生徒指導講座のこれから
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(2) この1ケ月半で過ごしてしまった8年前の生徒指導講座での1年目は、アカデミック・ショックと 慌ただしさのうちにすぎていったのであるが、今振り返ってみると、学校教育が直面している未曾有 の危機的状況のなかで生徒指導講座の課題がいかに困難なものであるのかを示していたのだと思わな いではいられない。この8年間で学校教育はさらに深刻な事態に陥っている。登校拒否は倍増してし まった。その間、対応のための制度的な措置が行われたり、不登校と改称され、その多様な形が認識 されたのであるが、問題それ自体の解決は方向さえ見えない。いじめは数的には減少しているように 見えるが、それは確実に存在していて、他者への不信を生み、もっと深刻な別の問題行動へとつながっ ていっており、学級崩壊、授業の不成立という学校教育の根幹にまで及んでいるようにも見える。 一方、生徒指導講座における院生指導はこの8年間で大きな変化を体験した。教官の世代交代もそ の一つであるが、もっとも大きな変化は臨床心理士認定の指定校という位置を与えられたことであろ う。これはこれまでの取り組みが大きく評価されたということであり、これまでにない多数の受験者 を迎えることができ、喜ばしいことに間違いない。反面、気になる心配もないわけではない。学校に おける生徒指導上の諸問題の多様化と深刻化がいっそう顕著となる現実のなかで、これらへの取り組 みが教育の外側に由来するある一つの技術的方策へ一元化されれば、学校教育の基本的な部分への問 いかけが見失われることとなりやすい。一見そうでないように見えて、実はかけ声(「生きる力を育 てよう」、 「こころを育もう」、 「教えるべきことは教えよう」、 「道徳的規範意識を育てよう」等々)だ けが繰り返される我が国の教育界全体の現状とまったく軌を一にすることになってしまいかねないの である。なぜならそこには、ある一つの技術的方策はすでに想定されているが、どうやったらそれら のかけ声の諸課題が実現可能となるのかという問いへの多様なアプローチとそれらの多様なアプロー チを比較吟味するために必要な基礎的部分(「端的に「教育とは何か」という8年前にぶつかった問 題)への視点が抜けているからである。易きを求めるのは人の常とは言え、筆者にはそのような方向 によい帰結は期待できないのである。 教育学部及び教育系大学院改革の全国的な動向のなかで、平成12年度より本学にも教育臨床講座が 設立されることとなっている。われわれの生徒指導講座にとって、それは存在意義が問われることで もあろう。しかし生徒指導上の諸問題が学校教育の根幹につながっているのであり、その解決の可能 性も学校教育のなかで日々営まれている教育活動につながった取り組みによってしか生じないことを 思い起こせば、たとえ力の限界を超えるものであろうとも、熱いまなざしを逼り続ける院生諸君と共 に、問題の大きさを確認しながら、かけ声に終わらぬ研究活動に取り組むしかないだろうと、筆者に は思われる。. -2-.
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