山本 地域研究と映画は、学術研究と娯楽、あるいはリア リティとフィクションというように、お互いに正反対の方 向を向いている印象を与えますが、共通点も多いように思 い ま す。 そ の 最 大 の 共 通 点 は、 「世 界 の 窓」 と し て、 一 般 の人が訪れにくい土地の様子を伝えるという点だろうと思 います。そして、旅行や留学や仕事で外国を訪れる人が増 え、テレビやインターネットで外国の様子を簡単に見るこ とができるようになった今日、地域研究も映画も見知らぬ 異国の様子を伝えるという特権的な地位を失いつつあると いう点も共通していると言えるかもしれません。 しかし、映画も地域研究も、今日こそ重要性が高まって いるとも言えます。日々変化し混迷化する世界を捉えるに は、 国 別 や 分 野 別 に 見 る 枠 組 み を 当 て は め る だ け で は な く、その地域に暮らす人々の問題意識や世界観に寄り添っ
総特集
混成
ア
ジ
ア
映画
の
海
―
時代 と 世界 を 映 す 鏡[座談会]
混迷化
す
る
世界
、
複層化
す
る
映像表現
出席者 臼杵 陽 ︵日本女子大学文学部教授/日本中東学会会長︶ 石坂健治 ︵東京国際映画祭﹁ ア ジ ア の 風﹂部門 プ ロ グ ラ ミ ン グ ・ デ ィ レ ク タ ー / 日本映画大学教授︶ 杉野希妃 ︵女優/映画 プ ロ デ ュ ー サ ー ︶ 司 会 山本博之 ︵京都大学地域研究統合情報 セ ン タ ー 准教授︶ 収録日 二〇一二年一一月一二日撮った人です。それから、ソビエトで教育を受けた映画評 論家でアドナーン・マダーナートという人がいます。彼ら とお付き合いしながら、ヨルダンの映画協会で毎週のよう に小さな試写会に通っていました。そこでアラビア語の映 画を毎週 見 つづけたのが最初の体験です。 山本 続いて、東京国際映画祭「アジアの風」部門プログ ラミング・ディレクターで日本映画大学教授の石坂健治さ んにお願いします。 石坂 私は外国映画、とりわけアジアと中東の映画を日本 に紹介する仕事をかれこれ二十数年してきました。そのう ち一八年間は国際交流基金にいました。国際交流基金には ア ジ ア セ ン タ ー と い う 部 署 が 当 時 あ っ て、 ホ ー ル (国 際 交 流 基 金 フ ォ ー ラ ム) も あ っ た の で、 そ こ で ア ジ ア・ 中 東 映 画祭のシリーズをずっと担当してきました。二〇〇五年か らは四年続けてアラブ映画祭を開催しました。その後、国 際交流基金は外国映画の日本への紹介をやめてしまいまし たが、その最後の企画でした。国際交流基金も、ちょうど 小泉政権のあたりでそういう仕事を縮小してしまって日本 発信型に切り替えました。私はその時期に東京国際映画祭 に移って、今年で六年になります。ですから合計で二四年 か二五年、そういう仕事をしています。 私が国際交流基金にいた一九九〇年代は、それほど知ら れていないアジアの国の映画を一ヶ国ずつ、国の単位で日 本に紹介するというシンプルなやり方でオーケーだったと い う か、 む し ろ そ う い う こ と が 求 め ら れ て い た 時 代 で し た。 二 〇 〇 〇 年 代 の 中 ご ろ に 東 京 国 際 映 画 祭 に 移 っ て、 九・一一のあとでどのように映画を紹介しようかとなった とき、範囲をもう少し西の方に広げてイスラムの帯で見て いくという問題の立て方をしました。東京国際映画祭のア ジア部門の名称は、日本語では現在でも「アジアの風」で す が 、 英 語 の 名 称 は 私 が 着 任 し た と き に 「 Winds of Asia 」 から「 Winds of Asia—Middle East 」に変えて、広く西か らの応募に門戸を 広 げました。そうしているうちに二〇〇 九年にはエジプト特集まで行ってしまって、そこで一息つ いた感じになりました。 そうしたら、今度は三・一一がありました。アジア映画 と三・一一とは直接関係ないと言えばないのですが、三・ 一一以降の映画をどのように自分の部門に取り入れるかが 現在の課題です。どう見せればいいのか模索中です。 山本 最後に、女優で映画プロデューサーでもある杉野希 妃さんにお願いします。 杉野 私はもともと演技がしたいと思っていました。宝塚 も好きだったんですが、父の影響で小さいころから映画が 好きで、映画のなかで演技をしていきたいという気持ちを ずっと強く持っていました。韓流ブームがあった時期に韓 国映画をたくさん見るようになって、キム・ギドク監督や た理解が必要だからです。この点で映画と地域研究は共通 点を持つし、しかも映画と地域研究の二つのアプローチを 組み合わせることで、世界のいまとこれからがさらに掴み やすくなるのではないかと思います。 今日の座談会では、映画の力を信じる地域研究者と地域 研究の力に期待する映画人にお集まりいただいて、グロー バル化の時代における地域研究と映画の関係について考え てみたいと思います。 本題に入る前に、自己紹介を兼ねてみなさんの映画との 関わりについて簡単にお話していただきます。はじめに、 日本女子大学文学部教授で日本中東学会の会長でもある臼 杵陽さんにお願いします。 臼杵 私は中東の現代史を研究しています。もともとは政 治学と歴史の中間みたいなことで研究してきました。地域 としてはパレスチナとイスラエル、そしてアラブ世界全体 のマイノリティ、とりわけユダヤ教徒に関心をもってきま した。一九九〇年代以降は、一九四八年に建国されたイス ラエルに移民するプロセスを研究しています。それ以前は むしろパレスチナ側のイスラム運動などを研究していまし た。最近では、日本のイスラム認識を含めたかたちで、大 川周明等のかつてのアジア主義者たちのアジア認識あるい はイスラム認識に関心を持っています。 映画はほとんど趣味のように見てきました。アラブ世界 に行ったとき、とりわけヨルダンあるいはエルサレムに住 んだときに映画祭などで 見 てきました。そういうなかで、 映像を通して現実を見ることに関心をもって、その後もい ろいろ 見 ています。 ヨルダンには一九八四年から一九八七年までいました。 当時はパレスチナ人のことを研究していて、パレスチナ人 で P L O の 映 画 局 の 局 長 を し て い た ム ス タ フ ァ ー・ ア ブー・アリーという人と友だちになりました。当時彼は政 治的な問題で映画局に関与していなくて、日本のアニメを アラビア語に翻訳する仕事をしていました。彼はドキュメ ン タ リ ー の 作 家 で、 パ レ ス チ ナ の ゲ リ ラ の 最 初 の 映 画 を 山本博之(やまもと・ひろゆき) プロフィールは225頁に掲載。
ま す が、 「ア ジ ア 映 画」 も 時 代 に よ っ て 変 わ っ て き て い る のではないかと思います。アジア映画をこれまで二〇年以 上も紹介してきた石坂さんは、この点についてどのように ご覧になっていますか。 石坂 確かにアジア映画ももう二十何年、ものすごい変化 をしています。国策として映画を振興する国がはっきりと 見えてきたのがここ一〇年ぐらいです。端的に言うと韓国 と中国です。ソフトパワーを重視することを政治の一環と して行っていて、その結果、たとえばハブ空港を造るのと 同じように巨大な国際映画祭を作ったりしています。 ところが一方で、マレーシアのヤスミン・アフマドやイ スラエルのアモス・ギタイのような作家がいて、映画のな かで国家的なものを解体するというか、もう国民国家の映 画じゃないよということにもなっています。ギタイを 見 て いると、イスラエルといってもロシアからの移民の娼婦の 話だったり、ほんとうに多文化の世界が出てきます。ヤス ミンだと、それまであまり描かれてこなかった人種間の恋 愛などが出てきて、まさに反国家ではなく「非国家」とい うか、そういう作家たちが九・一一以降に目立ってきてい ます。国策で映画を振興している国と、国家という擬制に 囚われずに撮っている作家たちという両面が現在のアジア の映画で動いていて、どちらに行くんだろうかという感じ を強く抱いています。 山本 国家にとらわれない映画が増えているとなると、国 際映画祭ではアジア映画をどのように選んで紹介している んでしょうか。 石坂 かつてヨーロッパの映画祭でアジアやアフリカの作 家 を 紹 介 す る と き、 国 家 代 表 み た い に し て、 日 本 は 黒 澤 明、エジプトはユーセフ・シャヒーンといった時代があり ました。しかし現在のヨーロッパの映画祭では全然そんな ことはないですし、日本の国際映画祭も、ある国をだれか 一人の作家で代表させるなどという選定の仕方はあまり意 味がないという感じになっています。クレジットの国籍を 見 る と、 た と え ば 杉 野 さ ん が プ ロ デ ュ ー ス し て い る『マ ジ ッ ク & ロ ス』 な ん て 七 つ の 国 が 並 ん で い る わ け で し ょ う。最近は、何かわからないような、どことも言えない映 画が多くなっています。 山 本 『マ ジ ッ ク & ロ ス』 は、 舞 台 が 香 港 の 離 れ 島 で、 出 演しているのは日韓の俳優ですね。監督はマレーシア出身 で、出資はヨーロッパと ── 杉 野 い え 、 日 本 の み で す 。 オ リ ジ ナ ル ス ト ー リ ー を 書 い た の が フ ラ ン ス 人 で 、 サ ウ ン ド 作 業 は ア メ リ カ で や り ま し た 。 監 督 の リ ム ・ カ ー ワ イ は 、 出 身 は マ レ ー シ ア で す が 、 少 数 派 の中国系で、今は日本で暮らして映画を撮っています。 石 坂 最 初 は ア ジ ア 的 な バ カ ン ス 映 画 を 撮 ろ う と 思 っ た ら、スピリチュアルな、ある種ホラー的なものが撮れてし イ・チャンドン監督の作品を 見 て、日本映画にないおもし ろさがあることと、日本人には表現しえないエネルギーみ たいなものを感じました。それと、自分は韓国の血を引い ているのに自分と同じ血が流れている人の言葉が直接理解 できないことがフラストレーションで、それで韓国に留学 していたんですが、たまたまオーディションを受けて韓国 で二作品に出ました。 日本に帰ると、役者が受け身でしかいられない日本の芸 能界システムに違和感を覚えました。役者は駒でも道具で もないのになぜ自分で発信してはいけないんだろうと思っ て、二〇〇八年に小野光輔プロデューサーと和エンタテイ ン メ ン ト と い う 制 作 会 社 を 立 ち 上 げ ま し た。 「和」 に は 調 和とか平和とかいう意味を込めていて、国境や人種や性別 や文化やいろいろなものを乗り越えて、いろいろな国の人 たちが共有できる文化を発信したいという気持ちで作った 制 作 会 社 で す。 い ま で も そ の 気 持 ち は 変 わ っ て い ま せ ん し、今後もそういう方針で映画を作っていきたいと思って います。 私は韓国映画から映画業界に入ったんですが、二〇〇七 年に東京国際映画祭でマレーシアのヤスミン・アフマド監 督の『ムクシン』という作品を 見 て、そこで初めて東南ア ジア映画に触れました。国際映画祭は、私にとって親がわ りというか教育してくれる存在です。二〇〇八年頃からは 釜山、香港、パリ、カンヌなどの外国のいろいろな映画祭 に参加させていただいていますが、国際映画祭は私にとっ てアジアやその他の国の違う価値観に出合わせてくれる場 所です。 山本 マレーシア映画の話が出たので私の紹介もさせてい ただきます。私は地域研究が専門で、主にマレーシアを対 象に、習慣や考え方が異なる人々が一つの社会を作って暮 らしている知恵と工夫に関心を持って研究しています。も ともとマレーシアの一九五〇年代の独立期の民族意識の形 成を研究していましたが、最近は社会秩序形成における混 血者の役割にも関心を向けています。どちらかと言えば映 画はあまり積極的に 見 ていなかったのですが、二〇〇五年 にヤスミン・アフマド監督の『細い目』を 見 て大きな衝撃 を受けて、ただ息抜きに現地の映画を 見 るだけでなく映画 を取り入れて地域研究を行うことはできないかと考えてマ レーシア映画文化研究会を作りました。そうしてマレーシ アを中心にアジア映画に触れるようになって、石坂さんや 杉野さんとも知り合いました。
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進
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ア
映画
山 本 「ア ジ ア」 の 捉 え 方 も 時 代 に よ っ て 変 わ っ て き て いて、映像を組み合わせている作品です。これはかつてのイ ス ラ エ ル 映 画 で は あ り え な い 映 画 で す。 イ ス ラ エ ル 映 画 は、基本的にフランスが北アフリカにおける植民地を撮る のと同じパターンで、アラブ人をステレオ・タイプ化して ベ ド ウ ィ ン み た い に 描 き 出 す ん で す。 『ル ー ト 1 8 1』 は、そういうものをはるかに超えたところで撮られていま す。ある意味で、これが標的にしているのはクロード・ラ ンズマンの『ショアー』です。 まさにこの作品は、ある意味でこれまでのユダヤ人の語 りを脱構築していきます。たとえば、一九四八年にラムラ という町がイスラエル軍に包囲されます。一九四八年にラ ム ラ と い う の は 鉄 道 の 結 節 点 で す。 ラ ン ズ マ ン の 作 品 に は、 「労 働 は 人 間 を 自 由 に す る」 と い う ド イ ツ 語 が 記 さ れ たアウシュヴィッツの入り口を撮った有名な場面がありま す。そこでは引き込み線が映っていますが、ラムラは鉄道 の結節点だから、シヴァンたちはそれと同じように映して しまうんです。 その前の場面で語っているのは散髪屋です。パレスチナ 人の散髪屋が、いかに自分たちがイスラエル軍によって包 囲されて殺されたかという話を淡々と語っています。これ は『ショアー』で収容所でのユダヤ人たちの様子を散髪屋 が語る場面と重ねていますが、ある意味では反転させてい ます。 当然のことながらイスラエルではまともな映画館では映 せないことになってしまって、結果的には外国でしか上映 さ れ ま せ ん。 こ の よ う な「 『ホ ロ コ ー ス ト 批 判』 批 判」 が 実験的にされているわけです。国際的には高く評価されま した。これを日本に持ってこられたというのはなかなかの ことだと思います。 石 坂 『ル ー ト 1 8 1』 を 最 初 に 上 映 し た の は、 二 〇 〇 五 年の国際交流基金のアラブ映画祭です。そこで全編上映し て、 そ の 年 の 秋 に 山 形 国 際 ド キ ュ メ ン タ リ ー 映 画 祭 に 出 て、 二 等 賞 の 山 形 市 長 賞 (最 優 秀 賞) を と り ま し た。 日 本 では、アクティビストも学生も、相当な数の人が見たので はないかと思います。 今や存在しない不在の国境線に沿ってひたすら北上して いく、それまでのアジアやアラブの映画の手法では考えら れないドキュメンタリーです。いまのお話で初めて知った んですが、確かに『ショアー』を意識しながらそれを発展 させるみたいなことも入っていますね。 臼杵 もう一つのテーマとして大きいのは、アジア、アフ リ カ な ど 中 東 イ ス ラ ー ム 世 界 か ら や っ て き た ミ ズ ラ ヒ ー ム、 つ ま り オ リ エ ン ト (東 洋) 系 ユ ダ ヤ 人 の 存 在 で す。 そ れをとにかく表に出していきます。最後で出てくるのはモ ロ ッ コ か ら や っ て き た お ば さ ん で、 「モ ロ ッ コ に 帰 り た い」と―― ま っ た そ う で す ね。 こ れ は ど こ の 国 の 映 画 な の か。 「○ ○ 映画」と国の名前をつけてもまったく意味がないようなも のができていて、とても新しい動きです。 トラン・アン・ユンという在仏のベトナム系の監督がい ます。このあいだ『ノルウェイの森』を撮った人です。そ の 前 の『ア イ・ カ ム・ ウ ィ ズ・ ザ・ レ イ ン』 も そ う で す が、トラン・アン・ユンも多国籍で撮っていて、ベトナム 出身だからベトナム映画を撮るということでは全然ありま せん。国の名前を付けて理解できるものではないんです。 それから、映画をたくさん見ていくなかで、どの国にも 共通するテーマが浮かび上がってくるようなところがおも しろいなと思って、映画祭でそういう映画を集める場合も あります。今年の東京国際映画祭では室内劇とか二人芝居 が そ う で、 映 画 と し て は 退 屈 じ ゃ な い か と 思 い が ち で す が、案外おもしろかったりします。それから、最近非常に 多 い の は 移 民 や 難 民 の 問 題 で す。 こ ち ら が 選 ば な く て も あっちから上がってくるというか、おもしろいものが多い ですね。あらかじめ中東の作品を増やそうなどとしていた 時期もありましたが、最近はたくさん見ているなかでその 都度共通のテーマが上がってきているという感じです。 臼杵 多国籍の映画と言えば、半分ドキュメンタリーだか ら 純 粋 な 劇 映 画 作 品 と は 言 え な い ん で す が、 エ ヤ ー ル (エ イ ア ル) ・ シ ヴ ァ ン と ミ シ ェ ル・ ク レ イ フ ィ と い う パ レ ス チナ人とイスラエル人が一緒に作った『ルート181』と いうドキュメンタリーがあります。三部作で、四時間半も ある映画です。あの映画の手法は、シヴァン監督がもとも とドキュメンタリーの畑から出ていますので── 石坂 アイヒマン裁判を扱った『スペシャリスト〜自覚な き殺戮者』があります。 臼 杵 そ う で す。 『ス ペ シ ャ リ ス ト 〜 自 覚 な き 殺 戮 者』 (二 〇 〇 〇) と し て 日 本 で 紹 介 さ れ て い ま す ね。 あ の 二 人 が 協 働して、かつての国境で今はない国境、つまり国連分割決 議案一八一号におけるユダヤ人国家とアラブ人国家の幻の 国 境 線 沿 い を 南 か ら ず っ と 北 上 し な が ら イ ン タ ビ ュ ー し 石坂健治(いしざか・けんじ) プロフィールは046頁に掲載。
その一方で、アメリカとカナダがいっしょに運営してい る北米中東学会という学会があって、世界中の中東研究者 が入っていますが、一週間ぐらい学会をするときに、間違 いなく毎回映画のコーナーがあって、インディペンデント 系の人たちが作った映画をずっと流しています。そこで上 映している作品は商業ベースに乗らないような作品ばかり です。学会を通して中東研究者たちに知られることによっ て、逆に発信力になっていくというところがあります。 石坂 一方で、アラブ世界の映画を紹介するといつも思う んですが、彼らは「ユーロ・アラブ映画」という言い方を していて、資本はほとんどヨーロッパが入って作っていま す。最初からフランスあたりでお披露目することを念頭に 置いて作られています。そうすると、ヨーロッパにとって わかりやすい表現になるのではないかと思うんです。日本 ではフランス政府の肝煎りでフランス映画祭が毎年開催さ れ て い ま す が、 い つ だ っ た か、 『ビ バ! ア ル ジ ェ リ ア』 というアルジェリアの映画を、フランス資本が入っている ので、フランス映画扱いでフランス映画祭で上映していま した。 アラブ映画は、ある時期までは、エジプトという一大娯 楽映画センターのまわりにいくつかの国の「作家の映画」 が 縷 々 旋 回 し て い る み た い な 状 態 で し た。 し か し、 「ア ラ ブの春」の後には東京国際映画祭にもいろいろ応募が来る ようになりました。激しい紛争の場面などもドキュメンタ リーで取り込んで、そのまわりをフィクションでドラマ化 しているようなものがいくつも来たんですが、まだ表現と しては生々しすぎて、映画としてこなれてくるにはもう一 年待った方がいいかなと思って、今年はあまり上映しませ ん で し た。 「ア ラ ブ の 春」 以 降 の ア ラ ブ 映 画 が ど う な る か についても興味を持っています。 臼杵 アラブでは現在、いわゆる「アラブの春」あるいは 「ア ラ ブ 革 命」 と 呼 ば れ る よ う な 事 態 を、 新 し い メ デ ィ ア としての映像、とりわけドキュメンタリーのかたちでリア ル・タイムに描くということが起こっています。また、映 石 坂 「こ こ は 何 も な い」 と 言 う ん で す ね。 最 初 の 場 面 で、壁を作っているのかな、工事をしているのは中国人の 出稼ぎ労働者ですね。 臼杵 そうです。イスラエル南部の工事現場から始まるん です。そのように映像のなかにイスラエルの現実をどんど ん 取 り 入 れ る こ と で、 イ ス ラ エ ル 国 内 の 問 題 だ け で は な く、イスラエルを通して見る国際的な状況のなかでのアラ ブやユダヤの位置づけを明らかにする手法で、たいしたも のだと思います。 今やまさに混成ですね。紛争の当事者たちが一緒に撮る ことによって、映画を通して新しい地平を拓こうとしてい る。あれはエイアル・シヴァンとミシェル・クレイフィが 二人で作ったからこそできたんだと思います。その点を考 えると、先ほどの石坂さんのお話を聞きながら、そういう 新しい可能性が現在どんどん生まれていると感じました。 紛争のなかで敵対を超えたところにある映画の可能性を示 すような気がします。
複層化
す
る
映画制作
の
現場
山本 紛争のなかで映画が敵対を超える可能性というのは とても興味深いお話ですが、イスラエル映画にはそのよう なテーマの作品が多いんでしょうか。 臼杵 イスラエル映画の一つのテーマは、ヨーロッパ以外 の出身のユダヤ人をどう描くかという問題です。日本にお ける在日の人たちをどう描くかという問題と似ている側面 があって、そのことがずっと問題にされてきました。 同じユダヤ人だけれど出身地による差別があります。そ れをヨーロッパからやってきたユダヤ人の監督たちが、彼 らをいわば風景のようにして、非常にステレオ・タイプ化 されたイメージで撮るんです。それをアラブと重ねてしま うやり方で、アラブ出身あるいは中東出身のユダヤ人をイ コール・アラブにしてしまうことで差別を強化するような 映画の機能があります。 石坂 アラブ映画のお披露目の場というのは、だいたいパ リのアラブ世界研究所が二年に一回開催しているアラブ映 画祭です。いったんフランスに出して、そこから世界に広 がっていくかたちになっています。そういうかたちでヨー ロッパも活用しているという意味では、アラブ映画という のは、現地よりもむしろ、いったんアメリカに行って 見 ら れたり、ヨーロッパに行って 見 られたりしている映画だと 言えます。 臼杵 そうですね。地中海を隔ててフランスの植民地だっ たこともあるし、そういう点は大きいと思います。作られ 方などが明らかにアジア映画とは異質ですね。 臼杵 陽(うすき・あきら) プロフィールは045頁に掲載。と、 中 国 と 台 湾 は 公 式 の 政 治 の 場 で は 反 目 し て い る け れ ど、映画作りでは人も金も完全に乗り入れていて、香港も 含めてスリー・チャイニーズ・テリトリーみたいになって いることを、映画祭をしていると実感します。東京国際映 画祭は台湾の呼称をめぐってオープニングの日に揉めまし て―― 杉野 憶えてます。二年前 (二〇一〇年) でしたね。 石坂 公的な部分ではいまだに火種はあるんですが、ビジ ネスの人的な交流で言うと、国どうしの対立はどんどん意 味がなくなっています。それはもっと加速していって、韓 国あたりも中国映画に人を送りこんだり、あるいは韓国映 画が中国資本を取り込んで作られたりしています。日本だ け が ガ ラ パ ゴ ス 化 し て い て、 そ れ は ち ょ っ と ま ず い な と 思っています。俳優の交流は割合あるんですが、作り手が がっぷり四つというところまでは日本映画界はまだ行って いないですね。 山本 杉野さんは国際映画祭のミューズとしていろいろな ところを飛びまわっていらっしゃいますが、日本と海外の 映画制作の現場の違いを感じますか。 杉野 日本では企画マーケット自体の存在を知らない人が あまりにも多いんです。これまではユニジャパンが一所懸 命がんばっていたんですが、いまはロッテルダム国際映画 祭とユニジャパンの交流もない状況です。そんななかで、 自分から企画マーケットに出そうという意志のない人が多 いんです。英語アレルギーの方が多いというのもその理由 の一つでしょうね。タイやフィリピンでは企画開発の時点 か ら 国 が 若 手 の 映 画 作 家 た ち に 援 助 す る シ ス テ ム が あ っ て、企画マーケットに出そう、企画開発をしようとする動 きが活発です。 石坂 フィリピンだと、国立のフィリピン文化センターに シネマラヤ映画祭のファンドがあります。映画の脚本のコ ンペをして優秀作品にお金を出して、そのお披露目が毎年 七月にあります。国がインディーズの映画制作を支援する ところが東南アジアでぼちぼち出てきていて、これも新し い動きです。でも、日本は戦争中に国策として映画をかな り 利 用 し て し ま っ た の で、 一 回 ア レ ル ギ ー に な っ て い る 分、無邪気に国がプロモートするという感じにはなかなか ならないように思います。別のかたちを模索しないといけ ないでしょうね。 山本 映画作りでは国の政策を待つだけでなくもっと映画 祭を利用してはどうかということですが、実際に杉野さん は映画の作り手として映画祭を意識して作品を作っている という実感はありますか。 杉 野 た と え ば 『 お だ や か な 日 常 』 も 、 た ぶ ん こ の 映 画 祭 は好き だろう 、でもこ の映画祭はは じめから撮る ことを考 えないだろうみたいなことは考えて戦略は立てているとこ 画 館 で 映 さ れ る よ り も、 YouTube 等 の 新 し い ソ ー シ ャ ル・ネットワークを通じて配布されています。 も と も と「ア ラ ブ・ シ ネ マ」 と い う 言 い 方 が あ り ま し た。アラビア語で作られた映画のことを「アラブ諸国で作 ら れ た」 と い う 意 味 で「ア ラ ブ・ シ ネ マ」 と 呼 ぶ 言 い 方 で、これまではその実体はないとしばしば言われてきまし た。つまり、アラビア語で作られているだけで、単に個々 の国で作られているだけにすぎなかったというわけです。 それがいまや国境を越えて、まさに「アラブ・シネマ」が 実体化しつつあるという状況が生まれているのではないか ということです。 「ア ラ ブ の 春」 が 生 み 出 し た メ デ ィ ア と し て の 映 像 が、 映画そのものを超えたところでどんどん広がっています。 それがまた「アラブの春」における民主化の運動を促進し てきたというか、運動の進展と映画・映像とが相互関係の なかで互いに切磋琢磨しながら新しい状況を生み出してい るということがあるように思います。 山本 アラブ映画に出資しているヨーロッパ諸国にも彼ら なりの思惑があるということですね。 石坂 アメリカ映画が世界中を席巻していることに対抗し て、ヨーロッパで盛んになったのが国際映画祭です。フラ ンスなどは、自国の文化も守りつつ、多様な非欧米圏の映 画も紹介することでアメリカ映画に精神的に対抗している と い う 図 式 が あ っ て、 そ の せ い も あ っ て ア ジ ア も み ん な ヨーロッパの映画祭を目指すということになっています。 アラブでも、最近オイルマネーの追い風があるのかもし れませんが、国際映画祭が増えています。例えばUAEの ドバイとかアブダビでも、ものすごい豪華な映画祭をして います。これは考えたら変なんです。そこに映画産業はな いけれども映画祭だけしているわけですから。ドバイの映 画祭は、これはもう明らかにハリウッドを目指すという感 じで、ジョージ・クルーニーとかをガンガン呼んで、有名 な映画人がそのあたりを何人も歩いているんです。話を聞 く と、 若 い 人 た ち の 短 編 映 画 の 部 門 な ど を ジ ョ ー ジ・ ク ルーニーが 見 て「がんばれよ」と声をかけたりして、明ら かにハリウッドを仕込んで映画産業を立ち上げようという ことのようです。ヨルダンも一、二本映画を作り始めてい ますし、モロッコもかなりウェルメイドなハリウッド型の ものを作り始めているので、どうもアラブはハリウッドの 力を借りて産業を立ち上げようとしている感じが強くなっ て き て い ま す。 「ア ラ ブ の 春」 以 降、 ど う な っ て い る の か ちょっとわからないですが。 山 本 紛 争 の な か で 映 画 が 敵 対 を 超 え る 可 能 性 と い う の は、東アジアではどうなんでしょうか。 石坂 紛争していた二つの勢力がいっしょに手を組んでも のを作るという面もありますが、ビジネスライクに考える
なっているんでしょうか。私は作品の中に描かれる社会の 姿とか、それを描こうとした監督の思惑の方に関心が向い てしまいますが、国際映画祭の質疑応答ではカメラワーク に関する質問がよくあって、監督も「よくぞ聞いてくれま した」という感じで答えているのを見て、映画業界の人は 目の付けどころが違うなといつも思っています。 石 坂 ポ ス ト モ ダ ン の 趨 勢 の な か で 「 映 画 の 共 和 国 」 と い う 言 い 方 が 流 行 し ま し た 。 ど こ の 国 の 映 画 で あ ろ う が 、 演 出 と い う か 監 督 、 つ ま り 作 家 を 中 心 に 見 て い く と 、 世 界 の ど こ で も す ぐ れ た 監 督 が い て 、 選 ば れ た 者 だ け が 入 れ る 映 画 の 殿 堂 み た い な も の が あ る と い う 話 で す 。フ ラ ン ス の ヌ ー ベルバーグの人たちは作家主義という言い方をしました。 作 家 主 義 は も と も と、 そ れ ま で 評 価 の 低 か っ た ヒ ッ チ コックやホークスなど、ハリウッドの娯楽映画の監督と思 われていた人を称揚するところから始まっているので、そ の後の展開とはちょっと違うんですが、いわゆるカッコ付 きの「作家主義」というものがあります。私も若いころは そういうものの洗礼を受けましたが、もうそろそろいいの ではないかと思っています。最近、私はアジア的な作家主 義には全然関心がなくなりました。仕事柄、とにかく広い 地域でおもしろいなと思ったものをたくさん集めてくると いうことで、お客さんを席に座らせるまでが自分の役目だ と思っています。 あとは深読み的な地域研究の側からのアプローチを、そ れぞれの地域に精通した研究者の人たち、言葉がわかって 現地事情もわかっている人たちがしてくれるといいと思い ます。切り口としてはこの座談会が載る雑誌の特集みたい なもので、韓国編、中国編とそれぞれ深めてくだされば、 私たちが広く集めて、地域研究者が深く掘り下げていくと いう連携ができてくるといいなと思います。マレーシア映 画に関しては山本さんたちが始めているので、あの感じが もっと同時多発というか、別の地域でもたくさん出てくる とおもしろいなと思います。 私は広く浅くですが、イメージとしては武道家の甲野善 紀という人がいます。この人は何がすごいかというと、古 今東西ありとあらゆる武道が全部わかって、型がすべてで きるんです。 杉野 私も聞いたことがあります。いつも木刀を持って歩 いている人ですね。 石坂 要するに武道のアーカイブということです。私は映 画の甲野善紀さんみたいになりたいなと思っています。そ れ ぞ れ の 国 に つ い て は 地 域 の 専 門 家 の 人 に 掘 り 下 げ て も らったらいいんですが、個々の映画であっても、 見 たとき に ち ょ っ と 響 く よ う に ア ン テ ナ が 張 れ る よ う な 感 じ か な と。国際映画祭のディレクターのイメージはそんな感じで すね。 ろ は あ り ま す 。 そ の た め に も 、 映 画 祭 の プ ロ グ ラ マ ー と も 、 媚 び を 売 る と い う こ と で は な く 、 ち ゃ ん と お 話 を す る ように しています 。ど のような作品 を選んでいら っしゃる のか 、どの ような作品 が求められて いるのかとい う話をす る こ と が 、 映 画 制 作 の 過 程 に お い て も の す ご く 重 要 で す ね 。 石坂 どこから出して広めていくかという戦略ですね。プ ロモーションの戦略はちゃんとしないとね。 杉野 そうですね。映画祭はマーケティングの場所でもあ ります。プロモーションかつマーケティングでいろいろな 映画人が来て、そこで映画を買うかどうかを決めるという 戦いの場所ですから。日本ではまだまだ映画祭はご褒美と いった位置付けをされがちな気がします。上映だけで参加 するにはもったいない場所です。 石坂 杉野さんたちのように映画祭を利用してくれると映 画祭の側も本望で、作り手やプロデューサーたちがもっと 出会って、シャッフルして、ダベってというようになって くれればいいなと思っています。作り手が一堂に会して、 それこそ多国籍で一週間なり一〇日間なりをいっしょにす ごしているわけですから、そこでまた火花が散って化学反 応が起こってほしいという面があります。 杉野 映画祭に行って、自分の作品が出ていなくて観客と して 見 るときも、この監督と組みたいかどうかを考えたり しています。もちろんそういうことを抜きに自分の食指が 動くから 見 に行く作品もありますが、基本は自分が今後仕 事をする可能性のある監督を探したり、どの国でどういう 傾 向 が あ る の か を 見 た り す る 場 に も な っ て い ま す。 そ う いった意味でも、東京、釜山、ロッテルダムは絶好の場所 ですね。
地域研究者
の
映画批評
山本 ところで、私たち地域研究者が研究地域の映画につ い て 語 る こ と を、 映 画 業 界 の 人 た ち は ど の よ う に ご 覧 に 杉野希妃(すぎの・きき) プロフィールは046頁に掲載。くくなっています。わざとわかりにくく作ったのかなと思 うほどです。二作目の『動物園からのポストカード』には 中華系マイノリティの話は出てこないので、一作目の『空 を飛びたい盲目のブタ』とは全く違うテーマの作品なんで すが、深読みすると『空を飛びたい盲目のブタ』の物語を ちゃんと着地させているんです。深読みのしがいがある監 督の一人です。 石坂 日本の映画批評の歴史で言うと、政治の季節の一九 六〇年代とか七〇年代くらいまでは、ある表現の裏に政治 的なメッセージを読み取ることを当然のこととして行って いました。 「裏目読み」という言い方も定着していました。 蓮實重 彥 さんの表層批評が出てきたあたりで、フランス の 現 代 思 想 と リ ン ク し な が ら、 一 種 の ア ン チ 深 読 み と し て、そういう深読みはせずに画面に映っているものだけで テマティックに批評するスタイルが盛んになって、裏目読 みとか深読みは退潮してしまったんです。ですから、そう いう映画批評の流れと全然違う山本さんたちの地域研究の フィールドからもう一回深読み的映画批評が出てきたとい う意味で、私には新鮮でした。 山本 映画がフィクションだということはもちろんわかっ ているんですが、地域研究者としてはついつい映画を現実 社会と照らし合わせて見てしまうところがあります。映画 が地域や世界の現実をリアルに伝えようとしているかどう かについて、臼杵さんはどうお考えですか。 臼杵 ミシェル・クレイフィの『ガレリアの婚礼』という 作品があります。この映画はある村の結婚式を描いていま す。結婚式のときにアラブ世界全体で問題になるのは、結 婚式をしている途中に初夜を迎えて、新婦が処女であるこ とを示すためにみんなにシーツを見せないといけないこと です。現在はほとんどなくなりましたが、かつてアラブ世 界全体で行われていました。この映画では、イスラエルの 占領下、要するにイスラエルの中に住んでいる軍政下のパ レスチナ人におけるその問題を取り上げています。 映画をよく見ればわかるんですが、村人たちは実はキリ スト教徒です。でも多くの人は勘違いしてムスリムの問題 と し て 見 て い ま す。 「そ う い う こ と を す る の は ム ス リ ム し かいないだろう」という偏見をもって見ているからです。 ところがよく見れば、結婚式の場面でイスラエルの将校を 呼んできて、アラクつまりお酒を飲んでいて、明らかにム スリムの村ではないことがわかります。クレイフィ監督自 身もキリスト教徒ですし。 それに加えて、この映画はイスラエルの家父長制の問題 を批判しています。親が嫌がる長男を結婚させるという家 父長制の圧力のもとで、長男が初夜でインポテンツになっ てしまいます。でもシーツを見せないといけないので、女 性がシーツに血を付けるんです。家父長制のもとで長男が ですから、この座談会が載る特集企画はその意味でおも し ろ い ん で す。 私 も 監 修 に 加 わ っ た『ア ジ ア 映 画 の 森』 (作 品 社) と い う 本 は、 地 域 ご と に は 分 け て い ま す が、 こ こ三〇年くらいミニシアターを中心としたアジアの作家を 紹介してきたなかで、みなさんがよく知っている作家、と くにこの一〇年くらいで日本に紹介された人を掲載すると い う 構 成 に な っ て い ま す。 そ れ に 対 し て こ の 特 集 企 画 は 「混 成 ア ジ ア 映 画 の 海」 で、 切 り 口 は 地 域 だ と い う こ と で、互いに刺激になっていけばいいなという気がします。 山 本 『ア ジ ア 映 画 の 森』 は、 韓 国 か ら ト ル コ ま で 広 大 な アジアの映画を紹介した本です。この特集企画も第三部で ほぼ同じ広がりの地域をカバーしていますが、地域研究者 は基本的に自分の守備範囲の地域についてしか書けません し、多くの場合は守備範囲を最大に広げても国どまりなの で、 三 〇 ヶ 国 あ れ ば 三 〇 人 が 書 く こ と に な り ま す。 『ア ジ ア映画の森』は、よく読むと石坂さんがたくさんの国の映 画を紹介していて、石坂さんの守備範囲の広さには本当に 驚かされました。 石坂 私みたいなジャンルの研究者というか、映画業界の 人間は、映画でそれぞれの地域を見ているけれども、決し てそこを深く知っているわけではありません。たまたま旅 行したりとか仕事で行ったりというぐらいですね。基本的 には画面の上というか画面の中だけで、この映画はおもし ろいとか、そうでないとか言っているだけで、つまみ食い のようで、ときどきまずいなと思います。 一方で、地域研究者には、映画祭で字幕翻訳をしていた だいたり質疑応答のときに通訳で助けていただいたりする 方はたくさんいるんですが、いわゆる地域研究をされてい る方で「全然映画を 見 ていない」という方もいて、そうい う人たちとはどのようにして話せばいいのかなと思うこと があります。なにかクロスして映画研究と地域研究の接点 みたいなものが模索できないかといつも思っています。 ですから、山本さんたちがマレーシア映画の研究会を始 めたときは、ある種新鮮で、かつ衝撃的でした。というの は、ヤスミンならヤスミンの映画に対して「こういうアプ ロ ー チ の 仕 方 を す る ん だ」 み た い な、 書 い て あ る こ と や 言っていることが半分わからないということも含めてです (笑) 。 映 画 の 批 評 か ら す る と「ち ょ っ と 深 読 み し す ぎ る ん じゃないの」という部分も含めて、新鮮だったんです。だ から、たぶんエドウィンの映画などは、思い切り深読みし ていただいたほうが新鮮じゃないかなという気がしていま す。 山本 インドネシアのエドウィン監督ですね。インドネシ アの中華系マイノリティにとって家系を継ぐという問題を 扱っていて、テーマはストレートに出しているけれど、現 在の話と過去の話を混ぜて見せたりしているのでわかりに
エ ジ プ ト 人 は み ん な む ち ゃ く ち ゃ な 悪 者 で す。 監 獄 で 出 会った囚人を一人除けば、ガラが悪くて知性がまったく感 じられない男ばかり出てきます。そのためにインドネシア 人留学生である主人公が知性的であることが強調される仕 掛けで、イスラム世界の周縁であるインドネシアが中心で あるアラブ世界に映画を通じて食ってかかっているという 図式になっています。外国のムスリムをひどく描いた映画 と言っても、ハリウッド映画と他のムスリム国の映画とで は違った意味があるかもしれません。 臼 杵 ア ラ ブ の 関 係 で 代 表 的 な も の を 言 え ば、 『ア ラ ビ ア の ロ レ ン ス』 で す。 ホ モ・ セ ク シ ュ ア ル の 話 に な り ま す が、ロレンスが一時期オスマン帝国軍に囚われて、明らか に将校から強姦されたことを暗示する場面があります。い か に も 好 色 な 感 じ の 俳 優 ホ セ・ フ ェ ラ ー に ピ ー タ ー・ オ トゥールが強姦されたことが明らかにわかるような描き方 をする。そこでトルコ政府はずいぶん抗議したらしいんで す。つまり、トルコ人=ムスリムはホモ・セクシュアルだ というイメージが重ね合わせられているということです。 あるいは、トルコで言えば『ミッドナイト・エクスプレ ス』で、麻薬をもっているだけで牢にぶち込まれて、えん え ん と す さ ま じ い 牢 獄 の 生 活 を 送 る と い う 作 品 が あ り ま す。これまたトルコ政府が怒りました。描かれる対象とし ての地域の問題はけっこう深刻だと思うんです。それがそ のまま、ある意味では垂れ流しになってしまう。 これはハリウッドにおける日本表象も同じことだと思い ますが、それでも日本の俳優たちが唯々諾々とそういう映 画に出たりするという問題が、これはカッコつきの「日本 人」という問題も含めて、考えてみる必要があるのではな いかと思います。映画をもうちょっと広く、ハリウッドま でを含めた場合、地域研究者の役割はけっこうあるのでは ないかと思います。 山本 映画の表現を見るときに、それが事実と同じかどう かとは別に、表現のスタイルとしてステレオ・タイプが使 われているという側面はおもしろいと思います。インドネ シア人がエジプト人を見たときに、賢いようで賢くなかっ たり、礼節を守っているようで全然そうではなかったりと いう描き方をすることによって何を言いたいのかが見どこ ろです。それが事実かどうかとは別のレベルで、その表現 が 有 効 だ と 判 断 し た ん だ と 見 る こ と も で き る と 思 う ん で す。 も ち ろ ん、 事 情 が わ か ら な い 人 が 見 る と、 「あ あ、 エ ジプト人ってあんな野蛮な人たちなんだ」という誤解を与 え る と い う 問 題 は あ り ま す が。 地 域 研 究 者 と し て は、 「現 実とは違う」という手もあるし、なぜそんなむちゃくちゃ な描き方をしたのかを制作者に成り代わって説明してみる という手もあるように思います。 先ほど臼杵さんが紹介してくださった『ルート一八一』 抑圧されていて、それに対して女性が主体的に状況を切り 開いていきます。 それから、イスラエルは結婚式を行う条件としてその地 域の軍司令官を結婚式に呼ぶという条件を付けて、それを 認めた家父長に対して村の若者たちが反乱を企てます。つ まり初夜の儀式と反乱とが重なっていくんです。火炎瓶を 持 っ て 何 か し よ う と し て、 そ の 試 み は 途 中 で 挫 折 し ま す が、村人全体が蜂起するという話になっていきます。 個の自立や女性の自立という問題と共同体的な拘束の葛 藤を描いた作品として、これはアラブ世界ではほとんど上 映禁止です。性的描写が問題になるし、家父長制の批判も 問題になります。処女性を示すことはアラブ諸国では当時 当たり前のように行われていたわけですから、それに対す る批判が明らかに見えるということでフランスなどでは高 く 評 価 さ れ ま す が、 ア ラ ブ 世 界 で は 総 ス カ ン を 食 い ま し た。ミシェル・クレイフィはそういうタブーに挑戦しまし た。アラブ世界では性を取り上げることは問題で、さらに それを家父長制と絡めて行ったということで、ほとんどめ ちゃくちゃな評価を受けました。 杉野 話を聞くだけでおもしろそうですね。 石 坂 今 年 (二 〇 一 二 年) の 東 京 国 際 映 画 祭 の「ア ジ ア の 風」部門で上映したトルコ映画の『沈黙の夜』は、ほとん ど同じ話です。トルコの部族社会で、結婚式の当日まで互 いに顔を知らないんですが、六〇歳の男と、ベールを上げ てみたら一四歳の少女。二人で部屋に入って、することを しないといけないという二人芝居なんです。これがおもし ろい。 女の子は嫌がってなんだかんだと逃げようとする。男は お務めをしないといけないということで、どんどん夜が更 け て、 も う す ぐ 夜 が 明 け て し ま う み た い な 状 況 に な り ま す。 う ま く い っ た ら 男 が 空 砲 を 二 発 鳴 ら す と 外 か ら お ば ちゃんがシーツを見に来るという段取りになっていたんで すが、ラストは一発の銃声で終わります。当然、上映後に 監督に「どうなったんだ? 誰か死んだのか?」と質問が 来ました。監督の答えは「私はその部屋にいなかったから わ か り ま せ ん」 で し た (笑) 。 オ ー プ ン・ エ ン ド で い ろ い ろな解釈ができる。監督の意図は、やはり家父長制批判と いうことのようでした。ほんとうにおもしろくて、最優秀 アジア映画賞を獲りました。 山本 舞台となった国で拒絶される映画と言ったとき、社 会の因習的な様子を批判した先進的な作品もあれば、社会 の文脈を踏まえずに悪意や偏見を助長しかねない作品もあ りますね。インドネシアで数年前に大流行した『愛の章』 というイスラム恋愛映画があります。インドネシア人留学 生がエジプトのアズハル大学で学んで、エジプトでいろい ろなドラマに巻き込まれていくんですが、そこで描かれる
まじ映画の黄金時代があったためにちょっと切り替えが遅 れているところはありますね。
地域研究者
と
の
協働
山本 国の枠に縛られずに国境を軽々と越えて作品を作り 続けているという点では杉野さんは先駆けというか珍しい 存在だということになるかと思います。国別に作られてい ないと掴みどころを捉えにくいと思う人もいるかもしれま せんが、そのことがかえって地域研究的な深読みを誘う面 もあるように思います。 杉野 私は映画作りにおいて、むしろ地域研究のみなさん の力をお借りしたいと思っています。本当に新鮮だったの は、山本さんや西芳実さんの作品解説を読ませていただい て、現場でハプニング的に起こったり撮ったりしたものに は本当は理由があったんじゃないかと私自身が思えてきた ことです。たとえば『マジック&ロス』では、日韓と中華 圏との違いのように深読みをしてくださったお陰で、自分 が現場ではまったく気づかなかったことにも本当は理由が あって存在しているんだと後でいろいろわかってきたこと があって、すごく刺激的でした。 たぶん、裏でそういうことはあるけれども、作り手が気 づかないうちに作品に反映されていることはたくさんある と思うんです。私が合作映画を企画するとき、あらかじめ どの国と作りたいとかいうのは、深く意図せずに、 たと え ば 映 画 祭 で 会 っ て 意 気 投 合 し た 映 画 人 と、 話 が 盛 り 上 が り、その時の勢いや流れで企画がどんどん進むこともあり ます。だからその国についての予備知識はほとんどない状 態で企画がスタートすることもあります。そうして立ち上 がった作品でも、 たと えば日本で起こっていることとイン ドネシアで起こっていることの共通点が読み取れると地域 研究者のみなさんに教えてもらえることで、作品づくりが もっともっと深くなっていけると思っています。 山本 次の作品には地域研究者が登場するそうですね。 杉野 夏に撮影した『ほとりの朔子』は地域研究者が主人 公です。メインの登場人物は二人いますが、女性地域研究 者とその姪の浪人生の女の子の話で、劇中にインドネシア の話が出てきて、地域研究的なことが作品に反映されてい ます。 それから、今年一二月から公開される新作の『おだやか な日常』という作品も、災害と原発事故の後でなぜ日本人 がこういう行動をとってしまうのかを社会学や地域研究か らも読み取れるような作品になったと思います。撮ってい るときには私たちはわかっていなかったけれど、地域研究 の 方 に あ と で 言 わ れ て、 「あ あ そ う か、 イ ン ド ネ シ ア で も のお話は、その土地でありえないものを映画で作ることで 現実に介入していくというお話でした。それと同じで、現 実でないものを作ってそこに意味を込めるというのは映画 の 表 現 の 仕 方 の 一 つ な の か な と 思 い ま す。 そ う だ と す る と、その土地の文脈に囚われないよその人たちが合作とい う形で制作に関わると映画の表現の可能性が広がるという 話でもあるのかなと、いまお話を聞いて思いました。 臼杵 それはあるかもしれませんね。ただし、不幸にして というか、あいかわらず中東全体の問題でもあると思うん ですが、先ほどから石坂さんが指摘されたように、多くの 監督がフランスとかベルギーなどヨーロッパで教育を受け ているんです。たとえばミシェル・クレイフィはベルギー で 教 育 を 受 け て い ま す。 現 場 で 育 つ の で は な く て、 ヨ ー ロッパで勉強してヨーロッパ的な手法を学んだ上で現実に 適用するという方法です。 とりわけパレスチナ人に言えることですが、イスラエル の占領政策によってパレスチナ人の監督が育たないという 問題があったので、みんな外国で勉強するしかありません で し た。 イ ン テ ィ フ ァ ー ダ 以 降 は 完 全 に つ ぶ さ れ ま し た が、二〇〇〇年以降はまたどんどんパレスチナ人の監督が 増えています。イスラエルの占領政策がまさに文化的なも のを抹殺するという方向で行われているので、とにかく映 画産業がパレスチナでは育たなかったんです。 私がエルサレムに滞在していた一九九一年に、エルサレ ムで初めてパレスチナ映画祭が開かれました。そのときの 出品作品はほとんどみんな自分のビデオで撮った映画で、 ど れ も 手 づ く り の、 「こ れ は 学 芸 会 か」 と い う 感 じ の も の でした。それを 見 ながら、映画のテクニックはある種の資 本がないとできないということがてきめんに表れていると 思いました。素人作品に毛の生えたような映画が映画とし て流通しているという問題自体は考えるべきことですね。 もちろん、パレスチナ映画が始まったころの話ですが、そ れがみんな手づくりからきているというのが驚きでした。 石坂 一国において映画産業が成立して、ある程度回転し ていくには、人口も必要だし、教育機関や撮影所などのい ろいろなインフラも必要です。パレスチナは作家が一人ず つがんばってヨーロッパなりからお金を持ってきて撮るし かないわけです。 でも、ブラック・アフリカに行くともっと極端で、最初 から自分の国で撮るなんて不可能だとわかっているから、 ヨーロッパに勉強しに行ってお金を集めて撮っています。 アフリカの作家たちと話すと「アジアは遅れているよ」と 言 い ま す。 「ま だ 一 国 の な か で 作 れ る と 思 っ て い る。 俺 ら にはそんな考えは最初からないから、平気でどことでも組 む」と言っていました。一国の中で撮れると思っていると いうのは、日本なんかがそうだし、インドもそうです。なスラエルがヨルダン川西岸のガザを占領した戦争で、この 占領がいいか悪いかはイスラエルの国論が二分されるよう な議論です。ところがスピルバーグは、アメリカ系ユダヤ 人として、そんな議論を無視して、一九六七年戦争の曲を きれいだということで使ってしまった。ユダヤ人でもアメ リカ系ユダヤ人とイスラエル人の温度差があるということ です。 地域の視点というのはそういうことだと思います。映画 は一九四八年にイスラエルに移民してきたところで終わろ うとしているというメッセージ性ははっきりとしている。 そこにつけた音楽が一九六七年というのはおかしな話だと いうことです。 地域研究に根ざす視線は、ハリウッド映画的なアメリカ から見たアラブ人への批判とかアラブ人の歪曲された像と かを、日本人像も含めて、常に批判し続けるものであるべ きです。これを批判しても詮無きことかもしれませんが、 メジャーの映画のもっているインパクトはすごく強いです か ら、 そ れ を 常 に 批 判 し 続 け る よ う な 視 点 が 欠 か せ ま せ ん。 見 る人が少ない映画ではなく、メジャーなハリウッド 映画が描く世界各地の地域像の歪みを常に指摘する地域研 究者の役割は大きいと思います。そこが現在、地域研究者 に は 決 定 的 に 欠 け て い る 点 で す。 「ど う せ バ カ な 娯 楽 映 画 だから放っておこう」という姿勢ではまずいと思います。 地域研究者はドン・キホーテでもいいから、メジャーの 作品に対して何か言い続けるべきです。たとえばハリウッ ド映画が描くアジア像がおかしいと言い続けるとか、そう いうことをしない限り、一般の観客からすると、映像を通 じて得るアジア像がそのまま歪曲されて受け止められてい く こ と に な り ま す。 我 々 の よ う な 地 域 研 究 者 が す る こ と は、そういうメジャーな映画における問題を言い続けると いうことです。 石坂 私はもともとドキュメンタリー研究とか、水俣病の 映画とか、三里塚闘争の映画などから映画に入っているの で、ハリウッドの娯楽映画には全然詳しくないんです。一 九八〇年代のミニシアター文化で育って、ポストモダン的 な東京でどっぷり浸かってきたので、やはり作家を中心に まず演出を 見 るということがあります。でも映画祭のディ レクターというのはそことは少し違うと思っていて、自分 の 好 み は い っ た ん 横 に 置 い た う え で、 「お 客 さ ん に と っ て おもしろい映画は何か」を考えるタイプです。もちろん自 分の好みは入れるんですが、つねにその両方の視点を入れ て、 楕 円 形 み た い な 複 眼 的 な 見 方 を す る よ う に し て い ま す。 杉野 自分たちがどのようなことをしていけるのか撮りな がら模索していけるということも、映画だからできること ではないかと思います。 見 ることや作ることを通して、国 津 波 の 後 に 同 じ よ う な こ と が 起 こ っ て い た ん だ」 と 知 っ て、 「そ う か、 今 後 こ う い う 合 作 映 画 が 作 れ る よ ね」 と い うアイデアをいただけるんです。 こ れ ま で 地 域 研 究 者 の 方 た ち と は、 作 品 を 作 っ た 後 で 「こ の よ う に 読 み 取 れ る ん じ ゃ な い か」 と 聞 か せ て い た だ いたりパンフレットを一緒に作ったりシンポジウムをした りするという展開でしたが、作品の企画開発の段階から一 緒にできるような気がしています。 山本 映画業界の杉野さんから地域研究に対するラブコー ルがありましたが、臼杵さんは地域研究者として映画の力 に対してどのようにお考えですか。研究という仕事を踏ま えつつ、何を映画に期待したり、どういうものをおもしろ いと思ったりしているかをお聞かせください。 臼杵 私は研究で映像を見るといったらドキュメンタリー しか見ていないというところがあります。パレスチナが関 わっているものでは、世代的に言えば広河隆一さんから土 井敏邦さん、古居みずえさんとかで、ずっと定点観測をし ているようなドキュメンタリー作家では若い世代が出てい ません。やっぱり食えないということです。監督して自分 の作品を作ったところで売れないわけだし、結局みんな腰 掛け的にしか地域との関わりをもたないんです。 でも、古居みずえさんのように、ガザに通い続けて、ガ ザに住む女性の視点からひたすらパレスチナの女性を撮っ ている人もいます。ある種の徹底した視線で一つの世界を 作 り あ げ て い ま す。 フ ィ ク シ ョ ン の 映 画 と は ま た 違 う ド キュメンタリーの力があるので、地域研究者としてドキュ メンタリーの作家たちとどのように協働できるか、棲み分 けができるかとか、そんなことをいつも思っています。 山本 私が研究しているマレーシアは外国の映画で描かれ る こ と は ま だ 少 な い で す が、 臼 杵 さ ん が 研 究 し て い ら っ しゃるイスラエルやパレスチナは外国映画でもいろいろな 描かれ方がされていると思います。ハリウッド映画を含め て、地域研究者の視線という観点から映画をどう 見 るか、 あるいは映画をどう作り、どう 見 せるかについて、最後に みなさんから一言ずつお聞かせください。 臼杵 インディペンデント系の映画は別として、いちばん 有名なユダヤ人の監督にスピルバーグがいます。鵜飼哲さ ん が 書 い て い る か ら 有 名 な 話 で す が、 『シ ン ド ラ ー の リ ス ト』 の 最 後、 つ ま り モ ノ ク ロ か ら カ ラ ー に 反 転 す る と き に、話の上では一九四八年なのに、一九六七年の第三次中 東戦争の直前に流行った「黄金のエルサレム」つまり「イ スラエルがエルサレムを解放した」という歌詞の歌が流さ れてしまいました。 こ れ に 対 し て 批 判 が 出 た の は イ ス ラ エ ル の 側 か ら で し た。あそこでは「ハティクバ」というイスラエル国歌を入 れるべきだというんです。一九六七年の戦争というのはイ
『ビバ! アルジェリア』 ……① Viva Laldjerie 、 ②ナディール・ モ ク ネ シ ュ、 ③ 二 〇 〇 四 年、 ④ フ ラ ン ス、 ⑤ フ ラ ン ス 語、 ⑥ フランス映画祭 (二〇〇四) 、 国際交流基金アラブ映画祭 (二 〇〇五) 。 『細 い 目』 …… ① Sepet / Chinese Eye 、 ② ヤ ス ミ ン・ ア フ マ ド、 ③ 二 〇 〇 四 年、 ④ マ レ ー シ ア、 ⑤ マ レ ー 語、 英 語、 広 東 語、華語、⑥東京国際映画祭(二〇〇五) 。 『ほ と り の 朔 子』 …… ① ほ と り の 朔 子、 ② 深 田 晃 司、 ③ 二 〇 一 三 年、④日本、⑤日本語、⑥劇場公開(二〇一三・予定) 。 『マジック&ロス』 ……① Magic & Loss / 향기의 상실 〔香りの 喪 失〕 、 ② リ ム・ カ ー ワ イ、 ③ 二 〇 一 〇 年、 ④ マ レ ー シ ア、 日 本、 韓 国、 中 国、 香 港、 フ ラ ン ス、 ア メ リ カ、 ⑤ 日 本 語、 韓国語、英語、⑥劇場公開(二〇一一) 、DVD販売。 『ミッドナイト・エクスプレス』 ……① Midnight Express 、②ア ラ ン・ パ ー カ ー、 ③ 一 九 七 八 年、 ④ 英 語、 ⑤ ア メ リ カ、 ⑥ 劇 場公開(一九七八) 。 『ム ク シ ン』 …… ① Mukhsin 、 ② ヤ ス ミ ン・ ア フ マ ド、 ③ 二 〇 〇 六 年、 ④ マ レ ー シ ア、 ⑤ マ レ ー 語、 英 語、 華 語、 ⑥ 東 京 国 際 映画祭(二〇〇六) 。 『ル ー ト 1 8 1 パ レ ス チ ナ 〜 イ ス ラ エ ル の 旅 の 断 章』 …… ① Route 181, Fragments of a Journey in Palestine-Israel 、②ミ シ ェ ル・ ク レ イ フ ィ、 エ イ ア ル・ シ ヴ ァ ン、 ③ 二 〇 〇 三 年、 ④ フ ラ ン ス、 ベ ル ギ ー、 ド イ ツ、 イ ギ リ ス、 ⑤ ア ラ ビ ア 語、 ヘ ブ ラ イ 語、 ⑥ 国 際 交 流 基 金 ア ラ ブ 映 画 祭(二 〇 〇 五) 、 山 形国際ドキュメンタリー映画祭(二〇〇五) 。 ◉ 出席者紹介 ◉ ①氏名…… 臼杵陽 (うすき・あきら) 。 ②所属・職名…… 日本女子大学文学部史学科・教授。 ③生年・出身地…… 一九五六年、大分県。 ④ 専 門 分 野・ 地 域 …… 中 東 地 域 研 究。 主 に パ レ ス チ ナ / イ ス ラ エ ル、ヨルダン、レバノン。 ⑤ 学 歴 …… 東 京 外 国 語 大 学 外 国 語 学 部( ア ラ ビ ア 語 )、 東 京 大 学 大 学 院 社 会 学 研 究 科 修 士 課 程( 国 際 関 係 論 )、 同 大 学 院 総 合 文 化研究科博士課程 (国際関係論) 、京都大学博士 (地域研究) 。 ⑥ 職 歴 …… 佐 賀 大 学 講 師・ 助 教 授( 三 二 歳、 七 年 間 )、 国 立 民 族 学 博 物 館 地 域 研 究 企 画 交 流 セ ン タ ー 助 教 授、 教 授( 三 九 歳、 九年半) 、 日本女子大学文学部史学科教授 (四九歳、 七年半) 。 ⑦ 現 地 滞 在 経 験 …… ヨ ル ダ ン( 在 ヨ ル ダ ン 日 本 大 使 館 専 門 調 査 員、 二八歳、 二年半) 、 パレスチナ/イスラエル (エルサレム ・ ヘ ブ ラ イ 大 学 ト ル ー マ ン 平 和 研 究 所 客 員 研 究 員、 三 四 歳、 二 年 間 )、 レ バ ノ ン( 東 京 外 国 語 大 学 ア ジ ア・ ア フ リ カ 言 語 文 化 研究所中東研究日本センター研究員、半年間) 。 ⑧研究手法…… 主にインタビューと現地での参与観察。 ⑨ 所 属 学 会 …… 日 本 中 東 学 会、 日 本 国 際 政 治 学 会、 日 本 イ ス ラ ム協会。 ⑩ 研 究 上 の 画 期 …… 一 九 九 一 年 の 湾 岸 戦 争 時、 エ ル サ レ ム か ら 離 れ て 避 難 し た 体 験。 九 ・ 一 一 事 件 時 の メ デ ィ ア で の「 イ ス ラーム」 の語り方をめぐる論争。 ⑪ 推 薦 図 書 …… 板 垣 雄 三『 歴 史 の 現 在 と 地 域 学 ―― 現 代 中 東 へ の 視角』 (岩波書店、一九九二年) 。 ⑫推薦する映画作品…… 『アレキサンドリアWHY?』 (ユーセフ ・ シャヒーン監督、一九七八年、エジプト) 。 を知ったり人間を知ったりできるのが映画の素晴らしさで はないでしょうか。そういう地域の視点が入った作り方が で き る 多 様 性 が 日 本 に も あ っ て ほ し い と 深 く 願 っ て い ま す。今後それをどうしたらいいのかは私自身の課題です。 山本 世界が混迷化し、映像表現が複層化する状況で、世 界 を 読 み 解 く た め の 映 画 の 力 が ま す ま す 重 要 に な っ て お り、映画の力を最大限に引き出す地域研究の力に期待が寄 せられているというお話を伺いました。本日はどうもあり がとうございました。 ◉映画リスト 『S H O A H シ ョ ア ー』 …… ① Shoah 、 ② ク ロ ー ド・ ラ ン ズ マ ン、 ③ 一 九 八 五 年、 ④ フ ラ ン ス、 ⑤ 英 語、 ド イ ツ 語、 ヘ ブ ラ イ 語、 イ デ ィ ッ シ ュ 語、 フ ラ ン ス 語、 ポ ー ラ ン ド 語、 ⑥ 劇 場 公開(一九九七) 。 『 ア イ ・ カ ム ・ ウ ィ ズ ・ ザ ・ レ イ ン 』……① I Come with the Rain 、 ② ト ラ ン・ ア ン・ ユ ン、 ③ 二 〇 〇 九 年、 ④ フ ラ ン ス、 ⑤ 英 語、⑥劇場公開(二〇〇九) 、DVD販売。 『愛 の 章』 …… ① Ayat-ayat Cinta 、 ② ハ ヌ ン・ ブ ラ マ ン チ ョ、 ③ 二 〇 〇 八 年、 ④ イ ン ド ネ シ ア、 ⑤ イ ン ド ネ シ ア 語、 ア ラ ビ ア語、⑥未公開。 『 ア ラ ビ ア の ロ レ ン ス 』… … ① Lawrence of Arabia 、 ② デ ヴ ィ ッ ド ・ リ ー ン 、 ③ 一 九 六 二 年 、 ④ 英 語 、 ⑤ 劇 場 公 開 ( 一 九 六 三 )。 『お だ や か な 日 常』 …… ① Odayaka 、 ② 内 田 伸 輝、 ③ 二 〇 一 二 年、④日本、アメリカ、⑤日本語、⑥劇場公開(二〇一二) 。 『ガレリアの婚礼』 ……① Noce en Galilee 、②ミシェル・クレイ フ ィ、 ③ ベ ル ギ ー、 フ ラ ン ス、 ④ 一 九 八 七 年、 ⑤ フ ラ ン ス 語、 ⑥ ア テ ネ・ フ ラ ン セ 文 化 セ ン タ ー(一 九 九 三) 、 国 際 交 流基金アラブ映画祭(二〇〇五) 。 『シ ン ド ラ ー の リ ス ト』 …… ① Schindler s List 、 ② 一 九 九 三 年、 ③ ス テ ィ ー ヴ ン・ ス ピ ル バ ー グ、 ④ ア メ リ カ、 ⑤ 英 語、 ド イ ツ語、⑥劇場公開(一九九四) 。 『ス ペ シ ャ リ ス ト 〜 自 覚 な き 殺 戮 者』 …… ① Un spécialiste, portrait d un criminel moderne 、 ② エ イ ア ル・ シ ヴ ァ ン、 ③ 一 九 九 九 年、 ④ イ ス ラ エ ル、 フ ラ ン ス、 ド イ ツ、 ベ ル ギ ー、 オ ー ス ト リ ア、 ⑤ フ ラ ン ス 語、 英 語、 ド イ ツ 語、 ヘ ブ ラ イ 語、⑥劇場公開(二〇〇〇) 、DVD販売。 『空 を 飛 び た い 盲 目 の ブ タ』 …… ① Babi Buta yang Ingin Terbang / Blind Pig Who Wants to Fly 、②エドウィン、③ 二 〇 〇 八 年、 ④ イ ン ド ネ シ ア、 ⑤ イ ン ド ネ シ ア 語、 ⑥ 大 阪 ア ジアン映画祭(二〇〇九) 。 『沈黙の夜』 ……① Night of Silence / Lal Gece 、②レイス・チェ リ ッ キ、 ③ 二 〇 一 二 年、 ④ ト ル コ、 ⑤ 英 語、 ア ラ ビ ア 語、 ⑥ 東京国際映画祭(二〇一二) 。 『動物園からのポストカード』 ……① Kebun Binatang 〔動物園〕 / Postcards from the Zoo 、 ② エ ド ウ ィ ン、 ③ 二 〇 一 二 年、 ④ イ ン ド ネ シ ア、 ⑤ イ ン ド ネ シ ア 語、 ⑥ 東 京 国 際 映 画 祭(二 〇一二) 。 『ノ ル ウ ェ イ の 森』 …… ① ノ ル ウ ェ イ の 森、 ② ト ラ ン・ ア ン・ ユ ン、 ③ 二 〇 一 〇 年、 ④ 日 本、 ⑤ 日 本 語、 ⑥ 劇 場 公 開(二 〇 一 〇) 、DVD販売。