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フランス人の投票行動について(二)

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資 料

V

フランス人の投票行動について

て沖て 耳河ミ

~~

45一一『奈良法学会雑誌』第3巻1号(1990年6月〉 一 は じ め に 二 有 権 者 の 個 人 的 属 性 ︿ 以 上 第 二 巻 四 号 ) 一 二 八 選 挙 市 場

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の 条 件 四 お わ り に ( 以 上 本 号 ﹀ 補 遺 入 選 挙 市 場

V

の条件 -国政選挙と地方選挙 第二部の最初の章では、﹁選挙市場﹂を形成する諸変数のうち、選挙が行われるレベル(あるいは単位)とそれに関わるいくつ か の 問 題 が 扱 わ れ る 。 ︹ 1 ︺まず最初に、選挙の行われるレベルあるいは単位(空間)および選挙の対象(権力﹀と棄権率︿関心)の関係について。

ω

様々なレベルの選挙の中で、その棄権率の高さにより際立っているのはヨーロッパ議会選挙と県議会選挙である(図 5 ) 。 理由は明らかで、ヨーロッパと県というものは有権者には迂遠な存在であり、したがってヨーロッパ議会と県議会の役割・権限に ついて人々は多くを知らず、かくてその選挙は強い関心を引くこともなく、棄権率、が高くなるわけであ一%ただし県議会選挙に関 しては二つの注記が必要である。①ひとつは農村地区の方が都市(とくに大都市)地区よりも投票率が高いこと。これは農村地区 住民の方がその地域選出の県会議員(彼らはしばしば郡役所所在自治体の首長を兼ねている﹀との親近性が大きいためである。@

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第3巻 1号 45 様々なレベルの選挙と棄権率 図5 % 50ト 『ーーー---ー 】 ー ー ー ー ー 司 自 ー ー ー一ー一一一 一-~-ーーらーー 40 30 35 25 20 45 15 10

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蓄量富喜富富塁塁富 ーー.--.-.---.--.--.--.--.--.--...-,--.--.--戸←←.-- .-- .- ..--戸..-.---.-- .-.--戸戸←ーー...

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R:国民投票(レファv:/ダム).p:大統領選挙.L:国民議会選挙 C:県議会選挙.M:市町村議会選挙.E:ヨーロッパ議会選挙 (2回投票昔話jの場合は第1回投票の数字) (出典)p. 70, Graphique 2 に 1986~1989のものを筆者が補足. (Electoral Studies, vo.l8 n03dec. '89p.249による) [ 図 5 ︺から明らかなように、七九年以降県議会選挙の 棄権率は低下の傾向にあるが、これは有権者の県に対す る親近性が増したためではなく、﹁地方選挙が次第に政治 化し、全国的意味を帯びるようになった﹂ためである。す なわち候補者側についてみれば、従来﹁左翼諸派

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﹂とか﹁右翼諸派

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今 。

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とあるいは﹁地 方利益の擁護﹂と称していたのが、次第に中央レベルの 政党との関わりを明確化するようになったこと、他方有権 者の側でも、地方選挙を﹁現在の政府に対してものを申す 機会﹂と捉えるようになったこと(その結果七九年以降の 県議会選挙では、時の野党支持の有権者

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七九年には左 派政党支持の有権者、八一・八五年には右派政党支持の有 権者││の方がより高い投票率を示している)がそれであ る 。

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逆に投票率が高いのは、市町村議会選挙、国会(国 民議会)選挙、大統領選挙、国民投票ハレファレンダム) である。①市町村

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ロ ロ 巾 ) は 人 々 の 基 礎 的 ・ 日 常 的 生 活空間であり、そこでの生活を直接左右する選挙には強い 関心をもたざるを得ない。この点で"もっとも大切な選挙 はどれだと考えますか μ という質問に対して、フランス人 が一貫して大統領選挙の次に市町村選挙をもってくる(国 会選挙はその次)というのは意味深い。ただしこの場合で も基礎的・日常的生活空間と行政単位が一致しやすい(従

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ってまた、議員および議員から選ばれる首長との親近性も大きい)小規模な自治体ほど投票率は高く、逆にパロ、マルセイュ、リ ヨンなどの大都市では、ヨーロッパ選挙なみの低投票率である(表 M ) 。②国民議会選挙もまた強い関心をかきたてるがゆえに一 般的には棄権率の低い選挙であるが、ある特定の状況下で行われた場合、棄権率がかなり高くなることがある。国政レベルの選挙 が短期間に繰り返し行われた場合、例えば一九六二年一一月と八一年六月の国民議会選挙の場合がそうであった(六二年には一O 月の憲法改正の国民投票に続いて、また八一年には四月

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五月の大統領選挙に続いて行われたい︹図 5 ︺ 参 照 ﹀ 。 こ れ は 、 i ひ と つには重大な投票が先行したため、有権者が﹁決定的な選択は既におこなった﹂という感覚をもってしまうこと、一日また選挙運動 があまりに長引くため、有権者に倦怠感、疲労感を与えるということによると考えられる。 ︹2︺次に、候補者個人の n 地方名望家的側面 μ が選挙においてもつ重みについて検討される。結論から言えばこの重みは、﹁選 挙が行われる空間﹂の大小によって、大きくなったり小さくなったりする。

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地方選挙の場合この重みは明瞭である。八五年の県議会選挙の分析によれば、①社会党、共産党は卦骨骨骨↑士?か骨争一仕 では、八四年のヨーロッパ議会選挙の際には他の政党に投票した有権者の一二O%近くを奪い取っている(ヨーロッパ議会選挙は全 国を一つの選挙区とした名簿投票式選挙﹀。② UDF 、 RPR についても、現職県議を立 てた選挙区においては、八四年のヨーロッパ議会選挙で社会党、共産党を含む他の政党に 投票した有権者れ皇室獲得している。③右に述べたことの裏返しになるが、極右 F N の 場合は、八四年の選挙で一五%以上(対有効投票数││以下同じ﹀を獲得して八五年の選 挙で候補者を立てた選挙区において、現職県議をもたなかったために票を失ったと推定す る こ と が で き る 。

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次に国民議会選挙でも、それが小選挙区制で行われる場合、すなわち﹁選挙が行わ れる空間﹂が小さい場合には、

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と同様、候補者個人の H 地方名望家的側面 u がもっ重み は無視し得ない。プラト l ン と ラ ン ジ ェ I ル ( 吋 ・

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伊 丹

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﹄ ・ H N m g m m ア 巴 ∞ 同 ) に よ る 共産党の選挙結果の分析はこの点を見事に証明している。八一年の大統領選挙とその直後 の国会選挙を比較すると、共産党の得票率はそれぞれ一五・五%と一六・一%であった。 この間の票一の増加は全体としては微増︿

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に過ぎないが、七八年の国会選挙で共 47一一フランス人の投票行動について同 表

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自治体(市町村〉の人口規模と 市町村議会選挙の棄権率(1983) 人 口 規 模 棄権率(%) 3500人未満 14.5 3500~9000人 19.6 9000~30000人 25.3 30000人以上 30.1 大 都 市 パ リ 32.4 マノレセイユ 38.0 リヨン 40.0 (p・72より筆者作成)

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第3巻1号 48 産党が二

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以上の得票率を示した選挙区では、この増加はより明瞭なものであった。し かし詳しく見てゆくと、七八年選挙での得票率レベルが同じならば、その選挙区に共産党 の現職代議士がいるか否かがきわめて重大な影響を与えていることが明らかになったので あ る ( 表 お ﹀ 。 このように候補者個人の n 地方名望家的重み“ ( H 現職の重み)が作用するのは﹁余り にしばしば考えられているように、その人聞が他の候補者よりも有能だとか、有名だとか、 世話好きとかいう理由ではなく、有権者が彼らを知っており、彼らに慣れているためであ る。﹂このことは、ベテラン議員が老齢で後進に道を譲って引退したときに明白に現れる。 例 え ば 、 A-ラ ン ス ロ ( 旨 即 日 ロ 円 、 即 日 己 D F E O) による七八年の国会選挙の分析によれば、 ① セ l ヌ ・ サ ン ・ ・ ド ニ 県 ( Z ω 包 ロ 中 ∞ 即 日 三

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)

第二選挙区では、サン・ドニ市長であり、 六八年以来当選してきた現職の共産党代議士が引退し、新人候補者(共青団書記長)が立 候補したが、得票率は七三年に比べて六%の減少であった(全国では

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・ 八 % の 減 少 ) 。 ② アルデンヌ県

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第二選挙区では、社会党の現職代議士(彼は県議でもあり、 選挙区内の主要都市の市長でもあった)が引退し、かわって立候補した新人勺ハリの若 い教授)が得た得票率は七三年に比べて三%減であった(全国では社会党は五・八%の増加﹀。以上のことについて、﹁有権者が その意見を突如として変えたということはほとんどありえない。もともと社会党に共感を抱く有権者が共産党の H 名 士 u の た め に 投票し、もともと共産党に近い有権者が社会党の n 名 士 μ のために投票していたのである。︹ところが︺これらの個人的忠誠︹の 対象︺が消え去ったため、それぞれその本来の傾向に従って投票する事になったのだ﹂ということができよう。 例 右 で 見 た よ う な n 候補者個人の地方名望家的重み u が作用しないのは、候補者あるいはその名簿が全国一律の選挙すなわち 大統領選挙とヨーロッパ議会選挙である。つまり﹁選挙が行われる空間﹂が大きい選挙である。(なお大統領選挙では、候補者の 出身地に限ってこの重みが作用する。)例えば七四年と八一年のいづれの大統領選挙でも、右派は国会選挙で得票率の高いところ で票を減らし、低いところで票を伸ばしたことが明らかにされているが、これは有権者が、国会選挙では普から勢力を張っている 現職の右派政党代議土に投票しながら、大統領選挙では左派候補者に投票するということが起きていることを示している。(もち '81年大統領選挙(第一回投票)での共 産党候補の得票率に対する'81年国民議 会選挙での共産党候補の得票率の増加 率

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20~30% 30~40% 40%以上 表

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なし 6 11 あり 同 h d 噌 B A a 4 -n t υ n べ υ η ペ υ 持a: '78年国民議会選挙での共産党候補の得票率 b:現職代議士の有無 (p.74より筆者作成〕

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49一一フランス人の投票行動について同 ろん逆に、国会選挙では古参の左派代議土に投票しつつ、大統領選挙では右派候補者に投票するということもありえよう J ︹ 3 ︺ここで検討されるのは、﹁選挙が行われる空間﹂および選挙の対象となる権力のレベルと有権者の参加・選択における H 正当性の意識 μ の 関 係 で あ る 。

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まず、普通選挙が﹁それだけで民主主義を要約するもの﹂としてきわめて高く価値付けられている社会では、﹁国家権力が 直接問題にされる選挙﹂(国政選挙)の場合に、そうでない選挙(地方選挙)の場合よりも H 棄権すること u に対する n 非正当性 M 意識は強いものとな一勺

ω

次に有権者が選択を行うに際しでも、﹁国家権力が直接問題にされる選挙﹂か否かは有権者における受容範囲(正当性付与 の限界)を規定する。当然の事ながら、この﹁受容可能性の論理﹂にもっとも関わるのは共産党である。すなわち人々は、共産党 は﹁良き管理者﹂守

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唱 え 芯 ロ ロ 包

2

乙であるとの評判から、地方選挙では共産党に投票しながら、同時に﹁充分に民主的では なく、ソ連と余りに結び付いており、国家主義的、権威主義的傾向を示している﹂政党に国家権力を委ねることは﹁あまりにも多 くの危険がある﹂として、国政選挙とりわけ大統領選挙では共産党への投票を拒否するということが生ずる。例えば八一年から八 四年の問、共産党の政府参加に敵対的な有権者の比率は顕著に増加し(三六%から六一%へ)、それはこの間の左派全体および社 会党に対する支持の後退と無関係ではなかったのである。 H 選挙システムとその拘束力 選挙システム(選挙制度)が有権者の投票行動に影響を与えるのは事実であるが、この章では第一節で選挙制度の基本的なニタ イプ(比例代表制と多数代表制)が選挙結果に及ぼす影響について概観した後、第二節において﹁二回投票・多数代表制﹂(第五 共和制ではヨーロッパ議会選挙と八六年の国民議会選挙以外の選挙はこれによる)が投票行動に与えている影響をミクロに検討す る 。 ︹ 1 ︺﹁分散化、それとも分極化﹂第四共和制下の国民議会(国会)選挙、八四年のヨーロッパ議会選挙が示しているように ﹁比例代表制﹂は立候補の分散化とそれゆえ票の分散化を促進し、逆にフランスでもっとも用いられてきた﹁二回投票・多数代表 制﹂は、例えば第五共和制下の国民議会選挙における左派とゴ l リストに挟まれた中道諸派の衰退が示すように票の分極化をもた らすことは一般に言われているところである。 ︹ 2 ︺選択の範囲

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第3巻1号- 5 0

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まず﹁二回投票・多数代表制﹂の第一回投票について考えるとして、この時でも有権者 権 棄 i ' ; 十 i の支持政党と実際の投票政党は必ずしも一致しない。社会党、共産党に近い有権者の場合、こ 別 幻 U Z 一

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一の不一致は先に述べた﹁候補者個人の地方名望家的重み﹂に由来する。これ以外の政党の場合 党 一 一 政 一 一 こ の 不 一 致 は か な り 大 き い が 、 こ れ は 自 分 の 支 持 政 党 か ら の 立 候 補 者 が そ の 選 挙 一 民 に 必 ず し も 持 -一 ι a l l i a -- 一一いるわけではないということからきている(﹁立候補者の配置状況︿

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﹂の間 支 一 -a l l i a -J 一 の 一 喜 一 一 一 題 ) 。 こ の こ と は 第 一 回 投 票 か ら 政 党 間 協 力 が あ れ ば 大 政 党 に つ い て も 生 ず る が ( 七 八 年 選 挙 軒 一 鵬 一 M U L 5 日 一 で の RPR と U D F ) 、とりわけ小政党について著しく、例えば七八年選挙(小選挙区・定数 選 一 一 一 一 一 四 九 一 ) で PSU は 一 一 一 一 一 一 一 人 、 エ コ ロ ジ ス ト は 一 入 五 人 を 立 て た に す ぎ な か っ た の で あ る 。 会 一 第 一 一 一 議 一 一 一 一

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投票行動に対する選挙制度の拘束性は第二回投票で一一層顕著であるが、それは第二回投 民 一

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-一 ﹀ 国 の 一 一 一 G 一 慨 票 に 固 有 の ゲ l ム の ル l ル、すなわち i 弱小候補者は法制度上排除される︿大統領選挙では第 年 ぴ 一 吉 一 ト 一 R 一時一回目で一一一位以下の候補、国民議会選挙では第一回目の得票率が登録有権者の一一了五%未満 判 率 一 樹 一 三 川 一 同 の 候 補 ) 、

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政治的慣行として、近い傾向の政党間で、第一回目でより得票数の多かった候補 ; 一 討 一 U ロ一党党一位 五 一 ョ 一 左 S コ目度会一仏者のために立候補辞退が行われる、というル l ル に 起 因 す る 。 表 一 一 極 p エ 一 共 社 一 ﹁ │ 戸

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-﹂さて、この拘束性の具体的現れとしては以下の諸点が指摘できる。①一般的に、選択許容範 囲にある立候補者がすべて排除された有権者については第二回投票では第一回目よりも棄権率が増大する(︹表お︺参照)。②ただ し RPR 、 UDF 支持者の問では、七八年選挙では逆に第二回目の方が棄権率が低下していたが、これは両党の支持者の社会的出 自、政治的動機がきわめて類似しており、全体としての右派の勝利のために決選投票である第二回投票により大きな関心を向けて いたためである。③左派諸政党支持者の聞では、共産党支持者と社会党支持者の間に明らかな相違が見られる。すなわち︹表幻︺ に見られるように、共産党支持者が第二回投票で左派のどの候補者が残っても、第一回目と同じ位の棄権率で、ほとんど同じ位左 派に投票するのに対して、社会党 ( M R G も含む﹀支持者は、第二回投票で社会党 ( M R G も含む)の候補者が残れば棄権せず左 派へ投票するが、残ったのが共産党候補だと棄権率が増大し右派への投票も増大する。これはよく知られているように、社会党支 持有権者に伝統的に見られる﹁反共産主義﹂によるものである。④しかし八一年選挙以降、共産党支持有権者の間でも、第二回目 に社会党候補には投票しない傾向が現れてきている(︹表お︺参照)。 第二回投票

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51一一フラソス人の投票行動について同 表27 '78年国民議会選挙での,左派政党支持有権者の投票行動(克〉 第 2回投票で 左派へ投票 右派へ投票 棄 権 共産党候補が残った場合 共産党支持有権者 95

5 社会党支持有権者 62 19 19 社会党候補が残った場合 共産党支持有権者 91 2 7 社会党支持有権者 82 7 11 〈出典)p.83 Tableau XII 表28 '85年県議会選挙・第一回投票で共産党候補に投票した有権者中の第 二回投票での意向(社会党候補対右派く

UDF

RPR>

候補の場合〉 棄権する 右派候補に投票する 社会党候補に投票する (p・82より筆者作成) 主7% 7% 66% 表

2

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支持政党別・競合政党への投票率①

(UDF

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がともに候補 を立てた選挙区一'78年国民議会選挙・第一回投票〉 支 持 政 党

UDF

支持者

RPR

支持者 (p.84より筆者作成) 競合政党への投票率 24%

(RP R

候補へ〉 27%

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候補へ〉 表

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支持政党別・競合政党への投票率②(社会党と共産党がともに候補 を立てた選挙区一'78年国民議会選挙・第一回投票〉 支持政党 当該選挙区における 競合政党への投票率 左派内部での支配的政党 社会党支持者 共産党 23% (共産党候補へ〉 社会党 8% (共産党候補へ〉 共産党支持者 社会党 15% (社会党候補へ〉 共産党 5% (社会党候補へ〉 (p.84より筆者作成)

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第3巻l号一一52 以上から言えることは、実際の投票は有権者の﹁意見の表明というよりも、可能な範囲での多少とも良い解決策の聞からの選択 の 表 明 な の で あ る 。 ﹂ ︹ 3 ︺支持政党の候補者か、それとも他政党の候補者か ﹁可能な範囲での多少とも良い解決策の聞からの選択﹂と言うことについては、たんに﹁立候補の配置状況﹂だけではなく、有 権者における﹁有効性﹂への意識もまた作用している。 川自分の支持政党の候補であっても、当選見込みの薄い候補に対しては第一回投票から既に投票しないことがある。︹表四︺ ︹表却︺から明らかなように大政党でも有権者の﹁有効性﹂感覚が作用するわけだから、小政党(極左、エコロジスト、極右)の 場 合 は な お 一 一 層 そ う な の で あ る 。

ω ω

では、自分の投票を﹁有効﹂たらしめたいという動機から、支持政党に近い(と考えられる)他政党のより当選見込みの ある候補に投票するということについて述べたが、これとは別に有権者がどうしても排除したいと考える候補を当選させないため に、支持政党の傾向とは対立するような政党の候補にあえて票を投ずることにより、投票を﹁有効﹂たらしめようとする場合があ る。八一年国民議会選挙での一部の右派政党支持有権者の行動がそれであった。この選挙では、七八年国民議会選挙や八一年大統 領選挙第一回投票の際に共産党が社会党を上回っていた選挙区で右派政党の退潮がひじように顕著であり、逆の選挙区ではそれほ どでもなかったが、これは﹁左派の不可避的勝利を前にして右派の一部有権者が、少なくとも被害を限定し、あるいは共産党の候 補者をできる限り排除しようと試みること﹂を望んだ結果なのである。 回選挙選択と政治的局面 この章では、ある政治的局面において政党とその候補者が提示する n 選択肢 M に対する有権者の判断(彼らが重要と考える問題 に関して期待に応えてくれそうか否か)が、投票行動の変動をもっともよく説明することが示される。有権者個々人の﹁社会的属 性﹂や﹁イデオロギー﹂が短期間に激しく変化するということは考えられないからである。まず第一節で、六九年の大統領選挙の 事例に即してこの点が具体的に明らかにされたうえで、第二節においてより一般的な形で検討される。 ︹1 ︺歴史的事例││一九六九年の大統領選挙

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︹表出︺から明らかなように、この選挙は投票行動の激しい変動の結果﹁一九

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五年以来選挙と政治の場を占めていた﹂﹁ひとつ の政治勢力 │ S F I O ︹ 当 時 の 社 会 党 の 呼 称 吋 l i -︹を︺消滅の脅威に︹さらした︺﹂選挙であり、それゆえここでの事例研究

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53一一フランス人の投票行動について(二) '67~'69年の得票率(万〕ーいずれも第一回投票の結果一

I

'67年国会選挙 i 表31 '69年大統領選挙 社会党 中道派(*) 共産党 ゴーリストゲ*) 5.1 (De妊erre) 23.4 (Poher) 21.5 (Duclos) 44.0 (Pompidou) '68年国会選挙 16.5 (FGDS) 12.4 20.0 38.0 (46.4) 18.9 (FGDS) 17.3 22.5 33.0 (38.5) *ここでイスマノレが「中道派」としているものには, RI以外の保守派(mode括的も含まれている。

*

*

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)内の数字はRIを含めたもの。 (p. 15, 16より筆者作成) 社会党支持有権者

C*)

の '69年大統領選挙・第一回投票での, 投票行動(投票後調査〕 表

3

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(%) 7 6 3 9 4 9 “?ム T A n J 投 票 し た 候 補 者 ドフェーノレ〈社会党〉 ロカーノレ (PSU) デュグロ(共産党〕 ポンピドー(ゴーリスト〉 ポエーノレ(中道派〉 ピ67,'68年国民議会選挙で社会党は急進党と選挙連合 FGDSを形成していた関係 で,ここには急進党支持有権者も含めて計算している〔なお社会党と急進党の得票 比は'67年で16: 3, '68年で13: 4)0(pp.88-89より筆者作成〉 に値する選挙であった。社会党候補のこのような惨敗は、 世論調査や選挙結果の社会学的・地理学的分析が明らか にしているように、社会党支持有権者の多数が他政党の 候補に投票したことから生じたのである(︹表白︺︹図 6 ︺ を 参 照 ) 。 では、投票行動の以上のような激変はどのように説明 されるのであろうか。結論から言えば﹁この歴史的衝撃 の究極的理由は、一九五八年以降の︹社会党を中心とす る︺非共産党左翼の歴史の中に求めねばならない。﹂な ぜなら、この五八年から一一年間の歴史とは、社会党に とってなによりも﹁党の革新の失敗﹂の歴史であったか ら で あ る 。 長期低落過程にあった社会党再生のために、この時期 党の内外(とりわけ党外のいわゆる﹁政治クラブ﹂)で様 々な試みが企てられていたが、それらはギ・モレ(の己可 玄 ♀

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に代表される旧来からの社会党指導層の抵抗に より、党の革新につながるには至らなかった。党革新の この失敗は﹁ SFIO とその指導者たちが普通選挙によ る大統領選挙がもっ新しさを理解していなかった﹂こと を示しているのだ。すなわちこの選挙では、①﹁全国的 ひろがりをもった指導者﹂②﹁党の共鳴者よりも世論と 世論に現れた政治的要求に向けて H ひらかれた u 政 党 ﹂ ③ ド ・ ゴ I ルのごとき﹁偉大なる人物﹂への支持を軸に

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第3巻1号 一 一54 図6 ①'67年国会選挙・第1回投票での中道派 ②'67年国会選挙・第1回投票での社会党 かめの得票率分布

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帥〉の得票率分布

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仁二Z亙豆互'El~豆6.4-11.41 陸翠亙豆三豆亘 ひじように弱い 弱い 平崎的 匝~亙 @

121.6.1:')*1 コルシカ 強い フランス全体ひじように強い での平均 〈出典)C. Leleu, GeograPhie des elections fra (出典) ibid, p. 319 ncaises depuis 1936, PUF, 1971. p.321. ③'69年大統領選挙・第1回投票でのポエ ールの得票率分布

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〉 ①に示された伝統的な中道・保

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.

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守の地盤からだけではなく,② で示された社会党の地盤からも ポエーノレカヰ専票していること力、 ③から明らかとなろう。 *数字は対有権者の得票率(絶対得票率〕一以下同じー キホRI以外の保守派(moderes)を含む。

*

*

*

FGDS+PSU

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55一一フランス人の投票行動について

ω

多数派を形成するということはありそうにない左派陣営については﹁多数派になる可能性をもった明確な連合﹂が要求されるのだ が 、 当 時 の 社 会 党 に は 、 i 連合の戦略 H 多数派形成の戦略が欠落しており(共産党との左翼連合も、 C D との中道左派連合も同時 に拒否していた)、従って社会党支持の有権者でも六九年大統領選挙で、彼らの最大の敵ゴ 1 リスム(ポγピド I ) を倒す可能性 のより大きそうな A ・ポエール(﹀互ロ可。宮るに投票することになったのであり、 H U さらにこの欠落の背後には、明確な戦略を 支える明確な﹁イデオロギー﹂が欠落していたのであった。すなわち、社会党は﹁呪文のごとき革命的言葉使い﹂と﹁完全に社会 民主主義的な実践﹂の聞の矛盾に閉じ込められていたのである。 要するに、反あるいは非ゴ l リスト陣営の有権者の期待HHゴ 1 リストにかわりうる新たな政府多数派の形成 u に応え得る戦略 とイデオ P ギーを社会党は提示できなかったというわけである。 ︹2 ︺有権者の関心事と政党の反応 ︹I ︺での問題をより一般的な形で検討するのがこ一﹂での課題であるが、この点でよく知られているのがアメリカの政治学者 A ・ ダウンズ(﹀三宮ミ

0

0

4

5

6

の理論モデルである。彼のモデルは、①﹁有権者はいくつかの重要な政治問題に関して、諸政党・ 諸候補の提案を自分自身の選好と照らし合わせる﹂、②﹁︹これらの提案の中から︺有権者は自分が望むものに最も近いもの、すな わちこの場合は、彼らの利害が考慮され充たされるチャンスを最大にしてくれるものを選択する﹂という、 n 合理的有権者 u を 仮 定したモデルである(合理的選択モデル)。容易に想像できるように、このモデルはその n 合理主義的偏向 u ゆ え に n 非現実的 M という批判をしばしば受けるのであるが、 H 合理的経済人 u の仮定にたった経済学のモデルと同様、現実の分析に一定の有効性を もつのである。実際、一定の有権者においては﹁投票は彼らの期待と政党・候補者の態度との聞の一致と確かに結び付いている﹂ ことを、経験的分析は示している。 例えば、七三年の国民議会選挙に関するランドンとヴェイユの研究 ( U

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司 ・ 巧 冊 目 - r 右足)がそうである。①彼らは、 まず経済的問題︿生活水準、経済の働き具合、地域の整備・開発等﹀、政治的要求(共産党の権力到達阻止、政治生活の道徳化、 分権化、対外政策)に関する質問にもとづいて、一方に﹁有権者の関心を要約する尺度﹂、他方に﹁それを重視する政党の能力を 要約する尺度﹂の二つを構成し、②次にこの二つの尺度の比較から﹁各政党の統治能力﹂、と言うより正確には﹁有権者の欲求に 応じる能力﹂を出して来る。③そして︹表泊︺が示すようにある政党への投票は、その政党に﹁欲求・期待に応える能力﹂ありと 判断されている時に増大することが分かるのである。

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第3巻1号一一56 表

3

3

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知 子 … 吋 … 判 断

た い へ ん 良 い │ 良 い │ 芳 し く な い

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悪 い 期待に応える能力と投票(%) 4 E A 同 h u F h υ F h d a U 9 u Q U 1 A 1 2 ヮ “ q d ヴ d n , “ ワ μ ワ ム M 叩4 4 A 46* 47 32 59 投票する政党 共産党 社会党 中道派〔改革者運動〉 ゴーリスト (UDR) 、(表の見方〉 例えばホの46%とは,共産党のこの能力について「たいへん良い」と判断した人の46%は共 産党に投票L.r悪い」とした人はl%Lか共産党には投票しないということを示している。 (出典)p.93 Tableau XIII 以上の理論的検討に照らしてみると、︹ 1 ︺で見た六九年選挙での社会党候補の惨敗がよ く理解できるし、また政権獲得以降(八二

i

八六年)の社会党への支持率の低下もよく理解 できるであろう。後の場合は有権者の主要関心事 H 経済問題(失業、インフレ、経済近代化﹀ に関する社会党の解決能力への信頼度が低下したのである。最後にこの点との関連で付言す れば、入二

1

三一年以降フランスの有権者において︿左 1 右軸上

V

で自らを左派あるいは極左 派に位置付ける人が減少しているが、これは投票行動において決定的重みをもっている(第 一部の結論)と考えられた﹁イデオロギー﹂を︿有権者の関心事政党の応答能力

V

の 論 理 が、侵食しているということである。 ︹3 ︺良い候補者と悪い候補者 ここでは、有権者が投票選択をおこなう際に﹁候補者個人﹂と﹁政党﹂のいずれを重視す るのか、ということが扱われる。ところでこの点を調査する時によく用いられる次のタイプ の直接的質問、すなわち n あなたは投票一にあたって、候補者の人となりな

m B

O D

E

-円 払 ) と 彼 が代表する政党のいずれを重視しますか(人となり、政党、同程度 ) u というタイプの質問 は、﹁回答者の側に自分の投票の源泉に関する完全な認識がある、ということを前提として いる限りにおいて、ほとんど無意味であるよしたがってランドンとヴェイユ

(

5

2

・ 前 掲 ) がおこなったように、もっと間接的な質問を用いる必要がある。 彼らは、①﹁有権者が選挙区の候補者に対して示す共感あるいは反感﹂すなわち﹁個人と 結び付いた魅力﹂②﹁有権者が候補者に認める価値﹂すなわち﹁その候補者には政治をおこ な う 釘

2

5

5

司る能力があるという感覚﹂③﹁その選挙区における候補者の有用性につい て有権者が抱く印象﹂すなわち﹁その候補者は有権者の特殊な問題に取り組むであろうとい う印象﹂、の三要素を要約する﹁魅力指数

( s

e

門 司 門 て 三 件 ﹃ 恒 三 日 C ロ ) ﹂ を 構 成 し 、 こ れ を 用 い て︹表 M ︺の結果を得た。ここから言えることは、①この﹁魅力指数﹂が一万す H 候補者のイ メ ー ジ μ は、たしかに﹁投票に影響がわいか小やル

b

い。﹂(強調原文)②が、表からも分

(13)

57一一フランス人の投票行動について

ω

かるように、候補者にはよいイメージを持ちながら、しかし投票はしないという有権者の比率はかなり大きいし、③また同程度の 魅力を感じる複数の候補の中から一名に投票するということも、大いにあり得るわけである。結局、有権者が候補者個人に抱くイ メージは、その投票選択において周辺的役割を果たすにすぎないと言うことができよう。 この具体例として八一年の大統領選挙をあげておこう。︹表お︺が示すように、選挙の直前におこなわれた候補者個人のイメー ジに関する世論-調査で、ジスカール・デスタンは一項目を除いてすべての点でミッテランを上回っていた。にもかかわらずジスカ ール・デスタンは敗れてしまった。要するにこの時期の有権者の主要関心(少なくともそれは右派が考えていたように、経済問題 や秩序維持に関するものではなかった││表が示すように、これらの問題への解決能力はジスカール・デスタンの方にあると有権 者は認めていたのだ││﹀にミッテランの方が応える能力があるという有権者の判断がこれをもたらしたのである。 結論を繰り返せば、大統領選挙のように人格化された選挙も含めて、候補者個人のイメージは投票行動に対して周辺的な影響力 しか持たないということ、逆に︹ 1 ︺ ︹ 2 ︺で見て来たように﹁所与の時において有権者の基本的関心をなしているものに対処するこ とが出来るかどうか、ということに関して、政党・候補者に有権者が認める能力が︹投票の︺決定において重要に思われるのであ ( 7 ﹀ る 。 ﹂ 町選挙運動が選挙をつくるのか 前章で、有権者の投票決定において、それぞれいささかの、また重要な役割を果たすことが確かめられた候補者の人となりある いは政党・候補者が提示する選択肢は、たいていの有権者にとっては選挙運動の期間中に明らかになるものである。その選挙運動 の方法はここ二

O

年の間に、かつての手弁当による、いわばもっぱら足腰を使った運動を中心としたものから、今や少なくとも全 国選挙においては、金のかかった、広告専門家の手が入った運動、とりわけマス・メディアの利用を中心としたものに変わって来 た。なかでもテレピの役割は重要であり、 R-ケ ロ ル の 研 究 ( 問 。 目 白 ロ 仏 何 回 可

E

-、公刊は一九八八年﹀が明らかにしているように、 有権者はテレピを通して最も多く、選挙運動をたどっている(表お﹀。 ところでフランスのように、テレビ放送が政府の強い管理の下におかれ、かつ特定の党派が長く政権の座を占め続けていた国で は 、 J アレピを通しての有権者の操作 μ というテ l マが恰好の議論の主題となるのも理解できる。が、日頃テレビに写る機会を充 分あるいは殆ど与えられない野党政治家が、選挙運動期間中突如として視聴者の前に姿を現すことは、逆にいわば新鮮な効果を与 えることもある(六五年の大統領選挙﹀。したがって投票に与えるテレビの影響力については慎重に測定することが必要となろう。

(14)

第3巻 1号一一58 投票する政党 表

3

4

候 補 者 の イ メ ー ジ と 投 票

C

%

)

候 補 者 の 魅 力

-

5

5

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-

I

i

L

共産党 社会党 中道派(改革者運動〉 ゴーリスト(UD.R) n H v n M u a n 噌 4 E A n , ・ F h J U F h u n , . nonudntn6 0 λ “ O F U M 噌aAn 喝 ω A U F O A U n , u 噌 目 ム 守 E ム 唱 ' -- n r “ の べ υFhun ︿ U F n v (表の見方〉 例えば,共産党についてみれば,その候補者にひじように良いイメージを持つ有権者の70% は彼に投票し,かなり良いイメージを持つ有権者ではその28%が彼に投票する。逆に平凡な イメージしかもたない有権者,寄定的なイメージしかもたない有権者ではそれぞれ10%,3 %だけが,その候補者に投票する. (出典)p.94 Tab1eau XIV 表

3

5

ミッテランとジスカ}ノレ・デスタンの個人的イメージー '81年4月の調査一

C

%

)

ジスカーノレ・デスタン ミッテラン 好感が持てる 39 25 知的である 67 39 権威がある 28 17 関心をひくに足る 27 20 信頼に値する 34 26 大統領としての大きさがある 55 39 人々の関心事に近い 25 33 対外的にフランスを代表することができる 57 29 経済的諸問題をうまく扱うことができる 40 31 秩序と安全を確保することができる 40 26 *数字は各項目について肯定の回答をした人の割合 (出典)p.95 Tableau XV. 表

3

6

'81年 大 統 領 選 挙 時 の 選 挙 運 動 を フ ォ ロ ー す る の に , ど のメディアを利用したか。

C

%

)

テレピ 新聞・雑誌 ラジオ n M U V F h u n ぺ U 戸 n v a a τ

向 。

(p. 97より筆者作成〉

(15)

59一一フランス人の投票行動について同 ︹1 ︺テレピの限られた影響力 ﹁テレビの影響力についての神話は、テレピは受動性を強めるという考え方のうえに依拠している﹂が、はたしてそうであろう . 刀

ω

そもそもすべての有権者が、テレピで放送される選挙運動を同じように熱心に見ているわけではない。︹表明副︺が一万すよう に、①日頃から政治に強く関心を持っている人ほど、熱心にテレどで放送される選挙運動を見ており、②同じように、投票に行く 決意をした人は熱心に選挙運動をたどり、棄権した人は不熱心であった。③さらに特定の候補に確信をもって投票した人は、ため らいがちに投票した人よりも、はるかに熱心にテレピで選挙運動をたどっていたのである。結局テレピおよび選挙運動は、それ以 前に形成された政治的意見・決定を﹁目に見えるように結晶化させ、あるいは増幅させるにすぎない﹂のである。

ω

このことは有権者がテレビで放送される選挙運動を見る動機という点にも現れている。有権者は、①ある政党・候補は何を なそうと

L

ているのかを見る、②ある政党・候補の綱領を思い出す、③選択の手助けにする、といった﹁政治的理由﹂にまず第一 に動機付けられている。そして確信をもった有権者、政治的関心の強い有権者(従って熱心に選挙運動の放送を見る有権者)より も、ためらいがちの有権者、政治に無関心で棄権を考えている有権者(従ってそれほど熱心に選挙運動の放送を見ない人)の方が、 多く③の動機に動かされている。また︹表お︺が示すとおり、支持党派別に見ても、左派支持の有権者で③の動機に動かされてい る 人 は わ ず か に 一 一

Z

、右派有権者でも一二%にすぎない。 以上の結論として、有権者は﹁その以前からの指向に従って、それ︹テレピで放送される選挙運動、また選挙運動一般︺に反応 する。この指向が顕著であればあるほど、選挙運動によって有権者が立場を変える可能性は少ない。他方、その意見が浮動的な有 権者ほど、選挙運動をたどることは少なくなるのである。﹂ ︹ 2 ︺判断の変化 右の結論は(テレピを通じての﹀選挙運動の影響をマクロに見た場合にあてはまることであり、ミクロに見たときの影響、とり わけ投票日が近づくにつれて生じるかもしれない自に見えない変化・微妙な変化は論じられていない。この点に関して、八一年大 統領選挙前に F o 巳白出回門司宮町, H

8

n

叩がおこなった﹁パネル調査﹂を分析した R ・ ケ ロ ル

(

g

g

、前掲﹀は、選挙運動がもたらし た可能性のある影響として次の三つを確認した。

ω

八有権者の政治化を増大させた

o v

n

投票に際してまず重要なことは次のいずれですか、&﹁候補者の人となり、彼の人間

(16)

3

7

テ レ ビ で 放 送 さ れ る 選 挙 運 動 の 視 聴 の 程 度 と 政 治 的 関 心 度 , 投 票 態 度 一一'74年大統領選挙一一(克〉 第3巻1号一一

ω

テレビで放送される選挙運動を 時々 ほとんど毎日見た 見た 政治に対する関心 たいへんある 87 12 少しある 62 36 ほとんどない 52 42 全くない 25 36 第一回投票での投票 ミッテラン 62 32 シャパン・テーノレマス 53 40 ジスカーノレ・デスタン 62 32 白票・無効 11 56 棄 権 37 30 投票の確信度 確信をもってミッテランに 63 31 ためらいがちにミッテランに 38 31 確信をもってジスカールに 62 33 ためらいがちにジスカーノレに 39 40 (出典)P. 99 Tableau XVI C本原文のまま) 表

3

8

テ レ ビ で 放 送 さ れ る 選 挙 運 動 を 見 る 動 機 と 党派選択 '81年一(克〉 左 派 ある政党がなにをなそうとしているかを見る 34 綱領を思い出す 10 問題に通じる 24 選択の手助けにする 11 政治家を見る 選挙戦をたどって楽しむ 誰が勝利のチャンスをもっているかを見る 議論の論拠を得る 4 (出典)P.101 Tableau XVII 見なかった 2 16

*

39 6 7 6 33 33 6 31 5 13

*

右 派 19 6 28 21 4

(17)

61一 一 フ ラYス人の投票行動について白 としての資質、政治家としての能力・資質﹂(H﹁人間的要素

b

b

﹁候補者の政党、彼の政治的流派、彼の綱領﹂(H﹁政治的要 素 ﹂

γ

という趣旨の質問に対して、︹表お︺の結果が得られたが、これは選挙が近づくにつれて有権者の意見が変化して来ている ことを示している。この変化は、しかし支持政党により様々であり(表却﹀、①共産党支持有権者においては、選挙が近づくにつ れて、﹁政治的要素﹂重視という従来からの姿勢がより一層強化されている。②他方 UDF 支持者では、従来からの﹁個人的要素﹂ 重視の立場は殆ど変わっていない。③これに対して社会党・ RPR 支持者の場合、選挙運動の過程で従来の﹁個人的要素﹂重視の 姿勢にかわって、﹁政治的要素﹂重視の姿勢が目立つようになってきた。そして社会党・ RPR 支持有権者のこの微妙な変化が、 八一年大統領選挙の帰趨を決したのである。 すなわち、①社会党支持有権者の支配的態度が﹁個人的要素﹂重視から﹁政治的要素﹂重視へ移行した結果、社会党支持者であ るがミッテラン支持には消極的であった人々 ( M ・ ロ カ 1 ルを支持)のミッテランへの投票が促進されたということ。②他方 R P R 支持有権者において、﹁個人的要素﹂重視の人の一部が﹁政治的要素﹂重視へ移行したということは、 RPR 支持者でありなが らジスカール・デスタン ( U D F ) に投票しようという人が減少し、シラク ( R P R ) への投票を決意した人が増えたということ である。このような微妙な変化が、ミッテランがジスカール・デスタンを抑えて当選することを可能にしたのである。

ω

八有権者が関心を抱く争点を変化させた

o

V

①経済的諸問題(失業、インフレ、経済近代化:::)は、たしかに一貫して有 権者の支配的な関心事ではあったが、その中での重点が選挙が近づくとともに変化して来たのである。すなわち、﹁インフレ﹂問 題を重視する人の割合が減少し、﹁失業﹂問題を重視する人が増えて来たこと、また﹁財政問題﹂にかわって﹁経済近代化﹂の問 題が次第に関心を集めつつあったことが確かめられる。②経済以外の領域でも、﹁秩序と安全﹂の問題を重視する人の割合は減少 しつつあった。これらの変化は、﹁インフレ﹂問題の解決、﹁秩序と安全﹂の確保という領域を得意とすると見なされて来たジス カール・デスタンにとって、有利に作用するものでは当然なかったのである。(表制)。 同八もっとも基本的と恩われる問題を処理する候補者の能力についての有権者の認識を修正した。

V

①︹表位︺から明らか なように八一年一月から四月の聞に、ほとんどの問題領域でジスカール・デスタンに対する有権者の信頼性合広島

E

E

広)が減退 した。とりわけ有権者の聞でより基本的と考えられている問題領域(失業、インフレ、経済近代化など)で信頼性が著しく減退し ている。(例えばジスカール・デスタンに n インフレ問題解決の能力あり u と判断していた人の数は、=一ヶ月聞に一五%減少した ー!なおこれはあくまで変化を示す数字であるから、ミッテランが一八%増加したからといって、それが直ちにこの問題でのミッ

(18)

第 3巻 1号一-62 表

3

9

投 票 に 際 し て ど ち ら が よ り 重 要 か ( % ) より重要なのは

人間的要素

政治的要素 '80年8月 '81年4月 65 54 (p.l02より筆者作成〕 表

4

0

投 票 に お け る 個 人 的 要 素 と 政 治 的 要 素 〈支持政党別)

(%)

29 43

五五訪~理乞|共産

社 会

UDF

RPR

I

全 個人的要素 '80年8月 37 64 80 79 '81年4月 25 46 78 61 政治的要素 '80年8月 62 32 18 18 '81年4月 72 53 20 37 (出典)P.103 Tableau XVIII 表

4

1

有権者の候補者に対する判断 ('81年

4

月〉

C

%

)

ジスカーノレ・デスタン 経済的諸問題を処理する能 40 力あり 秩序と安全を確保する能力 40 あり (出典)P.95 Tableau XVの一部 表

4

2

各候補者の目標達成能力 ('81年 1 月 ~4 月の聞の変化指数〉 ミッテラγ 31 26 体 65 54 29 43

l

ジスカール・デスタン│ シ ラ ク

ミッテラン インフレに対する闘い 85* 145 118 不平等の減少 91 125 100 失業の克服 87 167 106 有権者の利益の擁護 92 156 103 地域整備の発展 104 125 117 経済の近代化 91 147 108 安全の確保 100 133 100 政治生活の道徳、向上 104 156 102 〔表の見方〕 例えば, *のおという数字は「インフレとの闘い」という領域で,ジスカール・デスタγに 「解決能力(目標達成能力)あり」と判断していた有権者の数が,この間に15%減少したという ことを示している。 (出典)P.104 Tableau XIX

(19)

63一一フランス人の投票行動について白 '81年大統領選挙の選挙運動終末時点における,有権者の 候補者への信頼度(%) 表

4

3

ジスカーノレ・デスタンに 処理能力ありとする人 A リ o o n υ d a τ ヴ 4 9 “ ワ ム “ ヮ “ q G 9 h M ミッテラγに 処理能力ありとする人 A T 9 “ q o n U Q J V η ぺ υ の 毛 υ の べ u n ︿ u n べ υ 有権者の優先的 関心領域 失業 インフレ 不平等との闘い 有権者の利益の擁護 地域整備 (p.105より筆者作成〕 テランへの信頼度がジスカール・デスタンを追い越したということを意味しない

i

i

。)これ は選挙運動の過程で、現職大統領はそれまでの統治実績に関して他候補すべての攻撃の的とな るため、将来に向けての信頼性を維持することがいかに難しいかを現しているのである。②シ ラグのみ、どの問題領域についても有権者の信頼性が著しく増大しているが、これは選挙運動 の中で、有権者がシラクに﹁危険なき変化﹂の可能性を見いだしたということを示している。 ③さいごに、ミッテランはどの問題領域でも信頼性に大きな変化はなかったが、その中でイン フレ問題について一八%上昇しているのは重要である。なぜならこの問題は、従来有権者が左 派に対しては大きな信頼を与えて来なかった分野であり、また上級幹部職員あるいは非給与生 活者といった元来左派に対する支持率の高くないカテゴリーの人々の聞で重視されて来た問題 であったからである。この結果選挙運動の終わりには、ミッテランはほとんど全ての優先的関 ( B ) 心領域でジスカール・デスタン以上に有権者の信頼性を獲得したのであった(表必﹀。 ︹ 3 ︺選択の修正 右に見た分析から、﹁選挙運動が有権者の選挙行動に対して、従って一九八一年の大統領選 挙の結果に対して、また入

O

年の末にはすべての人がその勝利を確信していたジスカール・デ スタンの運命に対して与えた影響を認めないというのは適切ではないであろう。﹂では、この ように﹁影響がある﹂ことは確認された選挙運動の、その影響力の実際の程度はどれほどなの であろうか。さきに挙げたパネル調査の分析(河

- n a

可 。

r

E

g

-前掲)は次の諸点を明らかに している。①八

O

年八・九月から八一年四月の聞に投票意向の対象が変化した有権者は、女性、 三五歳未満の若年者と老齢者、農業従事者と﹁ホワイト・カラ l ﹂(中級管理職・技術員・事 務販売職)に多かった。②政党支持別に見ると、共産党、ジスカール派 ( U D F ) 支持者では 投票意向の対象はあまり変化を見せず、社会党、 RPR 支持者の間で変化が大きかった。 このあとの点をより詳しく見たものが︹表必︺であり、ここからは次の点が確かめられる。 ①選挙運動の過程で、﹁誰に投票するか分からない﹂という有権者は著しく減少した(八

O

(20)

第3巻1号一-64 州 全 刈 ゆ て UN ﹀ ロ ) 悩 嚇 瓶 詰 見 ) 胤 町 会 l d H h ポ U 議 戴 悩 悦 │ ( 糊 沖 A Y F H ヰ ペ 礼 子 九 ) 欝 滋 商 ) 〔とE坦持き)~Dr目神田

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ω E o m m M H 同 九月二一一一一一%←八一年四月一九%﹀。選挙運動の機能のひとつである﹁態度未定者の分極化﹂が作用したのである。これは選挙結果 に重大な影響を与えるであろう。②結果的に投票意向者の数が全体としては安定していても、個々の有権者の態度は実際には変化 していることがある。例えばジスカール・デスタンに対して投票意向をもっ人の数(サンプル数)は、八

O

年九月でも八一年四月 でも、全体としては五九人で安定しているが、個々の有権者レベルで見ると﹁態度未定者﹂から七人獲得した分、当初の投票意向 者を失ったのである。③主要な移動は左右両,フロックの内部および﹁態度未定者﹂の間で生じた。 i 態度未定者の七二%が当初の 態度(日選択しない)を変えた。一日当初右派に投票意向を示していた有権者で態度を変えた人のうち、五七%は右派の別候補に変 わり、左派候補へ移ったのは二六克だけであった。出当初左派に対して投票意向を示した有権者で態度を変えた人のうち、五五% は左派の別候補に変わり、コ一五%だけが右派候補へ変わった。かくて、このパネルでは当初の態度を変えた有権者は全体では五七 %に達するが、ここで見たように左派と右派の境界線を越えて態度を変えた有権者は、当初からの態度確定者空一一

OZ

に過ぎない ことがわかる。しかし、以上のことから、選挙運動は﹁候補者を検証する試験﹂の機会という意味で、政治的に強く方向づけられ

(21)

65一一フランス人の投票行動について(斗 た有権者においてさえ、その選択に影響を与えるのだということが明らかになったことは重要である。 結局、﹁選挙運動は選挙をつくるものではないが、結果を決することになる余白に作用する﹂ということになろう。 結 論 最後に、この著書の結論部分では次のように述べられている。以上で個別に説明されて来た投票行動の諸要因(変数﹀は、相互 に結び付いており、そのいずれも直接に投票選択を規定するわけではない。従って、変数をただ列挙するだけでは不充分であり、 それらを順序付け、なにが最も重要な変数かを明らかにしなければならない。既に述べたように、有権者の個人的属性に関わる変 数の中では八イデオロギー

V

が最も規定的なものであった。そこで次に、この個人的属性に関わる変数と八選挙市場

V

の 諸 条 件 に 関する変数のそれぞれの比重を決定しなければならない。 この点について従来の通説的理解では、﹁より安定的で、深く根を下している﹂八個人的属性に関わる変数

V

に、より大きな重 要性が与えられてきた。その証拠に八個人的属性に関わる変数

V

についての文献は非常に豊富なのに比べて、入選挙市場の諸条件 に関する変数

V

については、選挙運動に関するもの以外、これまで体系的に研究されて来なかったのだ。 しかし、ここでは少なくとも次の二つの理由から、この重要性の順序を逆転させようと思う。①まず入選挙市場

V

の条件は、 八イデオロギー

v

にもとづく基本的な、選択を覆さないとしても、この選択の﹁表明の可能性﹂を変えるのは確かである。②さらに、 これがもっとも基本的な理由であるが、﹁投票の変化をはるかによく説明する﹂のは八選挙市場

V

の条件の方である。八個人的属 性に関わる変数

V

だけを考慮に入れていたのでは、投票行動の﹁安定性の幻想﹂が促進されるのだ。一例だけ挙げれば、左派的で 無神論的な労働者は、右派的で実践的カトリックの上級幹部職員よりも、たしかに常に左派政党により多く投票する。しかし、こ の同じ労働者が、常に同じ比率で左派政党に投票するわけではない。ドゴール時代(労働者の四五%が右派政党に投票)、七四年 から八一年の時期(労働者の三

OM

が右派政党に投票)、そして現在(八一年

1

八五年、ドゴ l ル時代に接近)を比較すればよい。 この問、変化したのは八選挙市場の諸条件

V

なのであって、労働者の八個人的属性に関わる変数

V

はそれほど変化していない。確 かに、八一年以降八イデオロギー

v

に関して、左派に自己位置付けする有権者の数は減少しているが、他方、右派の掲げる﹁自由 主義﹂に対しても有権者の多数は﹁とまどいを示している﹂のが現実なのである。にもかかわらず、多数の有権者が右派への投票 意向を示している。結局、﹁それぞれの選挙は、︹特定の︺状況の中で有権者に問いかけ、日付のついた解決を求める、特殊な問 題なのだ﹂ということである。

(22)

( 1 ) ミッテラン政権下に行われた大規模な地方分権化政策により、県の執行権が従来の官選知事から県議会議長に移された(一九八二年の法 律)後でも、より長期的な将来はともかく、図からも明らかなように、さしあたりこの事情に大きな変化はないようである。 ( 2 ) 県議会議員はカントン(円

SZ

出)と呼ばれる選挙区単位で一区一名選出される。 ( 3 ) このような地方政治の政党化・全国政治化(全国政治との関わりの強化﹀については、フランス政党政治の変容との関連で筆者も以前に触 れたことがある。参照、拙稿﹁フランスの政党政治︿一九五八一九八七年)﹂(前掲﹀一五六

l

一 五 七 、 二 ハ 五 頁 。 ( 4 ﹀ こ れ は 国 民 国 家 ︿ 口 三 宮 口 目 m H 同件。﹀に対して、もっとも根本的な政治空間としてのその正当性を認めるという意識が、人々の中に確固として 根付いていることのあらわれである。 ( 5 ) 戦後フランスの政党の系譜・略称については、拙稿﹁︿資料 V 戦後フランスの政党(一九四四│八一年﹀﹂﹃奈良法学会雑誌﹄第一巻四号 ( 一 九 八 九 年 = 一 月 ﹀ を 見 ら れ た い 。 ( 6 ) ダウンズの理論モデルは日本でもよく知られており、ここで問題となっている著作には邦訳もある(古田精司監訳﹃民主主義の経済理論﹄ 成文堂、一九八

O

年 ) o 政治学の立場からダウンズ・モデルを紹介・検討したものとして、例えば次を参照。森脇俊雅﹁選挙の空間分析につい て﹂﹃法と政治﹄(関学・法)二九巻二号、同﹁選挙と投票行動の理論﹂一一一宅一郎編著﹃合理的選択の政治学﹄(ミネルヴァ書房、一九八一年﹀ 所 収 。 ( 7 ) 拙稿つ支配的政党 u と し て の ゴ l リスト政党の後退﹂(前掲)のモチーフはまさにこの点にある。 ( 8 ) 原 著 の

E

y

g

l

U

由で(本稿の五七頁﹀、選挙の直前でも、より多くの有権者は w 経済的諸問題を解決する能力 υ に つ い て . J 、 ッ テ ラ ン よ りもジスカール・デスタンの方にあり h と考えていると述べられていたが、他方司・ 5 印 ( 本 稿 の 六 一 一 一 頁 ﹀ で は 、 イ ン フ レ 、 失 業 と い っ た 経 済 問 題(の一部であろうが、重要な問題)について、選挙直前には n それらの解決能力はジスカール・デスタンよりもミッテランにあり μ と 考 え る 有権者の方が多くなった、と述べられている。これは矛盾した議論であり、これを整合的に理解するために、川選挙直前の時点で有権者は、全 体としての経済問題を扱う能力はジスカール・デスタンの方に認めながら、経済問題のなかでとくに失業問題、それからインフレ問題について はミッテランの方に解決能力戸認めていた μ と解釈すべきなのであろうか。いずれにせよ、この問題については、資料を揃えたうえで﹁補遺﹂ でやや詳しく論ずる予定である。 第3巻1号一一66 四 お わ り に 以上、フランスにおける投票行動研究(もちろん研究対象はフランス人の投票行動である﹀の動向が、かなり網羅的に明らかに

(23)

67一一フランス人の投票行動について同 なったと思う。(なお本稿で紹介したイスマルの著作では、フランス人の投票行動に関するフランス以外の国││例えばフランス ハ l ﹀ 研究の蓄積の厚いアメリカ・イギリスーーでの研究はサーベイの対象にはなっていない J 筆者自身は投票行動の研究を専門とす るものではない(自ら投票行動に関する理論的・実証的研究を行った経験がなく、専門家による研究成果の八消費者

V

に す ぎ な い﹀ので、専門家としての立場からフランスでの投票行動研究を批評する能力はなく、文字通りの八紹介

V

に止どまらざるを得な かった。気付いた点は幾っか注記しておいたが、これらも八消費者

V

としての思い付きの域を出ない。もともと本稿は、本誌連載 中の拙稿﹁ H 支配的政党“としてのゴ l リスト政党の後退﹂のためのいわば﹁注記﹂あるいは﹁補論﹂として書いたものであり、 具体的にはこの拙稿の基本的モチーフの補強のために書いたのである。すなわち右記拙稿では、フランス選挙政治における七

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年 代に入ってからのゴ1リストの退潮と左派政治勢力の進出という現象の基本的原因を、フランス政治過程における主要な争点領域 の移行と各政治勢力の対応能力(期待と実績)の関係に求めようとし、国民全体の動きというマクロな観点からその論証を試みて いるのであるが、本稿ではこの論証を有権者個々人の投票行動というミクロな観点から補強しようと考えたのである。結果は本文 から明らかなように(とりわけ前節の終わりの部分を参照)、フランスでの投票行動研究の成果は前記拙稿のモチーフが的外れで はないことを一示すものであった。(なお前章注 ( 8 ) で指摘したように、イスマルの整理の仕方には一部不整合な部分が見られるが、 それらは、﹁諸政治勢力の選挙での変動の基本的要因を、主要な争点領域の移行と各政治勢力の対応能力との関係に求める﹂とい う基本的命題そのものの妥当性を否定するものではないJ ( 1 ) 巻 末 に 付 け ら れ た 注 釈 付 文 献 目 録

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単 行 本 一 一 一 一 一 点 -論 文 九 点

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に 挙 げ ら れ て い る 文 献 中 、 英 語 圏 の 著 者 に よ る も の は 、 ﹁ イ ギ リ ス で の 投 票 行 動 に 対 す る 階 級 帰 属 の 決 定 的 重 要 性 を 確 証 し た ﹂ ( イ ス マ ル ) バ ト ラ l と ス ト l p ス の ﹃ イ ギ リ ス に お け る 政 治 変 動 ﹄ ︿ M M h L む な ミ 。 、 芯 主 な な 旬 、 血 芯 皆 、

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の み で 、 例 え ば イ ス マ ル の 著 書 と 同 時 期 に 出 さ れ た 、 代 表 論 と 投 票 行 動 論 の 分 野 に お け る ﹁ 記 念 砕 的 大 著 ﹂ 、 コ ン パ I ス と ピ ア ス ( 市 ﹃ 庄 司 開 ・ 。 。 ロ ︿

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︿ 同 J ・ ・ 5 ∞ 由 ) の 文 献 目 録 欄 に 挙 げ ら れ た ﹁ フ ラ ン ス に お け る 投 票 行 動 ﹂ に 関 す る 、 英 語 圏 の 著 者 に よ る 少 な か ら ぬ 数 の 研 究 は サ ー ベ イ の 対 象 に は な っ て い な い 。

表 3 7 テ レ ビ で 放 送 さ れ る 選 挙 運 動 の 視 聴 の 程 度 と 政 治 的 関 心 度 , 投 票 態 度 一一 ' 7 4 年大統領選挙一一(克〉 第 3 巻 1 号一一 ω テレビで放送される選挙運動を 時々 ほとんど毎日見た 見た 政治に対する関心 たいへんある 8 7  1 2  少しある 6 2  3 6  ほとんどない 5 2  4 2  全くない 2 5  3 6  第一回投票での投票 ミッテラン 6 2  3 2  シャパン・テーノレマス 5 3  4 0  ジス

参照

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