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伊丹市昆虫館における阪神・淡路大震災の被災記録

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33 伊丹市昆虫館研究報告 第3号 2015 年 3 月

伊丹市昆虫館における阪神・淡路大震災の被災記録

奥山清市

伊丹市昆虫館

Record of the Great Hanshin-Awaji Earthquake

at Itami City Museum of Insects

Seiichi OKUYAMA

Itami City Museum of Insects

(2015 年 3 月 15 日受理) 1. はじめに  1995 年 1 月 17 日、阪神・淡路大震災(以下「震災」) により伊丹市昆虫館(以下「当館」)は甚大な被害を受け、 約 9 ヶ月の休館を余儀なくされた。20 年後の今、震災 で被災し施設復旧に尽力したスタッフは、異動や退職で 一部の臨時職員を除きすでに在籍していない。筆者が採 用されたのも、震災後の 1995 年 10 月である。  震災時の当館における被害状況を再認識し、復旧がど のように行われたかを詳細に知る事は、震災の経験を風 化させないために必要であり、今後の防災・減災対策に も活かす事ができる。そう考え、被災当時の当館スタッ フである坂根隆治、後北峰之、両氏から話を伺い、本稿 にまとめた。 2. 阪神・淡路大震災と伊丹市内の被害状況  1995 年 1 月 17 日午前 5 時 46 分、淡路島北部地下 14㎞を震源とする大地震(兵庫県南部地震)が発生した。 「阪神・淡路大震災」と呼称されるこの大災害は、兵庫 県を中心に甚大な被害をもたらした。  伊丹市は、震災の中心地から外れた場所に位置してい たものの、震度 6 と推定される大きな揺れがあり、死者 23 人、重傷者 226 人、軽傷者 2,490 人の人的被害があっ た(伊丹市 1997)。また、家屋全壊は 1,395 棟(2,432 世帯)、半壊は 7,498 棟(14,360 世帯)、一部損壊は 19,833 棟(35,985 世帯)だった(伊丹市 1997)。 3. 伊丹市昆虫館の被害状況 3-1. 地震発生直後の対応について  05:46 地震発生  06:00 坂根副館長(当時)が到着・被害確認  06:10 坂根が電話で伊丹市に被害報告  06:30 電話が不通となる  07:00 後北らが合流、被害確認と応急処置を開始  07:30 坂根が伊丹市役所災害本部に出向き報告  その後、集まってきたスタッフが手分けして、ボイラー 等の機器やガス・電気等の安全確認、被害の調査、余震 への対策等を順次実施した。 3-2. 建物への被害  基礎地盤が液状化し側方流動したため、本館に付属す る形で建てられていたハイビジョンホール(現在は映像 ホールに呼称変更)やチョウ温室への被害が大きかった。 ハイビジョンホールは西へ約 15㎝、北へ 8㎝水平移動し、 床面が約 30㎝沈下したため、他室との接合部が大きく破 損した(図 1)。チョウ温室では、基礎の境目の部分が 3 〜 12㎝水平移動し、40 〜 50㎝陥没したため、園路と石 積みの一部が崩壊し、池と川の防水シートが破損した(図 2)。また、温室の鉄骨とサッシにもゆがみが生じ、温室 側面部のガラス約 10 枚に破損やひび割れが見られた(図 3)。余震による新たなひび割れの発生や、破損部位の拡 大等があったが、幸いにも温室天井部にあるガラスの破 損や落下は無かった。 図 1 床の破損(ハイビジョンホール) 問い合わせ先 〒 664-0015 伊丹市昆陽池 3-1 伊丹市昆虫館        e-mail: [email protected]

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34 奥山清市 3-3. 建物への被害  建物の位置が動いたため、電気ケーブルの伸びや、配 管パイプ等の断裂が見られた。電気とガスは安全装置が 正常に作動したため、地震後程なく使用可能となった。  しかし、チョウ温室暖房用の温水配管が破断したため、 温室内の暖房が長期間使用できなくなり、温室内で放飼 しているチョウ類や栽培植物の一部が死亡、枯死した。 3-4. 館内の展示物・収蔵物等への被害  具体的な被害としては、ハイビジョンホール内映像機 器の損傷、拡大ジオラマの昆虫模型 10 点の破損、展示 水槽の落下による破損、学習室における書架の転倒(図 4)、非常階段の破損(図 5)、壁のひび割れ(図6)等があっ た。幸いな事に、展示室内の昆虫標本には大きな破損は 認められなかった(図 7)。標本庫・収蔵庫では、棚に納 められていた標本箱が地震の揺れで動いたものの、棚よ り落下したものはなく被害は軽微だった(図 8)。しかし、 作業中で床や机に平積みされていた標本箱は、崩れて落 下したため破損した(図 9)。  3 階の事務室・研究室では、固定が不十分だった書架 や物品棚の大半が倒れ、中身が飛び出し散乱した(図 10)。対照的に 1 階の飼育室では棚が倒れなかったため、 大きな被害はなかった(図 11)。 図 2 チョウ温室の破損 図 3 割れたガラス(チョウ温室) 図 4 転倒した大型書架(学習室) 図 5 非常階段の破損 図 6 壁のひび割れ(第2展示室) 図 7 被災直後の展示室(特別展示室)

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35 伊丹市昆虫館における阪神・淡路大震災の被災記録 3-5. 生体資料等への被害  震災前日のチョウ温室には、亜熱帯のチョウ類を中心 に 13 種 700 頭のチョウが飛んでいた。震災で温室のガ ラスが割れた事で、沖縄産チョウ類の屋外逃亡が懸念さ れたが、気温の低い朝のうちに古い展示パネルを再利用 し応急処置を行ったため(図 12)、野外へ逃げ出した個 体はなかった。しかし、先述した温水配管の破損により 暖房が不可能となり、温室内の最低気温が 2℃まで低下 した(通常時の管理温度は最低 17℃)。そのため、チョ ウの産卵数及びふ化数が激減し、2 月末の段階で温室内 を飛ぶチョウの数は通常の三分の一程度にまで減少した (坂根 1995, 後北 2008)。また、水槽の落下や濾過装置 の破損のため、タガメやゲンゴロウ、ゲンジボタル幼虫 等の水生昆虫も、多数が死亡した(後北 1995)。 3-6. その他の影響  標本庫・収蔵庫にある昆虫等標本類への被害は軽微 だったが、震災から 5 ヶ月経過した 1995 年 6 月頃、標 本庫内でカビの発生が見られた。原因は空調機の故障に よるものであり、震災からの復旧作業に忙殺される中で、 空調機の動作不良に気づくのが遅れたのが原因である。 しかし、幸いにもカビの発生は初期段階であったため、 深刻な事態になる前に除去する事ができた。  また、当館の再開館とその時期について見通しがたた ない状態であったため、飼育や受付業務を行っていた臨 時職員の多くが解雇通告を受けた。さらに当時の職員は 伊丹市からの出向であったため、学芸スタッフのリー ダー格であった後北は、2 月末付けで伊丹市震災復興推 進班へ異動となり、人員補填等の措置はなかった。  雑多な業務、マンパワー不足、そして不透明な今後等、 様々な不安要素と日々直面しながら、残されたスタッフ は当館の復旧を行わなくてはならなかったのである。 4. 施設の復旧について  建築物の被害状況調査は、伊丹市の建築課を中心に行 われた。しかし当館には特殊な設備が多いため、建築施 図 8 被災直後の標本庫 図 9 破損した昆虫標本(標本庫) 図 10 被災直後の研究室 図 12 割れたガラスの応急処置(チョウ温室) 図 11 被災直後の飼育室(第 2 蝶飼育室)

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工業者にも調査を依頼し、復旧工事の設計と見積書の作 成も平行して進められた。復旧工事では、被害を甚大な ものにした液状化現象による側方流動への対策として、 基礎が損傷した所には新たな基礎杭 20 本を深さ 8.3m まで打ち、さらに建物の周囲に保護と補強のための鉄矢 板を打ち込んだ ( 図 13)。  復旧工事の着手は 1995 年 6 月 15 日、完了は同年 9 月 30 日、震災復旧後の再オープンは同年 10 月 22 日だっ た。休館期間は 278 日にも及んだ(坂根 1995)。復旧工 事の総費用は、125,999,000 円。その三分の一にあたる 41,999,000 円は、財団法人阪神・淡路大震災復興基金(私 立博物館災害復旧事業補助金)の交付を受けた。 5. おわりに  当館の復旧には、多額の費用を捻出する必要があった。 そのため、施設の存廃論もあったと聞き及んでいる。そ れを覆し、復旧工事の予算化や各種補助金の申請を可能 にしたのは、伊丹市職員の方々の理解と協力があったか らである。また、当館が 1990 年 11 月に開館してから 震災までの 4 年 2 ヶ月間に、959,449 人の方に入館して 頂いた。この方々が当館の価値を認め、今後を期待して くれたからこそ、予算化が可能だったという事も忘れて はならない。伊丹市と伊丹市民、さらに市外からの利用 者の皆様に当館が「必要」とされたからこそ、復旧でき たのである。これは、当館の先人達の仕事が認められた からであり、それがなければ震災時に廃館、閉館となっ ていただろう。  阪神・淡路大震災や東日本大震災規模の大災害は、必 ずまたどこかで起きる。これは、目を背けてはならない 現実である。いざという時、博物館は2つの命を守らな くてはならない。ひとつは来館者やスタッフの人命、も うひとつは博物館としての命である博物館資料である。 そのための最も有効な手段は、やはり「平時の備え」な のではないだろうか。  筆者も館長として、職員の防災意識の向上や避難訓練・ 防災訓練の実施、耐震補強工事等、様々な「平時の備え」 の充実に力を注ぐ所存である。  そして、行政、市民、利用者から「必要」とされる昆 虫館であり続ける事に全力を尽くすつもりである。その 積み重ねが博物館を守る事にも繋がる事を、当館の震災 からの復旧は教えてくれている。これも、重要な「平時 の備え」だと言えるのではないだろうか。 謝辞  本稿をまとめるにあたり、貴重な資料の提供と助言を 頂いた伊丹市昆虫館元副館長坂根隆治氏、ならびに前館 長後北峰之氏にお礼を申し上げる。 引用文献 伊丹市(1997)災害と対応の記録 阪神・淡路大震災 . 伊 丹市災害対策本部 , 兵庫 坂根隆治(1995)伊丹市昆虫館が 278 日ぶりオープン . インセクタリゥム 25:329 後北峰之(1995)阪神大震災による伊丹市昆虫館の被災 状況 . インセクタリゥム 25:85 後北峰之(2008)博物館における災害への備え 大地震 に遭遇した伊丹市昆虫館 . 全科協ニュース 38(5): 1-4 図 13 復旧工事の様子

参照

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