• 検索結果がありません。

機械学習による情報論的量子状態の異常検知(<特集>データ中心科学)

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "機械学習による情報論的量子状態の異常検知(<特集>データ中心科学)"

Copied!
7
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

1.は じ め に

さまざまなセンシング技術や情報収集ネットワーク技 術の発展に伴い,社会や科学技術のほとんどの分野にお いて,多数の項目が複雑に結び付いたデータを解析する ニーズが増大している.近年,語られることが多いビッ グデータも,データが含む事例件数が多いだけではなく, さまざまな対象やそれらの相互関係に関する複雑なデー タであることが多く,同様な解析ニーズを生じている. 実社会におけるデータ解析として,例えば医療分野にお いては,検査項目の増大や治療・投薬内容の複雑化に伴 い,多数の項目と治療効果との複雑な関係を膨大な患者 データから把握する試みが盛んになっている [Yoshida 13].先端科学技術分野でも,例えば生化学分野では, DNA塩基配列上の膨大な SNIP 間の活性関係ネットワー クやそれと発現形質との複雑な関係を同定するニーズが 増している [Marchini 05, Sugiyama 14].さらに対象系 の物理状態を精密に測定・制御する手段の発達に伴い, 物理学分野でも対象の物理的状態を多数状態モード(項 目)間の複雑な関係として表現することが要求される場 面が増えている.その端的な分野が,対象系の量子状態 によって情報を表現し処理する手段を探求する量子情報 処理研究である [Nielsen 10, Takeuchi 14]. 量子情報処理の関連研究としては,物質や場の量子 状態によって情報を表現し,それに量子的操作を加え ることで種々の計算を実現する量子計算の研究が代表 的である [Nielsen 10].さらに近年では,量子暗号通信 [Gilbert 15]や量子計測 [Ono 13] など,量子情報処理の 原理をより広範な分野に適用する研究が盛んになってお り,量子情報処理の近未来における実用化が期待される 状況となってきている.後述するとおり,これら何れに おいても,対象系の物理的状態を多数状態モード間の複 雑な関係を表す行列として精密に表現し,かつそれを高 精度・高信頼に処理することが求められる.量子情報処 理の実用化は,この可否にかかっていると言っても過言 ではない.しかしほとんどの場合,量子状態は光子や電 子など極めて小さな対象を含む系で観測される現象であ り,系を取り囲む環境条件のわずかな変化や偶発的な外 乱からの影響を受けやすく,すべての操作をノイズなし に実行することは難しい.そこで,筆者を含む研究グルー プでは,このように対象系がノイズで乱された場合を 量子情報処理過程から除去すべく,最新の機械学習手法 を用いて,行列で表される系の情報論的量子状態を監視 し,その異常をいち早く検知する手法の開発を行ってい る [Hara 14].多数状態モード間の複雑な関係で表され る量子状態の異常検知に関する研究は,世界的にもこれ まで手付かずであり,そのさらなる展開が期待される. 本稿では,以上を背景として,まず量子状態が有する 性質とその情報論的表現である状態密度行列について説 明し,その後,機械学習の量子状態異常検知への適用研 究の現状について述べる.

2.量子状態とその情報論的表現

2・1 量子状態の性質 微小な世界では,光子や電子のように物質や場が波動 と粒子の性質を同時に有することがよく知られている. 図 1 は,Young の実験として知られる二重スリットを用 いた光の回折・干渉実験の模式図である [Feynman 64]. レーザなどの光源から出た光が,左右の縦長スリット

機械学習による情報論的量子状態の異常検知

Anomaly Detection of Informatical Quantum States by Using Machine

Learning

鷲尾  隆

大阪大学産業科学研究所

Takashi Washio The Institute of Scientific and Industrial Research, Osaka University.

[email protected], http://http://www.ar.sanken.osaka-u.ac.jp/

Keywords:

quantum information processing, machine learning, experiment of quantum information measurement,

quantum state, anomaly detection. 「データ中心科学」

(2)

L, Rに入射すると,それぞれ異なる光路長を通過した光 の波動同士が重なって強め合うまたは弱め合う現象を生 じ,スリットの背後に置いた感光剤を塗布した写真乾板 に干渉縞と呼ばれる縞模様を投影する.これは光の波と しての性質を体現する現象である.一方で,光は光子と 呼ばれる基本的なエネルギー単位の粒子の集まりである ことが知られている.その観点から直感的に Young の 実験結果を解釈するならば,光源から多数の光子が同時 に射出され,それらが個別に L, R のスリットに分かれ て通過することによって,光子が飛行した光路長の違い から波として干渉して,写真乾板上に干渉縞をつくると 考えることが自然である. 一方で,各時刻には 1 個の独立な光子しか発生しない ような極微弱な光源を用いた場合にも,各光子の写真乾 板上の到着地点の長時間にわたる積算分布が,干渉縞の 強弱と同様な分布を示すことが知られている.この場合 には,1 個の独立な光子が L, R の両スリットを同時に通 過するという「多重状態」を取り,それらの状態同士の 重なりと光路長の違いによって干渉して,写真乾板上で 観測された瞬間に,干渉縞の濃淡に比例した確率でその 1地点 O に「射影」されると考えざるを得ない.光子や 電子の量子状態の特徴として,しばしば我々の日常的常 識から大きく外れる波動と粒子の二面性が語られる.し かし,それらはむしろ外面的なものであり,それらをも たらす量子状態のより本質的な性質は,この多重性と射 影である [Nielsen 10].量子状態は,一般に観測の直前 までは多重状態を取り得る.そして,ある確定状態への 射影が,量子状態の観測という行為である. 2・2 1 量子の情報論的表現 量子情報処理では,このような多重状態を用いて情報 を表現するが,その体系的かつ理論的な取扱いのために は,量子情報の一般的数理表現である状態密度行列が用 いられる [Nielsen 10].前述の Young の実験でも構わな いが,以下では現実の量子情報処理のイメージをより良 く理解するために,同分野の研究において多用される図 2に示す光子の水平波と垂直波の多重状態の例を通じて 説明する.一般に光の波動は,直交する二つの振動成分 の混合である.ここでは,それぞれを水平波 H,垂直波 Vと呼ぶ.Young の実験の場合と同様に,個々の独立な 光子も一般には水平波 H と垂直波 V の 2 状態からなる 多重状態を有している. この図のように量子情報論では直交した 2 状態を,一 般的にベクトル|0〉= [1 0]Tと|1〉=[0 1]Tで表して区 別する.|ψ〉はケットベクトルと呼ばれる量子力学や 量子情報論で用いられる独特の列複素ベクトル記法であ る.また,これを共役転置した行複素ベクトルを〈ψ| で表しブラベクトルと呼ぶ.二つの列ベクトル|ψ1〉, |ψ2〉の内積を,片方をブラベクトルになるように共役 転置して掛けた〈ψ1|ψ2〉で表す.|0〉=[1 0]Tと|1〉= [0 1]Tの内積は〈0|1〉=0 なので,両者は互いに直交し た状態を表すことがわかる.また,ベクトルの 2 乗ノル ムによって,そのベクトルが表す状態が物理的に存在す る確率を表すことにする.あるケットベクトル|ψ〉が 2乗ノルム〈ψ|ψ〉=1 を有することは,それが表す状 態の存在確率が 1 であることを意味する.|0〉や|1〉 は 2 乗ノルムが 1 なので,それぞれ確率 1 で存在する水 平波 H,垂直波 V を表す.両者が一定の割合で重なっ た多重状態 ψは,図中の斜め波動 |ψ = 0.6 |0 + 0.8 |1 = [0.6 0.8]T の例のように表される.この 2 乗ノルムも 1 なので,こ のベクトルは斜め波動の状態が確率 1 で存在しているこ とを表す.この例では水平波 H と垂直波 V の位相がそ ろっているので|ψ〉は実ベクトルであるが,水平波 H とそれより位相がθだけ進んだ垂直波 V の多重状態なら ば, |ψ = 0.6 |0 + 0.8eiθ |1 = [0.6 0.8eiθ]T のような 2 乗ノルムが 1 の複素ベクトルで表現される. なお,前述のとおりこれらの多重状態を観測しても,水 平波 H か垂直波 V のどちらかに射影された結果を得る ことになり,多重状態そのものを直接見ることはできな い.いずれの場合も水平波 H,垂直波 V を観測する確 率は,〈ψ|ψ〉=0.62+0.82よりそれぞれ 0.36,0.64 である. 以上のようなベクトル表現は,あらゆる量子状態を 数理的に一意に表すことができる.しかしながら,多重 状態|ψ〉=[0.6 0.8]Tにある多数の光子を観測して水平 波 H を 0.36,垂直波 V を 0.64 の確率で観測するという 場合を表現することはできても,古典的に確定した水平 波 H の状態|0〉にある光子 36%と垂直波 V の状態|1〉 にある光子 64%が混じった光子群から 1 個の光子を観 測して,同様な結果を得る場合を表現することはできな い.現実の情報処理系においては,このような量子的多 重状態と古典的混合状態の何れも起こり得るばかりでな く,両者が入り混じる場合も存在する.そこで,両者を 統一的に表すことができる状態表現が必要となる.その ために,量子情報処理研究分野では,多くの場合に上記 のベクトル表現を拡張した状態密度行列という表現を用 いる. 純粋な多重状態|ψ〉を純粋状態と呼び,その状態密 度行列は,|ψ〉に右からその共役転置〈ψ|を掛けて得 られる複素行列|ψ〈〉ψ|で定義される.例えば,|ψ〉= 図 2 光子の多重状態とベクトル表現

(3)

[0.6 0.8]Tならば |ψ ψ| = 0.6 0.8 [0.6 0.8] = 0.36 0.48 0.48 0.64 (1) となる.これに対して,|ψi(i =1, …, n)がそれぞれ piの割合で単に確率的に混じった状態を混合状態と呼 び,その状態密度行列はそれぞれの純粋状態の状態密度 行列の線形結合 |ψ ψ| = n i=1 pi|ψi ψi| で与えられる.例えば|0〉と|1〉の 0.36 対 0.64 の混 合状態ならば, |ψ ψ| = 0.36 |0 0| + 0.64 |1 1| = 0.36 0 0 0.64 (2) となる.式(1)と式(2)の対角成分は同じであり,そ れぞれ対応する状態モードが観測される確率を表す.こ れに対して,非対角成分には大きな違いが見られ,これ らは量子的な多重状態の程度を表す.このように,状態 密度行列による状態表現を用いることで,量子的な純粋 多重状態から古典的状態の確率的混合状態までの幅広い 状態を表すことができる. ここまで,光子 1 個から成る系の状態のベクトル表現 や行列表現について説明してきた.このような二次元ベ クトルや 2 × 2 の行列によって表される情報の単位を 1 qbitという.古典的な 1 bit は必ず 0 か 1 の何れかであ るのに対して,上記の状態密度行列が表す 1 qbit の情報 量は明らかに多い. なお,状態を記述するために基準とする直交状態,す なわち状態空間の原点回りの直交座標系の取り方を変え ても,物理的な実態は変わらない.したがって,物理的 状態のみを問題にする量子力学では,複素ベクトル空間 における原点回りの回転操作によって同じ状態密度行列 に変換可能な状態同士は区別しない.これに対して量子 情報処理においては,人為的に基準とする直交状態を選 び,その下で与えられる状態密度行列によって情報を表 現するので,回転操作によって変換可能な状態密度行列 同士であっても,異なる情報を表すものとして区別する. この点は量子力学と量子情報処理の大きな違いである. 2・3 多量子の情報論的表現 本章では,さらに図 3 に示す 2 個の光子からなる量子 もつれ状態,すなわち量子もつれ光子対という特殊状態 の表現について説明する.量子もつれ状態とは,光子が 互いに完全に独立して存在しているのではなく,現在ま たは過去に光子間に働いた相互作用によって互いの多重 状態が制約された状態をいう [Nielsen 10].二つの光子 1,2 の多重状態をそれぞれψ1〉= [x1 y1]T,ψ2〉 =[x2 y2]T としたとき,量子もつれ状態においては光子 1 の水平波 Hと光子 2 の水平波 H の重なりの成分は x1x2*となる. なお,‘* ’は複素共役を表す.同じく光子 1 の水平波 H と光子 2 の垂直波 V の重なりの成分は x1y*2となる.光子 1 の垂直波 V についても同様であり,2 光子の純粋な量 子もつれ状態を表すベクトル表現は |ψ1ψ2 =|ψ1 ψ2 = [x1x2 x1y2 y1x2 y1y2]T で与えられる.ここで,⊗はテンソル積を表す.すなわち, 量子もつれ光子対では各光子の独立な二つの状態モード が組み合わさって,2 ×2=4 個の独立な状態モードが重 なった多重状態が生成される.例えば,おのおの|ψ〉= [0.6 0.8]Tという純粋な多重状態を有する二つの光子の 量子もつれ状態は, |ψψ = [0.36 0.48 0.48 0.64]T となる. これに伴って,量子もつれ光子対の純粋な多重状態を 表す状態密度行列も以下のように 4×4 の大きさに拡大 される. |ψ1ψ2 ψ1ψ2| = |ψ1 ψ1| ⊗ |ψ2 ψ2| = x1x∗1|ψ2 ψ2| x1y1∗|ψ2 ψ2| y1x∗1|ψ2 ψ2| y1y∗1|ψ2 ψ2| = x1x∗1x2x∗2 x1x∗1x2y2∗ x1y1∗x2x∗2 x1y∗1x2y∗2 x1x∗1y2x∗2 x1x∗1y2y∗2 x1y∗1y2x∗2 x1y1∗y2y2∗ y1x∗1x2x∗2 y1x∗1x2y∗2 y1y∗1x2x∗2 y1y1∗x2y2∗ y1x∗1y2x∗2 y1x∗1y2y2∗ y1y1∗y2x∗2 y1y∗1y2y∗2 さらに,このような複数の純粋状態の確率的混合状態は, |ψ1ψ2 ψ1ψ2| = n i=1 pi|ψ1ψ2 i ψ1ψ2|i で表される. このように,四次元ベクトルや 4×4 行列によって表 される情報の単位を 2 qbit という.状態密度行列は,上 三角部分の要素数の自由度を有するので,2 qbit の情報 量は 1 qbit の 3 倍以上である. 同様にして,n 個の光子からなる量子もつれ状態を考 えると,2n次元のベクトルないし 2n×2n行列によって 図 3  量子もつれ光子対

(4)

状態が表現されることがわかる.すなわち,行列の自由 度は4nに比例する.しかもそれらは多重状態を表すので, n〔qbit〕がもつ情報量は n が大きければ莫大なものに なる.量子計算機は,理論上,量子情報処理のこの性質 を利用することで一度に大量の演算を実施することが可 能である.また,量子的にもつれた光子群を用いて計測 や暗号通信を行えば,飛躍的に多くの情報を得たり通信 の秘匿性を高めることが可能になる.

3.量子トモグラフィーとその課題

はじめに述べたように,対象とする量子状態の状態密 度行列を高精度に知ることは,量子情報処理の基盤であ るが,個々の光子や電子などの対象を観測すると一つの 状態に射影されてしまうため,行列を直接計る手段は存 在しない.しかしながら Young の実験と同様に,同じ 多重状態や混合状態を有すると考えられる多数の対象を 観測してそれらの射影の分布を見れば,対象が従う状態 密度行列を推定することは可能である.このような状態 密度行列の推定方法を量子トモグラフィー [James 01] という. 図 4 は,量子もつれ光子対の量子トモグラフィーを行 う装置の概要を示す.観測対象とする量子もつれ光子対 が左から入射すると,各光子はハーフビームスプリッタ を 50%ずつの確率で透過または直角に反射する.した がって約半数の場合には光子が両方とも透過または反射 してしまうが,片方ずつ透過と反射する場合のみに注目 するために,光子が検出器 1 と 2 の両方で検出される場 合のみを一致計測回路で選択して記録する.それぞれの 検出器までの光路には,傾けて回折を起こさせることに よって光路長を変更し光子の位相を調整するための 1/4 波長板や 1/2 波長板と,光子の水平波または垂直波のみ を通過させるための偏光板が置かれている.詳細は省略 するが,あらかじめ設計されたこれら角度や偏光面など のパラメータの 16 通りの組合せそれぞれのもとで,多 数の量子もつれ光子対の状態射影の計数を行うことで, それら 16 個の計数値から状態密度行列を推定計測でき る. 実際の量子トモグラフィーでは,統計的精度の良い状 態密度行列を得るために長時間にわたり,多数の量子も つれ光子対を計数する必要がある.一方,その間に種々 の振動や温度変化によって,装置の光路長や偏光面がわ ずかに変化してしまうことがあり得る.状態密度行列の 測定は種々の条件変化に敏感なので,このような経時的 あるいは偶発的外乱の影響を少なくするために,1 枚の 状態密度行列を測定するのに要する時間を短くしたい. この矛盾した両方の要求を満たすために,通常は比較的 短時間に上述した装置の 16 通りのパラメータ条件をひ と通り変えて計数をスキャンして 1 枚の状態密度行列を 測定し,これを繰り返して多数の行列を得る.すなわち, kをρk=|ψ1 ψ2〉〈ψ1ψ2|kの計測値としたときに,状態 密度行列の測定を K 回繰り返して D={ k|k=1, …, K } という K 枚の行列からなるデータを得る.そして,それ らの中で異常なものを除いた行列を足し合わせ, ρ = ρk∈D normal ρk として統計的精度の高い状態密度行列を求めることが行 われる.このデータ処理上で計測精度を確保するために 鍵となるのは,可能な限り適切に異常な状態密度行列を 除去することである.そのためには,多数の行列の中か ら精度が良く異常な行列を探し出す異常検知方法が必要 になる.

4.状態密度行列の異常検知手法

以上のような異常検知を最も直接的に実現する方法 は,計測された状態密度行列を「正しい」状態密度行列 と比較することである.これまで述べてきたように,状 態密度行列を生成する物理的な過程は非常に明確に知ら れているので,その物理モデルから正しい状態密度行列 を計算して比較することが考えられる.しかし,このた めには量子トモグラフィー装置内の光路に関する「正し い」パラメータを用いて物理モデルを計算する必要があ る.しかし,実験装置の真のパラメータを知ることは困 難である.すなわち,モデルパラメータから計算された 状態密度行列は,量子トモグラフィーにより実際に得ら れる「正しい」状態密度行列と必ずしも一致しない.し たがって,量子トモグラフィーの実態に合わせるために, 物理モデルを用いずに計測データだけから異常検知を行 うことを考える. 最も単純でかつ現状の量子トモグラフィーの実験現場 で用いられている方法は,大半の行列が異常ではないと 想定されることから,計測された行列 ˆρkの平均値 ¯ ρ = 1 K K k=1 ˆ ρk を正しい状態密度行列の代わりに近似的に用いる平均値 法である.そして,各計測行列の平均行列からの偏差行 列 ˜ωk=ˆρk−ˉρに基づいて,量子力学的な状態の差異を表 図 4 量子もつれ光子対の量子トモグラフィー装置

(5)

すと考えられるトレース距離 [Nielsen 10] ˜ ek=||˜ωk||tr (3) を計算し,˜ekが一定以上大きければ異常と判断する.こ の方法の問題点は,はじめの段階でどの行列が異常か不 明なので,ˉρの計算に異常な行列が混入して偏りを生じ, これが異常検知に悪影響を与えてしまうことである.統 計検定などさらに高度な手法を組み合わせるにせよ,正 しい状態密度行列の代わりに平均行列を用いる限りはこ の問題から逃れることはできない. そこで,著者を含む研究グループでは機械学習の手法 を導入して,K 枚の状態密度行列の集合 D から正しい と考えられる状態密度行列θとそこからの各行列の偏差 行列ωkを同時推定する異常検知手法 ED3(erroneous

deviation detection for density matrices)を開発した

[Hara 14].k 番目の計測時の状態密度行列をρk,その 計測結果を ˆρkとすると,ρk=θ+ωkでありかつ ˆρkはそ れに統計的ばらつきが加わったものとなる.量子トモグ ラフィーにおいては,わずかな経時的あるいは偶発的外 乱が状態密度行列に与える微小な異常変化が問題になる こと,およびほとんどの場合にそのようなわずかな異常 変化は状態密度行列の一部の限られた要素にのみ現れる ことから,ωkはスパースでかつ小さい要素のみを含むと 考える.また,ρkから ˆρkを計測する際の各要素の統計 的計数揺らぎは,互いに独立で正規分布するとみなすこ とができる. これらの仮定から,我々は近年機械学習分野で研究が 進められている GGM(graphical Gaussian modeling)

の推定手法を用い,θと各ωkを同時に分離推定すること とした [Hara 14].状態密度行列はその定義から半正定 行列であることが知られており,半正定行列に関する分 離推定については既存研究がある [Hara 13, Zhang 10]. しかしながら実際の量子トモグラフィーにおいては,例 えば状態モード間の位相差ではなく量子もつれの強度の みを知りたいなど,計測において着目する量子状態の性 質により状態密度行列の各要素の絶対値の異常偏差しか 問題にしない場合もある.この際にはρkや ˆρkとして, 状態密度行列|ψ1ψ2〉〈ψ1ψ2|k 自体ではなく,その各要素 の絶対値を取った行列を用いることになる.このような 絶対値からなる行列は必ずしも半正定にならないので, 既存の GGM 手法を適用できない.そこで,GGM にさ らに上述したωkのスパース性を利用する正則化推定法 を組み合わせ, min θ,{ωk}Kk=1 K k=1 1 2||ˆρk− (θ + ωk)|| 2 F +γ K k=1 d i,j=1 s2 ijωk,ij2    (4) の最適化を実現するθとω(k=1, …, K)を求める問題k を定式化した.ここで,||・||Fは行列のフロベニウスノ ルム,γは非負の正則化パラメータである.さらに,偏 差行列の各(i, j)要素に以下の重み sijを導入する. s2ij= 1 K K k=1 ˜ ω2k,ij −1 式(4)の第 1 項はなるべく各計測行列 ˆρkに近いθ+ωk を推定すべきこと,第 2 項は各要素の大きさを正規化し たうえでできる限りスパースでありゼロに近い偏差行列 ωkを推定すべきことを要請する.最後にこの問題を解く ことによって得られるωkから,式(3)と同じくトレー ス距離 ek=||ωk||tr (5) を計算し,ekが一定以上大きければ異常と判断する.式 (4)によるρkからのθとωkの同時推定により,平均値 法に比べてθの偏りが抑えられるため,より精度の高い 異常検知が期待される. 式(4)の各項は凸なので全体としても凸であり,各 種凸最適化アルゴリズムによってθ,ωk(k=1, …, K) の大域最適解を得ることができる.詳細は省略するが, この研究では式(4)を双対問題形式に変換したうえで ADMM(Alternating Direction Method of Multipliers) を用いている [Hara 14].このアルゴリズムは高速に大 域解を求めることができる.前述のとおり,状態密度行 列の大きさは光子数を n としたとき O(4n)であるので, アルゴリズムの高速性は将来的により多くの qbit から なる情報処理を行うために重要である.

5.実問題への異常検知適用結果

以上の量子状態異常検知手法の実用性に関する実験結 果を示す [Hara 14].図 4 に概要を示した量子トモグラ フィー装置を用い,1 枚の状態密度行列を 1 000 回の量 子もつれ光子対入射の計数から得る.これを繰り返して, 図 5 に示す正常な状態密度行列を 25 枚,人工的に発生 させた異常な状態密度行列を 5 枚の計 30 枚生成して一 つのデータセットとした.なお,各状態密度行列を計測 した前後に装置のパラメータが変動していないことを可 能な限り確認して,極力所望の状態密度行列が計測され 図 5 実験で用いた正常および異常な状態密度行列

(6)

るようにした.異常な状態密度行列では,(1, 4)および (4, 1)要素が正常な場合よりも若干小さい.式(1),(2) に示したように,このような非対角成分は量子もつれの 強さを表す.したがって,この異常状態は正常な場合よ りも,2 光子間の量子もつれの程度が少ない状態である. 図 6(a),(b)にそれぞれ平均値法と ED3法による異 常検知結果を示す.両図において縦軸はそれぞれ偏差行 列 ˜ek,ekのトレース距離,横軸は 30 回の実験番号であり, そのうちの異常状態 5 回を矢印で示している.水平の点 線がそれぞれ True Positive と False Positive のバラン スが取れるように設定した異常判定しきい値であり,そ れを超えるトレース距離の棒は網がけしてある.両者を 一見して,ED3法のほうが真の異常状態の場合に偏差行 列のトレース距離が大きくなる傾向が明確であり,より 正確な異常検知を期待できる.さらに図 6(c)は,しき い値をトレース距離の全値域にわたって変化させて描い

た両手法の ROC カーブである.ED3法のほうが ROC

カーブが左上方に位置しており,異常検知性能が高いこ とがわかる.

図 7 は,平均値法,ED3法のそれぞれについて,以上

の実験を 1 000 回繰り返して得た ROC カーブの AUC

(Area Under the Curve)の分布を示す.ED3法のほう

がはるかに多くの場合に AUC 95%以上を達成しており, 異常検知能力が高いと結論付けることができる.

6.関 連 研 究

量子情報処理と機械学習の両分野にまたがる研究は, 著者が把握する限り 2000 年台になって始まったが,こ の2∼3年で急速に盛んになっている.大きく分けて,(1) 古典的計算の枠内でシミュレーションした量子情報処理 を適用して機械学習の性能向上を目指す研究,(2)量子 計算機や量子情報処理素子といったハードウェアが実現 されたと仮定して高性能の機械学習手法を考える研究, (3)量子情報実験データ処理への機械学習適用の三つが ある. (1)の研究の歴史が最も古く,2001 年にはシュレディ ンガー方程式に従う確率密度関数によって,ヒルベルト 空間上でデータのクラスタリングを行う研究が行われて いる [Horn 01].最近では,我が国でもアニーリング計 算を量子化して古典的な並列計算機に実装可能にし,高 速で高精度な変分ベイズ推定やネットワーククラスタ リングを可能にする研究が行われている [Sato 09, Sato 13]. (2)に関する最も早期の研究は,分割型クラスタリン グや k-メジアン導出,隣接グラフ構築などのタスクを, 量子情報処理で実装した場合に現状の古典的情報処理よ りも非常に高速化できることを示した 2007 年の理論的 解析である [Aïmeur 07].それ以降,最近傍検索やそれ によるクラスタリング [Aïmeur 13],主成分分析 [Lloyd 14],サポートベクタマシン [Rebentrost 14] など,代表 的な情報検索や機械学習のタスクを量子情報処理により 実現するアルゴリズムの研究が行われている. (3)は,特にこの 2 年ほどの間に開始された研究分野 である.本解説で紹介した我々の ED3もこの分野に属 する研究であり,著者が知る限り世界的に初めての量子 状態異常検知手法研究である.しかしこれ以外にも,量 子状態のユニタリ変換の前後の計測データからその変換 行列を推定する研究 [Bang 14, Bisio 10] や,同じくハ ミルトニアンの学習 [Wiebe 14],教師付き量子状態分類 [Sentis 12]などが行われている.

7.お わ り に 

本解説では,はじめに量子情報処理の精度や信頼性に 図 6 平均値法と ED3法の性能比較 0.4 0.3 0.2 0.1 0 0.4 0.3 0.2 0.1 0 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0

True Positive rate

Trace distance

Trace distance

False Positive rate ( c ) 平均値法とED3法のROC比較 ED3法 平均値法 0.5 1 0 実験番号 ( b ) ED3法による異常検知結果 10 20 30 0 実験番号 ( a ) 平均値法による異常検知結果 10 20 30 0 図 7 実験 1 000 回の AUC 分布

(7)

関する課題について述べ,次に量子情報処理を理解する ための基礎として,量子状態の特徴やその情報論的表現 について簡単に述べた.特に量子情報処理において最も 中心的な役割を演じる量子もつれ状態について説明し, それを計測する量子トモグラフィーを概説した.さらに, 量子トモグラフィーにおいて量子もつれ光子対の異常状 態検知を行う,著者らの研究グループの最近の成果を紹 介した.量子情報処理をより深く理解したい読者には, この分野の代表的教科書である Quantum Computation

and Quantum Information [Nielsen 10]の一読をお薦め したい. 量子情報処理は,近年の量子計算機ブームによって広 く知られるようになったが,より近未来の実応用として は,通信路の安全性を飛躍的に高める量子暗号通信や,極 めて微弱な作用で分子レベルの状態を計測する量子計測 などが期待される.何れも量子もつれ現象の性質を巧み に利用する技術であり,量子状態の異常検知を含む監視, 制御などの研究は,今後重要性を増すものと考えられる. 謝 辞 本解説中で紹介した状態密度行列の異常検知手法やそ の実適用に関する研究は,現在,京都大学工学研究科電 子工学専攻の竹内繁樹教授,同じく岡本 亮助教,現在, ブリストル大学量子フォトニクスセンターの小野貴史研 究員,現在,日本 IBM 株式会社東京基礎研究所の原 聡 研究員と著者が共同で行ったものである.これら諸氏の 研究開発の努力と本解説記事執筆の許諾をいただけたこ とに,深く謝意を表する.

◇ 参 考 文 献 ◇

[Aïmeur 07] Aïmeur, E., Brassard, G. and Gambs, S.: Quantum clustering algorithms, Proc. 24th Int. Conf. on Machine

Learning, pp. 1-8(2007)

[Aïmeur 13] Aïmeur, E., Brassard, G. and Gambs, S.: Quantum speed-up for unsupervised learning, Machine Learning, Vol. 90, pp. 261-287(2013)

[Bang 14] Bang, J., Ryu, J., Yoo, S., Pawlowski, M. and Lee, J.: A strategy for quantum algorithm design assisted by machine learning, New J. Physics, Vol. 16, p. 073017(2014)

[Bisio 10] Bisio, A., Chiribella, G., D’Ariano, G. M., Facchini, S. and Perinott, P.: Optimal quantum learning of a unitary transformation, Phys. Rev. A, Vol. 81, p. 032324(2010) [Feynman 64] Feynman, R. P., Leighton, R. B. and Sands, M.:

The Feynman Lectures on Physics, 1st edition, Vol.Ⅲ: Quantum

Mechanics, Chapter 1, Quantum Behavior, Addison Wesley

Longman(1964)

[Gilbert 15] Gilbert, G., Weinstein, Y. S. and Hamrick, M.:

Quantum Cryptography, World Scientific Pub Co Inc.(2015) [Hara 13] Hara, S. and Washio, T.: Learning a common

substructure of multiple graphical gaussian models, Neural

Networks, Vol. 38, pp. 23-38(2012)

[Hara 14] Hara, S., Ono, T., Okamoto, R., Washio, T. and Takeuchi, S.: Anomaly detection in reconstructed quantumn states using a machine learning technique, Phys. Rev. A, Vol. 89, p. 022104(2014)

[Horn 01] Horn, D. and Gottlieb, A.: The method of quantum clustering, Advances in Neural Inf. Proc. Systems, 14(NIPS

2001)(2001)

[James 01] James, D. F. V., Kwiat, P. G., Munro, W. J. and White, A. G.: Measurement of qubits, Phys. Rev. A, Vol. 64, p. 052312 (2001)

[Lloyd 14] Lloyd, S., Mohseni, M. and Rebentrost, P.: Quantum principal component analysis, Nature Physics, Vol. 10, pp. 631-633(2014)

[Marchini 05] Marchini, J., Donnelly, P. and Cardon, L. R.: Genome wide strategies for detecting multiple loci that influence complex diseases, Nat. Genet, Vol. 37, No. 4, pp. 413-417(2005)

[Nielsen 10] Nielsen, M. A. and Chuang, I. L.: Quantum

Computation and Quantum Information, 10th Anniversary

edition, Cambridge University Press(2010)

[Ono 13] Ono, T., Okamoto, R. and Takeuchi, S.: An entanglement-enhanced microscope, Nat. Commun., Vol. 4, p. 2426(2013)

[Rebentrost 14] Rebentrost, P., Mohseni, M. and Lloyd, S.: Quantum support vector machine for big data classification,

Phys. Rev. Lett., Vol. 113, p. 130501(2014)

[Sato 09] Sato, I., Kurihara, K., Tanaka, S., Miyashita, S. and Nakagawa, H.: Quantum annealing for variational Bayes inference, Proc. 25th Conf. on Uncertainty in Artificial

Intelligence(UAI2009)(2009)

[Sato 13] Sato, I., Tanaka, S., Kurihara, K., Miyashita, S. and Nakagawa, H.: Quantum annealing for dirichlet process mixture models with applications to network clustering,

Neurocomputing, Vol. 121, pp. 523-531(2013)

[Sentis 12] Sentis, G., Calsamiglia, J., Munoz-Tapia, R. and Bagan, E.: Quantum learning without quantum memory,

Scientific Reports, Vol. 2, p. 708(2012)

[Sugiyama 14] Sugiyama, M., Azencott, C., Dominik, G., Kawahara, Y. and Borgwardt, K.: Multi-task feature selection with multiple networks via maximum flows, Proc. 2014 SIAM

Conf. on Data Mining(SDM’14),pp. 199-207(2014) [Takeuchi 14] Takeuchi, S.: Quantum information science using

photons, AAPPS Bulletin, Vol. 24, No. 1, pp. 19-25(2014) [Wiebe 14] Wiebe, N., Granade, C., Ferrie, C. and Cory, D.:

Quantum Hamiltonian learning using imperfect quantum resources, Phys. Rev., A, Vol. 89, p. 042314(2014)

[Yoshida 13] Yoshida, A., Asakura, M., Asanuma, H., Ishii, A., Hasegawa, T., Minamino, T., Takashima, S., Kanzaki, H., Washio, T. and Kitakaze, M.: Derivation of a mathematical expression for predicting the time to cardiac events in patients with heart failure: A retrospective clinical study, Hypertension

Research, The Japanese Society of Hypertension, Vol. 36, No. 5,

pp. 450-456(2013)

[Zhang 10] Zhang, B. and Wang, Y.: Learning structural changes of gaussian graphical models in controlled experiments, Proc.

26th Conf. on Uncertainty in Artificial Intelligence(UAI’ 10), pp. 701-708(2010) 2015年 1 月 29 日 受理

著 者 紹 介

鷲尾  隆(正会員) 1960年生まれ. 1983 年東北大学工学部原子核工学 科卒業. 1988 年東北大学大学院原子核工学専攻博 士課程修了.工学博士. 1988 ∼ 90 年マサチューセッ ツ工科大学原子炉研究所客員研究員. 1990 年株式 会社三菱総合研究所入社.1996 年退社.大阪大学産 業科学研究所助教授(知能システム科学研究部門). 2006年大阪大学産業科学研究所教授(知能システム 科学研究部門).現在に至る.原子力システムの異常診断手法に関する研 究,定性推論,科学的知識発見に関する研究を経て,現在は人工知能の 基礎研究,特にデータマイニング・機械学習の基礎研究などに従事.平 成 21 年度本学会功績賞受賞.計測自動制御学会,情報処理学会, AAAI, IEEE Computer Society各会員.

図 1 光子の波動と粒子の性質
図 7 は,平均値法,ED 3 法のそれぞれについて,以上

参照

関連したドキュメント

大きな要因として働いていることが見えてくるように思われるので 1はじめに 大江健三郎とテクノロジー

「技術力」と「人間力」を兼ね備えた人材育成に注力し、専門知識や技術の教育によりファシリ

なお、具体的な事項などにつきましては、技術検討会において引き続き検討してまいりま

人間は科学技術を発達させ、より大きな力を獲得してきました。しかし、現代の科学技術によっても、自然の世界は人間にとって未知なことが

ご使用になるアプリケーションに応じて、お客様の専門技術者において十分検証されるようお願い致します。ON

ご使用になるアプリケーションに応じて、お客様の専門技術者において十分検証されるようお願い致します。ON

ご使用になるアプリケーションに応じて、お客様の専門技術者において十分検証されるようお願い致します。ON

ご使用になるアプリケーションに応じて、お客様の専門技術者において十分検証されるようお願い致します。ON