を調査したペコラ委員会の調査に基づいて成立し 2 た。筆者は,今日行われているコーポ レート・ガバナンス論争は,1931∼32 年にかけて『ハーバード・ロー・レヴュー』誌 上でなされた有名な Berle-Dodd 論 3 争がその嚆矢に当たるのではないかと考えてい 4 る。 ────────────

1 R. Teitelman,“An Excursion with Adolf Berle”, The Deal Magazine, January 3, 2011, http : //www.thedeal. com/thedealeconomy/an−excursion−with−adolph−berle.php

2 奥村宏「歴史の教訓−グラス・スティーガル法」『証券レポート』1659 号,2010 年,3∼6 ページ。 3 A. A. Berle,“Corporate Powers as Powers in Trust”, Harvard Law Review, Vol.44, 1931. ; E. M. Dodd,“For

Whom Are Corporate Managers Trustees?”,Harvard Law Review, Vol.45, 1932. ; Berle,“For Whom ! 38( 38 )

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そして,彼らの論争とその後の展開は,1929 年の世界大恐慌から多大な影響を受けた と思われるのである。したがって,2007 年以降の世界金融危機とコーポレート・ガバ ナンスの問題について考える際に,コーポレート・ガバナンスの歴史的な展開について みて見ることに,意味があると考えられる。 なお,筆者は,2011 年 6 月開催予定の日本財務管理学会第 32 回春季全国大会におい て,「リーマン・ショック以降のコーポレート・ガバナンス」について報告してほしい との依頼を受けており,本稿はその予備的な考察の 1 つである。

Ⅱ アメリカにおけるコーポレート・ガバナンス論の展開

本章では,アメリカにおいてコーポレート・ガバナンス論がどのように展開してきた のかについて見てみたい。コーポレート・ガバナンス論は,アメリカにおいて始まっ た。では,アメリカにおいてこの問題は,いったいどのように展開してきたのか。①20 世紀初頭∼1930 年代,②1960∼70 年代,③1980∼90 年代,④エンロン事件以降の 4 つ にわけて見ていきたい(なお,2007 年以降の世界的な金融危機がアメリカのコーポレ ート・ガバナンスにどのような影響を与えたのかについては,章を改めて論じる)。 1.20 世紀初頭∼1930 年代のコーポレート・ガバナンス論 アメリカにおいては,20 世紀の初頭から既にコーポレート・ガバナンスの問題は存 在しており,議論がなされてきた。これには,例えば,連邦法による会社設立,委任状 懇請過程,株式会社の取締役会の役割と責任等の問題等が含まれ 5 る。しかし,これは, 今日的な視点からみて,20 世紀の初頭にコーポレート・ガバナンスの問題が既に存在 していたということであり,この当時は,コーポレート・ガバナンスという用語は未だ 用いられていなかったという点は注意を要する。 そして,後で論じる 2007 年以降の世界金融危機との関係でいうなら,1933 年銀行法 (The Banking Act of 1933),いわゆるグラス・スティーガル法(Glass-Steagall Act)が 重要である。周知の通り同法は,銀行業務と証券業務の明確な分離を定めており,商業 銀行と投資銀行の間に明確な壁を作るものであった。しかし,この銀行業務と証券業務 の分離は高い利益を上げるためには邪魔なこともあり,金融業界では極めて不人気な法 律であった。このため,1980 年代の規制緩和の流れに従い徐々に緩和され,1999 年 11 月 12 日に成立したグラム・リーチ・ブライリー法により撤廃されることになる(銀行 ────────────

! Corporate Managers Are Trustees : A Note”,Harvard Law Review, Vol.45, 1932.

4 今西宏次『株式会社の権力とコーポレート・ガバナンス』文眞堂,2006 年,247 ページ

5 P. A. Loomis, Jr. & B. K. Rubman,“Corporate Governance in Historical Perspective,”Hofstra Law Review, Vol.8, 1979, p.143.

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持ち株会社が他の金融機関を所有することを禁止する条項の廃止)。その結果,投資銀 行・商業銀行・保険会社を兼ねる総合金融機関が合併・買収の結果成立することにな り,高利回りの不動産担保証券(MBS)やリスキーな債務担保証券(CDOs)といった 複雑な金融商品を多数保有・売買することになる。したがって,グラス・スティーガル 法の撤廃が,今回の世界的な金融危機の一因になったと主張されることにつながってい くことになるのであ 6 る。 次に,この時期に出版され,コーポレート・ガバナンスの問題を見る上で避けて通る ことができない文献である Berle & Means の『近代株式会社と私有財

7 産』(1932 年)に ついて見ていきたい。これは,同書がコーポレート・ガバナンス論の出発点とされるこ とが多いからである。確かに Berle の所論は,今日の(特にアメリカにおける)コーポ レート・ガバナンス論において支配的な見方である株主第一位(shareholder primacy) の祖先(grandfather)であると一般的には受け取られてい 8 る。しかし,これは 1931 年 に『ハーバード・ロー・レヴュー』誌上で Berle が単独で発表した論文「信託された権 力としての株式会社権 9 力」に基づくものである。ここでの Berle は,ニューディール以 前の現状,すなわち拘束されない経営者の自己取引の体制に対する代替案として株主信 託モデルを考えていた。しかし,1930 年代初めの政治環境の急激な変化は,Berle の考 えに変化をもたらすことになる。1932 年初めの大統領選挙において,Berle はその後, ルーズベルトの「ブレイントラスト」と呼ばれるものの中心メンバーの一人となる。そ の結果書かれたのが,『近代株式会社と私有財産』(1932 年)であり,国家による統制 を前提として,Berle の考えは変化することになる。そして,その変化を明確に表して いるのが同書の「最終章」となるのであ 10 る。

では,Berle & Means は,『近代株式会社と私有財産』においてどのような主張を行 ったのであろうか。彼らが研究対象としたのは,アメリカの非金融最大 200 社である。 これは,1929 年当時のアメリカにおいて,会社数で見れば全体のわずか 0.07% にすぎ ────────────

6 ただし,Ⅳ章において取り上げる金融危機調査委員会の「異論報告書」において,共和党系の 3 委員 (K. Hennessy, D. Holtz-Eakin & B. Thomas)は,「信用バブルが金融危機の根本的な原因である。……米 国の金融政策は,信用バブルの一因となったかもしれないが,それを引き起こしたわけではない」とし ている。(The Financial Crisis Inquiry Report : Final Report of the National Commission on the Causes of the

financial and Economic Crisis in the United States, Official Government Edition, January 2011, p.422.

Avail-able at http : //c0182732.cdn1.cloudfiles.rackspacecloud.com/fcic_final_report_full.pdf)

7 A. A. Berle & G. C. Means, The Modern Corporation and Private Property, New York, MacMillan, 1932.(北 島忠男訳『近代株式会社と私有財産』文雅堂銀行社,1958 年。)

8 W. W. Bratton & M. L. Wachter,“Shareholder Primacy’s Corporatist Origins : Adolf Berle and the Modern Corporation”,The Journal of Corporation Law, Vol.34, 2008, pp.100−101.

9 Berle,“Corporate Powers as Powers in Trust”なお,この論文は,『近代株式会社と私有財産』に幾分か修 正される形で収録されている(第 2 編第 7 章)。

10 Bratton & Wachter, op. cit., pp.105−110. ; Bratton & Wachter,“Tracking Berle’s Footsteps : The Trail of The Modern Corporation’s Last Chapter”,Seattle University Law Review, Vol.33, 2010, p.855.

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なかったにもかかわらず,その規模について見ると,株式会社の富の 49.2%,事業用の 富の 38%,国富の 22% がこの 200 社によって占められており,驚くほど株式会社の巨 大化と経済力の集中が進んでいたからである。そして,彼らはこの 200 社の現状を明ら かにすることにより,アメリカ経済の主要な部分が明らかになると考えたのである。そ して,彼らの主張をまとめれば,①所有と支配の分離による経営者支配への移行(経営 者革命論)と②株式会社の性格の私的な致富手段から準公的会社への変容(株式会社革 命論)の 2 つに要約することができる。 まず,経営者革命論について理論的に見てみるとおおよそ以下のようになる。巨大な 株式会社は,多くの場合,株式を証券取引所に上場している。これは,株式会社が大規 模化するためには多額の資本調達を行う必要があり,大量の株式が発行されるからであ る。そして,その過程の中で,株式所有は多数の株主の間に広範に分散することにな る。その結果,株式所有に基づいて会社を支配することが困難になり(所有と支配の分 離),会社の支配者が株主(所有者)から経営者に移行することになるのである。 この点に関して,彼らは以下のような実証研究を行っている。彼らは,主として大株 主の持ち株比率に従って会社支配を次の 5 つのタイプに分類する。すなわち,私的所有 支配(持ち株比率 100∼80%),過半数所有支配(同 79∼50%),少数所有支配(同 49 ∼20%),経営者支配(同 20% 未満),そして法的手段による支配(株式を過半数所有 せずに,ピラミッド型持ち株会社,無議決権株,議決特権株,議決権信託等を利用して 会社を支配する)である。そして,彼らは,アメリカの巨大株式会社 200 社のうち,会 社数で見れば 44%,資産額で見れば 58% の会社が経営者支配になっていることを明ら かにしたのである。 では,この経営者支配の成立はどのような意味を持つのであろうか。伝統的に株式会 社は,所有者のために利益を追求する手段であると考えられていた。しかし,多額の資 本調達のために株式が大量に発行され,株式所有が広範に分散し,またそれに伴って 「財産の変革」が生じ,所有と支配の分離が生じて,経営者支配が成立することになる。 その結果,株式会社は,「社会全体に対するサービスの提供にもっぱら志向するものと 把握」され,「多くの会社利害関係者に責任をもつ経営者が支配する準公的会社 quasi-public corporationへ発展するという,いわゆる株式会社革命論 corporate revolution の主

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張」がなされることになる。

以上のような Berle & Means の主張は,『近代株式会社と私有財産』の「最終章」に 端的に表れている。彼らは,所有と支配が分離された株式会社の経営者がその権力を誰 の利益のために用いなければならないのかについて問題を提起し,「最終章」におい て,次の 3 つの可能性を示した。①財産の伝統的な理論に基づき,消極的な財産の所有 ──────────── 11 正木久司『株式会社論』晃洋書房,1986 年,92 ページ。 世界金融危機とコーポレート・ガバナンス(今西) ( 41 )41

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者たる証券所有者(株主)の受託者として行動する可能性,②会社の支配者たる経営者 が自らの利益にために会社を運営する可能性,そして③経営者が社会全体の利益のため に仕える可能性である。彼らは,この 3 者の中から株式会社制度が存続し続けるために は③の方向に進展し,経営者が純粋に中立的なテクノクラシーに発展することが必要不 可欠であるとしたのであ 12 る。 2.1960∼70 年代のコーポレート・ガバナンス論 では,コーポレート・ガバナンスという用語はいつ頃から用いられるようになったの か。筆者は,1960 年代であると考えている。この用語を初めて用いた論者の一人であ る Eells は,その著書を次のような問題意識で著している。現代の巨大株式会社は自社 の従業員を全人格的に従属させ,市民の権利に直接的に影響を与えており,社会の中で 州や連邦等の公的な政府と同様の権力を行使している。州や連邦等の公的な政府は,州 法や合衆国憲法というその権力に対する歯止めとなる憲法を有している。これに対し て,現代の巨大株式会社はその権力の歯止めとなる憲法をもっていない。Eells は,強 大な社会的・経済的権力をもつ巨大株式会社の権力の歯止めとなるような憲法を探求す ることにより,コーポレート・ガバナンスの立憲主義的な基礎を求めようとした。ま た,既に述べたように巨大株式会社は強大な権力をもつようになったため,多数の人々 の生活に多大な影響を与えるようになっている。このため,Eells は,大会社(の経営 者)は確かに第一義的には株主に対して有利な収益をもたらす義務をもってはいるもの の,同時に社会の要求に対応すること,すなわち従業員,顧客,原材料の供給業者,地 域社会等の構成員の要求にも対応する社会的責任ある会社(経営者)にもなる必要があ ると考えたのであ 13 る。 そして,アメリカでコーポレート・ガバナンス論争が本格化したのは,Eells の著作 が発表されたのと同じ 1960 年代においてであった。これは,進歩的な社会活動家たち が小口の株主となり,当該会社に対して株主権を利用して社会的責任を果たすように要 求し始めたためである。このような傾向は 1970 年代においても続いており,1970 年代 のコーポレート・ガバナンスの問題としては,次の 4 点を挙げることができるであろ う。①所有と支配が分離して自己永続的な存在となり,また大きな社会的影響力をもつ ようになった経営者権力は,どのようにすれば正当化されうるかという問題,②取締役 会に構成員代表の取締役を加えることにより,会社に社会的な目的も付加していくべき であるという要求,③従来の伝統的な会社統制メカニズムである法律や規制をさらに強 化することにより,大会社を統制していくべきであるという議論,そして④アカウンタ ────────────

12 Berle & Means, op. cit., pp.354−356.(北島訳,前掲訳書,447∼450 ページ。) 13 R. Eells, The Government of Corporation, New York, Free Press of Glencoe, 1962.

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ビリティを強化するべきであるという議論であ 14 る。 したがって,結論的にいえば,1960∼70 年代のコーポレート・ガバナンスの問題に は次の 2 つの流れが存在したと考えられる。まず,中心的な論点であった①本来的には 私的権力である株式会社権力をどのように統制し,株式会社に社会的目標を付加してい けばよいのかという議論(株式会社の社会的責任論)である。そして,②(①に対する 批判として)株式会社を株主のために利潤を極大化するための経済的制度である(した がって,株式会社は株主以外のさまざまな利害関係者に対して社会的責任を果たすこと はない)とする議論である(1970 年代にこのような主張が高まり,次節で見るように, 1980年代以降では,こちらがコーポレート・ガバナンス論において中心的な地位を占 めるようになる)。なお,この時代のポイントは,会社(経営者)とあらゆる利害関係 者の関係が問題にされたという点にある。特に,経営者革命理論の議論として,所有と 経営・支配の分離の結果,経営者が利潤極大化以外の目的をもちうるとして,経営目的 論,社会的責任論,正当性論等多くの議論が展開されることになる。これが,経営者革 命理論の貢献として,その後,経営学の研究の中でさまざまな展開を見せていくことに なるのである。 3.1980∼90 年代のコーポレート・ガバナンス論 次に 1980 年代に目を向けると,株主対経営者の時代,つまり会社支配権市場を巡る 議論が中心となり,それ以前とは論点がかなり変化したといえる。これは,LBO(lever-aged buyout:被買収会社の資産を担保に資金調達し,その資金を利用して買収する手 法)を含めた敵対的企業買収運動の増加・大型化を契機として始まった。1980 年代に おいては,ジャンク・ボンド(利払い・償還に関する危険は大きいが,その代わり利回 りが大きい格付けの低い社債)が利用されるようになり,特に LBO を利用した敵対的 企業買収運動が高まったことによってコーポレート・ガバナンスに対する関心がさらに 高まった。この時期の議論は,1970 年代以降,急速に影響力を持ち始めた新古典派経 済学の視点を導入して法制度の経済分析を行おうとするいわゆる「法と経済学(Law & Economics)」が大きな影響力をもつようになっており,また企業買収運動との関わりで 論じられていたため,会社支配権市場を巡る議論が中心であった。つまり,敵対的企業 買収は無能な経営者を排除し,優秀な経営者が企業経営を行っていれば,株主が本来得 られるはずであった利益を彼らに与える自由市場の装置であると考えられた。株式市場 を通じて企業経営(経営者行動)を有効に監視し,規制できると考えられたのである。 しかし,経営者は,敵対的企業買収に対抗し,自身の地位や利益を守るためにさまざま ────────────

14 B. Tricker,“Editorial : Corporate Governance−the new focus of interest,”Corporate Governance : An

Inter-national Review, Vol.1, 1993, p.1.

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な手法を考案し,利用することになる。このため,どのようにすれば有効に株主による 企業経営(経営者行動)のチェックが行えるようになるのかが問題とされるようにな る。そして,LBO ブームが収束するにつれて,企業の借金漬け体質や対外競争力の低 下が問題にされることになる。したがって,1980 年代のコーポレート・ガバナンス論 は,株主の願望と経営者の行動をいかにして一致させるかを中心に展開されていたとい えるであろう。 しかし,敵対的企業買収は,理論的に考えれば経営者を規律する有用な道具のように も考えられるが,実際には,「株主のためにいかに有益であったとしても,敵対的乗っ 取りは株主以外のさまざまな構成員・利害関係者に,広範囲にわたる補償されることの ないコストを課してい 15 る」。このため,証券取引所での取引価格よりも高い価格で,買 い手が株主に新聞などを通じて直接株式を購入すると申し出ている場合であっても,取 締役会の判断で,従業員,原材料の供給業者,顧客,地域社会といった利害関係者の利 害に適切にかなっていない場合は,乗っ取りの申し込みに反対する決定を行う取締役会 を保護する法律が制定されることになる。アメリカでは 1980 年代の中頃(最初は 1983 年のペンシルベニア州)∼1990 年代の初めにかけて,30 の州で,経営者が会社の意思決 定を行う際に,株主の利害に加えて,株主以外の利害関係者の考慮も認める法律,いわ ゆる会社構成員法・利害関係者法が制定されることになった。つまり,アメリカにおい ては,1980 年代においても株主中心のコーポレート・ガバナンスに対する批判が行わ れていたのである。また,1983 年に開催された第 5 回経営倫理に関する全国会議にお いて,「コーポレート・ガバナンスと倫理の制度化」の問題が討議されていた点も注目 に値するであろう。 次に,1990 年代に入ると,CalPERS(カルフォルニア州公務員退職年金基金)や TIAA-CREF(全米教職員年金・保険基金)のような公的年金基金を中心とする機関投 資家が従来のウォール・ストリート・ルール(「会社経営に不満のある投資家は,会社 に対して積極的に発言せず,その所有する株式を売却する」という暗黙のルール)から 離れて,株主として積極的に経営に参加し始めるようになる。これは,期末時価ベース で見て,アメリカの会社株式に対する公的年基金の所有構成比が,1980 年には 3%(年 金基金全体では 17%)であったものが,1990 年には 8%(同 27%),そして 1997 年に は 10%(同 24%)とその構成比率を急速に高めていることに起因す 16 る。 それ以前は,商業銀行の信託部門が機関投資家の中でも中心的な役割を果たしていた が,年金基金がそれに取って代わることになったのである。このような現象は,年金基 金による積極的な行動主義やリレーションシップ・インベスティング(会社経営に積極 ──────────── 15 今西,前掲書,139 ページ。 16 染宮秀樹「米国コーポレート・ガバナンスの展望」『財界観測』1998 年,132 ページ。 同志社商学 第63巻 第1・2号(2011年7月) 44( 44 )

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的に参加する投資)等と呼ばれている。機関投資家の規模の拡大や多くの州で企業買収 を規制する法律(会社構成員法)が成立したために,機関投資家は容易にその所有する 株式を売却することができなくなり,株式の流動性が低下した。このため,多額の株式 を所有している年金基金を中心とする機関投資家が,会社経営に対して発言するように なったのである。 既に論じたように,1960∼70 年代では,経営者革命理論によりさまざまな議論が展 開されていた。しかし,1990 年代以降,年金基金の積極的な行動主義により,巨大株 式会社の著名な経営者が何人も解任され,数多くの株主提案がなされるようになってい る。このため,エージェンシー理論の提唱者は,株主の反乱により所有と支配の分離が 事実上終焉しており,株主反革命が起こっていると主張することになる。その結果,こ の立場からは,経営者革命論による貢献が無視されることになる。Blair が論じるよう に「20 世紀の最初の 80 年を通じて,株式会社は自社の株主のためだけでなく,すべて の『利害関係者』の利害に基づいて経営されるべきであるという考え方は,合衆国の学 界,法廷及び取締役会において,ゆっくりとではあるが着実に承認と信頼性を得てい た。しかし,1980 年代末∼1990 年代初めの数年の間に,法学者や金融学者等のアカデ ミック・エリートはこの考えを拒絶し,会社の法律顧問は,経営者や取締役に対して, 彼らが株価(share value)の名の下に行うあらゆる行動を正当化する助言を行い始め 17 た」。このような研究者や法律顧問が支持した考え方が,経営者や取締役は真の所有者 たる株主の「代理人」と見なすべきである,という考えであったのである。 とはいえ,利害関係者論も 1995∼2000 年にかけて A. P. スローン財団の支援により 行われた「株式会社の再定義プロジェクト」を通じて議論が活発化し,また会社法の分 野においても 1990 年代に入って「進歩主義的な共同体理論」が新たに生起してきてい る。したがって,アメリカにおいては,1990 年代以降も実際には株主の価値だけでは なく,株主以外の利害関係者の利害も認めようとする多様な議論がなされているのであ る。 4.エンロン事件以降 2000年代のアメリカにおいて,コーポレート・ガバナンスの問題に最初に大きな影 響を与えたのは,2001 年 12 月になされたエンロン社による連邦破産法第 11 章の申請 である。同社は,エネルギーの卸売りと IT ビジネスを行う会社であり,2000 年の年間 売上高 1,110 億ドル(全米第 7 位),2001 年の従業員数は約 2 万 2,000 人と当時,全米 有数の大企業であった。同社はまた,先進的なビジネスモデルをもつ超優良会社である ────────────

17 M. M. Blair,“For Whom Should Corporations Be Run? : An Economic Rationale for Stakeholder Manage-ment”,Long Range Planning, Vol.31, 1998, p.195.

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と評価されており,優れたコーポレート・ガバナンスを実行する企業であると考えられ ていたのである。そして,同社の破綻を契機として,タイコ・インターナショナル,ワ ールドコム等の不正会計処理が明らかになったのである。 ここで,エンロンの破綻関わる問題として,同社の 2000 年の取締役会を取り上げ, 問題点を少し指摘しておきたい。同社の 2000 年の取締役会は,17 名で構成(内部取締 役 2 名,外部取締役 15 名)されており,外部取締役の出自は,銀行の重役,資金管理 会社の取締役,ガス及び石油ビジネス(関連業界)の精通者,法科大学学部長,医師 (大学学長),スタンフォード大学大学院の会計関係名誉教授,長老教会(Presbyterian Church)の長老等であった(なお,女性は 1 18 名)。このように,外部取締役に経済・法 律・倫理等の分野のリーダーが含まれていることもあり,エンロン社は,当時,優れた コーポレート・ガバナンスを実践している企業(外部取締役により強力な業務監視機能 が働いている)として高く評価されていた。しかし,周知の通り,エンロン社の取締役 会は,実際には機能しなかった。これはなぜであろうか。その理由としては,以下の 2 点があげられる。 まず,第 1 には,15 人の外部取締役は,営利組織・非営利組織の取締役を合計すれ ば少なくとも 130 務めていたという点が挙げられ 19 る。これは,一人の取締役が平均して 8∼9 社の営利組織・非営利組織の取締役を兼任していることを示しており,本業もあ る人が多いことを考えれば,エンロン社に対して十分な時間がとられていたとは考え難 い。 次に,第 2 には,外部取締役は何をすべきかを知っており,またそれを遂行する能力 もあった。しかし,彼らは,エンロンから外部取締役として年俸 30 万ドルに加えて, 多額のエンロン株を有していたという点が挙げられ 20 る。外部取締役として強力な業務監 視機能を発揮することは,エンロン株の下落を招いてしまい,結果として自身の財産も 減少させてしまうことになってしまうという利益相反状況にあったといえるのである。 結局,連邦規制機関や議会は,以上のような事態の再発防止にきわめて迅速に対応 し,規制の強化がなされることになる。これが 2002 年 7 月 30 日に制定されたサーベン ス・オクスレー法(SOX 法,いわゆる「企業改革法」)である。同法は,広範囲にわた る内容を含んでいるが,不正会計処理に対処するために制定されたものであるため,監 査人の独立性の強化のために米国上場企業会計監督委員会(PCAOB ; Public Company Accounting Oversight Board)が創設され,従来上場会社の監査に関わる自主規制が,基 本的に公的規制に転換してしまったこと等,内部統制の問題を含む会計的な改革が中心 ────────────

18 G. Zandstra,“Enron, Board Governance and Moral Failings”,Corporate Governance, Vol.2, No.2, 2002, p.17. 19 Ibid., p.17.

20 Ibid., p.17.

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となっているといえ 21 る。 SOX法に関しては,好評・悪評の両面の評価があり,「自由市場資本主義が有効に市 場の資源を活用するためには,企業業績の正確な尺度が不可欠である。その意味では, SOX法はアメリカ企業の会計報告の正確性,透明性の向上に大きな役割を果たしてい る。その一方,過度の規則による縛りは企業のダイナミズムの低下を招くという両刃の 剣となってい 22 る」といった評価がなされている。

Ⅲ 2007 年以降の世界金融危機とコーポレート・ガバナンス

第Ⅱ章において,20 世紀初頭から 2007 年以前のアメリカにおけるコーポレート・ガ バナンスの問題について概観してきた。本章では,2007 年以降の世界金融危機がコー ポレート・ガバナンスにどのような問題を投げかけているのか見てみたい。 既に「はじめに」において若干ではあるが触れたように,わが国では近年の世界的な 金融危機の引き金となった事件として 2008 年 9 月 15 日になされた投資銀行リーマン・ ブラザース社による連邦破産法第 11 章の適用申請があげられることが多い。これは, いわゆる「リーマン・ショック」としてわが国では一般的に用いられる用語となってい るが,“Lehman Shock”という言葉は,欧米ではあまり一般的に用いられる言葉ではな い。2007 年∼2008 年の(もしくは 2007 年∼現在まで続く)金融危機[2007−2008 (2007 − present)financial crisis],サブプライム・モーゲージ危機(subprime mortgage crisis) とされるのが一般的である(“too big to fail”の金融機関であると考えられていた有名 企業リーマン・ブラザースが破綻に追い込まれたため,わが国ではマスコミ的な表現で ある「リーマン・ショック」とされたのだと思われる)。

Lang & Jagtianiは,近年の金融危機が引き起こされた近因はアメリカにおいて抵当証 券市場(mortgage market)が驚異的に成長し,その後,この市場が 2006 年に溶融し始 めたことにあるとする。第 1 図・第 2 図は,それぞれ 2000 年∼2006 年にかけてサブプ ライム・モーゲージの市場に占める割合がどのように変化したのか,また金額的にどの ように変化したのかが示されている。第 1 図から,抵当証券市場においてサブプライム 証券のシェアーが 2.4%(2000 年)から 13.5%(2006 年)に急拡大し,第 2 図から, 金額的に見ても約 1,500 億ドル(2000 年)から約 7,000 億ドル(2005 年)に急増して いることが分か 23 る。 ──────────── 21 佐賀卓雄「サーベンス・オクスレー法(SOX)とガバナンス改革」『証券レビュー』第 46 巻第 1 号,2006 年,および川北博編『新潮流 監査人の独立性』同文舘出版,2005 年を参照した。 22 佐藤剛『金融危機が変えたコーポレート・ガバナンス』商事法務,2010 年,121∼122 ページ。 23 W. W. Lang & J. A. Jagtiani,“The Mortgage and Financial Crises : The Role of Credit Risk Management and

Corporate Governance”,Atlantic Economic Journal, Vol.38, 2010, pp.126−128.

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100% 90% 80% 70% 60% 50% 40% 30% 20% 10% 0% Prime Subprime VA FHA 19.7 8.8 2.4 69.0 1998 18.3 7.8 2.1 71.8 1999 18.1 7.1 2.4 72.6 2000 17.4 6.5 2.6 73.8 2001 15.6 5.6 3.4 75.6 2002 12.6 4.4 5.3 76.7 2003 10.4 3.6 11.5 74.5 2004 8.7 3.2 13.2 75.0 2005 7.5 2.7 13.5 76.2 2006年 700 600 500 400 300 200 100 0 1998 1997 1996 1995 1994 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006年 そして,2000 年∼2007 年にかけてのアメリカ抵当証券市場の驚異的な成長に影響を 与えた基本的要因として,Lang 等は,次の 3 点を挙げている。①住宅市場における急 激な価格上昇,②住宅ローン契約査定基準(mortgage underwriting standards)の急激か つ広範囲におよぶ低下,そして,③ファニー・メイやフレディ・マックのような政府支 援法人に保証されていない証券である自社ブランド住宅ローン担保証券(RMBS)市場 の驚異的な成長であ 24 る。そして,結果論に言えば,サブプライム抵当証券市場やその証 券化に対して十分な規制が行われていなかったこと,証券化リスクに対して銀行制度に 起こりうる障害に対して十分な規制が行われていなかったことが主犯として挙げられる ことになるのであ 25 る。 ──────────── 24 Ibid., p.126.

25 A. Pacces,“Uncertainty and the Financial Crisis”,Journal of Financial Transformation, Vol.29, 2010, p.80. 第 1 図 モーゲージ市場におけるサブプライム・モーゲージのシェアー変化(2000∼2006 年)

出所:Lang & Jagtiani,“The Mortgage and Financial Crises”, Atlantic Economic Journal, Vol.38, 2010, p.127.

第 2 図 サブプライム・モーゲージ市場の変化(1994∼2006 年,10 億ドル)

出所:第 1 図と同じ。

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抵当証券市場のパフォーマンスは,住宅価格の継続的な上昇と密接に結びついてい た。住宅価格の上昇が 2005 年に鈍化し始めると,抵当証券の業績も悪化し始め,抵当 貸付ビジネスに集中している金融会社は深刻な問題に直面することになる。「2006 年に 住宅価格が横ばい状態になり,2003 年∼2004 年の低金利環境において設定された利率 変動型抵当証券(adjustable-rate mortgages)の金利が上昇し始 26 め」,心地よい時期は終焉 を迎えることになる。Lang 等は,「フランスの銀行 BNP バリパが,アメリカのサブプ ライム・モーゲージ部門の問題に言及して,3 つの大規模な投資ファンドを一時停止し た後,短期の信用市場が凍結した 2007 年 8 月 9 日まで,金融市場の急激な崩壊はさか のぼることができ 27 る」としている。そして,加熱しすぎた不動産市場がクールダウンす ることにより,リーマン・ブラザースのような大会社の破綻を招くようなドミノ効果が 生じることになったのである。 以上,近年の世界金融危機の原因について見てきたが,以上に挙げた原因は,企業 (銀行)を取り巻く外部の経済的な要因や規制の問題であるといえる。しかし,Tarraf も述べるように,「現代的な財務リスク管理に関する基本的な教義が存在するにもかか わらず,企業がなぜ抵当証券市場に極端に集中するような状況になったのか説明できな ければ,金融危機に関するどのような解釈も,不完全であ 28 る」と思われる。つまり,企 業(銀行)を取り巻く外的な要因だけでは不十分であり,企業(銀行)内部の内的な要 因についても考える必要があると思われるのである。そして,ここで問題になるのが, 近年の世界金融危機に金融機関のコーポレート・ガバナンスがどのように関係していた のかという問題である。 近年の金融危機にコーポレート・ガバナンスの問題が関係していると主張する論者 は,「付随的な役割を果たしている他の要因とともに,ガバナンスを統治するプロセス や法律と関連するさまざまな欠陥が,世界的規模の金融危機の主な原因になってい 29 る」 と主張している。例えば,コーポレート・ガバナンスに関する OECD 運営グループ (OECD Steering Group on Corporate Governance)の責任に基づいて Kirkpatrick により書 かれた報告書によると,「金融危機は,コーポレート・ガバナンスに関する取り決めの 失敗や脆弱性に,かなりの程度原因がある。……コーポレート・ガバナンスのルーティ ンは,多くの金融サービス会社において,過剰なリスク負担を防ぐという役目を果たし ていない。……多くの場合,コーポレート・ガバナンスの手続きが原因で,リスク管理 ────────────

26 W. Poole,“Cause and Consequences of the Financial Crisis of 2007−2009”, Harvard Journal of Law and

Pub-lic PoPub-licy, 2010, Vol.33, p.426.

27 Lang & Jagtiani, op. cit., p.131.

28 H. Tarraf, Literature Review on Corporate Governance and the Recent Financial Crisis, 2010, p.2. Available at SSRN : http : //ssrn.com/abstract=1731044

29 P. Yeoh,“Causes of the Global Financial Crisis : Learning from the Competing Insights”, International

Jour-nal of Disclosure and Governance, Vol.7, 2010, p.53.

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システムは失敗した。多くのケースで,エクスポージャーについての情報が取締役会に 伝わっておらず,マネジメントの上層部にさえ伝わっていない。……これらは,取締役 会の責任であ 30 る」とする。さらに,取締役がサブプライム・モーゲージのリスクを十分 理解しておらず,また住宅価格の下落を予測できなかったということもあり,取締役会 によるリスク管理の監視はずさんなものであったということが言える。 これに対して,Knott は,金融危機にコーポレート・ガバナンスがどのように関係し ていたのかという問題に対して,以下のように,異なったアプローチから説明してい る。企業では,本質的に多くの剰余金を得るために,多くの従業員により共同作業が行 われている。問題は,経営者を含む従業員と所有者(株主)との間で,この剰余金をど のように配分するかである。パレート効率性に基づき,剰余金は共同作業にそれぞれの メンバーがどの程度貢献したかにしたがって配分しなければならない。しかし,この場 合,配分をフラットな関係で行うことは困難である。いわゆる「ただ乗り」の問題や共 同作業にそれぞれのメンバーがどの程度貢献したかについての情報が不完全だからであ る。「ただ乗り」に対する 1 つの解決策としては,経営者が配分を決定するという階層 構造を強制することが考えられ,現実を見ても,経営者が配分を決定している場合が多 い。しかし,経営者,従業員,株主の間には情報の非対称性が存在するため,経営者 は,常に当該会社にとって効率的な方法でこの収益を配分するとは限らず,自身の利益 に基づいて剰余金を配分する可能性がある。そして,この場合,透明性やアカウンタビ リティの欠如という問題も含まれる。したがって,ここに,いわゆるエージェンシー問 題が発生することになるのであ 31 る。 経営者がこのように自己利益を追求する可能性があるという認識が高まると,経営者 と株主の利害を一致させることを目指したさまざまな手法が考えだされることになる。 「第 1 の解決法は,給料に加えてストック・オプションやボーナスを経営者に支払うこ とである。実際,今日,多くのトップのファイナンシャル・マネージャーは,給料より もストック・オプションを通じてより多くの報酬を得ている。第 2 の解決法は,第 1 の 解決法と関連する手法であるが,中間管理職のために出来高契約を決定することであ る。ここでのアイデアは,管理職の行動と企業業績を結び付けることである。第 3 の解 決法は,完全競争市場化を進めることである。これにより,マネージャーに過大な報酬 を与えている企業は,取り除かれることにな 32 る」。 しかし,残念ながら,この 3 つの解決法は,現実にはあまりうまく機能しているとは ────────────

30 G. Kirkpatrick, The Corporate Governance lessons from the Financial Crisis, OECD, 2009, February 27, p.2. 31 J. H. Knott, Governance and the Financial Meltdown : The Implications of Madisonian Checks and Balances

for Regulatory Reform(APSA 2010 Annual Meeting Paper),p.5. Available at SSRN website : http : //ssrn.com /abstract=1642079

32 Ibid., p.5.

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言えない。経営者に与えられているストック・オプションには,短期で市場からの利益 を極大化するために,株式の売買を操作する機会が与えられている。したがって,会社 の長期の価値・業績と経営者の利害関係が一致しないことになる。実際,経営者は短期 の株価の上下から多額の利益を得ており,これは会社の長期の繁栄とは無関係である。 次に,不動産投資信託に目を向けると以下のようになる。この市場は,規模・相場とも に急拡大したが,これにより上級マネージャーはファンド・マネージャーに対して,時 には毎年 10% 以上の収益をあげるという非現実的な達成目標を課すことになる。この ように強引な達成目標を長期にわたり達成し続けることは困難であるが,達成できなけ れば,ボーナスがカットされたり,失職したりしてしまう。結果として,マネージャー は,高水準の成績を維持するために,よりリスクの高い投資決定を行わねばならないと いうインセンティブをもつことになってしまう。そして,結果論になるが,格付け機関 が不動産担保証券を実際よりも高く格付けしてしまったため,上級マネージャーやファ ンド・マネージャーの行動がさらにリスキーなものとなってしまったの 33 だ。 以上のように,近年の金融危機をコーポレート・ガバナンスとの関連で見れば,リス ク管理,取締役会の業務,及び報酬の問題が大きな関係をもっていると考えられる。金 融危機以降のコーポレート・ガバナンスの問題(改革)を考えていく上で,以上の 3 点 について今後,さらに検討を進めていく必要があると思われる。

Ⅳ ドッド・フランク法と金融危機調査委員会報告書

──むすびにかえて── 以上,アメリカにおけるコーポレート・ガバナンスに関する問題を 20 世紀初頭から 現在まで概観してきた。コーポレート・ガバナンスには,きわめて多様な問題が含まれ るが,筆者は①Social(Stakeholder)Control of Corporate Power(Stakeholder Theory)と ②Market(Stockholder)Control of Corporate Power(Stockholder Theory)の 2 つの考え 方に大別することができると考えてい 34 る。そして,1980 年代以降に目を向ければ,②の 立場からの主張が中心であったといえるであろう。ストック・オプションのような株主 志向的な制度が金融機関を短期志向に導き,近年の金融危機の大きな原因の 1 つになっ ていたとするなら,②の立場からの改革を進め過ぎたのが問題であるとも考えられる。 Kirkpatrickも述べるように,「報酬システムは,多くのケースにおいて,当該会社の戦 略やリスク選好度,そして当該会社の長期の利害関係と密接に結びついていなかっ 35 た」 ──────────── 33 Ibid., pp.5−6.

34 Stakeholder theory と Stockholder theory については,今西,前掲書を参照されたい。 35 Kirkpatrick, op. cit., p.2.

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のである。今後のコーポレート・ガバナンス改革は,経営者の利益(報酬)と会社の長 期の利害関係とを密接に結び付けるような改革である必要があると思われる。そのため には,②の立場だけではなく,①の立場も視野に入れた改革が必要になると思われるの である。第Ⅱ章第 1 節において論じたように,Berle はニューディール以前の国家によ る統制があまりない時代においては②に近い立場に立っていたが,ニューディール以降 は国家による統制を前提として,①に近い立場へと変化している。近年の金融危機以降 は,「自由市場主義者のシカゴ学派ですら,政府と法の必要性を 36 説」いている。国家に よる統制を前提とするなら,株主権の強化(②の立場)だけではなく,①の立場も含め たコーポレート・ガバナンス改革が求められているのである。 最後に,この問題についてさらに検討するために,ドッド・フランク法と金融危機調 査委員会報告書を若干検討して,本稿を終えておきたい。

ドッド・フランク法(Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act, 「金融規制改革法」とも呼ばれる)は,近年の世界的な金融危機を受け,2010 年 7 月 21 日,オバマ大統領の署名を経て成立した約 850 ページにも及ぶ法律である。その目的 は,「金融システムのアカウンタビリティと透明性を高めることによる合衆国の金融安 定化促進,『大きすぎてつぶせない(too big to fail)』の終焉,企業救済(bailout)を止 めることによるアメリカ人納税者の保護,不正な金融サービス業務からの消費者保

37

護」 等である。同法でコーポレート・ガバナンスに直接関係する条文として,Title IX の Sub-title E「アカウンタビリティとエグゼクティブ報酬」(§951∼§956)及び SubSub-title G「コ ーポレート・ガバナンス強化」(§971∼§972)が挙げられる。これらの条項には,経営 者の過剰な報酬抑制や経営者の視点を短期利益から長期の成長・安定性に向けさせるの に役立つように設計された以下の方策が含まれている。株主に取締役報酬に対する投票 権(say on pay)を与える(ただし,可決しても法的拘束力はない)。不正確な財務諸表 に基づいた報酬支払を回復するため,会社に回収(clawback)規定の制定を求める。報 酬委員会の独立性強化,リスク委員会の設置,そして取締役選任に関わる株主提案の容 易化(proxy access)等であ 38 る。これらの条項は,株主権の強化に関わる部分が多い。 また,ドッド・フランク法は,本来は金融危機を引き起こした金融機関改革を目的と して議論がスタートしたものではあるが,金融機関以外のほとんどの上場会社に対して も適応されることになった条項が多い。例えば,同法に基づいて,米証券取引委員会 ──────────── 36 魯智深「骨抜きになる米国金融規制改革 金融システム危機『再来』への道」『金融ビジネス』Autumn 2009, 65ページ。

37 Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act, H. R. 4173.

38 D. Polk, Summary of the Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act, Enacted into Law on

July 21, 2010, pp.85−87. ; CCH Attorney-Editor Staff, Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protec-tion Act : Law, ExplanaProtec-tion and Analysis, Wolters Kluwer, 2010, p.38.

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(SEC)は,米国のほとんどの上場会社の取締役報酬に対して,株主に“say on pay”を 認める新たな規則を 2011 年 1 月 25 日に定めてい

39

る。この点に関連して,佐藤剛氏は, 全米取締役協会(National Association of Corporate Directors)の南カリフォルニア支部幹 部会メンバーとの会話から,製造業・サービス業等の「メインストリートからみるとウ ォール街は飽くなき利益を追求する全く異質の別世界であると見ている。ウォール街の ガバナンスの失敗による金融危機でアメリカの企業すべてのガバナンスが機能不全と評 価されるのは心外だと怒りの声も多かっ 40 た」とされている。製造業・サービス業の取締 役からすれば,当然の反応であろ 41 う。同法が今後のアメリカ企業のガバナンスにどのよ うな影響を与えるか,注目していく必要があるように思われる。

最後に,2011 年 1 月 27 日に公表された金融危機調査委員会(Financial Crisis Inquiry Commission : FCIC)最終報告 42 書(FCIC は,米議会とオバマ大統領により設置された) について見る。FCIC は,ニューディールの銀行規制であるグラス・スティーガル法準 備のための調査を行った 1930 年代のペコラ委員会の現代版を目指したものであるとい われてい 43

る。この最終報告書(Official Government Edition)は,全体で 650 ページを超 える大部の報告書で,同委員会が設置されて以来,18 カ月の期間をかけて作成された ものである。なお,上記の公表日からもわかるように,金融危機に対する FCIC の洞察 が示されるのを待たずに,ドッド・フランク法は成立している。 同報告書の結論は,以下の 9 点である。①「金融危機は避けられた。……金融界のリ ーダー(captains of finance)や米金融システムの公的なスチュワードが警告を無視し, アメリカ社会の福祉にとって必要不可欠なシステム内で展開するリスクを問題にし,理 解し,管理することに失敗した。」②「金融関係の規制や監督における広範囲にわたる 失敗が,米国金融市場の安定性に打撃を与えた。……30 年以上にわたる規制緩和と金 融機関による自主規制への依存が,大参事の回避に役立つ主要な安全装置をはぎ取って しまった。」③「多くのシステム上重要な金融機関におけるコーポレート・ガバナンス やリスク管理の失敗が,今回の危機の主要な原因である。」④「金融システムは,過剰 借入,危険な投資,透明性の欠如の組み合わせにより,危機が避けがたいものとなっ ──────────── 39 『日本経済新聞』2011 年 1 月 26 日,朝刊。 40 佐藤,前掲書,38∼39 ページ。 41 ただし,佐藤氏によると,今回の世界的な金融危機の責任はアメリカが担わねばならないため,「アメ リカのすべての企業にとってアメリカのガバナンスが世界で失った信頼を取り戻すことが最重要の課題 である」(同上書,39 ページ)と同幹部会は結論付けたとしている。

42 The Financial Crisis Inquiry Report, Official Government Edition.

43 P. Krugman,“Bankers without A Clue”, The New York Times, January 15, 2010. Krugman は,「ペコラ公聴 会が開かれ,議会が重要な金融改革法を制定して以降,合衆国は半世紀にわたって深刻な金融危機を何 とか回避してきたというのが真実である。合衆国の金融システムが危険なまでに不安定な状態に戻って しまったのは,合衆国がこのような教訓を忘れ,実効性のある規制を撤廃して以降のことである」とし ている。

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た。」⑤「政府は,危機に対して準備不足であった。そして,政府の一貫性のない反応 が,金融市場の不確実性やパニックを増大させた。」⑥「アカウンタビリティと倫理に 全身衰弱(systemic breakdown)が存在している。」⑦「抵当証券基準の崩壊とモーゲー ジ証券化の流通ルートにより,悪影響と危機の炎がともり,広がった。」⑧「店頭デリ バティブが今回の危機に大きな影響を与えている。」州政府・連邦政府による店頭デリ バティブ規制を 2000 年に禁止したことが,金融危機へと向かう主要な転機になった。 ⑨「格付け機関の失敗は,金融破壊の必要不可欠な歯車の歯の 1 つであ 44 る。」 FCICは,民主党系委員 6 名,共和党系委員 4 名の 10 名の委員(Commissioner)とス タッフにより構成されていた。650 ページを超える報告書は,6 名の民主党系委員によ り採択された部分(上記の結論を記した“Conclusions of the Financial Crisis Inquiry Com-mission”14 ページと約 400 ページの報告書の本編部分),次いで異論報告書(“Commis-sioners dissenting from the report”)が 2 編掲載されるという構成になっている。異論報 告書は,共和党系委員 3 名による約 30 ページの報告書(以下,「異論報告書①」),及び 共和党系委員 P. J. Wallison により書かれた約 100 ページの報告 45 書(以下,「異論報告書 ②」)である。 共和党系委員により出された異論報告書についても若干見ていくが,「異論報告書」 とされていることからもわかるように,上記の 9 つの結論とは異なったものになってい る。まず,「異論報告書①」について見ると,ここでは,グラス・スティーガル法の撤 廃は金融危機の重要な原因ではないとされている。「採択された報告書」は,より活動 的な監督機関や監督官に併せて,包括的で,より制限的な規制を合衆国が採択しさえす れば,今回の金融危機は避けられたとしているが,このような結論は,今回の「金融危 機が世界規模のものであるという特徴(global nature of the crisis)を大いに無視してい

46 る」とする。FCIC が法律に従って設置された際のミッションは,「米国の今日の金融 ・経済危機の原因を国内的・国際的に検証すること」である。「米国の規制政策や監視 に過度に狭く焦点を当てていること,国際的な類似点の無視,規制強化に賛成の意見の み重要視している点,原因の優先順位を付けていない点,そして原因と結果を十分に区 別していない点から,採択された報告書は,バランスを欠いており,何が危機を引き起 こしたのかについて間違った結論を導いてしまってい 47 る。」そして,以下のように結論 ────────────

44 The Financial Crisis Inquiry Report, pp.xvii−xxv.

45 Wallison による約 100 ページの報告書は,HP 上から入手できる Official Government Edition によるもの である。書店等で入手できる Authorized Edition では,Wallison により書かれた異論報告書の“Introduc-tion”部分のみ(8 ページ。“Note to the Reader”の 6 行が追加されているが,内容は Official Government Editionの“Introduction”と同じ)が掲載されている。(The Financial Crisis Inquiry Report : Final Report

of the National Commission on the Causes of the financial and Economic Crisis in the United States,

Author-ized Edition, New York, PublicAffairs, 2011.) 46 Ibid., p.414.

47 Ibid., p.416.

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づけ,「採択された報告書」を批判している。すなわち,「信用バブルが金融危機の根本 的な原因であ 48 る。」「世界規模の資本移動とリスクの再評価(risk repricing)が信用バブ ルを引き起こしたのであり,金融危機についての説明に際して,われわれはこの点が必 要不可欠であると考えている。米国の金融政策は,信用バブルを増幅させる 1 つの要因 であったかもしれないが,それによって信用バブルが生じたわけではないし,金融危機 を引き起こした本質的な原因でもな 49 い」と。 次に,「異論報告書②」について見ると,Wallison は,「米国政府の住宅政策が金融危 機の必須条件であっ 50 た」としている。Wallison による「採択された報告書」批判は,次 の通りである。「採択された報告書」の著者である 6 名の委員は,自分たちの当初の推 定を裏付ける事実のみを探求するために調査している。当初の推定とは,「金融危機 は,『規制緩和』もしくは緩やかな規制,ウォール街の拝金主義や無謀さ,モーゲージ 市場での暴利を貪る貸付,無秩序な金融派生商品,そして過剰なリスク・テーキングに 中毒した金融システムに起因した」というものである。「採択された報告書」は,「金融 危機以前の著者たちが好きではなかった多くの経済要素を詳細に取り上げているが,長 年にわたって続けられてきた業務がどうして突然,世界金融危機を引き起こしたのかを 明らかにすることには概して失敗している。」「私は,米国政府の住宅政策が金融危機の 必須条件であったと信じている。米国政府の住宅政策は,米国モーゲージの半数に当た る 2,700 万件のサブプライム・ローン等の危険な貸付を発生させた。このような危険な 貸付は,1997∼2007 年にかけての大規模な住宅バブルが収縮し始めると,すぐにでも 債務不履行になる状態にあった。かつてないほどの規模のバブルの成長を助長し,同じ ように前例にないほどの多くの脆弱でリスクの高い住宅ローン(residential mortgage) を育成するという政策路線を米国政府が選択しなければ,2008 年の重大な金融危機 は,決して起こることがなかったであろ 51 う」と。つまり,Wallison は,米国政府の住宅 政策の失敗が,世界的な金融危機を引き起こしたとしているのである。 民主党は,金融市場にはルールが必要であると考えているのに対して,共和党は自由 市場資本主義の維持を主張している。このことから,金融危機調査委員会報告には,幾 ──────────── 48 Ibid., p.422. 49 Ibid., p.421. 50 Ibid., p.444. 51 Ibid., p.444. なお,引用文中に,「米国モーゲージの半数に当たる 2,700 万件のサブプライム・ローン等 の危険な貸付」とあるが,2,700 万件は,サブプライム・モーゲージと Alt-A モーゲージ(Alternative A mortgageのこと。A(プライム)よりもリスクは高いが,サブプライムよりは低リスクの抵当証券)の 合計件数である。2007 年の中頃の数値で,サブプライム・モーゲージと Alt-A モーゲージの合計で 4.5 兆ドルを超えていたとされている(The Financial Crisis Inquiry Report, Official Government Edition, p.451.)。第Ⅲ章で示した第 1 図では,Lang & Jagtiani の分類に従って,2006 年の数値でサブプライム が 13.5%,プライムが 76.2% としているが,Wallison は,「米国モーゲージの半数に当たる 2,700 万件 のサブプライム・ローン等の危険な貸付」としている。Wallison は,「プライム」に分類されているモ ーゲージの中に,実際には,多くの Alt-A モーゲージが含まれていると考えているのだと思われる。

(19)

分か政治的な意図が含まれていると想像されるが,今回の世界金融危機の原因が多様 で,またその対応策も多様であり,未だ全体としてのコンセンサスが存在していないこ とを示しているとも考えられる。 以上,ドッド・フランク法と金融危機調査委員会による報告書について若干ではある が検討してきた。両者はいずれも大部であり,ここでの検討のみでは不十分である。今 後の研究課題とし,さらに検討を進めていきたいと考えている。 同志社商学 第63巻 第1・2号(2011年7月) 56( 56 )

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