157 2021 年 3 月
〔巻頭言〕
多様性と差別
国際医療福祉大学三田病院精神科/同大学赤坂心理・医療福祉マネジメント学部心理学科平島奈津子
「女性の声は十分に大きく,もはやマイノリティとはいえない」と思われる読者もいるかもしれない. だが,2020 年,新型コロナウィルス感染症の世界的な流行による不況下で,真っ先に職を失ったのが 非正規雇用の女性だったことは記憶に新しい.かつて中国が掲げた「一人っ子政策」のもとで女児の出 生率が目に見えて少なくなったことをはじめとして,新生児の性別がコントロールされ,世界的にみて 性別のバランスに大きな歪みが生じていることもまた事実である.そして,日本のジェンダー・ギャッ プ指数は,世界の中で格段に低い.Diversity & Inclusion(以下,D & I)のムーヴメントは,1970 年代,米国の企業戦略として,女性 や有色人種などのマイノリティを積極的に採用して,差別のない処遇のもと,彼らの多様な特性や価値 観を活かして企業成長へとつなげたいという狙いから始まったといわれている.近年,本邦でも大企業 を中心にその理念は取り入れられつつあり,その推進策の一つとして,Employee Resource Group(通 称 ERG)の活動が拡がっている. ERG とは,D & I に関心のある社員たちによって,コミュニティへの関心や企業文化の改革などに 寄与する活動を自発的に企画・運営するグループのことで,いわばボトムアップ型の D & I 推進活動 といえる.ERG の例としては,LGBTQ(性的マイノリティ)社員のグループ,多国籍社員のグルー プ,発達障がい社員のグループなどがある. 一方,D & I が叫ばれる中で,その表裏の関係ともいえる,ヘイトスピーチのような「大っぴらな差 別」が社会問題となっている.ヘイトスピーチは単なる言論の自由で測れる問題ではなく,そこに含ま れる攻撃性や排除性が本質である.2016 年に「ヘイトスピーチ解消法」,「障害者差別解消法」,「部落 差別解消法」が相次いで制定されたが,差別の問題は世代間に意識的・無意識的に継承されてきた文化 的な問題が影響しているため,法律だけで解決できない.その意味で,近年,着目されているのがマイ クロアグレッションである. マイクロアグレッションは 1970 年代に米国の精神科医ピアースによってつくられた造語である.こ れは,自分は「差別とは無関係」と考えている人々の無自覚の差別的攻撃性を指す.例えば,生まれた ときから日本で暮らす韓国人に対する「日本語,上手ですね」のひとことや,視覚障がい者に対して無 意識に大声で話しかけてしまうことなどが代表的なものとして知られている.マイクロアグレッション の厄介な点は,その攻撃性が微細で間接的であるため,被害者が「考えすぎだ」と思い悩みながら, 日々の生活の中で反復され積み重ねられていくことと,いざ加害者にその辛さを表明しても「心外だ」 (まさに無意識なわけだが),「被害的だ」と否定され受け入れられずに,両者の溝がさらに深まるだけ になりかねないことである. ところで,2020 年,アニメーション映画「鬼滅の刃」が空前の大ヒットとなった.その影で,もう 一つの「人を食らう鬼」の物語である「約束のネバーランド」が静かだが大きな反響を呼んでいる.ど ちらも少年漫画誌「ジャンプ」に連載され,すでに完結している. 「約束のネバーランド」は,一見,マイノリティとマジョリティの闘いの物語のようだが,読み進め ていくと,自分自身の中にある「欲望」や,その根幹にある「飢餓や死に対する恐怖」を克復しようと
158 女性心身医 25 巻 3 号 する物語であることに気づかされる.その主人公である少女と仲間たちが掲げる「誰も見捨てない」と いう決意は,やがて,「鬼も人間も救う道」を模索し始めるわけだが,その創造的な戦略の源には「ど んなに無謀で,支持者の少ないマイナーな意見でも,耳を傾けてもらえる」という心理的な安全感に裏 打ちされた「意見のぶつけ合い(闘い)」があるように感じた. 良質の「お伽噺」には,私たちの無意識の幻想(ファンタジー)を紐解くヒントが隠されている.そ の意味では,「お伽噺」は,大人にこそ必要なものなのかもしれない.