は じ め に 「江川・芳養・新庄などの浦にはお口前所(役所)をもうけ,漁から帰るごとに検査を して,とれた魚の5分の1(くじらは10分の1)を税としてとりたてました。そのほか, 大きな船には銀二匁(小船は銀一匁)の床銀をとり,そのうえ帆の大小によっても,それ ぞれ税をとりたてました」1) これは,約250年前(1750年頃)の紀州藩田辺領の浦(漁村)の税の徴収の話であるが, まさに,所得税の原形といえる。 所得税は,個人の所得に対して累進税率を用いて課される税である。この“10分の1” “5分の1”は累進税率であり,家族が多い家には,税を減じていたとなれば現行の所得 控除に当たる。 所得税が最初に創設されたのはイギリスで1799年,日本に導入されたのは明治20年 (1887年)である2) 。 所得税の特徴の一つは,応能負担である。国民一人一人の個人的事情を斟酌して,国民 1) 小学校の副教材として作成された田辺市教育委員会編「わたしたちの田辺」(平成2年4月発行) 128,129頁 2) 明治20年の所得税導入時の税率(5段階の全額累進課税) 第4条 所得税ノ等級及税率左ノ如シ 等級 税率 第1等 所得金高3万円以上 100分の3 第2等 所得金高2万円以上 100分ノ2半 第3等 所得金高1万円以上 100分ノ2 第4等 所得金高1,000円以上 100分ノ1半 第5等 所得金高300円以上 100分ノ1 但所得金高ハ円位未満ノ端数ヲ算セス なお,課税標準は次の①から④に掲げるものについては当該金額をもつて所得とされた。また, ⑤については,その種類に応じ収入金高若しくは収入物品代価中から国税,地方税,製造品の原質 物代価,販売品の原価,雇人給料等を除いたものをもつて所得(前3ケ年間の所得平均高による。) とされた。 ① 公債証書その他政府より発し若しくは政府の特許を得て発する証券の利子 ② 非営業の賃金及び預金の利子 ③ 株式の利益配当金 ④ 官私より受ける俸給,手当金,年金,恩給金及び割賦賞与金 ⑤ 上掲以外の資産又は営業その他から生ずるもの
藤
本
清
一
わが国の個人所得課税
一人一人の負担能力に応じた税負担を求めることができることにある。また一つには,所 得の再分配機能を有することである。所得税はその人の所得のすべてを課税対象とし,そ れを総合して超過累進税率を適用して課税することから,多額の所得のある人は多額の税 負担を負うことになり,税金を払うことを通して所得の再分配が図れることになる。 応能負担は,担税力に応じた課税の公平にある。課税の公平には,垂直的公平と水平的 公平があるが,この機能が十分に実現されることが所得税の担保である。 垂直的公平とは,所得の大小によって累進課税により異なる税負担を負うことであり, 水平的公平とは,同様な所得,同様な状況にある者は同じように税負担を負うということ である。 垂直的公平は,所得の大きさに応じ,超過累進税率を適用して税額を算定することから すべての所得を総合して課税する総合所得課税が前提となる。 すなわち,①所得が租税特別措置法など特別の軽減免除措置により課税ベースが縮小さ れないこと,②課税所得が総合課税の対象外に置かれないこと,③所得の捕捉が十分に行 われること,④多段階の超過累進税率であることが前提となる。 わが国の所得税は,明治32年と昭和15年の大改正を経て分類・総合の2本建の体系で推 移したが,昭和22年の全面改正で総合累進所得税となり課税方式も賦課課税方式から申告 納税方式となった。そして,昭和24年9月15日シャウプ勧告3) が行われた。この勧告は日 本の税制を全面的に改革する案で,この案に基づき,昭和24年,25年に税制改正が行われ
3) Report on Japanese Taxation by the SHOUP MISSION September 15, 1949 団長は,カール・S・シャウプはコロンビア大学教授である。
シャウプ勧告の所得税に関する主要な部分は次のとおりである 1.税率構造
従来最高税率85%を55%にし,高所得層に新たに富裕税(net worth tax)を創設,補完的役割 を担わせた。 所得税率 5万円以下 20% 5万円超 25% 8万円〃 30% 10万円〃 35% 12万円〃 40% 15万円〃 45% 20万円〃 50% 30万円〃 55% 2.諸控除 基礎控除(所得控除) 24,000円 扶養控除( 〃 ) 12,000円 扶養親族の範囲を拡大,納税義務者から生計費の半分以上を受けている者を対象とする。た だし,その所得は合算する。 勤労控除 10%(最高2万円) 不具者控除 12,000円
た。 この勧告は,その後のわが国の税制に大きな影響を与えた。シャウプ勧告の内容は,課 税の公平を重視し所得税を税制の中心に置いたものである。しかし,シャウプ税制からお よそ60年,景気対策など特定の政策目的実現のために租税の課税ベースは大きく浸食され, 税率は引き下げられ,総合所得課税の課税範囲は縮小し,税負担率は主要諸国に比べても 著しく低いものとなっている。 課税の不公平は,立法面と執行面で生じている。そこで,小槁では,①所得税の負担の 現状と②所得の捕捉の現状について少しの考察を試みることとする。 1.所得税の負担の現状 (1) 課税ベース 所得税の総合課税においては,すべての所得を総合して課税対象とすることが基本であ るが,特定の政策目的実現のために税制上の措置が講じられることが多い。 納税義務者が不具者である場合又は扶養親族に不具者がいる場合。 雑損控除 火災・盗難その他の災害等により損失を受けた場合,所得金額の10%を越える部分を控除。 医療費控除 自己又はその扶養親族のために支出した医療費が所得金額の10%を超えるとき,その超過分 を控除。最高10万円。 退職所得控除 退職所得の15%を所得控除。 3.課税ベースの算定その他 課税単位は個人とし,同居親族の所得合算制は原則として廃止する。ただし,次の所得は例 外として合算する。 ① 配偶者及び未成年者の資産所得 ② 納税義務者の経営する事業で雇用されている配偶者及び未成年者の給与所得 ③ 扶養親族として控除が申請されている者の所得 譲渡所得は総合し全額課税,キャピタル・ロスは全額控除する。ただし,インフレによる値 上がり分は除去し,数年間にわたり平均して課税する。 変動所得(漁獲所得,原稿及び作曲の報酬,著作権の使用による所得,譲渡・山林所得など) については,数年間にわたる平均課税。 配当所得の25%を税額控除。源泉徴収は廃止する。 利子所得の源泉徴収は廃止し,総合課税する。 課税所得の種類は,次の10種類とする。①利子所得,②配当所得,③不動産所得,④事業所 得,⑤給与所得,⑥退職所得,⑦山林所得,⑧譲渡所得,⑨一時所得,⑩雑所得。 4.富裕税 純資産に対して次の税率により課税する。課税最低限は500万円とする。 500万円超 0.5 % 1,000万円〃 1 % 2,000万円〃 2 % 5,000万円〃 3 %
戦後についてみると,高度経済成長の過程で,政策税制は幅広く活用され,多いときに は,租税特別措置の項目数は100項目を超えた。この特別措置はたえず見直されているも のの,今なおその数は企業関係の租税特別措置だけでも80項目近くにのぼる。この項目数 は過去20数年ほとんど変化がなく,中には創設後50年を経過しているものもあり,創設後 20年を経過したものが37項目4) もあるのは驚きである。租税特別措置による所得税の減収 額は,財務省試算によると平成14年度ベースで1兆2,900億円5) とされているが,これは, 所得税収全体の約10%である。 税制は経済活動に中立でなければならない,すべての国民に公平でなければならないが 実態はどうであろうか。政策税制は真に有効なものに限られるべきである。経済社会はた 4) 創設後長期にわたる企業関係租税特別措置 (単位:億円) 区 分 平年度減収額 老人等の少額預金の利子の非課税等 配当所得の課税の特例 生命保険料控除 損害保険料控除 長期所有上場特定株式等に係る譲渡所得の特別控除 住宅借入金等を有する場合の特別税額控除 医療用機器等の特別償却 青色申告特別控除 社会保険診療報酬の所得計算の特例 家内労働者等の事業所得等の所得計算の特例 同居の特別障害者又は老親等に係る扶養控除等の特例 非居住者・外国法人の一括登録国債の利子の課税の特例 居住用財産の買換え等の場合の譲渡損失の繰越控除 寡婦控除の特例 1,730 110 2,530 160 560 6,010 50 710 200 180 490 70 90 10 計 12,900 (出所)財務省試算 創設年 項 目 創設年 項 目 昭26 昭28 昭28 昭32 昭32 昭36 昭36 昭36 昭39 昭39 昭40 昭40 昭41 昭41 昭42 昭42 昭42 昭42 昭43 船 舶 等 の 特 別 償 却 技 術 等 海 外 取 引 に 係 る 所 得 の 特 別 控 除 保 険 会 社 等 の 異 常 危 険 準 備 金 鉱 業 用 坑 道 等 の 特 別 償 却 植 林 費 の 損 金 算 入 の 特 例 鉱 工 業 技 術 研 究 組 合 等 に 対 す る 支 出 金 の 特 別 償 却 原 子 力 保 険 又 は 地 震 保 険 に 係 る 異 常 危 険 準 備 金 鉱 工 業 技 術 研 究 組 合 等 の 所 得 計 算 の 特 例 農 業 協 同 組 合 等 の 留 保 所 得 の 特 別 控 除 海 外 投 資 等 損 失 準 備 金 新 鉱 床 探 鉱 費 又 は 海 外 新 鉱 床 探 鉱 費 の 特 別 控 除 探 鉱 準 備 金 又 は 海 外 探 鉱 準 備 金 倉 庫 用 建 物 等 の 割 増 償 却 中 小 企 業 等 の 貸 倒 引 当 金 の 特 例 増 加 試 験 研 究 費 等 の 税 額 控 除 公 害 防 止 用 設 備 の 特 別 償 却 特 別 償 却 不 足 額 が あ る 場 合 の 償 却 限 度 額 の 計 算 の 特 例 準 備 金 方 式 に よ る 特 別 償 却 電 子 計 算 機 買 戻 損 失 準 備 金 昭44 昭46 昭46 昭47 昭47 昭47 昭47 昭48 昭48 昭49 昭50 昭51 昭54 昭56 昭58 昭58 昭59 昭59 特 定 再 開 発 建 築 物 等 の 割 増 償 却 航 空 機 の 特 別 償 却 農 村 地 域 工 業 等 導 入 地 区 に お け る 工 業 用 機 械 等 の 特 別 償 却 自 由 貿 易 者 地 域 に お け る 工 業 用 機 械 等 の 特 別 償 却 中 小 企 業 等 の 機 械 の 特 別 償 却 プ ロ グ ラ ム 等 準 備 金 転 廃 棄 業 助 成 金 等 に 係 る 課 税 の 特 例 商 業 施 設 等 の 特 別 償 却 障 害 者 を 雇 用 す る 場 合 の 機 械 等 の 割 増 償 却 等 金 属 鉱 業 等 鉱 害 防 止 準 備 金 特 定 の 基 金 に 対 す る 負 担 金 等 の 損 金 算 入 の 特 例 漁 業 経 営 改 善 計 画 に 係 る 漁 船 の 割 増 償 却 医 療 用 機 器 等 の 特 別 償 却 エ ネ ル ギ ー 需 給 構 造 改 革 推 進 投 資 促 進 税 制 地 震 防 災 対 策 資 産 の 特 別 償 却 使 用 済 核 燃 料 再 処 理 準 備 金 特 定 高 度 技 術 産 業 集 積 地 域 に お け る 高 度 技 術 産 業 用 設 備 の 特 別 償 却 関 西 国 際 空 港 整 備 準 備 金 又 は 中 部 国 際 空 港 整 備 準 備 金 (出所)政府税制調査会(平14.5.10 基礎小139)資料による。 5) 租税特別措置による所得税減収額(平成14年度ベース)
えず変化していく,長期にわたる政策税制は効果をもたらさないし,結果として税負担の 歪みや不公平感を生むこととなり国民の税制への信頼を失うことになる。 所得税にとって,所得控除,税額控除は税率とともに税負担を算定する上で基礎となる 要素であるが,その数が余りにも多く,細かい配慮がされすぎており,課税ベースを浸食 している。また,水平的公平の観点からも問題である。したがって,特別措置については 経済社会構造の変化,ライフスタイルの多様化,生活事情の変化に即って大幅に見直すべ きである。 特定の政策目的のために設けられている企業関係の租税特別措置は即刻そのほとんどを 廃止すべきである。また,生命保険料控除,損害保険料控除は所得税法に規定されている ものの本来特別措置であり,創設目的であった貯蓄奨励等の必要もなくなっている。小規 模企業共済等掛金控除はサラリーマンの退職金に代わるものとして創設されたが,この掛 け金は,事業を廃業(又は譲渡)しないと大幅に割引支給されること,サラリーマンの退 職金制度の廃止の増加傾向からみても不要である。さらに,住宅ローン減税である。これ は勤労者財産形成促進対策の一つの柱である持家対策として創設されたが,現在の住宅事 情の下では不要ではないか。それにこの特別措置は余りにも減税額が多すぎる(1人当た り平均で200万円を超える税額控除(最高500万円) (平成14年度ベースでの減収 6,010億 円)5) )し,住宅取得の意思決定にどれだけ寄与しているか疑問であり廃止すべきである。 この特別措置は,いまや,住宅産業税制でしかない。 もし住宅取得の促進策が目的であれ ば,税制ではなく,ローン保証のための保証料など歳出面で対応すべきではないか。また, 住宅産業税制というのであれば別の施策を講じるべきである。 また,医療費控除は,その適用実態が健康保険の対象とならない差額ベット料や歯科の 自費負担分などの医療費がほとんどを占めている。社会保障制度の枠外の家計支出まで, なぜ税で面倒を見なくてはならないか不思議でならない。 政府税制調査会は,「あるべき税制の構築に向けた基本方針」(平成14年6月)で「基本 的には,家族に関する控除を基礎控除,配偶者控除,扶養控除に簡素化・集約化すべきで ある」と述べているが,この考え方については評価できる。しかし,今後,消費税の税率 引上げを予想すると課税最低限の引下げは低所得者層の著しい税負担の増加となるうえ, 所得格差の拡大につながるので,税率構造の改正に重きを置くべきである。また「男女共 同参画,社会の形成の立場から配偶者控除そのものも廃止すべきとの意見もある。」よう であるが,家庭は,最小単位の社会であり大切にすべきであって配偶者の位置を捨てる必 要はない。配偶者控除及び特別配偶者控除は,基礎控除や扶養控除と同様,基本的な人的 控除でありあえて廃止することはないと考える。なお,特定扶養控除,老人扶養控除等の 様々な割増・加算措置は制度が複雑すぎるので廃止した方がよい。 (2) 税率のフラット化 所得税の税率については超過累進税率を採用しているが,税率は,法定税率だけで検 討すべきでなく実効税率がどうなっているか課税最低限と一体で考えることが必要である。
昭和62年9月と昭和63年12月の2回に分けてシャウプ税制以来の抜本的な税制改革が行 われた。この改革は,納税者の重税感や不公平感を解消するために「公平・中立で所得・ 消費・資産の間でバランスの取れた税制を確立する」との名の下で,消費税の創設をする というものであったが,所得税については累進税率の引下げと税率構造の簡素化による所 得税の負担軽減,非課税貯蓄の原則廃止,有価証券譲渡益の原則非課税の廃止,公的年金 の給与所得からの分離,資産合算制度の廃止等抜本的なものであった。この改革前の税率 は15段階で最高税率が課税所得8,000万円超70%(住民税を合わせると88%,ただし,制 限税率78%)であったが,改正後12段階で最高税率が課税所得5,000万円超60%(住民税 を合わせると76%)となり,課税所得2,000万円超の階層の税負担が大幅に引き下げられ た。なお,最低税率は消費税の負担増を補うため課税所得150万円(夫婦子2人の給与所 得者の場合の給与収入額4,767千円)以下は10.5%となった。これによりわが国の所得税 の実効税率は主要諸外国に比べて給与収入額2,000万円以下の階層では,アメリカ,イギ リス,ドイツより相当低いものとなった6) 。 また,平成6年には,「個人所得課税の累進緩和等を通ずる負担の軽減並びに消費税の 中小事業者に対する特例措置等の改革及び税率の引き上げによる消費課税の充実を図るた め」に20%の定率特別減税4兆円のほか,11月には累進税率を大幅に緩和する法律が成立 6) 所得税・個人住民税の実効効率の国際比較(夫婦子2人の給与所得者) 日 本 抜本改革前(62年9月改正前) アメリカ イギリス 26.1 18.9 16.6 9.5 500 1,000 0 1,500 2,000 2,500 3,000 40% 30% 20% 10% 0% 日 本 平成15年改正後 給与収入(万円) 1. 日本は平成15年度税制改正において配偶者特別控除(上乗せ部分)が廃止された (平成16年分以降の所得税及び平成17年度分以後の個人住民製について適用)。ま た,平成15年改正後は定率減税を加味している。 2. 日本は子のうち1人を特定扶養親族,アメリカは子のうち1人を17歳未満として いる。 3. アメリカの住民税はニューヨーク州の所得税を例にしている。 4. 諸外国は2002年1月適用の税法に基づく。 5. 邦貨換算は次のレートによる。1ドル=121円,1ポンド=186円(基準が外国為 替相場及び裁定外国為替相場:平成14年6月から11月までの実勢相場の平均値)。 税率10%に納税者の8割, 37%に1%弱が分布 日本 45 40 35 30 25 20 15 10 5 0 4500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000 0 500 45 40 35 30 25 20 15 10 5 0 4500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000 0 500 アメリカ 所得税(国税)の限界税率の日・米・英比較 (出所)政府税制調査会(平15.4.18 基礎小271)の資料による。 45 40 35 30 25 20 15 10 5 0 4500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000 0 500 イギリス 税率10%に納税者の1割, 22%に8割が分布
し平成7年に2兆円の減税が行われた。これにより高額所得者の所得税負担は大幅に軽減 されることになったが,低所得階層は消費税等の引き上げに伴う負担の増加により帳消し となった。 さらに,平成11年度の税制改正に当たっては,新内閣発足後の8月の総理の所信表明演 説で,「税制については,わが国の将来を見据えたより望ましい制度の構築に向け,抜本 的な見直しを展望しつつ,景気に最大配慮して,6兆円を相当程度上回る恒久的な減税を 実施いたします。個人所得課税につきましては,国民の意欲を引き出せるような税制を目 指し,所得税と住民税を合わせた税率の最高水準を50%に引き下げます。景気の現状に照 らし,課税最低限は引き下げる環境にないと考えており,減税規模は4兆円を目途としま す。」7) と発表,再び大幅な恒久減税と定率減税を実施した。 この結果,課税最低限は,夫婦子2人の給与所得者の場合で382.1万円(住民税309.5万 円)となった8) 。また,税率は,最高税率がさらに引き上げられ5段階から4段階,最低 税率10%,最高税率37%(住民税は5∼13%の3段階)とされた。 さらに,これに加え平成11年以降の各年分の所得税については所得税額の20%(最高25 万円)を差し引く定率減税が実施されることとなった。この結果所得税の実効税負担率は 極めて低いものとなっている9) 。 これにより,わが国の所得税(ならびに住民税)の税率は主要諸国に比べて著しく低い ものとなった10) 。また,所得税収も大幅に減少した11) 。 ところで,この一連の税制改革について政府税制調査会の平成12年7月14日付答申「わ が国税制の現状と課題 21世紀に向けた国民の参加と選択 」(103・104頁)では,税率 構造について次のように述べている。 「税率構造については,1970年代末から90年代にかけて,主要国において勤労意欲,事 業意欲への影響に配意して,そのフラット化が行われました。わが国においても所得水準 の上昇,平準化などを背景として,限界税率の累進が強すぎたり,その水準が高すぎたり する場合には,勤労意欲や事業意欲を阻害しかねないことなどから,税率の累進緩和が行 われてきました。 昭和62・63年の抜本的税制改革の前は,所得税は10.5%から70%の15段階の税率構造, 個人住民税は市町村民税が2.5%から14%の13段階,道府県民税が2%及び4%の2段階 の税率構造でした。抜本的税制改革において税率構造の簡素化,フラット化が進められ, 7) 政府税制調査会「平成11年度の税制改正に関する答申」(平成10年12月)3頁 8) 所得税及び住民税の課税最低限 (夫婦子2人のサラリーマンの場合) 62年9月・63年12月 抜本改正前(61年) 平成6年11月税制改革前 平成11年改正後 所得税 住民税 235.7万円 191.2万円 327.2万円 281.9万円 382.1万円 309.5万円 (出所)6) に同じ。
所得税は10%から50%の5段階,個人住民税は5%から15%の3段階となりました12) 。そ の後,平成6年の税制改革では,中堅所得者の負担の累増感などに配慮して,税率適用所 得区分(ブラケット)が広げられました。 さらに,平成11年度に最高税率の引下げが行われ,所得税は37%,個人住民税は13%と されて,両者合わせた最高税率は50%となりました。これにより,平成5年の答申で示し た『所得税・個人住民税を合わせて50%程度を目途に引き下げていく』という課題につい ては実現が図られたものと考えられます。 現行の税率構造を国際的に見ると,所得税の最低税率は主要国の中で最も低く,所得税, 9) 納税者平均値による実効税負担率 10) 租税負担率・国民負担率(対国民所得比)の国際比較 カナダ イタリア イギリス フランス ドイツ アメリカ 日 本 (昭和61年度) (平成15年度) 租税負担率 43.3% 41.6% 41.4% 39.8% 31.2% 27.4% 24.9% 20.9% うち国税 21.1% 34.9% 39.4% 33.8% 27.4% 16.6% 15.8% 12.0% うち 個人所得税 19.0% 14.9% 14.4% 11.2% 13.0% 15.2% 8.9% 6.1% うち国税 12.1% 14.3% 14.4% 11.2% 10.6% 12.5% 国民負担率 54.5% 59.2% 51.2% 64.8% 56.5% 35.9% 35.5% 36.1% (注) 日本の平成15年度は見通し,諸外国は2000年(ただし,アメリカの国民負担率は1997年)。 (備考)日本の国民所得は,昭和61年度は「国民経済計算(68SNA)」,平成15年度は「平成15年度政府経済見通し」による。
諸外国は「OECD Revenue Statistics 19652001」及び「OECD National Accounts」による。
(出所)政府税制調査会(平15.4.18 基礎小271)資料による。 6.2% 3.8% 合計所得階層別区分合計所得 A 所得控除額 課税所得金額 算出税額 B 税額控除額 源泉徴収税額 申告納税額 実効税負担 率A/B 70万円以下 100〃 150〃 200〃 250〃 300〃 400〃 500〃 600〃 700〃 800〃 1,000〃 1,200〃 1,500〃 2,000〃 3,000〃 5,000〃 5,000超 合 計 (所得者別) 営業等所得者 農 業 所 得 者 その他所得者 562 860 1,264 1,754 2,242 2,740 3,459 4,463 5,470 6,474 7,472 8,911 10,928 13,355 17,159 24,114 37,561 94,259 5,542 3,869 3,757 6,213 445 591 832 1,129 1,416 1,563 1,722 1,891 1,987 2,070 2,132 2,159 1,983 2,004 2,093 2,063 2,034 2,176 1,573 1,498 1,940 1,591 117 269 432 625 827 1,177 1,737 2,572 3,483 4,403 5,340 6,751 8,945 11,352 15,066 22,051 35,527 92,084 3,969 2,371 1,817 4,622 12 29 47 65 88 129 181 273 398 555 736 1,015 1,547 2,128 3,142 5,361 9,778 25,839 741 423 223 874 0 0 0 0 1 1 5 7 14 16 14 18 21 25 34 35 53 285 9 6 7 11 1 4 12 15 22 35 47 78 125 192 281 391 621 957 1,504 2,668 4,937 10,813 313 101 8 400 9 19 25 37 47 67 94 135 182 239 297 407 600 896 1,354 2,408 4,539 14,491 348 277 168 379 2.1 3.4 3.7 3.7 3.9 4.7 5.2 6.1 7.3 8.6 9.9 11.4 14.2 15.9 18.3 22.2 26.0 27.4 13.3 10.9 5.9 14.1 (出所)国税庁「第128回 国税庁統計年報書 平成14年度版」91頁に基づき作成。 (単位:千円,%)
住民税を合わせた最高税率も遜色ない水準となっています。」 ところが,この答申の2年後の平成14年6月,政府税制調査会は「あるべき税制の構築 に向けた基本方針」を答申し,税率構造について大きく考え方を修正し次のように方向づ けをした。 「税率については,その引下げや刻み数の簡素化により最低・最高税率ともに主要国に 比して低い水準にある。さらに,最低税率が適用される所得金額の範囲(ブラケット)が 拡大されてきた。所得税について見ると,現在,納税者(民間給与所得者)の約8割が最 低税率(10%)の適用のみで済むという主要国の中でも特異な状況となっている。このよ うに見ると,わが国の所得税制は,これまでの累進緩和(フラット化)等により,大多数 の納税者に対し極めて低い水準で負担を求めるものとなっている。 個人住民税については,その負担分任の性格のため,所得税よりも緩やかな累進構造と なっている。また,納税義務者の約6割が最低税率(5%)のみの適用となっている。 こうした税率構造の累進緩和は,昭和62・63年の抜本的税制改革の際,有価証券譲渡益 を原則課税化するなど課税ベースを拡大するとともに,勤労意欲や事業意欲等に配慮する 観点から実施され,更にその後も景気対策等の観点から減税が行われた結果である。 本来果たすべき財源調達機能や所得再分配機能の発揮の観点から考えれば,これ以上の 11) 所得税収・負担割合の推移 7.1 7.7 8.4 9.1 10.6 11.3 11.5 11.4 10.0 10.2 9.6 10.4 9.3 9.1 9.7 9.5 8.8 8.2 ・税率構造の累進緩和 ・人的控除の引上げ ・配偶者特別控除・特定扶養控除の創設等 ・税率構造の累進緩和 ・人的控除の引上げ ・給与所得控除の引上げ等 ・特別減税(6年,7年,8年) ・定額減税 (本人3.8万円 扶養親族等 1.9万円) ・最高税率の引下げ ・定率減税 ・扶養控除額の加算 ・ 配 偶 者 特 別 控除(上乗せ 部分)の廃止 (16年∼) (注)1. 13年度までは国税・地方税ともに決算額,14年度は国税は補正後予算額,地方税は見込額,15年度は国税は予算額,地方税は見込額による。 2. 個人所得課税は,OECD 歳入統計の区分による。 3. 国民所得は,平成元年度以前は「国民経済計算(58SNA)」,平成2年度以降は「国民経済計算(93SNA)」 による実績額であり,平成14年度 及び15年度は「平成15年度政府経済見通し」による実績見込額及び見通し額である。 (出所)政府税制調査会(平15.4.18 基礎小271)資料による。 61 62 63 元 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 (年度) 50.0 45.0 40.0 35.0 30.0 25.0 20.0 15.0 10.0 5.0 0.0 所得税収 国民所得に占める所得税(国税)の負担割合 国民所得に占める個人所得課税(国+地方)の負担割合 (兆円) 16.8 17.4 18.0 21.4 26.0 26.7 23.2 23.7 20.4 19.5 19.0 19.2 17.0 15.4 18.8 17.8 14.7 13.8 (%) 個人住民税収 10 5 0 8.9 8.9 8.8 9.5 10.4 10.1 9.3 9.4 8.1 7.9 7.4 7.6 7.0 6.6 7.5 7.4 6.4 6.1 6.2 6.1 6.0 6.6 7.4 7.2 6.3 6.4 5.4 5.2 4.9 4.9 4.5 4.1 4.9 4.8 4.0 3.8
税率の引下げは適当ではない。むしろ,現在の最低税率のブラケットの幅を縮小すること が今後の選択肢として考えられる。」また,「平成11年度に実施され,現在も継続している いわゆる「恒久的な減税」は,所得税・個人住民税をあわせて約4.1兆円の規模にのぼる。 この「恒久的な減税」,とりわけ定率減税(約3.5兆円)は,景気回復に最大限配慮した負 担軽減を主眼とした措置であるので,経済情勢を見極めつつ,廃止していく必要があろう。」 わが国の所得税(住民税を含め)は,昭和62・63年の抜本的税制改革以降,数次にわた る大幅減税により,課税最低限は主要国に比べても高くなり,また最高税率は37%と著し く低いものとなった結果,納税者の8割が最低税率の10%の適用という所得税の特質であ る累進課税とは言いがたいものとなっている。もっとも,所得税が総合課税といえないほ ど分離課税の対象となる所得が増加してきた現行税制にあたっては,資産所得に対する一 定税率10%又は20%とのバランスを考慮したものだと断定するのであれば,納得できない こともないが,それでは,所得税の長所である財源調達機能や所得再分配機能を捨ててし まうことになる。最近,所得格差(ジニ係数)は拡大する傾向にあり,税による再分配効 果は低下してきている13) ことからも最高税率は少なくとも60%台まで引き上げるなど税 率構造の見直しを行うべきであろう。わが国の平成16年度の一般会計予算額は82兆1109億 円で,それに占める税収は,わずか41兆7,470億円(50.8%)にすぎない。このような財 政破綻の危機にあって,景気浮上策等のための特別減税を除いた,いわゆる恒久減税とい われている所得税の減税は,62・63年の抜本的改革による減税額が3.8兆円,平成7年の 税制改革減税が2.4兆円,平成11年の恒久減税が3.2兆円,これだけを単純に合計すると9.4 兆円(うち,税率の引下げ,フラット化分4.3兆円,定率減税分2.6兆円)になる。この9.4 12) 金子宏編「所得課税の研究」(有斐閣)(平成3年6月)7,11頁 わが国の税率構造は,(1)すくなくとも金額の上では課税最低限がかなり高いこと,(2)約10%と いう低い税率から出発していること,(3)ブラケットの幅がせまいため所得の増加に応じて税負担 もなめらかに増加していくこと,(4)最高税率が70%(住民税と合わせると88%。ただし,78%の 賦課制限があった)で非常に高いこと,等の点において,累進所得税の本来の目的である再配分の 観点から見るかぎり,決して不合理なものではなく,むしろ理想的な累進税率表の一つのタイプで あったとさえいえよう。 しかし,この税率表の下で現実に生じたのは,著しい不公平と重税感と非効果であった。「第一 に,このような高い累進税率は,人々を脱税に走らせやすい。」「第二に,高い累進税率の下では, 租税回避が生じやすい。」「第三に,高い累進税率の下では,各種の利益集団の圧力によって特別措 置が導入されやすい。」「次に,従来の税率構造は,納税者―特に給与所得者―の間に強い重脱感を 生じさせた。」「改革前の税率表の下では小刻みに税率が上がるしくみがとられていた。これは,所 得の増加に応じてなだらかに税負担が増加するという意味では合理的であったが,逆に,すこし所 得がふえるとすぐ税負担が増加するという税負担累進現象を招き,それが重脱感の一つの原因とな っていたのである。」「不公平および重脱感の問題と並んで,高い累進税率は,さらに種々の非効率 (ineffcicncy)を生み出す原因となる。第一に,高い累進税率は勤労意欲を阻害するといわれてい る。121)」「第二に,高い累進税率は,」「その考案と実現のために多大のエネルギーと経費が必要で あり,そのため国民経済上のロスは決して少なくない。」「第三に,」「高い累進税率は特別措置の導 入の誘引となりやすいが,特別措置は,税負担の軽減のみを目的とした不必要な投資を招来しやす く,そのため資源のミス・アローケーションを引きおこすことが少なくない。」
兆円は,今も毎年,所得税収が減収となっていると考えてよい。この額は税収額41兆 7,470億円に比べて余りにも多い。 この間に,消費税の創設・税率の引上げ,景気浮上対策,納税者の勤労意欲や事業意欲 への配慮が必要だったとしてもこれ程大規模な恒久減税を実施することが必要であったの であろうか。減税による波及効果はどれだけあったといえるのか。かつて,1人当たり数 百円のミニ減税が数回に実施されたが,消費への波及効果の説明に苦慮したとも聞く。そ れよりも減税分の還付金交付のコストの方が高くついただけと批判が多かった。 減税効果 の評価は様々であるが,それ程大きくはなく,わが国では所得減税はそのほとんどが貯蓄 に回わる。増税といえばたとえ1円でも国民は反対するのに,アメリカやイギリスの例を 手本として大幅な減税をしてきたことは失敗としか言いようがない。特に,税率のフラッ ト化は所得の再分配機能の放棄であり,低所得者層の負担の増大を招き,個人消費を縮少 させることになる。所得税の特徴である垂直的公平はもっと大切にしたいものである。 「入るを量って出ずるを為す」という諺があるが忘れて欲しくはない。「英会話を学ぶ と雇用促進につながる」と1人当たり30万円の給付金を出すなどの金の使われ方に,誰も おかしいと思わないのだろうか。予算のつけ方に大きな疑問を覚える。いつまでも財政赤 字を膨らませていては,国の財政破綻を早めるだけである。財政支出の抜本的改革をやら ずして,税負担や社会保険料負担を議論してもどうにもならない。今まで,財政支出を押 えきれなかったと同様,税があまりにも安易に目先の経済政策など特定の政策のために利 用されすぎてきたのは残念である。 また,蛇足になるが高い累進税率は勤労意欲を阻害し12)121),高額所得者や研究者は海外 へ移住するともいわれているが,本当にそうであろうか。企業は別として,個人は別では 13) 所得再分配効果 (出所):厚生労働省政策統括官付政策評価官室「平成11年度所得再分配調査」 当初所得 の格差 税・社会 保障の 再分配 による 改善 再分配 所得の 格差 社会保障による改善度 税による改善度 0.4394 0.4412 0.4720 0.4334 0.4049 0.3975 0.3491 0.5000 0.4500 0.4000 0.3500 0.3000 0.2500 0.2000 0.1500 0.1000 0.0500 0.0000 0.3143 30.0 25.0 20.0 15.0 10.0 5.0 0.0 改 善 度 (%) 8年 11年 5年 平成2年 62年 昭和56年 59年 所 得 格 差 ︵ ジ ニ 係 数 ︶ 低 高 0.3426 0.3382 0.3643 0.3645 0.3606 0.3814 3.8 4.2 2.9 3.2 1.3 1.7 9.8 12.0 12.5 13.2 15.7 17.1 5.4 5.0
ないか,特に研究者の場合は,賃金を含めた労働環境と研究環境の問題ではないか。日本 人は,例外はあるとしても,そう簡単に税負担が重いから海外に移住するとか,また,税 金が高いから働くのをやめるとは思えない。勤労意欲は,働いたという満足感・達成感・ 充実感が大きく左右するのではないだろうか。 (3) 総合所得課税 所得税は,すべての課税所得を総合(課税総所得金額)して,これに超過累進税率を乗 じて税額を算出する。したがって,この課税総所得金額に除外措置が講じられ,合算の対 象外となるものが多ければ多い程本来の所得税負担は歪んだものとなる。 国税庁の税務統計によれば,平成14年分の所得税の確定申告による納税者は687万人で あり,その申告所得金額は38兆0,666億円となっている。 この申告所得の内訳は,総合課税とされている総所得金額は34兆9,429億円(92%)で あり,分離課税とされている山林・退職・土地等の譲渡及び株式譲渡等の所得は3兆 1,236億円(8%)である14) 。 しかし,これ以外に確定申告の対象とならないで非課税貯蓄や源泉徴収だけで課税が完 結する利子所得,配当所得がある。この所得金額は正確には把握できないが,国税庁統計 年報書(平成14年版)によると,郵便貯蓄の課税分利子6兆3,057億円,配当所得の源泉 分離課税分が3,031億円がある。これに少額申告不要の配当や郵便貯金以外の利子の申告 分離分を加えると確定申告の対象外となっている利子所得と配当所得だけもでおよそ10兆 円(個人課税所得の20%)と推定される。これに,土地等の分離譲渡所得2兆1,007億円 を加えるとその額はさらに大きくなる。 仮に,この10兆円を総合課税の対象とすると,上積税率の差が20%としても2兆円の増 収となる。 資産所得は,家計調査や税務統計等からみても所得の高い階層ほど多く有している15) 。 また,分離課税対象となる所得は上積税率が少なくとも20%を超える課税所得金額階層で 14) 申告所得税の確定申告状況 (単位:億円.%) 所得区分 所得金額 構成比 総合課税の対象と なる事業所得等 A 349,429 92 分離課税の対象 山林所得 退職所得 分離譲渡所得 株式等の所得 小計 B 59 902 21,007 3,268 31,236 0 0 7 1 8 計 C 380,665 100 (出所)国税庁「第128回国税庁統計年報書(平成14年度版)」により作成。 (注)所得税の確定手続きは,所得税の確定申告書 を税務署長に提出することによるのが原則で あるが,給与所得者については給与以外の所 得金額が20万円を超えるものを除き,原則と して確定申告の手続きは不要で年末調整によ る源泉徴収により税額が確定することとされ ている。
ある1,500万円超の階層に占める割合が80%である。このことは,すべての課税所得が総 合所得課税であれば上積税率30%以上の税率を適用し課税されるべき所得が,10%又は15 %の極めて低い税率で課税されているということである。すなわち高所得階層ほど特別措 置の恩恵をより多く受けていることになり,税負担が不公平になるのである。 特定の所得を非課税又は低い税率による定率分離課税とする優遇措置を講じる場合でも 総合課税とする場合でも,仮名・借名を用いた不正は発生する。そこで,これをいかに防 止するかであるが,納税者番号制度を導入しすべての所得の発生データを監視しようとす るのは方法としては優れているが,コストがかかるしプライバシーの保護等の問題で反対 する人も多い。それよりも,分離課税の対象となる所得についても一旦高税率(例えば最 高税率)により源泉徴収をしたうえで確定申告により還付する方式はどうであろうか。高 い税率は金融商品には適さない,国民に無用な手数をかけることになると反論が多いだろ うが,この方法は金融機関等の窓口事務や企業及び国税当局での名寄せ事務が省略できる し,全体の微税コストは低下するうえ,現行制度に比べてより適正な課税ができて,増収 効果も大きいのではないだろうか。 ところで,金融・証券税制については,近年,株式譲渡益課税の申告分離課税への一本 化や配当課税の軽減・簡素化等の見直しが行われてきており,政府税制調査会は,平成15 年6月の中期答申「少子・高齢社会における税制のあり方」において,金融所得課税の一 体化を目指すと方向を示している。また,これを受けて,政府税制調査会金融小委員会は 平成16年6月15日「金融所得課税の一本化についての基本的考え方」を発表。金融所得課 税の一体化の具体的内容として金融所得の①20%分離課税②損益通算の範囲の拡大を示唆 した。 この考え方は,北欧諸国の個人所得課税の制度に例を見る二元的所得税の方向である。 いわゆる「勤労所得」と「資本所得」に分離し,勤労所得に対しては累進課税で課税し資 本所得に対しては勤労所得に係る最低税率(比例税率)により課税するというもので,資 15) 所得金額階級別の所得種類別申告状況 (単位:千人.億円.%) 所得金額階層 合 計 人 員 合計所得金額 A 配当 B 山林・退職 C 分離 譲渡 D 株式等の 譲渡 E B∼Eの 計 B∼Eの計 の構成比 100万円以下 200 〃 300 〃 500 〃 1,000 〃 1,500 〃 2,000 〃 3,000 〃 5,000 〃 5,000万 円 超 計 377 1,428 1,452 1,521 1,298 382 169 127 74 40 6,868 2,798 21,857 35,789 58,633 90,095 46,300 29,002 30,540 27,914 37,737 380,665 2 19 42 79 214 245 286 466 637 1,883 3,873 0 3 7 20 113 180 140 138 113 247 961 19 123 232 699 2,381 2,554 2,306 3,701 4,648 10,344 27,007 2 5 11 36 122 99 91 150 239 2,513 3,268 23 150 292 834 2,830 3,078 2,823 4,455 5,637 14,987 35,109 0 0 1 2 8 9 8 13 16 43 100 (出所)国税庁「平成14年分申告所得税の実態」により作成。
本取引の課税の効率化,中立性,資本の海外流出防止,生涯を通じた税負担の水平的公平 性に優れているといわれているが,わが国への導入はどうかと疑問である。それよりも, 今,なぜそのような課税方法を選択しなくてはいけないのか理解できない。①資産所得は, 本来担税力が高いこと②高所得者層が低所得者層に比べてより多くの資産所得を得ている こと③最近所得格差が拡大してきていること④近い将来消費税率が引き上げられ低所得者 層からもより多くの税負担を求めざるを得ないことなどを考慮すると,わが国の所得税の 実質的な累進税率構造をさらに緩和し所得再分配機能を弱めることは,ただ,単に課税の 不公平を拡大するだけである。垂直的公平の観点から問題である。むしろ,金融所得に対 する分離課税制度や土地譲渡益に対する分離課税制度は廃止し,総合所得税の課税対象の 拡大を図るべきではなかろうか。 このためには,納税者番号制度の早期導入が望まれるところであるが,それよりも,金 融機関窓口での本人確認の徹底,法定調書の拡大,法定調書の記載内容の充実(例えば本 人確認書類の必要事項の記入),法定調書未提出者の罰則の強化(例えば未提出調書1枚 につき10,000円の過怠税)など,所得把握体制の充実策を講じるべきではないか。もし, 今後とも金融所得を総合課税の対象としないのであれば納税者番号制度の導入の必要性は 極めて低い。むしろ,増収効果と微税コストからみると不要とさえ考える。 (4) 損益通算 各種所得の金額を計算する場合に損失(いわゆる赤字)が生じることがあるが,この赤 字を他の黒字の所得から差し引く必要がある。これを「損益通算」という。損益通算の規 定は,昭和22年の税制改革で配当所得又は事業所得の損失についてはじめて創設されたが, 昭和25年のいわゆるシャウプ税制により一時所得の損失だけを除きすべての損失について 損益通算ができることとされた。 ところが,その後幾多の改正が行われ,現行所得税法では損益通算のできる損失を「不 動産所得,事業所得,山林所得及び譲渡所得の金額の計算上生じた損失で一定のものに限 る」と規定し,次の損失を損益通算の対象から除外している。なお,イ,ロ,ハ及びニに ついては租税特別措置法により分離課税とされている所得に係るものである。 イ 配当所得,一時所得及び雑所得の金額の計算上生じた損失 ロ 分離課税の土地建物等に係る譲渡所得金額の計算上生じた損失(特定の住居用財産 の譲渡で一定の要件に該当するものは通算できる。) ハ 分離課税の株式等に係る譲渡所得等の金額の計算上生じた損失 ニ 分離課税の先物取引による雑所得等の金額の計算上生じた損失 ホ 特殊な損失 (イ)競走馬(事業用の競走馬は通算できる。),別荘,貴石・貴金属・書画・骨とうな ど,生活に通常必要でない資産についての所得の計算上生じた損失 (ロ)非課税所得の金額の計算上生じた損失 ヘ 不動産所得の金額の計算上生じた損失のうち,土地等を取得するために要した借入
金の利子の額に相当する部分の金額 損益通算について,政府税制調査会金融小委員会は,平成16年6月15日「金融所得課税 の一体化についての基本的な考え方」で,「分離課税される所得と総合課税される所得と の間の損益通算や,分離課税でも税率の異なる所得の間の損益通算を認めることは適当で ない。」「貯蓄から投資へ」という政策的要請に応えて,株式譲渡損失との損益通算を認め る範囲を,利子所得も含め金融所得全般にわたり,できる限り広げていくことが適当であ る」とし,また,「株式の無価値化損失」(いわゆる資産損失)について「株式譲渡損失と 同様の取扱いとすることが考えられる。」しかし,「ペイオフ損失を税制上措置することは, 「貯蓄から投資へ」の要請からは説明できない。ペイオフ損失については,現行の取扱い を維持することが適当である。」としている。 この考え方の基本は北欧諸国の「勤労所得」と「資本所得」を分離した二元的所得税の 理論に基づくものであるが,総合課税と分離課税の壁をさらに強固にすることになり賛同 できない。ただし,損益通算の範囲を拡大することについては,課税の公平及び担税力の 面から賛同できる。シャウプ税制後,わが国の所得税法の所得の範囲はいわゆる所得源泉 説的な所得概念から一時的,偶発的な所得を含む包括的なものに拡大され,総合所得課税 が基本となっている。分離課税は租税特別措置法に規定されていることでもわかるように あくまでも特例措置でしかないのである。それを税率が異なるから総合課税の所得の損失 と分離課税の所得の損失は相互間の損益通算を認めないとするのは分類所得税又は二元的 所得税に逆行するというものである。もし,その方向に転向するとなれば租税特別措置法 で定めるべき項目ではなくて所得税法で定めるべき項目であるが,それでは所得税の本質 を失うことになる。 ところで,「土地等の譲渡損失の損益通算対象除外」は平成16年度の税制改正により追 加されたものであるが,この改正については特に次の点で問題があり不当である。 ① 上場株式等の譲渡損失と同様な扱いとしたこと。 土地等と株式等とは資産の取得目的が異なるにもかかわらず財務省の説明では「株式に 対する課税とのバランスを考え,土地譲渡益の税率を株式など他の資産から生ずる所得と 同様に20%に引き下げた。そこで,土地,建物の譲渡所得と他の所得との損益通算につい て見直しをした」16) としているが,上場株式等は投資資産で,継続的に取引されるもので あるのに対して,土地等の取得は,不動産売買を業として営む者は別として,一般には, 事業用に供するなどのために取得するものであり,その取得回数は一生に数回と少ない。 それを同視して譲渡損失の損益通算を認めないとした改正には論理的に容認できない。 また,土地等の譲渡損失は,長引く不況や金融機関の不良債権回収に伴う資金ぐりのた めにやむを得ず土地等を譲渡したことにより発生するケースが多いがその譲渡から生じた 損失について損益通算を認めないことは担税力のない者をさらに窮地に追い遣ることにな りかねない。なぜならば,わが国では中小企業が金融機関から融資を受ける場合,金融機 16) 租税研究2004.4,10頁「平成16年度税制改正について」
関は例外なしに社長等の連帯保証人又は不動産担保を要求するが,返済不能となったとき にはその所有する土地等を損出しても譲渡せざるを得なくなる。それをこのような際に発 生する譲渡損失を給与所得や不動産所得などのプラスの所得との損益通算を認めなければ その譲渡損失に見合う総合課税分所得は減少しないために土地等の譲渡損失額に対応する 総合課税の上積税率 (30∼50%) 分の税負担が増加する。例えば土地等の譲渡損失が1,000 万円の場合,損益通算が認められると所得税額が300∼500万円減少するが,損益通算がで きないとその分の所得税を納めなくてはいけないことになり,実質,300∼500万円の増税 となる。これは経済的に困っている人に担税力を無視してさらに不必要な税負担を強いる 極めて酷い増税措置でしかない。 わが国の法人企業(株式会社・有限会社)の97%までが同族法人であるが17) ,これは所 得税に比べて法人税の税負担が軽いために,節税目的で設立されていることに起因する。 企業の実態としては,同族法人と個人企業とでは本質的に変わるところがないのに法人で は損益通算が認められるのに所得税法では認めないと厳しくすることはさらに個人と個人 類似法人との間の課税の不公平を助長することになり不当である。 ② 改正法の成立日(平成16年3月31日)前の「1月1日からの譲渡から適用する」と 不公平に変更する改正を遡及適用としたこと,また,この改正案の政府の決定が12月19日 であり事前に国民に税務対策を講ずる期間を与えなかったこと。 この改正案は,例年の「年度税制改正案」と同様のスケジュールにより,年末に自民党 の「平成16年度税制改正大綱」,財務省の「平成16年度税制改正大綱」,年初「平成16年度 税制改正要綱」の閣議決定を経て,平成16年2月3日に改正法案が国会に提出され,可決, 17) 資本金階級別の同非別,青白別,組織区分別法人数 資本金額階層 稼働中の 法 人 数 同 非 区 分 同族会社 非同族会社 留保金課税 の対象会社 非同族の 同族会社 100万円未満 100万円以上 200万円 〃 500万円 〃 1,000万円 〃 2,000万円 〃 5,000万円 〃 1億円 〃 5億円 〃 10億円 〃 50億円 〃 100億円 〃 合 計 16,617 8,057 1,045,671 305,354 870,820 213,534 50,481 29,494 2,795 4,830 1,030 1,404 2,550,087 14,969 7,161 1,028,585 294,073 823,629 183,022 34,967 12,423 745 752 74 49 2,400,449 150 41 8,391 1,134 24,622 16,125 10,779 13,158 1,344 2,724 511 546 79,525 1,498 855 8,695 10,147 22,569 14,387 4,735 3,913 706 1,354 445 809 70,113 (出所)国税庁「第128回国税庁統計年報書平成14年度版」
成立し,3月31日公布,4月1日施行されたが,「損益通算を1月1日の土地等の譲渡か ら認めない」とする改正案は,「納税者の不公平に変更する遡及立法案」である18) 。これ を国民に十分周知をする期間を与えず,また,その不利益を回壁する機会を与えずに成立 させたことは納税者の予測可能性と法的安定性を害するものであり許されないと解する。 この問題について,政府の国会での答弁(内閣法制局の見解)は,「所得税の納税義務 は,暦年課税の原則の下,通常,その年の終了により成立し翌年の確定申告により納税額 が確定することとされている。損益通算は,個人の年間における各種の所得金額を計算し て,事業所得,譲渡所得等の損失があればその金額を他の所得金額から控除できるという 年間の所得金額の計算の過程において行われるものであって,個々の譲渡があった時に行 われるものではない。こうした損益通算の性格から,過去においても,4月施行の改正に よる場合でもその年分の所得税から損益通算の廃止を行っている。」と暦年課税だから遡 及立法は可能であると説明しているが,土地等の譲渡所得は,事業所得や不動産所得のよ うに継続反復されて行われる取引による所得とは,性格を異にすること及び国民に不利益 を回避する選択の機会を奪ってまで法改正を急がなければならなかったことを理由として の,見解として容認できるものではない。この改正はどうしてこうまでして急ぎ成立させ る必要があったのだろうか。少なくとも1年間の周知期間を置いて国民に不利益を回避す る機会を与えるべきではなかったか,この長い間の不況下で一生懸命企業再建に努めてい る中小企業者の経営事情を良く知る者としては,容認しがたい改正である。 (5) 三位一体の改革の税源移譲 政府は,「三位一体の改革」による,国から地方への行政権限の移譲を進めているが, 税制については,昨年末,自由民主党の「平成16年度の税制改正大綱」(平成15年12月17 日)により,「国と地方のいわゆる三位一体改革の一環として,平成18年度までに所得税 から個人住民税への本格的な税源移譲を実現することとする。この本格的な税源移譲を実 現するまでの間の暫定的措置として,平成16年度税制改正において所得譲与税を創設し, 所得税の一部を税源移譲する」こととされた。また,政府の税制調査会の「平成16年度税 制改正に関する答申」(平成15年12月)でも,「所得税源の移譲が基本であるが,平成16年 度においては,本格的な税源移譲を行うまでの暫定的な措置として,国のたばこ税の税源 移譲を行うことが現実的である」「地方税は,地域における行政サービスの経費を地域住 民がその能力と受益に応じて負担し合うことが基本である。このことから,応益性を介し, 薄く広く負担を分かち合うものであること,さらに,地位的な偏在性が少なく,税収が安 定したものであることが望ましい。また,自主的な課税を行いやすい税体系であることも 重要である」,個人住民税については,地域間の財政力の格差に配意して「今後は税率の フラット化,均等割の充実といった改革を進めていくことが重要である。一方,個人所得 18) 金子宏「租税法(第9版増補版)」弘文堂(2004年)116頁 「納税義務者の不公平に変更する遡及立 法は,原則として許されないと解するべきであろう。」
税に求められる所得再分配機能は,主として国の所得税が担うべきである。」と述べてい る。さらに,平成16年6月に閣議決定された「経済財政運営と構造改革に関する基本方針 2004」は「所得税から個人住民税への本格的な税源移譲の実施にあたっては,応益性や偏 在度の縮小といった観点を踏まえ,個人住民税所得割の税率をフラット化する方向で検討 を行う」としている。 わが国における地方団体間の財政力格差は極めて大きい。住民1人当たりの個人住民税 収は,東京都と島根県や高知県では約3倍の差がある。市町村間では,その格差はさらに 開き過疎地の○○村と比較すると7倍以上の差となる。これは,大都市と過疎地の所得格 差に起因している。 このような,地方団体間の財政力の格差を調整するために地方交付税制度が設けられ, 基準財政収入と基準財政需要の差に基づいて交付税が交付されているが,所得税を個人住 民税に税源移譲をする場合,その仕方によっては,逆格差が生じることになる。そこで, 前記の各答申等にあるような「税率のフラット化・均等割の充実」という方向がでてくる のであろうが,これについては,いくつかの問題点がある。 まず,①税率のフラット化である。これは,税源の移譲額によって大きく異なるが,所 得税率とどう調整するかである。最低税率を現行税率より引き下げないとすれば,すべて の所得階層において増税とならないためには,所得税率とあわせた表面税率の引下げか課 税最低限の引上げが必要となるし,「所得再分配機能は,主として国の所得税が担う」と なれば,さらに難しくなるが,前記「(2)税率のフラット化」で述べたようにこれ以上の 実効税率の引下げにならないことが望まれる。次に,②均等割を引上げることは,現在, 均等割だけの納税者(約500万人)やそれに近い低所得者階層の納税者の理解がどこまで 得られるかである。イギリスの polltax(人頭税)の例もある。また,③執行体制に問題 が生じよう。現行の個人所得課税の国と地方の税源配分は,表面上,税収では 6:4 であ るが,所得税の32%は交付税として地方に交付されるため実質は 4:6 である。それが税 源移譲によってどうなるかである。仮に 1:2 あるいは 1:3 となった場合,執行体制はど のようにするのであろうか。現行の消費税のシステムのように変更するのだろうか,それ とも今までどおりに,地方団体は形式的に賦課通知だけ行い,所得の把握のための税務調 査や資料情報の収集については国に全面的に依存する方法をとろうと考えているのだろう か。 国は所得税行政のために国税職員の約3割を配置し,膨大な経費をかけているが,現行 執行体制を継持し続けるのであろうか。所得税の課税事務はその事務量が厖大あるという だけではなく,その執行が大変難しいといわれているが,担当する国税職員の執務意欲が 低下することはないだろうか,と懸念する。 仮に,税源移譲後も現行執行体制を維持しようとするのであれば,国と地方団体の執行 体制の変更なくしては実施できないだろうし,もし,地方団体が自主課税権を行使し自ら 個人住民税の課税をすると考えているのなら,失礼だけれども過去の実績からみても地方 団体にその能力はない。現行の住民税は,名目上は独立税であるが実質的には所得税の附
加税である。この際,独立税としての名目を捨てて,現行の個人住民税を廃止し,税源移 譲は交付税制度の中で行う方が全体の行政コストも低くなるし,地方団体間の調整を図る うえでも適しているのではないだろうか。また,現行どおりの課税方式をとる場合にあっ ても所得税と個人住民税の課税標準は同じとすべきではなかろうか。所得金額の計算を同 じにしながら所得控除の基礎控除額に少しの差をつけたからといって,その差をつけるこ とにどれほどの意味があるのだろうか。 2 所得の捕捉の現状 (1) 記帳水準 わが国の所得税は,昭和22年から,納税者が自己の責任において税法の規定に従って正 しい課税標準と税額とを計算して税務署長に確定申告をし,その申告した税額を納付する という,いわゆる「申告納税制度」を採っている。そして,この申告納税制度の基盤を築 くため,昭和25年の,シャウプ税制により青色申告制度が創設された。 「青色申告」には種々の恩典を付与し19) , 税務当局はその普及に努めてきたが,所得税 の青色申告の普及割合は,この制度ができてから30年を経過した昭和50年代後半において も50%程度(高額所得者層でも約70%)の膠着状態で推移した。そして,青色申告者でな い20)21) ,白色申告者には不正申告又は申告漏れが多く見受けられたことなどから,申告水 準の向上を図るために昭和59年に,白色申告者に対する記録保存制度,記帳制度,収支内 訳書添付制度,不正申告に対する更正・決定期間の拡大等の改正が行われた。 申告納税制度が適正に機能するためには,納税者自身が,納税意欲をもって継続して正 しく記帳し,恣意を入れずその記帳に基づいて所得金額を正しく計算することが前提であ る。 申告納税制度導入後55年を経た今日においても所得税における青色申告の普及割合は, 19) 平成16年分所得税の青色申告の特典は,青色申告特別控除制度,青色事業専従者給与必要経費算入 制度,純損失の繰越控除制度など55項目を超える。 20) 「青色申告制度が導入された結果,会計帳簿の基礎が整っている法人の場合には昭和25年には早く も50%の青色申告を申請したのに対し,個人の営庶業所得者のうち青色申告者の普及割合はわずか 5%にすぎなかった。これは,①納税者が長い間賦課課税制度に慣らされていたこと,②個人事業 者は記帳習慣が乏しかったこと,③納税者が税務署に対して不信感(せっかくまじめに記帳しても, 税務署がこれを認めてくれるかどうかという感情) を抱いていたことなどがその理由である」 (「税務署の創設と税務行政の100年」税務大学校研究部編〔財大蔵財務協会〕92頁)。 21) 個人(営業,その他事業所得者)の青色申告普及割合。 昭和25年 5% 昭和60年 51% 昭和30年 32% 平成10年 55% 昭和40年 33% 平成12年 54% 昭和50年 53% 平成14年 55% (注)国税庁「統計年報書」による。
約55%(所得金額が1,000万円ぐらいでも70∼80%)22) であるうえ,記帳の不備な者は青 色申告者で約25%,白色申告書で約80%と推定されると聞く。これが,長い間にわたり, 制度,執行両面から納税者の記帳水準の向上のために,講じられてきたいろいろな施策の 結果だとすれば,申告納税制度は定着しているとはいえ,申告水準の上では定着化への頭 打ちの感も否めない。 青色申告をしない理由については,白色申告者や税理士などの話によると,(イ)記帳が わずらわしく,それにさく手間と人件費が大変である。(ロ)記帳をすると税務調査で申告 漏れ(不正申告)が指摘されやすいうえ,その所得について仮装,隠ぺいに該当すると認 定され,重加算税が課されやすい。(ハ)白色申告者であれば申告漏れを指摘されても重加 算税が課されるケースは少ないので,税務調査により増加した税金は,もともと納めるべ きであった税金を納めるにすぎず,いわば“バレモト”だ,税務調査がなければ“マルモ ウケ”だというのである。また,(ニ)税金を払うだけなら正しい所得金額で申告しても良 いが,正しい申告をすると税金だけではすまない。所得金額は,保育所の保育費や国民健 康保険料をはじめあらゆる公的負担の基準とされており,負担が増えて大変だから税務調 査がほとんどない低額の所得金額で住民税の申告だけするというのである。例えば,国民 健康保険料は,所得金額が300万円で最高額の55万円となるなど負担が大きいために本能 的に自己防衛に走るという。これは,納税意識が低いと,簡単に片付けて終れる問題では ない。公的負担の基準をはじめローンの融資基準などあらゆるものの信用判断基準の拠り どころに所得金額が用いられることへの大きな反省材料である。 なお,税務署は白色申告者などの課税処理においては,「記帳のない者や記録があって も断片的な記録しか行っていない者,証拠書類の保存が不十分な者等が相当数いるため, 同業者との比較,立地条件, 事業規模等の大数観察的検討を加味して,所得金額を推計 し」24) 所得税額を算出する。そして,その多くの納税者には当該所得税額による申告奨よ うをし修正申告の提出で完結させているが,更正又は決定処分によるものも少なくないよ うである。この場合,調査の際に提示しなかった帳簿書類を不服審査,訴訟の場で納税者 がはじめて提示し実額反証する作為的なケースがあるようであるが,このようなケースに 対しても,現行法は課税庁に立証責任があるとしているが理解しがたい。 また,税務署が,税務調査による課税処理を申告奨ようによる修正申告の提出に依存し ているのは,不服申立て等を含めた当該事案の完結までに要する投下事務量等を考慮して のことのようであるが,その最大の要因は立証責任の問題である。 22) 個人(営業,その他事業所得者)の所得階層別青色申告普及割合(平成8年分)。 所得金額 200万円以下 40% 所得金額 800万円以下 66% 所得金額 300万円以下 47% 所得金額1,000万円以下 75% 所得金額 500万円以下 53% 所得金額1,000万円 超 84% (注)国税庁「統計年報書」による。
(2) 所得税の申告水準 かつて,昭和40年代・50年代には,所得税は,業種間で課税所得の捕捉に差があると問 題となった。クロヨン(9:6:4)とかトーゴーサン(10:5:3)とかいわれた問題であ る。つまり,給与所得者は源泉徴収の適用を受け,所得のほぼ100%を税務当局に捕捉さ れるが,自営業の事業所得者は所得の5∼6割,農業所得者は3∼4割しか捕捉されてい ない。政治家にいたっては,所得の把握は1割程度であるという税務当局に対する執行上 の批判であった。現在は,給与所得者の課税最低限が高くなり,税率が引下げられて実質 税負担が著しく低くなったためか,耳にしなくなったが,特定の業種の事業所得者や,白 色申告の事業所得者を中心に不正申告をする人が後を絶たないのは事実である。これは, 納税意識の低い人が多いこと23) が原因であろうが,不正申告の手口は経済取引の広域化, グローバル化等に伴って,ますます複雑・巧妙化してきているようである。 しかし,税務当局の公表の調査事例や,あるいは税理士や公認会計士などの専門家の話 を総合してみると,後で述べるが所得の捕捉率に 9:6:4 などというほどの大きな差があ るとは思えないが,不正申告や申告漏れが多いのは事実のようである。 平成14年分の所得税についてみると,修正申告書等を提出したり,更正・決定処分を受 けた納税者の数は延707千人で,これにより増加した総所得金額等は1兆9,923億円(1人 23) 納税者の意識調査 24) 「(3)税務調査の展開 税務調査は,その対象者の業種,業態,事業規模,記帳状況,協力度等に応じ,最も適切な手法 を駆使して実施されますが,経済取引は年々広域・複雑化し,納税者の不正手口も巧妙化しつつあ ります。とりわけ,白色申告者については昭和60年から記帳制度が施行されましたが,記帳等に基 づいて申告するということが従来制度的に確立していなかった等もあって,記帳のない者や記録が あっても断片的な記録しか行っていない者,証拠書類の保存が不十分な者等が相当数いるため,同 業者との比較,立地条件,事業規模等の大数観察的検討を加味して,所得金額を推計しなければな らないことが少なくありません。 ごまかしの犯罪度 少額のごまかしには比較的寛大 14.9 33.4 10.9 18.1 20.5 4.6 42.5 18.0 11.4 20.5 2.4 0.6 1.5 0.7 ①少額の ごまかし ①多額の ごまかし スピード違反 に相当する 飲酒運転に 相当する サギ・横領 に相当する 許される 強盗に相当する 誘拐に相当する その他・ わからない 許されない (問)現金のごまかしについて,あなたのお感じはいかがですか。ごまかした金額が 少額の場合と多額な場合とに分けてお答えください。 (n=2291) (%) (出所)国税庁「税に関する意識調査」(昭和62年6月)