* 岡山県立大学 保健福祉学部 〒719-1197 岡山県総社市窪木111 はじめに―問題の所在 我が国においても幼保連携、保幼小接続のための カリキュラムが整えられつつある。制度的にみると その動きは、2017 年 3 月の幼稚園教育要領、保育所 保育指針、幼保連携型認定こども園教育・保育要領 の同時改訂による 3 歳児以上の幼児教育カリキュラ ムにおいて共通規定がなされたことと、同年の小学 校学習指導要領改訂との関連で、初等教育以降に教 育目的として掲げられる「資質・能力」と幼児教育 の役割がより明確にされたことがあげられる。 この動きの中で、幼稚園、保育所等の側では、初 等教育以降に教育目的として掲げられる「資質・能 力」の三つの柱となる「知識及び技能」「思考力、判 断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」につ ながる基礎を育むことを目的に、これまでの保育内 容の 5 領域におけるねらい及び内容に基づき「幼児 期の終わりまでに育ってほしい姿」が示された。そ の具体的な姿のイメージは、健康な心と体、自立 心、協同性、道徳性の芽生え、規範意識の芽生え、 いろいろな人とのかかわり、思考力の芽生え、自然 とのかかわり、生命尊重、公共心等、数量・図形・ 文字等への関心・感覚、言葉による伝え合い、豊か な感性と表現の 10 項目で示される。 他方、小学校の側では、幼稚園、保育所等での育 ちや学びの姿を踏まえてそれを前提とした 1 年生の 授業づくりが明示された。とりわけ、小学校低学年 における生活科では、「幼児期に育成された資質・ 能力と小学校低学年で育成する資質・能力とのつな がりを明確にし、そこでの生活科の役割を考える必 要がある」ことを確認し、幼稚園・保育所等におけ る育ちや学びを基盤に「具体的な活動や体験を通し て、身近な生活に関わる見方・考え方を活かし、自 立し生活を豊かにしていくための資質・能力を…… 育成することを目指す」とし、「(1)活動や体験の 過程において、自分自身、身近な人々、社会及び自 然の特徴やよさ、それらの関わり等に気付くととも に、生活上必要な習慣や技能を身に付けるようにす る。」、「(2)身近な人々、社会及び自然の特徴やよ さ、それらの関わり等に気付くとともに、生活上必 要な習慣や技能を身に付けるようにする」、「(3) 身近な人々、社会及び自然に自ら働きかけ、意欲や 自信をもって学んだり生活を豊かにしたりしようと する態度を養う」こととされている。 このように現行学習指導要領、幼稚園教育要領等 において、幼児教育と初等教育の接続期に、幼稚 園・保育所等では「アプローチ・カリキュラム」、
アメリカ進歩主義教育期における幼小接続の試みに関する考察
―ホーレス・マン幼稚園のカリキュラムを中心に―
山本孝司
* 要旨 アメリカにおいて幼稚園と小学校の制度的接続は、1870 年代の公立学校幼稚園に遡る。しかし、幼児 教育と初等教育の接続をめぐる本格的な議論は、19 世紀末から 20 世紀初頭にかけてのアメリカ進歩主義教育 期における学校制度への幼稚園の位置づけに付随して展開された。理論および実践双方にまたがる幼小接続索 は、この進歩主義の流れを汲む幼稚園および初等学校で初めて試みられた。この点に着目し本稿では、アメリ カ進歩主義教育期に、コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジ附属ホーレス・マン幼稚園において幼稚園と 初等学校第1学年との連続性をもたせて考案されたパティ・スミス・ヒルの「コンダクト・カリキュラム」の 考察を通して、今日の我が国の幼(保)小の円滑的接続への示唆を得た。 キーワード:コンダクト・カリキュラム、ホーレス・マン幼稚園、進歩主義教育、幼小接続124 小学校では「スタート・カリキュラム」として、両 者間の教育の円滑な接続が目指されるようになっ た。こうしたカリキュラムの内実は、幼児期の遊び を児童期の学習につなげることに要約される。幼児 教育は遊びそのものが教育活動である。幼児の遊び のなかに学びを見出す視点がなければ、幼児教育施 設の教育課程はもちろん、幼児教育における環境の 重要性は理解され得ない。他方、初等教育において は、教科の枠組みで学習が展開され、教育活動にお ける遊びの要素が薄まる。子どもを起点にしてみる と幼児教育における「学びの芽生え」は、小学校以 降における「自覚的な学び」との間には断絶はない が、教師の視点からはしばしば「学び」の断絶とし て捉えられる傾向にある。 このような幼児教育と初等教育の接続をめぐる議 論は、歴史的にみると 19 世紀末から 20 世紀初頭に かけてのアメリカ進歩主義教育期における学校制度 への幼稚園の位置づけに付随して展開された。管見 の限り、理論および実践双方にまたがる幼小接続の 模索は、この進歩主義の流れを汲む幼稚園および初 等学校で初めて試みられた。この点に着目し本稿で は、アメリカ進歩主義教育期に、コロンビア大学 ティーチャーズ・カレッジ附属幼稚園(ホーレス・ マン幼稚園)において幼稚園と初等学校第1学年と の連続性をもたせて考案されたパティ・スミス・ヒ ル(Patty Smith Hill, 1868-1946)の「コンダクト・ カリキュラム」(Conduct Curriculum)を取りあげ、 世界に先駆けて幼小接続の課題に取り組んだ彼女の 実践理論の考察を通して、今日の我が国の保幼小の 円滑的接続への示唆を得ることを試みたい。 1.アメリカにおける幼小接続の試み 1)公立学校幼稚園の設立による制度的接続 日本を含め幼児教育のシステムは、単一のシステ ムによって構成されているわけではないが、大別し て三つの伝統に立脚している。すなわちフレーベル (Friedrich Wilhelm August Fröbel, 1782-1852) に はじまる幼稚園(kindergarten)の系譜、労働者の 託児所運動を基礎にした保育所(nursery school) の系譜、そして就学前教育としてのプレ・スクー ル(pre-school)の系譜である。日本ではこのうち プレ・スクールの系譜の伝統が弱いものの、今日で も幼稚園・保育所および公立・私立の併存という意 味で複雑なシステムであり、類似したシステムの複 雑さを残すのがアメリカである。アメリカにおいて は、この三つが混在する形で幼児教育のシステムが 形成されてきたが、幼稚園とプレ・スクールの系譜 の交差点に幼小接続の制度およびカリキュラムの連 続性に関する議論の生起が認められる。 アメリカにおける幼稚園の歴史は、1855 年ドイ ツ人移民シュルツ(Margarethe Meyer-Schurz)に よるドイツ人移民の子弟を対象としたドイツ語幼 稚園から始まる1)。1860 年代にはアメリカ人子弟 を対象とする英語幼稚園が登場するが、これらは ドイツ語幼稚園の理論的基盤となっていたフレー ベル主義を踏襲していた2)。こうしたアメリカに おける幼稚園は、初等学校システムとは別に生起 展開していたが、1870 年代に制度的合流がなされ る。とりわけ 1873 年のセントルイスにおけるハリ ス(William Torrey Harris, 1835-1909) と ブ ロ ウ (Susan Elizabeth Blow, 1843-1916)による公立学校 幼稚園の創設以降、幼稚園教育と公立学校制度が結 合し、そのなかで、幼稚園教育、初等教育双方で理 論および実践における他方からの影響が徐々に見ら れるようになった3)。アメリカにおける幼稚園と小 学校の制度的な接続に関しては、次の三つの要因が 作用した。一つは、社会秩序の安定のために小学校 就学前教育を充実させること、次に、幼稚園の運営 (経営)上の理由、三つ目に、教員養成の整備との かかわりである。これらの要因により、幼稚園と小 学校の接続が加速されたが、結果的に幼稚園の「学 校化」、いわゆる「プレ・スクール」化も付随して もたらされた。 1890 年代になると、それまでアメリカ幼稚園教 育を牽引してきたフレーベル主義への批判が、幼稚 園教育の担い手の内から起こり、こうした批判の高 まりのなかで心理学や児童研究を基盤にした「科学 的」な幼児教育の重要性が説かれるようになった。 この動きは、幼稚園カリキュラムの改造に基づく幼 小接続の動きにつながった。 2)進歩主義教育期における幼小接続に関する課題 意識の明確化 ヒルは、後述する「コンダクト・カリキュラム」を考 案する以前の 1907 年の全米教育科学協会(National Society for the Scientific Study of Education)の報 告書に寄稿した「幼稚園教育における保守的および 進歩的な段階」(Some Conservative and Progressive
Phases of Kindergarten Education)の中で、「幼稚 園の現在と将来の課題」について次の点を強調して いる4)。この中には、幼稚園から小学 1 年生に移行 するときに子どもの成長を妨げる調整の困難さを指 摘することの重要性も含まれていた。彼女の主張は まず、幼稚園教師の養成校では、幼稚園の教生が教 育のすべての学年の教生と一緒に訓練され、哲学、 心理学、芸術、科学などの一般的なコースを彼らと 共有し、教育問題全体を念頭に置く必要がある、と いうものであった。 当時は、幼稚園養成校が教育全体から切り離され ており、幼稚園の教生はしばしばフレーベルの思想 と彼の思想に基づく方法論だけを教えられていた。 そのため教生たちはフレーベルと彼の教育理論を客 観視することができず、また教育の歴史における彼 の位置を正確に知ることもなかった。その結果とし て、彼女たちは、フレーベルを真実の唯一の預言者 であると見なし、彼の精神ではなく彼の手記を従順 にたどり、それに関わるどんな変化も異端であると 感じるように訓練されていた。 こうした状況に対しヒルは、幼稚園の教生が教育 問題全般と幼稚園に特有の教育問題との関係を確認 することが可能となる幼稚園教員養成が必要であ り、他のすべての学校段階の教生たちと一緒にクラ スで提示された一般的な教育状況の幅広い分野を調 査した後、幼稚園に特有の問題に向かうべきである と考えていた。 ヒルが提示した幼稚園教育に関する二番目の課題 は、女性に限定されることなく、研究者をはじめと する男性の協力の必要性についてである。アメリカ における幼稚園教育の発展過程においては、委員 会、教員養成の指導者、監督者の担い手はすべて女 性であった。ヒルの提案する男性の協力が必要とさ れる実際的な方法は次であった。すなわち、哲学、 心理学、教育学の研究分野でのフレーベルに関する 中立的な研究と学校長および学校監督者によるフ レーベル研究である。前者に関しては、幼稚園教師 とは異なる立ち位置で、フレーベルをより客観的に 理解し、彼の理論の意義と限界を明らかにすること が期待された。後者に関しては、当時、彼らの大部 分は、フレーベルの真の価値とともに真の限界につ いて理解しておらず、結果として二つの態度のうち どちらかをとっていた。一つは、フレーベルと幼稚 園についての無知を正直に述べ、幼稚園教師が自分 のやり方で物事を実行することで知的な批判をしな いでいるか、いま一つは、幼稚園全体の状況を茶番 劇と考えて、その思想に対する無知から冷酷に批判 することであった。総じて彼の監督下で幼稚園教師 に知的で有益な批判を与えることができる学校の校 長、監督者はまれであった。 ヒルが提示した幼稚園の三つ目の課題は、幼稚園 教師と初等学校教師との間の知的な協力と、より共 感的な関係の構築であった。そのために彼女は次の 二つを求めた。すなわち、すべての幼稚園教師が教 育に関する主な方法と目的を学び、小学校の成果に 対しても知的に取り組み、子どもの発達の中断を防 ぐことであり、また、すべての小学校教師が幼稚園 の子どもに何を期待すべきかを知り、子どもを知的 に導くことができるように、幼稚園とは何かを学ぶ ことであった。当時に限らず、幼稚園教師と初等学 校教師は多くのことを共通に研究すべきであり、双 方でそれぞれの問題や方法を知っておくべきであ り、この相互の洞察と理解が存在するまで、幼稚園 と初等学校の教師間で知的な協力も得られず、結果 として幼稚園と初等学校の接続も難しい。ヒルは言 う。「幼稚園は教育の基礎であり、一時的な流行で はなく、定着するために教育の中に入ってきたと信 じている。しかし、それを学校システムと適切な関 係に置くためには、教育長、学校の校長、監督者、 初等学校教師、幼稚園教師の知的な協力が必要であ る。幼稚園は公立学校制度の有機的な部分ではな く、絶滅の危機に瀕しており、幼稚園と学校の絆を 真に有機的なものにするためには、これらすべての 人の協力が必要である。」5) 2.ホーレス・マン幼稚園における幼小接続カリ キュラムの開発 ヒルは、ソーンダイク(Edward L. Thorndike, 1874-1949)の S–R 説に基づく児童研究やホール (G.S.Hall, 1844-1924)の発生学的概念に基づく新心 理学、デューイ(John Dewey, 1859-1952)の経験 主義教育理論からの強い影響を受けていた。その 中でもデューイの 1914 年の論文「幼児期における 推理作用」に触発され、幼児の反省的思考に焦点化 した活動の臨床研究を行ったヒルは、コロンビア 大学ティーチャーズ・カレッジ附属ホーレス・マ ン幼稚園における実践をまとめ、1923 年に『幼稚 園と第 1 学年のためのコンダクト・カリキュラム』
126
(A Conduct Curriculum for the Kindergarten and First Grade)を著す。 ホーレス・マン幼稚園は、1887 年に産業教育協会 によって設立された教師教育カレッジの観察・実習 校を前進とし、1898 年にコロンビア大学に編入さ れ、同大ティーチャーズ・カレッジの附属校となっ た。ヒルの着任当初、ホーレス・マン幼稚園のカリ キュラムは、附属初等学校のカリキュラムとの連続 性をもっていなかった。1905 年にコロンビア大学 ティーチャーズ・カレッジに着任以降、彼女は、実 験校という性格を背景に、ホーレス・マン幼稚園に 軸足を置きながら、幼稚園と初等学校を理論と実践 の双方から接続する試みに着手した。 既に述べたように、アメリカへの幼稚園教育導入 期以来 19 世紀末に至るまで、幼稚園カリキュラム にはフレーベル主義が強く影響していた。カリキュ ラムの背景にあったのはフレーベルの独自の思想に 基づく教育理論であり、幼稚園教育界においてそれ は排他的で閉鎖的な体系として機能していた。した がって、ヒルに代表される進歩主義教育家による幼 稚園教育改革は、フレーベル主義理論の批判的克服 であり、この過程でアメリカにおける幼少接続は整 備されたといえる。 幼児教育が、フレーベル主義ではなく、哲学、心 理学、そして教育学という学問の基礎の上に実践さ れることを強く望んでいたヒルは、『コンダクト・ カリキュラム』の序文において次のように述べてい る。「幼児は、科学的に研究され、教育されなけれ ばならない。けれども、幼児がこの正当な遺産を受 け継ぐようになったのは、最近のことであると思わ れる。(教育においては)現在まで、幼児期は他の どの時期よりも無視されてきたのである。(この時 期の子どもに対する)身体的・精神的。道徳的配慮 は、無知と偶然の成り行きに任されていた。……幼 児期における精神的・情緒的状態が後の学校や生活 における健全さ・進歩・有用性に対して持つ影響に 関して、一般民衆の間で理解が広まりつつあるとい う証拠は数多くある。このことは、幼児にとっても 社会にとっても幸いなことである」6)。 コンダクト・カリキュラムの目的は、「子どもの 思考、感情および行為を日々変化させることによっ て望ましい習慣と性格が形成されるようにするこ と」7)とされ、その根本原理は、次の五点に集約で きる8)。 1. 幼稚園および初級学年の子どもの環境は、そ の身体的発達のためにあらゆる機会を与えら れなければならない。そのために、衛生的な 環境、太陽の光、空気に配慮し、彼らの活動 を促す環境や素材の中を自由に移動すること を奨励することが重要である。 2. 子どもの個性を尊重し、その知的発達を促進 する環境を用意すること。 3. 子どもの情緒的生活の安定と均衡を保つよう にすること。そして身体および精神の過度に 緊張させる刺激を避けること。 4. 幼稚園の社会的組織は民主主義的で寛容的で あること。そのなかで権威、リーダーシッ プ、参加と協力を学ぶために、組織における 責任とグループの活動を子供たちが徐々に引 き継ぐ機会が与えられることが重要である。 5. この年齢の子どもにとって道徳的訓練は主と して社会的適応である。教師は、このような 訓練の機会を意識すべきであり、また、従順 さ、他者への配慮、尊敬の習慣や態度形成の 必要性を意識すべきであること。 このような教育原理の下、ヒルは「学習領域」と して、「作業、音楽、遊びと遊戯、絵画、言語、文 学、社会研究、自然研究、見学、読み方、書き方、 数え方」を設置し、このうち「作業」としては、次 のような活動がなされるよう配慮されていた9)。 1. 身体の発達を促す活動。 2. 他の子どもと仲間になって遊ぶことを学ぶ活 動。 3. 問題を設定して考え、計画し、または独創す る機会を与える活動。 4. 遊びまたは実用向きの物を作る機会を与える 活動。 5.想像遊びの機会を与える活動。 6. 子どもが自他の所有物に対する責任感を習得 する活動。 こうした活動が、真に子どもたちにとっての意味 あるものとなるには次の三つの要件を満たす必要が あるとヒルは言う。すなわち、その種の活動が、そ の子どものその時に必要であるかどうか、子どもの
127 教材の使用方法や用途が合理的であるかどうか、そ して子どもが現在やっている仕事が、その子どもに とって最高水準のものであるのか、または進歩して いるのか、あるいは単に教材を弄んで同じ活動のみ を繰り返しているのかという点である10)。 この要件を踏まえながら、活動の教材は次の基準 で選択される。すなわち、1.その教材が、子ども の思考を促進させるものであるかどうか、2.子ど もが使用することができる価値あるものが作れるか どうか。3.子どもがその教材を使うのに、目や筋 肉を過度に刺激することはないか、4.教材が、美 的、工芸的標準に適しているかどうか、5.教材 が、保存に耐え、衛生的であるかどうかという観点 による選択である11)。 これらの教材要件の中でも、特に1と2が特に重 視された。この点に関連してヒルは、フレーベルの 恩物に代わって「ヒルの積み木」(Hill blocks)とい う遊具を考案した。この「ヒルの積み木」を例の取 ると、子どもたちは、積み木を積んだり、横に並べ たり、床の上や斜面を滑らせる活動、汽車や家を製 作するなど積み木を用いた共同遊び、さらに発展し て、確実な目的をもって、汽車や家等を構成するこ とが例示されている。 当時の進歩主義教育家たちは、フレーベル考案の 恩物が抽象的な象徴主義的傾向をもち、子どもたち に親しめるものではないとして、恩物を使った遊び に否定的であったが、ヒル・ブロックを使った遊び では、子どもの実際の家庭や社会生活を、彼らの想 像力によって自然に再現することが期待されてい た。ここではフレーベル哲学の教義に代って、子ど もたちの自然な衝動と本能が遊びを規定していた。 3.接続カリキュラムとしての「コンダクト・カリ キュラム」 (1)接続の要としての子どもの生活経験 幼小接続という点で、ホーレス・マン幼稚園を見 る前に、まず園におけるクラス構成に触れておきた い。ホーレス・マン幼稚園では、「第一グループ」(2 歳半〜 4 歳児)、「第二グループ」(4 歳〜 5 歳児)、 「第三グループ」(5 歳〜 6 歳)と「第1学年」の四つ に区分けされ、下の「ホーレス・マン幼稚園の時間 割」に示されるような活動で一日が構成されていた。 各グループの子どもたちの活動内容は、「作業 時 間 」(work period) を 中 心 に、「 典 型 的 活 動 」 (Typical Activities)と「思考・感情、および行為 の 望 ま し い 変 化(Desirable Changes in Thought, Feeling, and Conduct)に区分けされる。
「時間割」に示めされるように、年齢別にタイム スケジュールと活動内容が異なっているが、ホーレ ス・マン幼稚園では「作業時間」を軸にして、年齢 横断的な活動が企画されていた。この活動は、自由 遊びを基調とするもので、各学年の子どもの発達に 応じた「思考・感情、および行為の望ましい変化」 がもたらされるよう教師の支援が展開されていた。 ホーレス・マン幼稚園における「作業時間」での 子どもたちの活動は、個々の子どもたちの興味・関 心に基づいた自己活動(self-activity)を基本として いた。目の前の材料から実現してみたいことを、具 ホーレス・マン幼稚園の時間割12) を繰り返しているのかという点である10)。 この要件を踏まえながら、活動の教材は次の基準 で選択される。すなわち、1.その教材が、子ども の思考を促進させるものであるかどうか、2.子ど もが使用することができる価値あるものが作れるか どうか。3.子どもがその教材を使うのに、目や筋 肉を過度に刺激することはないか、4.教材が、美 的、工芸的標準に適しているかどうか、5.教材が、 保存に耐え、衛生的であるかどうかという観点によ る選択である11)。 これらの教材要件の中でも、特に1と2が特に重 視された。この点に関連してヒルは、フレーベルの 恩物に代わって「ヒルの積み木」(Hill blocks)と いう遊具を考案した。この「ヒルの積み木」を例の 取ると、子どもたちは、積み木を積んだり、横に並 べたり、床の上や斜面を滑らせる活動、汽車や家を 製作するなど積み木を用いた共同遊び、さらに発展 して、確実な目的をもって、汽車や家等を構成する ことが例示されている。 当時の進歩主義教育家たちは、フレーベル考案の 恩物が抽象的な象徴主義的傾向をもち、子どもたち に親しめるものではないとして、恩物を使った遊び に否定的であったが、ヒル・ブロックを使った遊び では、子どもの実際の家庭や社会生活を、彼らの想 像力によって自然に再現することが期待されていた。 ここではフレーベル哲学の教義に代って、子どもた ちの自然な衝動と本能が遊びを規定していた。 3 3..接接続続カカリリキキュュララムムととししててのの「「ココンンダダククトト・・カカリリ キ キュュララムム」」 (1)接続の要としての子どもの生活経験 幼小接続という点で、ホーレス・マン幼稚園を見 る前に、まず園におけるクラス構成に触れておきた い。ホーレス・マン幼稚園では、「第一グループ」(2 歳半~4 歳児)、「第二グループ」(4 歳~5 歳児)、「第 三グループ」(5 歳~6 歳)と「第1学年」の四つに 区分けされ、次のような時間割で一日が構成されて いた。 ホーレス・マン幼稚園の時間割12) 幼稚園:2 歳半〜4歳児 幼稚園:4~5 歳児と5~6 歳児 初等学校:第1学年 8:45-9:45 登園、上履きに履き替える。 作業時間(work period)。 9:45-10:00 トイレと昼食の準備 10:00-10:30 昼食 10:30-10:50 休憩 10:50-11:20 音楽 11:20-12:00 物語、下履きに履き替え、 遊び(天候が許せば外遊び) 8:45-10:00 登園。上履きに履き替え。作業時 間(work period)。 10:00-10:30 会話や歌、リズムダンスのため のグループ・ミーティング。 10:30 分-11:00 昼食の準備と昼食 11:00-11:10 休憩 11:10-11:30 靴を履き替えて、皿を洗う。物 語。 11:30-12:00 ゲーム、外遊び、band、遠足等 の様々な活動 12:00 降園。 8:45-9:45 作業時間(work period) 9:45-10:15 音楽 10:15-10:30 休憩 10:30-11:00 昼食と休憩 11:00-11:30 クラスの作業(読書) 11:30-11:50 体操 11:50-12:30 クラスの作業(読書、物語時間、劇 もしくは遠足) 12:30 下校 時間割は、毎日異なっており、上は一例である。 各グループの子どもたちの活動内容は、「作業 時間」(work period)を中心に、「典型的活動」 (Typical Activities)と「思考・感情、および 行為の望ましい変化(Desirable Changes in Thought, Feeling, and Conduct)に区分けされ る。 上の表に示めされるように、年齢別にタイムス ケジュールと活動内容が異なっているが、ホーレ ス・マン幼稚園では「作業時間」を軸にして、年 齢横断的な活動が企画されていた。この活動は、 自由遊びを基調とするもので、各学年の子どもの 発達に応じた「思考・感情、および行為の望まし い変化」がもたらされるよう教師の支援が展開さ れていた。 ホーレス・マン幼稚園における「作業時間」で の子どもたちの活動は、個々の子どもたちの興 味・関心に基づいた自己活動(self-activity)を 基本としていた。目の前の材料から実現してみた
128 体的にものを作ったり、ごっこ遊びを通して表現を していく。グループの年齢構成が上がってくると、 協働的な学びの場面も見られ、場を共有することか ら、イメージを共有し、目的を共有することが可能 となる。年齢構成を縦軸、学びに関する「個別化→ 協働化→プロジェクト化」という横軸にした一連の 過程を、ヒルは「作業時間」に為される子どもたち の活動の中に見出していた。 こ の「 作 業 時 間 」 内 に 行 わ れ る 活 動 の 細 目 に は、「 積 み 木 」(Block Building)、「 操 作 玩 具 」 (manipulative toys)、「 砂 」(sand) を 使 っ た 遊 び、「粘土」(clay)、「木工」(woodwork)、「線描」 (drawing)、「色塗り」(painting)、「ブロックの色 塗り」(block printing)、「裁縫」(sewing)、「織物」 (weaving)、「ペーパーワーク」(paper work)等の もの作り、「人形遊び」(doll play)や「家事技術」 (household arts)に関わる活動が含まれた13)。 このような活動の実際については、デューイの 『明日の学校』(Schools of Tomorrow)のなかで詳細 に描かれている。 幼稚園を経営している同じ教師によって、教員 養成学部の運動場で、遊戯のための同期の興味あ る適用が試みられている。そこには放課後に使用 するための戸外の運動場がある。体育の練習をし たり、集団で遊戯をして時間を過ごす代わりに、 子供たちは町を作る。彼らは、大きな荷造り用の 箱を家や店を作るために使用し、二人または三 人の子供たちが、一つの家や店を扱う。子供たち は、電話、郵便、警察の仕事、硬貨の銀行、現金 の流通を維持するための精巧な機構をともなった 町の組織を非常に苦心して作り上げた。多くの時 間が、家の建設と修理、荷車や家の家具の製作、 二つの店のための倉庫などの大工仕事に費やされ る。その仕事は、運動場での普通の種類の運動と 殆ど同じ位の身体的運動を与える。その仕事は極 めてさまざまな効果的方法で、子供たちを忙し く、また幸福にさせる。というのは、戸外での健 康的な遊戯に加えて、彼らは共同体のなかで、有 用で、責任ある役割を分担することを学んでいる からである14)。 すでに述べたように、ホーレス・マン幼稚園にお ける実践の理論構築の際に、デューイはヒルに強い 影響を与えた人物であったが、彼はフレーベル主義 が子どもの自己活動を奨励した点を評価しつつ、シ カゴ大学附属実験室学校における自身の実践におい ても「幼稚園での諸活動をもっと自然に、もっと直 接的に、もっとリアルに、今日の社会の生活を再現 しているものにする」ことを追究していた15)。彼 にとっては、子どもは遊びも含めた活動の中で、自 分を取りまく環境と相互作用を通して、自らの経験 を再構成していくことが教育であり、その経験の総 体が学びの中身と捉えられることから、生活経験即 教育という定式が導き出される16)。デューイによ る園の描写に示されているように、ここでは子ども たちは彼らを取り巻く環境で一般に為されている行 為の模倣を通して、身体的のみならず知的、道徳的 な学びの芽生えの経験が、少なくとも観察者である デューイの目には認められている。 子どもにとって自己活動はそれ自体価値を有する ものであるが、デューイや進歩主義教育家の理論と 実践においては、自己活動を通して得られる付随学 習が重視される。ホーレス・マン幼稚園参観に基づ く次のデューイによる遊びについての解説は、自己 活動のもつ付随的な学びの的確な表現であろう。 「すべて小さな子供は、ままごと、医者ごっこ、 兵隊ごっこを思いつく。このような遊びを示唆する 玩具が与えられていないときでもある。実際、遊ぶ ことの楽しみの半分は、必要なものを見つけ、作る ことから生まれる。このような遊びの教育的価値は 明白である。それは子供たちに、自分たちが生活し ている世界について教える。彼らは遊べば遊ぶほ ど、彼らの装備は手のこんだものになり、遊びの全 体は、その言葉の使い方、子供の出産などという、 その設定において、親たちの日常生活をかなり正確 に映し出すものである。この遊戯を通じて、子供た ちは成人世界の仕事と遊びを学ぶ。この世界を作っ ている要素に気づく他に、彼らは、この世界が存続 していくのに必要な行動と過程について、多くのこ とを発見するのである」17)。 デューイの子どもたちの行動解釈の説明にもある ように、子どもは何気ない遊びの中で、自己を取り まく環境において日常的に経験される事物事象を模 倣し、遊びを通してそれらの事物事象に関わる新た な発見や学びをもつ。
(2)ホーレス・マン幼稚園における幼小接続の実践 それでは「作業時間」における子どもたちの自己 活動とそれに伴う付随学習は、いかにして子どもた ちの発達年齢に基づくクラスを接続していたのか。 この接続をみるためには、ヒルの「コンダクト・カ リキュラム」の中の自己活動の細目のうち「人形遊 び」が好例となる。「人形遊び」については、素材 として「人形」「衣類」「家具」を用いて展開される。 人形は、大、中の模様のついたメリヤス編みの人 形、少女、少年、赤ちゃんのきれいな帽子状の人 形、子どもたちが着せ替えに用いる小さな布製の人 形が用意された。人形の衣類は、帽子とコート、ド レス、靴下とくる、下着、寝間着、家具は、大、小 のベッドと寝具、ブラシ、櫛、大、小の鏡付のタン ス、洋服掛け、トランク、幼児のサイズと人形のサ イズのテーブルと椅子、皿、皿用の食器棚、皿用の 敷物、高椅子、暖炉と台所用具、揺りかご、乳母 車、洗面器や水差しなどのついた洗面台が含まれて いた。これらの素材を用いながら各年齢段階に応じ て、次のような活動と変化への期待が示されている 18)。 「グループⅠ」(2 歳半〜 4 歳児)の「典型的活動」 では、「人形に関係する素材を扱う」とされ、食べ させたり、揺すったりして「劇遊びがはじまる」。 そして家族遊び、ままごと等一人遊びが支配的で 「ほとんど組織立てられていないものの、単純な集 団遊びがはじまる」。こうした活動を通しての「思 考、感情および行為における望ましい変化」には、 「技能が発達しはじめる」こと、「人形に関係する 素材を使用することを学ぶ」、「材料を清潔にして おくことを学ぶ」、「玩具を他者と分け合うことを学 ぶ」、「持ち物を大事にすることを学ぶ」、「玩具を責 任をもって片付けることを学ぶ」、「望ましい社会的 習慣についての知識を獲得する」、「人形で遊ぶこと を楽しむ」ことが期待される。 「グループⅡ」(4 歳〜 5 歳児)の「典型的活動」で は、「一人遊びは続く」とされ、「劇遊びに緻密さが 加わ」り、「次第に集団で遊ぶようになる」。ここで の「望ましい変化」としては、「グループⅠにはじ まる習慣が、素材を使用する技能をひろげながら続 き、活動の中で生じる関心をより一層力づける」こ とであり、「父親、母親、赤ちゃんなどになる順番 を学ぶ」、「ある役割を責任をもって引き受ける」、 「集団遊びを次第によりよく組織する」、「望ましい 社会的習慣についての知識をひろげる」ことが期待 される。 「グループⅢ」(5 歳〜 6 歳)の「典型的活動」で は、人形の着せ替えをしたり、乳母車を押したりな ど「人形に関係する材料を扱うことがまだ顕著であ る」。そして、食事を準備し配膳したり、人形を寝 かしつけ、朝に着替えをさせたりする等「遊びが次 第に組織立てられてくる」。(ただし、ここでは子ど もたち自身が最も重要な役割をもっており、人形は 副次的な存在である。)さらにここでは、「主として 集団で遊ぶ」ことが志向され、「人形のためにもの を作ることが始まる」。こうした活動を通して、「人 形を世話するための技能がより高度になる」、「衣服 をトランクやタンスに片付け清潔な状態に保つ」、 「望ましい社会的習慣についての知識を広げる」、 「人形のためにものを作ることを学ぶ」という変化 が観察され、それによって「集団遊びに活発に参加 する能力」、「集団遊びを計画、組織する能力」、「よ り長期的にわたって遊ぶ能力」の獲得が期待される。 「第1学年」では、「グループⅢ」で始められた 「人形のためにものを作る」ことが展開され、衣 服、皿、乳母車、家具、敷物、ハンモックなどの材 料によって人形遊びが刺激される。さらに積み木 でプレイハウスを作られ、自然に組織立てられた 自発的な集団によって、家庭の活動を中心に人形遊 びが行われるようになる。ここでは、人形に似合う 色彩、適当なサイズなど適切性、耐久性を考慮し て「人形のためにものを作るとき、素材をより知的 に使用するようになる」。その過程で「人形で遊ぶ 技能がひろがる」、「望ましい社会的習慣についての 知識がより十分なものになる」、「遊びには協力が必 要なことをいっそう理解する」という変化が観察さ れ、「遊びを計画する能力が増進する」ことが期待 される。 「グループⅠ」から「第 1 学年」まで通してみる と、人形遊びの中で子どもたちの関心は、人形その ものから人形の必要とするものへ、そして、人形の 家族の必要とするもの、さらには地域社会全体の必 要とするものへと発展しており、その過程で、人形 と彼ら自身の遊びの要求に応じることを経て、徐々 に仲間集団における協働作業を行うようになり、子 どもたちは縮小された形で社会の要求に応じるよう になり、その結果「望ましい社会習慣」を身につけ
130 るという付随的学習が期待されている。 幼児教育と初等教育の接続期となる「グループ Ⅲ」と「第1学年」に焦点化すると、人形遊びをは じめ、子どもたちの学びは「作業時間」において教 材と活動の連続性が確保され、それゆえ教育(保 育)内容面での断絶もなく、段差も緩やかである。 子どもたちは同じ教材を使った活動の中でも、「グ ループⅢ」と「第 1 学年」とでは、学び(遊び)の 量と質とにおいて自然に変化が見られる。その変化 は、学び(遊び)の自己活動から始まり、学び(遊 び)の集団化につながり、さらに集団内で学び(遊 び)の目的共有がなされるという「学び(遊び)の 個別化→協働化→プロジェクト化」という図式で表 すことができる。 おわりに 以上、本稿では、ホーレス・マン幼稚園における ヒルの「コンダクト・カリキュラム」の中に幼小接 続の手がかりを得ることを試みてきた。ホーレス・ マン幼稚園におけるカリキュラムは、学年構成上幼 稚園と初等学校第 1 学年を分けずに編成されてお り、今日の我が国の幼稚園、小学校のそれぞれのカ リキュラムの在り方と大きく異なっていたが、子ど もたちの生活経験を学びの総体と捉える視点によっ て、学びと遊びとを「自己活動」という概念で一元 化することで、幼稚園教育における「遊び」と初等 教育における「学び」との連続性が保たれていた。 翻って今日の我が国の幼(保)小接続円滑化のた めの幼稚園教育要領、学習指導要領に示されている 「資質・能力」をめぐる指針との関連でみると、ヒ ルの「コンダクト・カリキュラム」では、自己活動 に伴う付随学習として「望ましい社会習慣」形成を 重視しており、幼稚園教育要領・学習指導要領でい うところの「資質・能力」の柱となる「学びに向か う力、人間性」の涵養に重きを置いていたことがう かがえる。「学びに向かう力、人間性」とは、今回 の幼稚園教育要領、学習指導要領改訂で新たに加え られた学力観の要素であるが、他の柱としてあがっ ている「知識及び技能」「思考力、判断力、表現力 等」といった認知的学力の支えとなる、いわば非認 知的学力である。今日の我が国における幼稚園年長 児の「アプローチ・カリキュラム」では、「学びの 芽生え」という表現で、非認知的学力の涵養が目指 されており、これが、小学校低学年の「スタート・ カリキュラム」における生活経験学習を経て、小学 校中学年以降の「自覚的な学び」へと接続される仕 組みになっており、ここでも非認知的学力は接続の 鍵として位置づけられている。この点で、ヒルの 「コンダクト・カリキュラム」とホーレス・マン幼 稚園における実践は、今日の我が国の学力観に基づ く幼(保)小の円滑な接続に重要なヒントを与えて くれる。 注及び引用文献 1 )アメリカ幼稚園運動史は、ヴァンデウォー カーに従うと、「創設期」、「拡張期」に大別さ れ、その後岩崎の研究では、「草創開拓期」 (1855-1870 年 )、「 普 及 拡 散 期 」(1870-1910 年 )、「 整 備 拡 充 期 」(1900-1950 年 )、「 現 代 期 」(1945-) に 四 区 分 さ れ て い る。(Vandewalker, Nina C.(1971)
The Kindergarten in American Education, New York,
Arno Press.) 2 )ここにいう「フレーベル主義」とは、形骸化し たフレーベル思想を指す。周知のように幼稚 園 は、1840 年のドイツにおいてフレーベルによっ て創設された。幼稚園の教育活動の中心となっ た の が 恩 物(Gabe) と 作 業(Beshftigung) で あり、彼の著した『母の歌と愛撫の歌』 (Mutter-und-Koselieder)が幼稚園における教育の手引き 書となった。こうした教具、教育方法や実践理 論の背景となったのが、主著『人間の教育』(Die Menschenerziehung)に表された、万物が永遠に 存在する統一者である神の永遠の法則に支配され るという人間観とそこから導き出された児童神性 観である。フレーベルの人間理解と教育の説明は あまりにも象徴主義的かつ非論理的であったこと もあり、彼の後継者たちは、フレーベルの教育思 想を無反省に継承するあまり、やがてその理論と 実践は形骸化していった。アメリカにおける幼稚 園運動の展開過程においても、こうしたフレーベ ルの教育理論および実践の形骸化が起こり、恩物 や作業についても、根拠が示されることなく、フ レーベルの示した手順に従って機械的に取り扱わ れるようになった。 3 )ブロウ自身はフレーベル主義者として、フレー ベルの象徴主義的教育理論に基づく実践の展開を 企図していたが、ハリスはフレーベルの理論には 固着しておらず、むしろ幼稚園の「アメリカ化」
を強く推し進めようとした。南北戦争後、新たな 移民の増加により、アメリカでは様々な社会問題 が生じていた。ハリスは、こうした社会問題解決 の一環として幼稚園教育に着目した。ハリスによ る幼稚園のアメリカ化には、ドイツから移入され た幼稚園そのものをアメリカの幼児教育に定着さ せることであると同時に移民の子どもたちをアメ リカ社会に適応させるという二つが含意されてい た。
4 )Hill,P.S.(1907) Some conservative and Progressive Phases of Kindergarten Education,
The Sixth Yearbook of the National Society for the Scientific Study of Education Part 2; The Kindergarten and its Relation to Elementary Education, Chicago,
The University of Chicago Press,pp.82-84. 5 )Ibid.,p.84.
6 )Hill, P. S.(1923)A Conduct Curriculum for the
Kindergarten and First Grade, New York, Charles
Scribner’s Sons,p.vii. 7 )Ibid.,p.xv. 8 )Ibid.,p.10. 9 )Ibid.,pp.18-19. 10 )Ibid.,pp.19-20. 11 )Ibid.,p.20. 12 )Ibid.,pp.8-9. 13 )Ibid.,pp.18-52. 14 )デューイ ,J. & デューイ ,E.(2000)「明日の学校」 『デューイ=ミード著作集8 明日の学校・子供 とカリキュラム』(河村望訳)、人間の科学新社、 p.100. 15 )ジョン・デューイ (1998)『学校と社会・子ども とカリキュラム』(市村尚久訳)、講談社学術文庫、 p.192。 16 )デューイはこの定式について『民主主義と教 育』の中で次のように解説する。「教育とは発達 であるといわれるのなら、その発達をどのように 考えるかですべては決まってくる。われわれの正 真の結論は、生活は発達であり、発達すること、 成長することが生活にほかならない、ということ である。このことをそれと同等の意味を有する 教育的表現に翻訳するならば、(ⅰ)教育の過程 は、それ自体を越えるどのような目的ももってい ない、すなわち教育の過程それ自体が目的にほか ならないということである。さらに(ⅱ)教育の 過程は、連続的な再構成、改造、変形の過程であ る、ということになる」(デューイ (1975)『民主主 義と教育(上)』(松野安男訳)岩波書店、p.94。) 17 )デューイ ,J. & デューイ ,E.、前掲書、p.94-95. 18 )Hill, P. S., A Conduct Curriculum for the
Kindergarten and First Grade, pp.46-48.
【付記】本稿は JSPS 科研費(19K14116)の助成を 受けた研究の成果の一部である。
132
A Study on the Connection between Kindergarten Education
and Primary Education in the American Progressive Education
Period; Focusing on the curriculum of Horace Mann Kindergarten
TAKASHI YAMAMOTO
Abstract:The institutional connection between kindergartens and elementary schools in the United States dates back to public school kindergartens in the 1870s. However, the full-scale debate over the connection between early childhood education and primary education was accompanied by the positioning of kindergartens in the school system during the American progressive education period from the end of the 19th century to the beginning of the 20th century. Attempts to connect kindergarten and elementary school in theory and practice were made for the first time in this progressive kindergarten and primary school. Focusing on this point, this article examined the "conduct curriculum" of Patty Smith Hill, which was conceived at Horace Mann Kindergarten attached to Teachers College, Columbia University during the American progressive education era, and searched for suggestions for smooth connection between kindergartens and elementary schools in today's Japan.
Keywords:The conduct curriculum, The Horace Mann Kindergarten, Progressive Education, the connection between Kindergarten Education and Primary Education