第 15 回 日本小児耳鼻咽喉科学会
共通講習
日常診療における基本の感染対策
田 内 久 道
愛媛大学医学部附属病院感染制御部 医療機関では数多くの患者を限られたスタッフが担当するため,常に院内感染が起こりや すい状態にある。そのような環境で院内感染を防止する最も有効な方法は適切な手指衛生で ある。院内のほとんどの病原微生物はヒトの手を介して広がっていくが,アルコールを用い たラビング法による手指衛生により日常診療で問題となる微生物の多くは死滅する。皮膚を 貫いて行われる医療行為は常に感染の危険を伴うが,点滴はかなり危険な医療行為で,点滴 ルートのどこかに微生物が混入すると,その微生物は患者の血管内から深部臓器まで直接流 し込まれることになる。そのため点滴を扱うときは手指衛生に万全を期す必要がある。医療 機関では環境が不潔で細菌が増殖している状況では患者の感染リスクは上昇する。環境菌を すべて取り除くことは不可能であるが,清潔な環境を保持するため水回りの環境整備とホコ リをためない努力が必要である。 キーワード:医療関連感染,手指衛生,環境中の微生物,消毒薬 I.はじめに 医療関連感染対策の重要性が広く認識される ようになった最近においても,医療行為に伴い 感染症に罹患する患者を経験する。 日頃の臨床で感染対策を考えるとき,日常生 活の環境と医療機関で必要とされる衛生環境の 違いを理解することが重要である。健康状態に 問題のないヒトの日常生活では,環境中の細菌 によって感染症を引き起こす状況は多くないた め,微生物汚染に敏感になる必要はない。しか し医療現場では解剖学的,免疫学的に感染に対 して弱者である数多くの患者を数少ない限られ たスタッフが担当することになり,そのため院 内感染は常に起こりやすい状態にある。病気を 治してもらおうとして受診する患者に対して結 果的に危害を加えることになってはならない。 患者の期待に答えるため,科学的な根拠を持っ た感染対策を行っていかなければならない。 II.手指衛生 症例 1 1 歳 2 ヶ月女児 主訴 右膝関節腫脹 ウイルス性胃腸炎のため前医に入院し,補液 により症状は改善した。入院 5 日後,発熱と点 滴刺入部の発赤,腫脹が出現し,同日夜より右 下肢を動かさなくなり,おむつ交換時に激しく 泣くようになった。次第に右ひざに熱感と腫脹 が出現しセファゾリンの投与が開始されたが症 状が増悪するため愛媛大学小児科に転院した。 右膝関節の穿刺液及び血液培養から MRSA (methicillin-resistant Staphylococcus aureus)が検出された(図 1)。
症例 2 1 歳 2 ヶ月女児 愛媛大学医学部附属病院感染制御部(〒 791–0295 愛媛県東温市志津川 454)
主訴 発熱 呼吸障害 インフルエンザと診断され前医に入院した。 入院 10 日目に呼吸障害の進行と炎症反応の急 激な増悪(WBC 34,200/μL CRP 29.75 mg/dL) が認められたため愛媛大学小児科に転院した。 血液培養検査にて MRSA が検出され,心膜炎 を認めた。 この 2 症例は,点滴を介して体内に MRSA が押し込まれた症例である。皮膚はヒトが感染 症から体を守る重要な器官の一つであるが,医 療行為にはこの皮膚を貫いて行われる処置が数 多くあり,特に点滴は感染発症の観点からはか なり危険な医療行為である。点滴ルートのどこ かに微生物が混入すると,その微生物は患者の 血管内から深部臓器まで直接流し込まれ敗血症 を発症する。点滴への微生物の混入は主にハブ と呼ばれる外部との接続部分を介して発生して いると言われており1),手指からの細菌混入が 発生の大きな原因となっている。このため薬液 の調整,点滴ルートの作成,血管穿刺やルート の皮膚固定,ハブからの薬液注入時には手指衛 生を徹底しなければならない。 当院のある診療科で一時期 MRSA の患者が 多数発生した。当該診療科からの依頼で病棟の 環境と医師 5 名の手指の培養検査を行った(表 1)。病棟のカーテンや診察台,回診車などの病 棟環境からは MRSA が検出されなかった一方, 検査を行った医師 5 名の内 2 名の手指より MRSA が検出された。そのうち 1 名の医師の PHS とスタッフステーションのコンピュータ キーボードからも MRSA が検出された。検査 を依頼した当該診療科の医師は,病棟の環境中 に MRSA がたくさん存在しそこから患者に広 がっていると予想していたが,スタッフの手指 が最も汚染していたことに驚いていた。そこで 医師 5 名に対してアルコール手指衛生剤を個人 携帯とし使用回数の増加を図るとともに使用量 のモニタリングを行った。その後,抜き打ちで 行った医師 5 名の手指の培養検査では MRSA は検出されなかった。 院内での細菌の広がりを判断する手段とし 図 1 症例 1 関節液とグラム染色 濁った関節液が採取された。グラム染色では陽性球菌 を貪食した好中球が多数観察された。 表 1 病棟環境とスタッフ手指の培養結果 採取場所 検出菌 病棟カーテン (―) 診察台 CNS(100)Corynebacterium(200) 浴室 シャワー CNS(200 以上)非発酵菌(200 以上) 回診車 CNS(100)非発酵菌(10) PC キーボード MRSA(1)CNS(30) スタッフ 1 ハンドスタンプ MRSA(40 以上)MSSA(10 以上)非発酵菌(30 以上) スタッフ 2 ハンドスタンプ 非発酵菌(20)CNS(10) スタッフ 3 ハンドスタンプ MRSA(3)CNS(20)非発酵菌(3) スタッフ 4 ハンドスタンプ CNS(30)Bacillus sp.(2) スタッフ 5 ハンドスタンプ 非発酵菌(5)CNS(50) スタッフ 1 PHS MRSA(4)CNS(50)
て,マルチプレックス PCR を用いてクローン 解析を行う POT 法2)が行われている。当院で は検出されたすべての MRSA に対してこの POT 法を用いて解析を行っている。表 2 に小 児科関連病棟で検出された MRSA のクローン 解析の結果を示す。当院の PHCU(pediatrics high care unit),NICU(neonatal intensive care unit),ICU(intensive care unit)は全く別の病 棟として運営されていて特に PHCU と ICU は 小児科だけでなく様々な診療科が利用してい る。その 3 病棟から同一時期に同一クローンの MRSA が検出された。担当診療科はすべて小 児 科 で あ り, 小 児 科 担 当 医 の 手 を 介 し て MRSA が広がったものと考えられた。 このように,院内感染は手指を介して拡大し, また手指に付着した細菌が点滴などの皮膚を貫 く処置により体内に押し込まれ敗血症などの重 大な結果を招くことがある。手指は様々な環境 に触れるうえに,温暖湿潤で皮脂という豊富な 栄養もあるため細菌のよい繁殖環境となってい る。 院内感染を防止するためには適切なタイミン グで適切に手指衛生を行うことが最も重要であ る。手指衛生には流水と石鹸を用いるスクラブ 法とアルコールの手指消毒剤を用いるラビング 法があるが,手が明らかに汚れていない場合は ラビング法がより有効である。アルコールは優 秀な消毒剤であり,細菌,真菌と多くのウイル スを効果的に死滅させることができる。偽膜性 腸炎の原因となる Clostridium difficile や一部の芽 胞を形成する細菌には無効であるため,その場 合はスクラブ法を用いなければならない。手指 衛生を行うタイミングは重要で,患者もしくは 患者環境に触れる前後には手指衛生を行う必要 があるため,臨床の場ではかなり頻回な手指消 毒が要求されることになる。 III.環境整備 環境中の細菌を全く除去することは不可能で 無駄な努力であるが,観血的な処置が行われて いる病院環境では存在する細菌をできるだけコ ントロールすることは重要である。グラム陽性 菌,陰性菌にはそれぞれ特徴があり(表 3), それを知ることにより環境中の細菌数の増殖を 制御することができる。 グラム陰性菌は生存に水を必要とするが,わ ずかの栄養があれば増殖する事ができる。その ため病院環境ではシンクなどの水回りに多く生 存し,緑膿菌やアシネトバクターが多くの患者 から検出される場合は水回りからの感染を疑 う。グラム陰性菌の増殖を抑えるためには,病 院環境をなるべく乾燥させえおくのが良い。シ ンクやその周囲が常に水浸しになっているのは 避けるべきで,スポンジや布巾が濡れていると 細菌の温床になる。 グラム陽性菌は生存に水を必要としないた め,乾燥した環境で長期間生存することができ る。増殖するためには栄養が必要であり,環境 中の細菌が手指を介して創部や喀痰に付着する と増殖し,時に病原性を発揮する。グラム陽性 菌や真菌はホコリの中に多く存在しているた め,環境の清掃は細菌数のコントロールのため 表 2 小児科関連病棟での MRSA の検出状況 患者番号 病棟 診療科 検出日 検体 POT 法 Pt 1 PHCU 小児科 9 月 9 日 膿(点滴刺入部) 70-18-81 Pt 2 NICU 小児科 9 月 14 日 皮膚分泌物 70-18-81 Pt 3 ICU 小児科 10 月 20 日 喀痰 70-18-81 PHCU: pediatrics high care unit, NICU: neonatal intensive care unit, ICU: intensive care unit
表 3 グラム陽性菌と陰性菌の特徴 グラム陽性菌 グラム陰性菌 生存に水が必要 必要ない 必要 増殖に栄養が必要 必要 必要ない
に重要である。環境中にホコリをためないよう 効率的に清掃を行うためには整理整頓が重要 で,回診車上に多数の物品が置かれていたり, 床に直接物品が置かれていると十分な清掃を行 うことができない。また診療で用いる衛生材料 にはホコリが付かないよう引き出しや扉付きの 棚に保管しなければならない。 IV.消毒薬の管理 消毒薬は万能ではない。消毒薬の誤った管理 や使用により感染を拡大させた事例は数多く報 告されている。 消毒薬には使用期限が定められていて,適切 な環境下で保管されている場合は一旦開封した 消毒薬であっても記載されている使用期限まで は使用可能である。しかし,一旦希釈し使用を 開始した消毒薬は様々な原因で汚染や消毒活性 の低下がみられるため十分な注意が必要で,消 毒をしたつもりがかえって消毒対象を汚染させ る事がある。 広い消毒のスペクトルを持ち,器具や環境の 消毒に用いられる次亜塩素酸ナトリウムは光に さらされると速やかに分解する。希釈液を用い て消毒を行う場合は,遮光容器を用い 1 日で消 毒液を交換しなければならない。有機物の存在 下では活性が低下するため消毒前の器具は十分 な洗浄を行う。また,同様の広いスペクトルを 示すエタノールは,容器を開放すると速やかに 揮発しエタノール濃度の低下により消毒効果は 減弱するため密閉状態で管理しなければならな い。 クロロヘキシジンや塩化ベンザルコニウムは 低水準消毒薬に分類され,一般細菌や酵母様真 菌には有効性を示すが,ウイルスや糸状真菌へ の効果は限定的である。これらの低水準消毒薬 では微生物汚染による事故が報告され,その原 因は長時間にわたるつぎ足し使用や繰り返し使 用によることが多い。また,環境菌の一種であ るセラチアやセパシア等は低水準の消毒薬中で 生存可能で医療関連感染の原因となっている3)。 綿球を浸した消毒薬は細菌による汚染を受けや すいため 24 時間で廃棄することが勧められて いる4)。 近年,消毒薬の単包製剤が数多く市販されて おり,これらを用いることにより消毒薬の適切 な使用が可能となるため積極的に導入していた だきたい。 V.最後に 患者に危害を加えないことは,医療倫理 4 原 則のうちの一つである。医療機関を受診し入院 する患者は,自ら医療関連感染から身を守る手 段を持たず,医療従事者による日常の感染対策 のみが患者を感染から守ることができる。感染 対策は地道な作業の積み重ねであり,今後も基 本の感染対策を継続して行い院内感染の防止を お願いしたい。 利益相反に該当する事項:なし 文 献
1) Liñares J, Sitges-Serra A, Garau J, et al.: Pathogenesis of catheter sepsis: a prospective study with quantitative and semiquantitative cultures of catheter hub and segments. J Clin Microbiol 1985; 21(3): 357–360.
2) Suzuki M, Tawada Y, Kato M, et al.: Development of a rapid strain differentiation method for methicillin-resistant Staphylococcus aureus isolated in Japan by detecting phage-derived open-reading frames. Appl. Microbiol. Biotechnol 2006; 101: 938–947.
3) Nakashima AK, McCarthy MA, MartoneWJ, et al.: Epidemic septic arthritis caused by Serratia marcescens and associated with a benzalkonium chloride antiseptic. J Clin Microbiol 1987; 25(6): 1014–1018. 4) 病院感染対策ガイドライン 2018 年版.国公立大 学附属病院感染対策協議会ガイドライン作業部会 編,株式会社じほう;2018: 261–262. 別刷請求先: 〒 791–0295 愛媛県東温市志津川 454 愛媛大学医学部附属病院 田内久道
Basic infection control in daily practice
Hisamichi Tauchi
Devision of Infectious Disease, Control and Prevention, Ehime University Hospital
Key words: healthcare-associated infection, hand hygiene, Microorganisms in the environment, disinfectant