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はじめに
平成14年の厚生労働省による糖尿
病実態調査では「糖尿病が強く疑わ
れる人」は約740万人,「糖尿病の可
能性を否定できない人」は約880万人
とされる.計約1,620万人で,成人の
6人に1人が糖尿病か予備軍とみら
れる.また,同省の平成17年の国民
健康・栄養調査では40歳から74歳の
中高年男性の32.2%,女性の31.5%
が糖尿病有病者か予備群と推定され
ている.
心血管疾患の発症は糖尿病患者で
は非糖尿病者に比べて2∼4倍多
く,そのうち冠動脈性心疾患(coro-nary heart disease:CHD)に罹患し
た場合の予後も悪いことが
Fram-ingham Study をはじめとする疫学
研究により明らかになっている
1ン5).
これは心筋梗塞の既往を持つ非糖尿
病者が再びイベントを生ずるリスク
に匹敵し,糖尿病患者における脂質
管理は二次予防に相当する意義があ
る と い っ て も よ い
6). American
Diabetes Association(ADA)でも
2型糖尿病患者の LDL コレステロ
ール(LDLンC)目標値を100㎎/ と
している
7).
わが国でのデータも集積しつつあ
り,平成8年より全国59施設におい
て行われている2型糖尿病における
血管合併症の発症予防と進展抑制に
関する研究(Japan Diabetes
Com-plications Study:JDCS)において,
2型糖尿病患者では CHD の合併頻
度が脳梗塞の頻度と同等もしくはそ
れ以上に認められ,その危険因子の
代表が LDLンC であることが示され
た
8).また,高コレステロール血症
患者を治療して追跡した JンLIT で
は,糖尿病患者は一時予防対象者に
おける CHD の相対危険度が非糖尿
病患者に比べ女性で3.0倍,男性で
1.7倍となった
9).一方,アンケート
調査による日本人糖尿病患者の死因
に関する検討(1991ン2000年の10年間
の検討)では血管障害は悪性新生物
に次いで死因第二位であり中でも虚
血性心疾患10.2%と脳血管障害9.8
%がほぼ同率であった(糖尿病性腎
症が残り6.8%を占める).糖尿病患
者の平均死亡時年齢は男性68.0歳,
女性71.6歳で同時代の日本人一般の
平均寿命に比してそれぞれ9.6歳,
13.0歳短命である
10).これらの血管
障害を抑制するためには徹底した血
糖,血圧のコントロールとともに適
切な脂質管理が重要である.さらに,
糖 尿 病 の み な ら ず 耐 糖 能 異 常
(impaired glucose tolerance:IGT)
も脳梗塞と CHD を併せた心血管疾
患の発症率が1.9倍と高いことが示
されている.IGT が糖尿病と同レベ
ルの危険因子かどうかの見極めは今
後必要であるが,現時点では IGT も
危険因子として扱われている
11).
これまで,糖尿病患者における脂
質管理のガイドラインには日本動脈
硬化学会の「動脈硬化性疾患予防ガ
イドライン2002年版」が用いられて
きたが,今回5年ぶりに同ガイドラ
インが改訂された.従来のものとの
変更点も加えて概説する.
ガイドライン2007の要約と変更点
ガイドライン2007ではステートメ
ントとして以下が述べられている
(表1).
糖尿病患者における脂質管理
片 岡 仁 美
岡山大学医療教育統合開発センター 岡山医学会雑誌 第119巻 September 2007, pp。 191-194 平成19年6月受理 〒700ン8558 岡山市鹿田町2ン5ン1 電話:086ン235ン7342 FAX:086ン235ン6597 Eンmail:hitomik@md。okayama-u。ac。jp内
科
シ
リ
ー
ズ
表1 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007年版の要約 ステートメント 1 高 LDL コレステロール血症は冠動脈疾患の重要な危険因子である. (エビデンスレベルA) 2 高 LDL コレステロール血症は脳梗塞の危険因子である. (エビデンスレベルB) 3 LDL コレステロール以外の主要危険因子には,高血圧,糖尿病,喫煙,家族歴,低 HDL 血症,男性・加齢がある. (エビデンスレベルA) 4 メタボリックシンドロームは,LDL コレステロールとは独立した重要で危険な病態であ る. (エビデンスレベルB) 5 冠動脈疾患,脳梗塞の発症を予防するためには,高 LDL コレステロール血症を中心とし た脂質異常を改善する必要がある. (推奨レベルⅠ,エビデンスレベルA) 6 一次予防においては,高 LDL コレステロール血症以外の動脈硬化危険因子の数を評価す ることが重要で,それに応じて LDL コレステロールの管理目標を設定する. (推奨レベルⅠ,エビデンスレベルB) 7 二次予防においては LDL コレステロール100㎎/ 未満を目標にすることが勧められる. (推奨レベルⅠ,エビデンスレベルB) 8 一次予防において,まず重要なことは生活習慣の改善である. (推奨レベルⅠ,エビデンスレベルA) 9 生活習慣の改善は,薬物療法が開始されたとしても継続して指導すべきである. (推奨レベルⅠ)192
従来のガイドラインでは,総コレ
ステロール,LDLンC,中性脂肪のい
ずれかが基準より高いか,HDLンC
値が基準より低い場合を「高脂血症」
と定義していた.しかし,従来の「高
脂血症」という記載では重篤な脂質
異常である低 HDLンC 血症を含む表
現としては適切でないため「脂質異
常症:Dyslipidemia」に記載が変更
された.また,2002年のガイドライ
ンが発表されてから今日までにわが
国においても新しいエビデンスの蓄
積 が な さ れ ( 疫 学 調 査 研 究:
NIPPON DATA80
12),臨 床 介 入 試
験:MEGA
13),JLIS
14))わが国にお
いても高 LDLンC 血症と CHD,脳梗
塞が密接に関係していることや,高
LDLンC 血症を治療することでこれ
らの疾患が予防できることが明らか
にされてきた.CHD の発生リスク
を判断するうえでは LDLンC 値を指
標にすることが重要であり今回のガ
イドラインでは LDLンC を指標とし
て用いている(表2,3).
ガイドラインに準じた糖尿病患者の
脂質管理
ガイドラインで示された診断基準
による脂質異常症と判断された患者
に対しては,動脈硬化性疾患の危険
度にしたがったカテゴリー別管理目
標が設定されており(表3),対象者
は CHD を発症していない場合(一
時予防)であるか,CHD の既往があ
る場合(二次予防)であるかに分別
される.一時予防において注目すべ
き点は,糖尿病があれば LDLンC 以
外の動脈硬化の主要危険因子6個中
3個以上を満たすカテゴリーⅢ(高
リスク群)に分類される点である.
糖尿病があれば他の危険因子の有無
に関わらず LDLンC の目標値は120
㎎/
以 下 と な る た め ,糖 尿 病 が
CHD の危険因子と比べて重み付け
がなされていることがわかる.他に
脳梗塞や閉塞性動脈硬化症患者は既
に冠動脈以外に動脈硬化性疾患を発
症しているためカテゴリーⅢに分類
されている.
1. 生活習慣の指導
一時予防では原則として一定期間
生活習慣の改善に努力し,その効果
を評価した後に薬物療法の適応を検
討すべきである.食事療法による肥
満の改善と運動には,直接的および
糖代謝の是正を通じて間接的に高脂
血症を改善させる効果がある
15).食
事療法としては,脂質異常症では糖
尿病の血糖コントロールのための摂
取エネルギー制限に加え,コレステ
ロール摂取を300㎎/日以下とする.
脂肪摂取量は総エネルギーの20∼25
%とする.飽和脂肪酸の多い動物性
脂肪の摂取制限や,オリーブ油など
に多く含まれる一価不飽和脂肪酸の
摂取を増やすことによって動脈硬化
の進展を予防し,CHD の発症リス
クを低減できることが示されている
16).魚類などに多く含まれるnン3系
多価不飽和脂肪酸の適切な摂取は血
清脂質比の改善に加え,血圧の低下
や抗凝固作用,内皮細胞機能の改善
をもたらし,CHD や脳梗塞の発症
抑制効果があるとされる
17).高トリ
グリセライド血症を合併した場合に
表3 リスク別脂質管理目標値 治療方針の原則 カテゴリー 脂質管理目標値(㎎/ ) LDL コレステ ロ ー ル 以 外 の 主要危険因子* L D L コレステ ロ ー ル H D L コレステ ロ ー ル トリグリ セライド 一次予防 まず生活習慣の改善を 行った後,薬物治療の 適応を考慮する Ⅰ (低リスク群) 0 160未満 40以上 150未満 Ⅱ (中リスク群) 1∼2 140未満 Ⅲ (高リスク群) 3以上 120未満 二次予防 生活習慣の改善ととも に薬物治療を考慮する 冠動脈疾患の既往 100未満 * LDL コレステロール以外の主要危険因子 加齢(男性は45歳以上,女性は55歳以上),高血圧,糖尿病(耐糖能異常を含む),喫 煙,冠動脈疾患の家族歴,低 HDL コレステロール血症(40㎎/ 未満) 糖尿病,脳梗塞,閉塞性動脈硬化症があれば,カテゴリーⅢになる. なお,脂質管理と同時に他の危険因子(喫煙,高血圧や糖尿病の治療など)を是正する 必要がある. 〔日本動脈硬化学会「動脈硬化疾患予防ガイドライン2007年版」より,一部改変〕 表2 脂質異常症の診断基準(空腹時採血) 高 LDL コレステロール血症 LDL コレステロール 140㎎/ 以上 低 HDL コレステロール血症 HDL コレステロール 40㎎/ 未満 高トリグリセライド血症 トリグリセライド 150㎎/ 以上 LDL コレステロール値は直接測定法を用いるか Friedwald の式(LDL コレステロール =総コレステロール―トリグリセライド÷5)で計算する. ただし,トリグリセライドが400㎎/ 以上の場合は直接測定法で LDL コレステロール 値を測定する. なお,上記の診断基準は薬物療法の開始基準を表記しているのではなく,薬物療法の適 応は他の危険因子も考慮して決められる.193
は,禁酒,炭水化物摂取制限(摂取
エネルギーの50%),単糖類制限など
のより細かい指導が必要となる.
2. 薬物療法
スタチン系薬剤は強力な LDLンC
低下作用を持ち,糖尿病患者に対す
るコレステロール低下療法の手段と
してきわめて有用である.一次予防
試験では平均的 LDLンC の糖尿病患
者群にロバスタチンを投与したとこ
ろ,CHD リスクの減少傾向がみら
れたという成績がある(AFCAPS/
TexCAPS)
18).また,CHD の既往が
ある患者にシンバスタチンやプラバ
スタチンを投与した大規模二次予防
試験(4S,CARE,LIPID など)の
糖尿病サブグループ解析により,ベ
ースラインの LDLンC が明らかな高
値を示す集団から平均的な値(136㎎
/ )を示す集団に至るまで,スタチ
ン系薬剤が冠動脈イベントの再発を
有意に抑制できることが明らかにな
った
19).さらに,CABG(coronary
artery bypass graft)施行後の糖尿
病患者にスタチン系薬剤を投与した
試験では,LDLンC を60∼85㎎/ ま
で低下させた場合に病変進展抑制効
果が顕著に認められた
20).また,ス
タチン系薬剤は多面的効果(pleio-tropic effects)があり,脂質低下作
用の他に抗酸化作用,抗炎症作用も
有しており,糖尿病性腎症などの細
小血管合併症に対しても有用である
ことが報告されており
21,22),糖尿病
における脂質管理において重要な薬
剤である.
フィブラート系薬剤は,高トリグ
リセライド血症,低 HDLンC 血症の
改善に有用である.2型糖尿病患者
のみを対象とした DAIS(Diabetes
Atherosclerosis Intervention Study)
では,フェノフィブラートの投与に
よる冠動脈病変の進展抑制効果が確
認されている
23).
脂質異常症の薬物療法の際スタチ
ン系薬剤やフィブラート系薬剤を使
用する場合には,横紋筋融解症など
に注意する必要がある.特に腎機能
低下時にはこれら薬剤の使用が禁忌
となる場合もある.その他の薬剤の
選択肢としては,プロブコール,ニ
コチン酸製剤,陰イオン交換樹脂な
どがある.新しい機序の薬剤である
小腸コレステロールトランスポータ
ー阻害剤も本年わが国で承認され
た.
ま と め
糖尿病における脂質管理について
動脈硬化性疾患予防ガイドライン
2007年版を中心に概説した.糖尿病
は動脈硬化性疾患の重要な危険因子
であり,LDLンC を120㎎/
を目指
した積極的な生活指導及び適切な薬
物療法によって CHD のリスクを低
下させることは臨床医の重要な責務
であるといえよう.
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