• 検索結果がありません。

セーフティネット史研究の現在, 社会経済史学会編, 社会経済史学の課題と展望, 有斐閣, 2002年, 所収論文より

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "セーフティネット史研究の現在, 社会経済史学会編, 社会経済史学の課題と展望, 有斐閣, 2002年, 所収論文より"

Copied!
7
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)IIl川lI田川川iIl[IIl田1闘Ill目1. 書. 評. Ill旧lllllllllllllllll川II田1川1. セーフティネット史研究の現在 社会経済史学会編『社会経済史学の課題と展望』(有斐閣,2002年)所収論文より一. 倉. 敷. 1 はじめに. 伸. 子. それは現在のセーフティネット論とどう対応するの だろうか.これらを検討することで,社会経済史学.  社会経済史学会編『社会経済史学の課題と展望』. 会の「試み」に応答したいと考える.. (有斐閣 2002年)は,1990年代の社会経済史学の.  なお,セーフティネットというテーマの下にまと. 成果をまとめるにあたり「セーフティネット」とい. められた『社会経済史学の課題と展望』所収論文は,. うテーマを設け,このテーマの下に7つの論文を編. 以下の通りである1).. んだ.これについて,編者の一人である斉藤修は 「最近のセーフティネットを巡る議論に歴史的視点. 26章斉藤修「家族再生産とセーフティネット」. を提供する試み」(『社会経済史学の課題と展望』. 27章 川原温「ヨーロッパ中世都市の社会政策」. p198 以下,『社会経済史学の課題と展望』からの. 28章 高橋友子「15∼17世紀ヨーロッパ・カト. 引用に限り本文中に頁を記載)と述べている.現在,.    リック圏における慈善観と慈善活動」. 高齢者人口の増大や大量消費経済の行き詰まりなど. 29章 古市大輔「中国の穀物備蓄制度」. を背景に,差し迫った問題として,地域や家族を支 えてきた社会システムの見直しが議論されている.. 議論の論点は多岐にわたるが,そこに一定の方向性 を与えているのが,セーフティネットという視角で.  1)各論文が研究史整理の対象としている時代・. ある.社会を構成する制度は,公的な制度である以. 地域は以下の通りである.. 上,社会からの完全脱落を防止する機能を準備しな.  斎藤修論文:福祉国家が成立する以前のイングラ ンドと比較地としてのイタリア・日本を対象とす る.家族構造と公共性の相互関係を軸にセーフティ ネット史の現在の研究水準を概観し検討.  川原温論文:中世後期から近世初期のイタリア・ ドイツ・フランスの諸都市を対象とする.後見的立 法措置を近代国家行政に連なる機能として位置づ け,成立の背景と実際についての研究史を整理検討.  高橋友子論文:15世紀後半から17世紀のヨーロ ッパ・カトリック圏を対象とする.慈善行為の意. ければならない.このような了解を形成すべく,. 様々なレベルでセーフティネットが論じられてい る.『社会経済史学の課題と展望』のテーマ設定も, この動きの中にある..  しかし,『社会経済史学の課題と展望』に掲載さ れた諸論稿を読むと,この「試み」が,単に現代社 会の問題に歴史的見地を提供する「試み」に留まる ものではないことが理解される.様々な問題関心の. 識・目的についての研究動向を整理検討.. ィネットという枠組みで再編し整序づけることは,.  古市大輔論文:清時代の清王朝を対象とする.近 年の歴史学が穀物備蓄制度をどのような文脈の中で 取り上げているかについて整理検討.. 歴史研究の視角そのものに対して提議された「試み」.  菊地勇夫論文:17∼19c初頭の日本を対象とす. もとに蓄積されてきた研究成果を,新たにセーフテ. でもある.そこで本論では,『社会経済史学の課題 と展望』の「試み」を通して,セーフティネットと. いう枠組みを歴史学に用いることの意義について考. る.飢饅対策について幕府・領主の施策を中心に概. 観  高田実 :近代イギリスを対象とする.労働者の 生活セーフティネットを個と共同性の相互関係から. えてみたい.セーフティネットという視角は,過去. みた際の論点を抽出.. の社会を顧みる作業に対してどのような論点を提供.  石原俊時:19c末∼1970のスエーデンを対象とす る.スエーデン福祉国家研究が提示してきた論点を. し,どのような視界を切り拓くのだろうか.また,. 紹介し検討.. 『エコノミア』第54巻第2号(2003年11月),103−109頁[Ecoηo碗αVoL 54 No.2(November 2003), pp.103一109].

(2) ■04. 30章 菊池勇夫「徳川日本の町上対策」. 究史を組み立てている.このように,セーフティネ. 31章 高田実「近代イギリス労働者の生活セーフ. ットという視角は,従来,政治史,社会政策史,消.    ティネットー個と共同性の関係をめざし. 費経済史,民衆史,家族史,労働運動史,など別個.    て」. の背景と視点のなかで扱われてきた議論を,その前. 32章 石原俊時「西ヨーロッパの福祉国家一北欧. 歴を問わず同列に検討する目論見を可能としてい.    のパースペクティヴ」. る..  社会に別個に存在する様々な組織や機能を,それ.  7本の所収論文のうち,東・中欧を除いたヨーロ. ぞれセーフティネットとして意味付ける視角は,時. ッパ圏を対象としたものが5本を占め,一方,近年. を共にしながらも原理を異にする幾つもの層によっ. その相互扶助組織の伝統に関心が高まっているイス. て構成されているという社会像を導きだす.つまり,. ラーム社会について言及した論稿はない.またアジ. セーフティネットという視角は,共時的「場」がい. アを論じた2つの論稿は対象とする地域や時代を限. かに構成されているかへの注意を喚起する視角であ. 定したもので,ここからアジア地域におけるセーフ. る.セーフティネット史を組み立てるにあたって,. ティネット史研究の全体像を描くことは難しい.し. 斉藤修は,P.Laslettらの核家族困窮仮説以降,イン. かし,これらの偏りを是正する能力を筆者は持たな. グランドの救貧の主体が新救貧法によって家族から. いので,本論では,7本の論文が扱った諸研究をセ. 国家へ移行したという定説が正当性を失ったこと,. フティネット史研究の到達点とし,その論者の視点. 教区の役割が新救貧法の前後を通じて重要であった. を手がかりにセーフティネット史研究の現在を傭鰍. ことを示し(p326),高橋友子は,近世カトリック. していく.. 圏の救貧活動が,都市の秩序維持を求める現実的要 H セーフティネットという視角. 請としてだけでなく,対抗宗教改革の「霊的救済」 観を背景とした営為という面からも行われていたと.  扶助組織や救貧政策自体は今までも歴史研究の対. する視点を紹介し(p356),高田実は,イギリス近. 象とされてきた.それらの研究を新たにセーフティ. 代におけるセーフティネットが,国家と家族,コミ. ネットという視点から組み直すことで,どのような. ュニティーの相互補完的関係の中にあったことを強. 歴史像が構築されるのだろうか.まず,ここから考. 調し(p388),石原俊時は,スウェーデン福祉国家. えてみたい.. はアソシエーション民主主義によって成立したとい.  『社会経済史学の課題と展望』所収の7本の論文. う定説に対して,同時期の社会局の設立や保守論客. の執筆者たちが,セーフティネット関連と判断して. の動向などアソシエーション以外のアクターへの関. 研究史に組み込んでいる研究対象は多彩である.た. 心を促し(p399),古市大輔は,清朝穀物備蓄制度. とえば,日本の近世史を論じた菊池勇夫は,仁政イ. の研究の前提が,階級関係を基にする分析から,. デオロギー,無尽・頼母子講といった庶民金融や質. 「地域社会」のを基礎とする議論に転じ,関心も流. 戻し慣行,下人・名子化という有力農民への従属化,. 通・市場という空間的広がりに移っていることを指. 町組織などをセーフティネットの範疇に入れる.. 摘している(p363).このように,執筆出たちが重. 一方,中世ヨーロッパ都市町を整理した河原温は,. 視しているのは,何れも場の重層性を論証する研究. 市当局の物乞い統制,奢修条例,都市の建築条例を. である.. 社会問題への積極的対応として位置づけ,調和・秩 序といった古典的美学で都市の整序を目指す人文主.  また,斉藤修,高田実は旧救貧法下イングランド でも,南部と工業化が始まった北部では救貧対象が. 義の理念を,セーフティネットの背景として指摘す. 異なることを示したS.Kingの研究に言及し. る.他の論者たちも,行政組織,宗教組織,経済統. (p327・p389),河原温は,14・15世紀の西欧諸都. 制,生活規制,食糧備蓄,宗教規範,労働規範,美. 市において,救済組織の実質的管轄権はその地域の. 的理念,家族,地域共同体,一揆,養子縁組,乞食. 都市と教会の力関係で異なったことを,自身の研究. などレベルを異にする制度や機能を,いずれもセー. から論じる(p339).これら地域の差違についての. フティネットを構成する一要素として位置づけ,研. 研究の重視も,単一でない場の構成への関心に連な.

(3) ■0∫.  場の重層性への着目は,社会構造の分析に,各々. としても位置している.1980年前後,右上がり経 済のなかで維持されてきたスウェーデン福祉国家路. がそれぞれに存在しているという認識すなわち共. 線は経済危機に直面し,一方でイギリスのサッチャ. 生という視点を新たに加える.例えば,,フィランス. ー政権は,新自由主義を標榜した政策を打ち出した.. ロピーという規範について,従来の研究はジェント. この中にあってセーフティネットという枠組みを組. ルマン階級の属性に特化してきた.しかし,フィラ. 立て,国家や権力に一元化されていない様々なアク. ンスロピーは結果として貧民に最底辺の命綱を提供. ターを掘り起こす作業は,「かっては強い個人が自. する「慈悲経済」を生んだ.このことへの注目を喚. 分自身を守っていた」というプロパガンダに対抗す. 起し,慈善を受ける側の「生き残り戦略」として. る意味を持っていた.この文脈の中に,イングラン. 「慈善の利用」を位置づけたP.Mandlerの研究を. ド新救貧法下でも南部では教区が高齢者への手当給. るものである.. 「新鮮」と表現する高田の視点(P390)は,セーフ. 付を行っていたと主張する訂homsonの研究(P328). ティネットという視角がもつ関心の所在を示してい る.「最底辺を形成する貧民階層」「貧民窟を馴致し. や,1980年前後半のスウェーデンで活動した権力 調査委員会の報告書(p403)があったことを,斎藤. 階層の維持を図る特権階級」という関係ではなく,. 修や石原俊豪は指摘する.現在のセーフティネット. 社会空間を貧民層もジェントルマン階級もそれぞれ. 論が,新たな社会システム構築に向けての議論に支. の方法で生きる場として把握する視点によって,. えられているのと同様に,過去のセーフティネット. 「慈善経済」と「生き残り戦略」を併置する発想が. への着目も,「今」に対する発信を強く意識する側. 獲得される.. 面を持っていた.この問題関心は,新自由主義が国.  このような社会は様々なシステムにより多元的に. 家再建の処方箋として大国間に流布し,グ廻田バリ. 構成されているという認識は,1980年前後以降の. ゼーションによって国際関係にも多大な影響を与え. 歴史研究の動向と重なり合う.1980年代,構造主 義の影響を強く受けた歴史認識が社会史という成果. ている現在,依然有効な位置を確保している.. 皿 セーフティネット史の論点. に結実し,それまで歴史の語りから捨象されてきた. 事柄,例えば個人の身体の記憶,日常であるが故に.  では,以上のような視角に立つセーフティネット. 無価値とされていた生活のあり方,正史の視界の周. 史は,どのような論点を歴史学に提示するものなの. 縁に生きた人々の存在などに歴史上の「場」が与え. だろうか.. られ,新たな歴史像の可能性が切り拓らかれていっ.  セーフティネットという視点で,経済,政治,文. た.高田実は,近年の福祉研究を「福祉国家の歴史」. 化にわたる様々なアクターを捉え直すということ. から「福祉システムの歴史」への移行と位置づけ,. は,それらが各々にもつ公共的機能の部分を抽出し,. その結果「時空のコンテクストの中で多元的な変数. 特化する作業を意味する.『社会経済史学の課題と. が織りなす関係性の世界」が立ち現れたと総括して. 展望』所収当該論文のいずれも,公共性は何かにつ. いる(p387).多元的変数の関係性からなる歴史観. いて正面からは論じていない.しかしセーフティネ. は社会史の方向性に呼応する.歴史を社会システム. ットという視角が,公共性がもつ歴史性を必然的に. という場に再定置しようとする試みにとって,社会. 問うものであることについては,各論文とも自覚的. の諸要素を重層的に把握することを可能とする. である.論者たちは,公共性に関する議論を展開す. 「様々に張り巡らされたセーフティネット」という. る論文に注意を払い,それらをセーフティーネット. 視角は,魅力的なツールである.セーフティネット. 史の中に位置付けている.. という視角を設定することで,一国完結的扶助史か.  例えば,ヨーロッパ圏では,ペスト流行以後,富. ら離脱した社会関係史の歴史像は,よりクリアに理. 裕者自身の宗教的救済手段として認識されていた喜. 解されることになるであろう.. 捨・施しなどの伝統的貧民救済理念が揺らぎ,経済.  もっとも,社会扶助の存在を重層的に捉えようと. 的貧困が社会秩序の脅威として意識されるようにな. する試みは,社会扶助史の社会史への参入を意味す. ったと,救貧認識の転換を整理した河原温は,田中. るだけではない.それは,現在の制度に対する批判. 峰雄の研究を援用しつつ,その転換の契機として労.

(4) ■06F. 働の義務という倫理的エートスの派生を指摘してい. 分析した戦前期社会運動の相互扶助組織的性格や. る(p338).高橋友子も,従来,宗教的行為と位置. 「農民自治」の動き2),小野沢あかねが1920年代の. 付けられていた慈善活動が,救済に値する貧者とそ. 廃娼運動から抽出した「因習」批判の広がり3),布. うでない者を分別するようになったことを15世紀. 川弘が注目する協同主義の存在4)などは,国家に包. 後半フィレンツェの例から実証したJ.Hendersonの. 摂される契機を含みつつ,国家とは別の回路で公共. 研究等を踏まえて,慈善観が慈善を施す側の霊的救. 空間が形成される可能性を示している.また,広田. 済から,社会秩序の維持の重視へ転換したこと考察. 照幸は国体の権化であるかのような職業軍人志願者. している(p350).高橋はまた0.P.Grell, A.. たちの中に,その軍国主義的「身振り・手振り」と,. Cunninghamの論文集を紹介している(p354).こ. 現実的な生活規範が共存していたことを明らかにし. の論文集は,対抗宗教改革を迎えたカトリシズムが,. ている5).高田実は「時空のコンテクストのなかで,. 貧困は魂にとって危険な状況であると捉えることで. 共同性相互の関係を変化させ,それに伴って個と共. 貧困への関心を高め,施療院や公益質屋,女性保護. 同性の関係を編み変えつつ,全体としては共同性の. 施設の設置に至ったことを論じているものである.. 層を増しながら姿態を変形させてきたプロセスを描. また,河原温は,都市条例の先駆であるニュールン. くこと」をセーフティネット史の課題として挙げて. ベルグ喜捨条例で,乞食の生活状況調査をもとに乞. いる(p393).ここに示された,公共性をもつ空間. 食の記章の配布がおこなわれ,15世紀には偽乞食 の排除を中心とする都市条例が西欧各都市で発布さ. が多元的に存在するという認識は,今挙げた日本近 代史研究が発掘したアクターにも適切な位置付けを. れたことから(p340),石原俊時は,1930年代以降. 与えるものだといえよう.. の福祉国家スウェーデンで,子どもの十全な発達を.  さらに,公共圏は単一の原理で構成されているの. 目的として,養育不適格者に対しては断種が実施さ. ではないという主張は,「近代」という枠組みを自. れたことから(p404),同一の公共的空間がもつ救. 明とする視点に対しても再検討を促す.ヴィクトリ. 済/排除の二面性を提示する.これらの議論は,セ. ア朝下の新救貧法制定を画期とする従来の歴史認識. ーフティネットを構成する公共財空間が決して自然. を批判するにあたり,新法制定以後も,制定以前か. 発生的なものではなく,また一度成立した公共性も,. ら続く教区や相互扶助的アソシエーションが維持さ. 経済,政治,構成する階層のエトスなどによって変. れていた点を強調する高田実,斉藤修の関心は,前. 容することを示唆するものである.このように,セ. 近代,近代に連続するセーフティネットの存在の主. ーフティネットという視角が歴史学に対して持つ意. 張に連なる.すでに「近代」という一見自明であっ. 義の第一は,歴史の場に公共性・公共圏という論点. た枠組みは,フランス革命の「前近代的」内実を明. を提示したことにあろう.. らかにした社会史,産業革命の非革命性を指摘した.  また,社会の重層性を強調する認識は,様々な諸. 数量経済学,前近代社会の核家族状況を実証した家. 集団がせめぎあう政治的地場として描かれてきた社 会の見取り図に,別の視角をもたらす.たとえば, 従来の日本史における社会扶助史研究は,大筋にお いて,近世社会と近代社会との断絶,近代以降の社. 会政策を回路とした民衆の国家への回収という2つ の柱で構成されてきた.そこで重視されてきたのは,. 「場の主宰者は誰か」という縦の関係である.この 関係性から歴史をみると,貧窮者の生活が権力に取 り込まれるのか否かには注意が払われるが,場の主. 宰者に対抗しないが回収もされない存在を適切に位.  2)安田浩・林宥一「社会運動の諸相」『講座日本 歴史9』東京大学出版会1985,林宥一「階級の成立 と地域社会」『シリーズ日本近現代史3』岩波書店 1993  3)小野沢あかね「大正デモクラシー期の廃娼運 動の論理」『歴史学研究』1995.2. 置づける視点は持ち難い.しかし,近代日本におい.  4)布川弘「1930年代における賀川豊彦の平和運. ても,公共的空間が全て国家という経路を経てのみ. 動」『日本史研究』1997.12. 成立していたわけではなかった.安田浩・林宥一が.  5)広田照幸『陸軍将校の教育社会史』世織書房 1998.

(5) ■07. 族社会史などからの挑戦を受けている.セーフティ. 共同性の存在によって機能を最大化できた.他方,. ーネットという視点からの議論も,この流れに与す. 国家がより広範で強固にしょうとしたのはこの社会. るものとしての意味をもつと言えよう.. に蓄積された共同性の原理だった.19世紀末以降,. 爪1セーフティネット史の課題. 国家は地域社会と相互扶助組織が作り上げた理念と. 制度を取り入れながら,しかもそれらの組織を最大.  このように,セーフティネットという視角は,共. 限にいかして,国家福祉の制度を作り上げた」. 時的場の多元性に注意を喚起し,歴史認識のあり方. (P392).ここで前近代から続くセーフティネット. に重要な視点を提起する.しかし,場の構成を強調. と近代国家は,共同性を持つという点で同等視され,. する視点は,同時に,以下のような課題を併せ持つ. その関係は相互依存的に捉えられている.しかし,. と思われる.. 地域社会の共同性と,国民という枠組みを立ち上げ.  問題の一つは,社会の各アクターが紡ぎ出す共同. ようとする近代国家の共同性は,共同性の枠組みで. 性を層として捉える視点が,公共圏相互の関係,政. 一括できるのか.社会の諸組織の一員であることと. 治的磁場をめぐる関係性への視点を抑え込む傾向に. 国家の扶助対象となる権利と義務を負うこととは,. あることである.『社会経済史の課題と展望』では,. 個人の中で矛盾なく容易に連結されることなのか.. セーフティネットが多元的に張られているという事. 近代国家も,セーフティネットから見れば「多元的. 実を指摘した研究が多く紹介されている反面,それ. な変数が織りなす関係性の世界」の一要素に過ぎな. は何を守るためのものか,守ることにより他の公共. いのだろうか.. 圏との問にどのような対立が派生するのかを論じた.  日本における国民の創出過程について考察した牧. 研究への言及は少ない.しかし,セーフティネット. 原憲夫は,近代国家成立後も,民衆(「貧民共」)の. も社会を構成しているアクターである以上,政治性. 大勢は「仁政」を待望する「客分」であったことを. を免れることはできない.例えば最も基本的な生存. 指摘した.民権よりも仁政を待望する「客分」は,. 権の問題をとっても,産む権利と生まれる権利とい. 国権の拡張と民権の確立を重ねて要求する自由民権. う対立が内包されている.また,近代において総力. 運動と,反政府であることを接点に接近していく.. 戦は,国民の命を奪うものであると同時に,国家が. 牧原は,この回路を経て,民衆に「国民として」と. 福利厚生に積極的に介入する契機でもあった.総力. いう価値意識が持ち込まれたという見取り図を描い. 戦遂行のための福利厚生も「多元的変数が織りなす. た6).「市民社会」不在とされる日本と,近代国家. 関係性の世界」のなかの一つとして他のネットと同. 成立以前から様々なアソシエーションが存在してい. 列に評価され得るのか,否か.公共性とセーフティ. ネットの関係を明確にするためには,重層性を指摘. たヨーロッパ社会を単純に比較することはできな い.とはいえ,牧原が提示した,民衆の,慈善を受. するだけではなく,重なり合っている公共圏相互の. ける者から,国家構成員としての自覚をもつ者への. 関係を分析する必要がある.そのための評価軸をど. 移行は,どのように果たされたのか,それぞれ異な. こに求めるかが,まず議論されねばならないだろ. る救済と排除の論理をもった諸組織を包摂しうる国. う.. 家の理論は何か,という問踵関心は,近代国家全体.  セーフティネットという視角と,政治的磁場に対. の問題として有効であろう.そしてこれらの問題を. する関心の関係を端的に示していると思われるの. 考えるためには,全てを場の関係性を構成する変数. が,「近代国家」の捉え方である.『社会経済史学の. に還元するのではなく,その変数を整序する軸を設. 課題と展望』の全ての論稿が近代に触れているわけ. 定する作業が不可欠なのではないだろうか.. ではないので,限られた稿から一定の傾向を推論す.  セーフティネットという視角が解決すべきいま一. ることになるのだが,例えば,以下の高田実の指摘 は,高田個人の見方であると同時に,セーフティネ ットという視角ゆえの特徴をもったものであると考 えられる.イギリスの福祉国家成立について高田は こう概観する.「社会の諸組織の共同性は,国家の.  6)牧原憲夫『「客分」と「国民」のあいだ』吉川 弘文館 1998.

(6) ■08. つの問題は,時代という概念の捉え方である.時代. という伝統的な発想が色濃く反映」と位置づけてい. という概念を成立させているのは,社会全体を貫く,. る(p332).しかし家庭や主婦への着目は「伝統的」. そして一定の期間内で完結する何らかの秩序があ る,とする認識である.一方,重層する場という視. 発想ではない.近世においては介護・扶養の責任主. 点は,時代区分という認識を各層それぞれの変化の. たのは,都市の社会政策を担当した官僚たちのむし. 中に溶解し,時代区分という認識から歴史を見る目. ろ新しい発想であった8).家族は,地域,階層,時代. を解放する.しかし,たとえば近代という区分は,. を越えて存在する格好の素材とされてきたが,その. セーフティネット論からみて場の重層性のなかに埋. 家族においてすら,時代が要請する秩序の中にある.. 没させてもよい概念なのか.「民衆を国民として統. 公領域・私領域の境界は変動し,境界を設ける視点. 合し,国境の外部に向かっては行為の主体として位. の意味も流動的である.近代の家族像を近世まで敷. 置する国家」の成立や,「封建諸制度に対抗する天. 術し,一方で近代の家族像を伝統の文脈のなかに位. 賦人権論」の獲得は,公共性の問題にとって決定的. 置づける斎藤の視点に,時代固有の秩序を解除した. 意味を持つと考えられてきた.これらも,場の関係. 歴史観が,重層する社会相互の比較に射程距離を伸. 性を構成する変数の一つに過ぎないのだろうか.先. ばした時に遭遇する困難さが示されていると思われ. に紹介した近代についての認識,即ち,前近代から. る9).. 体はあくまで家長であり7),それを主婦の任務とし. 近代へと連続するセーフティネットが存在したとい. V おわりに. う指摘は重要であろう.だが,近代の境界が揺らい. でいることは,あらゆるアクターにとって近代とい.  以上,『社会経済史の課題と展望』掲載のセーフ. う枠組みが無効になったということではない.近代. ティネット研究史から,セーフティネットという視. にとってのセーフティネットは何か,という問いは. 角が歴史研究に与える意義について考えてきた.最. 見直される必要があるとしても,セーフティネット にとっての近代とは何かという問いは,まだ議論さ. 後に,セーフティネット論の現在の位置について若. れるべき問題だと考えられる.場の重層性を強調す.  セーフティネット論が歴史研究の場に浮上させる. る志向は時代という認識にどう向き合うのか,それ. のは,個人を取り巻く共同的空間という視点である.. を詰めていかなければ,「ネットはいつでも張られ ていた」という結論に電命される,平板な歴史像が. 一方,1990年代以降,歴史研究の場では,それま で自明視されていた国民国家に対する再検討が進ん. 積まれてしまうのではないだろうか.. だ.そして,学校,病院,軍隊,社会扶助,労働組.  歴史から時代区分を解除する志向の問題は,例え. 合などの諸制度が,国民の身体と精神を国家のシス. ば家族というタームの扱われ方に関わっていく.斉. テムを円滑に作動させる規格に馴致する役割を担っ. 藤修は,セーフティネットの公共的性格の有無を探. てきたこと,各システムは相互監視の装置として作. る文脈で,捨て子を最終的に有力者の家に引き取ら. 動していること等について,様々な研究が蓄積され. 干の検討を加えたい.. せる近世日本の制度を採り上げ,社会の施設で自立. 支援をするイタリアとの根本的違いを指摘した (p331).しかし近世日本において家は経営体の側面. を持ち,養子化は相続を射程に入れた自立の一歩で.  7)柳谷慶子「近世社会における介護役割と介護. あった.下人・名子として家に入るのも「食い扶持. 思想」『総合女性史研究10』1993. 稼ぎ」の意味をもった.近世の家は世聞に開かれた,.  8)加藤千香子「大正デモクラシー期における. いわば公共的性格を兼ね備える場であり,家を公領. 「国民」統合と「家」」『日本史研究』1995.10  9)落合恵美子は,P.Laslett, E.Todd, J.Hajnal. 域から隔離された私領域と捉えることはできないの. ではないか.また,斎藤は同じ文脈で,1912年に 刊行された小河滋次郎の『救憧十訓』が,「家庭の 役割」「主婦の役割」による救貧防潜を強調してい る点に触れ,これを「最終的には家族に解決させる. らの家族研究の動向について「家族の時間的変化よ り空間的多様性(地域性)のほうに家族史研究の関 心を移してしまったようだ」と述べている(落合恵 美子『近代家族の曲がり角』角川書店2000 p51). セーフティネットという視角が示す家族認識も,こ の傾向に重なる..

(7) ■0夕. てきた.人々が国民国家にからめ取られていく過程. うのが,酒井が描く「セキュリティーシステムが上. が研究される背後にあるのは,近代社会が必然的に. 昇した社会」である.. もつ抑圧を解き放ちたいという欲求であろう.近代.  共同体がもつ拘束や抑圧への批判は,そこからの. が作り上げた社会システムの息苦しさが増す今,あ. 離脱に歴史研究を向かわせた.酒井が論じているの. えて歴史研究がセーラティネットという視角を通し. は,その離脱の行き着く先である.酒井が言うとこ. て,公共性や公共圏について語る意味はどこにある. ろの,主権国家が行使する「内包的システム」は,. のだろうか.. 近代のセーフティネットと読み換えることができよ.  この問題について,酒井隆史「セキュリティーシ. う.これに対置されるのが,「ゲート化されたコミ. ステムの上昇」1・)は,非常に示唆的である.酒井に. ュニティー」を育む防壁,即ち現在のセキュリティ. よれば,近代社会のセキュリティーは,「主権国家. ーシステムである.セキュリティーシステムにおい. の枠を前提として,外に向かっては安全保障として,. て,他者の個人への介入は防御される.しかし,共. 内に向かっては社会保障として作動」してきた.社. 同体の拘束からの離脱の行き着く先が,強い個人が. 会のシステムは多様な存在の吸収と同化に向けら. 自分で自分を守るセキュリティーシステムの世界だ. れ,そこに収まりきらない者に対しては,社会によ. とするのならば,それは望むべき地平だ6たのか.. る矯正や更正が図られた.なぜなら「今日の貧困者. もし,それが望みもしない代物だと予想されるのな. を明日の労働者へと調教することは経済的にも政治. らば,国家に回収されない共同体のあり方も含め,. 的にも有意義」だからであった.ジグムント・バウ. 公共性とは何か,どのような空間が構想されるべき. マンも言うように,この時にあって,社会保障は工. なのかについて,正面から取り組む必要があるので. 業を基盤とした経済の車輪の「潤滑油」になり,. はないか.セキュリティーシステムの蹟雇は,すで. 「社会的統合」という任務も果たしたのだった.. にその時が来ていることを示している.そして,セ.  ところが,現在,グローバル化や情報ネットワー. ーフティネットという視点を歴史に投入する今日的. ク化によって,資本は「地域やそこに居住する生産. 意義は,ここにある.. 者の論理」を考慮する必要がなくなった.生産国を.  この今日的意義を鑑みるとき,再度強調しておき. フレキシブルに移転する資本にとり残された人々は. たいのが,セーフティネットという視角から,どの. 単なる「無用な人間」となる.ここにセキュリティ. ように歴史を組み立てるかという問題である.場の. ーの意味は内包から排除に反転する.電子化された. 重層性を重視する歴史像は,歴史研究に公共性につ. フェンスや警備員の監視などが張り巡らされた.. いての関心を促した.しかし,各々が各々の文脈で. 「ゲート化されたコミュニティー」が作られ,そこ. 生きていたという視点のみでは,階層の個別的世間. では,コミュニティー外との分かち合いは好まれず,. の内実を明らかにすることはできるが,階層相互の. 分権的・自主管理的「私的政府」の立ち上げが目指. 関係性は捉えきれない.「浄化された公共圏」とい. される(酒井はこれを「浄化された公共圏」と呼ぶ. う存在の矛盾も,放置されてしまう.セキュリティ. 11>).他方,脱工業化のもたらす半永続的な失業人. ーシステムという今の問題を射程に入れた議論を展. 口に対して,ネオリベラリズムは,彼らの困難は,. 開するためには,やはり,セーフティネットの歴史. 彼らが選択した「彼ら個人の問題」である,という. を,公共的空間の重層性という横の視点からのみで. 位置付けを用意する.すなわち,彼らの生活は「社. はなく,異なる原理,集団の相互関係という縦の視. 会が引き受ける問題」とは見なされなくなる,とい. 点からも構成する必要があると考える. (四国学院大学文学部助教授).  10)酒井隆史『自由論一現在性の系譜学』青幣社 2001 ・pp.258−313.  11)同前 p.282.

(8)

参照

関連したドキュメント

認定研修修了者には、認定社会福祉士認定申請者と同等以上の実践力があることを担保することを目的と

J-STAGE は、日本の学協会が発行する論文集やジャー ナルなどの国内外への情報発信のサポートを目的とした 事業で、平成

経済学研究科は、経済学の高等教育機関として研究者を

市民社会セクターの可能性 110年ぶりの大改革の成果と課題 岡本仁宏法学部教授共編著 関西学院大学出版会

本稿で取り上げる関西社会経済研究所の自治 体評価では、 以上のような観点を踏まえて評価 を試みている。 関西社会経済研究所は、 年

社会学研究科は、社会学および社会心理学の先端的研究を推進するとともに、博士課

これに対し,わが国における会社法規部の歴史は,社内弁護士抜きの歴史

法制史研究の立場から古代法と近代法とを比較する場合には,幾多の特徴