第
5 章 衝突強度に応じた衝突頻度推算式
前章までに、粒子とインペラの衝突現象に即した基礎的な衝突頻度予測モデルを導出したものの、 しきい値の影響は議論してこなかった。そこで、本章では、しきい値の影響も考慮した衝突頻度予 測モデルの構築を行う。さらに、しきい値と衝突強度の関係を明らかにすることで、衝突強度に応 じた汎用性のある推算式の導出を試みる。5.1 実効衝突回数 Y
3.2 の Eq. (3)式に示したように、単位時間、粒子 1 個あたりの衝突頻度 RP [s-1]は、理想的なインペ ラ通過頻度ωideal [s-1]と実効衝突回数 Y [-]の積で表現できる。さらに、Y は衝突確率 P [-]の他、理想 通過頻度ωidealの補正係数ω* [-]、連続衝突回数 S [-]の 3 因子で構成されるとした。(
PS
)
Y
R
* ideal ideal P=
ω
=
ω
ω
(3-1a) ここで、衝突の有無はしきい値に基づいて判定されるため、あるしきい値Xθより大きなピーク高さ X を示す衝突頻度 RPは、Xθの関数としてRP (X > Xθ)のように表現できる。また、ωidealおよびω*は しきい値Xθに依存せず、P、S はしきい値の関数となるため、Eq. (3-1a)を略さずに表記すれば次式 のようになる。(
X
X
θ)
Y
(
X
X
θ)
R
P>
=
ω
ideal>
(
) (
)
{
⋅
P
X
>
X
θ⋅
S
X
>
X
θ}
=
* idealω
ω
(3-1b) したがって、現象に即した推算式の導出には、Y を構成する3 因子を別々にモデル化することが望ましい。しかし、現時点ではこれらの因子を個別に測定して十分なデータを得ることは難しく、各 因子を分離して表現することも困難である。そこで、本研究ではY のまま取り扱い、推算式導出の 際に各因子の存在を考慮することとした。
5.1.1 Y のしきい値依存性
Y の推算式構築にあたり、まず Y のしきい値依存性から検討する。3.1 で述べたように、衝突頻度 RPと操作条件の関係は、採用するしきい値に応じて変化する可能性がある。すなわち、Y と操作条 件の関係が、しきい値に応じて変化しうる。これを示したのが、Figures 5-1 から 5-3 である。図は、 粒子にそれぞれ3.2mm 粒子、Nylon 粒子、Glass 粒子を用いたときの Y (X > Xθ)としきい値 Xθの関係 の例を示したものである。これらの図から、Y は Xθの減少に伴って増加し、やがて一定値に漸近す ることが予想される。また、Figure 5-1 から、しきい値をたとえば Xθminに固定することで得られる Y と固液密度差⊿ρの関係は、別のしきい値を採用すればその大小関係が逆転し、全く成立し得な いことがわかる。それに対し、Y と粒子径 dPの関係は、しきい値を変えてもその大小関係まで変化 することはない。しかし、定量的な推算を試みる場合には、しきい値の影響を無視することはでき ないことがわかる。たとえば、Figure 5-3 において、Xθ=XθminとしたときのY と粒子径の関係にな ぞらえて、Xθ=10 における Y の値を推算することはできない。したがって、任意の実験系に適用し うるY の推算式を導出するには、しきい値に応じた定量化が不可欠であるとわかる。そこで、この ようなしきい値依存性を示す原因となるY のピーク高さ分布について検討する。5.1.2 Y のピーク高さ分布
Figure 5-4(a)は、インペラにディスクタービン翼、粒子に 3.2 mm Al 粒子を用い、回転数を 18.5 s-1 としたときのY のピーク高さ分布のヒストグラムである。グラフの縦軸は、ある区間のピーク高さx ≤ X < x +⊿xを示す実効衝突回数Yの値を示しており、Xθ以上の縦軸の値を合計したものがY (X > X θ)に等しくなる。したがって、こうした Y の分布関数が明らかとなれば、ピーク高さに応じた Y (X > Xθ)の推算も可能になると予想される。そこで、この分布についてさらに検討するため、ピーク高さ X の対数を横軸として、(a)図のピーク高さ分布を描き直したグラフが Figure 5-4(b)である。図中の 青色の破線は、対数正規分布に基づく回帰曲線を表す。これらの図からわかるように、Xθmin以下の 分布形状は明らかではないが、Xθmin以上の形状およびピーク高さX は非負であることから、ディス クタービン翼においては、X は対数正規分布に従うと仮定できる。また、こうした分布形状は、ピ ッチドパドル翼についても成立すると予想される。Figure 5-5 は、インペラに 6 枚ピッチドパドル 翼、粒子に3.2 mm Nylon 粒子を用い、回転数を 13.5s-1としたときのY のピーク高さ分布のヒストグ ラムである。こうした分布は、衝突音のピーク高さX が衝突強度の関数であり、衝突強度が対数正 規分布に従うために得られたと思われる。そこで、このピーク高さ分布を利用して、ピーク高さと 衝突強度の関係式の導出を試みたのが次節である。
5.2 衝突音のピーク高さと衝突エネルギー
任意単位のピーク高さX [a.u.]と衝突強度の関係を明らかにするため、本研究ではまず、衝突エネ ルギーE [J]を次式のように定義した。 2 3 Pρ
6
2
1
⊥⋅
=
π
d
∆
v
E
(5-1) ⊿ρは固液密度差であり、v⊥は衝突の瞬間における粒子と羽根との相対速度の羽根垂直成分と定義 する。衝突エネルギーの定義に衝突速度の羽根垂直成分を用いたのは、衝突音は羽根の減衰振動に 起因する音であり、衝突音のピーク高さは、羽根垂直成分に依存すると考えられるためである。し たがって、X と E を対応付けるには、X と v⊥の関係を明らかにすればよい。そこで、各操作条件の 最大衝突エネルギーE maxと最大衝突速度v⊥, maxの関係に着目した。まず、E maxを与えるv⊥の最大値v⊥,maxは、インペラ先端速度vtipに等しいと仮定する。それに対し、
E maxを受けたときの最大ピーク高さX maxは次のように定義した。Figure 5-4, 5 に示したように、ピー
ク高さ分布は対数正規分布に従うとみなしたが、対数正規分布は横軸変数が正の範囲で無限に値を とりうるため、本来、横軸変数の最大値を決定することはできない。そこで、対数正規分布を標準 正規分布に変換したときの横軸変数Zが2.58となるピーク高さを、最大ピーク高さX maxと定義した。 これは、標準正規分布の性質より、Z が2.58 以上の値をとる割合は全体の 0.5%にすぎないことか ら定めたものである。この定義の妥当性には今後の検討を要するものの、X maxをこのように定める ことで、X maxと操作条件の関係を次式のように相関できる。 3 . 0 4 . 0 f 3 . 0 7 . 2 P 0 . 1 max , max
ρ
µ
− ⊥⋅
⋅
⋅
⋅
=
k
v
d
∆
ρ
X
x (5-2a)ρfは液密度、μは粘度である。このEq. (5-2a)と Eq. (5-1)から vtipを消去し、Emaxに対して整理し直
せば、EmaxとX maxの関係式が得られる。 6 . 0 8 . 0 f 4 . 0 2.4 P 0 . 2 max max= ⋅ ⋅ ρ ρ ⋅µ − − ∆ d X k E e (5-2b) さらに、衝突部位によらずE と X はEq. (5-2b)に準じた関係にあるとみなすことで、本測定法で得 られたピーク高さX を衝突エネルギーE に変換することが可能となる。なお、kx、keはインペラ固 有の係数であり、本測定で使用したディスクタービン翼についてはkx = 1.0×105、ke = 2.6×10-11、6 枚ピッチドパドル翼についてはkx = 1.3×105、ke = 1.7×10-11となった。 この式の妥当性を検証するため、衝突音のピーク高さと衝突条件について報告した既往の研究結 果(Hidaka et al., 1991; Hirajima et al., 2001)との比較を行った。Hidaka et al.(1991)は、空気中におけ る周辺固定円板と粒子との衝突実験を行い、円板からの衝突音は、円板と粒子が衝突した瞬間に生 じるインパルス性の放射音と、それに続く円板の減衰振動音からなると報告している。さらに、実 験結果に基づき、インパルス性の放射音のピーク音圧X Iは、粒子径dPおよび衝突速度v⊥と以下の
0 . 2 P 12 . 1 I
v
d
X
∝
⊥⋅
(5-3) また、同じく空気中で円板と粒子の衝突実験を行ったHirajima et al.(2001)は、以下の実験式を報告 している。 738 . 0 P 372 . 0 P 353 . 0 P 49 . 2 P 27 . 1 Iv
d
ρ
ξ
ε
X
∝
⊥⋅
⋅
⋅
⋅
(5-4) ξPはヤング率、εPはポアソン比を表す。これらの式は、インパルス性の放射音圧に関する式であ り、羽根の減衰振動音に起因して発生すると考えられる本研究のピーク高さX とは異なる。しかし、 Hidaka et al.(1991)によれば、インパルス性のピーク音圧と円板の減衰振動音の最大音圧とは比例関 係にあることから、本研究においてもEqs. (5-3)や(5-4)に準じたべき数関係が成立すると思われる。 実際にEqs. (5-3)、(5-4)と Eq. (5-2a)を比較すると、Eq. (5-2a)は既往の研究におけるべき数関係と大き く相違していないことが確かめられた。したがって、Eq. (5-2b) を用いることで、本測定で得られ たピーク高さX に対応する衝突エネルギーE を推算できると思われる。 この変換式の精度には今後のさらなる検討が必要と考えられるが、同式により、本測定で得られ るピーク高さX と衝突エネルギーE を自由に変換できることから、以降では、X は原則として E に 変換して表記する。これにより、物理的な意味のはっきりしないピーク高さX に代わり、物理的な 意味の明確な衝突エネルギーE を用いて、衝突強度に応じた衝突頻度を表記することが可能となる。5.3 衝突エネルギーに応じた実効衝突回数の推算
Figure 5-6 は、前節で導出した E‐X 変換式を用い、衝突エネルギーE の対数を横軸として、Figure 5-4(b)のヒストグラムを描きなおしたものである。図から、衝突エネルギー分布も対数正規分布に従 うと仮定できることがわかる。また、縦軸のf(lne)は、ある区間の衝突エネルギーlne ≦ lnE < lne + ⊿ (lne)を示す実効衝突回数 Y の値を階級幅⊿(lne)で除した値であり、
( )
(
( )
( )
)
e ∆ e ∆ e E e Y e f ln ln ln ln ln ln = ≦ < + (5-5)f(lne)と⊿(lne)の積を lnEθから+∞まで合計したものが、Y (lnE > lnEθ)に等しくなる。したがって、
このような関数f(lne)が求まれば、衝突エネルギーに応じた実効衝突回数 Y (E >Eθ)は、f(lne)を lnEθ
から+∞まで積分することで推算できる。
(
E
E
) (
Y
E
E
)
f
( ) ( )
e
d
e
Y
θ E θln
ln
ln
ln
ln∫
+∞=
>
=
>
θ (5-6) そこで、関数f(lne)の表記法について検討を進める。前述のように、衝突エネルギー分布が対数正規 分布に従う、すなわちlnE が正規分布に従うとみなすことで、f(lne)を正規分布の確率密度関数 g(lne) を用いて表現することが可能となる。ただし、f(lne)と g(lne)には一つの相違点がある。g(lne)の描く 曲線下部の全面積は1 であるのに対し、f(lne)の全面積は 1 とは限らない点である。そこで、f(lne)の 全面積をYallと定義し、g(lne)に Yallを乗じた以下の式でf(lne)を表現した。( )
( )
(
)
(
)
−
−
×
=
×
=
2 SD 2 mean SD all allln
2
ln
ln
exp
ln
2
1
ln
ln
E
E
e
E
Y
e
g
Y
e
f
π
(5-7)( ) ( )
ln
ln
(
0
)
all=
∫
=
>
∞ + ∞ −f
e
d
e
Y
E
Y
(5-8) Emeanは対数正規分布の平均であり、その操作条件における衝突エネルギーの最頻値を示している。 また、ESDは標準偏差であり、最頻値からのばらつきの程度を示す。一方、f(lne)の描く曲線下部の 全面積Yallは、その定義から、しきい値Eθを0 J としたときの実効衝突回数 Y (E > 0)に等しい。すな わち、理想的な頻度でインペラ近傍に来たと仮定した粒子が、衝突エネルギーの大小を問わず、実 際に羽根と接触した回数を表す。そこで、このY (E > 0)を実効接触回数 Yallと定義した。なお、Yall はY (E ≧ 0)ではなく Y (E > 0)であり、衝突エネルギーが 0 となるような衝突回数、すなわち粒子 が羽根と羽根の間をすり抜ける回数は含まれていないことに注意を要する。このYallが1 になると は限らないという傾向は、Y (X > Xθ)としきい値 Xθの関係を示した前述のFigures 5-1, 3 にも現れてように、Xθ→ 0 において明らかに 1 を超えると予想される場合もあれば、4.0mm Glass 粒子のよう
に、1 以下になると予想される場合もあることがわかる。これは、Y がω*、P、S の積であり、連続 衝突する場合などにY は1 を越えることがあり、粒子が理想的な頻度でインペラ近傍に到達しない 場合、あるいは実際に到達しても、粒子が羽根と羽根の間をすり抜ける場合には、Y が1 以下の値 をとり得るためと考えられる。
以上の特徴をもつ3 変数 Emean、ESD、Yallが求まればf(lne)が定まり、Eq. (5-6)の積分計算によって、
衝突エネルギーに応じた実効衝突回数Y(E >Eθ)を推算することが可能となる。そこで、次節では さらに、実験条件からこれらの3 変数を推算する方法について検討を進める。 なお、Eq.(5-6)の積分計算には、正規分布の確率密度関数 g(lne)の積分が必要となるが、g(lne)の積 分関数は初等関数では表せない。そこで、正規分布を標準正規分布に変換し、標準正規分布表ある いはExcel 関数などを利用した積分計算を行った。すなわち、正規分布の平均および標準偏差に相 当するln Emean、ln ESDを用いて、lnE を SD mean ln ln ln E E E Z = − (5-9) のように標準化すると、Z は平均0、分散 1 の標準正規分布に従う。この分布の Zθ= (lnEθ−ln Emean) / ln ESDから+∞までの積分値G(Z > Zθ)は、標準正規分布表あるいはExcel 関数などを用いて計算
できる。したがって、このG(Z > Zθ)に実効接触回数Yallを乗じれば、求めるY(E >Eθ)が得ら
れることになる。
(
E Eθ)
Y G(
Z Zθ)
Y > = all × > (5-10)
5.4 対数正規分布の平均 E
mean
および標準偏差
E
SD
各操作条件のEmean、ESDおよびYallの値は、Figure 5-6 に示すように、実験的に得られた衝突エネ
のうち、対数正規分布の平均Emeanは、最大衝突エネルギーで無次元化することで、粒子レイノルズ 数Re を用いて次式のように整理できた。なお、最大衝突エネルギーは、Eq. (5-1)における衝突速度 の羽根垂直成分v⊥にインペラ先端速度vtipを用いた値と定義し、本研究ではEtipと表す。また、Re 算出に要する粒子と流体の相対速度にもvtipを使用した。 8 0 1 tip mean
k
Re
.E
E
=
− (5-11) µ ρfvtipdP Re= (5-12)Figure 5-7 に、インペラにディスクタービン翼を用いたときの Re と Emean/Etipとの関係を示す。
一方、標準偏差ESDの対数値ln ESDも、Re を用いて次式のように整理できた。 3 . 0 2 SD
ln
E
=
k
Re
(5-13) Figure 5-8 に、Re と ln ESDとの関係を示す。なお、k1、k2は、インペラ形状に固有の係数であり、本 測定で用いた寸法比のディスクタービン翼についてはk1 = 64、k2 = 0.080 となった。 また、Re が増加するほど Emean / Etipが減少し、かつln ESDが大きくなるのは、次の理由によると考えられる。平羽根タービン翼に対する粒子の羽根衝突位置を測定したKee and Rielly(2004)、Takahashi et al.(1992)によれば、衝突位置は操作条件によらず羽根の外側下部が中心となり、回転数 N の増加 に伴いタービン翼全体に広がる傾向を示す。また、Takahashi et al.(1992)によれば、粒子径 dPの増加
は衝突領域を劇的に小さくするが、Kee and Rielly(2004)は、羽根のディスクより下部については、
dPの増加に伴い衝突位置は羽根全体に広がると報告している。この相違は、Takahashi et al.(1992)の
実験条件では、粒子が槽内を十分懸濁していないために生じたと考えられ、粒子が十分に懸濁する 条件までを扱う本測定範囲では、Kee and Rielly(2004)の結果と同様に、dPの増加に伴い衝突位置は
一様に広がると思われる。したがって、N や dPの増加に伴い、衝突位置は羽根全体に広がり、様々
置き換えても成立すると考えられることから、Re の増加に伴い、Etipに対するEmeanが減少し、かつ 衝突エネルギーのばらつきの程度を表すln ESDが増加すると考えた。
5.5 実効接触回数 Y
all
Re のみで表現できる EmeanとESDに対し、Yallには複雑な表現が必要となる。以下で、その導出過 程を示す。 前述のように、Yallはしきい値エネルギーを0 J としたときの実効衝突回数 Y (E > 0)に等しく、Y は既往の研究における衝突確率P そのものに相当する。また、本モデルにおいても、Y は P の関数 となっている。そこで、Yallの定式化にあたり、まず既往の研究におけるP のモデルを参考とした。1.2.2 で述べたように、既往の研究(Gahn and Mersmann, 1999; Kee and Rielly, 2004; Ploß and Mersmann, 1989; Yokota et al., 1999)では、P の導出に集塵分野のターゲット効率ηの概念を利用する ことが多い。中でも、障害物に円筒を用いたときのターゲット効率ηcのモデル式を、粒子と翼の衝 突にあてはめてP を定式化する手法が多用される。このηcは、慣性力による流線からのずれの程 度を表す慣性パラメータを用いて整理できることから、P も同パラメータを用いて表現されること が多い。そこで、Yallも慣性パラメータを用いて整理することを試みた。
5.5.1 慣性パラメータ
集塵分野における慣性パラメータはストークス数とも呼ばれ、次式のように定義される。 r 2 P P *18 D
v
d
St
µ
ρ
=
(5-14) ρPは粒子密度、μは流体粘度、v は障害物に対する粒子の速度、Drは障害物の代表長さである。こ の式は、粒子の緩和時間τPと流体現象の代表時間τfの比、あるいは粒子の慣性力と流体の粘性力 の比といった幾つかの物理的な意味をもつ。しかし、これらはStokes 則が適用される粒子に対してのみ成立するものであり、Stokes 則が適用できない大粒子の慣性パラメータは、従来はっきりとは 示されていない。しかし、本研究や既往の研究(Grootscholten et al., 1982a, 1982b; He et al., 1995; Kee and Rielly, 2004; Nienow, 1976; Takahashi et al., 1992, 1993; Yokota et al., 1999)で衝突頻度の測定に用い られる粒子は、こうした大粒子が対象となる。そこで、本研究では、慣性パラメータとして、Kee and Rielly (2004)によって導入された以下の修正ストークス数 St を採用した。 tip b f P v D g v St= = ∞
τ
τ
(5-15) g は重力加速度、v∞は粒子の終末速度を表す。Dbは障害物の代表長さであり、本研究では、羽根幅 Dwと羽根高さDhの平均値Db = ( Dw + Dh ) / 2 [m]を用いた。この式は、τPとτfの比というストーク ス数の物理的な定義の一つを全粒子径範囲に適用した表現といえる。なぜなら、v∞はStokes 則が適 用される粒子はもとより、それ以外の範囲においても実用上、粒子の緩和時間τPを見積もる際に用 いられるためである。したがって、この修正ストークス数を用いることで、全粒子径範囲に渡り、 粒子の慣性効果を評価することが可能になると考えられる。なお、本研究では、粒子密度が流体密 度より小さくなる場合にもEq. (5-15)を適用できるよう、St の推算に必要となる粒子と流体の密度差 に、その絶対値 |ρP –ρf | を用いた。5.5.2 Y
all‐
St グラフ
Equation (5-15)で定義した St に対して Yallをプロットした例を Figures 5-9, 10 に示す。図中の曲線
は、Eqs. (5-15)‐(5-21)に基づく相関曲線である。図から、Y は St に対してゆるやかに立ち上がり、 やがて一定値に漸近するS 字カーブを描くと予想される。この傾向は、障害物に円筒を用いたとき の粒子のターゲット効率ηcを、St*に対してプロットした結果と同様であった。なお、St*に対するη cのグラフは、実験(Perry and Chiltion, 1973)あるいは粒子の運動方程式を数値計算(Iinoya,1963)
することで得られ、St*とη
係を式として提示する場合には、グラフに基づく相関式として表現される。そこで、YallとSt の関係
を定式化するにあたり、本研究でも、グラフを基に試行錯誤することで相関式を導出するという手 順を踏むことにした。
また、Kee and Rielly (2004)は、St のみを用いて衝突確率 P を表現できるとしているが、図からわ かるように、YallをSt のみで表現することは不可能であった。Kee and Rielly (2004)の定義した P は、
実測した衝突頻度RPを理想通過頻度ωidealで除した値であり、本研究におけるY に等しい。それに
も関わらず、P が St のみで整理できるとしたのは、Kee and Rielly (2004)の実験条件が限られている ためと考えられ、Kee and Rielly (2004)のグラフから粒子径依存性を推測する限り、Figure 5-9 と同様 の傾向が見られた。
このように、YallがSt のみで表現できないのは、Yallが粒子の慣性力だけでなく、別の効果にも影
響されるためと考えられる。その効果の一つとして、粒子自身の大きさによるさえぎり効果が挙げ られる。また、粒子の浮遊しやすさにも影響されると思われる。そこで、これらの影響を加味した 係数α、β、γを導入することにより、Yallは以下の式で良好に表現できた。
(
)
(
−
α
)
γ
+
β
α
−
=
3 3 allSt
St
Y
(5-16) αは、St‐Yall曲線の横軸切片に相当する係数である。βは S 字カーブの傾斜度に影響し、βが増加 するほど傾斜度は小さくなる。また、γはSt→∞ における Yallに等しく、Yallの最大値を決める係数 である。これらは、前述のさえぎり効果や粒子の浮遊しやすさの影響を受けて定まる係数であるこ とから、それらの影響を評価するパラメータとして、次の二つの無次元数を導入した。5.5.3 さえぎりパラメータと粒子浮遊パラメータ
一つは、さえぎり効果を表すさえぎりパラメータL である。さえぎり効果とは、集塵分野の概念 の一つであり、Figure 5-11 のように、粒子の中心が羽根表面から粒子半径の距離だけ離れていても、粒子自身の大きさのためにさえぎられ、捕集される効果である。この効果を評価するパラメータは、 捕集体径Dbに対する粒子径dPの比で定義されることから、本研究でもこの定義を採用した。 b P
D
d
L
=
(5-17) もう一つは、粒子浮遊に関する粒子およびインペラの特性パラメータStJSである。(
N
D
)
D
g
v
St
JS b JS=
∞π
(5-18) NJSは、全粒子を浮遊させるのに要する粒子浮遊限界速度を表し、4.3.1 の Eq. (4-1)で定義される。こ のStJSは、St‐Yall曲線の横軸切片αを決定するため、本研究で新たに導入したパラメータであり、 NJSに対応するインペラ先端速度(=πNJSD)を用いて算出した修正ストークス数 St に等しい。また、 StJSは粒子の終末速度v∞およびNJSに比例し、StJSが増加するほど粒子が浮遊しにくくなることから、 StJSを粒子浮遊パラメータと呼ぶことにする。5.5.4 係数式
上述のパラメータL、StJSを導入することで、Eq. (5-16)の係数α、β、γは、それぞれ次式のよう に表現できる。 JS 4 3L
k
St
k
α
=
−
+
(5-19) 3 2 JS 5 .St
k
β
=
(5-20)(
6 7) (
8 JS)
all lim 1 limY P S k k L k St γ N St = ⋅ = + ⋅ + = ∞ → ∞ → (5-21) k3 – k8は、インペラ形状に固有の係数であり、本測定で用いた寸法比のディスクタービン翼につい ては、k3 = 2.0、k4 = 0.80、k5 = 0.40、k6 = 0.25、k7 = 2.0、k8 = 0.20 となった。以上より、実効接触回数 Yallは、Eqs. (5-15)‐(5-21)を用いて推算することが可能となる。 なお、係数式α、β、γ導出過程の詳細は次に示す。横軸切片α
St‐Yall曲線の横軸切片αは、まず粒子の浮遊しにくさの影響を受けると考えられる。Figures 5-9, 10
に示されたように、固液密度差⊿ρや粒子径 dPが増加し、粒子が浮遊しにくくなるほど、Yallが 0 より大きな値をとり始める St、すなわち曲線の横軸切片αは増加することがわかる。これは、Yall が理想的な翼通過頻度ωidealの補正係数ω*の関数であることより説明できる。3.2 で述べたように、 ω*は粒子が槽底に完全に沈積している極限において0 をとり、槽内分散状態が改善されるに従って 増加する。そのため、粒子が浮遊しにくくなるほど、ω*を0 より大きな値とするのに要する最小回 転数が大きくなると考えられる。そこで、αは粒子浮遊限界速度NJSの関数になると考え、St を構 成するN を NJSに置き換えた新たなパラメータStJSを導入した。 また、αはさえぎり効果の影響も受けると考えられる。これは次のように説明できる。前述のよ うに、本研究ではYallの定式化にあたり、円筒に対する粒子のターゲット効率ηcの概念を利用して いる。このηcは、Figure 5-11 に示すように、円筒の投影面積に対する、捕集される粒子を含む流れ の断面積の比(ηc = Dx / Db )で定義される。そのため、さえぎりパラメータ L が大きくなるほど ηcは増加する。このL とηcの関係を模式的に示したのが Figure 5-12 である。この図は、粒子の運 動方程式を数値計算して得られたグラフ(Iinoya,1963)を参考に描いた。ここで、ηcの相関式とし てEq. (5-16)の Yallをηcに置き換えた式を採用した場合、L の増加に伴い、曲線の横軸切片αは減少 する必要がある。この傾向は、Yallもηcと同様であると考え、L が増加するほどαは減少すると仮定 した。 以上の考察から、L および StJSを用いてαをカーブフィットしたところ、αはEq. (5-19)で良好に 表現できることがわかった。なお、StJSの係数が0.8 と 1 より小さいのは、全粒子が浮遊する以前か ら、粒子と翼の衝突が生じることに対応していると思われる。
傾斜度係数β
βは、S 字カーブを描く St‐Yall曲線の傾斜度に関わる係数であり、βが増加するほど傾斜度は小 さくなる。ここで、Figures 5-9, 10 から、⊿ρや dPが増加し、粒子が浮遊しにくくなるほど、S 字カ ーブの傾斜度は小さくなる傾向を示すことがわかる。つまり、粒子が浮遊しにくいほど、St の増分 に対するYallの増分が小さくなることがわかる。これも、Yallがω*の関数であることより説明できる。 なぜなら、粒子の物性が定まれば、St‐Yall曲線の横軸変数St は回転数 N におきかえられ、N の増分 に対するω*の増分、すなわちYallの増分は、浮遊しにくい粒子ほど小さくなると考えられるためで ある。そこで、粒子の浮遊しにくさを表すパラメータStJSを用いてβをカーブフィットしたところ、 βはStJSのみを用いてEq. (5-20)で良好に表現できることがわかった。最大値γ
γは、St → ∞における Yallに等しく、Yallの最大値を決める係数である。また、粒子物性および液 物性が定まれば、St → ∞の条件は N → ∞におきかえられ、N → ∞の極限では、γは衝突確率 P および連続衝突回数S の積に等しくなると思われる。なぜなら、Yallを構成するもう一つの因子ω* = 1 になると考えられるためである。そこで、γの定式化にあたり、まず、この条件下における P を 以下のように仮定した。 L k k P Nlim→∞ = 6 + 7 (5-22) k6はさえぎり効果が無視できるときのP に等しく、N → ∞ の極限では、粒子の慣性力により k6は本来1 となるはずである。しかし、Figure 5-9 に示されたように、Yallの最大値は1 以下の値もと
り得ると予想される。これは、粒子が実際にインペラ通過領域に流入しても、この領域には隙間が 存在することで、粒子が羽根間をすり抜ける場合があるためと考えられる。以上より、k6は1 以下
の値をとりうると考えた。また、k7はさえぎりパラメータL の増加に伴い、P が線形的に増加する
ターゲット効率ηcの関係に準じるとみなすことで導いた。 一方、4.3 における考察から、S に影響する因子として、粒子の慣性パラメータおよびさえぎりパ ラメータの2 つが挙げられる。しかし、St → ∞におけるγを L のみで整理することは不可能であ った。このことから、S は粒子の慣性効果やさえぎり効果以外の影響も受けると考えられる。しか し、現時点では、S に影響する因子を全て明らかにし、現象に即したモデル化を行うことは、N → ∞ の極限でも困難と言わざるを得ない。そこで、S に影響する因子の一つとして、α、β式で用いた 粒子浮遊パラメータStJSを導入し、StJSおよびEq. (5-22)を用いてγをカーブフィットしたところ、γ はEq. (5-21)のように整理できた。
5.6 一連の衝突頻度推算式
以上より、任意の実験条件から、衝突エネルギーに応じた衝突頻度RP (E >Eθ)を予測することが 可能となった。すなわち、まず回転数N や粒子濃度 A などの操作条件、粒子径 dPや固液密度差⊿ ρといった粒子および流体特性値、および翼形状や寸法比などの装置特性値から、粒子と翼の衝突 特有の支配因子Re、St、L、StJSを算出する。続いて、これらの支配因子を用い、衝突エネルギー分 布を対数正規分布と仮定したときの平均Emean、標準偏差ESD、および分布曲線下部の全面積値(実 効接触回数)Yallを求める。これにより、衝突エネルギー分布関数f(lne)が定まることから、Eq. (5-6)の積分計算により、衝突エネルギーに応じた実効衝突回数Y(E >Eθ)を推算できる。最後に、Eq. (1-2)
を用いて算出される理想通過頻度ωidealを乗じれば、衝突エネルギーに応じた衝突頻度RP (E >Eθ)を
予測することが可能となる。この衝突頻度の予測に必要な一連の推算式、およびその概念をフロー チャートにして Figure 5-13 に示す。
なお、ωidealの算出に必要な吐出流量係数Kqd[-]の値は、Satake Kagaku Kikai Kogyo Kabushikigaisha
の算出に必要なインペラ形状係数KS[-]の値には 9 を用いた。ただし、6 枚ピッチドパドル翼につい
ては、Kqd、KSともに不明確であったため、本論文では、仮にそれぞれ0.63、9 を採用した。その結
果、一連の推算式に現れるインペラ形状固有の係数は、k1 = 20、k2 = 0.11、k3 = 2.0、k4 = 1.0、k5 = 0.40、
5.7 本章の結論
1) 実効衝突回数Y のしきい値依存性について検討した。その結果、Y と操作条件の関係はし きい値に応じて変化することを示すとともに、任意の実験系に適用しうるY の推算式を導出 するには、しきい値に応じた定量化が不可欠であることを示した。 2) 1)のようなしきい値依存性を示す原因となる Y のピーク高さ分布について検討した。その 結果、ディスクタービン翼、ピッチドパドル翼については、ピーク高さ分布は対数正規分布 に従うと仮定できることを示した。さらに、ピーク高さ分布を利用して、任意単位のピーク 高さX をJ 単位の衝突エネルギーE に変換する式を提案した。 3) 2)で提案した E−X 変換式を用い、衝突エネルギー分布も対数正規分布に従うと仮定でき ることを示した。また、衝突エネルギーに応じたY(E > Eθ)は、対数正規分布の平均 Emean、 標準偏差ESDおよび実効接触回数Yallの3 変数が明らかとなれば推算できることを示した。 4) 対数正規分布の平均Emeanおよび標準偏差ESDは、粒子レイノルズ数Re を用いて整理できる ことを示した。 5) 実効接触回数Yallは、粒子の慣性力による流線からのずれの程度を表す慣性パラメータSt、 粒子自身の大きさによるさえぎりパラメータL に加え、粒子の浮遊しにくさを表すパラメータStJSの3 つの無次元数を用いて推算できることを示した。
6) 衝突エネルギーに応じた衝突頻度RP(E > Eθ)を予測するための一連の推算式を、フローチャ