Rikkyo American Studies 27 (March 2005)
Copyright © 2005 The Institute for American Studies, Rikkyo UniversityRikkyo American Studies 31 (March 2009) Copyright © 2009 The Institute for American Studies, Rikkyo University
for "Change"
対外政策、特にラテンアメリカ政策を
中心とした歴史的視点からの考察
An Analysis of Its Foreign, Particularly Latin
American, Policy from a Historical Perspective
上村直樹
KAMIMURA Naoki
はじめに
2008 年 11 月のアメリカ大統領選挙は、かつてない国際的注目を浴び、「変 革」を唱えるバラク・オバマ民主党候補の当選によって、アメリカの「政治 史上まれに見る第 1 級の変化」をもたらしたと評される。これは単に初の黒 人大統領を生み出したというだけではない。国内では 1929 年の大恐慌以来 ともいわれる深刻な経済危機に直面し、対外的にはイラクとアフガニスタン での二つの戦争をかかえるオバマ新大統領が、こうした問題の解決のために、 国内的にも対外的にも政府の基本的政策の方向性を大きく変えようとしてお り、果たしてそうした「変革」が実現し、実際にどのようなものとなるのか、 という点に国内外の注目が集まっているのである[砂田 2009: 43; 古矢 2009: 69]。オバマ新政権にとって、経済危機からの脱出が当面の最大の課題であ り、あわせて G ・ W ・ブッシュ政権下で泥沼化したイラク戦争の「責任ある 終結」とアフガニスタン介入に象徴される「テロとの戦争」での「勝利」が 期待されている。オバマ新大統領は、選挙戦中から繰り返し強調してきた「団 結(unity)」のメッセージの下に、既にイラク戦争以前から深刻化していた 国内の社会的・政治的対立の克服を目指す一方、対外的にはブッシュ政権の単独主義と武力偏重の対外政策によって傷ついたアメリカの国際的信頼回復 とリーダーシップの再建もその課題としている[Obama 2008: 188]。1 こう した内外の主要課題は、オバマ政権にとってブッシュ政権の遺産ともいえ、 アメリカ国民は、閉塞した現状の変革への期待をオバマに託し、共和党から 民主党への政権交代を選択したのである。 こうした当面の課題の重要性とその克服の困難さは言うまでもないが、 2008 年の歴史的な大統領選挙でのオバマの当選が意味するものは、それら の課題にとどまらない。アメリカ自体がより長期的な大きな転換点にあり、 オバマはそうした課題にも応えるべく歴史的な「変革」の使命を背負って大 統領に就任したともいえる。そうしたオバマ政権が持つ転換点としての意味 と直面する歴史的課題は、アメリカの国内政治の文脈、対外政策の全体的方 向性、そして個別の対外政策分野という三つのレベルから分析が可能である が、本稿はそのうちの対外政策全般に関わる部分、特に 21 世紀の国際秩序 構築におけるアメリカの役割という点の分析を中心とする。2 そこで、以下、 まず国際秩序構築という観点からアメリカ外交史上におけるオバマ政権の位 置づけを行い、次にオバマ政権の対外政策アプローチ全般について概観し、 最後に対外政策における「変革」の課題の具体的事例としてラテンアメリカ 政策を取り上げる。3 なお本稿では、オバマ政権と現在のアメリカ外交が直 面する諸問題について網羅的・包括的には扱わず、中長期的な構造的な課題 のいくつかについて指摘し、今後のオバマ政権の対外政策を見る一つの視座 を提供したい。
1. 21 世紀の国際秩序構築の課題
―アメリカ外交史の視点から
オバマ大統領自身、そして政権全体としてもその発足にあたって、経済危 機等の緊急の国内的課題の解決やイラク戦争等の最重点の対外的課題への取 り組みが優先され、新たな国際秩序の構築という問題を自らの政策課題とし て明示的には表明していない。しかし、既に触れたアメリカ外交の「再生」 やアメリカの国際的リーダーシップの復活ということを推し進めれば、その先には 21 世紀にアメリカが国際社会とどのような関係を切り結び、どのよ うな国際秩序を構築していくかという問題が待っていよう。更には喫緊の課 題であるイラク戦争とアフガニスタンでの「テロとの戦争」の解決自体が、 効果的な多国間協力のプロセスをオバマ政権が作り出すことができるかどう かにかかる部分も大きく、このことも新たな国際秩序の構築という課題につ ながってこよう。 この点に関しては、ベトナムからの「名誉ある撤退」を唱えて成立した ニクソン政権が想起されよう。但し、両政権の類似性は、前政権下で泥沼化 した対外戦争からの撤退という点だけでなく、その後傷ついたアメリカ外 交をどう再建するかという点でのパラレルも興味深い。即ち、ニクソン政権 は、ベトナム問題への取り組みと並行して、米ソのデタント推進や米中関係 改善等の大胆な政策的イニシアチブを進めたが、こうした政策はベトナム戦 争を有利に解決するための手段としての側面もあったが、次のような点も重 要であった。即ち、ベトナム戦争後の多極化しつつある世界でのアメリカの 優越的な地位の回復とリーダーシップの確保のため、米中ソ 3 大国と米日欧 の西側同盟内で大国間の「協調(Concert of Powers)」による新たな国際関 係の構築をめざし、冷戦期の「国際秩序」の部分的修正が図られた点である [Kissinger 1994: 703-32]。オバマはイラク戦争とアフガニスタン問題の解決 に関して、多国間外交を強調しているが、これも当面の戦争の解決や勝利の ために国際社会を味方につけ、その協力をとりつけるためという「戦術的な」 考慮にとどまらず、ニクソン政権と同様に一種の「戦後秩序」の問題を含み、 21 世紀の多極化する世界とどう折り合いをつけるかという長期的な課題も 根底に持っている。 これは別の見方をすれば、イラク戦争後の秩序構築という問題にとどまら ず、より中長期的な「戦後秩序構築」の問題として、冷戦後に何度か試みら れながら、結局は、安定的な秩序構築に失敗してきた「冷戦後の新秩序」構 築の再挑戦の試みともいえる。その意味で、オバマ外交は、21 世紀の新た な国際秩序構築という大きな「変革」の課題に直面するとともに、再び不十 分な結果に終わる可能性も持っている。「冷戦後」という言葉は、既に 1990 年代半ばにはその有意性に疑問が投げかけられ、2001 年の 9/11 テロ事件後
は、アメリカによる「テロとの戦争」の開始によってまったく新たな国際関 係が生まれ始めたとして、「テロ後の世界」が問題となっていた。更にその 後のイラク戦争の開始とブッシュ政権の単独主義外交への傾斜によって、「帝 国」としてのアメリカが国際社会とどのように折り合いをつけていくか、と いう問題がクローズアップされたのである。4 そもそも 20 世紀のアメリカ外交は、二度の世界大戦での勝利によって、 いわゆる孤立主義から国際主義への転換をなしとげたが、「超大国」、「覇権 国」、「帝国」などと様々に形容されてきたアメリカにとって、その巨大な国 力とエネルギーをもって国際社会にどのように関与し、自らにとって望まし いいかなる国際秩序を作り出すのか、ということが自国だけでなく国際社会 にとっても最も重要な課題の一つだったのである。5 その意味でアメリカの 「国際主義」とは、自らの国益と理念にとって望ましい国際秩序をいかに構 築するかという点にその本質があり、20 世紀のアメリカ外交は「国際秩序 構築外交」ということもできよう。6 その原型はウィルソン外交にあり、第 一次世界大戦での勝利を通じて、集団安全保障・自由貿易・民族自決・民主主 義の諸原則を基礎とし、自国の利益と理念を同時に実現し、自国と世界と の利益の一致を前提とする「アメリカ的国際秩序」の原型が示された。この 最初の国際秩序構築の試みは、周知のようにアメリカ議会の拒否によって 頓挫したが、第二次世界大戦中のフランクリン・ローズヴェルトの構想と戦 時外交に基づいて、大戦後に国連を中心とする集団安全保障体制とガット= IMF 体制を中心とする自由貿易体制を二本柱とするより安定的な国際秩序 として現実化した。しかし、この国際秩序は、米ソ冷戦によって直ちに大き な変更を迫られ、世界的な平和の維持は、普遍的な集団安全保障ではなく、 対立する東西の同盟間の勢力均衡によってかろうじてなされ、また自由貿易 体制もグローバルな広がりを持てず、東側を除いた西側と第三世界の新興諸 国によって担われるなど、本来の仕組みは残しながらも、当初の想定とは異 なった形で国際状況の変化に適応しながら機能してきた。それがいわば耐用 年数を迎え、冷戦の終結がそうした第二次世界大戦後の国際秩序を再構築す るための機会を提供したのである。7 冷戦終結後の国際秩序再構築の試みは、ジョージ・ H ・ W ・ブッシュの下
でまず 1991 年の湾岸戦争を契機に「新世界秩序」として提唱された。ブッ シュが描いたビジョンは、法と秩序が尊重され、「自由な政府」と「自由な市 場」からなる世界で、国際平和と安全への脅威に対しては、アメリカのリー ダーシップの下に、国連の枠組みを通じて主要国が協力と負担によって共同 で国際秩序の維持にあたるというものであった。これは、いわば冷戦によっ て歪められる以前の本来の国連主体の国際安全保障の仕組みを復活させよう とする試みでもあったが、冷戦後に頻発する民族紛争や地域紛争に対して国 連や国際社会の無力さが露呈する中で単なるスローガンに終わった。次のク リントン政権は、グローバルな秩序の構築ではなく、より限定的な「拡大と 関与」戦略によって民主主義と市場経済の拡大を目指した。即ち、「リベラ ルなアメリカ的価値・制度のグローバルな拡大」を通じて、冷戦後の混沌と した世界への取り組みがなされたが、安定的な秩序といえるものは生み出せ なかった。8 G ・ W ・ブッシュは、こうした冷戦後の諸政権の試みを受け継ぎ、 9/11 テロ事件を契機にいわば「デモクラシーの帝国」として国際秩序構築に 乗り出したのである。ブッシュは、アメリカの卓越した軍事力を背景に普遍 的な国連主体の安全保障ではなく、アメリカ主導の「有志連合」のもとに国 際秩序の維持やアメリカ的民主主義の強制的な移植を試みた。9 これがイラ ク戦争の泥沼化によって頓挫し、冷戦後の、そして 21 世紀の国際秩序の構 築がオバマ政権に課題として残されたのである。次にそうしたオバマ政権の 対外政策における諸課題とそれらの解決に取り組む際の基本的なアプローチ について検討したい。
2. オバマ政権の対外的アプローチと対外政策における課題
オバマは、大統領選挙戦中からブッシュ政権による単独主義と軍事力偏重 を批判し、かわって外交重視の姿勢を示し、国連を中心とした多国間の国際 制度(組織)の活用を強調してきた[Obama 2006; Obama 2007]。こうした 選挙戦での発言や、シカゴでコミュニティー活動に従事した経験、更に連邦 上院での投票行動から、オバマに対しては「リベラル」との評価がなされて きた。しかし、オバマは、実際には内政面では「リベラル」と「保守」の間で「第三の道」を模索し、かつて「ニューデモクラット」と呼ばれたビル・ クリントン元大統領に近い[砂田 2009: 50]。また、対外政策に関しても必 ずしも単なる「リベラル」とはいえない。対外政策における「リベラル」の 主要な要件が、国際法や国際制度への信頼と軍事力行使への反対ないし不信 感だとすれば、オバマは、大統領たるもの軍の最高司令官として必要な武力 行使を躊躇すべきではない、ただし賢く行使すべきだと述べている。10 オ バマが強調するのは、外交と武力の効果的な組み合わせや、武力行使をする 際の国際的協力や支持の重要性なのである。特にアメリカが実際に攻撃され たり、その危険が迫っている場合、またはアメリカの死活的利害が侵された 場合には、単独の武力行使を辞さず、国連によっても武力行使を含む行動の 自由を制約されるべきではないとしている[Obama 2007: 7]。オバマは、こ の点では歴代のアメリカ大統領と異ならず、G・W・ブッシュとも大差はな い。ブッシュ前大統領との大きな違いは、より直接的な自衛権の行使以外の 武力行使の場合である。特に「地球規模の安定の基礎となる共通の安全保障 への参加―即ち友好国への支援、安定化・復興活動への参加、大量虐殺への 対処等―のために、自衛以外の状況で軍事力行使を考慮」する際には、「他 の国々による明確な支持と参加を得るためにあらゆる努力を尽くすべきであ る」として、そうした多国間の支持を得た武力行使のモデルとして、ジョージ・ H・W・ブッシュの湾岸戦争を高く評価している[Obama 2006: 365; Obama 2007: 7]。 そうした考えの背景には、以下のような論理がある。オバマによれば、 他の国々と協力して国際組織を盛り立て、国際的規範を推進するのはアメリカの 利益である。それは、国際法や条約だけで国家間に紛争がなくなり、アメリカによ る軍事的行動の必要性もなくなるという単純な考えのためではなく、国際的規範が 強化され、アメリカが力の行使を進んで抑制する姿勢を見せれば見せるほど、起こ りうる紛争の数は減り、アメリカが実際に軍事力行使に踏み切らざるを得なくなっ たときに、国際社会は我々の行動をより正当なものとみなすからである。[Obama 2006: 336]
これは、ジョン・アイケンベリーが、国際制度の効用に関して制度論とパ ワー論の両面を含む「ネオリベラル制度主義」的立場から、冷戦後のアメリ カ外交における単独主義への傾斜に対して警鐘を鳴らしてきた論理そのもの である。アイケンベリーによれば、 国際組織はパワーの行使をより抑制され、ルーティーン化されたものとする一方 で、パワーをより永続的で、システマティックで正当なものにもする。アメリカ の為政者たちは国際組織がもたらすこうした抑制や義務を嫌うが、制度の持つこう した点こそがアメリカのパワーを今日のように永続的で広く受け入れられたものと しているのである。もしアメリカの[第二次大戦後の]戦後秩序が 21 世紀にも生 き残るとしたら、産業の発達した民主主義国間で安定的で正当な関係を作り出す ためにパワーと制度が一致して機能している方式に負うところが大きいのである。 [Ikenberry 2001: 273] 要するにオバマは、ブッシュ政権の武力偏重を批判して外交重視を述べて いるが、その重点は、武力や外交を含めアメリカが持つあらゆる「パワー」 を活用すべきだとしているのである。これは、次期駐日大使として就任が予 定されているジョゼフ・ナイが新著で強調している「スマート・パワー」と いう概念に集約されるもので、軍事力や経済力を中心とするいわゆるハード ・パワーと、強制によってではなくその国の持つ価値観や制度の魅力や説得 力、いわば広い意味の「文化」によって他国を動かすいわゆるソフト・パワー とを統合したものとして、新政権の基本的なキャッチフレーズとなっている ものである[Nye 2008]。同様の考えは、ヒラリー・クリントン新国務長官が、 2009 年 1 月 13 日の上院での承認公聴会で強調している。クリントンによれ ば、オバマ政権による「スマート・パワー」の行使とは、「我々が自由に使う ことのできる外交的、経済的、軍事的、政治的、法的、そして文化的な様々 な種類の手段から、状況に応じて適切な手段やその組み合わせを選んで使う こと」であり、「スマート・パワーを行使することによって、外交がわが国の 対外政策を主導することになる」のである。同じ公聴会で更にクリントンは、 今日の世界での相互依存関係の深化を強調し、それは機会を提供する一方で 多くの多様な脅威ももたらしているとして、アメリカが直面する緊急の課題
を自国のみでは解決できないし、国際社会もアメリカ抜きで解決することは できないとして、多国間の取り組みの重要性を強調した[Clinton, January 13, 2009]。 こうした外交と多国間協力の重視、軍事力の行使も厭わないがそれに偏ら ないアメリカの多様なパワーの活用といった考えは、オバマ大統領とクリン トン国務長官だけでなく、外交安全保障を担う政権の他の首脳にも共通する。 国務長官と並ぶ対外関係の要職にあるジェームズ・ジョーンズ国家安全保障 問題担当大統領補佐官は、元 NATO 総司令官をはじめとして軍事と外交が 交錯する地位を歴任してきた人物であり、国防長官としてブッシュ共和党政 権から留任したロバート・ゲイツも、前政権での前任者ドナルド・ラムズフェ ルド元国防長官とは異なって実務派として外交も重視する人物である。また ゲイツの留任はオバマ大統領の目指す超党派外交への志向を象徴する人事と もなっている。11 こうした首脳の下でオバマ政権の外交安全保障政策の実 務に当たる担当者には、民主党系の対外政策エリートの中から特にクリント ン政権に関わった人脈を中心に任用され始めている。彼らの多くは、オバマ やクリントンと同様に多国間外交と武力行使のバランスを柔軟に考える人々 であり、対外政策に関しては民主党内の「穏健派」といえよう。但し、国務 省での政策の実務レベルの責任者である国務次官補級人事は、1 月 20 日の 政権発足後一月余りをへてまだあまり進んでいない。12 一方、オバマ政権の対外政策の最重点分野や地域である中東和平、アフガ ニスタン・パキスタン、イラン、北朝鮮にはそれぞれジョージ・ミッチェル、 リチャード・ホルブルック、デニス・ロス、スティーブン・ボスワースが国務 長官特別代表に任命されており、またイラクもクリス・ヒルズが新大使とし て任命されるなど、これまで困難な多国間の調整や外交交渉を成功させてき た有能な人材が任命されて既に本格的活動を開始している。13 この点から も見て取れるように、オバマ政権の対外政策の優先順位としては、イラク戦 争とアフガニスタンでの「テロとの戦争」に加えて、イスラエルによるガザ 攻撃によって改めてその困難さが浮き彫りとなった中東和平問題、イランと 北朝鮮による核開発問題に象徴される核拡散問題等がある。その他の注目す べきイシューとしては、オバマ政権の成立によって進展が注目されている核
軍縮問題や代替可能エネルギー開発・投資を通じたエネルギー安全保障問題 (中東・ベネズエラ等の外国産原油への依存からの脱却)等、多岐にわたる。 これらのイシューの多くは、オバマ政権成立と時を同じくして解決のた めの歴史的な機会にめぐり合わせているともいえる。例えば、中東政策では イラク、アフガニスタンにとどまらず、イランとの関係も重要な岐路に立っ ている。シーア派への影響力を通じて中東全体で存在感を増すイランに対し て、果たしてオバマの「対話外交」によって関係改善の糸口を見いだせるの か、更にイラク問題や中東和平問題等の解決にそれを活かすことができるの か、それとも逆にイランとの核開発をめぐる手詰まりが続き、むしろ核危機 が深刻化するのか、見守る必要がある。14 また核軍備管理・軍縮をめぐって も、冷戦後、一時的に大幅な核軍縮への期待が高まったが、1990 年代末か ら国際安全保障環境が悪化し、更に 9/11 テロ事件以降、核軍縮への動きは 停滞していた。しかし、核拡散への危機感から再び核軍縮の機運が高まり始 めており、核軍縮への積極性を見せるオバマ政権の政策自体がこうした動向 に大きな影響を及ぼす可能性があり、注目に値する。更にオバマ政権は、こ うした困難な諸問題に加え、気候変動(地球温暖化)、大規模感染、環境破 壊、破綻国家、極度の貧困、サイバー攻撃、国際犯罪組織、テロリズムといっ たトランスナショナルな脅威の深刻さにも注目している。まさにオバマ政権 は、当面のイラク戦争やアフガニスタン問題の解決のためだけでなく、こう したトランスナショナルな課題に対してより効果的に応えるためにも、アメ リカのリーダーシップの再建を通して積極的な多国間協力の推進が重要だと して、国際社会の関与の増大を求めているのである[Obama 2008: 132-3]。 特にアフガニスタンは、オバマ政権が推進する多国間協力外交の当面の 焦点となりつつある。タリバンの復活によって悪化するアフガニスタン問題 解決のための包括戦略を 4 月初めの NATO 首脳会談までに策定すべく、現 在、急ピッチでその作業が続いていると報じられている。15 そうした作業は、 本稿の趣旨から二つの点で注目に値する。一つは、戦略見直し作業には、ア メリカ政府だけでなく、NATO 諸国や日本、更にはアフガニスタンやパキ スタンも参加させるなど、「アフガン安定化にかかわる国々を広く巻き込み、 米主導で国際社会の『役割分担リスト』を練り上げていく取り組み」が進ん
でいる。16 こうした取り組みは、オバマが高く評価するジョージ・ H ・ W ・ブッ シュ政権による「湾岸戦争方式」との類似性は明らかで、アメリカのリーダー シップを中心に多国間協力を行うという枠組みを自ら実践している。この点 は、本稿の中心テーマである 21 世紀の国際秩序の構築の課題にオバマ政権 がどう取り組むか、という問題に直結する重要な点である。 もう一つの点は、軍事的戦略と政治的戦略との組み合わせの問題である。 オバマ政権は、単なる武力制圧ではなく、タリバンの分断や一部勢力の懐柔 等の政治戦略の活用を戦略見直しの中で積極的に検討している旨報じられて いる。これにはイラクでの「教訓」が背景にある。即ちブッシュ前政権は、 イラク情勢悪化への対応として、当時のオバマ上院議員も含む国内での強い 反対にもかかわらず、2007 年半ばから駐留米軍の増強を強行し、結果的に これが効を奏してイラクの治安が大きく改善し、オバマ政権による駐留米軍 の撤兵計画にも現実性を与える結果となったのである。但し、これは単なる 軍事的増強の結果ではなく、当時のデビッド・ペトラウス駐イラク軍司令官 がスンニ派武装勢力に積極的に働きかけ、反対勢力の分断と懐柔に成功した という政治戦略の効果も背景にあったとされる。17 オバマは、その厳しい G ・ W ・ブッシュ政権批判の一方で、ブッシュの政策のうち効果があったも のは積極的に取り入れ、更に多国間外交や協力の積極的活用、軍事的増強や 現地での政治戦略等の活用しうるあらゆる手段、言い換えれば「スマート・ パワー」をフルに活用して困難なアフガニスタン問題の解決を図ろうとして いるのである。 但し、それでもアフガニスタンに関しては、「歴史の教訓」は、同国が「帝 国の墓場」であることを教えているとして、オバマ政権による関与の強化を 疑問視する声も強い。18 ジョージ・ H ・ W ・ブッシュが湾岸戦争での成功体 験をもとに描いた冷戦後の「新世界秩序」が絵に描いた餅に終わったのに比 して、果たしてオバマ政権がそうした「湾岸戦争方式」を適用して、困難な「破 綻国家」と国際テロの問題に対処するための有効な国際的枠組みをアメリカ 主導で構築しうるのか、結局、アフガニスタンがオバマにとってのイラクや ベトナムにならずに済むのか、更にはその先にある新たな国際秩序という問 題にどのようにつながっていくのか、その成否が注目される。以下、一つの
地域的な事例として米州関係にしぼって、オバマ政権が直面する課題と歴史 的な「変革」の機会について、特に 21 世紀の新たな米州関係の構築、言い 換えれば新たな地域的秩序の樹立という観点を中心に検討したい。
3. オバマ政権とラテンアメリカ政策における「変革」の課題
20 世紀のラテンアメリカは、アメリカの勢力圏としてその巨大な影響力 の下で、常に支配と自立のジレンマに直面してきた[上村 1993; 上村 1999]。 しかし、こうした関係は冷戦後急速に変化しつつある。オバマ政権が直面す る 21 世紀のラテンアメリカは、かつてのアメリカによる排他的な支配と影 響力の対象であった地域とは様変わりしている。メキシコが 1994 年以来北 米自由貿易協定(NAFTA)によってアメリカとの経済的・社会的相互依存・ 浸透が進んで一衣帯水の関係を築く一方、ブラジルは単なる南米の大国から グローバルな新興大国としての存在感を増し、またベネズエラを皮切りにい わゆる「左派政権」が次々と成立して、キューバとの連帯を掲げてアメリカ の影響力に対する挑戦を続けている。19 またロシア、中国、イラン等のア メリカと競合ないし対立する域外諸国も経済関係を中心にラテンアメリカ諸 国への関与を強め、アメリカもそうした諸国による米州への「介入」に対し て、冷戦期やそれ以前のようにラテンアメリカ諸国への締め付けを強化する ということはできなくなっている。ラテンアメリカ諸国には、経済発展や国 力、政治的・文化的伝統や社会的構成に大きな違いがあり、多様性や相互の 利害対立が顕著であるが、現在では多くの国で民主主義の定着が見られ、ま たアメリカからの自立と対等な扱いを求めるという点では概ね共通している [Shifter and Joyce 2009]。こうした自立性や自己主張を強めるラテンアメリカは、G ・ W ・ブッシュ 政権による単独主義と軍事力偏重を批判し、アメリカ外交の「再構築」を唱 えるオバマ政権にとって、その多国間外交路線の重要な試金石となりうる。 黒人であるオバマの大統領就任がラテンアメリカでかつてないほど広く歓迎 される中で、米州関係は 21 世紀の新たな関係を構築するための、まさに「変 革」の好期を迎えている。オバマが 2008 年の大統領選挙戦中にラテンアメ
リカについて包括的に語った唯一ともいえるマイアミでの演説で述べている ように、「あまりに長い間、アメリカ政府は、麻薬と貿易、民主主義と開発 に関する時代遅れの論争や使い古された青写真にとらわれてきた」のであり、 新たなアプローチが必要とされている[Obama Speech, May 23, 2008]。但し、 これらのイシューに移民、環境、エネルギー等を加えた問題群が、アメリカ とラテンアメリカ双方にとって 21 世紀も依然として米州関係における主要 な課題であり続けることも確かである。インター・アメリカン・ダイアローグ のマイケル・シフターらが指摘するように、アメリカはこうした問題につい てラテンアメリカと緊密な協議と協力を行っていく必要があるが、問題はそ のやり方である。オバマは、マイアミ演説でブッシュ政権の下で、9/11 テ ロ事件後、アメリカの対外政策がテロ対策とイラク戦争によって歪められ、 ラテンアメリカが看過されたと批判し、アメリカが米州で再びリーダーシッ プを取る必要性について繰り返し述べている。しかし、重要なのは、従来の ような「覇権的な」リーダーシップか、「看過」かの問題ではなく、またこ れまで繰り返しスローガンとしては唱えられてきた「パートナーシップ」で もなく、いかに真に対等で実効的なパートナーシップを現実に築いていける
かであろう[Shifter and Joyce 2009: 51-52]。20
一方のラテンアメリカは、ブッシュ政権の 8 年間にその自立性を強め、「ア メリカ離れ」が進んでいたことは確かである。その一つの表れが 2008 年 12 月にブラジルのバヒアで開かれたラテンアメリカ首脳会談であった。この会 議には米加を除く一方でキューバを含む米州の殆どすべての国々が参加し、 会議を主催したルーラ・ダシルバ大統領は、アメリカに匹敵しうるラテンア メリカのリーダーとしての力を見せつけた。ルーラは、2009 年 4 月に第 5 回目が開催されるアメリカ主導の米州サミットからはキューバが除外されて いることを強く意識して、アメリカによる対キューバ経済制裁の解除を求め、 キューバをリオ・グループの一員として正式加盟させるなど、キューバをめ ぐるラテンアメリカ諸国の立場を代弁した。その一方、ベネズエラのチャベ ス大統領やボリビアのモラーレス大統領らによる過剰な反米主義は押さえる 側に回るなど、対米配慮も見せながら「責任ある大国」としての指導力も示 したのである。21
このようにオバマ政権にとって、21 世紀の新たな米州関係を模索するう えで、対等なパートナーシップの樹立というマクロ的課題に加えて、いくつ かの主要な国々との関係が注目に値する。一つは、バヒア・サミットで象徴 的に示されたキューバとの関係であり、1959 年のキューバ革命後半世紀に も及ぶアメリカによる対キューバ経済制裁の解除、更には両国の外交関係 正常化の問題は、ラテンアメリカ全体との関係改善の一つの試金石ともなっ ている。オバマは、選挙戦中から対キューバ制裁の緩和を主張してきた。対 キューバ経済制裁は、「民主化」を目的として 1990 年代から共和党保守派主 導の下に強化されてきたが、その効果は乏しく、またアメリカ国内でも経済 制裁解除への賛成は多数を占め、キューバ系アメリカ人の間でさえ、過半数 を上回ったとの世論調査も出ている。22 制裁解除に反対してきたキューバ系 政治団体にも世代交代によって変化が見られ、アメリカ国内での解除への条 件は次第に整いつつあるといえる。但し、政党レベルでは民主・共和両党と も全面解除への動きは鈍く、早期の実現は困難と見られている[Finan 2009: 93; Shifter and Joyce 2009: 56]。しかし、キューバ系アメリカ人の対キュー バ訪問や送金に関する規制の早期緩和は比較的容易であり、これが単に両国 間だけでなく、ラテンアメリカ諸国との関係改善の糸口ともなりえよう。 但し、その後の経済制裁の全面的緩和、更には両国関係の全面的正常化に 関しては、アメリカ側のハードルだけでなくキューバ側の事情も影響しよう。 オバマ政権の成立がキューバで全体としては歓迎されている一方で、イスラ エルのガザ攻撃に関連してフィデル・カストロ前議長によるオバマ政権批判 が続くなど、国内の体制維持のために敵としてのアメリカが必要との側面も 残っている。いずれにせよ、キューバによる民主的選挙の実施を制裁緩和や 関係正常化の前提条件とする従来の政策は、オバマが「破綻したキューバ政 策」と批判してきたものである。元メキシコ外相ホルヘ・カスタニェーダが 言うように、アメリカ側がまず制裁の一部緩和を自ら行い、それをきっかけ として両国間で国交正常化も視野に入れた辛抱強い包括的な外交交渉が続け られる必要がある[Castañeda 2008: 127-29]。そうした交渉にはキューバに 依然として存在するグアンタナモ米軍基地の返還問題も議題にのぼりうる。 オバマは、既にブッシュ政権の始めた「テロ戦争」の後始末という意味で、
公約であるグアンタナモ基地テロ容疑者特別収容所の閉鎖を就任直後に発表 したが、冷戦終結とともにキューバが 20 世紀を通じて持っていた戦略的意 味を失った以上、アメリカによるラテンアメリカ支配の遺物ともいえるグア ンタナモ基地にその戦略的価値は殆どない。逆にその返還は、かつてカーター 政権によるパナマ運河返還条約と同様のプラスの影響を米州関係全体に持つ 可能性がある[Vinke 2009]。 オバマ政権による多国間協調外交に関連して、キューバ以外ではブラジ ルの台頭と「左翼政権」の問題が注目される。ブラジルは、1995 年のカル ドーゾ政権の成立以来、経済の安定化から持続的成長へと向かって経済大国 として頭角を現し始め、政治的にも 1985 年の民政移管後、安定した民主主 義を維持してきた。対外的には、中南米のもう一つの大国であるメキシコが NAFTA によってアメリカと密接に結びつく道を選んだのに対して、ブラジ ルは、経済と政治の両面で米州内でのラテンアメリカ諸国による様々な地 域的結びつきの強化を主導する道を選んだ。またブラジルは、グローバルに も新興経済大国 BRICs の一国として注目され、ルーラ政権は国連安全保障 理事会の常任理事国入りも目指している[恒川 2008: 112-14]。米州内では 2008 年 12 月のバヒア・サミット開催以前にも、1991 年のメルコスールによ る経済的統合を発展させる形で、カルドーゾが 2000 年に第 1 回南米サミッ トを開催して「南米共同体」結成を提唱した。これは 2004 年に正式発足し、 更に 2008 年 5 月にはブラジリアで開かれた南米首脳会議で「南米諸国連合」 として改組・強化されるなど、ブラジルは、様々な困難も指摘される中で、 アメリカを除いた形でのラテンアメリカ諸国の組織化に近年主導的役割を果 たしている[Shifter and Joyce 2009: 51-53]。
但し、改革主義を掲げ「穏健左派」とされるルーラ政権下のブラジルは、 バヒア・サミットに見られるように、次に検討するベネズエラのチャベス政 権などの「強硬左派」政権とは一線を画して、アメリカの指導力に真っ向か ら挑戦する挑発的な姿勢ではなく、良好な対米関係維持に配慮して、より実 務的な形でラテンアメリカの自立への意思を反映させながら自国の政治的影 響力の拡大を図っている。こうしたブラジルに対しては、ブッシュ前政権も 実務的な協力関係の構築に努めていた[Castañeda 2008: 132-33; Shifter and
Joyce 2009: 51-53, 57]。 一方、「左派政権」に関しては、1999 年のベネズエラのチャベス政権成立 以降、ボリビアのモラレス政権、エクアドルのコレア政権、ニカラグアのオ ルテガ政権等が次々と成立し、国内でそれぞれ独自の改革を進める一方、対 外的には資源ナショナリズムと反米主義が共通して見られる。以下、そうし た一連の動きの発端となり、豊富な石油資源を背景に最も強硬な反米主義を 掲げてきたチャベス政権を取り上げる。23 チャベスとどのように向き合う かは、オバマが選挙戦中から強調してきた「対話外交」にとってだけでなく、 米州内の新たな多国間協力の枠組みの樹立にアメリカが取り組むうえでも一 つの試金石となろう。 そもそも冷戦終結とともに、既に過去のものと考えられていた社会主義が、 21 世紀のラテンアメリカで復活し、それを標榜する「左派政権」が次々と 誕生するに至った背景には、1980 年代の深刻な対外債務危機があり、その 克服のために IMF 等の国際金融機関やアメリカ等の西側先進国によってラ テンアメリカに課せられた厳しい市場経済化政策があった。そうした政策に よってインフレの抑制や財政赤字・対外債務の削減は進み、1990 年代にはラ テンアメリカ経済は次第に成長へと転じるが、貧富の差の拡大、失業等の社 会的コストも大きかった。まさにこうしたアメリカ主導のグローバルな市場 経済化に対する反動の一つとして、ラテンアメリカの「左派政権」は誕生し たのである[上村 1999;恒川 2008;遅野井・宇佐見 2008]。その意味で「左 派政権」の存立の基盤の一つにアメリカ主導の市場経済化政策への反対が あり、反米主義的契機が必然的に内包されていた。特にベネズエラの場合、 2002 年の反チャベス・クーデター未遂事件は、国内の石油エリートとアメリ カが結託したものだとして反米主義を強め、更にイラク戦争開始後は、キュー バとの連携を更に強めながらラテンアメリカにおけるブッシュ政権批判の急 先鋒となったのである。チャベスは、豊富な石油収入を使って、米州内でア メリカ主導の自由貿易構想に対抗して中米カリブ地域の組織化や金融支援を 目指す一方、域外に対してはロシアからの大量の武器購入や共同軍事演習、 中国への大規模な石油輸出、更にはイランとの提携強化等、アメリカを牽 制し、その米州での指導力に挑戦する動きを強めてきた[Shifter and Joyce
2009: 53-4; Kozloff 2008: 43-67]。
こうしたチャベスに対して、オバマは 2008 年選挙やそれ以前から、反米 主義レトリック、権威主義的統治、石油外交を掛け合わせた危険な「デマゴー グ」と批判しており、ブッシュ前政権によるラテンアメリカの「看過」がそ の出現を許したとして、アメリカのリーダーシップの必要性を強調してき たのである[Obama 2006: 133; Obama Speech, May 23, 2008]。またオバマ 政権のエネルギー・環境政策(及び雇用対策)の柱の一つである代替エネル ギーの大規模な開発と普及により石油の国内消費量を 10 年で大幅に削減す るという目標は、まさにその削減量に相当する中東とベネズエラからの輸入 原油への依存をなくすという、エネルギー安全保障の観点からも唱えられて いる[Obama 2008: 134]。こうしたオバマに対して、チャベスの方は、当初 からオバマの当選を歓迎し、対米関係の再構築への積極性を示していた。特 に 2009 年 2 月の憲法改正国民投票において様々の不正報道がありながらも、 アメリカ政府が「内政問題」として明確な批判的立場はとらなかったことも あって、4 月の米州サミット前のオバマとの直接対話への意欲をチャベス自 身が記者会見で表明している。24 オバマ自身は、アメリカと対立する勢力 とも交渉を避けるべきではなく、自ら直接対話に応じてもよいとする選挙戦 中の「対話路線」について、大統領就任後はさすがに慎重になっており、チャ ベスに対してもどのように対応するか明確な方針は示されていない。 2008 年以来の資源価格の急落もあって、豊富な石油収入に基づくチャベ スの大規模な反米外交路線は、一定の見直しを迫られる可能性もある。シフ ターらは、オバマ政権は、チャベスと「対決すべきでもないし、諸手を挙げ て歓迎すべきでもない」が、2008 年に相互に召還された大使の再派遣から 手をつけて、麻薬問題のように相互に重要な分野での実質的な協議へと慎重 に進んでいくべきだとしている[Shifter and Joyce 2009: 57]。またカラカス ・メトロポリタン大学のエルサ・カルドーソによれば、チャベスはアメリカ政 府にとって最も声高の批判者の一人だが、両者の対立点の修復はイランや キューバ等に比べればより容易であり、敵対者を孤立化させるのではなく、 協議の場に引き込むべきだとするオバマの「対話路線」にとって、最初の有 益なテストになりうる。それが成功すれば、「間接的で漸進主義的な[交渉]
アプローチ」が「他のカリスマ指導者を戴く国々との関係正常化の一つの手
本」となりうるという。25 オバマ政権にとって、他の「左派政権」との関
係でも同様のアプローチは参考になろう。チャベス政権への対応とともに今 後注目に値しよう。
オバマが選挙戦中に提唱し、2008 年の民主党の政策綱領でも強調されて いる「米州同盟(Alliance of the Americas)」の「強化」というあいまいな スローガンを具体化するためには、米州諸国が直面する現在の経済危機から 移民、麻薬、組織犯罪、エネルギー等に及ぶ広範なイシューに関して、ブ ラジルのような自立を志向しながらも対米協力にも積極的な国々との協調 を基盤にして、具体的協議を本格化するのが現実的であろう[Obama 2007; Democratic National Convention Committee 2008: 37]。 そうした最初の機会 と考えられるのが、2009 年 4 月に開催予定のトリニダード・トバゴでのアメ リカ主導の米州サミットである。そこで注目されるのは、具体的な諸懸案の 解決よりはむしろオバマ大統領がこの米州外交へのデビューにおいて、各国 首脳との直接のやり取りを通じて、ラテンアメリカ側の対米信頼をいかに回 復し、その後の新たな関係構築への基礎を築けるかである。その際にキュー バ問題は重要な要素となり、会議の場での制裁緩和の発表等のジェスチャー は大きなプラスとなるであろう。 但し、現時点(2009 年 3 月初め)では、ラテンアメリカ政策の要の地位 である米州関係担当の新国務次官補の任命はなく、ブッシュ前政権のトマス ・シャノンが職務を続けているほか、国家安全保障会議(NSC)事務局にも 有力な人物の登用がなく、またオバマが選挙戦中に提案した米州担当特別代 表の任命も行われていない。緊急性からすれば、対外政策全体の中でのラテ ンアメリカ政策の優先順位は高いとはいえないが、米州サミットという重要 な機会をみすみす逃すことも考えにくく、政権内で 4 月のサミットに向けて 人事面と政策面での動きが活発化する可能性がある。 いずれにせよオバマ政権の登場は、米州関係の現状やラテンアメリカ諸国 の政治的・経済的趨勢からして、短期的にも時宜を得たものである。ラテン アメリカ側がアメリカ主導の「市場経済至上主義」への反発を強め、独自の 社会主義を掲げる「左派政権」が広がりを見せる中で、オバマ政権自体が「市
場」の失敗から「政府」の役割を積極的に評価する立場に立っていること は、両者のイデオロギー面での親和性を高め、政策面での協調の幅を広げよ う。更にオバマ政権がブッシュ前政権による「デモクラシーの帝国」として の秩序構築の挫折の反省に立って、多国間協調外交へと政策転換を図り、ラ テンアメリカとより対等なパートナーシップを強調していることは、21 世 紀の新たな米州の地域的秩序の形成を目指すのに相応しい政権の出現といえ よう。
おわりに
そもそもアメリカという国は、伝統的に「例外意識(exceptionalism =一 種の選民意識)」が極めて強く、また 20 世紀に入ると、その飛び抜けた国力 もあって、他国と対等に共存していくということが本来的に苦手であった。 他の国々との関係は、アメリカの民主主義的政治体制や自由主義的経済体制 とは異なる「異質な」ものとの対立の契機を常に含みながら、「支配」と「孤 立」の両極端で大きく振れる傾向にあり、中間的な「共存」ということが難 しい国ともいえる。その中でも、特に米州関係ではアメリカは常に巨人ガリ バーであり、「支配」ないし「覇権」以外の関係は、基本的には考えにくかっ た。それが現在、米州内においても対等な国としてラテンアメリカ諸国と「共 存」を目指していくための条件が出てきたといえる。対立する政権や「異質 な」相手の排除ではなく、それらとの「交渉」や「関与」を唱えるオバマ政 権は、多国間協調に基づく 21 世紀の米州の地域的秩序だけでなく、グロー バルなレベルでもそうした「国際秩序」の構築を目指しうる政権といえる。 オバマ政権は、既に少なくとも外交スタイルのレベルでは、ブッシュ期の 武力偏重・単独主義から外交重視・国際協調重視への転換によって、アメリ カに対する国際社会の見方を大きく変え始めており、それ自体が今後様々な 外交アジェンダに取り組んでいく上で、オバマ政権にとって大きな資産とな ろう。但し、既に述べてきたようにオバマ外交が直面する具体的な外交課題 は、きわめて困難な問題が多く、アフガニスタン、イラン、中東紛争、北朝 鮮問題等、解決への道筋が容易には見えないものばかりである。そして、そもそもオバマ政権にとっては、国内レベルでの経済危機への効果的な対応や 医療保険等の改革の進展が、対外的イニシアチブへの国内的支持を確保して いくための一つの重要な条件となる。更に対外的にも、まずはイラク戦争の 意味ある解決、そしてアフガニスタンにおける「テロとの戦い」での一定の 成果、そうしたものが国内外で強く求められるであろう。しかも既に触れた ように、外交面では次々と特使を任命してこの二つの問題以外の難問にも同 時並行的に取り組もうとしている。 この戦略は一見無謀にも見えるが、国内では経済危機を利用して懸案の改 革イシューを一挙に進め、対外的には中東に関わる幾つかの難問をバラバラ にではなく、包括的に解決の糸口を探る狙いともいえよう。当然、こうした 戦略は大きなリスクを伴うが、大きな成果も期待しうる。アメリカで偉大と されてきた大統領は、リンカーンやフランクリン・ローズヴェルト等、危機 の際に国民を導き、大きな変革を成し遂げた人物が多い。そうした大統領に なりうる資質を持ち、天の時も得ているかに見えるオバマが、現在の危機に どのように取り組んでいくのか、注目される。また本稿の主要なテーマであ るオバマのアメリカが 21 世紀の新たな国際秩序の再構築という課題にどう 取り組むかという点に関してみれば、オバマ外交が難題の解決のために多国 間の枠組みを最大限に活用して外交と多国間協力を進めること自体が、この 国際秩序に関わる中長期的な課題を推し進めることにつながりうるといえ る。当然、基本的にはそれぞれの具体的なイシューが問題となり続けるが、 その解決のための多国間の交渉の過程で、国連の改革も含めた国際安全保障 やグローバル経済運営のためのより効果的な枠組みの構築ということが問題 になり、アメリカのリーダーシップの果たす役割が大きな意味を持つ時が必 ずこよう。歴史的に見れば、フランクリン・ローズヴェルトによる世界恐慌 への対応やトルーマンによる冷戦戦略の形成をあげるまでもなく、当初は明 確な国内改革プログラムや対外構想がなくても、危機にその場その場でプラ グマティックに対応する中で、結果的に包括的な対応となっていく可能性が あり、その点でもオバマ外交の今後は注目されるのである。
註
1. Obama, Inaugural Address, January 20, 2009; Remarks on Iraq Policy, February 27, 2009. 2. 国内政治面では、砂田によれば、オバマ大統領は「ブッシュ政治からの転換」を通じて、アメ リカの「政治ムード」だけでなく、「政府の政策の基本路線を大きく変える可能性」がある[砂田 2009: 43]。即ち、フランクリン・ローズヴェルト以来の 30 余年の「リベラル改革の時代」をレー ガンが大きく方向転換させ、G ・ W ・ブッシュまで 30 余年にわたる「保守主義の時代」を導いたが、 それに対して、オバマは、現在の経済危機が「市場」の暴走によって生み出されたものだとして、 レーガン以来の共和党の「小さな政府」路線を批判し、連邦政府の役割の再評価を目指している。 しかし、オバマは、かつての民主党の「大きな政府」路線に戻るのではなく、「国家」と「市場」 の関係に関して、クリントンが試みて挫折したいわゆる「第三の道」路線を推進しようとしてい るとされ、それを定着させることができるのか、注目されているのである。詳しくは、砂田[2009]、 Wilentz[2008]参照。 3. 西半球の米加を除く国々に対しては、現在では「ラテンアメリカ及びカリブ諸国」の名称を用 いるのが正確だが、本稿では、これら諸国に対する政策を便宜的に「ラテンアメリカ政策」と表 現する。またラテンアメリカとの関係では、正確には「アメリカ合衆国」の呼称を用いるべきだが、 ここでも便宜的に「アメリカ」という表現を用いる。 4. 例えば、藤原(編)[2002]を参照。冷戦後の「帝国」をめぐる議論については、山本[2006]を参照。 5.「超大国」や「覇権国」に関しては、例えば、五十嵐[2001]を参照。 6.「国際秩序構築外交」としてのアメリカの国際主義については、上村[2008]を参照。 7. こうした世界戦争後の秩序構築については、Ikenberry[2001]を参照。多国間主義の視点から 国際秩序構築を扱ったものとして、他に Ruggie[1998]を参照。 8. ジョージ・ H ・ W ・ブッシュ政権とクリントン政権の国際秩序構想に関しては、それぞれ上村 [2002]、大津留[2002]を参照。 9. 山本[2006]、藤原[2002]を参照。 10. アメリカの対外関係における「保守」と「リベラル」に関しては、例えば、久保(編)[2007]を参照。 11. ジョーンズについては、http://projects.nytimes.com/44th_president/new_team/show/james-jon es を参照。ゲイツについては、川上[2007: 273-305]を参照。 12. 民主・共和両党内の対外政策上の立場の違いについて、詳しくは、久保[2007]を参照。オバ マ政権の外交安全保障チームに関しては、既に一部変更もあるが、例えば足立[2009]を参照。13. International Herald Tribune, March 1, 2009.
14. 『読売新聞』2009 年 2 月 16 日。この「対話外交」という言葉は誤解を招きやすい面もある。確
ブだと批判されてきたが、オバマのそれは「話せば分かる」といった単純なものではなく、むし ろ敵対勢力に対して武力だけに頼るのではなく、交渉や対話のチャンネルを常に開いておくべき だという外交戦略にむしろ力点があるといえよう。
15. International Herald Tribune, February 18, 2009. 16.『中国新聞』2009 年 2 月 22 日 .
17. International Herald Tribune, March 7, 2009. 18. International Herald Tribune, March 3, 2009.
19. ブラジル及びメキシコについては、恒川[2008]を参照。「左派政権」については、岡部[2008]; 遅野井・宇佐見(編)[2008]を参照。 20. 実際には、ブッシュ自身テキサスで育ち、スペイン語やメキシコ文化に慣れ親しんでいたこと もあって、少なくともブッシュ政権発足当初はラテンアメリカ重視は顕著であった。ブッシュは、 外国首脳との最初の会談はフォックス・メキシコ大統領と行い、米墨関係がアメリカにとって「最 も重要な二国間関係」だと述べ、ラテンアメリカ重視も表明し、ラテンアメリカ諸国への訪問や ラテンアメリカ首脳の接受もかつてないほど積極的にホワイトハウスで行われていた。またブッ シュ政権は、第二次世界大戦後、カーター政権以外ではほぼ唯一ラテンアメリカへの軍事的・政治 的介入を行っていない(失敗に終わった 2002 年 4 月の反チャベス・クーデターへの関与は明らか ではない)。そうした「不介入主義」にもかかわらず、皮肉なことに「看過」を批判されるだけで なく、「テロ戦争」とイラク戦争によって、近年ラテンアメリカで最も反感をもたれる政権となっ た。Castañeda[2008: 126, 133].
21. New York Times, December 16, 2008. 22. New York Times, December 31, 2008.
23. 他にブラジルのルーラ政権を含めて、「穏健左派」政権として、チリのバチェレ政権、ウルグア
イのバスケス政権、ペルーのガルシア政権等がある。Castañeda[2008];遅野井・宇佐見[2008]; 恒川[2008].
24. New York Times, February 14, 2009. 25. International Herald Tribune, January 6, 2009.
参考文献
足立正彦「日米協調を担う新政権のキーパーソンたち」『外交フォーラム』No.248(March 2009) 66-71 頁 .
Castañeda, Jorge G., “Morning in Latin America: The Chance for a New Beginning,” Foreign Affairs vol. 87, no. 5 (Sept/Oct 2008): pp. 126-39.
America's Promise (Washington, D.C.: Democratic National Committee, 2008).
Finan, Jr., William W., “Has the Cuban Moment Arrived?” Current History vol. 108, no. 715 (Feb 2009), pp. 93-4. 藤原帰一『デモクラシーの帝国―アメリカ・戦争・現代世界』岩波書店,2002 年. ―編『テロ後―世界はどう変わったか』岩波書店,2002 年. 古矢旬「オバマは何を変えたのか」『外交フォーラム』No. 247 (February 2009) 64-70 頁. 五十嵐武士「プロローグ―超大国主導型から覇権国主導型へ」五十嵐『覇権国アメリカの再編 ―冷戦後の変革と政治的伝統』東京大学出版会,2001 年,1-32 頁.
Ikenberry, G. John, After Victory: Institutions, Strategic Restraint, and the Rebuilding of Order after
Major Wars. Princeton: Princeton UP, 2001.
上村直樹「米国の戦後世界政策の展開と米州関係」油井大三郎・後藤政子編『統合と自立<「南 北アメリカの 500 年」第 5 巻>』青木書店,1993,34-59 頁 . ―「20 世紀米州関係への視角―民主化と市場経済化を中心に」『広島国際研究』第 5 巻(1999 年 6 月),1-18 頁. ―「冷戦終結外交と冷戦後への模索―レーガン、ブッシュ政権期の外交」佐々木卓也編『戦 後アメリカ外交史』有斐閣,2002 年,173-220 頁 . ―「対外意識と外交政策」畠山圭一・加藤普章編『世界政治叢書 1 アメリカ・カナダ』ミ ネルヴァ書房,2008 年,101-24 頁 . 川上高司「国防総省の『テロとの闘い』をめぐる人脈―ラムズフェルドからゲイツへ」久保文 明編『アメリカ外交の諸潮流―リベラルから保守まで』日本国際問題研究所,2007 年, 273-305 頁.
Kissinger, Henry, Diplomacy. New York: Simon & Schuster, 1994.
Kozloff, Nikolas, Revolution!: South America and the Rise of the New Left. New York: Palgrave Macmillan, 2008.
久保文明「外交論の諸潮流とイデオロギー―イラク戦争後の状況を念頭に置いて」久保編,前 掲書,1-47 頁.
Lowenthal, Abraham F., Ted Piccone, and Laurence Whitehead, eds., The Obama Administration and
the Americas: Agenda for Change. Washington, D.C.: Brookings Institution Press, 2009.
Nye, Joseph, The Powers to Lead. New York: Oxford UP, 2008.
Obama, Barack, The Audacity of Hope: Thoughts on Reclaiming the American Dream. New York: Random House, 2006.
― , “Renewing American Leadership,” Foreign Affairs 86-4 (July/Aug 2007): 2-16.
― , Change We Can Believe in: Barack Obama's Plan to Renew America's Promise. New York: Three Rivers Press, 2008.
岡部広治「中南米における変革の進展―ベネズエラ、ボリビア、エクアドル、ニカラグア」『経済』 149(2008 年 2 月),159-75 頁.
遅野井茂雄・宇佐見耕一編『21 世紀ラテンアメリカの左派政権―虚像と実像』アジア経済研究所, 2008 年.
掲書,221-56 頁 .
Ruggie, John G., Winning the Peace: America and World Order in the New Era. New York: Columbia UP, 1998.
Shifter, Michael, and Daniel Joyce, “No Longer Washington's Backyard,” Current History Vol. 108, No.715 (February 2009): 51-57.
砂田一郎「オバマ新大統領はアメリカを変えるか」『世界』第 786 号(2009 年 1 月),43-52 頁 . Wilentz, Sean, The Age of Reagan: A History, 1974-2008. New York: Harper Collins, 2008. 恒川惠市『比較政治―中南米』放送大学教育振興会,2008 年.
山本吉宣『「帝国」の国際政治学―冷戦後の国際システムとアメリカ』東信堂,2006 年. Zakaria, Fareed, The Post-American World. New York: W. W. Norton & Co. Inc., 2008.
オンライン資料
Clinton, Hillary. “Nomination Hearing To Be Secretary of State,” January 13, 2009. <http://www.state.gov/secretary/rm/2009a/01/115196.htm> (accessed 10 Mar. 2009) Obama, Barack. “Renewing U.S. Leadership in the Americas,” Campaign Speech, May 23, 2008.
<http://www.barackobama.com/2008/05/23/remarks_of_senator_barack_obam_68.php> (accessed 10 Mar. 2009)
― . Inaugural Address, January 20, 2009.
<http://www.whitehouse.gov/blog/inaugural-address/> (accessed 10 Mar. 2009) ― . “Responsibly Ending the War in Iraq,” February 27, 2009.
<http://www.whitehouse.gov/the_press_office/Remarks-of-President-Barack-Obama-Respon sibly-Ending-the-War-in-Iraq/> (accessed 10 Mar. 2009)
Vinke, Kira. “Revamping U.S.-Cuban Politics: Playing the Guantánamo Card in a Game of Constructive Diplomacy,” COHA Press Release, March 4, 2009.
<http://www.coha.org/2009/03/revamping-us-cuban-politics-playing-the-guantanamo-card-i n-a-game-of-constructive-diplomacy/> (accessed 10 Mar. 2009)