グローバル化・市場主義の弊害と会計情報システムの一 察
持続可能な社会の実現に向けて
中 島 照 雄
会計学研究室
A Study of Bad Influence of Global and Market Principle
and Accounting Information System
For Sustainable Society
Teruo NAKAJIMA
Accounting
Abstract
This report gives a study of Bad Influence of Global and Market Principle and Accounting Information System, is presented as follows:
1.Introduction.
2.Relaxation of Regulation and Global.
3.Bad Influence of Global and Market Principle and Accounting Mission. 4.Asymmetry of Information and Disclosure.
5.Market and Accounting Information System. 6.Accountability and Performance.
7.Overview; System of Accounting Information. 8.Overviw; Progress of Accounting Information. 9.Conclusion.
In the above chapters, I have investigated various issues of Bad Influence of Global and Market Principle and Accounting Information System.
Keywords: Sustainable Society, Global, Market Principle, Going Concern, Asymmetry of Information, Disclosure, Accountability, Performance, Accounting Information
System. 1.はじめに 2.規制緩和・グローバル化 ―金融商品のリスク 散化の誤算― 3.グローバル化・市場主義の弊害と会計の 命 4.情報の非対称性とディスクロージャー 5.市場と会計情報システム ― 正な市場の枠組みのなかでの自由活動― 6.アカウンタビリティと評価 7.会計情報システムの体系 8.会計情報システムの歴 的経緯 ―パチオリ・ゲーテ・福澤諭吉― 9.おわりに (注)(参 文献)
1.はじめに
世界経済は危機に陥っている。こうした事態になったのは、世界的規模の「資本主義の失敗」だと もいわれている。資本主義という制度には、悪い面もあるが、一方、これ以上良い制度はないといわ れている。自由主義の資本主義制度の国々は、旧ソ連や東側の諸国と比較して経済力が高かった。し かし、冷戦終結後以降の資本主義は、傲慢なものになっているといわれていた。 その20年後、金融市場主義が世界を覆い、ついに、2008年9月アメリカ発のリーマン・ショックが 始まり、世界の金融市場は大きな危機に陥った。グローバルな信用拡大を後押ししてきた証券化とい うエンジンが、市場で機能不全に陥ったのである。金融は市場から大きく信頼を失い、会計情報シス テムは金融資本主義の旗持ち役か、との批判も囁かれた。 このような状況下、20年前に指摘されていた次のことを思い出している。 「会計学という学問ないし制度は、金銭文明の申し子である。それは会計学はこれまで金銭文明の 奴隷として働いてきたが、金銭文明の病の医者としての職を求めている 」という指摘である。 企業活動がグローバル化し、資本市場のインフラの1つである会計基準でも1つの物差しが求めら れるようになった。投資家にとって、世界の主要企業を1つの物差しで簡単に比べられることは魅力 が大きい。しかし、会計基準の国際化のなかで、これまでの日本の会計制度改革は本当に現代社会に 寄与しているのか、という問いに対して疑問に思われることがある。 特に金融商品取引法で、四半期決算と厳格な内部統制が企業に義務付けられるようになった。時価 評価に関しても、持合い株の時価評価も、日本の新たな経営問題として浮上している。こうした改革 の影響によって、経営者があまりにも短い期間しか見ないことになり、経営の安定性に危惧が生じて いる。さらに、一連の改革に対処するために、企業は多大なコストと時間を必要としている。会社統治の改革ルールには、欧米ルールというよりはアメリカルールに って策定されている内容が多い。 日本とアメリカとの異なる経営慣行を無視していることは本当にベターなのか。 そこで、金融市場の危機や会計基準の国際化のなかで、グローバル化・市場主義の弊害と会計情報 システムとの関連の一 察を、以下に展開する。
2.規制緩和・グローバル化 ―金融商品のリスク 散化の誤算―
アメリカでの市場主義には、厳しい規律によって維持されてきた。だが、それでも金融市場は失敗 するほどの世界である。私たちの市場活動には、 正な市場の枠組みのなかでの自由活動であって、 それを単に規制緩和のみのなかでの自由活動では、とても安心な取引などは出来ないのではないか。 元来、制度には一定の枠組みが必要であり、その枠組みの範囲内においてのみ自由は保証される。先 の金融市場の危機的崩壊には、こうした自由の枠組みを無視し、際限なくその自由は保証されたもの であるという、大きな誤算があったのではないか。 従来の経済活動では、1つの国という経済圏の中でのみ規制が存在した。ところが、そうした中で、 規制緩和が進展したのである。規制緩和を追いかけるように、グローバル化も急速に進み、自由の枠 組みの限界が市場の関係者には見えにくくなってしまった。 他方、金融商品のリスク 散という手法で、たとえば金融工学などが開発されて、信用度の低い金 融商品でも、各種の優良商品と結合することによってリスク 散が図られると えられた。リスクの 高い金融商品が、金融工学などの開発によって、それが優良商品であるかのような錯覚が生じ、結果 的に投資者を欺くことになった。 続いて、グローバル化・市場主義の弊害と会計の 命について次ぎに展開する。3.グローバル化・市場主義の弊害と会計の 命
世界は、グローバル資本主義の下でのアメリカの金融バブルの生成と崩壊により、金融経済のみな らず実物経済までもが大きく変わりつつある。また、現代の企業は社会問題や地域問題、消費者問題、 害問題・地球環境問題などと新しい問題に直面し、いかなる行動をとるべきかが、今後の企業に厳 しく問われている。 ところで、日本ではこれまでの官から民へという構造改革が叫ばれて、政府が行うことは悪で民間 が行うことは全て善だ、という単純な世論をつくる現象が生まれた。このような短絡的政策では、社 会システムとしてはとても危ういものである。特にこれまで官によって規制されてきた市場が、規制 緩和で急に民の主導の市場に変われば、その市場の一部が特定の企業によって私物化される事態も危 惧されてくる。このような社会システムでは、私たちの安全で安心の生活はとても困難になる。 どのような改革であれ、その功罪をしっかりと評価することは必要不可欠である。その評価は、社会的インフラ(社会制度システム)を早急に整備して、良識ある市民の監視システムをしっかりと機 能させ、いわゆる市民社会システムを可能にするだろう。このような機能を構築しなければ、市場主 義は危ういのである。現在、世界の金融市場に危うい事態を及ぼしているならば、監視システムなど を早急に検討しなければならない。グローバル化・市場主義には、光もあれば影もあるので、その弊 害に対する処方箋は速やかに検討することが必要となる。 グローバル化・市場主義という社会の変革および企業などの組織体が変貌する中で、持続可能な社 会や組織体を目指す会計情報システムの機能とは何かが問われている。 会計が、従来の個別企業の私的計算用具にとどまっていては、グローバル化・市場主義という新し い時代に対応はできない。会計は、社会 共的性格を有し、動的社会秩序の形成要因としての機能を 発揮する社会的用具になる必要性がある。会計は、単に企業および全ての組織体に奉仕するばかりで はなく、企業および全ての組織体をとりまく社会に対して、その機能を拡大化していかなければなら ない。 こうした中での会計の 命とは一体何であろうか。 それには、「先ず、資本主義経済の弊害や欠陥に注目しなければならない。弊害や欠陥は本来の本性 に根ざし根強いものであるが、是正することは社会工学的に不可能ではない。その資本主義経済の欠 陥の最たるものが金銭文明の弊害である。われわれは根気よくそれを退治しようとしている。会計学 という学問ないし制度は、金銭文明の申し子である。会計学はこれまで金銭文明の奴隷として働いて きたが、「金銭文明の病の医者」としての職を求めていると えるのが私の政治会計学だ 」と黒澤清 博士の指摘がある。 そこで、会計の 命を金銭文明の病の医者として捉えて、情報の非対称性とディスクロージャーに ついて展開する。
4.情報の非対称性とディスクロージャー
現実の市場では、一般的に買い手は購入する商品(財・サービス)の質について売り手と同じだけ の情報を持っているわけではない。そうした不完全な市場経済では、伝統的経済学が主張するような 市場メカニズムは円滑には働かないのである。 経済的取引が行なわれるとき、取引の当事者全員に必要な情報が行き渡らず、ごく一部の当時者だ けに情報が偏在する現象がある。この現象を、情報の非対称性(asymmetry of information)という。 生産物市場や労働市場、資本市場などで、情報の非対称性が原因で市場が処理できないとするならば、 その解決のためにどのような制度を設けるべきか、という問題が生じてくる。 ここでは、市場を証券市場、制度を会計制度と捉え、会計学をどのように位置づけるかを えてみ る。会計情報をディスクロージャー(disclosure、情報開示)する主たる目的は、経営者のもつ優位な 企業情報を投資家などに伝えて取引上の相互のリスクを減らし、資本市場を正常に機能させることである。経営者が企業の会計情報をディスクロージャーするときは、投資家などに対して保守的リスク 評価は避け、企業価値を高めようとする。その情報には、時折バイアスがかかっていて客観性に欠け、 投資家の評価に影響を及ぼすこともある。経営者と投資家の間では、どのような情報をどのような方 法で開示すべきかが課題になり、両者が開示によってプラスになるような会計制度にしなければなら ない。
ところで、情報の非対称性により、逆選択(adverse selection)やモラルハザード(moral hazard) などの問題も発生する。これらの問題解決にも、会計制度(インフラ)が十 に活用されなければな らない。企業は強制(法的強制)されたディスクロージャー以外にも、自主的ディスクロージャーを 行なって会計制度の活用効果を上げるように一層努めれば、情報の非対称性は小さくなり、逆選択を 回避することにもつながる。 次ぎに、市場と会計情報システムはいかなる関連を持つのかを展開する。
5.市場と会計情報システム ― 正な市場の枠組みのなかでの自由活動―
前項で指摘した通り、経営者のもつ優位な情報を投資家に伝えることによって取引のリスクを減ら し、さらには市場(資本市場)を正常に機能させることが、会計情報を開示する大きな目的である。 経営者は情報開示によって投資家の保守的リスク評価を避けて、少しでも企業価値を高めようとして いる。また、経営者はその情報にバイアスをも加え、投資家の評価に良い影響を及ぼそうとしている。 投資家は企業評価に自己責任を負うため、自己の意思決定モデルに適合し、特定のバイアスをもたな い情報を独自に集めようとしている。こうした両者の各々の思惑を両立させるようなルールは、市場 および会計情報システムに機能的に形成されていくのである。 こうして、情報開示ルールは市場取引を通じて、経営者と投資家の両者の 渉から醸成されていく。 それには、市場参加者間の単なる私的契約にとどまらずに、 的規制の性格をも備えていくものであ る。すなわち、非競争的市場では、経営者は敢えて内部情報を出さなくても企業価値が損なわれるこ とはないので、自発的開示を妨げる傾向が強くなる。そこで、規制により経営者にも情報の供給を促 すことになる。経営者が市場で企業価値を高めずとも内部者取引で利益を得る機会があるならば、こ うした経営者に情報開示の誘因は働かないのである。 一方、経営者に自発的情報開示の誘因が働く場合には、投資家はその情報のバイアスを見込んでリ スク評価する。経営者には、開示情報が真実であることを保証する行動をとらなければならない。 会計基準や独立監査人の監査は、こうした個々の現象によって生み出される私的契約や慣行が標準 化され社会制度へと進展していくのである。つまり、会計基準は、市場における経営者と投資家の不 断の取引から醸成され、終局的には 的行政権限によって規範性が付与される。 経済活動のグローバル化・市場主義という世界の潮流から、会計基準の市場間統合(国際統合)が 生じている。個々の市場で会計基準間の 正な競争が働くような条件を整えてから、市場参加者に統合への誘因を与えることが必要不可欠である。市場参加者には複数のメニューを提示し、開示される 側に選択の余地を与えることと、その選択自体を市場で評価される仕組みを織り込むことが大事であ る。この仕組みは、メニューとして代替的基準が大筋で調和していないとうまく機能しない。世界の 潮流では基準設定の主体は民間主体であり、その前提を整えて市場の選択を観察しながら基準を決め ていく。こうして国際統合のレベルは、その結果として決まるものである。 市場の選択をなくして、単に超越的に各国基準の統一を図ることだけを試みたのでは、各国の企業 文化に摩擦が生じ、各国の企業のゴーイング・コンサーン(going concern、継続企業)に多大な影響 が生じる。 企業を取り巻く市場という場には、いろいろと活動する経営者や投資家などの参加者がいる。 正 な市場の枠組みを前提として、それぞれの参加者は各々の役割(役割期待)を持って取引行動をする。 枠組みの中で、取引行動のルールが制定されていくのである。会計または会計基準は、特に、測定の 事実関係に重きを置いている。 投資家と経営者は、市場における不断の個々の取引の事実から、帰納的アプローチにより、一般的 原理・法則などが収束されていく。こうして収束された社会制度は、さらに 的行政権限によって規 範性を付与されていく。 ところで、こうした制度化の過程には次の3つの条件が必要になる。第1に場(市場)の条件、第 2に参加者の条件、第3に役割(役割期待)の条件である。この3つの条件の下に、歴 的に積み上 げられてきた文化や法制、慣行が加わり、取引行動のルール化が成立していくのである。 特定の経済活動には特定の場が存在し、その場には各々の条件を担う参加者が相集い、参加者の役 割(役割期待)にそったルール(枠内)の下で、初めて自由に活動できるものといわなければならな い。そこには規制緩和だからといって、全く自由に活動できることを意味するものではない。そうし なければ、市場に潜在的にある多くのリスクを取り除くことは難しい。 続いて、会計上のアカウンタビリティと評価についてを展開する。
6.アカウンタビリティと評価
会計でいう、アカウンタビリティ(accountability、会計責任)とは、単なる説明責任を負うもので はなく、もっと具体的に他人の財産の管理者(受任者・受託者)が本人(委任者・委託者)に対して 負う会計上の責任を意図している(stewardship、受託者責任)。たとえば、株式会社では、株主が会 社に出資すれば、経営者には受託責任(資産管理・運用責任)が生じてくる。経営者は会計期間終了 後、結果として計算書類(財務諸表)を株主 会で株主に報告し、株主の承認を受けることになる。 これで、経営者の会計責任が果たされるのである。 アカウント(account)を辞典では、単なる計算だけではなく、報告や釈明、説明する、責任をとる などの意味を持っている。さらには、“The great(last)account.”(キリスト教)最後の審判という記載もあり、意味深く注目する必要がある。
現在の株式会社のアカウンタビリティには、決算書などの財務的情報のディスクロージャーの他に、 決算書を補完する環境報告書や CSR(Corporate Social Responsibility、企業の社会的責任)報告書、 さらに知的財産報告書などの非財務的情報のディスクロージャーも必要になっている。 国や自治体の情報 開においても、また企業や非営利組織体などの情報のディスクロージャーでも、 その情報が真の担保に裏打ちされていなければ市民の意思決定には繫がらない。その組織体の財務的 情報や非財務的情報の開示情報の品質を保証するのが会計制度であり、それを担う会計人は社会経済 システムの真の保証人となるのである。 ところで、アカウンタビリティは評価に反映するが、誰がどんな目的で評価するかによって、同じ 資産や同じ事業でもそれぞれの評価が変わってくることがあり、注目を要する。 その例として、第1にゴーイング・コンサーン(Goinng Connsern、継続企業)の従業員を抱えて の事業引継、いわゆる子会社化で評価する場合や、第2に多くの知的財産やブランドなどを持つ人的 資産を包含する組織体を事業評価する場合や、第3にただ単純に事業資産の不動産の処 的評価する 場合などでは、同じ資産や同じ事業でも評価そのものは大きく異なることを挙げることができる。 昨今の話題に上がった郵政簡保の評価や、パナソニックによる子会社化(三洋電機の子会社化)の 評価は、その評価を誰がどんな目的でするかによって異なるものである。そこで、評価する各人の評 価視点を明らかにすることが特に重要になる。 続いて、会計情報の体系を展開する。
7.会計情報システムの体系
全ての組織体を持続可能な限り維持・発展させるには、組織体のトップが組織の運営状況や資金調 達状況などを詳しく知ることが大事である。組織の運営状況や資金調達状況などの内容(貸借対照表 や損益計算書など)は会計情報システムによって作成される。 会計とは、情報の利用者が事情に精通して判断や意思決定を行なうことができるように、経済的情 報を認識し測定し伝達するプロセスであると定義されている。そこで、会計情報システムの体系を以 下に示す。 会計の体系を大別するとマクロ会計とミクロ会計になる。マクロ会計は国民経済計算のように国や 地域における社会経済活動を 析する会計であり、ミクロ会計は個別経済主体別の経済活動に対する 会計である。 次ぎに、会計を主体対象別から大別すると、利潤追求を目的とした営利組織である企業に対する企 業会計(business accounting)と、利潤追求を目的としない組織(医療法人や学 法人、社会福祉法 人、NPO法人、独立行政法人など)に対する非営利組織体会計(non-profit organization accounting) と、政府・自治体の 会計(public accounting)の3つになる。続いて、会計を機能的側面から大別すると、財務会計(financial accounting)と管理会計(manage-ment accounting)の2つになる。財務会計は、株主や債権者、取引先、国・地方自治体など企業の外 部利害関係人に対して、企業の会計情報を報告する会計である。貸借対照表や損益計算書などの財務 諸表を作成し、株主 会で承認を受けた後に情報開示される。会社法によって開示義務であり、株主 などの利害関係人は、開示情報に基づき自らの意思決定の判断を行なう。 企業会計の実務に規制を加えている法律は、会社法や証券取引法、法人税法などがある。これらに 準拠して行われる財務会計領域の会計を制度会計という。これに対して、法規制を受けずに企業が自 発的に実施する財務会計領域がある。自然環境保護や地域社会貢献などの程度を計測する環境会計 (environment accounting)や社会責任会計(corporate responsibility accounting)などである。 企業はこれらの会計により、企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility)を果たしている。
管理会計は、企業内部の経営管理にかかわる経営者や管理者などに対して、経営内部の意思決定に 有用な情報を提供する会計である。具体的には、財務 析や損益 岐点 析、予算管理などの手法を 展開して、事業戦略の立案や商品・サービスの見直し、利益計画、業績評価などに利用する。 続いて、会計情報システムの歴 的経緯を、次ぎに展開する。
8.会計情報システムの歴 的経緯 ―パチオリ・ゲーテ・福澤諭吉―
会計のツールである複式簿記の記述は、約500年前の世界最古の出版物であるルカ・パチオリの『算 術・幾何・比および比例概説』(Summa de Arithmerica, Geometiria, Propotioni, et Proportionolita, Venice,1494.以下『ズムマ』と略す)にある。これは数学書としても世界最初の出版物といわれて いる。著者のパチオリ(Luca Pacioli, 推定1445-1514年;イタリアの数学者かつ修道僧)は、ミラノ 大学およびナポリ大学などで数学教授として数学研究の生涯を送った。 『ズムマ』の第1部第9編の論説11「計算および記録に関する詳説」は、世界最初の複式簿記の文 献であり、世界中で 用されている簿記の原型になっている。パチオリの時代には、会計を数学の一 部と見なしていた。パチオリは、1509年に『神聖比例論』(Divina Proportiona)を 刊し、後の(19 世紀)黄金 割(golden section、最適化手法に関係する)へと進展する。パチオリは、レオナルド・ ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)とも親 があったという。ところで、18世紀末ワイマール 国で宰相を務めた文豪ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe, 1749-1832)は、「真の商人の精神ほど広い精神、広くなくてはならない精神を、ぼくはほかに知らな いね。商売をやっていくのに、広い視野をあたえてくれるのは、複式簿記による整理だ。整理されて いればいつでも全体が見渡される。……複式簿記が商人にあたえてくれる利益は計り知れないほどだ。 人間の精神が産んだ最高の発明の一つだね。立派な経営者は誰でも、経営に複式簿記を取り入れるべ きなんだ 」というように、複式簿記を人類最大の発明の一つと絶賛していた。 会計は、当初、複式簿記を理論的に説明することが主な目的としていた。その後19世紀末、ドイツ
で貸借対照論が、英米において財務諸表論や財務会計論が、勘定学説研究を発展させるかたちで台頭 してきた。その背景には、株式会社制度の発展がもたらした「所有と経営の 離」の えがあった。 所有者から独立した会社それ自体とその利害関係人とを結びつけ、会社の「社会的責任」の遂行状況 を利害関係人に報告する必要性が生じ、その手段として貸借対照表や財務諸表にかかわる研究を課題 とする貸借対照論や財務諸表論が提唱されていた。 株式会社の社会的影響力の増大に対応して、商法(会社法)に貸借対照表に関する規定が設けられ た。これは、会社の会計および会社の社会的行動を規制するものとなった。 1900年代には、原価計算や予算統制、経営 析などを内容とする管理会計の実践と研究に注目が集 まった。その背景には経営学(経営管理論)の発展があった。 1920年代には、管理会計で標準原価計算や予算管理が中心となり、固定費を有する非合理性を克服 するために直接原価計算が提唱された。第2次世界大戦後は LP(リニア・プログラミング)、OR(オ ペレーションズ・リサーチ)、統計などの手法が管理会計に導入された。 1930年以降の現在にいたるまで、英米における財務諸表論や財務会計論が、論理的厳密性や学際性 を導入しながら、会社の会計を指導する会計原則の探求を課題としてきた。 経済社会の発展に対応して、会社の会計 野では情報会計や人的資源会計、環境会計、リース会計、 年金会計、ストックオプション、ディリバティブ、ヘッジ会計、時価主義会計、税効果会計、減損会 計、知的財産会計、国際会計、CSR などと新しい研究領域が次々に出現してきた。 日本で複式簿記を初めて紹介したのは、福澤諭吉(1834―1901、思想家・教育家)の『帳合之法』 (1873)という書である。これは、単に簿記技術を教えるための教本というよりは、近代企業家精神 を鼓吹するためにも書かれたものである。福澤らによって、日本に株式会社制度の導入が検討されて、 1890年には会社制度が制定された。
9.おわりに
市場競争では、他のどのような場合とも同様に、ルールは必要不可欠なものである。ルールに反す る行為を市場で行えば、厳しく対処されなければならない。仮にルールがなければ、市場は信頼失い、 正さが保てなくなる。また、政府が市場に過度に介入すれば、市場に弊害が生じることはいうまで もない。したがって市場を規制すると、得をするのがそこにいる既得権益者だけという自然な事態を 招く。 2008年9月アメリカ発の暴走した金融市場の現象は、金融規制の必要性を改めて示した。現在、金 融市場は規制強化の方向に進んでいるが、その規制は市場そのものを全面的に否定することではない。 市場に基礎を置くという従来の えは変わらない。 ところで、金融資本主義の旗持ち役と囁かられないために、会計基準は会計の 命を確実に機能さ せることである。そのためには、先ず、金融資産をオフバランスからオンバランスになるような制度設計をすることが必要である。その際、金融経済の評価制度に注意を向けることは当然である。つま り、未実現損益を財務諸表に計上するようなことだけは、絶対に避けなければならない。 グローバル化が今回のパニックの要因のように えて、内需主導型の経済成長を押し進める処方箋 は、決してあってはならない。各国の経済成長の処方箋が、自国のことばかり えて内需主導型に傾 斜すると、各国は保護主義政策に向かい、国家間の枠組みを越えた潜在的広大な市場は、さらに縮小 化する危惧が生まれる。グローバル化・市場主義の弊害にのみ囚われることは、現代社会にとっては とても危険なこととなる。すなわち、市場がなければ暴落もないが、それによって私たちの生活その ものが危うくなることもある。 市場に対する規制は、タイムリィーで、かつバランス感覚が求められる。規制システムが誤った方 向に働けば、それによって市場は拡大と縮小の間を大きく行き来し、予想も出来ないような大きなリ スクが生まれる。このような市場で会計情報システムは、金銭文明の奴隷として働くのではなく、「金 銭文明の病の医者」として働くことが、今ほど問われている時代はない。 (原稿提出日 平成21年9月8日) (注) ⑴ 黒沢清「ブランデンブルグ門と天安門(編集後記・余白録)『会計第137巻第1号』森山書店、1990年、144∼145頁。 ⑵ 山崎章甫訳『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代(全3冊)上巻』岩波文庫、2000年、54頁。 (参 文献) ⑴ 武田隆二「企業会計基準の改定への提言」『税経通信(2009年1月)』2009年。 ⑵ 加護野忠男「会計基準の国際化とその影響」『企業会計(Vol.61 No.7)』2009年。 ⑶ 木下照嶽編・中島照雄他『社会科学の新展開(文化会計学会研究叢書第3号)』富嶽出版、2008年。 ⑷ 木下照嶽・小林麻里・中島照雄編著『新版 現代会計― 造性・学際性・国際性―』 成社、2004年。 ⑸ 木下照嶽・中島照雄・柳田仁編著『文化会計学 第2版>』税務経理協会、2002年。 ⑹ 稲垣富士男編、西野芳夫・中島照雄他『財務報告制度の展開』中央経済社、1995年。 ⑺ 中島照雄「社会情報と市民会計」『商学論纂(中央大学)第36巻第5・6号』1995年。 ⑻ 合崎堅二『現代会計と社会』中央経済社、1994年。 ⑼ 中島照雄『企業会計序論』ぎょうせい、1990年。 中島照雄『経営経済学』ぎょうせい、1990年。 富岡幸雄『税務会計原理(税務会計体系第1巻)』(黒澤清監修・富岡幸雄編)ぎょうせい、1984年。 黒澤清『会計と社会』中央経済社、1973年。 合崎堅二『社会科学としての会計学』中央大学出版部、1966年。 中島照雄研究室ホームページには、2000年4月から教材や教材スライドなどを含めて一般 開をしている。本稿に 関連する内容も掲載されている。