レーザ協会誌 Vol. 38, No. 1 (2013) 15
1. はじめに
マイクロエレクトロニクスからバイオメデ ィカルデバイスに至るまで,最終製品の小型 化や機能の向上を目的として,レーザを用い た微細加工のニーズが高まっている.レーザ 加工は,シリコン,メタル,プラスチックに 数十ミクロンオーダーで微細な孔あけ,切断, スクライブを行うためのキーテクノロジーで あることが証明されている.これまで,精密 マイクロマシニング応用は,パルス発振のD PSS(LD励起固体レーザ)やエキシマレ ーザに代表されるナノ秒オーダーのパルス幅 のレーザによって牽引されてきた.これらナ ノ秒の短波長発振レーザを利用し,加工周辺 部の熱影響を最小限に抑えた加工が検討され てきたが,最近では,生産性,ランニングコ ストの観点から,全固体で短パルスのレーザ の適応が検討されて始めている. これまで熱吸収の少ない高バンドギャップ (例:ガラスやポリマー)材料は加工が難しい とされ,フェムト秒レーザを用いた加工が検 討されてきた.しかしながら,フェムト秒レ ーザはより複雑で,発振を維持させることが 難しく,出力当たりのコストが高くなってし まうため,産業組込み用途に適応するレーザ の誕生が求められていた.一方,ピコ秒レー ザの優れたビーム品質やエネルギーレベルが, 材料のアブレーションを起こすことが確認さ せてきた. 本稿では,このニーズに応えるべく誕生し たコヒレント社独自に設計開発したファイバ ーレーザをシード光に用いフリースペースア ンプ型の Talisker シリーズ,写真 1)と固体 レーザをシード光に用いてマルチパスアンプ により更なる高平均出力(最大75W)を実現 し た RAPID シ リ ー ズ ( 2012 年 12 月 に Lumera 社を傘下に納め,製品ラインアップ に加えた.)の 2 種類の産業用ピコ秒レーザ の特徴とその応用に関して紹介する. 尚,当社の産業用レーザの詳細については, ホームページhttp://www.coherent.co.jp を参 照願いたい. 輸入レーザコヒレント社製
産業用全固体ピコ秒レーザと
その応用例
コヒレント・ジャパン株式会社 山崎 達三
特
集
写真1 当社の産業用ピコ秒レーザの外観 (小型設計、全固体化による完全メンテナンス フリー動作を実現している。型名:Talisker Ultra)2. ピコ秒レーザの優位点
マイクロマシン応用で重要な点は,加工周 辺部に熱的なダメージを与えずに(HAZを 最小限に抑えた)ミクロンスケールの加工を 施す空間分解能を得ることである.ピコ秒レ ーザパルスはナノ秒パルスレーザと比較し, 空間分解能に優れている.一般にパルス幅を 短くするとピークパワーが増大する.例えば, 100µJ で 10ps のレーザでは,10MW ものピ ーク出力が得られる.これまでのナノ秒パル スレーザでは,材料に局地的な熱を与えて加 工していたため,熱影響の問題が生じていた. ピコ秒レーザでは,ピーク出力から得られる, より大きなフォトンの強度により,材料の電 子を励起するないし直接的にその結合を切断 するマルチフォトンと呼ばれるプロセスを生 じさせることができる.熱影響を最小限に抑 えるコールド除去プロセスは,これまでエキ シ マ レ ー ザ に 代 表 さ れ る DUV(Deep UV)レ ーザにより実現されていた.加えてマルチフ ォトン吸収では,現在市販されているレーザ で加工することが困難だった線形性や吸収率 の小さな材料(ガラスやポリマー)に対する 加工が可能となる.多くの材料に対してピコ 秒レーザを用いた場合,線形及び非線形(マ ルチフォトン)吸収の組み合わせによって加 工が施される. 図1 に示すようにマルチフォトン吸収プロ セスの効率は LASER POWER のN乗として 計られる.(Nは関係するフォトンの数)吸収 のプロファイルは,通常のガウシアン特性に おいてNが大きくなるに従い狭くなる. 結果としてピコ秒の赤外発振レーザでも時 にナノ秒のUVレーザの加工に匹敵する空間 分解能を得ることができる.また,ピコ秒レ ーザを用いた加工では,材料を蒸気として除 去でき,更には,垂直方向の熱拡散が小さい ため,深さ方向の制御が可能であり,更には, 薄膜フィルム材料において底層に使用する材 料の選択性を拡げるといった利点を生かせる.3. 再 生 増 幅 (Regenerative
Amplifier)を用いたピコ秒レーザ:
Talisker の特長
短パルスレーザの微細加工への導入が検討 されている.しかしながらフェムト秒レーザ を高出力で生産用に製品化することは,複数 の共振器を組み合わせる必要があるため,複 雑な光学構成となるため,難しいと考えられ ていた. 当社は,この問題を独自の設計コンセプト と製造技術により,ピコ秒発振で解決した. ピコ秒レーザパルスは連続発振の共振器を母 体としモードロック(同期)の手法を用い, 出力は増幅器を用いて必要なレベルまで引き 上げられる.この増幅にはこれまでフリース ペースレーザないしファイバーレーザという 異なるアプローチがとられていた.これまで のフリースペースレーザでは,多数の独立し た大きなオプティクスが採用されていたため, 安定動作を得るためには,精密なポジショニ ングを必要とし定期的なアライメント作業が 強いられてきた.このようなタイプの製品は 研究開発用には有用であるが産業生産用途に おいては適応が難しい.一方,ファイバーレ ーザを用いた場合,ファイバー共振部の段階 図1 マルチフォトン吸収プロセスの概念図レーザ協会誌 Vol. 38, No. 1 (2013) 17 では非常に安定した出力を得ることができる が,増幅器で出力を大きくすることが難しい と考えられている.理由は,強いパルスエネ ルギーはファイバー内で非線形効果を生み, 結果として内部ロスや致命的な光学ダメージ を引き起すという問題を抱えている.当社は, この制限を回避するため,独自のハイブリッ ト手法を採用した製品「Talisker」を 2008 年 4 月 LASER EXPO 2008 にて発表した.本 レーザは,性能(パルスエネルギー,モード 質)と生産性を同時に達成するレーザとして 注目され多くの反響を得た.その後,ユーザ からの更なる要求に応え,より信頼性と性能 を 向 上 さ せ た 次 世 代 モ デ ル Talisker Ultra を,2010 年 3 月に新バージョンとしてリリ ースした. 本レーザは,非常に安定したモードロック 発振のファイバーレーザをシード光に採用し, シンプルかつ頑丈なフリースペースの増幅器 を用いてパルスエネルギーが信頼性を維持し た状態で引き上げられている.そのためコン パクト設計でありながら,高繰り返し周波数 (200kHz)ま で 数 十 μ J の 出 力 が 得 ら れ る 製 品となった.更には,基本波の発振が高いピ ーク出力であるため非線形光学結晶を組み合 わせた高調波(532nm ないし 355nm)モデ ルでも高い変換効率を達成した.図2に概念 図,表1に主な仕様を示す. 尚,高調波モデルは,発振波長をソフトウ ェアで切り替えて発振させることができる. このことは1 台で複数の波長を使用して材料 加工を行なうことができることを意味し,装 置搭載における設計の自由度を拡げた.(写真 2) 図2 Talisker の共振器構造概念図 表1 TaliskerUltra の出力仕様 モデル名 平 均 出 力 @ 200 kHz Talisker Ultra 1064 16W @ 1064 nm Talisker Ultra 532 8W @ 532 nm 16W @ 1064 nm Talisker Ultra 355 4W @ 355 nm 8W @ 532 nm 16W @ 1064 nm 写真 2 TaliskerUltra は波長ごとに異なる 出力窓があるため、波長を切り替えて使 用できる。 表 2 Talisker 1 波長発振モデルの出力仕様 モデル名 エネルギー /発振波長 繰 返 周 波 数 (最大) Talikser HE 180uJ /1064nm 100uJ /532nm 30uJ /355nm 50kHz Talisker 500 50uJ /1064nm 30uJ /532nm 20uJ /355nm 500kHz Talisker 1000 25uJ /1064nm 15uJ /532nm 10uJ /355nm 1MHz
更には,Talisker の増幅器のデザインは非 常に優れたモード質を同時に実現した.いず れの波長発振においてもM2 <1.3 を実現して おり,優れた集光特性と空間分解能を得るこ とができる.(写真 3) Talisker シリーズは,更なるニーズに応え るため,1 波長の発振専用モデルでは,高繰 返周波数ないし高いエネルギーが得られるモ デルをリリースし,量産化のニーズにも対応 している.
4. 過 渡 増 幅 (Transient Amplifier)
を用いた 高平均出力ピコ秒レー
ザ:RAPID シリーズ
[7] 当 社 は ,2012 年 12 月 , Lumera Laser GmbH(2000 年に設立)を傘下に納め Talisker では達成できない高出力のラインアップを強 化した. RAPID シリーズにおいては,複数のアンプ 段を 連結 す るこ とに よ り Talisker が到達し 得ない高い平均出力の発振器を実現している. 写真4にレーザヘッドの外観,表3 に主な 出力仕様を示す. 過渡増幅手法は,再生増幅手法に比較し, 周波数を柔軟に調整できる特徴を持つ.更に は,数ナノ秒スケールのバーストモード発振 (典型値最大 10 パルス)が得られる利点が ある.RAPID をバーストモード動作で発振さ せた際の発振波形を図3に示す.ピコ秒加工 においては,高エネルギーでの加工が必ずし も生産効率を向上するとは限らない.パルス 間に適当な連続するパルスが照射されると, プラズマのクラウドによる熱影響の問題を回 避できるため,材料によっては,10-50uJ の 低エネルギーであってもより多く材料を除去 図3 パルスをスプリットすることにより 20ns 間隔のパルス群を形成した例 写真4 RAPID シリーズのレーザヘッド外観 写真3 Talisker Ultra の優れたモード特性 表 3 Rapid シリーズの出力仕様 モデル名 平 均 出 力 @500kHz/ 発 振波長 繰 返 周 波 数(最大) Hyper Rapid 75 75W/1064nm 50W/532nm 1MHz Hyper Rapid 50 50W /1064nm 23W /532nm 16W/355nm 1MHz Hyper Rapid 25 25W /1064nm 13W /532nm 9W /355nm 1MHz Hyper Rapid 10 8.5W /1064nm 3.2W /532nm 1.4W /355nm 1MHzレーザ協会誌 Vol. 38, No. 1 (2013) 19 できることが証明されている. 図4にシリコンを例にした場合のパルス数 の増大とアブレーションレートの関係を示す グラフを写真5にその加工結果を示す.
5. ピコ秒レーザの応用例と適合性
短パルスレーザは,熱影響を最小限に抑え て微細加工を行う必要がある用途で注目され ている.図5に異なるパルス幅と加工結果の 一例を示す.ピコ秒レーザでの加工結果は, ナノ秒以上のパルス幅のレーザに見られるよ うなデブリの形成や熱的なダメージが,圧倒 的に少ないことが実証されている.更には, 高ピークエネルギーと微小スポットへの集光 を 組 み 合 わ せ る こ と に よ り,1 T W / c m 2 もの高い照射を実現することが可能になるた め,マルチフォトンの吸収現象が期待でき, 加工対象となる材料の吸収を促進させること ができる.このことにより,長波長のレーザ を選択した場合でも,従来の短波長ナノ秒レ ーザの加工結果より,低熱影響でかつ高速の プロセススピードを実現できる可能性を秘め ている.下記に応用ごとの主な加工適応例に ついて紹介する. a)集積回路基板の微細加工への適応例 集積回路技術においては,高性能,高機能 がサイズや消費電力の削減のもとに実現され ることが絶え間なく求められている.この要 求は薄く削られたシリコンを積層し,垂直に 回路を形成する方向に導いている.これまで システムインパッケージでは異なるメモリー をワイヤーで接続していた.更なる小型化や 省電力を目的として,シリコン層にスルーホ ールを形成しその後メタルで導通させる手法 が 検 討 さ れ て い る . こ の 技 術 は S T V (Silicon Through Via)と呼ばれている.レ ーザで加工する際は,ビアホールの側壁での 融解を最小限に抑え,かつ半導体そのものに 残余ストレスを与えないように加工する必要 がある.Talisker は,シリコン材料の吸収率 の高いUV発振が可能で,更にはピコ秒オー ダーの短パルスでの低熱影響の加工を同時に 実現するため,本応用に理想的な光源である. 写真6に加工例を示す. 図4 バーストパルススプリットモード動作 による除去レートの飛躍的な向上 写 真 5バーストパルスにより、除 去 レートが向 上し、かつ加工表面が綺麗に加工された例 図 5 レーザ照 射 による加 工 結 果 の違 いに 関するイメージ図一方,フロント表面に形成される回路(フ ラットパネルディスプレイや薄膜タイプのソ ーラーモジュールなどに採用)においては, 透明伝導酸化膜が利用され,RFID(Radio Frequency Identification)カードや使い捨て のメディカルセンサーなどには,プラスチッ クやガラス上に数十nmの薄膜金属フィルム が採用されており高密度でパターニング加工 が行なわれている.ナノ秒レーザで加工した 場合,フィルム上のエッジ部が加工により剥 離,或いは母材(下の層に使用されている材 料)にダメージを与えるケースがしばしば見 られる.写真 7 は,Talisker(1064 nm)を 用いて,20µm の集光径,1µJ のエネルギー でガラス上の20nm 厚のアルミニウムに対し, ガルバノスキャナーを用いて 3 m/秒にて除 去した例である.(写真 7) b)半導体ウェハ加工への適応 UV波長は,樹脂及び金属双方に高い吸収 があるため,シリコンウェハ上の Low-K 膜 (回路パターンが形成されたフィルム)の グルービング加工にも有効である.更には, 薄板のシリコンウェハの完全切断においても, 切り幅を最小限に抑え,かつチッピングのな い低熱影響の加工が実現できている.写真 8 に,波長355nm,25µJ@ 200kHz,スポット サイズ 8µm 以下で,100µm の厚さのシリコ ンウェハを加工した結果を示す.加工スピー ドは約7mm/s である. c)高輝度LEDへの適応例 高輝度 LED の応用においては,GaN を製 膜する基板としてサファイアガラスが採用さ れ,低熱影響での高速スクライブ加工が求め られているが,この応用においてもピコ秒レ ーザで良好な結果を得ており,適応の検討が 進んでいる.通常,これまでの低輝度のLE Dでは,ナノ秒のUVないしDUVレーザが 適応されていたが,ピコ秒レーザを用いた場 合,高ピークパワーによる非線形現象により, 532nm の 波長でも熱影響の少ない高速スク ライブ加工が実現できていることがわかる. (写真 9) d)その他の応用 上記の業界以外でのピコ秒レーザの新たな 応用が拡がりを見せている.例えば,スマー トフォンに採用されているガラスの切断加工 写 真 6 ピコ秒 レーザでSiをトレパニング加 工した例 写真7 ガラス上の Al 膜(20um 厚)の除去例 写真 8 ピコ秒レーザでシリコンウェハにダイ シング加工を行った例
レーザ協会誌 Vol. 38, No. 1 (2013) 21 などである.薄いガラスや強化ガラスの加工 ないし曲線への加工は,これまで採用されて いた炭酸ガス(CO2) レーザでは困難となっ ているが,ピコ秒レーザの導入が検討されて いる.最近ではフィラメント加工と呼ばれる 切断手法も生み出されており,注目されてい る. また,小径孔化が進んでいるプリント基板 (PCB)のマイクロビアホール加工装置への 搭載も始まっている.更には,自動車や航空 機業界においても燃料インジェクターノズル の孔明け,摩擦抵抗を低減させるための金属 表 面 へ の マ イ ク ロ ス ト ラ ク チ ャ(テ ク ス チ ャ リング等)の形成,太陽電池業界においては薄 膜やコンタクトホールの高速加工,印刷業界 におけるシリンダ表面へのエンボスマイクロ 微細加工,マテリアルプロセス業界において は,3 次元微細彫刻,コールドマーキングな どの加工等,様々な業界において,導入が進 んでいる.
6. まとめ
ピコ秒レーザは,様々な業界において注目 されはじめている.特に,50um 以下の加工 を行う際には,機械ドリルやフライス盤や放 電加工機などに比べ,ピコ秒レーザによる加 工技術が,生産コスト的に有利であることが, すでに実証され始めている.短パルスレーザ によるドライコールドプロセスは,多くの応 用で後処理を省略させ,生産コストの低減に 貢献する可能性を秘めている.当社は生産用 途を念頭におき,短パルスレーザであっても, 信頼性の高い,低コストオーナーシップの産 業用レーザ発振器の市場導入を実現した. 産業用ピコ秒レーザの誕生により,レーザ を用いた微細加工が,従来の機械加工技術に 置き換えられる範囲が確実に広がっている. 今後も,ピコ秒レーザに留まらず,現状に 妥協することなく,引き続きお客様の真のニ ーズに対応できる新しい製品の開発に力を入 れていき,更なる新しいレーザ加工市場の拡 大に貢献していきたいと考えている.7. 参考文献
1. Precision Material Processing with Talisker Laser (White Paper for Fiber Based laser May 2008)
2. Micromachining of Glass Using a Fiber-Based, High Average Power Pico second Laser (White paper on Talisker glass scribing, December 2008)
3. Picosecond laser for High-Quality Industrial Micromachining (Photonics Spectra, November, 2009)
写真9 サファイア基板に 300µm/s で高速に 熱影響の少ないスクライブ加工を行った例