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日本における「学生の県名思考」と韓国における「学生の道名思考」

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Academic year: 2021

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Ⅰ.はじめに

 地理教育は,人間の経済活動における産業立地や地 域別分業,さらには地域に根ざしたビジネス等,多面 的な地域特性の理解を深める際の基盤となる。すなわ ち,地理教育は経済教育とも密接な関係を有するので ある。  しかしながら,日本と韓国では「地域特性に関する 多面的理解」という地理教育が追及すべき本来の方向 性とは異なり,多様な(エントロピー[1]の高い)地 域特性を排除しようとする傾向がある。その典型例が, 国内のさまざまな土地を,その土地の「地名」ではな く,県名(日本)や道名(韓国)で認識してしまう傾 向である。  そこで,本研究ではこうした傾向を,日本の「県名 思考」[2]と韓国の「道名思考」として位置づけ,日本 における「学生の県名思考」と韓国における「学生の 道名思考」の共通点と相違点を,主に「記憶の外部 化」[3]と「競争的教育」という研究視座から比較・検 討する。これにより,日本と韓国の社会における「県 名思考」や「道名思考」の弊害を示唆していくことに する。

Ⅱ. 日本における学生の「県名思考」と記

憶の外部化

 近年,都市を都市名ではなく都道府県名で呼ぶこと が多くなっている。例えば,札幌や旭川を北海道,八 戸や弘前を青森,いわきや郡山を福島,神戸や姫路を 兵庫というようにそれぞれ都道府県名で呼んで済ませ てしまっているのである。とりわけ,県名と県庁所在 地名が同一の県(例えば,青森や福島)では,それが 県名なのか都市名(県庁所在地)なのかが,わからな い状況に置かれている。一方,韓国では道名と道庁所 在地名が同一の名称は「済州」のみである。  これに対して,現在の社会は急速な国際化や価値観 の多様化により多様性(ダイバシティ)を重視する (高エントロピー化の)方向へと向かいつつある。例 えば,企業におけるダイバシティ・マネジメントや, 社会における生物多様性重視の考え方が,こうした状 況に相当する。  その一方で,「地名」に関しては,逆に多様性排除 (低エントロピー化)の方向へと向かっている。日本 を代表する都市(例えば,札幌・仙台・横浜・名古 屋・神戸)であっても,その名称を県名で表現する人 や場面が多くなっているのである。筆者ら[2]は,こ うした傾向を「県名思考」と呼んでいる。筆者ら[2] のアンケート調査では,延岡を宮崎と呼ぶ学生が 52%, 甲府を山梨と呼ぶ学生が 47%,倉敷を岡山と呼ぶ学生 が 46% となっており,ここからも「県名思考」が日 本社会に浸透していることが分かる。  日本において,廃藩置県の直後は 305 の府県(3 府 302 県)があったが,1871 年には 75 個の単位(3 府 72 県)へ,さらに現在の 47 都道府県へと移行した。こ うした日本を分割する枠組みの変化(都道府県数の減 少)により,地名に関する低エントロピー化が進行し た。しかしながら,この時点では日本各地の地域特性 が現在とは大きく異なり,かつ交通手段も未発達で あったため,多くの場合,県の単位よりも小さい単位 での地名が使用されていた。  筆者ら[4]は,こうした「県名思考」が,日本の地 名や地理における多様性・複雑性(エントロピー)を 低下させてくれるという利点があることを指摘してい る。すなわち,県名思考が「低エントロピー源」と なって,日本各地を簡素化した形式で表現することを 可能にするのである。例えば,簡単のために各都道府 県にもし 32 の市町村があるとすれば,全国の地名を 市町村の単位で考えた場合,エントロピーは log47 + log32 = log47 + 5 ≒ 10.555(bit)[5]であるが,全国の

日本における「学生の県名思考」と

韓国における「学生の道名思考」

The Journal of Economic Education No.34, September, 2015

Students’ Thinking by Prefecture in Japan and That by Province in Korea

Kwon, Sunhee Jung, Nyunho

権 善喜(明治大学大学院)

(2)

地名を 47 都道府県の単位のみで考えれば log47 ≒ 5.555(bit)となり,地名の持つエントロピーは大幅 に減少する。そこで,学校でも「地名の低エントロ ピー化」が浸透し,児童・生徒は日本のさまざまな地 域を県単位で認識するようになった。[2]こうした県単 位での認識,すなわち「県名思考」は,県より細かい 単位(市町村)での認識を放棄する方向へと児童・生 徒を向かわせてしまう。今後,もし「道州制」が導入 され,この枠組みが社会に浸透していったとすれば, 日本の地名がさらに低エントロピー化していくことは 明らかである。[2]このように,日本の県名思考(県単 位での都市の同一視)は,地名に関する知識や記憶の 複雑性・多様性を低下させる「低エントロピー源」の 役割を果たしているのである。  とりわけ,近年の急速な ICT(情報通信技術)の発 展[6]にともない,PC や携帯情報端末(スマートフォ ン,タブレット等)が企業のみならず我々の日常生活 でも用いられるようになり,「記憶の外部化」[3]が進 展している。すなわち,人間の情報処理能力に対する コンピュータの優れた特徴[7](高速性・正確性・記憶 性)を利用して,我々は膨大な量の情報を効率的に処 理するとともに,自身の頭脳(揮発性メモリー)に あった「記憶」をコンピュータの(不揮発性)メモ リーへと外部化していったのである。  その典型例が,電子辞書であり,電子辞書は,これ まで人間が記憶しなければならなかった「単語の記 憶」を,機械のメモリー(データベース)へと外部化 させることになる。[3]これにより,我々は難解な単語 の意味や用法,書き方などを記憶しなくても済むよう になると同時に,紙媒体の辞書何十冊分もの情報でさ えも手軽に持ち運ぶことが可能になった。  本研究で焦点を当てる地理(地名)に関する「記 憶」も同様であろう。ICT の発展にともなう,スマー トフォンやタブレットの普及によって,地理に関する 情報が人間の記憶から外部化され,地理に関する記憶 や知識がなくても,必要なときはさまざまな端末を利 用すれば,簡単にそれをカバーすることができるよう になった。これにより「地理に関する記憶の外部化」 が進行し「県」よりも細かい単位での知識が減少して いくのである。  さらに,上記の「県名思考」による県単位でのさま ざまな地域の同一視は,県内の各地域に存在する多様 性を排除してしまい,東日本大震災後の福島県に代表 されるような「風評被害」をもたらすという弊害を生 じさせる。また,地域における古くからの中核都市に とっては,独自の文化や産業が水面下に隠れてしまう ことになる。

Ⅲ.韓国における学生の「道名思考」

 日本でも韓国でも,当然のことながら,地名は地理 教育の最も基本的な学習要素である。すなわち,地名 それ自体が地理教育の目的ではないものの,地名が地 理的な現象を理解する上での基礎的な要素となるので ある。したがって,地名に対する学習は地域認識や空 間認識の手段かつ過程となる。  一方で,地名はある地域の空間的な特性と時間的 (歴史的)な特性を表しているため,韓国では地理教 育を歴史や経済等の教科とともに教授する場合が多い。 しかしながら,韓国では国語・英語・数学を中心とし た「競争的教育」が浸透しており,地理教育は相対的 に疎外される傾向にある。韓国教育部のガイドライン では,総授業時間における国語・英語・数学の 3 教科 の比率が 50%を越えることを禁止しているが,大学 入試では 3 教科が最も重要な位置づけになっているた め,実際には全国の全ての高校が 3 教科に総授業時間 の 50%以上を割り当てている。こうした傾向は,一 般高校よりも大学入試に有利な特殊目的高校(外国語 や科学分野に特化した高校)で顕著である。[8]  また,上記のように,地理・歴史・経済等が「競争 的教育」の中心に位置づけられていないことは,地理 教育に対する十分な学習の機会を奪い取り,地理教育 を断片的な方向に向かわせる要因となる。その結果, 地理教育がめざす本来の方向性(地域特性に対する多 面的理解)とは逆行し,多様な(高エントロピーの) 地域特性を排除しようとする「道名思考」の傾向が学 生の間に広がっている。  ここで,韓国の「道名思考」による地名のエントロ ピーと日本の「県名思考」による地名のエントロピー とを比較すると,韓国には 17 の広域自治団体(特別 市:1,広域市:6,特別自治市:1,道:8,特別自治 道:1)が存在するため,「広域自治団体」単位のみで 考 え た 場 合, 地 名 の 持 つ エ ン ト ロ ピ ー は,log (1+6+1+8+1)=log17 ≒ 4.087bit で あ り, 日 本( 約 5.555bit,Ⅱ節を参照)よりもさらに低い。すなわち, 日本の県名思考よりも韓国の道名思考の方が,より低 エントロピーの地名把握を可能にするのである。  一方,韓国では同姓が多く,例えば「どこのキム (金)」という考え方をする傾向があったため,道名思 考が弱かったが,現在ではこうした考え方をする若年

(3)

層が少なくなったことも,道名思考を強化する要因と なっているものと思われる。すなわち,金海金氏,慶 州金氏,光山金氏,安東金氏,江陵金氏のように,同 性であっても家系の発祥地を考慮し区分することに よって,地理教育とは別に,「道」よりも細かい単位 での地名と,それに関わる基本的な知識を自然に身に つけることができていた。しかしながら,金氏のみで も 100 ヶ所以上の出身地があるため,その複雑性によ り,上記のような考え方をする若年層が少なくなった 結果,細かな地名で地域を把握することよりも,主要 都市を除き,大雑把で包括的に地域を把握する(道名 思考)人々が増えていった。  こうした韓国における「道名思考」は,日本におけ る「県名思考」と表面的には似通っているものの, 「競争的教育」と,家系に対する若年層の意識変化が その主たる要因となっている点で,その心理的メカニ ズムは異なるのである。

Ⅳ.学生の県名思考の分析モデル

 ここまで述べてきた日本の「県名思考」に関して, 筆者ら[4]はどのようなプロファイルの都市に対する 学生の県名思考性が強いかを分析すべく,「県名思考 比率の分析モデル」を提案している。このモデルでは, 県名思考者数を調査対象者数で除した「県名思考比 率」を被説明変数 yk(k:都市),都市のプロファイル を説明変数 xkj(j:要因)と設定し,東京の大学に通う 学生が,どのようなプロファイルの都市(県内第 1 都 市と第 2 都市)を,県名で呼んでいるかについての分 析を試みている。その際,県名思考比率は 0 ≦ yk≦ 1 の値に限定され,かつ S 字型の曲線となることが予想 されるためロジスティック曲線を導入し,(1)式のよ うに定式化している。  (1)  さらに,明治大学の学生 102 名に対するアンケート 出典:総務省統計局ホームページ(http://www.stat.go.jp/index.htm) 表 1 調査対象都市のプロファイルと学生の「県名思考比率」

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の調査データを基に,表1のような日本の主要21都市 (主に,県内第1都市と第2都市)のプロファイルと学 生の「県名思考比率」(県名思考学生数/調査対象学 生総数)との関係を,(1)式のロジスティック回帰モ デルにより推定することにより,東京の大学(明治大 学)に通う学生にとっての「県名思考」の傾向と,そ れに対して都市のプロファイルが与える影響について 分析している。その結果は,表 2 の通りである。  表 2 の結果において「東京都に属する都市か否か」 (a8=- 1.619)の要因がその絶対値が最も大きい値と なっており,これは,アンケートの回答者が東京で学 ぶ明治大学の学生であるため,日常的に 23 区外の東 京都の都市(八王子)を「東京」と呼ばずに都市名で 呼ぶことが多いことによるものと思われる。次いで偏 回帰係数の絶対値が大きい要因は「政令指定都市か否 か」(a4=- 0.549)であり,さらに「東京からの私鉄 が乗り入れているか否か」(a7=- 0.443),「新幹線の 駅があるか否か」(a5=- 0.279)の順となっている。  政令指定都市や新幹線の駅がある都市はそれぞれ知 名度が高いため,県名思考比率が低くなることは当然 の結果であろう。また,東京の中心部から私鉄が乗り 入れている都市(八王子・横浜・小田原)も東京で学 ぶ明治大学の学生にとって身近な存在であるため,県 名思考比率が低くなっているものと思われる。[4]  これに対して「東京から直通の通勤電車が乗り入れ ているか否か」(a6= 0.225)「県名と県庁所在地名が 同一の県に属する都市であるか否か」(a3= 0.188)の 要因は,偏回帰係数がプラスの符号となっており,こ れに該当する都市の県名思考比率が高くなっている。 とりわけ,県名と県庁所在地名が同一の県で偏回帰係 数がプラスの符号となったことは注目すべき点であろ う。こうした県では,県名のみならず県庁所在地名で も同一の名称を耳にするため,県の名称が記憶に浸透 し,県庁所在地以外の都市についても県名で呼ぶこと が多くなることを,上記の結果は示唆している。一方 で,人口が県名思考比率に対してあまり大きな影響を 及ぼしていないこと(a1=- 0.057)は特徴的な結果 であり,これは学生が都市の規模をあまり意識してい ない,あるいは把握していないことを示唆する結果で あろう。  上記のような筆者ら[4]の分析結果より,日本では 国内の主要都市(県内第 1 都市と第 2 都市)であって も,政令指定都市・新幹線の駅を持つ都市や地元の都 市以外は,都市名でなく県名で呼ぶ人が多く見られ, 本研究で注目する「県名思考」の傾向を確認すること ができる。

Ⅴ.「県名思考」と「道名思考」の弊害

 ここまで述べてきた日本の「県名思考」と韓国の 「道名思考」は,記憶や知識の複雑性・多様性を低下 させる「低エントロピー源」としての役割を果たして いる(正の側面)が,その一方で地理(地名)に関す る「記憶の空洞化」や「風評被害」をもたらすという 負の側面も併せ持っている。ここでは,こうした「県 名思考」や「道名思考」のもたらす弊害について検討 していくことにする。  まず,「県名思考」や「道名思考」の浸透による弊 害として,地理(地名)に関する「記憶の空洞化」を 指摘することができる。ICT の急速な発展,とりわけ 携帯情報端末(スマートフォン,タブレット等)の普 及により,「地理に関する記憶の外部化」が進行する ことはⅡ節で述べた通りであるが,こうした「地理に 関する記憶の外部化」の進行により,頭脳の中に記憶 しておかなくても,さまざまな端末から必要なときに 必要な情報を取り出すことができるため,地理に関す る知識が我々の頭脳から消えていくことになる。すな わち,地理に関する記憶の「外部化」が進展した結果, 地名の面では頭脳における記憶の「空洞化」[3]が生じ てしまうのである。このような「記憶の外部化による 記憶の空洞化」が進展し,地理に関する記憶が極端に 空洞化してしまうと,スマートフォンやタブレットが ないと目的地にたどり着けないような人がさらに増加 していくであろう。  また,日本では,県名思考の浸透により「風評被 害」を生じさせる傾向があり,筆者ら[2]は,下記の 表 2 提案モデルにおけるパラメータ・ベクトル a の推定結果[4](重相関係数:0.948)

(5)

ような危険性を指摘している。すなわち,県名思考の 浸透により,本来は多様な性格を持つ県内のさまざま な地域が同一視されることで,県内の限定された地域 の問題が県全体の問題であるかのように認識され,そ の結果として風評被害が拡大してしまうのである。そ の典型例が,2011 年の東日本大震災後の福島県で生 じた風評被害[9]であろう。東日本大震災後,多くの 消費者が福島第一原子力発電所の放射能漏れを心配し て,福島市・郡山市の位置する「中通り」や,会津若 松市・喜多方市の位置する「会津地方」であっても (すなわち,「浜通り」でなくても),福島県産の農作 物・海産物・工業製品の購入や,福島県への観光を控 えるようになり,福島県内の農業や観光業に大きな被 害をもたらしてしまったのである。  福島第一原子力発電所は,福島県の中でも太平洋に 面した浜通り(双葉郡)に位置しており,内陸部の中 通りに位置する県庁所在地の福島市とは 60 キロ以上, 会津若松市や喜多方市などの会津地方とは 100 キロ以 上も離れているにもかかわらず,「福島」という県名 によって福島県の浜通り以外の地域も「福島」として 認識され,必要以上の警戒心を生んでしまった。これ は,明らかに「県名思考」による風評被害であり, 2004 年の東海村の JCO 臨界事故の際にも,福島県と 同様に,茨城県全体の農産物や納豆の売り上げが激減 してしまった。  以上のような議論からもわかるように,日本の「県 名思考」と韓国の「道名思考」は,記憶や知識の複雑 性・多様性を低下させる「低エントロピー源」の役割 を果たすという正の側面と,「記憶の空洞化」や「風 評被害」をもたらすという負の側面を併せ持つのであ る。

Ⅵ.おわりに

 本研究では,さまざまな地域を「地名」ではなく, 県名や道名で認識してしまう日本の「県名思考」[2] 韓国の「道名思考」に注目し,日本における「学生の 県名思考」と韓国における「学生の道名思考」の共通 点と相違点を,主に「記憶の外部化」[3]と「競争的教 育」という研究視座から比較・検討した。これにより, 日本と韓国の社会における「県名思考」や「道名思 考」の浸透が,①多様な地域特性の排除,②地理(地 名)に関する「記憶の空洞化」③「風評被害」といっ た弊害を生じさせることを示唆した。  今後は,日本と韓国において学生のみならず幅広い 年代の「県名思考」と「道名思考」の実態を調査し, 地域によるこれらの差異に関して継続的な分析を行っ ていきたい。 図 1 福島県の浜通り・中通り・会津地方[10]

(6)

参考文献

[1] Shannon,C.E.,“TheMathematicalTheoryofCommuni-cation”,The Bell System Technical Journal,Vol.27, pp.379-423,623-656,1948 [2] 下林大造,山下洋史,権善喜:“「県名思考」による地名 の低エントロピー化とその弊害 ”,日本経営システム学会 第 51 回全国研究発表大会講演論文集,pp.274-275,2013 [3] 山下洋史,村山賢哉 “ 工業社会における技能の外部化と情 報社会における記憶の外部化 ”,日本経営システム学会第 49 回全国研究発表大会講演論文集,pp.98-101,2012 [4] 山下洋史,下林大造,権善喜:“「学生の県名思考」と都 市のプロファイルとの関係 ”,日本経営システム学会第 52 回全国研究発表大会講演論文集,pp.186-189,2014 [5] Abramson,N.(宮川洋訳):『情報理論入門』,好学社, 1969 [6] 明治大学経営品質科学研究所編:『経営品質科学の研究― 企業活動のクォリティを科学する』,中央経済社,2011 [7] 山下洋史:『情報管理の基礎』,東京経済情報出版,2007 [8](韓国)ファイナンシャル・ニュース,インターネット版, 2014 年 10 月 30 日の記事(http://www.fnnews.com/news/ 201410300849228980),2015 年 3 月 12 日アクセス [9] 高橋太一:“ 放射能汚染被害下における農業の経営倫理問 題 ”,日本経営倫理学会第 20 回研究発表大会予稿集, pp.53-58,2012 [10]財団法人「福島県農業振興公社」(http://www.fnk.or.jp/ farm/index.html)

参照

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