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「アラブの春」とテヘランの対応 (特集 「アラブの春」と中東政治の構造変容)

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Academic year: 2021

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(1)

「アラブの春」とテヘランの対応 (特集 「アラブ

の春」と中東政治の構造変容)

著者

鈴木 均

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

196

ページ

38-41

発行年

2012-01

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00004079

(2)

  二〇一〇年の年末からチュニジ アに始まったアラブ世界における 民 主 化 運 動 の 波 は、 チ ュ ニ ジ ア・ エジプト・リビアの体制を次々と 崩壊に追いやり、現在シリアおよ びイエメンにおける運動の帰趨が その焦点になっている。イエメン ではサレハ大統領が権限移譲に合 意したが、その後も情勢は安定化 していない。日本や欧米にとって ある意味でこれら一連の政治的変 動の「台風の目」ともいえるのが イランにおける体制内外の動向で ある。   イランでは二〇〇九年九月一二 日の大統領選挙以来、民主化運動 が大きく盛り上がったものの、二 〇一〇年春以降、現在まで運動は 表 面 的 に 鎮 静 化 し て い る( ﹃ ア ジ 研ワールド・トレンド﹄一六九号 お よ び 一 八 二 号 の 特 集 記 事 を 参 照 )。 だ が 二 〇 一 一 年 を 通 じ た ア ラブ世界での民主化運動の高まり は、 明らかにイランの「緑の運動」 に触発された側面がある。それは また逆にイラン国内に対しても体 制側・運動側に関わらず様々な波 紋を投げかけているのである。

●アラブの春と現政権の反応

  アラブ世界の民主化の動きに対 す る イ ラ ン 体 制 側 の 反 応 の 特 徴 は、 「 民 衆 の 権 力 は 一 部 の ア ラ ブ 国にとってのみ善である」 ⑴ という 是々非々の態度であり、事実イラ ンは、シリアのアサド体制の存続 への積極的な支援を隠そうとしな い ⑵ 。 ま た、 エ ジ プ ト や チ ュ ニ ジ アのように評価する場合でもそれ は「一九七九年のイスラーム革命 の延長」という認識においてであ る ⑶ 。 他 方 国 内 的 に は 二 月 一 四 日 にはテヘランの学生を中心にエジ プトとチュニジアの民主化運動を 支持するデモ行進が試みられ、 「ガ ザでもレバノンでもなく、チュニ ジ ア、 エ ジ プ ト、 そ し て イ ラ ン 」 や「 ム バ ー ラ ク、 ベ ン・ ア リ ー、 さあ次はセイエド ・ アリー( ・ ハー メ ネ イ ー) 」 な ど の ス ロ ー ガ ン も 叫ばれたが、それは官憲の周到か つ大規模な弾圧によって阻止され た。 またデモへの参加を呼び掛け た改革派のムーサヴィー元首相と キャッルービー元国会議長は、そ の後現在にいたるまで自宅軟禁状 態に置かれている。   以上のように現在イランの政府 当局は、エジプトやチュニジアに おける体制転換後のイスラーム主 義 政 党 の 勢 力 伸 長 は 歓 迎 す る ⑷ 一 方で、アラブ世界の民主化運動の 波が国内に与える影響に対しては 極めて敏感に反応している。それ はハーメネイー体制の維持を至上 の命題とする現政府としては極め て自然な対応であるだろうが、国 内における市民感情との乖離、一 般市民の日常的な閉塞感は覆い難 い ま で に 進 行 し て い る と 見 ら れ る。実際、この間にもジャーナリ ストや映画関係者をはじめ多くの 活動家が逮捕され、また国外に出 ており、現状においてイラン国内 で民主化運動が一挙に拡大する条 件 は 極 め て 乏 し い と 言 え る だ ろ う。   リビアでは一〇月二〇日にカッ ザーフィー大佐が市民軍によって 殺害されたが、ハーメネイーは反 政 府 デ モ 発 生 後 の 三 月 に「 近 年 カッザーフィーは西側に大きな譲 歩をした」と発言しており、二〇 〇三年末の核放棄宣言とその後の 西側との接近が、今回の体制崩壊 の遠因になったとの教訓を得てい るものと思われる。従ってリビア の独裁体制の崩壊によりイランが 欧米との協調路線に転換する選択 肢はさらに狭まったと見るべきで あろう。   このような周辺地域の激動にも 拘らず、国内情勢のある種の抑圧 的均衡を前提に、二〇一〇年の末 以 降、 イ ラ ン の ア フ マ デ ィ ネ ジャード大統領は第五次開発計画 ( 二 〇 一 〇 〜 一 五 年 ) ⑸ で 謳 わ れ て

春﹂

対応

(3)

いる民営化の推進と国家運営の近 代化を指針として、計画国内体制 の 整 備 を 矢 継 ぎ 早 に 進 め て き た。 そ の 一 つ が 一 九 八 八 年 の イ ラ ン・ イ ラ ク 戦 争 の 終 結 以 来 の 課 題 で あ っ た 補 助 金 政 策 の 改 革 で あ り、 燃料、食糧など基本的な生活物資 への補助金の支給を打ち止める代 わりに当面ひとり当たり月額四〇 米ドル相当の生活支援金を一律支 給するというものである。 これは 一面で従来歴代のイラン政府が抜 本的な対策を回避してきた問題に 大胆に着手したものであると評価 できる。だが他方でこれによるイ ンフレの 昂 こう 進 しん と物価の高騰はイラ ン市民の生活を直撃しており、ア フマディネジャードの経済政策の 一貫した方向性の欠如が問われて いるのである。なおアフマディネ ジャード政権は二〇一二年度中に イランの税制度の抜本的な改革を も目指している。   もう一つこの時期に進められた の が、 第 五 次 開 発 計 画 の 方 針 ⑹ に 基づく一連の閣僚人事の刷新と省 体制の統合・改革である。以下で はこの経緯を辿ることにより、テ ヘラン政権中枢の政権運営の意図 と政権内部の現状について若干の 考察を加えたい。

 ア

の刷新

  アフマディネジャード政権の閣 僚の交代劇は、まず一二月一四日 に外務省畑でラーリージャーニー 国会議長に近い立場のマヌーチェ フル・モッタキー外相がアフリカ 訪問中に罷免され、アリー・アク バル・サーレヒー前イラン原子力 機構総裁が外相に就任。その後二 〇一一年二月には自動車事故や航 空 機 事 故 の 続 発 の 責 任 に よ り ハ ミード・ベフバハーニー運輸相の 更 迭 を イ ラ ン 国 会 が 決 議 し、 ア リー・ニークザード都市開発相が 運輸相を併任することになった。   さらに大きな動きとして五月一 四日にはアフマディネジャード大 統 領 が マ ス ー ド・ ミ ー ル カ ー ゼ ミー石油相、サーデク・マフスー リー社会福祉相、アリー・アクバ ル・メフラービヤーン鉱工業相の 三閣僚を解任、石油相については アフマディネジャードの腹心で前 イランオリンピック委員長のモハ ンマド・アリーアーバーディーが 一旦着任したものの国会の承認を 得られず、革命防衛隊系のハータ モル・アンビヤー建設企業体の長 官だったロスタム・ガーセミーが 七月二七日に就任している。   また六月には都市開発省と運輸 省が統合されて運輸・住宅省とな り、 両 省 大 臣 を 併 任 し て い た ア リー・ニークザードがそのまま新 大臣に就任した。さらに六月二九 日に協同組合省、社会福祉省およ び 労 働 省 の 三 省 が 統 合 し て 組 合・ 労働・福祉省となり、担当大臣に は 前 労 働 相 の ア ブ ド ル レ ザ ー・ シ ェ イ フ ォ ル エ ス ラ ー ミ ー が 就 任。また同日鉱工業省と商業省が 統 合 し て 鉱 工 業・ 商 業 省 と な り、 大 臣 に は 前 商 業 相 の メ フ デ ィ ー・ ガザンファリーが就任した。   以 上 の 統 合 に 伴 な っ て サ ー デ ク・マフスーリー前社会福祉相と アリー ・ アクバル ・ メフラービヤー ン 鉱 工 業 相 は 大 臣 職 を 解 任 さ れ た。また六月二〇日にイラン体育 協会がスポーツ若者省に昇格して 前協同組合相のモハンマド・アッ バースィーが大臣に就任している (以上、図 1を参照) 。   こうした複雑な省の統合過程と 人事異動は、それ自体がある意味 でアフマディネジャード政権と最 高指導者ハーメネイー周辺、さら に国会を巻き込んだ三つ巴の権力 抗争の結果であり、全体として何 を政策的な目標としていたのかは 必ずしも明確ではない。だが少な くともその結果として二一あった 省は一八省(一七省にスポーツ少 年省が加わる) に整理されている。 こ の よ う な 中 央 官 庁 の ス リ ム 化 が、 「 革 命 」 体 制 の 維 持 と 革 命 防 衛隊を中核とした強固な国家防衛 体制の構築に向けての重要な布石 としての意味をもっていることは 言 げん を 俟 ま たないだろう。   同時にミールカーゼミー前石油 相とメフラービヤーン前鉱工業相 についてはアフマディネジャード 大統領の以前からの盟友として知 られており、これらの「大統領の 側近」からの大臣登用が減らされ ることで、体制内部におけるアフ マディネジャード大統領の求心力 が低下し、これに代わって次期の 首班を狙うラーリージャーニー国 会議長の発言力が増してきている ことも伺えよう。またアフマディ ネジャード大統領としてはこれら 「 身 内 」 の 大 臣 を 自 ら 罷 免 し て 国 会 の 意 向 を 受 け 入 れ る こ と に よ り、体制内部からの批判をかわそ うという意図もあったかも知れな い。   だ が ポ ピ ュ リ ス ト 政 治 家 と し て 振 る 舞 う こ と に よ り 、「 草 の 根 」 の支 持 を 得 る こ と に あ る 程 度 成 功 し て い た 一 期 目 ( 二 〇 〇 五 〜 〇 八

「アラブの春」とテヘランの対応

(4)

年 ) の よ う な 、 国 民 か ら の 支 持 を も は や 期 待 で き な い ア フ マ デ ィ ネ ジ ャ ー ド 政 権 に 対 し て 、 最 近 に な っ て ハ ー メ ネ イ ー 最 高 指 導 者 周 辺 か ら の 突 き 上 げ が 厳 し さ を 増 し て き て い る 。

 体制内外における

孤立と対立の深化

  ハ ー メ ネ イ ー 最 高 指 導 者 の ア フ マ デ ィ ネ ジ ャ ー ド 大 統 領 と の 関 係 の 齟 齬 が 最 初 に 表 面 化 し た の は 二 〇 〇 九 年 の 大 統 領 選 挙 後 の 混 乱 の 中 で の こ と で あ り、 前 述 の 大 臣 人 事 の 時 期 に も 二 〇 一 一 年 三 月 か ら 四 月 に か け て モ ス レ ヒ ー 情 報 相 の 辞 任 を め ぐ る 両 者 の 確 執 が 取 り 沙汰されていた ⑺ 。   最 近 に な っ て こ の 両 者 の 関 係 悪 化 が 再 び 浮 上 し て き た の は、 一 〇 月 中 旬 に ケ ル マ ー ン シ ャ ー を 訪 問 中 の ハ ー メ ネ イ ー が、 二 〇 一 三 年 六 月 に 予 定 さ れ て い る大統領選挙に関連して次の大統 領選挙を実施しない可能性を示唆 したことによる。イランの大統領 制は一九八九年の憲法改正によっ て 取 り 入 れ ら れ た が、 ハ ー メ ネ イーの発言はそれ以前の首相制に 戻すことを意味しており、二〇〇 九年の選挙時のような体制を揺る が す 混 乱 を 避 け、 ア フ マ デ ィ ネ ジャードの後継候補ではなくハー メネイーに忠実なラーリージャー ニーのような人物を首班に就ける ための布石とも考えられる。   さらに政権中枢におけるアフマ ディネジャードの立場を弱くした と思われるのが、サーデラート銀 行やメッリー銀行ほか少なくとも 七行からの、大統領府周辺による 約二五億米ドル相当の不正引き出 し疑惑の暴露である。これはイラ ンの金融史上最大のスキャンダル と騒がれたが、結局ホセイニー経 済相は一一月二日の国会決議で罷 免を免れ、疑惑を暴露して大統領 を糾弾した保守派のアリー・モタ ハリー議員も議員辞職を承認され なかった。 だがこの一件によって、 今後は大統領周辺の施策に一定の タガが嵌められることになり、大 統領自身が残りの任期中、次第に レイムダック化していく可能性も 通信省 情報省 経済省 外務省 保健省 協同組合省 農業省 運輸省 社会福祉省 鉱工業省 科学省 文化指導省 労働省 内務省 都市開発省 石油省 エネルギー省 法務省 防衛省 商業省 通信省 タキープール、レザー 情報省 モスレヒー、ヘイダル 経済省 ホセイニー、シャムセッディーン 外務省 サーレヒー、アリー・アクバル 保健省 ヴァヒード・ダストジェルディー、マルズィーエ 農業省 ハリーリヤーン、サーデク 組合・労働・福祉省 シェイフォルエスラーミー、アブドルレザー 運輸・都市開発省 ニークザード、アリー 科学省 ダーネシュジュー、カームラーン 文化指導省 ホセイニー、モハンマド 鉱工業・商業省 ガザンファリー、メフディー 内務省 モハンマド・ナッジャール、モスタファー 石油省 ガーセミー、ロスタム エネルギー省 ナームジュー、マジード 法務省 バフティヤーリー、モルテザー 防衛省 ヴァヒーディー、アフマド スポーツ若者省 アッバースィー、モハンマド (注)この表は、2011年6月末の省統合を中心に示したものである。詳しくは本文参照。 (出所)各種報道およびインターネット情報により筆者作成。

(5)

否定できない。   このような国内的に不安定な状 況に加え、イスラエルおよびアメ リカがイランの軍事的脅威に対す る強い警告を発するなか一一月八 日にIAEAの天野事務局長がイ ランの核兵器開発疑惑に関する新 たな報告書を提出、これに呼応し てアメリカ・イギリスおよびカナ ダが従来からの経済制裁措置を特 に石油関連産業と金融取引の面に おいて強化するとの方針を発表し ている。   一一月二七日にはイラン国会が 「 イ ギ リ ス に 死 を 」 の ス ロ ー ガ ン とともにイギリス大使の追放を決 議、これは、特にイギリスが制裁 強化の一環としてイランとの金融 取引を全面的に禁止したことへの 報復とみられる。これに呼応する 形で二九日には「学生」抗議集団 がイギリス大使館を襲撃、イラン と欧米各国との外交関係がにわか に緊張してきている。   前述のように三月には国会選挙 と全国地方議会選挙の同時選挙が 控えており、これは二〇〇九年六 月の大統領選挙以来初めての国政 選挙となる。しかし、既に三つの 改 革 派 団 体 が 立 候 補 を 禁 ぜ ら れ、 改革派の側も選挙自体のボイコッ トを表明している。長期化する政 治的混迷の中でイランの現体制が この難局をどう乗り切ることがで きるか、イランをめぐる情勢はま さ に 正 念 場 を 迎 え よ う と し て い る。

●おわりに

  二〇一一年を通じたアラブ世界 の政治的激動は、イランの現体制 の地域政治のなかでの位置づけに も大きな変動を与えつつある。イ ランは米軍撤退後のイラクでの存 在感に加えエジプトなどにおける イスラーム諸政党の勢力拡大を支 持し、パレスチナ問題での対イス ラエル強硬路線を貫くことでアラ ブ世界における影響力を拡大しよ うとしているかに見える。だが近 隣湾岸アラブ諸国はイランのこう した拡張主義的傾向に対する警戒 心を高めており、他方でイランは 国内的には二〇〇九年以来の自由 な言論の抑圧と体制内部での対立 の激化によって危機的状況がます ます昂進している。核開発問題お よび人権問題による制裁強化で欧 米諸国との関係も俄かに緊張を増 している現在、イスラエルからの 先制軍事攻撃の可能性を含め、イ ランの情勢から一刻も目を離すこ との出来ない状況が続いている。 (一一月三〇日脱稿) そ の 後 イ ラ ン を め ぐ る 事 態 は さ ら に 緊 張 の 度 を 増 し て お り、米国がネット上に「サイバー 大使館」を開設してクリントン国 務長官のイラン国民へのメッセー ジをアップしたのに対してイラン 当局側は即座にイラン国内での閲 覧をブロックした。他方でイラン 当局は一二月四日にイラン・アフ ガニスタン国境付近で米軍の無人 偵察機RQ―一七〇 (ロッキード ・ マーチン社製) を捕獲したと発表、 米国側は軍事情報や技術の流出に 敏感になっている。 イランと米国 ・ イスラエルの緊張関係はサイバー 上での熾烈な「鞘当て」の段階に 至っているようにも見える。   米国では二〇一二年に大統領選 挙を控えており、現在のオバマ大 統領はイランとの軍事的な衝突は 極力避けたい意向であることが明 白である。だが現在共和党の支持 率トップとされる保守派のニュー ト・ギングリッチ元下院議長をは じめ、共和党候補者の多くは極端 な対イラン強硬路線を主張してお り、今後は米国内でイスラエルと の軍事的な連携論までも視野に入 れた論戦が活発化することは必至 であろう。 【注】 ⑴ A li A lf o n eh [ 2 0 1 1 ] M ix ed  R es po ns e in Ir an , ” M id dle E as t Q ua rte rly ,N o. 18 -3 S um m er p p. 35-39. ⑵  も っ と も 秋 以 降 は、 シ リ ア の 国 内 情 勢 が 益 々 混 迷 の 度 を 深 め て い る の に 対 応 し て ア フ マ デ ィ ネ ジ ャ ー ド 大 統 領 へ の シ リ ア へ の 言 及 の トーンが変化してきている。 ⑶  二 〇 一 一 年 二 月 四 日 の 金 曜 礼 拝 で の ハ ー メ ネ イ ー 最 高 指 導 者 の 発 言。 ⑷  二 〇 一 一 年 の 二 月 末 に エ ジ プ ト の 新 政 権 は イ ラ ン 海 軍 の 軍 艦 の 地 中 海 方 面 へ の 通 過 を 一 九 九 七 年 の イ ラ ン 革 命 以 来 初 め て 認 め、 イ ラ ン との外交的接近を印象づけた。 ⑸  同 開 発 計 画 は 二 〇 〇 五 年 に 始 ま っ た 二 〇 ヶ 年 総 合 計 画 の 一 環 と し て 位置づけられている。 ⑹  同 開 発 計 画 で は 二 一 省 を 統 合 し て 一 七 省 と す る こ と が 謳 わ れ て い る。 ⑺ M oh am m ad S ah im i, A na ly sis : A h m a d in ej a d -K h a m en ei R ift D ee pe ns in to A by ss (h ttp :// w w w . pb s.o rg /w gb h/ pa ge s/ fro nt lin e/ te h ra n b u re a u / 2 0 1 1 / 0 4 / ah m ad in eja d-k ha m en ei-re po rte d-a t-o d d s-o v e r-in te l-ch ie fs -resignat ion.html).

「アラブの春」とテヘランの対応

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