フランソワーズ・サガンの作品と遊び : 境界としてのカジノの役割
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(2) 甲南女子大学大学 院論 集第 8号. 文学研 究編 (2010年 3月. とい う こ とばの持 つ一 面 には「 余裕」 とい う意味があ. 表 2. る。車 の ハ ン ドルの「遊 び」 はなければそれ 自体が機 に もいい 成果が 出る とは 限 らな い。我 々の現実生活 に お い て の ま じめ な仕 事 に も遊 びの 精神 は必 要 な よ う. アゴン (競 争 ). だ。「遊 びは仕事 が終 わ ってか ら」 よ りも「遊 び なが. ア レア. ら仕 事す る」 とい うほ うが魅力 的 な響 きを持 って は い. (運 ). ク擬 ミ模. ない だろ うか。 ここで ,カ イ ヨワが定義 した遊 びにつ い て詳 しく述 て い る表 が あるのでそれ を引用 した い。. 表 社会機構 の 外縁 にあ る 文化的形式 アゴン (競 争 ). ア レア (運 ). 堕. 落. 気 に入 った数 字 へ の迷 信 作 家 であ る こ と 台本 を書 くこと. 濠J 映画. 1寅. イリンクス 車 の ス ピー ドヘ の 陶酔 (眩 量. アル コー ル依 存 薬物依存. 1‖. 社 会生活 に 組 み込 まれて い る 制 度的形態. 表に示 したこれらの遊びの関係はどのようなものだっ 堕. 落. たのだろうか。次の章ではサガンがこれらの遊びとど. 迷信 ,占 星術 など. 富 くじ,カ ジ ノ 株式投 資 競馬場 施設賭博. ク擬 ミ模. カー ニ ヴ ァル ,寅 濠 J 映画 ス ター崇拝. カジ ノ 競馬 さまざまな賭 け事. ). 企業 間 の競争 暴力 ,占 星術 試験 .コ ン クール な ど. スポ ー ッ. 社 会生活 に 組み込まれている 制度的形式. 社 会機構 に 組 み込 まれた 文化 的形式. 能 しな いの だ。 これ を もとに考 える と余裕 の な い仕事. べ る こ とはで きない が ,定 義 した うえで遊 び を分類 し. ). 狂気 [疎 外 ], 制服 ,礼 儀作法 儀式 ,表 現 にたず 二 重 人格 さわる職業. のように出会い,ど のようなところに魅力を感 じてい たのか,と い うことを主に彼女のエ ッセーやインタビ ュー集 という資料からみてい く。. 第二 章. サ ガ ンの情熱. ,. イリンクス 登 山,ス キ ー 眩量の統御 を見せ アル コー ル 中 る職業 空 中サ ー カス (舷 量 ) 毒 ,麻 薬 ス ピー ドの陶酔 ,. ,. 1. ス ピー ド. サガ ンは作家 としてデビュー してか らどのように遊 びの世界と関係 していったのか。時間的に順 を追 って みてみると,ま ず は眩量 の遊び との出会 いだが,こ れ はサガンが処女作 の印税が入 ってす ぐに購入 したとい. この表か らカイ ヨワが遊びを大 きく四つの種類 に分. うスポーツカーによって楽 しんだ遊びである。車その. 類 し,そ れぞれ競争の遊び,運 の遊び,模 擬 の遊び. ものに対する興味は幼 いころか らあった らしい。父親. 舷量 の遊びと名付け,さ らに文化面,社 会面,堕 落 と. が運転する膝の上でハ ン ドルを握 って遊んだそ うだ。. ,. 彼女 はエ ッセーの 中でスピー ドについて書 いてい る. い う三つのカテ ゴ リー に分けてい ることが分かる。 カイヨワの分類 で注 目すべ きは運の遊びを取 り入れ. が,そ の文の中では車 はただの乗 り物 ではな くな り ,. た ところにある。カイヨワ以前 の遊戯論は この遊びを. ハ ン ドル を握 る者 をスピー ドとい う陶酔 の世界へ連れ. 排除す る傾 向にあ ったが,彼 はそれを遊びのひとつ と. て行 って くれる魅惑的なお もちゃの ような印象 を受け. して仲間に加え,補 論 の「偶然 の遊びの重要性」 で. る。車や遊園地のジェッ トコース ターなどは産業の発. この遊びが我 々の社会に どれほど深 く根付 いてい るも の なのか を語 ってい る」。 この 表 を見 るだけで も. 展 によって楽 しめるようになった「眩量 の遊 びの道. 我 々がふつ う遊 ぶ こと,と 認識 してい るものが いかに. で制御するか他人がそ うするのか,と い うところにあ. 狭 い視野に よって限定 してい るのか分かるだろう。. る。 もちろんサ ガンは 自分で車 をコン トロール しなが. ,. ,. この凝縮 されたカイ ヨワの遊びの分類表 を拝借 して 少 々乱暴か もしれないが,サ ガンの場合 を当てはめて. 具」 であるが,車 とジェッ トコース ターの違 いは自分. らス ピー ドの陶酔 と戯れるか らこそ この眩量 の遊びに 魅力 を感 じたのだろ う。. みる。 こうす ることでサ ガンと遊びの関係 にカイ ヨワ. カイヨワはこの遊びの特徴 として肉体的なl玄 量 ,器. が示 したような多様性があるとい うことが分かるので. 官 の物理的な麻痺 の ようなもの と精神的な眩量 ,こ れ. はないだろ うか。. は「忘我 の激情」であ り「ふだんは抑制 されてい る混. こうしてみると競 争 の欄 には当てはまるものがない とい うのは一つの特徴 である。では具体的 にサガ ンと. 乱 と破壊 の好み」に結 び付 くもの,と があるとしてい る。.
(3) 西岡 杏奈 :フ ランソワーズ・サ ガンの作品 と遊び. )そ れ らは,一 時的 に知覚 の 安定 を破壊 し,明 晰 であるはずの意識 をいわば官能的なパニ. 楽 について書 いてい るが,車 が速 いス ピー ドで走 ると き,頭 の中で流れるのは速いテ ンポの曲ではな くてゆ. ック状態にお としいれ ようとす るものである。す. っ くりしたテンポの曲だといつてい る。余計な ものは. べ ての場合 において,一 種 の痙攣 ,失 神状態,あ. な くな リシンプルな感覚 だけが残 り,「 忘我 の境地」. るいは茫然 自失に達する ことが問題なのである。. といった状態になるのだろ うか。サガ ンはゆ っ くりと. それ らは,有 無 を言わせず乱暴 に,現 実を消滅 さ. ソファにで も座 りなが ら人生 について考えるのではな. せて しまう。 ". く猛 ス ピー ドのなかで人生 と向 き合お うとした。. (…. 人間の命が限 られた時間の中で存在 してい る限 り ,. そ して カイヨワはこれ らの衝動 ともい うべ き遊びヘ. 速 く進 んだ先 に見 え る もの は ,突 き詰 め て い く と. の好奇心 はとて も強い刺激 を与 えるものであ り,も は. 「死 」 につ なが る。歩 く,走 る,と いった 自分 の 肉体. や「気晴 らし」ではな くて「快楽」 で あ り,「 娯楽」. だけで出せ る速度 をはるかに超 えた速度によって行 き. とい うよ りも「痙攣」 だと指摘す る。その堕落が麻薬. つ くところはどこなのか,そ の ような状態 で感 じるこ. であ り, アル コールである とい うのはもっともだ。快. とは「死」へ近づ くような感覚 を起 こさせ るのではな. 感 とい うものは時間的な持続 を持たないので,そ の遊. いか。そ う考えると実際車 でス ピー ドを出す と危険度. びか らいったん日常 に戻 ると忘れて しまう。 しか し快 感を得 た とい う記憶 は残 るので遊びの世界の外 でそれ. が高 まるわけでそれを承知で,身 の危険 とい う犠牲 を 払 ってで もス ピー ドの陶酔 を味わいたい,と い うのは. を得 ようとす ると他の もので代用するほかないのだ。. 「死 」 に近づ くともい える し,そ れは「死」 を恐 れな. この遊びについてい えば堕落は代用である といえる。. い態度にもみえる。. しか し代用品,つ ま りにせ ものに依存 して しまうとそ れは遊びの「自由」 とい う性質 を失って しまう。やめ た くて もやめ られない遊びはもはや苦痛 である。 しんだが ,1957年 に起 こ した事 故 で九死 に一生 を 得,そ の治療 のために用 いた薬物へ の依存 とい う「堕 落」 まで経験 した。 もちろん これは自ら望んで堕落 し たわけではないので代用 ではな く大 きな代償である。 しか しサ ガンはスピー ドヘ の情熱 を失わない。 θ7ル. fα ,. ι ′ブ'yソ αjS. 'Sザ. a 9θ. 's“. た JJθ ン″s “. ″ グαれ ∫ “. Jι. s. κα′ rθ ′ Jθ 4α Jι s, fJθ ∫ r Jθ s α θ ″ ι島 "′ “ ′′ ι, a3aJ'λ ι rι dα 4s,ηα a6θ θa J'乃 θ rι dα 4s′ηα ′ “ “ αrι ελα ssご ι, グιJα θ′ ιs Jθ s Jθ Jsグ ιJα ′ια況, Sι Jθ ん ′ “ “ “ どθ″グ グご∫ιψ θJA O“ ιJS Sθ 4′ θιs cθ ″7)″ι rsグ ど― sθ ε Jど ′ “ “ ′ θ7 0況 ιJJθ ι θ夕rθ ん′グη Js″ θ S′ だgJお 9“ j“ 'θ ん′ ′zη θ ソJJJι s, ffθ. sχ r Jι s. ssθ θ ι ′ ′ ιソ θ j′. 夕4J9“ ιソjθ 7.。. αソθθJι. ttpθ. rム. ´ ι 9ノ ιJJθ raJθ Jん ″Jι ブθ況,Jι ttα sα 漁グ,Jα ソJ′ ιssι “ “ jれ raJiθ ′Jι bθ 4λ θ r グι ソjソ rι θち ′αr θθ4Sι 9“ θηち Jθ “ jrグ ι θ rjr 9“ JJル j4θ ′ θZJiθ だ 4s Jθ /′ι θ θ S θθ. ψ “ `滋 ““ jソ rθ o C'ι α ιε jSソ ハ Ja′ θ′θ ι9“ θブ κttι rル ソ “ “ j ttκ SJgん θ ん jた ssι がθ s′ κ ん′f Jα ソ , J 4θ ノ4α J`“ ι “ bθ. ′″. s″. "ソ. ttθ. j,. Jθ ん ι,ん J“ れι′κ)ソ θθα′ ,れ J“ ん ググ ,“ αJS“ ん び滋ん 6). JS′ θj,ノ ιソ ι ′ノ ιソ. a Jttι. rJι ん aソ θJr. グ bθ んんι ん “ “ j∫. S“. ソj′ ιssι れ'α. Dι. サガ ンはこの陶酔 の遊びを車 のス ピー ドによって楽. (..。 )《 9況 Js“. Lι gθ 扮′グιJα. “ jηzρ θ ∫ ご θ rS グι α ソjθ , グι θん ια θ " “ “ “ 4) .》. 器官が麻痺 して鋭さをもって残 った鋭い感覚のどこ かで「死」を感 じることで逆に「生」への興味,つ ま り人生 とは何か とい う根源的な問題がでて くるのかも しれない。結局のところサガンは破滅的な「死」への 興味からス ピー ドを好むのではな くて「生」を実感で きるものとしてスピー ドを提えているとい うことがわ かる。. 2賭. け. そ の 次 にサ ガ ンが踏み込 んだの は賭 け事 の世界 で あ こ こで ス ピー ドに つ い て 語 りなが ら,同 時 に彼 女 は. る。 この長 い 問遊 び と しては不純 な もの と して扱 われ. 人生 に つ い て 自分 に問 い か け る。 車 に よるス ピー ドを. て きた賭 け の遊 びは多 くの場合 ,経 済や法律 との 関係. 好 む ひ とび とは そ の 物 理 的 な器 官 の 麻 痺 を「 G5を 感. が つ きまとう。 カイ ヨワは「労働 の価値 に基礎 をお く. じる」 と表 現 し楽 しむ ら しい が ,こ の 引 用 か らはサ ガ. 産業型文 明 にお い て さえ,偶 然 の遊 びに対す る愛好心. ンの 場 合 はそ れ だ け に と どま らず ,そ の 肉体 的 な麻 痺. はや は りきわめ て根 強 い 。」 といい ,こ れ は この 遊 び. を感 じたうえで心理的,精 神的な感覚 の麻痺が重要 で. が 労働 の価値 と正反対 であ る,苦 労 せ ず にお金 を手 に. あ ったと考え られる。ほかの文章でサガ ンは速度 と音. 入 れ る魅 力 を人 び とに与 えるか らだ と して い る。 そ し.
(4) 甲南女子大学大学院論集第 8号. 言語 ・文学研 究編 (2010年 3月. ). て この遊 びが 人 を誘惑す る理 由 と して以下の よ うに分. あれば悪 いこ ともある,と い う人生における王道的な. 析 す る。. 考えに通 じるものがあ り,サ ガンは 自分 の運 を試す. ,. もしくは自分の運その もの と遊んでいるように思われ 忍耐 と努力が ,確 実 では あ って もわずか の利益. る。. しか もた らさな いの に対 して ,偶 然 の遊 びの魅 力. 確 か に 自分 の 運 を純 粋 に試 した い と思 った ら,何 か. は,即 座 にひ と財 産がで きるか の よ うな幻 影や余. に 賭 け る しか な い の で あ る。 そ れ は 子 供 の 世 界 で も見. 暇 と富 と贅沢 の思 い もかけぬ 可能性 を与 えて くれ. られ る純粋 な人 間 の 本 能的 な衝動 だ。「 ここか らあ そ. る こ とにあ る。 ". こ まで 10歩 ち ょう どで 行 けた らいい こ とが あ る 」 と い った思 いつ きは 自分 の運 との小 さな遊 びで はない だ. この遊 びについ ては数字 ,経 済 ,法 律が関係 して い. ろ うか。 こ うい った ささい な運 だめ しを大規模 に した. る以上 ,い ろん な角度 か ら論 じる こ とが で きる だ ろ. ものが施設賭博 だろ う。 人が決めたル ールの なかで 自. う。 ここで はその 多様性 を生 か して ,サ ガ ンの 文学 を. 分 のお金 を自分 ではない何 か に賭 け,勝 てばお金が 増. 考察す るの にその理 論 をつ か うの だが ,賭 け の 遊 び と. える とい う仕組 み は先 の「 いい こ と」が具体 的 に「金. い って もさまざまな ものが あ る。 そ の なかで もサ ガ ン. 銭」 とい う形 で 表 わ されて い るのだ。 そ うい って しま. が好 んで遊 んだ もの は カジ ノと競馬 で あ る。 そ の他 に. えば非常 に現実的 な遊 びなので遊 びは非現実 な もので. も友達 と トラ ンプで ポ ー カー を した りして い るが ,サ. あ る とい う定義 に合 わない 。その代表格 が パ チ ンコ を. ガ ンの 文学作 品 とも深 く関 わって い るカジ ノ を取 り上. 含 む スロ ッ トマ シー ンの類 で あ る。 カイ ヨワは この遊. げた。 それ にカジ ノ を選ぶのは個 人的 な興味が あ る。. び を運 の遊 び とい う よ りも舷量 を引 き起 こす遊 びだ と. 文学作 品 にカジ ノの場面が 出て くる と日本人 であ る私. 言 い ,そ の存在 と社 会経済 に与 える影響 の大 きさを認. には理解 しに くい ところが あ って ,そ れは単純 に 日本 には カジ ノが ない か らだ。 そ うい った ところか らも本. め つつ も,批 判 的 な立場 であ る。 特 に 日本特有 のパ チ ンコ には批半J的 だり。 なぜ か とい う とカイ ヨ ワの 目に. 論 の 目的 はサ ガ ンの作 品 にでて くる カジノの 存在 につ. はその他 の代表的 な賭 け の遊 びには文化 的 な側面がみ. い て述 べ る ことで あ る。それに先が け まずサ ガ ンとカ. られ るの に対 し,こ れ らの機械遊 びにはそれがみ られ. ジノの出会 い を ここでみ てお く。 これは正 確 な 日付 ま. な い か らだ と考 え られ る。 だか らこそ現実味 を隠す. で 示す こ とがで きる記念す べ き出会 い であ る。. とい う意味 にお い て パ チ ンコ店 の 派手 な装飾 は必 要 な. ,. のだろ う。. s″ 4θ θη′ ∫θ 42ノ ル ,ル ′α θ 滋 θ “ “ Nこcル ノ θ rル J'ご ′ θjr θ″″,Jθ ∫ 4ブ ′ Js a sα ″ηε Nθ 況 ∫4θ. Jれ. J.. “. 'α Jα. “ ′θグ η ソ κα4s, ど'“ 4 ρα∫グど タ ′ Jκ g′ θ Jグごf α `′ `′ “ `∫ ““ 'θ Pα J“ Bι α ε 乃グθCα れηι s θ ノ 4′ rα Jノ α 49“ ど θグιグθχ “ “ r S r9ρ Js θ′ b“ ′ ∫∫ ′r ′ ι ′αr資ガ4∫ α ∫ グθ ソ `s dご `S ““ “ rな 。 IJsソ jrθ η ソ θ ′J`d`b“ ′グι αθ θ夕rsθ ι 4ィル′ ,“ αJS “ Jrθ れ れ ′ソ ′ρα∫′ αs夕 θf Ji'α ソ αJsび θ んゃpど a Jθ rソ ι “ “ pα J∫ ∫ θ θ ′gα ′ α湾∫ χグ αsjκ θ ε α∫ Jttθ .8) 'θ. J′. `“. `ε. `κ. 例 えば カジ ノはサ ガ ンの作 品 の 中 でその行為以前 に 場所 自体が文化 的側面 にお い ての 意味 を もってい る。 そ の むか しカジ ノには ダ ンスホールやバ ーが併設 され て い て ,そ こは 人 と人 とが 出会 い ,社 交す る機会 を持 つ場所 なのだ。着 飾 って 食事 を しに出か け,そ の あ と カジノで 楽 しむ,と い う遊 びの ス タイル をサ ガ ンは紹 介 し,そ の遊 び方 と しての カジ ノは主人公 たちの社 会 的地位 ,日 常 の行動 といっ た人物設定 ,あ るい は人物 描写 に使 われてい る。 これ はカジノに限 った こ とで は. この カジ ノヘ の情熱 はその 後 ,サ ガ ンの 人生 にお い. な く,彼 女 は作 品中で さまざまな賭 けの遊 び を使 い わ. て 長 々 と続 くことになる。 さきに述 べ た よ うにカイ ヨ. ける こ とに よって主 人公た ちの遊 び方 を示 し,そ れ に. ワは賭 け の遊 びの魅 力 を,一 擢千 金 を夢 見 る労働者 を. よってその人物像 を浮か び上が らせ るこ とに利用 して. 基本 と して述 べ て い るが ,サ ガ ンの場 合 はそれ に当て. い る。. は ま らな い。 まず彼女 はお金が 入 って くる こ と 自体 を幸運 と捉 え. 3 '寅. 濠J. て い て,そ れ を貯 蓄 した り将来 のため に投 資す るのは. そ して次 にサ ガ ンの 模 擬 の 遊 び との 出会 い で あ る。. 意 にそ ぐわなか った よ うだ。 だか らカジ ノで儲 けてや. 演 劇 へ の 情 熱 をみ て い きた い 。 1960年 の 戯 曲 『ス ウ. ろ う とは最初 ,思 ってい なか ったはず で ある。勝 つ こ. ェーデ ンの城』 (Chateau en Suё de)を は じめ としてサ ガンには数編 の戯曲,そ れか らバ レエの台本や,テ レ. ともあれ ば負 ける こ ともあ る とい うの は,い い こ とも.
(5) 西岡. 杏奈 :フ ラ ンソ ヮーズ ・サ ガ ンの作 品 と遊 び. ビ ドラマ 用台本 ,そ して 自分 の作 品 の 映画化 に際 して. rθ ソ ι ι″θれ んι ノbjs fα ι″ αS fα , θ4 rι ″ “ dι cJι ん ε んι, ん θθ― ん Sι ι ′ ちfα “ “ “ 彪ごたんグ sα ′んrα sι θθ ″ ソθ Sソ θ J`z9“ セJJι sθ “ ““ “ “ θ dα J4“ κ ソJsα gι o J'α πι rSθ れ んαgι s θん′∫ aり ′ θ , zι s′ ι “ θ ′J` Jiι θη s dcs rι pご ′jθ れs, ′ Jι s θ ι′ θ Jjssθ s, ′ “ “ “ 'jJ∫ 況 θS s αc″ θ rs 9“ j ソ ppθ sθ , Jι grα んグ sど rJι χグθ 9“ “ “ “ j″ θ 'ι S′ ― θι9“ ι グノ'θ ソrι Jα ′θ″ rκ )gι ん′f《 0“ αん `,9“ “. θ'ι sr. 脚本 を手が け た り,小 説 以外 の作 品 も残 した。. rι rθ. 他 の遊 びに比 べ 比較 的現実 と区分 されやす い この 虚. a Jα. Jρ. pα s. Br“ s9“ ι ソι」. j″. j′. 構 の世 界 に楽 しむ こ とは人 間 のか な り本能的 な部分 で. J′. あ る とカイ ヨワは指摘 して い る。 子供 の好 きな ごっこ. j″. 遊 びや さまざまな衣装 を身 に まと う祭 り,歴 史的 な仮 面舞踏会 の流行 な どはその例 の ご く一 部 であ る。 しか. rι ハ ル′ θソ r“ ん ια′ 4′ ィ ι S9“ 'jJS θ ιρι ん Sι 7》 ,Jι ∫ ′zfθ ん ノ “ “. しい くら虚構 の世界 とい って もあ ま りに も自分 の現実 とか け離 れた ことになる と人は戸惑 い ,委 縮 して しま. ソどrj′ び9“ ιειJJθ. a Jα 9“ θ JJι. θんαsθ 4gど ι4J'ど θrjソ αjκ .H). って遊 び を楽 しむ こ とはで きない 。 そ のため気軽 に虚 サ ガ ンが い う よ うに書 かれた こ とばが 発声 され る と. 構 の 世 界 で遊 ぶ にはそ の 「演 出」 も し くは「 設 定 」. が,さ らにカイ ヨワの い う r6alit6 seconde(セ カ ン ド. き書 い た本 人です ら想像 して い なか った もの に変化す. リア リテ イー)1° とい う概念 がポイ ン トとなる。セカ. る とい うの は 台詞 とい う こ とばのお も しろ さで あ ろ. ン ドリアリテイーは現実 ではないが,例 えば夢や妄想. う。 サ ガ ンの小 説 の なか には女優 や俳優 な ど演劇 界 に. 常)で は. 身 をお く人 々 を主 人公 に した もの も少 な くな い の だ. ない とい う意識 を現実的に持 つ,と い う感覚 である。. が ,そ の 時 の人物描写 には実際の演劇 の世 界 で経験 し. 着 る物 ,場 所 などを普段 と変えるといったささい な こ. た こ とや ,見 聞が 一 役買 ってい る と思 われ る。. などとは明 らかに違 うものである。現実. (日. とで もこの遊びは始め られるのだ。例 えば外食産業 の. しか しサ ガ ンの模擬 の遊 びに対す る好奇心 はそれだ. 多様性 を挙げることがで きるだろう。食事 をするとい. けで はない。 カイ ヨワは模擬 の遊 び と運の遊 び との結. う行為その ものに限 らずその雰囲気 を重視 したさまざ. びつ きは希 薄 だ と して い るが ,サ ガ ンに限 ってはそ う. まな趣向を凝 らした空 間は楽 しみの場所 として もはや. ともい えない 。す で に小説家 と して成功 して い たサ ガ. 身近なものになっている。. ンに とって脚本 は出版 された り,実 際 に劇 化 され る も. それに対 して,演 劇 ,映 画な どは観客席 とい う空間. ので はなか ったので ,劇 と して上演 され る こ とは彼女. 的に区別 された位置か らどんな非現実な ことが繰 り広. に とって偶然 の出来事 だった ともい える。彼女 の 第 一. げられて も安心 して楽 しめるとい うものである。そ し. 作 目の戯 曲 『ス ウ ェー デ ンの城』 はサ ガ ンと田舎 の 別. てその時間はきちんと区切 られていて上演時間が終 わ. 荘 で一 緒 に過 ごす友 人たちが退屈 しの ぎに読 めば いい. ると観客 は 自分 の現実 にさっさと戻 ることもで きる。. と思 って書 かれた もので ある。 それが劇化 され る と決. この遊 びでの堕落 は人が実際に何かを演 じるときに起. ま った 時点 で 脚 本 と しての価 値 を認 め られ た わ け だ. きやす い。現実. 分 の人生)と 非現実 (他 人の人生. が ,劇 の完成 には演 出,俳 優 た ちの演技 ,な どの行程. など)の 交錯 である。 自分 自身を見失 うほど遊びにの. が必要 にな り,最 終 的 に劇作 品 を発表す る こ とにつ い. め りこんで しまうとそれは もはや遊び (演 技)で はな. てサ ガ ンは「必然 的 にそ こに賭 け の要素が生 まれ る」. くなって しまうか らだ。. と語 つてい る。確 か に劇 や映画 の成功 を表すの に「当. (自. 先に挙げたカイヨワの表 をみると,作 家 であること. た り」 とい う こ とばが あ るこ とを考 えれば くじ的 な要. 自体がす でに社会的に模擬 の遊びの要素 を持 っている. 素 が 潜在 的 にあ る とい う ことは想像 が つ く。 しか しこ. とい うことになるのだが,小 説家 よ りも脚本家 と して. れ は制度 と して の賭 け の遊 び とい う よ りもそ の遊 びの. 演劇 の世界 と関わる ことはよ リー層本来の演 じるとい. 心理 的態度 だ とい える。. 者 ,す なわち読 まれる ことを前 提 として い るの に対. 第. 土 早. う模擬 の遊 びに近 い とい える。小説 な どの文章 は読 し,脚 本 とい うのは同 じ書かれた文章 であって も人に 演 じられる ことを前提 としてい るか らだ。 この書かれ たものの可能性 の広が り,も しくは変化 してい くとい うところにサガンは楽 しみを見出 してい る。. 1. 賭 け と文学 第二章 でサガ ンが どの ように遊びと関係 していった. のかをみた。 この章 ではそのサガ ンの遊びのなかで も 賭 けの遊 びと作品が どの ような関わ りをもっているの. ιんど《グ 0“ α刀グ θん ιん′. jrι 》 Jι s. Jθ. rθ ソ ″ ι εθJα ιrソ ιJJJθ 鶏 “ “ “. cん θsι s 9“. 'θ. η α どθrJ′ ιs.. rθ ッ Pα rε ι 9“ ι αbJι・ 」 jん ε. かみてい きたい。今回賭 けの遊 びに注 目する理由はす でに述べ たが ,サ ガンの作 品につい て考察す るまえ.
(6) 甲南女子大学大学 院論集 第 8号. 言語 。文学研究編 (2010年 3月. ). に,他 の 文学作 品 にお ける賭 け の遊 びの描写 の例 を少. 下 げ た 短 編 で 同 じ く ロ シ ア の チ ェ ー ホ フ (1860-. しあげてお きた い。世 の 中に は賭 けが文学作 品 に描 か. 1904)の 『賭 け』 (L`Pα rj)と い う作 品が あ る。法律. れた ものが た くさん あ る。 そ の 中か らご く一 部 であ る. を学ぶ学生 は あ る銀行家が 開 い た会 で彼 と議論 とな り. が よ く知 られた作 家 の もの を選 んでみ る。. 15年 間部屋 の なか で 閉 じ込 め られ る こ とで 銀 行 家 か. まず は ロ シ ア の 文 豪 の 作 品 で ドス トエ フ ス キ ー. らひ と財 産 もらう約 束 を した。最初 は もが き苦 しむ若. (1821-1881)の 『賭博 者』 (Lc joucur)で あ る。 一 人. 者 だ った が読書 をす る こ とだ け は 許 され て い た の で. の賭博者が カジ ノに 出入 りす る ようにな り,賭 けにの. 15年 間あ らゆる種類 の読書 を続 け た。 銀行 家 は 15年. め り込 み ,身 を持 ち崩 して い く様子 とそれ に まつ わる. の 間 にか な り財 産 を失 って しま っていたため ,賭 け の. 人び ととの 関係 な どが主 人公の心理描写 を主 に綴 られ. 約束 の前夜彼 を殺 そ う と決断 を し,彼 の 部屋 へ 忍 び込. て い るのだが ,一 人の人間の人生 の一 端 ,そ して賭 け. む。 しか しそ こには手紙が残 されて い るだけで賭 けの. 、 の 弱 さ,も の遊 び とい うフ イル ター を通 して人間 の″ 亡. 勝者 になるはず の者 は姿 を消 して い た。 これ もまた賭. ろ さ,狡 猾 さとい った心理が深 く描 き出 されて い る。. け とい うもの を通 して人間の本性 の表れが描 かれて い. 読者 は最 後 には この賭博 者が救 われ ,賭 け と決別す. る。教養 はな くて も金銭 的 に余裕 があ る者 はそれだ け. る こ とを期 待 す るか も しれ な い が ,そ れ は 裏 切 られ. で 精神的 に も他 の者 よ り優位 で あ る,と 思 い 込 む。 し. る。実際 この物語 の主 人公 は長 い 道 の りの 末 ,自 分 の. か しお金が な くな った と きに こそ ,そ の人の本 質 がみ. 愚行 を振 り返 り,こ の ままではだめ だ と気 づ き,反 省. える とい うの は フ ロベ ールの 『ボ ヴ ァリー夫 人』 を例. し人生 をや り直 さなければ と思 い至 る。 しか しそ のた. と してみて もわか る。金銭 を常 に余裕 の あ る状態 を保. め には最 後 の賭 けに勝 つ こ とが必 要 なの だ と,結 局物. つ こ とは難 しい こ とで ある。 しか し身に付 け た教養 は. 語 の最後 の一 行 まで賭 け の遊 びに 自分 の 人生 をゆだね. 隠す こ とはで きて も本人が望 む限 り保 つ こ とがで き得. て しまっている。読者 は最 後 の 部分 で 落 ちぶれた主 人. る。 この 法律学生 は金 銭 的 な賭 け に勝 つ よ りも教養 と. 公がか つ ての知 り合 い にばった り会 い ,落 ちぶれた 自. い う武器 を手 に入 れたおかげで 自らの命 を救 い ,銀 行. 分 の 姿 にはっ と し,賭 け をやめ ようと反省す る ところ. 家 はただ単 に賭 けに負 けた とい う よ りも人生 にお い て. で彼 はつい に救 われた と思 うのだが ,最 後 の最 後 で人. 人 と して大 きな負 け を した。. 間 の 弱 さをまざまざと思 い知 らされ る。 この物語 と ドス トエ フスキー 自身 の体験 は大 きな関. フ ラ ンスの 作 家 で ア ポ リネ ー ル (1880-1918)の 『混 合 ク ラ ブ で の 出 会 い 』 (助. たが実際それが叶 った 時 ,彼 は賭博 者 になって しま っ. ι κJθ α θ “ θ)と い う作 品 は ,す べ て の 楽 しみが あ る とい う 所′ “ パ リの 街 を舞台 にオラ ンダ人の男 が賭 け で遊 んで い る. た。 各地 の 温泉地 を転 々 と しなが ら妻 に仕送 りを頼 む. の だが 彼 は大負 け して しまう。 そ こで賭 けに大勝 して. 手紙 を幾度 とな く書 き,そ のたびにそれ をす べ て賭 け. い る女 1生 を見 つ け た彼 は彼女 をたぶ らか し油 断 した と. 事 に注 ぎ,明 日には汽車 に乗 って帰 るか ら,と 何 度 も. ころで 殺 して しまい 自分 の 負 けた ぶ んを取 り戻 そ う と. 手紙 を書 い て い るが そ の 放 蕩 は 10年 も続 い た。誰 に. 考える。 しか しい ざ二 人きりになって殺そ うとした と. 強制 されたわけで もな い 自 ら陥 った この よ うな苦 しみ. き,そ の女が実は男だった とい うことが分かる。互角. か らや っ と抜 け出 した と き作者 は人間 とは ど うい うも. の力 を持 った二 人は互 い に殺 しあう結果 となる。 これ. のか とい う ことが分か ったのか も しれ な い。賭 け の遊. は滑稽な タッチでテ ンポよ く書かれた短 い物語 の中に. びをぱった りとやめた彼 の それか らの創作 の 数 々は驚. も人間のあさましさや強欲 といった ものが よ く描かれ. くべ き精力 を もって な され ,ド ス トエ フスキーの 名 は. て い る。 この主 人公 の 男 は賭 け を遊 んで はい なか っ. わ りを持 ってい る。彼 は外 国へ 旅す るこ とを夢 見 て い. い まなお世 界中で知 られて い る。 しつ こい まで に賭 けにつ い て書 かれ続 け た この作 品. Rθ κ ε θん″ ″. た。金銭 の安易 な獲得法 と して賭 けに挑 んだため に人 生す ら失 って しまった。. は賭 け の遊 びが 問題 で はな くて ,人 間 とは何 か ,人 生. この よ うな例 を見 る限 り,賭 け の遊 びで 楽 しむには. とは何 か , とい う ところが 問題 なので あ る。 この作 品. しっか りした自分の気持ちがないと危険であるとい う. は悪 徳 出版者 との 契約 のために大急 ぎで作 られた物語. ことがわかる。ゲーム としての認識を忘れ軽い気持ち. であ るが 彼 は賭 け とい うもの を通 して人間の普遍的 な. でただ単に儲かればいい とい う人はたちまち賭けの罠. 心理 を追究 したのであ る。. にひっかかってしまう。. これ と同様 に賭 け の遊 び を発端 と しなが ら,そ れ を. そういったことを考えると,カ ジノや競馬場 といっ. 超越 し人間 とは ど うい うものか とい う問題 に まで掘 り. た場所での賭けの遊 びには,社 交や普段 と違 う場所 に.
(7) 西岡. 杏奈 :フ ラ ンソ ワーズ 0サ ガ ンの作 品 と遊 び. い る とい った少 し模擬 の遊 びの よ うな他 の 意味 も含 ま. 表 3. れ るので ,安 易 な金銭獲得手段 とい うイメー ジが 緩和. 本 の タイ トル. 出版年. され るか もしれ ない 。 しか し同 じ場所 を使 った遊 びな. 悲 しみ よこんにち は. 1954. カ ンヌ (フ ラ ンス ). カジノ. ブラームスはお好 き 。・・. 1959. パリ. 42112). だ レースの結果 を気 にす る者 や ,カ ジノで もス ロ ッ ト マ シー ンで一 人遊ぶ者 は安易 な金銭獲得 を 目的 と して. す ば ら しい雲. 1961. パ リ (フ ラ ンス ). 賭 け を してい る よ うに思 われ る。 それは富 くじを買 う. 熱 い恋. 1965. パ リ,リ ール通 りの 競 馬 カフェ (フ ラ ンス). 優 しい 関係. 1968. アメ リカ. だ。想 像力 を伴 わない遊 び方 ,文 化 的 な背景 を伴 わな. 冷 た い水 の 中 の川 さな太陽. 1969. リモ ー ジ ュ (フ ラ ン ブ リ ッジ ス). い そ の よ うな遊 びに対す る姿勢 は単純 に言 って しまえ. 心 の青 あ ざ. 1972. パリ. ばお もしろみ に欠 け る。. 失 われた横顔. 1974. パ リ (フ ラ ンス ). ブ リッジ. ジ ゴロ (絹 の瞳 ). 1975. パリ. 競馬. 5つ の気 晴 らし. 1975. ミュ ンヘ ン (ド イツ) カ ジ ノ. 釣 り遊 び. 1975. ノルマ ンデ イー ラ ンス ). あ る夜. 1975. パ リ,17区 の カフェ フラ ンスで 知 られて い ない賭 け. る。次 に示す 表 3は エ ツセ ー とイ ン タビュー集 を除 い. 猫 とカ ジ ノ. 1981. ニ ー ス (フ ラ ンス ). た作 品 の 中か らカイ ヨワの い う「運 の遊 び」 の要素 を. 遠縁 の従姉妹. 1981. バ ー デ ン ・バ ー デ ン カ ジ ノ (ド イ ツ ). タイ ミングの問題. 1981. パリ. 三人称単 数. 1981. パ リ (フ ラ ンス ). 厚化粧 の女 (上 ). 1981. カ ンヌ (フ ラ ンス ). 夏 に抱 かれて. 1985. ドー フ イネ (フ ラ ン ポ ー カ ー ス). 水彩画 のような血. 1987. 南 フラ ンス. ジ ン ラ ミー. 愛 は束縛. 1989. パ リ (フ ラ ンス ). 競馬 421. 逃げ道. 1991. フラ ンスの 田舎. ブ リッジ 競馬. Un chagrin de pas― sage. 1994. パ リ (フ ラ ンス ). のに例 えば毎 日の よ うに場 外馬券場 で馬券 を買 ってた. 感覚 に近 いの で はない だろ うか。 パ チ ンコ店 とカジノ や競 馬場 との違 い はそ こに ドラマ が生 まれ に くい か ら. 2. サ ガ ンの作 品 の 中 の 「運 の遊 び」 フラ ンソ ワーズ ・サ ガ ンの これ まで発 表 された作 品. には 19編 の 中 ,長 編作 品 (戯 曲 を含 む)と 2冊 の 短 編 集 ,2冊 の エ ッセ ー ,2冊 の イ ン タ ビュ ー 集 が あ. 含 む描写 をす べ て抜粋 し,年 代順 に ま とめた もので あ る。 表 4は 賭 けの遊 び別 に登 場頻度 を表 した もので あ. 賭 け の場 面 の場所. (フ. (フ. (フ. (フ. ラ ンス ). 競馬 カー ド. ジ ン ラ ミー. ラ ンス). 競馬. ラ ンス). (フ. ン 一. ツ ラ カ. リ. 一 ぃ ンヽ ミ 一. 競馬 ポ ー カー. ,. 表 4に よって カジ ノの 登場頻度が 一 番高 い ことか らカ ジノが 描 かれ る作 品 に絞 るこ とにす る。 カジノ とい っ て もそ の 中にある遊 びには さまざまな ものが あ る。 ル ー レッ ト,バ カ ラ,ス ロ ッ トマ シ ー ン, な どで あ る が ,こ こで はそれ らの カジノでの遊 びの種類 は問題 に. 一. ,. それ はカジノが 施設 と してその存在が本 質的 に持 って. ラノ 馬 ンジ 既ジ カ 並. しない 。次 にその 5作 品 の 中か ら二つ 選 んだのだが. カジ ノ. ブ ジ ポ. 本稿 で は二 つ の作 品 に絞 って考察 を試み る。 まず. (下 ). カジ ノ. ジ ンラ ミー. ラ ンス). る。 もちろん い くつ かの遊 びは金 銭 の賭 け を伴 う とは 限 らない とい うこ とは確 かであ る。. 賭 け の種類. い る面 につ い て注 目す るか らであ る。その 意味 で 処女 作 の 『悲 しみ よこんにちは』 と 『猫 とカジノ』 とい う 短編 を取 り上 げ て カジ ノの 役 割 に つ い て 考 察 して い く。. 表 4. サ ガ ンの作 品 中に登場す る賭 け. 登場 回数. カジ ノ 競馬. 2.1「 大 人の世 界」 の 象徴 と しての カジノ サ ガ ンの作 品につい て しば しば い われて きた ことの. ジ ン ラ ミー ブ リ ッジ. ひ とつ に,ど の物語 の主人 公 もなん とな く似 て い る と. 421. い う こ とが あ る。それはサ ガ ンが たびたび登場 人物 に. ポ ー カー. ブルジ ョワ と呼 ばれ る社 会 的地位 を設定す るか らだ。. フラ ンスで 知 られて い ない賭 け ご と. 処女作 の 『悲 しみ よこんにちは』 で す で にそれ は表 れて い る。主 人公 は 17歳 のセ シル とい う女 の 子 で あ. の 家 で ヴ ァカ ンス を一緒 に過 ごす。父親 の 若 い彼女 と. る。 彼女 は仕事 が よ くで きて女性 に ももてるや もめの. 一 緒 で あ るがセ シル はその こ とをなん とも思 ってい な. 父親 と普段 は離 れて暮 ら して い るのだが ,あ る夏 海辺. い。 そ して現地で知 り合 った男 の子 と恋 す るの だが. ,.
(8) 甲南女子大学大学院論集第 8号. 言語 。文学研究編 (2010年 3月. ). それ は好奇心 か ら くる ものでセ シルは本 当 の愛 につい. 母親 ふ うに説教 をす るア ンヌの登場 に よって侵害 さ. て悩 む こ とはな い 。そんななか途 中か ら合流 した大 人. れ,や がてア ンヌの影響 で 自分 も親なのだと役割 を思. で洗練 されて い て教 養 の あ る女 性 ,ア ンヌが父親 と結. い出 した父親はア ンヌとカジノに遊びに行 く。. 婚す る と言 い 出 し,そ れ に反発 を覚 えた彼女 はその女. この「締 め出 し」 はセシルの心理 を考 えると,と て. 性 を結果的 に追 い詰 め ,女 性 は事故 とも自殺 ともい え. も象徴的であるように思われる。 カジノとい う不可侵. ない 死 を遂 げる。. 領域 はアンヌヘ の嫉妬 をさらに強 くす るものだったの. この作 品が世 界的 ベ ス トセ ラー となった理 由 はなん. ではないか。物語のなかで具体的にはア ンヌに対 して. だろ うか。 サ ガ ンがセ シル と重 ね られ ,自 分 の体験 を. 向けられた嫉妬 を含むセシルの もや もや した感情は結. 語 ってい る と思 われた こ とも読者 の興味 をひい たのか. 局著者 のサガンによって「悲 しみ」 と名付 けられ よう. もしれ な い。実際サ ガ ンは 自由奔放 に遊 び まわ って い. とす るのだが ,そ れは大 人に憧 れ,背 伸 び を しなが. たので ,保 守的 なブ ル ジ ョワの 人び とか らはセ シルの. ら,ま だ子供 でいたい とい う思春期独特 の,い わば誰. 生活 や考 えは不道徳 な もの として捉 え られ,セ シル と. しもが共有で きる感情 であったのではないだろ うか。. 同年代 だったサ ガ ンに もそ の イメー ジを当 てはめた。. この共有で きる「 もや もや」が書かれてい るか らこそ. セ シルの性 に対す る無 防備 さは,こ の 時代 ス キ ャ ン ダ. た くさんの人に読 まれたのだ。みんなもや もや してい. ラ スだ つた。 しか しそ うい った作家 とい うイ メー ジの. るのだ,と 知ることは一つの読書 の意味であろう。. 作 品だか ら売れたのか とい う と疑 間が残 る。. それは作者 自身にもいえる ことである。 この作品を. 人は新 しい もの に興味 を示す。 この作 品 の なか には. 書 いた当時サ ガンもまた,こ の境界線 を越 えられない. あ る種 の新 しさが あ ったので あ る。 この 時代 の背景 も. ところにいて,そ の もどか しさがあ ったはず だ。『悲. 関係 あ る とい える。戦争 も終 わ り,世 界中で若者 た ち. しみ よこんにちは』 で描かれ るカジノはカ ンヌで あ. は ど う生 きるのか を模 索 して い た。『悲 しみ よこん に. る。サ ガンが法律 に従 い 21歳 の誕生 日の夜 に足 を踏. ちは』 が発 表 され たの は 1954年 で あ るが ,1950年 代. み入れたの もカンヌのカジノだったことは偶然 ではな. とい えば ,世 界 中 で 第 二 次世 界大 戦 の 混 乱 も落 ち着. い ように思われる。彼女 はのちに「人は賭博者に生 ま. き,社 会的 に も新 しい価値観や考 え方がでて くる ころ. れるのだ,赤 毛に生 まれるの と同 じように」 とい うよ. であ る。 日本では戦 後経済的 にはア メリカの 影響 を受. うな ことばで,人 びとに自分 の賭け事好 きを納得 させ. け て い る こ とは言 うまで もないが ,文 化 的 ,精 神 的 な. ようとするが,ほ んとうは もっと素朴で単純 な「大人. 面 に関 しては フラ ンスの 影響 も大 い に受 けて い た とい. へ の憧れ」 といった素直なものだったのではないだろ. える。 フラ ンスで は 第 一 次大戦 の ころか らあ ったアプ. うか。高校生が制服 を着替 えてパチ ンコ屋に行 くよう. レ・ ゲ ー ル. (aprё s. guere)日. 1と. い う こ とば は 日本 で も. なものだろうか と考えたが,ち ょっと隠れてやっての. 第 二 次大戦 後 もてはや された。 この 点 に関 して もサ ガ. けられるようなものは結局大 した ものではない し,そ. ンの 『悲 しみ よこんにちは』 は この 時代 に うま く合致. のため境界はあい まい なものである。大人が見て見ぬ. して い たの だ。 この よ うに新 しい価値観 を模索 す る若. ふ りがで きないカジノとい う場所 は法 によってかな り. 者 た ちに支持 を得 た こ とは大 きな理 由 の一 つ で あ る と. 厳 しく統制 された遊 び場 で あ り,19歳 のサ ガ ンに と. い える。. ってほぼ絶対的な境界線が引かれてい るのである。先. しか しそれだけで は世 界中で 読 まれ るほ どの作 品 に はなって い な い だろ う。や は リサ ガ ンが 人間の普遍的 な心理 ,つ ま り父親 と娘 の 関係 を前提 と した嫉妬 ,憧 れ ,単 純 な好奇心 ,な. ど思 春期独特 の精神 の 鋭 さの よ. うな もの を書 い て い るか らではな い だろ うか。. にみた賭けとの出会い をみれば彼女がその 日をどれほ ど待ちわびていたかが分か る。 賭けの遊び場 であるカジノが,サ ガンが まだそれを 経験 してい ない時代に書かれた作品のなかに表れてい ることを考えると,そ れが単純 に賭けの遊びとしての. そ こで カジ ノの 存在 を通 して セ シルの心理 をみてみ. 楽 しみを描 いてい るとは考 えに くい,と い うところか. る。 17歳 のセ シル は 法律 的 に カ ジ ノヘ は入 れ な い 。. ら考察 し,カ ジノは「大人の世界」 とい う象徴的なも. そ の「大 人」 と「子 供」 の境 界 の よ うな場所 は不可侵. の として扱われてい るのではないか,と い う考えに至. の聖域 の よ うにセ シル を拒 む。 開放 的 な ヴァカ ンスで. ったわけである。. の「友達 の よ うな」 父 親 に対す る同等意識 と共犯意識 は ,途 中か ら急 に現 れた 自分 を子供扱 い し,「 宿 題 を. 2.2 セカン ドリアリテイーヘ の入 り口 としてのカジノ. しな さい」 とか「好 き嫌 いせ ず に食べ な さい」 な どと. 次に もう一 つ のカジノを描 い た 『猫 とカジノ』 (L`.
(9) 西岡. 杏 奈 :フ ラ ンソ ワーズ ・サ ガ ンの作 品 と遊 び. い う 1981年 に発 表. 的な方法 を選ぶ ことで,よ り現実か ら遠 ざかることが で きる。人がそれぞれの立場 で持 つ現実的な金銭 の価. された短編集 の なかの 一 編 で ある。 ニー ス に住 む専業. 値 はカジノでは平等 に扱われるか らだ。パ ンを買 うた. 主婦 の主人公 は飼 い猫が とな りの家 の庭 に入 り込 んだ の を追 い か けて い き,隣 の家 の若 い女主 人 と浮気 して. めにとっておいたお金で も,も ともと余 っていたお金 で も,カ ジノの中ではチ ップヘ と姿 を変え,緑 の台 の. い る夫 の姿 を 目撃す る。 そ の まま家 に帰 った彼女 は夫. 上では同 じ意味で存在 してい る。つ まり賭 け られるか. か ら預 か った生 活 費 を銀行 に預 けに行 く途 中,ふ と目. 賭 けられないか とい う問題 だけである。浮気 した夫 の. につ い た地 元 の 住 民 には縁 の な い カジ ノ に入 って い. 稼 いだお金 を消費 して しまうことで腹 いせ しようとし. く。腹 いせ もあ って生 活費 の すべ て を 8に 賭 け続 けた. て も,そ れを自分 の欲求 を満たすたとえば物欲や食欲. 彼 女 は 途 方 もな い 大 金 を手 にす る。 これ で 離 婚 して. に使 っていたら,彼 女は「 自分 の欲 を満た した」 とい. 悠 々 自適 に暮 らす こ ともで きたが彼女 は結局そ の す べ. う罪悪感 を持 って しまっただろ う。 まさかの幸運に よ. て を寄付 す る。 最後 の場面 で何 食 わぬ顔 で帰 って きた. って消費す るどころか,本 当の意味で現実逃避 で きる. 夫 を猫 と一 緒 に普段 と同 じ顔 で迎 える彼女 の姿 が印 象. 権利 を手に入れた彼女 はそれを寄付 とい う形 で手放す のだが,そ の行為 こそが夫へ の腹 いせになってい る。. jれ θ んα′ι ′Jθ θ α∫ θ)と い う作 品 は 『赤 い ワ イ ン に涙. が。 _』. sグ ιsθ ′ れι)と (M“ s,9“ θ. 的 であ る。 まず この 8と い う数字 は気 ま ぐれか ら選 ばれた もの. 夫 の稼 い だお金で,夫 と自分 に関係 の ある数字 に賭. ではない 。サ ガ ン 自身 の ,ド ー ヴ イルの カジノで 8に. け,手 に入れた幸運 を受け入れることは夫その ものを. 賭 け続 け 8月 8日 の朝 8時 に 80000新 フラ ンの勝 ちで. 受け入れ ることにな りかねない。それをあ っさ りしか. カジノを立 ち去 る とい う ドラマ テ イックなエ ピソー ド に端 を発 して い る。 もっ ともサ ガ ンの場合 は寄付 せ ず. も寄付 とい う善行 によって手放す ことでこの主人公は 精神 の清潔 さを保 っている。 高潔 で さえあ る とい え. に家 を買 ったのだが 。 そ して この 8と い う数字 につ い. る。唯一の秘密はその一連の ドラマテイックな出来事. て作 品中 で は,主 人公が 8月 8日 に結婚 し,8番 地 に. を夫に話 さない とい うことであるが,彼 女 はこの秘密. 住 んで い る とい う理 由が挙 げ られて い る。 この エ ピソ. を夫の秘密 と同等 の ものだとしてい るのだ。「一線 を. ー ドな どは,賭 け事 に慣 れ親 しんだサ ガ ン らしい とこ. 越 えた」者同士 ,お あいこなのである。 この意味にお. ろがみ える。数字 を選ぶ こ とに よって賭 け の行方が決. いてカジノの持 つ境界性 は主人公の心理に大 きな役割. 定 され る以上 ,そ の 数字 の選択 は重 要 であ るか らだ。. を呆た してい る。. 自分 と関 わ りの あ る数字 を選ぶ こ とで 数字 と自分 の一. この物語 の設定それ自体は特筆すべ きものではない が,主 人公にとってカジノはセカ ン ドリアリテイーで. 体化 をはか り単 なる数字 を特 別 な もの に変 える こ とが この物語 の主人公 はその 数字 に,結 婚 した 日と夫 と. あ り,彼 女 の現実 とは区別されてい る場所である。虚 構 の世界 は模擬 の遊びの ところで現れやす い性質であ. 住 んで い る家 の番地 とい う,夫 と 自分 に関わる数字 を. ったが,や は リカジノにもそ うい う佃1面 があるとい う. 選 んだ。 そ して大金が手 に入 った。それ は普通勝 ち と. ことがい える。主人公 ははっきりとカジノが 自分 の現. み な され る もので あ るが ,彼 女 に とってそれは負 け だ. 実世界には存在 しない ものである とい う認識 をもって. ったのか も しれ ない 。 占い とい うの は 自分が迷 った と. い る。だか らこそそ こで得 たお金,つ まり現実 を放棄. きに頼 る もの で あ る。 彼 女 の 迷 い が この 数 字 に託 さ. す ることは,夫 の浮気 も同 じように自分 の現実 の もの. れ ,そ の 数字 は緑 の 台 の上 で「 良 い結果」 を出 した。. としないでおこうとい う彼女 の意識 の表れだったのか. 彼女 はその出来事 を受 け止 め ,夫 との生 活 を続 け る こ. もしれない。現実にはカジノで勝てば家 を買って しま. とに した のか もしれ な い 。 しか しもっ と大 きな意味で この作 品 にお け るカジノ. うのが人間の性 だとして も,こ の物語 には賭 けの遊び の純粋 な虚構の世界 としての理想形が描かれてい るよ. の役割 はや は り境界 を示す ための もの と して存在 して. うだ。 この主人公 の行動 には潔 さとい うことばに も通. い る と考 え られ るのであ る。 法的 な問題 はな くとも普. じるある意味の軽 さが漂 う。そ うい えばサ ガンは「軽. 段 は絶対 立 ち入 らない種類 の人で あ る主 人公が カジノ. さとはエ レガンス」 だ と考えていて,そ のような軽 さ. ヘ 入 って い くと き彼女 は心理 的 にあ る線 を越 えて い る. は人生 を楽に して くれ るものだ と好 んだ。. で きる。. のだ。 それ は現実 か らの逃避 ともい える もので あ り ,. 彼女 は賭 け を楽 しむため にそ こへ 入 ったので はな い。 同 じお金 を「消 費」す るので も自分 に とって非現実.
(10) 甲南女子大学大学 院論集 第 8号. 言語 。文学研究編 (2010年 3月. ). か と考 えた。 ま. と. め. サ ガ ンの 作 品 にお け る カ ジ ノ に つ い ての 描 写 を分析. する ことによって遊びの場 としてのカジノとい う認識 本論 で はサ ガ ンの作 品 と賭 け の遊 びの 関係 を考察す. か ら,人 の心理に関わる存在 としてのカジノとい う一. る こ とが 目的であ ったが ,第 一 章 で ,ま ず今 回使用 し. 面 を導 き出 し,普 段意識することの ない,法 律 によっ. て い るカイ ヨワの遊 びの理 論 の 多様性 を示 し,サ ガ ン. て,社 会常識によってそれがふつ うにあるもの,そ う. が それ らとどの よ うに関 わ りが あ るのか をみた。サ ガ. い うものだ,と 思われてい るものにも視点 を変えてみ. ンと遊 びの 関係 は表 で 見 た よ うに競 争 の遊 びにつ い て. ると,異 なった側面が浮かび上が って くる。. は 当 ては まる ものが見 い だせ なか ったが ,そ の 他 三 つ. 処女作 『悲 しみ よこんにちは』 に現れるカジノの存. の遊 びの項 目にお い て ,そ して文 化 的 ,社 会的 ,堕 落. 在 を大人の世 界 との絶対的な境界である と位置づ けた. とい う面 にお い て 幅広 い 関 わ りを持 ってい る とい う こ. が,そ れはまだ若 い,背 伸 び したい年頃のサガンだっ. とが わか る。 これ に よってサ ガ ンに とって遊ぶ こ とは. たか らこそ持 ち得 る鋭 い新鮮 な感覚であっただろ う。. 単 なる気晴 ら しや余暇の楽 しみで はな く,人 生 に とっ. 『猫 とカジノ』 では平几 ではあるが成熟 した大人の女. て大 きな存在 で あ る と考 え られ るのだ。 第 二 章 で は 第 一 章 で 示 した概 観 の 考 察 を さ らに深 め ,サ. ガ ンには賭 け の 遊 び (運 の 遊 び),ス ピー ドと. 性 の 日常に夫の浮気 とい う事実か らの逃避の場 として のカジノを登場 させ ることで現実世界 との境界を示 し てい ると考えた。. の 遊 び (舷 量 の 遊 び),演 劇 (模 擬 の 遊 び)と い う関. 今回賭 けの遊び,そ の中で もカジノについて考察 を. 係が あ る とい う こ とか ら,そ れぞれの遊 び との出会 い. 試みたが,他 の遊びについて も今後 の研究の材料 とし. を述 べ ,サ ガ ンのエ ッセーや イ ンタビュー か らそれ ら. てさらに深 く,広 く考えてみたい。. の遊 びに対す る彼女 の 考 えは どの よ うな もので あ った ヽ か を示 し,彼 女 に とっての遊 びには′ 亡 理 的 な要素が大 き く関 わつて い るので はな い か と考 えた。その なかで 車 に よる忘 我 の境 地 へ 達す る ス ピー ドヘ の 陶酔 と,書 かれた こ とばの 変化 や幕 が上が る瞬間の「当た り」 か 「 はず れ」 を楽 しむ演劇 の 楽 しさに比 べ ,賭 け の 遊 び. 注. 1)『 遊 び と人 間』 p106. 2)/bjこ p236-261.. 3)乃 jtt p 60. 4)Aソ. θη θ ルタr sθ ソ “`41i41984,Gallimard.p93-94. “ “ 5)物 理学用語 ,重 力加速度の単位。 (大 辞泉 ) j′. `θ. の 楽 しみ は金銭 の動 き とい う目に見 える結果が伴 う こ. 6)ル Jこ. とか ら表面 的な欲望 とい う面が際立 ち心理的 な意味が. 7)『 遊 び と人 間』 p236.. ない ように思 われた。 しか し賭 け の遊 びには人 間 の 本. 8)ル ,こ. p95。. p31.. 、 亡 理 的要素があ る こ とか 性 をあ らあわにす る とい った′. 9)『 遊 び と人 間』 p312-322参 照。 10)カ イ ヨ ワは遊 び を定 義 の ひ とつ に虚構 で あ る こ とを. らサ ガ ンの なかで どの よ うな存在 であ ったか をさらに. 挙 げて い るが ,そ の 説 明 と して 日常 に対 して は っ き り. 考察 し,作 品 の 中にそ の 要素 を探 す こ とでサ ガ ンに と. と非現 実 と認 識 す る こ と,も し くは 二 番 目の現 実. っての賭 け の遊 びや作 品中 の役割 をつ き とめ られ るの で はない か と考 えた。 そ の なかで もサ ガ ンが 出会 い を 心待 ちに して,そ の 後 も長 く深 く付 き合 う こ とになっ た カジ ノの存在 に注 目 し,考 察 の 焦点 を絞 った。 そ のため に第 三 章 にお い て,他 の 文学作 品 にお ける 賭 け の遊 び を例 と して い くつ か示 し,そ れ らを踏 まえ た うえで ,サ ガ ンの作 品 の 中で賭 け の遊 びが どの よ う に表 れ ,そ れは ど うい う役割 を果 た して い るのか とい う こ とを,二 つ の作 品 を とお して分析 した。遊 びの心 理 的 な重要性 とい う ところか ら,境 界 とい うキ ー ワー. い る。 セ カ ン ドリア リテ イー とい った ほ うが イ メー ジ しやす い の で は な い か と考 え , こ こで は この よ うに記 した。. 11)Rク θ4sι s,p65。 12)421と は,お もにパ リの バ ー カ ウ ンター な どで 行 われ る三 つ のサ イ コロ とチ ップ を使 ったゲームで あ る。 13)1。. 第 一 次大 戦 後 ,フ ラ ンス な どに興 った芸 術 上 の 新. 傾 向。 日本 で は 第 二 次大 戦 後 ,新 文 学 の 創 造 を試 み た 野 間宏 ,中 村真 一 郎 な どが 代表す る。. 2.戦 後派 。特 に第 二 次大戦 後 ,従 来 の思 想 ・道徳 に 拘 束 されず に行動す る若 い 人 々。 (大 辞泉 よ り). ドを導 き出 し,物 語 の なかでの カジノの役割 が遊ぶ た めだけの場所 で はな く現実 的世 界 とはっ き りと区別 さ. (も. し くは もう一 つ 別 の 現 実 )で あ る とい う認 識 を求 め て. 参 考 文 献 使用 テ クス ト. れた場所 と して捉 え,そ こへ 足 を踏み入れ る とい う こ. Bθ 4」 iθ ′ rル Jsた ssι. と 自体 に心理的 に象徴 と しての意味が あ るので はない. L`θ 力α′ `′. (PanS:JuHiard,1954). ′ ι εαsjれ θ (ν Sj9“ `sル “. Sθ れ. ιs. i Paris: Flam―.
(11) 西岡. 杏奈 :フ ラ ンソ ワーズ 0サ ガ ンの作 品 と遊 び. marion,1981). 短編集 jι Dι s y`“ χグ `sθ. フ ラ ン ソ ワ ー ズ ・ サ ガ ンの 作 品 Bθ 4Jiθ. ″. ssι (Paris:Julliard,1954) ′rル Js′ ι. ιrttjれ し:4 θ. sθ. 夕rj″. (Paris:Julliard,1956). Dα れ s′ れ θJs,グ αれ s“ れαれ. (Paris:Julliard,1957). エ ッセ ー. “ ソ θ′sB“ ん s。 … (Paris:Julliard,1959) `z― “ Lι s“ ι ″ 夕χん αgι s(Paris:Julliard,1961) `jJJι “ Lα Cん α α グι (Paris:Julliard,1965) “ Lι Gα rグ ε θι ′r(Paris:Julliard,1968) `グ “ 磁 ρ ル sθ J`jι あ れsJセ α /raJル (Paris: Flammarion, `タ “ Aルη. 1969). j′. θ んj`ん θ θθ みαれ′ (Paris:Flammarion,1980) “ Lα ル θ.力 rグιι f,2(Paris:Ramesey,1981) ““ びれθ gι j“ θbj′ ι (Paris:Jean― Jaques Pauve■ ,1983) “ “ Dι g′ ι αss`(Paris:Gallimard,1987) Lι. `rrι. Un sang d'aquarelle(Paris:Gallimard,1987) Lι s. sε 2κ. (Paris:Flammarion,1975) θ s(Paris:Flammarion,1981). イ ン タ ビュ ー 集. R(夕 θれs`s(Paris:Julliard,1964) Aソ Rク 一. ι んjr(Paris:Gallimard,1984) ε θん ιjJ′ θ r sθ ソ ι “ “ “ “ Jj?況 ι s(Paris:Quai V01taire,1992) んj`(Paris:Julliard,1993) α瑕 ρα′ “ “. 況′ ι ,ct′ θ. その他 の 参 考 文 献. Cai1lois,Roger: L`sブ ιχ α Lι s〃θ. υκρ βJ ρι〃夕 (Paris:Flammarion,1974) “ Lι Jj′ グ (Paris:Flammarion,1977) ψ. Lα Lα jssι. "sj9“. θ sル. (Paris: Julliard,1989). Fα ttχ ― れ徳 /2ッ α. υれθ んαgrjれ グ. `ρ. (Paris:Julliard,1991). αssα gι (Paris: Plon,Julliard,1994). L`“ j“ jrを αだ (Paris:Plon,1996). ““`s(Le masquc et le. “. venige),Gallimard,1967. (多. 田 道 太 郎 ・ 塚 崎 幹 夫 訳 『遊 び と人 間』,講 談 社 学 術 文 庫 ,1990). JEⅨ ET SPθ Rttr 1967). Encyclop6die de la P16iadc(Paris,. Dostoiievski,F6dor: L`ノ θ ι r(Paris,Folio. ι (oeu_ “ `Pj9“ tes,tome l,6ditions l'age d'homme: 1973). Pouchkine,Alezandre,sergu6宙. vres complё. classiquc,Galli―. ““. mard,1996). Tch6khov,Anton: Lι. tch: Lα グα ιグ. Pα rj(Ocuvres II,Bibliothё que. de La. P16iade,Gallimard,2001) ι (Ocu_ θ″″ α Cι κι 放′ Apollinaire,Guillaume:I力 R`ん ε `ν “ vre en prosc I, Bibliothё que de La P16iade, Gallilnard, 1977).
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