1. Ǿ ǧ Ȑ Ǻ 1992年にいわゆる「生物多様性条約」が採択され,さ らに本条約第19条 3 の規程に基づく交渉において2000 年 1 月「バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書」 が採択された。本議定書の締結により我が国が負うこと となる主要な義務としての 1 番目として,遺伝子組換え 生物等の利用等が生物の多様性に対する危険(人への影 響も考慮)を防止又は減少させる方法で行われることを 確保すること,が記述されている(外務省:カルタヘナ 議定書の説明書)。これをうけて2001年12月に環境大臣 より中央環境審議会に対し,本議定書への対応について 諮問があり,同審議会野生生物部会に遺伝子組換え生物 小委員会がおかれ,必要な国内措置のあり方について検 討がなされた。2002年 9 月にまとめられた報告書では, 組換え微生物の環境放出による影響評価項目として以下 が想定されている。 ・対象地点,対象時期の範囲を超えた環境への拡散の可 能性 ・在来の生態系への侵入・定着の可能性 ・ヒト・動植物への非意図的暴露の可能性 ・導入遺伝子産物,新たな代謝産物の産生,環境中への 残留の可能性 ・遺伝子の水平伝達・組換えによる新規微生物,ウイル スの出現の可能性 ・土着の微生物種との競合の可能性 ・近縁の野生生物種との交雑の可能性 ・微生物等による物質循環機能への影響の可能性 本件に対するパブリックコメントとして,遺伝子組換え 自体を禁止すべき,環境放出を行わないことが予防措置 である,との意見も寄せられており,遺伝子組換え生物 の環境利用に対する安全性に関しての懸念が示されてい るといえる。 こうした検討を受けて,周知のように2003年 6 月に「遺 伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の 確保に関する法律(カルタヘナ法)」が公布され,2004 年 2 月に施行された。これにともない関連規則も公布さ れており,2003年11月には「遺伝子組換え生物等の第一 種使用等による生物多様性影響評価実施要領(財務省, 文科省,厚労省,農水省,経産省,環境省告示第二号)」 が公布され遺伝子組換え生物の第一種使用いわゆる環境 利用における評価項目が示されている。2005年10月現 在,「遺伝子治療臨床研究に係る生物多様性影響評価に 関する作業委員会」では 8 施設での遺伝子組換えウイル スの使用申請を審議しており,このうち北海道大学病 院,筑波大学附属病院など 6 件の第一種使用が承認され ている。また,「遺伝子組換え生物等の第一種使用規定 の承認を行うに当たって意見を聴取する学識経験者」の 名簿が,医薬品分野および農林水産分野において公表さ れており,遺伝子組換え生物の環境利用に関する実質的 な審議がなされている。ここでの審議を基に生物多様性 影響評価検討会(農水省,環境省)では多くの遺伝子組 換え植物(農作物)の第一種使用に関して検討されてお り,2005年10月現在54件がカルタヘナ法に基づき承認さ れている。一方,遺伝子組換え微生物に関しては未だ申 請はなされておらず,関連した委員会は開催されていな いのが現状である。 著者らはこれまで有用微生物の野外利用に関連した研 究を行ってきており,カルタヘナ法に関連する遺伝子組 換え微生物の挙動・影響評価を目的としたマイクロコズ ム試験を実施してきている9–11)。また,こうした知見を 生かしつつさらに組換え植物,動物の影響評価も加えた Vol. 6, No. 1, 7–15, 2006
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The Risk Assessment of Genetically Engineered Microorganisms in Environments (Type 1 Use)
岩崎 一弘
1*,矢木 修身
2KAZUHIRO IWASAKI and OSAMI YAGI
1 独立行政法人国立環境研究所生物多様性研究プロジェクト 〒305–8506 茨城県つくば市小野川16–2 2 東京大学大学院工学系研究科附属水環境制御研究センター 〒113–8656 東京都文京区本郷7–3–1
* TEL: 029–850–2407 FAX: 029–850–2407 * E-mail: [email protected]
1 National Institute for Environmental Studies, 16–2 Onogawa, Tsukuba, Ibaraki 305–8506, Japan 2 Research Center for Water Environment Technology, Graduate School of Engineering,
The University of Tokyo, 7–3–1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113–8656, Japan ȵʀɷʀɑ:カルタヘナ議定書,遺伝子組換え微生物,プラスミド,微生物多様性
Key words: The Cartagena Protocol, genetically engineered microorganisms, plasmid, microbial diversity
岩崎,矢木 8 プロジェクトを環境省地球環境研究総合推進費に提案し (研究代表者,東京大学矢木修身教授)平成15年度より 実施している。遺伝子組換え生物の遺伝子移行の解析と 生物多様性への影響評価手法の開発を目的としており, 東京大学,筑波大学,産業技術総合研究所,農業生物資 源研究所,国立環境研究所の共同で研究を進めていると ころである。本稿では,これまで実施してきたマイクロ コズム試験で得られている知見並びに現在進行中の本プ ロジェクトにおいて筆者が担当している内容について紹 介する。 2. ൮᧯ᢼẫ₰ԑǶǽ⣻Όǽ࿇ؔ 微生物は非常に小さく顕微鏡レベルなので,その生残 や拡散を環境中で検出・定量するには特殊な技術を必要 とするため,安全性を評価するうえでモニタリング手法 の確立は重要な課題である。筆者らも,トリクロロエチ レン分解菌等の特定微生物の PCR 法による検出・定量 法の開発を行ってきている8,14,15)。また,前述の環境省プ ロジェクトにおいても産業総合研究所の研究グループが 微生物のモニタリングに関して担当しているところであ る。ここでは,微生物のモニタリングに関しては割愛さ せていただき,遺伝子組換え微生物の安全性評価項目と して重要な遺伝子の挙動について述べる。 遺伝子組換え微生物の生態系に及ぼす影響という観点 から,導入した遺伝子の環境中における伝播等の挙動を 解析することは非常に重要であり,これまでに微生物間 のプラスミド等の遺伝子の水平伝達に関する多くの研究 がなされている12)。また,環境中に接種した微生物のプ ラスミドの挙動に関していくつか報告がなされている。 Devanas ら4) は,薬剤耐性プラスミドを保持する Esche-richia coli を土壌中に接種し,その生残性とプラスミド の安定性は土壌の栄養状態に影響されると報告してい る。また,抗生物質耐性遺伝子をコードするプラスミド を保持する Pseudomonas fl uorescens では,水環境中に おいて耐性を示す菌の割合が減少していき,この原因が プラスミドの脱落であったことが示されている28)。一 方,Caldwell ら3) は,水銀およびテトラサイクリン耐性 遺伝子をコードするプラスミドを持つ各種微生物を地下 水中に接種した結果,次第に薬剤耐性能を発現しなくな るが,この時プラスミドは保持し続けるという現象を報 告している。このように,環境中に接種した微生物にお いて,その環境条件および導入した遺伝子の種類等によ り,時間の経過と共にプラスミドが脱落するあるいは標 的遺伝子の形質が発現しなくなる現象が認められている が,そのメカニズムは十分には明らかになっていない。 環境中における微生物の挙動を評価し,また目的とする 形質を有効に発現させるためにも,その遺伝子の微生物 細胞内における安定性等の挙動を解析することが重要で あると考え,微生物細胞内でのプラスミドの挙動の解析 を行った。 2.1. Ϝ▿≗ጋ これまで環境中での挙動を追跡するためのマーカーを 導入した各種組換え微生物を作成してきている9–11)。こ れらマーカー付き組換え微生物のなかで,環境中に幅広 く生息しており,また「研究開発等に係る遺伝子組換え 生物等の第二種使用等に当たって執るべき拡散防止措置 等を定める省令」第二条第十三号の文部科学大臣が定め る認定宿主ベクター系として掲げられている
Pseudo-monas putida の組換え体 PpY101/pSR134 を実験に使用
した。本組換え体は,広宿主域ベクター pSUP101 にマー カーとして水銀還元遺伝子群(merオペロン)を導入し 作成した組換えプラスミド pSR134 を保持しており,無 機水銀汚染浄化能を有している19–21)。 2.2. ᦹऴᕮ˛ǶǽɟɱɁɧɑǽયම 環境水中における PpY101 細胞内の組換えプラスミド pSR134 の安定性を検討した(図 1 )。上記の洗浄菌体 を接種した手賀沼湖水(千葉県)を 500 ml 容三角フラ スコに 200 ml 分注し,これを水マイクロコズムとした。 各マイクロコズムは室温 25°C, 照度 4,500 lx, 12時間明暗 周期,振とう条件 60 rpm の条件下に設置した。環境水 中における急激な菌数の減少は,後述するように原生動 物による捕食が大きな原因であると考えられる。菌数の 減少に伴い水銀添加平板培地に生育するコロニー数の割 合が減少する傾向が示され,すなわち環境水中において mer オペロンの発現率の低下が認められた。この時,水 銀無添加培地で増殖したコロニーをさらに水銀添加およ び無添加平板培地にレプリカしてその生育を確認したと ころ,水銀耐性能を発現しているコロニーは40%以下と なり,PpY101 細胞からのプラスミドの消失が示唆され た。なお,水銀無添加の栄養培地でプラスミドの安定性 を調べた結果では,植継ぎを繰り返し約40世代後でも 90%以上の安定性が認められている。 2.3. ɟɱɁɧɑયමǺڽȋǨᦹऴ┶ࡍ 次に,mer オペロンの発現およびプラスミドの安定性 に及ぼす温度と光の影響を検討した。蒸留水中において 温 度 の 影 響 を 検 討 し た 結 果( 図 2 ), 暗 所 に お け る 10,20および 25°C では,35日目まで試験開始時の菌数 を保ち,また水銀添加平板培地と無添加平板培地で計数 した菌数にほとんど差が無く,水銀耐性能を常に保持し ていることが示された。さらに,光の影響を検討した結 図 1 .手賀沼湖水における遺伝子組換え微生物 PpY101/pSR134 の生残性。 水銀無添加平板培地(○)および水銀添加平板培地(●) で計数。
果( 図 3 ),4,000 lx の 連 続 照 射 下 で は,3 日 目 以 降 CFU の減少に伴い両者の平板培地で計数した菌数に差 が生じ,35日目には両者の差は約10倍となった。7,000 lx の連続照射下では,12日目には水銀無添加平板培地で約 106 CFU/ml, 水銀添加平板培地で約 104 CFU/ml と計数 され両者に大きな差が認められた。なお,顕微鏡観察に よる直接計数の結果,暗所および光照射系いずれもほぼ 実験開始時の菌数を維持したことから,光による溶菌は 生じていないと考えられる。ここで使用した P. putida は光の照射により生残性の低下に伴って,プラスミド由 来の水銀耐性能が低下することが認められた。この原因 としては,貧栄養条件下での代謝によるプラスミドの脱 落,あるいは光によるプラスミドの物理化学的分解によ るコピー数の低下,プラスミド立体構造の変化,水銀還 元酵素の不活性化等が考えられた。 2.4. ẫ₰ԑǽɟɱɁɧɑᴗΧᐦ⢧ǽ╫ኝ そこで,細胞内のプラスミドの立体構造および含量の 解析を試みた。まずプラスミドの抽出法を開発するため に,微生物細胞をアガロースゲルに固定し,そのゲルプ ラグから DNA の回収および透析による精製を行った。 その結果,電気泳動により閉環状,開環状および直鎖状 プラスミド DNA の分離・定量が可能となった。 次 い で,7,000 lx の 光 を 連 続 照 射 し た 条 件 下 で の PpY101 細胞内のプラスミド pSR134 の立体構造解析お よび DNA 量の変化の測定を行った(図 4,5 )。その結 果,試験開始時はほとんどが閉環状プラスミドであった が,光の照射により閉環状プラスミドの減少に伴い開環 状プラスミドが増加し,その後閉環状および開環状プラ スミドともに減少した。暗所においては,試験開始時の 閉環状プラスミドの量をほぼ維持し,試験終了時に開環 状と閉環状プラスミドがほぼ等量となった。光の照射に より開環状プラスミドが増加した 4 日目には,水銀添加 および無添加平板培地での計数による菌数に差がないこ とから,開環状プラスミドであっても mer オペロンの 発現能は維持されていると考えられる。また閉環状およ び開環状プラスミドともに減少した 8 日目以降に,平板 培地による計数の結果から水銀耐性能の低下が認めら れ,水銀が高濃度であるほど耐性を発現する菌数が少な くなることが示された。このことから,光により菌体内 の組換えプラスミドが閉環状から開環状へと構造が変化 することにより不安定化し,さらに光を受け続けるため コピー数が低下し,細胞によるプラスミドコピー数の違 いにより,水銀耐性能の差が生じたと考えられる。な お,直鎖状プラスミドについては,暗所および光照射系 共に得られなかった。これは菌体内において,直鎖状 DNA が構造的に DNase による分解を受けやすいためで はないかと思われる。ここで検出された,閉環状から開 環状への変換は,光による物理化学的分解だけでなく菌 体内のトポイソメラーゼ II の不活性化,トポイソメラー 図 2 .遺伝子組換え微生物 PpY101/pSR134 のプラスミドの安定 性に及ぼす温度の影響。 水銀無添加平板培地(○)および水銀添加平板培地(●) で計数。 図 3 .遺伝子組換え微生物 PpY101/pSR134 のプラスミドの安定 性に及ぼす光の影響。 水銀無添加平板培地(○)および水銀添加平板培地(●) で計数。
岩崎,矢木 10 ゼ I の活性化および ATP の減少等も原因しているのか もしれない。以上より光の照射により,プラスミドを保 持する P. putida の nonculturable な状態への移行が引き 起こされ,プラスミドの立体構造の閉環状から開環状へ の変換を促進し,さらにプラスミドのコピー数の低下を 起こすことにより水銀耐性能を徐々に低下させることが 推測された。 環境中における遺伝子組換え微生物のプラスミドの水 平伝達等の遺伝子の挙動に関するリスク管理といった点 を考慮すると,環境利用する遺伝子組換え微生物にプラ スミドを導入することは避けた方がよいかもしれない。 しかしながら,近年廃水処理において目的の形質を定着 させるため,あえて伝達性プラスミドを利用する試 み2) もなされており,微生物の有効な利用および微生物 並びに遺伝子の制御・安全性評価といった観点から,本 研究のような検討が重要であると考えている。 3.Ʒᦹऴ˛Ƕǽ⣻Όẻ၁Ǘ൮᧯ᢼǽ᧯ᔞම 遺伝子組換え微生物の環境利用に際してその安全性を 評価する必要があると考えられている項目のうち,人間, 特定の動植物への直接の影響に関しては,利用する微生 物の病原性,有害物質の生産性,その他の主要な生理学 的特性および使用法等からある程度の予測が可能であ る。しかしながら,環境中での生残性,生態系に及ぼす 影響等の安全性を評価するためには,マイクロコズム等 の模擬生態系での検討が必要である。 3.1. ᕮɦȬȷɵȻɂɨ▿9) 供試微生物として前述の P. putida PpY101 にプラス ミド pSR134 を導入した組換え体およびその宿主を非組 換え体として用いた。また水マイクロコズムも前述と同 様に用意し,25°C, 5,000 lx(12時間明暗周期),60 rpm の条件下に設置した。組換え体および非組換え体は軟寒 天重層培養法により計数した。各種環境水中での生残性 試験結果を図 6 に,またこれらの環境水の水質を表 1 に 示した。両者の菌数は,接種後 5 日までは速やかに,そ の後は比較的緩やかに減少し,接種した菌数が高いとき により早く減少していた。後述のようにこの高い死滅速 度は原生動物の高い捕食圧によるものではないかと考え られる。組換え体と非組換え体の生残性に有意な差は認 められなかった。Scanferlato ら25) は,遺伝子組換えお よび野生型 Erwinia carotovora の水マイクロコズムにお ける死滅速度は同じであることを報告している。 水環境中の栄養条件と生残性の関係に関する報告がい くつかなされており,Liang ら16) は,各種微生物の生残 性が栄養条件によって異なることを示している。本研究 図 4 .遺伝子組換え微生物 PpY101/pSR134 細胞内のプラスミド の立体構造の変化。 各 レ ー ン は そ れ ぞ れ マ ー カ ー (A), ccc-pSR134 (B), oc-pSR134 (C), l-oc-pSR134 (D), 0 日 (E), 4 日後 (F), 8 日後 (G), 12日後 (H) の微生物細胞から抽出した DNA サンプル(そ れぞれ1は光照射,2 は暗所)。 図 5 .遺伝子組換え微生物 PpY101/pSR134 細胞内のプラスミド の立体構造および濃度に及ぼす光の影響。 閉環状 (ccc) プラスミド(○)および開環状 (oc) プラスミ ド(●)。 表 1 .各環境水試料の水質 Water samples Water quality (mg l
–1)
T-P PO4-P T-N NO2+NO3-N NH4-N COD
Lake Teganuma 0.696 0.060 3.99 1.35 0.22 5.4 Sakura River 0.130 0.016 1.35 0.89 0.07 4.3 Tsukuba Spring 0.100 0.014 0.80 0.71 0.01 1.4
においては,生残性はその試水の COD の違いには影響 を受けておらず,本菌株の挙動は水環境中の栄養条件に は影響を受けないことを示唆している。水環境中の栄養 条件にその生残性が影響を受ける微生物と受けない微生 物がいるようである。従って,その水質分析だけでは水 環境中に接種した微生物の生残性は予測できないといえ るだろう。 水環境中において原生動物による捕食は,微生物と他 の生物との相互作用を考察する上で非常に重要な因子の 一つである1,6)。増殖速度の低い細菌は原生動物の捕食に より速やかに減少することが示唆されている7,27)。本研 究において,原生動物の捕食活性を押さえるためシクロ ヘキシミドを添加したマイクロコズム中においては, 7 日間まで接種した P. putida の菌数はほとんど変化 しなかった(図 7 )。7 日から14日目の間に急激な減少 がみられたが,これはシクロヘキシミドに耐性のある原 生動物が増殖したためではないかと考えられる。本研究 で用いた P. putida も,原生動物による捕食によって大 きな影響を受けることが明らかとなった。また,このよ うに速やかに減少してしまうことから,接種した P. pu-tida は自然水中においてはおそらくその生育速度は非常 に遅いかまたはほとんど生育していないのではないかと 思われる。 3.2. ࡽॠɦȬȷɵȻɂɨ▿10) 風乾して 2 mm のふるいを通し適当な含水率に調整し た土壌に前述の組換え体および非組換え体を噴霧し,こ の約 500 g を直径 9 cm 高さ 15 cm の深形ガラス製 シャーレに充填して土壌マイクロコズムとした。土壌マ イクロコズムは 25°C,暗所に設置した。まず,黒ボク 土壌と砂質土壌における生残性を調べた(図 8 )。Trevors ら29) は,マーカーを導入した P. fl uorescens の生残性が ローム土壌と砂質土壌で異なることを示している。彼ら は,非生物的な環境因子とともに競合,捕食およびニッ チの獲得などの生物学的因子の違いがこの 2 種類の土壌 での生残性の違いを引き起こしているだろうと考察して いる。Ramos ら24) は,組換え型 TOL プラスミドを保持 している P. putida の生残性は土壌のタイプに依存する ことを示している。しかし,彼らは生残性と土壌のタイ プ,有機物含量,C/N 比およびカルシウム含量との間 に直接の相関は見いだせないと述べている。本研究にお いても,接種した P. putida の生残性は黒ボク土壌と砂 質土壌マイクロコズムで異なっていた。これは微生物を 野外利用する前にそのサイトの土壌で挙動を検討するこ とが必要であることを示している。
Yeung ら33) は,新鮮な湿土壌中で P. putida および
Pseu-domonas aeruginosa の宿主と組換えプラスミドを導入 した組換え体の挙動には有意差がないことを報告してい 図 6 .遺伝子組換え(■,●)および非組換え(□,○)PpY101 の各種環境水での生残性。点線は検出限界。 図 7 .遺伝子組換え(■,●)および非組換え(□,○)PpY101 の手賀沼湖水での生残性に及ぼす原生動物の影響 (A)。シ クロヘキシミド添加系における原生動物細胞数 (B)。
岩崎,矢木 12
る。Morel ら17) は,E. coli と P. putida の宿主および組 換えプラスミドを保持している組換え体とでトウモロコ シ根圏においてほとんど同じ挙動を示したことを述べて いる。本研究において,mer オペロンを導入した組換え P. putida およびその宿主の土壌中における生残性には 有意な差は認められなかった。ここでのマイクロコズム 試験およびこれまでの報告から,特に選択圧のない条件 では遺伝子組換え微生物の生残性はその親株とほぼ同じ であろうと考えられる。 次いで,黒ボク土壌中の生残性はその含水量によって 大きな影響を受けることが認められた(図 9 )。Postma と van Veen ら23) は,滅菌土壌中における根粒菌の生残 性を検討し,含水率の増加はその生残性にほとんど影響 を与えないことを示した。一方,Dupler と Baker5) は, 高含水率の土壌中では P. putida は有意に長く生残した ことを報告している。含水率と原生動物による捕食に関 して,Vargas と Hattori31) は,低い土壌含水率によって 土壌粒子中での原生動物細胞の分散が妨げられているこ とを示唆している。また,原生動物のような捕食者がよ り高い含水率の土壌でより活発であるということが報告 されている30)。従って,本研究の P. putida の低含水率 土壌での急激な減少は,原生動物による捕食によるもの ではなく,宿主の生理学的性質によるのではないかと考 えられる。Senoo ら26) は,土着の Sphingomonas
pauci-mobilis の生残性が,接種したそれよりも良いことを示 している。彼らは,土着の S. paucimobilis がその土壌 の細孔隙に位置することを示唆している。土壌の団粒構 造の外側に生息する微生物は内側の微生物よりも環境条 件の影響を直接さらされてしまう18)。土壌に接種した P. putida が土壌団粒構造の内側に入り込めないことが含 水率の低い土壌中での急速な減少の原因のひとつかもし れない。一方,Zechman と Casida34) は,自然土壌中に P. aeruginosa を接種し,ゆっくり乾燥させる実験を行い, 試験開始約 1 週間で急激な死滅が始まることを報告して いる。従って,微生物の野外利用の前にはその利用状況 によっては土壌マイクロコズムの含水率を変化させてそ の挙動を検討する必要があるだろうと考えられる。 4.ƷࣟⳬᗕǺȗȚ഻ⱶ△Ϣ▿9,10) 前述のマイクロコズム試験において組換え体あるいは 非組換え体接種の系と菌体無接種の対照系における土着 微生物の生菌数を比較した。手賀沼湖水マイクロコズム での結果を図10に示す。湖水中には約 105 CFU/ml の一 般従属栄養細菌が存在していた。実験開始 5 日目までは 接種した微生物菌数が 105 CFU/ml 以上生残し,湖水中 の土着菌数を上回っていたため計数が出来なかったが, 7 日目以後で計数が可能となった。菌体接種系と無接種 の対照系とでは一般従属栄養細菌数の差は認められず, これらの生菌数への影響はほとんどないと考えられた。 黒ボク土壌および砂質土壌を用いた土壌マイクロコズ ムにおいても一般従属栄養細菌数への影響は認められな かった。さらに各種含水率の黒ボク土壌を用いた土壌マ 図 8 .遺伝子組換え(●)および非組換え(○)PpY101 の黒ボ ク土壌および砂質土壌での生残性。 図 9 .遺伝子組換え(●)および非組換え(○)PpY101 の黒ボ ク土壌での生残性に及ぼす含水量の影響。
イクロコズムにおいて一般従属栄養細菌数を調べた結果 を図11に示す。低含水率の黒ボク土壌においては接種し た微生物は急激に減少したが,一般従属栄養細菌はいず れの含水率のマイクロコズムでもほぼ同数検出され両者 の菌株の接種による影響は認められなかった。 本研究で用いた P. putida の接種は,水および土壌環 境中の土着微生物の生菌数には影響を与えないことが示 された。Orvos ら22) は,宿主および遺伝子組換え E. carotovora が土壌微生物影響を及ぼさないことを示して いる。また,Jones ら13) は,5 種類の組換え体およびそ の宿主は土壌の窒素循環に影響を及ぼさないことを報告 している。しかし,組換え Streptomyces lividans は,土 壌中の有機炭素の代謝速度に影響を及ぼすことが示され ている32)。このようにこれまでの知見では,微生物の生 態系に及ぼす影響は,試験する微生物によってそれぞれ 異なっている。環境中に組換え体のような培養微生物を 多量に接種した場合,土着微生物の生菌数に対する影響 はほとんど検出されないが,その中身すなわち微生物生 態系構成メンバーに対しては何らかの影響を及ぼしてい るのかもしれない。 5.Ʒᦹऴᭉɟɵɀȯȷɐ 現在,わが国では遺伝子組換え微生物の野外利用はな されていないが,近い将来環境浄化微生物等の有用な組 換え微生物が開発あるいは海外より輸入され利用されて いくと予想される。従って,利用申請された組換え微生 物の生態系影響をなるべく短期間で評価可能な生態系影 響評価手法の開発が急務の課題である。一方,これまで 十分に解析できなかった微生物生態系の構成メンバーで ある個々の微生物を評価するための分子生物学的技術が 急速に発展してきている。そこで本プロジェクトにおい て筆者は,近年開発されてきた PCR-DGGE 等の新しい 手法により組換え微生物の微生物多様性への影響を迅速 に評価する技術の開発を担当している。 5.1. ɦȬȷɵȻɂɨ▿ 国立環境研究所で定期的に全域調査を行い,水質並び に生物学的なデータが豊富である茨城県の霞ヶ浦湖水を 対象とした。また,なるべく排水その他の人間活動に影 響を受けにくい湖心より採取した表層水試料を実験に用 いた。2 L 容プラスティック製三角フラスコに前述の供 試微生物を約 107 CFU/ml になるように接種した供試水 1 L を分注した。各系は三連用意し,組換え体を接種し た系 G-1∼G-3,非組換え体を接種した系 H-1∼H-3, 菌体を無接種の系 C-1∼C-3 とした。これらをマイクロ コズムとして暗所,20°C の恒温室に設置し,60 rpm で 緩やかに振とうした。 5.2. PCR-DGGEոኝǺȗȚ൮᧯ᢼDNAǽ╫ኝ 本研究では培養によらない微生物群集解析手法の一種 である PCR 法による微生物 DNA の増幅および DGGE (変性剤濃度勾配ゲル電気泳動)分析により,組換え微 生物の微生物多様性への影響評価を試みた。なお培養法 による一般従属栄養細菌の菌数に関してはこれまでの知 見と同様に組換え体接種による環境微生物数への影響は 認められなかった。 PCE-DGGE 分析の結果,各系のバンドパターンは試 験期間後期では類似してきたが,菌体接種の影響を受け たと考えられるバンド,すなわち微生物種が存在するこ とが示唆された。PCR-DGGE 分析ではその結果の再現 性が非常に重要であるが,本研究では数多く PCR およ び DGGE を繰り返し実験することにより処理のロット 図10.手賀沼湖水の土着微生物生菌数に及ぼす遺伝子組換え (●)および非組換え(■)PpY101 の影響。○;無接種の マイクロコズム中の土着微生
25
図11.各種含水率の黒ボク土壌の土着微生物生菌数に及ぼす遺 伝子組換え(●)および非組換え(■)PpY101 の影響。○; 無接種のマイクロコズム中の土着微生物生菌数。岩崎,矢木 14 による再現性,また3連のマイクロコズム間での再現性 も十分に認められることを確認している。これまでの平 板培地法等によって環境微生物の菌数を対象として評価 していた研究では微生物接種の影響をほとんど検出でき なかったが,本研究により微生物多様性に影響を及ぼす 可能性が示唆された。今後はこうした微生物を分離し て,遺伝子組換え微生物あるいはその宿主との相互作用 を検討する必要があるだろう。 6.ƷǙ Ȟ ș Ǻ 前述したように,遺伝子組換え微生物のいわゆる開放 系利用を目的とした第一種利用申請は現時点では,なさ れてはいない。しかしながら,家畜の病気や農作物の虫 害を防ぐ等の農林分野や,有害化学物質の浄化等の環境 保全分野をはじめとして,開放系利用を目指した多くの 遺伝子組換え微生物が世界中で開発されてきている。近 い将来,こうした遺伝子組換え微生物の第一種利用の申 請がなされることは想像に難くない。これまでの知見か ら遺伝子組換え微生物接種による土着微生物への影響は ほとんどないものと考えられる。しかし一部の微生物種 において影響が生じる可能性も示唆される結果が得られ ており,今後引き続き安全性を評価するための情報を蓄 積していくことが必要であろう。また,平成17年 3 月に 「微生物によるバイオレメディエーション指針(経済産 業省,環境省)」か告示されており,この中で利用する 微生物の影響評価の必要性が示されている。遺伝子組換 え微生物の影響評価は,その組換え遺伝子の伝播に関す る点を除けば培養微生物のそれとほぼ同一の手法で実施 できると予想される。従って,遺伝子組換え微生物の安 全性評価に関する検討は,バイオレメディエーション等 の有用微生物の開放系利用においても有効な情報を与え るものと考えられる。 本研究の一部は,地球環境研究総合推進費「遺伝子組換え生 物の開放系利用による遺伝子移行と生物多様性への影響評価に 関する研究(研究代表:東京大学矢木修身教授)」の委託によ り実施された。 ᄙ ᤙ
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