• 検索結果がありません。

高市黒人の多用語 : 推量の助動詞を中心にして

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "高市黒人の多用語 : 推量の助動詞を中心にして"

Copied!
14
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)Title. 高市黒人の多用語 : 推量の助動詞を中心にして. Author(s). 土田, 知雄. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. A, 人文科学編, 18(2): 57-69. Issue Date. 1968-03. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/3931. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 8巻 第2号 第1. 北海道教育大学紀要 (第一部A). 官. 庄i j. 市. 里. ・“、. 人. の. 多. 昭和43年5月. 用. 甑. ロロ. ー推量の助 動詞を中心にして-. 土. 田. 知. 雄. Chikao TUCHIDA ; The wrords used frequently Takechi t0 -no-Kur。hi l iary Verbs - 一 SpeciaI Reference of His presu]mptive Auxi. 目. 次. 1 序 虹. W 黒人の 「らむ」. 国見歌の推量語法. ▽ 黒人の 「む」 「じ」 「ま し」. m 黒人の 「らし」. W. む す び. 1. ) は先に田辺幸雄氏2 ) の指摘された高市黒人の多用語について考察し 助動詞の 「む」 は必 筆者1 , ずしも黒人の 特色を示す多用語とはな し得ないのではなかろうかと論 じた. これは他の著名歌人の作品に用 いられた 「む」 の頻度数に比すれば, 疑いのないところである. しか し, いま 「む」 のみに止めず, 他の推量の助動詞をも併せ 考えてみるならば, 彼は確かに推量. の助動詞を多く用いている. これはまさに重視すべきで, この点について, 彼の歌風の特色を追求 すべきであろう. いま彼の用いた 推量の助動詞を検するに, 次の通りである. らし. 「 27. らむ. 58・70. けむ. 「7俗. む. 274・275・279・280. じ. 305. まし. 277. )18首中 推量の助動詞を用いたものは 実に旬首の多きに達 し 56%弱の高率を示 彼の全歌数3 , , , しているのである. かかる顕著な傾向が存するとすれば, これを 「む」 のみに止め ることなく よ ,. り巨視的な立場から考察すべきであることは多言を要しないところである. 注. 1 ) 拙稿, 高市黒人の多用語について (本学 「語学文学」5 ) 2 ) 田辺幸雄, 高市黒人,205~207頁 6 番の歌の 「一本に云ふ」 の歌は, 黒人の妻の答歌と見る武田防吉博士の説 (増訂万葉集全註釈四) 3 7 ) 2 に従って, 計算に加えないことにした,. この問題の考察に当って, ま ず次の黒人の歌 に注意 した い. - 57 -.

(3) . 土 あ ゆ ち. 知. 田. 雄. ひに けらし. 1 27 ) 0) 桜田へ鶴鳴きわたる年魚市潟潮干二家良之鶴鳴きわたる ( こ の 歌 の 類 歌 と して は,. 116 0 ) 2 ) 難波潟潮干に立ちて見渡せば淡路の島に鶴渡る見ゆ ( ( ◎. ひにけらし. 163 1 ) 年魚市潟潮干家良思知多の浦に朝梼ぐ船も沖に寄る見ゆ (. が挙げられている が, ( 2 )は巻七の 「摂津にて作 れる」 中にあり, ◎は同巻の 「露旅にて作れる」 中 に収められている. 巻七においては, 「摂津にて作れる」 の類よりも, 「霧旅にて作れる」 のほう が, 表現に曲折があり多様であることは, 筆 者のすでに指摘するところであるが, ここでも回にお いては国見歌の 「見れば……見ゆ」 の伝統形式を歴然と遺存 しており, ◎は1首中に 推量の語を加 え て, 表 現 に ヴ ァ ラ エ テ ィ ー が あ る.. これらの成長過程を推考するに, 同じく巻七の 「露旅にて作れる」 中の め かりぶね. づら し. 1227 ) ゆ( 人梼ぎ出良之鴨削る見ゆ 磁に立ち奥辺を 見れば海藻刈舟海人梼ぎ出良之鴨削る し られる. すなわち, 国見 と◎との中間形式と て考え 2 ) のような単純な 「らし」 を用いた形式が, ( 歌系の歌謡の伝統形式たろ 「見れば……見ゆ」 を中心とする発想形式の素朴さから脱するため に, ④. しだいに推量の 「らし」 を用いて, 一首の表現の多様化を期 したものと思われるが, 「にけら し」 となると, さらに 一層作者の主観の添加が認められる. これは呪詞的な歌謡から, 個人詩に 進むに. 伴な って, 当然の過程である. 何となれば, 呪詞的性格を稀薄に してからの 「見れば……見ゆ」 は, あまりに単調平板であるからである. それゆえ, この系統を ひく叙景歌 (正確には叙景的 汗情 歌と称すべきものが多いのだが, いま通称に従っておく) にお いて, 「見れば」 または 「見ゆ」 の. 一方を棄却して, 表現の緊密化を計るもの が現われたが, 推量の語による表現の多様化も, これと 一環 した成長過程を示すものである. すなわち, 「らし」 の使用は, おおむね根拠を 示す部分と,. それに基づいて推定を下す部分との二文構成による照応承接の妙があったからである.. すでに, 柿本人麻呂の露旅の歌中には, けひ あらしかりごも 256 ) 5 ( ) 飼飯の海の庭好く 有之刈薦の乱 れ出づ見ゆ海人の釣船 ( があり, 「見れば」 を棄てて 「見ゆ」 を存し, 「あらし」 を用 いている, 「あらし」 は, 「あるら 99等)の 「らし」 10 87 5 )の場合も, 後掲の人麻呂歌集所出歌( し」 の約である といわれている.( , 「6. との関係に, 同様の成長過程を考えることが許されるかもしれない. ) は 「或る 事実を推定するに当り, 其の根拠を明 さて, 「らし」 については, 松尾捨治郎博士2 , 、 も 「漠然たる推量でなく ある根 タ タ リ トは少な い,」 と説き, 佐伯梅友博士3 示するを原則とする,1 ,. 拠をも って の, 自信ある推量である」 と説かれ, 他の学者の説く ところもおおむねこれと同様であ ) は 「あり」 ) の示唆があ ったが, それを敷宿 して, 築島裕博士5 る. ただし, すでに松尾博士4 , 「けり」 「なり」 の形容詞形に 「あらし」 「けらし」 「な らし」 を考え, 「あらし」 の約に 「ら し1 を考え, 動詞と形容詞 とが語幹を同 じうして対応する ときには, 形容詞には話手の主観的な意味が 添加されることが多いと説かれた. 筆者はいま直ちに築島氏説に赴くもので はないが, 「あるらし」 「ける らし」 「なるらし」 と 「あら し」 「けらし」 「ならし」 との間には微妙なニュアンスの差は 認め られよう し, そこには作者の 志向を示す程度にも濃淡の別はあろう. 筆者はそこに志向を 示す 7 2 70~27 ) が人麻呂の霧旅の 語を必要 と した契機に 注意 したい. すなわち, 黒人の露旅の歌八首 (. 5 )の 「あら し」 にも従わ 24 9~256 ) を 範と して いながら, ④の 「ら し」 はいうまで もなく( 歌八首 ( ず, ◎を範と して 「にけら し」 と した 点は 看過すべきではない。 「け らし」 が 「ける ら し」 の約であると しても, 「けり」 に対応する 形容詞形であると しても, 「けり」 の要素を有する ことは明らかで, 今まで意識 しなかった過去の事実, または過去から現在 - 58 -.

(4) . 高 市 黒 人 の多 用 語 まで続いている事実, または目前の事実をはっきりと意識 し感嘆をこめての べるのが原義であるか り, 「けら し」 が 「あら し」 よりも主観性が濃厚であることはいうまでもない. 集中 「けら し」 は. ” 例あって, ほとんど人事に用いられているのも, その主観性によるものと思う. 「にけらし」 は 15例あり, 人事は5例, 自然を対象とするもの「0例ある. これは 「に」 に自然の推移を 示す用法が あるからであろうが, やはり主観性は保持されて いる. こよひ. いねに け ら し も. 15竹) 6 ) 夕されば小倉の山に鳴く鹿は今夜は鳴かず麻宿家良思母 ( ( この歌と小異あ る雄略天皇作と伝える 1664 番の所伝は必ずしも信じがたいが, 岡本の天皇 (評 明か客明かであろうが, 未だ明かでない) の伴と するこの歌は, 万葉初期の作ながら主 観のゆたか ) は 作者を高市の岡本の宮に天の下知 らしめ しし天皇 すなわち な流 露が見られる. 田辺幸雄氏6 , , , 評明天皇とし, 「力なき天子としてお だやかにのみ生きた符明天皇は作歌に当って心をやさしい自 然に向ける. 大化改新以前にはやくもこの作者はこういう澄んだ, 客観的傾向というに近いものを. 体し得たのである. それはおのが立場を積極的に打開 し得ぬ, 見方によっては, まことに痛ま しい 鮮明天皇の位置を以て して, はじめて到り得た新 しい芸術境 であったかも知れない.」 と説かれて ) は 「この一首を見ると 自然に対する心特が実に濃やかに細 いる. これに対して, 土屋文明氏7 , , い所まで列って居って, 作者は声を収めてひそま りかへ った小倉山の鹿のことを歌 って居るのであ. るが, 其処には自らに作者自身の感情の流れが表出されて居るのである.」 とし, さらに 「この歌 は余りに感情濃かに行き届いて居るので, 寧ろ女性の作, 即ち後岡本天皇と申された客明天皇の御 ) は 土屋説を支持して 製ではあるまいかとも考へられる」 と説かれた. 沢潟久孝博士8 , , たま きはる内の大野に馬なめて朝踏ま すらむその草深野 中皇命 ④. と並べて, 「第二句に野と山との固有名詞をあげてゐること, 第三句の馬と鹿, 第四句の朝と夜, な どの対照は偶然とも云へるが, 第四五句のつづき具合, 一首を流れる格調の豊かさ, これを同じ 女性の作と認める事 は十分うなづける事ではないであらう か」 と述べ, 「又客明天皇の御製と認め イ ネ カテニ ト. イネ エ ケ ラ シ モ. 458 られる長歌の中の 『麻宿難爾登』( ) とここに 『牒宿家良思母』 とあり, 「いね」 に 『麻宿』 の 二つであるといふ事も 文字を用ゐた例は集中この , 両者を同じ作者と考へる一つの芳証になりは す. 1) を哀しく まいか」 と説かれた. 客明天皇は日本書紀においても早く悲傷の好情歌 (紀 竹6~「2 9 ) も開花させているが, この歌も鎮魂歌 の域を遥かに脱した創作詩と言えよう. 作者をいずれとし ても, 諸氏の説かれるように, 濃やかな感情の露呈が認められることは否定すべくもない, そして, それに与 って力あるものとして 「にけらしも」 を中心とする 表現を挙 げることも異論はあるま い。 もみちにけ ら し. あさけ. 「5 13) ) 今朝の朝明雁が音聞きつ春日山黄葉家良思わが情いたし 穂積の皇子 ( ( 7 2竹7 「75 季節の推移に対 する感動が強く流露している. この他, 巻十所収の詠物題の歌 ( ,2 , 22. 「67 1) 等, その用例は 「らし」 に比 して 多く はないが, 当時 「7 ), 大宝元年の紀伊行幸の時の歌 ( この 「に けらし」 のもつ新しい表現とニュアンスがより喜ばれたのであろう. 結局, それも国 見歌 的発想から個人詩への発展過程にふさわしい語法であったからである. 内容に即して言うならば, )と( )との中間にあるといえよう. 黒人のQ )は( 6 7 )が歌謡形式を有しているにかかわらず, 相当に主観を露出しているのも, この語法が与 次に, Q. っ て 力 が あ る.. つまこもりづ. は. 大和辺に行くは誰が夫 隠 水の下よ延へつつ往くは誰が夫 たちひ. たっごも. (記57 ). 多遅比野に寝むと知りせば防壁も持ちて来ま しもの 寝むと知りせば. (記76 ). 古代歌謡においては, 二句と五句とに同一句を重ねるもの多く, 万葉集に入っても, 95 ) 吾はもや 安見児得たり皆人の得がてにすとふ安見児得たり 藤原鎌足 ( - 59 -.

(5) . 土. 知. 田. 雄. の如きもあり, これはかなり歌謡的性格を遺存している. 黒人以前では, ) あしひきの山の雫に妹待つと吾立ち濡れぬ山の雫に 大津の皇子 (旬7 の歌があるが, これは純然たる秤情歌である. しかるに, 黒人はこれを ,叙景歌に試みて功を奏して いるのは異とすべきである. この秘訣はまさにこの詠嘆的, 主観的要素の多い,「にけら し」 によっ て, この句法に照応させたためと考えられる. もし, ここを 「らし」 または 「あらし」 としたなら ば, かかる効果は期し得なかったであろう. 黒人の妻の作に, 28 「) 白菅の 真野の榛原行くさ来さ君こそ見らめ真野の榛原 (. と い うの が あ る が, お そ らく( 1 )の 刺 激 を 受 けた も の で あ ろ う. こ こ で は, 「こ そ … … ら め」 が こ の. 句法に照応している. はぎ 秋芽子における白露朝な朝な珠としぞ見る置ける白露. 2 168 ( ). これも 「珠としぞ見る」 に, やはり詠嘆的照応 が見られる. この歌および, 820番を除けば, か )の歌において, 汗情の高まりの中で, かる句法を用いた歌は, ほとんど好情的作品である. 黒人がQ. いかに的確に自然を把握しているかがうなずくことができ, 「にけら し」 を必要としたかがわかる・ 彼の叙景的態度については, すでに先哲によって論じられること久 しいが, かかる汗情的傾向を も決して看過 すべきではない. 黒人が叙景歌に用いられる ことの多い 「らし」 を安易に用いること なく, それよりも主観の添加の多い 「けらし」 を用いたことは, 確かに注意すべきである, しかし, 彼 は そ の 語 さ え, わ ず か に 1 例の 使 用 に 止 め て い る の で あ る. 次 に こ の 点 に つ い て 考 え よ う.. 注 1 ) 拙稿, 万葉集巻七の雑歌について (武蔵野文学8), 万葉集巻七の一考察 (本学紀要9巻1号) 7頁 2 ) 松尾捨治郎, 助動詞の研究,9. 3 ) 佐伯梅友, 奈良時代の国語,175頁 4 「一72頁 ) 松尾捨治郎, 前掲書,7 5 ) 築島 格, 終止形に続く助動詞 (解釈と鑑賞,52年同月号) 1頁 6 ) 田辺幸雄, 初期万葉の世界,24. 7 ) 土屋文明, 万葉集小径. 1頁 0~52頁, 万葉集注釈, 巻第八,「4 8 ) 沢潟久孝, 万葉歌人の誕生,3 8 4 0 9 ) 折口信夫全集第九巻,3 ~ 頁. 皿. ま ず, 集中における 「らし」 系統の語の使用数を検することに しよう.. \. シ. ラ 2. ケ ラ シ. ニケラ シ. ア ラ シ. ナ ラ シ. ザ ラ シ. V I. 6 イ /. 4. W. 11. 計. . ・ ,. . ・ .. ・ , .. , . ・. m. カ ラ シ. , . ・. 4. 2 ′. I. , . ・. ÷÷ Tr ÷÷. I. 10. I. I. ・ . .. ・ . .. 5. 2. , . ・. , . ・. 2. , . ・. ・ . ・. イ. ′. , . ・. - 60 -. . . ・. I. 2. 17.

(6) . 高 市 黒 人 の多用 語 イ. 8. ′. 3 29. 通. , . ・. 2. . 1 ・. 4. . ・ ・. ′. 3. メ. 3. 」Tr÷. ′. , . ・. メ. 2. , . ・. , . ・ 2. ・ . .. , . ・. 2. , . ・. , . ・ ′. 2. , . ・. ÷÷ Tr ÷÷. ・ ・ .. 9. , . ・. I. . ・ .. , . ・. . . ・. I. ・ . ・. , . ・. , . ・. 2. . ・ .. ・ . .. 8. … 】 イ. ・ . .. 「. ・ ・ ・. ・ . .. , . ・. 2. ・ . ・. , . ・. , . ・. , . ・. , . ・. X▽. 6. . , ・. XW. , . ・. ÷÷ Tr ÷÷. XW. 6. X棚. 2. 計. 7. . ・ ,. ÷÷ 二二 ÷÷. ′. ・ . ・ ・ . ・. ノ. . ・ .. ・ . ・. 5. , . ・. 9「. 12. ′. 16. 6. 8. 「. 3. 仏7. (便宜上, ヌラシはラシに含め, 形容詞語幹十カラシはカラシに入れた). 9例が抜群であり, 巻七, 巻八がこれに次いでいる. 巻十においては, 2 9例 「らし」 では巻十の2 「首, 七夕の歌が5首, これも詠物題の 一と みれば26首, 人麻呂歌集所出歌で叙 中, 詠物題の歌が2. 景的なもの 2首, 寄物題の歌はわずかに「 首である。 巻七では, 曙旅にて作れる歌7首, 摂津また は山城にて作れる歌それぞれ1 首. 詠物題「 首, 人麻呂歌集所出歌「 首, 巻八では七夕を含めて自 然を対象とするもの7首, 汗す 青歌1首である. いかに自然を素材とする歌または詠物題の歌に 「ら し」 が多いかがわかる. これ に対 して, 「にけら し」 は巻八, 巻十に多く, これも季節感の展開,. 自然凝視の深化との関 係が認められる. ひるがえ って記紀歌謡を見るに 百敷の. さかみつ. 大宮人は. らし. 酒漬く良斯 みこ. 汝が王や. 高 光る. うずらとり. 鳥. 鶏. ひ れ. 領布取り掛けて. 日の 宮人. 語り ごとも. 事の. こむ らし. まなばしら. 鶴鴇尾行き合へ こを ば. 庭雀. うずすま. 脆り居て. 今日もかも. (記「03 ). (記74 ). 終に知らむと 雁は子産良斯. を は じめ, 紀 「05 , 記 竹2 , 紀85等, い ず れ も 人 事 に 用 い ら れて いる. そ し て, 記 74 , 記 「05 ,. ) が 「(甲) らしの附いた動詞の表は ず動作又はらしの附いた動詞を連語と す 紀「05は, 松尾博士1 る文の表はす事実が不明な場合, 之を推定 する」 とする用法ではなく, 「(乙) らしの附いた 動詞 の表はす動作, 又はらしの附いた動詞を述語とする文の表はす事実は明かであるが, 其の原因の不 明な場合, 之を推定して表現する」 ものである. この (乙) の用法は主として万葉集の長歌に伝え られ, 天皇または宮廷讃歌に用いられている. 13(赤人) 40 98(家持) 3 ら し あらし. 豹5 (旅人). けらし. 90 7(金村) 4360 (家持). または, その他の讃歌・寿歌, あるいは挽歌にも - 61 -.

(7) . 土. 田. し. 「5 9 (持統天皇) 388(作者未詳). けら し. 1作 (家持) 1065(福麻呂歌集) 4. ら. 知. 雄. } のいわれるように 「一定の型式があり, 伝統 などに見られる. 国見歌系の歌には, 高崎正秀博士2 があり」, 必ずしも模倣とのみはいえないが, 赤人・金村・家持らは, 先人の模倣の多か ったこと も否定できない. 儀礼歌を作ることの 多か った人麻呂は, 長歌においては 「らし」 は一語も用いて いな い, 結 局, 儀 礼 歌 に お け る 「ら し」 の 比 重は, さ ほ ど 大 いな る も の で は な か っ た の で あ ろ う。. )田辺幸雄氏が, 記「0 5と紀「恥 とを, 氏のいわゆる讃歌(宮室讃 この点について参考とすべきは,3 とされていることである ) 歌・天皇讃美・土地讃め の外にはみ出すもの , そ して, 記「03に 「今日 もかも 酒水漬くらし」 とあるのは, 「宮廷外の人民が宮廷内の生活を羨望して歌 ったものと見た 方 が 安 全 で あ ろ う」 と し, 紀 「03 に つ いて は,. 真蘇我よ 子らを. 蘇我の子らは. 馬ならば. らし き. 大君の便はす羅志狭. ひむか. 太刀ならば. 日向の駒. くれ まさび. 呉の真刀. うべしかも. 蘇我の. (紀「05 ). 「書紀の記載のように推古女帝 が蘇我馬子に詠み与えたと見ねばならぬ必然性は詞句の中には 見 出されない. 最後の二句はむしろそのことを否定するものの如くである. ほぼ間違いなくこれは蘇 我氏の内部から湧き上がったものであろう」 と説かれた, そうすると, 最後の二句の一首にお ける 比重は, 他の句よりもかな り軽いもので ある. かかる 「ら し」 の性質を人麻呂はすでに洞察 して, 讃歌隆昌の藤原宮時代の讃歌においても, これを用いなか ったものであろうか.. しか し, 赤 人 ・ 金 村 ら は, そ の 詩 さ え も 使 用 して いる の は, や は り 模 倣 とい っ て よ い の で は な か. ろうか. も っ とも, 彼等の生をうけた時代は, 讃歌の隆盛期をすでに過 ぎて しま っていたので, 機 刺たる讃歌の 出現を見ることは無理であ ったのかもしれない. ともかくも, 彼等は讃歌中比重の低 い 「らし」 にまです がって, 擬古的に讃歌を制作 したのであろう. しか し, 万葉集の短歌のほうでは, 「ら し」 の (甲) の用法を活用 したものが断 然 多 く なる. ) 推定の根拠が示され (松尾博士によ れば, (乙) は甲の約九 分の一) それらにま じって, (丙)4 ず, 言外に当然の理由が存するという確信のある推定を示すものもあり (例えば, 旅人の酒を讃む 74) 「, 842 る 歌 中, 338 , 347 等), 次いで (丁) 嫡曲な断定と称すべきもの (旅人の5 , 340 , 34. もある, これなどは, 長歌における (乙) の用 法から脱 して, 姉曲表現によって敬意を示そうとし たところから転 じたものであろうか, 平安朝の 「めり」 に近接 した感があり, これが 「らし」 の衰 額を早めたのかも しれない. ともかくも, 「ら し」 の本質を活用 して, 表現を生彩あらしめたもの. は, (甲) の用法であることには 疑いないところである. この用法は早く記紀歌謡にも見られ, く ぬでゆら をだに 浅茅原 小谷を過ぎて 百伝ふ 鐸揺ぐも 置目来良斯母 (記 ”2) (第二句・第四句に 小 異 はあるが紀85もほぼ同じ) がある. 人事に用いられてはいるが, (甲) の正統的な用法である. きたろ ら し しろたへ 28 ) @) 春過ぎて夏来 良 之白細の衣乾したり天の香具山 持統 天皇 ( ) ) は早くも野遊び・山行きとの関係を示唆されたが, 土橋寛博士6 これについて, 折口信夫博士5. はさらに 「天皇としての公的な国見ではなく, 私人 としての国見の発想から生れた叙景歌であろう と考える」 と説かれたのは注目す べきで, 前述のように国見歌から叙景歌へ飛躍するために, (甲) の用法による 二段構成の妙は大きな力とな っているので ある. いま, 有名歌人の 「らし」 系の語の. 作者\\. シ. ラ . ・ ,. ケ ラ シ. ニケラ シ. ア ラ シ. ナ ラ シ. カ ラ シ. . ・ .. I. ◆ ◆ .. ・ . ・. - 62 -. 計.

(8) . 高 市 黒 人 の多用 語. 旅. 人. 6. , . ・. ・ . .. 2. . ・ ・. . ・ ,. 2. ・ . .. . ・ ・. 5 2. 福麻 呂歌 集 家. ・ . .. 「3. 持. ′. ・ , .. , . ・. , . ・. ′. 6. ・ . .. , . ・ ′. , . ・. . ・ ,. , . ・. , . ・. . ・ ・. 「. , . ・. ・ . .. I. 「. 「6. 使用数を見るに, 家持を除けば, 人麻呂の自作歌には 「あらし」 の「 例に過ぎないが, 「ら し」 を 多く用いて, しかも (甲) の妙味を発揮しているのは人麻呂歌集所出歌であることがわかる. ぁなし. ,まきもく. ゆづき. たてる ら し. 108 7 ) ( 9 ) 痛足河河浪立ちぬ巻目の由槻が獄に雲居立有良志 ( ふけぬ らし. 「70 「) さ夜中と夜は深去良斯雁が音の闇ゆる空ゆ月渡る見ゆ (. 回. 99 このほかにも, 人麻呂歌集所出歌には「6 , 伯「2のような秀作が見え, (甲) の真価を発揮 した ものとしては, まず人麻呂歌集を挙げねばならない. この中, 回は 「弓 削の皇子に献れる歌」 とあ ) の鮫子を訪れた時の歌であろうか, そうす )は人麻呂が纏向7 9 るから, 公的な性格を免れないが, (. ると, もはや 「らし」 も国見歌の伝統を離れて, かなり自由な立場で詠まれようとしていることが わかる, (しかし, 国見的望郷歌の性質は認 められるが……) よって, 人麻呂時代前後から, 叙景 歌に 「らし」 を用いる技法は盛んになり, 次第に追随者もあらわれて, 巻十・巻七等に多くの作が ) 巻十・巻七の作者未詳の 採られる結果とな ったのであろう. 巻七は人麻呂歌集に関係深く, また8 歌には, 大伴旅人を中心とする人々の草稿が混入していることを, 武田博士は指摘しておられる。 しかるに, 国見歌 と親縁ある黒人は 「らし」 系の語を多用せず, 旅人に (甲) の用法のないのは,. いか な る 理 由 が あ る の で あ ろ う か.. 讃歌・寿歌等の類 型からの脱出の困難を予見したためか.. 的. さだめけ ら しも. ふたぎ. 1 1 ( ) 三日の原布当の野辺を清みこそ大 宮処 定 異等霜 1 2 ) (. あ る らし. 「05 1) 福麻呂歌集 (. そらみつ大和の国は神から し尊く安流羅之この舞見れば しらず ら し. みやこ. 聖武天皇 (続紀 2 ). 「037 ) 1 ( め 今造る久通の王都は山河のさやけき 見ればうべ所知良之 大伴家持 ( 遠く後世にまで長歌の伝統を及 の如く 1 塊 ◎ し 」 を用いても一首は生動せず ( 1 1 ( )の如く, 「けら , ,. している. (乙) は (甲) のような妙味に乏しい, (丙) もその感が免れないが, 次の作は成 功 した も の の 数 少 な い 例 で あ る. そがひ. す らしも. み. 35 7 ) 縄の浦ゆ背向に見ゆる沖つ島糖ぎ廻る舟は釣を為良下 山部赤人 ( ) 「らし」 の盛行が, かえって早くもマンネリ化を促し, 類型的となり, 古典的臭味を復活さ せたものか. (甲) の二段構成を安易に行なうと, 一首 を分裂させる危険は十分にひそんでい る. そして, 二丈構成の妙を発揮し得ないと, 形骸的類型的とならざるを得ない. 個性の顕著 な黒人は, かかる傾向をおそらく喜ばなか ったであろう。. ”. 家持を除く著名歌人の作に少なく, むしろ無名歌人が先人の作を模倣 した場合 に多く見られ るのは, 創作力の豊かな著名歌人は, かかる古典的類型語を必要と しなか ったのであろう. 巻 「5 十 五 の 遣 新 羅 使 一 行の 歌 (3597 , 3664 , 5720) に は 多 く 見 ら れる の は, そ , 3642 , 5654 , 36. 5 「0 44 84 ), 防人 ), 甘南備伊香の歌 (4 の好例ともいえよう. そのほかにも, 三形の王の歌 ( の 歌 (4520 , 4427) 等, こ の 類 とい え よ う。. - 63 -.

(9) . 土. 知. 田. 雄. 幹. 著名歌人の場合, あまり熱意のこもった作には見られない. 結局, 内に似て一首を机上にて 「5僧~2 こ しらえ上げる場合に見られる. 例えば, 憶良の七夕の歌 ( 9 ) 中に づ らし. ひこぼし つま. 「527 牽牛の媛迎へ船梼ぎ出良之天の河原に霧の立てるは ( ) ずらしも. 1527 天の河浮津の波音騒くなりわが待つ君 し舟出為良之母 ( ) この2首を含めて, 彼の七夕の歌は, いずれも凡作である. 彼は上司たる旅人の歌風とは, 対 0 )ともいわれ 「憶良らは今は罷らむ」 ( ) または対抗的1 337 照的9 ) と歌 って宴を辞するこ , , ともあったが, やはり梅花の宴や七夕の雅会で題詠を強いられることがあ ったのである. かか る際に凡作におちいることは, 憶良といえども止むを得ない. 一方, 旅人は 「らし」 に (甲) の用法は一語もない. ひとつき. しるし. ある らし. 338 験なき 物を念ずは 一杯の 濁れる酒を飲むべく有良師 ( ). さか. たる ら.し. 賢しみと物い )よりは酒飲みて酔泣する しまさり有良之 ( 34 1). の如く, いずれも (丙) の用法である, け ら し まつ ら さ よ ひめ 万代に語り継げとしこの獄に領中振り家良之松浦佐用比売 ( 87 3 ) これは, (乙) の用法であるが, ここで 「けらし」 を絶対に必要と したかどうか疑問である.. 872 , 874 , 875 の如く, 「けむ」 でもよか ったであろうが, 前後に変化を与えるために語を変. えたものと思われる. 巻十等においてかな り 甲) の用法も試みたのではないかと思われる旅 人が, 自作歌にこれがないのは, 彼の流麗明快な歌風がこれを拒 んだものであろう. そ して,. 彼は沙弥満誓に答えて, ここ. ある らし. 此間にありて筑紫やいづく白雲の棚引く山の方に し有良思 (5 74 ) 1 )もいわれるように 「しらじらしい」 歌で 非常に軽 とあるのは, (丁) の用法で, 武田博士1 , く 用 いて, 「お 座 な り の 歌」 を 作 っ て い る. 石 上の 卿 の 「こ こ に して 家 や も 何 処 白 雲 の た な び. 287 く山を越えて来にけり」 ( ) を模 して, 及ばざること遠しの感がある. かかる態度 は, 真 掌 な 黒 人 の よ く せ ざる と こ ろ で あ る.. 爾. 家持は 「ら し」 を唯美的歌風に マッチさせて利用 しているのが注意される. ◎. らし. みなと風寒く吹く良之奈呉の江を凄 喚び交し鶴さはに鳴く 三陸 穣 篭 く ら し もはへつき. あぷみつ. 4 0 18 ( ). ( 4024 1 め 立山の雪 し来良之毛延槻の河の渡瀬鐙浸かすも ( ) 1 ( のの 「一 は云ふ」 以下 は, おそらく彼の初雫であろう. 「なり」 という聴覚上の体験を根拠に して, 「ら し」 と い う 推 定 を 下 して い る の で あ る か ら, こ の ほ う が む しろ オ ー ソ ドッ ク ス な 形 式で あ る と い え よ う. す で に 古 事 記 に も, ありなり. やくさ. ま. らし. 葦原の中っ国はいたくさやぎて阿理那理, 我が御子たち不平み坐す良志. (中巻) とあり, 集中にも にけらし. こぐなり. 2 )( 1) 湯羅の埼潮干爾市 167 P良志白神の磯の浦廻を敢へて傍動1. まずらを. とも. す な り. おほまへつぎみ. 丈夫の 鞘の音為奈利もののふの大. 臣. らしも. 楯立つ良思母. 76 元明天皇 ( ). が あ る, しか る に, 彼 は 黒 人 の 275な ど を 範 と して 手 を 加 え た の で あ ろ う.. ( 1 めは国見的素材として は珍らしい特殊な素材によ って変化を試みている. なお, 4021 では北 17 で は 「あ ゆ の か ぜ」 と い う 方 言 を 用 い て, ロ ー カ ル ・ カ 越の風物たる 「葦附」 により, 40 ラ ー を 出 そ う と 努 め て い る. ま た, (乙) の 用 法 で も, 露 公 鳥 を 恨 ん で あ る らし. 1 の 玉に貫く花橋をともしみしこのわが里に来鳴かず安流良之 ( ( 3 984 ) 3 )が 指 摘 さ れた と美的想像を馳せている, かかる作歌態度の基盤として は, 高木市之助博士1 - 64 -.

(10) . 高 市 黒 人 の多用 語 「貴族的な身構へ」 にも大いに関係するところがあろうが, 黒人はかかる 「為政者的」 地位と は無縁であり, また, 彼はかかる手法には, ま ったく魅力を感じな か ったであろ う けだし . , 彼の旅における 自然との接触 は, も っと切実なものであ ったからであろう . そ れ ゆ え, 「685 82 以降の歌が人麻呂歌 , 「686 の作者たる 間人宿祢 (伝記未詳であるが, 「6. 集所出の範囲に入ると推定されるし 推定されるし, 排列の順序からしても, この人 は人麻呂よりはやや後の 人であろう) の歌に, かざし. つまごひ みだれにけらし. 彦星の頭挿の玉の雌恋に乱祁良志この川の瀬 雌恋に乱祁良志この川の瀬に ( 16 86 ) な ど が あ る が, こ れ ら の 歌 風 に 黒 人 は動 か さ る こ と がな い の で あ る .. 以上のように, 「らし」 は国見歌から叙景歌への飛 躍に大きな貢献をな したこと は否定すべくも ないが, 一方では未だ旧套を脱し得ないもの, 情熱を欠いた類型的 模倣 的な作にも用いられ , , 特 に意識的して唯美的に作 った歌にも用いられている. 個性の強い黒人 は 「らし」 の古典的 類型 , , 的な欠点に着目し, 傍観的, 客観的な単調を喜ばず, さりとて美的想像や追想を馳することも欲し なかったのであろう. それゆえ, 先行作品に, ④の 「らし」 ( )の 「あらし」 があったにも かかわ , 5 らず, これを避けて, ◎や( 6 )の 「にけらし」 に従 って, 彼独自の主 観の添示を試 みたの である そ . れのみに止らず, 彼は他の「7首においては, 「らし」 系統の語を一 語も用いず それよりも主 観の , 露呈に便なる助動詞を選んでいるのである.. ○ 松尾捨治郎, 助動詞の研究,97頁 2 ) 高崎正秀, 国見歌の伝統と展開 (国学院雑誌,39年「0 . 竹月 号) 3 ) 田辺幸雄, 初期万葉の世界,62~63頁 4 ) (丙) (丁) の称は, 筆者が (甲) (乙) に準じて用いたもの 5 ) 折口信夫全集第九巻,32 4頁 6 ) 土橋 寛, 古代歌謡と儀礼の研究,3 52~3 53頁 7 ) 武田防吉, 柿本人麻呂,252~2 47頁 8 ) 同. 氏, 増訂万葉集全註釈, 六,24 9頁, 同書八,「2頁 氏, 大伴旅人,(春陽堂万葉集講座1) 10 ) 高木市之助, 吉野の鮎,40ィ~4 「6頁 9 ) 同. ”) 武田賄吉, 万葉集全註釈 (改造社版) 四,「77頁 「動」 の訓法は, 佐竹昭広氏説 (人麻呂歌集の歌二首 「文学」22年8月 号) による. 12 ). 3 「 ) 高木市之助, 憶良と旅人(万葉集大成9) 14 62頁 ) 武田防吉, 増訂万葉集全註釈, 七,2. 黒人は 「らし」 よりは一層主観的な 「らむ」 を二例用いている. 「らむ」 は 眼前の事実から事 , 情を推量する. も っとも不確実な推量であるから, そこに想像を加える余地も多く 疑問を存ずる , 場合もある, 集中では, 次のような場合に多く用いら れている, } 旅先にある人が家人 (また は故郷) を思う ” 同. 家人が旅にある人を思う. そう. 会 いにく い恋人を思う. 鈎 片思いの人が恋人を思う 爾. 曽遊の地などの 風物を追想する - 65 -.

(11) . 土. 知. 田. 雄. そ して, 単 なる推量は多くはない, いま, 各巻の使用数を見るに,. 巻 計. 丁 1 1 ▲. 10. n 皿. NI ▽. 9. , 216. 5. W 孤 棚. 広. xド. 7. 8. 201「6. 2. 5. 皿 Xm XN XVXWXWXWIX医 20. 3. 5. 19 2. 7. 3 14. 「らむ」 を20例も用いている巻十は, その半数が詠物題の歌で爾の類が多く, 残りの半数は寄物 )岡の類にし 題で内日の類が多い. 巻十五の19例 は, 遣新羅使一行の歌と中臣宅守等の贈答歌で, は 4 ) 6 2 7 内幹の類が多い てそ . 蛸に うを兼ねており, 巻十二の20例, 巻十一の 例, 巻四の 例は相聞歌で, 内国の類は, 当然汗情歌に多く, 160例に上る, 叙景歌は42例に止り, 鮒の類は美的想像ま たは追 想を馳するものも見られる. 人麻呂は 「らむ」 を7例も用いている が, 人麻呂に限らず, この期の人は 「らむ」 の使用が多い ィ ;◎の事情が多発したため けだし, 国家体制の 整備に伴な って, 地方との交通漸く繁く, 当時は, t 59 5 5 与謝の女王の歌 ( 4 ), 碁檀越の妻の歌 3 ( ) 調淡海の歌 ( ), であろ う. 当麻麻呂の妻の歌 , 5 00 ( ) 等, いずれも然りである, それゆえ, 旅の歌人たる黒人に 「らむ」 の用例あるはむ しろ当. 然 で あ る. ”}の 類 の. くら む. な る. きさ. 70 ) 大和には鳴きてか来良武呼子鳥家の中山呼びぞ越ゆ奈流 ( がある. この歌に 「越ゅなる」 とあるから, ここは前掲古事記の例文や 1671 の 歌 に 見 る よ う に, 聴覚上の体験を根拠に して, 「鳴きて来るらし」 と推定の語があ ってもさほ ど支障はあるまい. し 御. か る に, そ れ を 「か 来 ら む」 と した と こ ろ, や はり 黒 人 の 個 性 の 然 ら しむ る と こ ろ で, 「ら し」 よ. りも 一層主観の添加を必要 としたのであろう. すなわち, 彼の強い旅愁が 「らし」 の使用を許さな か っ た の で あ る.. す らむ. 58 ) 何処にか船泊為良武安礼の埼傍 ぎ廻み行き し棚無し小舟 ( を示している ィ 爾に( }を加味したようなところで, 彼独自の歌境 . 117 2 ) 回 いづくにか舟乗り しけむ高島の香取の浦ゆ漕ぎ出来 し船 ( ◎. あたりにもヒ ントを得たものであろう. 国見的素材を用いながら, 旅愁津々た る も の があり, 「けむ」 で は表現 し得ない旅情を切々と訴えて いる.. しか し, 旅 に あ る こ と 多 か っ た 黒 人 に して, 「らむ」 の 使 用 二 例 と い う の は, 決 して 多 い と は 言. えな い, 黒 人 の 妻 は, 歌 数 2 (28「, 276 の 別 伝) に して, 「見 ら め」 と1 例 用 い て い る. こ れ は彼. がも っ と主観の添示の多い語を求めたた めであろう. 次に, 彼は素材を自然に求めても, それによ って美的想像を馳せることを しなかったことは, 「らし」 の場合と同様である. ◎◎を見ても, 彼 は主観のいたずらに奔出するのを抑制する用意がうかがわれる. 人麻呂は回の類に, あ み. らむ か. す らむ. 40 ) 鳴呼見の浦に 船乗り為良武娘子等 が玉藻の裾に潮満つ良武香 ( ら む. くしろ. 4 「) 釧著く手節の埼に今日もかも大宮人の玉藻刈る良武 (. と, か な り は な や かな ム ー ドで 想 像 を 馳 せ て いる の に, 黒 人 の 想像は せ い ぜ い 師 程 度 に 止ま り, q◎. の如きは内省的深化 をはかり, 一首の雰囲 気はむ しろ暗いといえよう. 彼は人麻呂のかかる傾向に は追随 し得なか ったのである. 一方, 巻七の詠物題の歌を見ても, 「らむ」 によ ってそれほど美的 想像を馳せたものは, 余り見られない. 「故郷を思ふ」 と題する ら む ) 清き瀬に千鳥妻喚 び山の 際に霞立つ良武甘南備の里 (性25. な ど が, そ の 尤 な る も の で あ ろ う. 巻 十 に な る と,. ちるらむ. 6 220 ) まそ鏡南淵山は今日もかも白露置きて黄葉将散 ( - 66 -.

(12) . 高 市 黒 人 の多用語 うれ. も. ず. らむ か. 2 16 7 秋の野の尾花が末に鳴く百舌鳥の声聞く濫香片聞く吾妹 ( ) かなり自由に美的想像を馳せているが, 黒人時代はま だそこまで達 していなかったであろう. た とえ, 達 していたと しても, 彼はそれに従うことは しなかったと思われる, というのは, 巻七あた りでは, 美景の追想, 予想の場合は 「らむ」 よりも 「む」 のほうが, 自由であり, 試みやすいか っ たようである. 例えば,. あらむ. ) (竹68 今日もかも沖っ 玉藻は白浪の八重折るが上に乱れて将有1 ). 回. こ ひむ た~ ・なみの ,. つくよ. 9 顔) 家に して吾は将恋名印南野の浅茅が上に照り し月夜を (竹7 ) あらむ. うらみ. たどり. 名児の海の朝明の余波今日もかも磯の浦廻に乱れて将有 (竹55 ). 回. の如きが見られる. ところが, 黒人においては, 後述のように, 「む」 を彼と しては多く用いてい るにもかかわらず, かかる用法はま ったく見られないのである. ま して, 万葉後期に見られる 「ら. む」 の唯美的使用などは望むべくもない. もみちばこよひ. らむ. あ しひきの山の黄葉今夜もか浮び去ぬ良武山川の瀬に に らむ やまぶき. かはづ. 蝦鳴く甘南備河に影見えて今か咲く良武山振の花. 「587 大伴書持 ( ). 日 「43 5 厚見の王 ( ). かかる傾向は, 彼の欲する作風でなかったといえよう. 次の「首だけである. 次に, 「らむ」 に似て過去の 推量に用いられる に用いられる 「けむ」 は, 次 あども. あ ど. みなと はて に けむかも. 17僧) 船は高 の阿渡の水 に極小 監鴨 ( { 率ひて梼ぎ行く船は高島の阿渡の水門に極余監鴨 1 } 率ひて梼ぎ行く 2 噂にほぼ同様な歌境である. 用い方によっては, 「けむ」 は 「らむ」 よりは, 主観の添加が多い. 1 ◎に 比 して 一 首 が そ れほ ど 生 動 して いな い. ◎ よ り は さ す が に 興 趣 は あ る が, わ け で あ る が, こ こ は(. ’の説かれるように, 「率ひて」 「阿渡の水門」 とのア ド 「けむ」 が活かされていない. 武田 博士2 の同音反復に興味の重点があったか, または第一句 「足利思代」 (利はトまたはドの甲類) とある 3 ) と 酒 落 れ て こ と さ ら ado の重出に努力をすることに比重がか i i te を adom6F te か ら, ad6m6F ,. かったとするならば, 彼は技巧の末に走り 過ぎて, 一首の表 現効果をおろそかに して しま ったとい ) が説かれるように, 彼の特色はもっ とも初二句に発揮されるのである えよう, けだ し, 犬養孝氏4. が, その初二句の表現にお いて彼の努力が軽重の選択 を誤ま って しま ったものであろう. また, 「けむ」 においても, 若干の美的推量は可能であるが, 彼は 「らむ」 において見たように, かかる用法には赴かなかったのである. それが 「けむ」 を一例に止めたゆえんである. . 1 ) 筆者は 「あらむ」 の約が 「らむ」 であるという説に対しては, 未だ論証不足と思う, 9 9頁 2 ) 武田瀦吉, 増訂万葉集全註釈. 七,2 77頁 3 ) 万葉集二 (日本古典文学大系)3 6 5 5 7 4 ) 犬養 孝, 万葉の風土, ~ 頁. V. 黒人の用 いた推量の 助動詞中, 使用 数の多いのは 「む」 の4例である. 「む」 は, も っとも広く 用いられる推量の助動詞で, その用法も少なくな い. しかるに, 黒人はこれを意志または希望の意 に の み用 い て いる こ と が 注 意,さ れ る. 単な る 推 量は ま っ た く な い の で あ る. こぎはてむ. ) わ が船は比良の湊に梼 寺泊沖へなさかりさ夜ふけにけり 健 やどらむ. 緩め 何処にか吾は将宿高島の勝野の原にこの日暮れなば. ゆかむ. 大和へ早く白菅の真野の榛 原手打りて将帰 い ( } いざ子ども 4 2. 274 ( ). 2 75 ( ) 280 ( ). 2 3 )は, いずれもその動作が, 動作の主の意志で行なわれるものであるから, 意志を示す用法 )~( ( 2 2. - 67 -.

(13) . 土. 田. 知. で あ る,. 健. 雄. しめさむ. 27 9 ( ). 吾妹子に猪名野は見せつ名次山角の松原いつか将示. こ こ の 「む」 は, 意 志 よ り も 強 く, 待 ち 望 む 心 が こ も り, 見 せ て や り た い の 意 に な っ て, 希 望の. 意を示す用法である. 以上, いずれもそこに作者の主観の強い表示が見られる. みじ 鮎 305 } かく故に不見といふものを楽浪の旧き都を見せつつもとな ( ). 「じ」 は 「む」 の否定で, 強い否定の意志を表わす. よ って, 意志に関する用法である点につ い て は, 前 の 「む」 と 同 じ で あ る. こ こ は, 単な る 推 量 の 否 定 では な いの で あ る だ」 の 意 で あ っ て, 「ま い」 「… な い だ ろ う」 では 十 分 でな い.. 「… … な いつ もり. み て ましものを. 277 ( ノ 「ま し」 は反実仮定の用 法で, 完了の 「つ」 がつ いて, 強い主観の表示とな り, 希望する意味も. 塑帥 疾く来ても見手益物平山城の高の槻群散りにけるかも 濃 く 出 て いる. こ の点 で は, 姥鋤こ近 い.. 回以下, 「む」 「じ」 「ま し」 とそれぞれ意味するところは必ず しも同一ではないが, いずれも 意志または希望を表わ し, 主観を強く露出 している点においては 異らない. 筆者はこの点を重視 し た い.. いま健闘 )を次の赤人の作に比すれば、 いかに黒人の個性が濃厚ににじみ出ているかがわかる. おさ. しめさむ. 潮干なば玉藻刈り蔵め家の妹が浜づとと乞はば何を突示 さぬ. かさましを. 秋風の寒き朝明を佐農の岡越ゆらむ君に衣借益突. 0 ) (36. 36 1) (. 赤人の用いた 「む」 「ま し」 は, 黒人のそれに比 して軽く して弱いことが指 摘できる. 次に, 主なる著名歌人の 「む」 の使用例を示そう. \\\ 用 法 \. \\\ \\ 作 者 \‐ 麻 人 呂. 推. 量. 意 志 ド. 曲. 反. 語. 計. 比. 率. 4. 5. . ・ .. 3. ↑2. 16,7. 人 麻 呂 歌 集. 29. 44. 8. 17. 98. 30,8. 旅. 人. 14. 10. 5. 7. 36. 48.0. 赤. 人. 5. 6. ・ ・ .. 2. 13. 36.7. 金. 村. 3. 4. ・ ・ ・. 2. 9. 26,5. 憶. 良. ”. 9. ・ . ・. 3. 23. 37,7. (希望は意志に入れて計算した。 なお, 「め」 も入れたが, 「まく」 の 「ま」 は入れなかった). 前述のように, 黒人の頻度数 22,2%は人麻呂よりも多いが, 他の歌人にはだれにも及んでいな い. ゆえに 「む」 4例をも って多用語とはとても言えない. 「む」 を含めて, 推量の助動詞を多用 した と 言 う べ き で あ る.. 次に黒人においては, 意志・希望の用例だけで, 他の推量・腕曲・反語の用例はま ったく無い.. こ れ こ そ, 彼 の 特 色 と す べ き で, 「じ」 「ま し」 も 意 志ま た 希 望 の 意 を 表 示 して いる. こ れは こ ,. れらの 推量の助動詞が, 彼の主観の呈 示にも っともふさわ しい語であ ったからである. 換言すれば , これが 「ら し」 「らむ」 「けむ」 を多用するに到ら しめなか った要因にもなるのである. 彼が 「む」 を 単なる推 量に用いるに及ばなか ったのは, 「一つなれかも」( 276 ) と感 じ, 「わす ) れかねつる」 妹が存在 し,この境地で自然をとらえているからであろう, 彼の作品は国見的望郷歌1. の性質を内に蔵 しながら, しかも彼は 「らむ」 の‘ ィ }の手法をとることなく, まず現在の自らの心境 - 68 -.

(14) . 高 市 黒 人 の 多用 語 を表出するに急だ ったのである. この主観を呈示するに ふさわ しい語と しては, 「む」 「じ」 「ま し」 の如き助動詞が至当であ ったといえよう, それゆえ, 彼は自然の風物に動かされた心境を呈示 し, しかも一方ではq 7 )◎のように, ほ しいままな感情の奔出を抑止 して, 自己を触発 した自然に対 して, 想像や追想を したりするいとま がなか ったといえよう, かくて, 彼は 一方において 的確に自 然を把握 していながら, しかもゆたかな, 力強い好情を湛えているのであって, 彼に対する魅力は ま さ に こ こ に 存 す る の で あ る.. 儀 }の如く, 彼は 「見じ」 と しても, なお 「見せ」 られることを拒むことなく, 「も とな」 と歌う. こ と を 障 らな か っ た の で, か か る 心 境 を 「見 じ」 と い う 強 い 表 現 に よ っ て 呈示 して い る の で あ る.. ) の近江の旧都 を詠んだ長歌 ( 9 2 ) の末部にヒ ントを得たら しいが, これを迎う それゆえ, 人麻呂2 べき素地が 彼のなかにすでにあ ったことを認むべきで, それが 「見れば」 という国見歌の伝統形式 を用いながら, 次に対象の描写 を試みる方式をとるい とまなく, 次の如く直ちに感情の表示となり, こ れに 照 応 す る 初 二 句 の 彼 独 自 の 表 出 とな っ た の で あ る. そ れ ゆ え に, ささなみ. かなしき. 古り し人に我あれや楽浪の故き 我あれや楽浪の故き京を見れば悲寸. 32 ( ). かなしも. ば悲毛 京見れば悲毛 楽浪の国つ御神の 御神のうらさびて荒れたろ うらさびて荒れたろ京見れ の 「悲 しき」 「悲 しも」 も注意す べきである.. 33 ( ). 家持の如きは, 地方官赴任によ って, 鞘の制作動機 を多く与え られたわ けである が, 「貴族的な 身構へ」 を捨てることなく, 「ら し」 「らむ」 「む」 等を用いて, 美的想像を思うままに馳せて, それによ って自らの憂悶を忘れようと している。 黒人, 家持の間に いかに甚大な懸隔があるか が明 あま すずき かであろう, 人麻呂にさえ, 「鐘釣る白水郎 とか見らむ」(252 )と ,いう身 構えが見られるが, 黒人 に は か か る も の は な いの で ある.. 1 ) 土橋 寛, 古代歌謡と儀礼の研究,36 5~5 77頁 2 ) 拙稿, 高市黒人の多用語について (本学 「語学文学」 5) IV. 以上述べたように, 彼は実に 多くの推量の助動詞を用いている. これは彼の第一の 特色である. そ して, 当時叙景歌の新技 法ともいうべき 「ら し」 による 推量をそのまま用いず, より主観の添加 多き 「にけら し」 を採り, 旅中吟で多用される 「らむ」 は二例に止め, 「けむ」 は「例に止め,. 「む」 「じ」 「てま し」 の 意 志 . 希 望 の 用 法 に 進 ん で いる の で あ る, こ れ こ そ, 彼 の 第 二 の 特 色 で,. これは彼の個性の求めたものである. ことに 「む」 に 推量・反語絶無 という点は 注意す べきである. それゆえ, 単なる美的想像に向うことなく, 当然の意を含む理知的な 「べ し」 に赴くことなく, 切 実な感情を真率に表出 しようと して 「む」 「じ」 の 独 自の 使 用 とな っ た の で あ る, そ こ に 彼 の 主 観. 性を認むべきである. (付記 用例の統計は短歌のみに限った。 なお, 訓法は主として武田博士の角川文庫本によった.). (42. 8, 31). - 69 -.

(15)

参照

関連したドキュメント

従って、こ こでは「嬉 しい」と「 楽しい」の 間にも差が あると考え られる。こ のような差 は語を区別 するために 決しておざ

うのも、それは現物を直接に示すことによってしか説明できないタイプの概念である上に、その現物というのが、

つの表が報告されているが︑その表題を示すと次のとおりである︒ 森秀雄 ︵北海道大学 ・当時︶によって発表されている ︒そこでは ︑五

このような情念の側面を取り扱わないことには それなりの理由がある。しかし、リードもまた

自閉症の人達は、「~かもしれ ない 」という予測を立てて行動 することが難しく、これから起 こる事も予測出来ず 不安で混乱

自然言語というのは、生得 な文法 があるということです。 生まれつき に、人 に わっている 力を って乳幼児が獲得できる言語だという え です。 語の それ自 も、 から

社会的に排除されがちな人であっても共に働くことのできる事業体である WISE

を負担すべきものとされている。 しかしこの態度は,ストラスプール協定が 採用しなかったところである。