会的背景をさがす−
Author(s)
金城, 一雄
Citation
沖縄大学紀要 = OKINAWA DAIGAKU KIYO(2): 167-176
Issue Date
1982-03-31
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/5706
<学会報告>
沖縄社会学会大
△五
「ユタ」と沖縄社会
-その文化的・社会的背景をさがす- 金城一雄 第6回沖縄社会学会大会は、昭和57年1月28日、沖縄大学403教室に おいて開催された。大会は新崎盛暉会長の開会の辞、開催杖代表の永野善治沖 縄大学学長の挨拶で始まり、午前中は「自由報告」、昼食、総会をはさんで、 午後からは「『ユタ』と沖縄社会~その文化的・社会的背景をさぐる-」 というテーマでシンポジウムが行われた。テーマが昨今話題となったユタに関 するものであったために、会員内外の約100名が参加し、活発な討論が展開 された。 自由報告、シンポジウムのプログラムは以下のとおりである。 〔自由報告〕 司会波平勇夫(沖縄国際大学) 川添雅由(琉球大学) L軍用地主未契約地主(反戦地主)の生活実態調査について 金城一雄(沖縄大学) 2空手道修行の心理生理的考察中村完(琉球大学) a八重山における伝統的土地利用について 安溪遊地(沖縄大学) -167-〔シンポジウム〕
テーマ:「『ユタ』と沖繩社会-その文化的・社会的背景をさぐる=」
司会比嘉政夫(琉球大学) 鵜飼照喜(琉球大学) L「ユタ」と沖縄社会一概説と研究史一 焼平名健爾(琉球大学) 2.トートーメー問題と「ユタ」野里祥(琉球新報)a「ユタ」と地域社会の人間関係大橋英寿(東北大学)
4.「ユタ」と家族関係玉城隆雄(沖縄国際大学)
討論者伊江朝章(琉球大学) 石原昌家(沖縄国際大学) く自由報告>金城講師は、沖縄大学軍用地問題研究会(代表新崎盛暉)が1979年末か
ら80年にかけて行なった未契約軍用地主(反戦地主)の調査結果をもとに、
その実態と社会意識について言及した。復帰後も在日米軍基地の58%が7tl]縄
に集中残存し、関係地料も800億円余にのぼる現状からして、一般的には、
軍用地所有者の土地所有がかなり大きく、その地料も莫大なものとして受けと
められている。しかし、同報告によると、総体としての軍用地面積、軍用地料は莫大なもの
であっても、個別所有者次元においては、必ずしもそうではないという。反戦
地主にあっても、800坪以下の所有者が最も多く(262%)、500坪以
下の所有者は71%にも及ぶ。逆に8町歩(3000坪)以上の所有者は僅か
に8人である。年間地料も50万円以下が最も多く(8a1%)、全体の6割
以上の人々は100万以下の地料取得である。総所得に占める軍用地料の割合
も必ずしも高くない。しかし、軍用地接収率はかなり高く、自己所有地の8割
-168-以上を接収されている人が80%にも及ぶ。この接収率の高さは、当該者のそ の後の生産活動、生活展開を大きく阻害している。 基地に対する認識は「戦争に反対だから一切とり払うべきだ」というのが 81.5%で、予想しうることとはいえ反戦意識はきわめて高い。また、俗に言 われている「復帰後の軍用地料の大幅値上げが勤労意欲を阻害している」との 言に対しては、50%の人が「そうは思わない」と否定的見解を示しており、 むしろ返還された方が「農業その他の土地利用で現状を上回る生活ができる」 と答えている。 中村助教授は、空手道の修業形態を仏教の修道論に基づいて整理した後に、 空手道(ここでは上地流)修業者が毎日の訓練で行なう基本形(サイチン)の 行前・行中・行後の脳電位、呼吸、心電位、筋電位等の生理的測定結果をもと に、空手道修行が身心に及ぼす効果について心理学的見地から考述した。 同報告によると、空手道形の行には多要素的な強弱・静動の動作が組み込ま れており、その特質は平常時に比べて生理的機能を高進させることにある。ま た、行中時の意識は一定時間統一された無我的心理状態になっている。これ は禅の自己修養法などにもみられる要素である。この無我的心理機能の恒常的 体験は、修業者の認知様式を変化させる-という。 沖縄の伝統的武道がある空手道が身心に及ぼす効果については、多くの人々 が何となく感じているところではあるが、それを科学的測定法を用いて証明し たところに、中村報告の特意点があったと思われる。 安溪講師は、1976年から81年にかけて八重山西表島西部を中心に行っ た民俗調査をもとに、当該地の漁拷、狩猟、植物採集、稲作、畑作等と土地利 用の関係について、①利用する生活空間②生業形態の歴史的変遷一という 2つの視点から考述した。 ①については、「西表島西部の生活環境の民俗分類模式図」をもとに、海浜 から山頂までの地形、地質、士壌、動。植物相などの生態系、土地利用、生産 -169-
様式を現地の言葉で解説し、生活・生産の空間は、若干の変化はあるが基本的 には原型(伝統的土地利用)に基づく配置がなされている。②については、主 に稲作をめぐる歴史一人頭税と稲作の関係性、明治末期における稲作、新品 蓬来米の導入と生産様式の変化一を伝統的稲作技術(誌)の視点から考察し た。 結論として、西表島西部においては①生産活動が単一化されることなく複合 的で多様である②伝統的土地利用が維持されている-との2点をあげ、島 の自然がいかに把えられてきたかを詳細に調査。検討することは、今後の経済 発展、開発行為等を考える際にもきわめて重要であることを強調して報告を閉 じた。 くシンポジウム> テーマ:「「ユタ』と沖繩社会~その文化的・社会的背景をさぐる-」 午後のシンポジウムでは、まず、焼乎名健爾(社会人類学)、野里洋(琉球 新報記者)、大橋英寿(社会心理学)、玉城隆雄(家族社会学)の4氏がそれ ぞれの専門分野から基調報告を行ない、続いて、フロアからの質疑と応答、伊 江朝章、石原昌家の両氏がコメントを行った。 焼平名教授は、まず、ユタはシャーマンなのか霊媒者なのか、あるいはアニ ミズムとの関係性はどうか-という学問上のイシューとなりうる宗教信仰概 念規定の問題にふれながら、これまでの研究は、ユタをシャーマニズムの一環 として把える視点からのものが多いと述べた。また、ユタ研究への接近法は発 生史的研究(たとえば、ノロがユタに転化したと把えるいわゆる「古典進化論」) と社会機能論的研究(ユタの起源よりはユタの現実社会への関与性を重視する) に大別される-とこれまでのユタ研究を概説した。 さらに、ユタは「予言者」「司祭」「呪術師」「呪医」的な要素を持ち、地 域社会の変化に対応しながら、個人・共同体・霊的世界の三者を結びつける多 -170-
面的な機能を有している。ユタはある面ではすぐれたカウンセラーの役割も果 たしている。したがって、ユタを即時的に排斥するのは避けるべきであり、む しろ、ユタに関わる多様な問題を冷静に見つめ研究することによって、沖縄の 社会構造あるいはその特質が析出できるのではないか-たとえば、ユタの理 念が祖先との結合関係の維持、回復だとするならば、それは沖縄の人々の生活 行為の基層部分とどう関わるか-とユタ研究の重要性を指摘した。 野里氏は、1980年から81年にかけて琉球新報紙上で「うちな-女男」 を連載企画し、トートーメー問題のキャンペーンを行った当事者として、読者 からの反響、県会議員へのアンケート結果などを紹介しながら、ユタ問題に言 及した。 「トートーメーの継承」が社会問題化する最大の原因は、その継承が大方男 性によってなされ、同時にそれが家産の相続に深く絡まっているところにある。 キャンペーン中は、読者からの電話、投書が殺到し、「問題の根本はユタであ る」「ユタを何とかして欲しい」という声が強かったという。 また、県会議員全員へのアンケート調査では、ユタを「信じない」という人 がほとんどであるが、必ずしも「悪いとは思わない」という人が多かったとい う。保守系の議員に「ユタは諸悪の根源である」と断言する人がいるかと思え ば、革新系の議員に「沖縄の伝統文化に密着しているので残すべきである」と の言があったりで、ユタ問題に関する限り、政治的な保守・革新とは関係ない -との興味深い結果を紹介した。 大橋助教授は、現世と霊界を媒介しく口寄せ>をする職能者は、沖縄だけに 限らず東北津軽地方のイタコなどの事例にもみられるが、沖縄のユタの場合に はシャーマニズム的要素が強く、その影響力も生活諸領域に及んでいる-と 前置きしながら、1975年から沖縄北部9地区で主婦(20~69才を、 203人)を対象に行なった面接調査をもとに、ユタと地域社会の人間関係に ついて考述した。 -171-
調査結果によると、63%の主婦が「ユタの家へ行った」ことがあるという。 20代、30代と年代が昇るにつれて増え、50代以上では85%にも及ぶ。 初めての「ユタ買い」の平均年齢は82才で、一人で出向くのは少なく、大方 が実母や姑との同伴である。これには、主婦の座につくための通過儀礼的な意 味、嫁と姑とのコミュニケーションの深化という意味が含まれている。 人々が何を期待してユタのところへ行くか-「ユタ買い」の動機と目的は、 「判断(運勢)」「祖霊の意向の確認」「異常体験(心身の不調.悪夢)」 「儀礼執行」「伝統様式の教示」に大別ができるが、調査結果においても「運 勢」が最も多く、続いて「病気。ケガ」「ミーグソー」「マプヤーグミ」の順 である。また、トートーメーをめぐるトラブルは25%の人々が経験しており、 その際には80%の人々がユタへ行っている。 このような主婦たちのユタへの依存度の高さは、沖縄社会において、ユタが ①伝統文化の担い手、②地域社会に密着したカウンセラーとしての役割.機能 を果たしていることの証左でもある。 さらに、ユタを中心的な担い手とする沖縄のシャーマニズムは、沖縄社会の 基層文化(ウラ文化)を成すが、近年、外来文化(オモテ文化)とさまざまな 側面で、対立・葛藤あるいは共存の関係にある。沖縄のシャーマニズムが背負 っている①世界観(宗教一固有信仰、祖霊信仰)、②観範(慣習法一代表 的には男系相続)、③技術(信仰治療)と外来の①新宗教(キリスト教、創価 学会など)、②新民法(均分相続)、③現代科学医療の対比においてもそれが よく現われている。したがって、今日のユタ問題は「外来文化の浸透と土着シ ャーマニズムの抵抗」という視点で把えられる-と社会・文化変動との連関 でユタについて考述した。 玉城助教授は、今日一般的には核家族・小家族化が進行し、各々の家族にお いては内部の統合性、外部への適応力が弱くなっている。三世代同居家族におい
ても、親子間の結合性は従来よりかなり弱くなっている。沖縄でも同様の傾向
-172-にあるが、沖縄の家族にまだ系譜家族の側面を多分に有している。この系譜に 関わるのが「ユタ」である。ユタは当事者に直接的に関係のない人々をも巻き 込み、分裂に陥れるマイナスの機能を持つ反面、孤立化しがちな家族・主婦を 親族の横つながりの中に導くプラスの機能をも有する。 婚姻圏の拡がりは、若い夫婦家族においては「女のユタ買い」という言に含 まれていた意味を変える可能性もある。男性がユタ買いの盛んな出身地で女性 がそうでない場合は、ユタに対する認容はく夫十姑>が強くなり、妻の夫・姑 に対する感情的ズレが増幅される可能性がある-と社会変動とユタ・家族関 係について考述した。 最後に、核家族が進行したとはいえ、それをとりまく社会状況のゆえに、今 後ともユタへの依存は根強く残るであろう。したがって、今後はユタの多面的 機能を家族関係や親族関係と関連づけてダイナミックに把えることが必要とな ってくるだろう-と今後の研究の視座を提起して報告を終えた。 <討論> 石原助教授は、永年にわたって戦争体験の聴きとり調査を行っているが、自 らの調査体験の中では、戦争体験者とユタの結びつきは「功の面で評価すべき」 ことが多い-とユタの正機能的側面について言及した。 沖縄には、第二次大戦後40年近く経った今日でも遺骨の発見されない関係 者が多数いる。それらの関係者の多くは、ユタに遺骨のありかの判示を求めに 行っている。不思議とそれが当る場合がある。関係者がユタを伴いながら戦地 を追BiIFするなかで、戦時沖縄の共同体的諸関係が明らかにされることがある。 たとえば、不明であった集団自決の実相が明るみに出て、当時の村落の支配構
造が浮きぼりにされたことがある。ユタは幾度か弾圧され、“ユタ狩り''に遭
いながらも一向に消滅しない。むしろ盛況をきわめている感さえある。ユタを 支えている社会的基盤とは何だろうか。戦争体験とその後遺症との関連でユタ -173-を解析することによって、その一端が明らかになるのではなかろうか-と四 報告者、またフロアからの質問者とも異なる視点で、ユタと沖縄社会との関連 を解明するための問題提起を行った。 伊江教授は、まず琉球王府時代の系図座創設とユタの関係、地方への屋取
(ヤードイ)集落の創設とそれに伴うユタの波及について言及し、ユタの歴史
について考述した。次に沖縄社会も近代化されつつあるとはいえ、生活諸般に おいていまだにいわゆる「伝統的支配」が濃厚であり、今日のユタ問題もその 延長線上で把えられるのではないか-とユタ問題解明の-手法としてM・ウェーバーのアジア社会へのアプローチの援用の必要性を説いた。さらに、4つ
の報告は、どちらかというとユタの正機能的側面にウェイトがかかっていると 思われる。逆にフロアからの質問及び昨今の新聞報道はユタの逆機能的側面につ いての言及が多い。社会病理の視点で観るならば、この逆機能的側面の解明は重要であり、今後はその方面での報告もいただきたい-とユタ問題を多面的
に研究することを要望した。 く小括> 「ユタ」は、周知のように、地域・階層をこえて、沖縄の人々の生活の中に 広く入り込んでいる。にもかかわらず、ユタに関する研究は、ユタの呪術的。 宗教的側面にウェイトを置いた民俗学や文化人類学など限られた分野での研究 が主であったと思われる。換言すれば、ユタに多くの人々が関わっているにも かかわらず、その解明は一部の研究を除いてタブー視されてきたともいえるだ ろう。けれども、野里報告にもあったように、1980年に琉球新報の行った 「ユタ」キャンペーンを契機に、ユタにまつわる諸問題は衆目にさらされるこ ととなった。それ以降、ユタに関する著作が世に問われ、婦人団体、人権協会、 沖縄弁護士会等も声明を出したり大会を開いたりした。新聞、月刊誌上にもユ タに関する意見がよく出るようになった。このようなユタ問題に関する従来に -174-なかったほどの関心の高まりの中で、沖縄社会学会第6回大会は「『ユタ』 と沖縄社会-その文化的・社会的背景をさぐる-」というテーマでシンポ ジウムを企画した。おそらく、ユタ問題に関して社会科学的視座から本格的に メスを入れる最初の学究的試みではなかったろうかと思われる。 シンポジウムの大要は、ほぼ既述のとおりである。それぞれの報告・討論に ついて逐一コメントをはさむことは、筆者の力量をはるかにこえることなので 割合せざるをえないが、報告全般にわたっていえることは、各報告ともユタの 現実に果たしている機能について多くの言をさき、ユタを支えている社会的・ 文化的背景への言及は今一つ弱かった-ということだろう。また、シンポジ ウム委員会の出した趣意書の「『ユタ』というひとつのことばで表現するには その形態の地域的変差があまりにもはげしく、『ユタ』と個人生活、家族構造、 地域社会とのかかわり方も、たとえば都市と農村、沖縄と宮古・八重山あるい は奄美と沖縄とではその社会的文化的脈絡のなかで微妙に異なることが指摘さ れる」との文脈を具体的に裏づける報告は、残念ながら今大会においてはみあ たらなかった。もちろんこれは、大方の学会・シンポジウムがそうであるよう に、報告者の持ち時間、全体の時間的制約に帰因するものであろう。 また、フロアからの質問も多岐にわたったが、それは、司会者がまとめたよ
うに①伝統社会とユタとの関わり、②家族の中での女性とユタとの関わり、③
ユタの逆機能性一の3つに大別できるだろう。なかでも、③の逆機能性につ いては多くの意見が出た。これは「ユタの功罪、是非は問わない」というシン ポジウム委員会の趣旨とはズレるものではあるが、討論者の伊江氏も指摘した ように、究明されるべき重要な課題の一つであると思われろ。 第6回大会は、ユタを支える文化的。社会的構造を十分に解明しえたとは必 ずしもいえないが、また、今後究明されるべき多くの宿題も負わされたが、シ ンポジウム委員会の「ひとつの解答、結論をひきだすことよりも、ユタ問題を 多角的・継続的に考えていく出発点をつくりあげるということを主眼にしたい」 -175-という当初の目的は十分に果たされたのではないかと考える。 大会終了後、地元マスコミ各紙ともユタ問題をとりあげ、沖縄タイムス紙に