1.はじめに
心不全は老年期に急増し、一旦発症すると経過は 進行性で、増悪による再入院を繰り返しながら心機 能・身体機能が低下して死に至る予後不良の疾患で ある。わが国では高齢社会の進行に伴い、高齢者の 慢性心不全患者が増加しており 2030 年には 130 万 人に達すると推計され1)、今後、患者数増加・死亡 者数増加・医療費増大・病床数不足・医師不足など で医療体制が疲弊する 「心不全パンデミック」 に陥 ると危惧されている。 心不全患者における心不全増悪の誘因は感染・不 整脈・心筋虚血・高血圧などの医学的要因に加え、 服薬の不徹底、過労、塩分・水分制限の不徹底など の患者要因がある。2017 年に厚生労働省が示した 「脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る診療提供 体制の在り方について」2)では、慢性心不全の対策 として 「増悪予防・再入院予防」 の観点から、疾患 管理が可能な多職種による包括的心臓リハビリテー ション (以下、包括的心リハ) の提供が必要であり、 かかりつけ医を中心に急性期から維持期まで地域全 体の医療・介護機関が連携して、継続的な介入がで きる医療体制の構築が提言されている。さらに、こ の対策を推進するに当たり、幅広い心不全の概念を 患者やその家族、心血管疾患を専門としない医療従 事者間で共有することが重要であると示されている ため、本稿では心不全の基礎知識と高齢心不全患者 の特徴および運動療法について概説する。2.心不全の基礎知識
2-1.心不全の病態 心不全とは 「何らかの心臓機能障害、すなわち、 心臓に気質的および / あるいは機能的異常が生じて 心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果、呼吸困難・ 倦怠感や浮腫が出現し、それに伴い運動耐容能が低 下する臨床症候群」 と定義される3)。 解説すると、心不全とは臨床症候群で、心不全を 引き起こす原因となる基礎疾患 ( 器質的心疾患 ) が必ずある。心不全の基礎疾患は主には虚血性心疾 患 (心筋梗塞・狭心症) 、弁膜症、心筋症、不整脈、 高血圧などの心血管疾患である。何らかの基礎疾患 によって心ポンプ機能が低下すると、交感神経や神 経体液性因子が活性化し、心拍出量と血圧を増加さ せてポンプ機能を維持する代償機転が働く。そこに、 感染、服薬中断、過労などの増悪因子が加わると、 心臓への負荷が過剰となって代償機転が破綻し、心 不全症状が現れる。この病態が不安定な時期を 「急 性心不全または慢性心不全の急性増悪」 という。心 不全症状は、大別すると 「うっ血」 と 「低灌流」 に よるものがある。 「うっ血」 による症状は呼吸困難、 息切れ、起坐呼吸、浮腫などで、「低灌流」 による 症状は全身倦怠感、冷汗、四肢冷感、低血圧などで 総説慢性心不全患者における理学療法の視点
*相方由香理
1)越智 裕介
1) 要旨 慢性心不全は高齢者に多く、増悪による再入院を繰り返しながら徐々に身体機能が低下して、 要介護状態となることが多い。わが国では高齢社会の進行に伴い、さらに心不全患者が増加す ると報告されており、これは家族や社会への医療負担を含めた社会問題となっている。その対 策として、心不全の疾患管理を可能とする包括的心臓リハビリテーションを基盤とした、地域 医療体制の構築が求められている。中でも運動療法は、「心不全患者の運動耐容能、生活の質 (QOL)、予後を改善させる治療介入」と位置づけられており、理学療法士には急性期・回復期・ 維持期と継続的な介入が期待されている。今後、各分野で心不全を有する高齢者の理学療法を 担う機会が増えると予想される。本稿では心不全の基礎知識と高齢心不全患者の特徴および運 動療法について概説し、心不全患者の理学療法の視点を共有できたらと考える。 (理学療法の臨床と研究 30:9-15,2021) キーワード 慢性心不全、高齢者、理学療法* A viewpoint of physical therapy in patients with chronic heart failure
1) 福山循環器病院リハビリテーション課
Department of Rehabilitation,Fukuyama Cardiovascular Hospital
あり、これらの症状によって運動耐容能は低下する。 治療により再び心不全が代償されると、症状は改善 して病態も安定する。この時期を 「慢性心不全」 と いう。 2-2.心不全の分類 ここでは、心不全の病態と重症度を把握するため に用いる 「心機能による分類」 を示す。 1)左室機能 (左室駆出率) による分類 臨床では左室機能によって治療法や評価法が異な るため、左室収縮能を示す左室駆出率 (LVEF: left ventricular ejection fraction) による分類が多 用されている。大別すると LVEF が低下した心不全 (HFrEF: heart failure with reduced ejection fraction) と LVEF が 保 た れ た 心 不 全 (HFpEF: heart failure with preserved ejection fraction) がある3)。 【左室駆出率の低下した心不全: HFrEF(ヘフレフ)】 定義は LVEF40%未満。心拡大 (心筋が薄くなる) などにより、左室の収縮力が低下するために十分な 心拍出量が保てず心不全症状を生じる (収縮障害) 。 主な要因は虚血性心疾患や拡張型心筋症などの心筋 疾患である3)。従来、心不全とはすべて収縮障害で あると考えられおり、HFrEF における治療法 (薬物 療法、デバイス治療) や運動療法の有効性はエビデ ンスが確立している。 【左室駆出率の保たれた心不全: HFpEF(へフペフ)】 定義は LVEF50%以上。心肥大 (心筋が厚くなる) や心筋の線維化(心筋が硬くなる)などにより左室 の拡張機能が低下するために、心腔内に血液を十分 に貯められず、心拍出量が保てなくなり心不全症状 を生じる (拡張障害) 。要因は高血圧、糖尿病、脂 質異常症などの生活習慣病、虚血性心疾患や心房細 動などがある4)。また、加齢も拡張障害の原因であり、 高齢者が多いわが国では HFpEF が増加している5)。 この病態は近年明らかとなってきたため、治療法や 運動療法の効果はまだエビデンスは少なく、臨床研 究が進められている。
2) ニューヨーク心臓協会 (NYHA: New York Heart Association) による心機能分類 身体活動による自覚症状の程度により心疾患の重 症度を分類化したもので、心不全の重症度分類とし て広く用いられている (表1)6)。 2-3.心不全の進展ステージ 近年、「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017 年改訂版)」3) で示された心不全発症リスクを含め た病期の進展ステージが用いられている。ステージ A と B は 「心不全を発症するリスクがあるステージ」 、 ステージ C と D は 「心不全を発症したステージ」 で ある。対象患者がどのステージにいるのかを把握す ることで、理学療法においても介入するべき目標が 見えてくると考える ( 図 1)2)。 【ステージ A】 まだ器質的心疾患はないが、高血 圧・糖尿病などの冠危険因子を有しているため、心 不全を発症するリスクがある段階。生活習慣改善に よる冠危険因子の是正に介入し、心不全の原因とな る器質的心疾患の発症を予防する。理学療法では一 次予防の運動療法導入が期待される。 【ステージ B】 虚血性心疾患や軽度の弁膜症など の器質的心疾患を発症したが、まだ心不全は発症し ていない段階。心不全を発症するリスクがあるため、 器質的心疾患の進行抑制と心不全発症予防を目標に 服薬指導、食事療法、運動療法などの患者教育を実 施する。なお、臨床にて既往歴に陳旧性心筋梗塞が ある症例はこのステージに該当するため、理学療法 を行う際は二次予防の視点を踏まえた運動療法や至 適運動強度の指導が必要であると考える。 【ステージ C】 心不全を発症し、息切れなどの心 不全症状 (NYHA Ⅰ~Ⅳ) が生じる段階。疾患管理が 不十分であると、急性増悪による入退院を繰り返し、
表1 NYHA (New York Heart Association) の心機能分類 ( 文献 6 より引用、一部改変 )
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徐々に心機能と身体機能が低下する。そのため、心 不全治療に並行して、多職種による包括的心リハに て増悪因子の確認と支援が必要である。理学療法で は運動療法による運動耐容能改善と疾患管理に努め る。 【ステージ D】 おおむね年間2回以上の心不全入 院を繰り返し、有効性が確立しているすべての治療 が実施ないし考慮されたが NYHA Ⅲ・Ⅳより改善し ない段階。可能な範囲でステージ C の介入を継続し ながら、病態に応じて終末期ケアへ移行する。理 学療法では、低強度での運動療法や日常生活動作 (ADL) 練習を継続する。病態の進行に伴いコンディ ショニング中心に移行することもある。
3.高齢心不全患者の特徴
日本心不全学会が作成した 「高齢心不全患者の治 療に関するステートメント」7) では、高齢心不全患 者の特徴として以下の事項があげられている。 1) 複数の併存症を有している 日本人の心不全患者における大規模な登録観察研 究 に は JCARE-CARD (Japan Cardiac Registry of Heart Failure in Cardiology) や CHART (Chronic Heart Failure Analysis and Registry in the Tohoku District) がある。これらの研究から 、高 齢心不全患者の基礎疾患は虚血性心疾患が最も多 く、次いで弁膜症、高血圧性心疾患が占めており、 併存症は高血圧、糖尿病、慢性腎臓病、心房細動が 高率に認められたと報告されている5)。加えて中枢 神経疾患や整形疾患などの運動機能に影響を及ぼす 疾患も多くみられる。これらの疾患の悪化は心不全 の増悪因子となるため、高齢心不全患者の理学療法 では、冠危険因子の是正を目的とした運動療法と生 活指導を、患者個々の身体機能に応じて継続するこ とが必要である。 2) 左室駆出率が保たれた HFpEF が多いJCARE-CARD に よ る HFpEF と HFrEF の 比 較 で は、 HFpEF は高齢者の占める割合がより高く、予後は心 臓死および併存疾患など全ての要因による死亡率あ るいは心不全増悪による再入院において両者に差は なく、HFpEF は HFrEF 同様に予後が悪いと報告され ている8)。今後、臨床において高齢 HFpEF 患者に遭 遇する確率は高くなると予想される。理学療法の際 に既往歴に慢性心不全があり、LVEF が 50%以上の 症例を担当した場合、 「心機能 (LVEF) がよいから 自覚症状がなければ廃用症候群の高齢者と同等な運 動や活動は大丈夫だ」 と捉えてはいけない。過負荷 や過活動により心不全増悪の危険があることに注意 する必要がある。 3) 心不全のフレイル・サルコペニア 心不全患者の身体的フレイルは、加齢による一次 性サルコペニアと廃用や心臓悪液質による二次性サ ルコペニアが混在していると想定される9)。心臓悪 液質は主に炎症性サイトカインの上昇、インスリン 「脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る診療体制の在り方について」(厚生労働省) https://www.mhlw.go.jp/fi le/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000173149.pdf が作成した心不全の臨床経 過のイメージ図をもとに (2020 年 7 月 1 日引用 )、筆者の臨床経験を踏まえて理学療法の介入目標を追記して作成した。 図1 心不全の進展ステージと理学療法の介入目標 ( 文献 2 より一部改変 )
抵抗性、蛋白異化亢進などによる骨格筋量減少と脂 肪組織減少であり、慢性心不全患者の予後不良因子 の1つとされている10)。加齢によるサルコペニアは 栄養摂取、ポリファーマシーの解消、運動 (有酸素 運動と筋力トレーニング) などの適切な介入で可逆 的であるが11)、心不全患者では病態が悪化 (急性増 悪) して栄養摂取困難な時期は、心臓悪液質が顕著 になるため、まずは心不全の病態管理 (治療) と栄 養管理が必要である。しかし、急性期には治療上安 静を強いられることが多く、高齢フレイル患者では 身体的デコンディショニングにより、容易に要介護 状態に陥る可能性がある。したがって、理学療法で は心不全治療の経過に合わせて、できるだけ早期か ら離床や低強度のプレトレーニングを開始し、身体 機能や ADL 低下を予防することが必須であると考え る。
4. 慢性心不全患者の運動療法
ここでは、回復期から維持期の病態が安定してい る慢性心不全患者の運動療法について述べる。病態 が安定した慢性心不全に対する自覚症状の改善およ び運動耐容能改善を目的とした運動療法は、強く推 奨されている (クラスⅠ、エビデンスレベル A)12)。 4-1. 慢性心不全における運動耐容低下の機序 心不全患者では、心不全症状に伴って運動耐容能 が低下する。この運動耐容能低下は心機能低下によ るものだと考えがちだが、実際は運動耐容能と心機 能 (LVEF) に相関は低く13)、主要な機序は骨格筋の 筋肉量減少、代謝異常、血管拡張能低下やエルゴ受 容体反射亢進などの末梢因子であると考えられてい る14)。さらに、高齢者では過度の安静や長期臥床に よる身体機能や呼吸機能低下、運動時心拍数の上昇、 起立性低血圧などの身体的デコンディショニングの 影響で運動耐容能がさらに低下する。 臨床では、LVEF が 20 ~ 30%台の高齢重症心不全 患者であっても、身体機能が保たれている場合、家 庭菜園や散歩などの活動を楽しみながら生活してい る方々をしばしば経験するが、この機序が関与して いると思われる。 4-2. 慢性心不全における運動療法の効果 運動療法の効果は高齢心不全患者でも同様に得ら れるとされている (表 2)。運動療法の主たる効果は 運動耐容能改善であるが、慢性心不全では運動療法 単独で心不全増悪による再入院を減らし、総死亡数 と心臓死を減じて生命予後を改善15)、さらに高血圧・ 糖尿病・脂質異常症などの冠危険因子是正への効果 が予後改善に寄与すると報告されている16)。これら のことから、包括的心リハにおける運動療法は治療・ 回復・予防の 3 つの側面を持つ医療行為であるとい われている。 4-3. 慢性心不全患者における運動療法の実際 1) リスク管理のポイント 心不全患者に安全で効果的な運動療法を実施する 上で大切なことは、介入ごとに実施の可否と至適運 動量を適切に評価することである。心不全増悪を示 唆する所見 (表 3) が認められた場合は、早期に医 師へ報告する。運動量の一時減量や水分制限強化、 利尿薬の一時的増量などの早期対策ができれば、心 不全増悪による入院回避につながる可能性がある。 理学療法士は運動療法のみでなく、増悪の早期発見 による疾患管理をも担う役割があるといえる。 表2 心不全における運動療法の効果 ( 文献 12 より引用 )2) 慢性心不全における運動処方
表 4 に心不全に対する運動処方を示す。嫌気性代 謝閾値 (AT: anaerobic threshold) 以下で行う持 久力トレーニング (歩行、自転車エルゴメータなど の有酸素運動) とレジスタンストレーニング (ウエ イトマシーン、ゴムチューブ、自重を利用した反復 筋力強化運動) を組み合わせると運動耐容能および QOL 改善に有効とされる。AT を基準にした運動強度 は、長時間の持続的運動が可能で、換気亢進による 呼吸困難感が生じにくく、血中カテコラミンの著明 な増加もないため心臓に悪影響を与える代謝内分泌 系の変化を生じにくい17)。また、血圧や心拍数の急 激な増加がなく安全に運動が実施できる。AT は心肺 運動負荷試験で求められるが、実施不可能な場合は 自覚的運動強度 Borg 指数 11 ~ 13 「楽である~やや つらい」 やトークテスト (運動時に 30 秒程度の会 話ができる) で評価できる。なお、心拍数を基準に した運動処方は心房細動やβ遮断薬投与がある症 䝏䜵䝑䜽㡯┠
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5.おわりに
心不全の基礎知識と高齢心不全患者の特徴および 運動療法について、できるだけ専門用語を用いずに 概説した。今後、循環器疾患を専門としていない理 学療法士の方々も、病院のみならず在宅や通所施設 において、心不全を併存している高齢者の理学療法 に携わる機会が増えてくると予想される。本稿を通 じて心不全の理学療法の視点を共有し、共に高齢心 不全患者を取り巻く社会問題へ微力ながらも貢献で きたらと期待する。【COI の開示】
本論文の投稿にあたり、開示すべき COI はありま せん。【文献】
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