5 京都女子大学生活福祉学科紀要 第9号 平成 25 年(2013 年)2月 井上先生から,数多くのことを教わった。不肖未熟の 身だが,お会いして良かったといえることがたくさんあ る。とりわけ,教育とはどうあるべきか,介護福祉教育 とはいかにあるべきか,これを強く学んだ。そして,も うひとつ,介護における家政学の意義である。介護の本 質とは何かを考え続けてきたが,井上先生と会うことな くして,今日の見解は成り立たなかっただろう。 介護の本質を,家政学の視点から体系化していく重要 性を,一貫して述べてこられたのが井上千津子先生である。 先生は,介護を「生活行為を成立させる援助を通して, 命を護り,生きる意欲を引き出し,生活を維持する」と 定義された。その上で,「介護における家事機能の意義」 として,次の 8 点を指摘されている。 ①生活手段の整備は,命を護り,生きる意欲を引き出 すうえで,基本的条件である。 ②家事援助をどのように行ったかというプロセスのな かで,高齢者自身の生き方の承認や自分らしさの表現が 保障される。 ③生活基盤の整備は,介護予防に結びつく。 ④家事機能の回復により,より主体的な生活行動を拡 大していく。 ⑤家事機能の遂行による他者の評価は,生きる意欲を 引き出していく。 ⑥家事援助によって社会との交流性を高める。 ⑦家事援助を通して,家族の発達を援助する。 ⑧家事援助を通した生活文化の伝承。 井上先生を除けば,全体として,これまでの介護理論 においては看護研究の応用が中心であった。今もって, 家政学研究は介護教育においては補助的な立場におかれ ているのが現状である。 介護において家政学がいかに意義をもっているかを, 絶え間なく教育されてきた井上先生にとって,介護福祉 教育における生活援助の後退は耐え難いものがあったと 思われる。「家政概論」をはじめとして家政学と関連す る教育科目が介護福祉教育から姿を消す。かわりに「喀 痰吸引」をはじめとした医行為の一部が介護業務に位置 づけられ,同時に介護福祉士養成カリュキュラムにおい て必修科目となる。 これらの政策動向は井上先生の思想とは相容れないも のであろう。 井上先生がいつも学生に伝授されていたことがある。 すなわち,「生活」とは「生命の活性化」である。「生 活」を支える介護職にとって「合理的」で「科学的」な 家事技術を学ぶことは「生活」の本質を理解することで ある。単に生活行為を介助するのではない。その人の生 きてきた時代を,生活文化を理解し,生活技能を学ぶこ とによって,高齢者自身の生き方,その人らしい生き方 の支援へと接近しうるという内容である。 そして,生活基盤の整備があって介護予防に結びつく ということ,家事機能の回復があって,より主体的な生 活行動が拡大していくということ,同時に高齢者の関心 を社会的に広げるという,いわば家事機能の意義を介護 の本質に照らして述べておられた。 また,先生のホームヘルパー時代の経験談は,多くの 学生の心を沸かせていった。入学まもない学生の多くは 衣食住の三大介助が介護だと思いこんでいる。その学生 たちに,生涯,その人らしく生きていくためのノーマラ イゼーションのあり方を,生きた言葉で教授されていた のが井上先生である。学生だけではない。先生の主体的 力量ゆえに切り開くことのできた介護の夜明け談話は, 聴く者に絶えず介護とは何かを思い起こさせ,原点に立 ち戻らせていった。 いま,多くの介護労働者の仲間が働きがいを見失い, ともすれば時代に流されようとしている。そうした時だ からこそ,先生には全国を巡回して,多くの仲間に働く 意欲を沸きあがらせて頂きたいと思っている。そして, これからも,一人でも多くの学生に‘学生があこがれる 素敵な女性‘として,いつもでも教壇に立っていただき たいと願っている。 最後に,私事だが先生の漬け物が味わえなくなるのが 残念である。そして,落語を語る機会が減ることが残念 である。しかし,先生の後を追うことはできない。
井上先生の思い出 : 介護における家政学の意義
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