【 主な判例】(セクハラ事件に関して) ①金沢セクハラ事件(名古屋高裁金沢支部 H18.10.30 労判 707 号 37 頁) 「職場において,男性の上司が部下の女性に対し,その地位を利用して,女 性の意に反する性的言動に出た場合,これが全て違法と評価されるものではな く,その行為の態様,行為者である男性の職務上の地位,年齢,被害女性の年 齢,婚姻歴の有無,両者のこれまでの関係,当該言動の行われた場所,その言 動の反復性・継続性,被害女性の対応等を総合的にみて,それが社会的見地か ら不相当とされる程度であれば,性的自由ないし性的自己決定権等の人格権を 侵害し,違法である」とセクハラ行為の違法性判断の一般的基準を示した。被 害女性の「年齢」や「婚姻歴の有無」を判断要素としていることは適切とはい えないだろう。 ②熊本セクハラ教会・幼稚園事件(神戸尼崎支部 H15.10.7 労判 860 号 89 頁) 雇用関係等の継続的な関係を背景として生じるセクハラ行為については,個 別の行為を分断して評価すべき特別の事情がないか限り,一連の経過を全体と して捉えて考察をするのが相当であるとした。 ③福岡セクハラ事件(福岡地裁 H4.4.16 労判 607 号 6 頁) 雑誌の編集出版をしている会社に勤務していた女性職員(原告)が,異性関 係の噂を流布されるなどして退職を余儀なくされたとして加害男性である上司 (編集長)と当該上司の行為を適切に対処しなかった専務及び会社を訴えた事 案である。裁判所は,編集長の不法行為責任とともに適切な対応をしなかった 専務の不法行為責任,会社の使用者責任(編集長の不法行為と専務の不法行為 の双方)を認めた。なお,編集長は,会社の内外の関係者に「〇〇(原告)は 結構遊んでいる。おさかんらしい。」,「〇〇(原告)と××が怪しい仲にある」, 「〇〇(原告)はボーイフレンドがたくさんいて,もっと夜の仕事が向いてい る人だから。彼女はミズ…まぁいいか。」等の発言をしたり,原告に対し「君は 私生活が派手なんじゃないか。随分男性たちとも付き合いが派手なようだ。そ ういう女性はこの業界に向いていないと思う。」などと退職を求めるなどした。 また,専務は,原告及び加害男性の双方から報告や訴えを受けていたが,これ を個人的な問題として両者に話し合いを促し,これが成功しなかったため,も し話し合いが付かなければ退社してもらうことを告げたところ,原告が退社す るに至った。編集長は,3日間の自宅謹慎を命じられ,賞与を減額されたに過 ぎなかった。 ④T 菓子店事件(東京高裁 H20 年 9 月 10 日判決判例時報 2023 号 27 頁 一審の原 告敗訴を変更。) 判決は,男性店長の原告(女性)に対する発言(①「頭がおかしいんじゃな いの」「僕はエイズ検査を受けたことがあるから,〇〇(原告)さんもエイズ検 査を受けたほうがいいんじゃないか。」「秋葉原で働いたほうがいい」,②業務を
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資料1
終えて更衣室に向かう途中で「処女に見えるけど処女じゃないんでしょう。」, ③従業員の打ち上げの宴席で原告に対し「△△(支店名)にいる男とは何人と やったんだ。」「何かあったんじゃない?キスされたでしょ?」「俺にはわかる。 知っている。」と畳みかけて言ったこと(その結果,原告は泣き出した)など) は,職場における原告の仕事ぶりに対する店長としての部下に対する指導目的 から発したものであったものであるとしても,原告において抑圧的なものとし て受け止め,又は性的な行動を揶揄し又は避難するものと受け止めたことにも 理由があるというべきであり,男性から女性に対するものとしても,上司から 部下に対するものとしても許容される限度を超えており,その必要性が全く認 められず,ただ原告の人格をおとしめ,性的に辱めるだけの言動であるとして, 他の従業員も同席する場所において発言されたことによって,原告の名誉をも 公然と害する行為であって明らかに違法であると判示した。 ⑤東芝ファイナンス事件(東京地裁 H23 年 1 月 18 日判決労判 1023 号 91 頁) 妊娠中の女性に対するセクハラ発言(胸が大きくなった,腹ポテ)をしたこ とを理由に懲戒処分(けん責)を受けた男性が,会社に対して同懲戒処分の無 効確認を求めるとともに,会社に対して社内メールによる謝罪広告及び慰謝料 等の支払いを求めた事案。判決は,男性の女性社員への発言は配慮に欠き,性 的な不快感を覚えさせたのであるから,故意でなかったとしても,相手方の意 に反する性的言動,すなわちセクハラに該当すると言うべきであるとし,また, 本けん責処分の手続きは相当性を欠くものとまでは見ることができず,また, 男性に対し本件けん責処分を科したことが,社会的相当性を欠き,懲戒権の濫 用に当たるとまでは言えないものとして,本件けん責処分が無効であるとする 男性の主張を棄却した。 ⑥北海道航空自衛隊性暴力事件(札幌地裁 H22 年 7 月 29 日) 上司である自衛官から性的暴行を受け,他の上司に被害申告後,退職強要を 含む不適切な事後対応(調査方法が著しく不当,加害男性を原告から遠ざけな い,婦人科検診を妨げた,被害届の提出を妨害した,調査における不利益な取 扱い,退職強要)があったとし,北海道内の航空自衛隊基地に勤務していた元 女性自衛官が約1100万円の国家賠償を求めた事案。 判決は公務所の職場での性的暴行や性的嫌がらせといった加害行為が放置さ れると,被害職員の心身の安全が害され,職場での規律が乱れ,職場の士気や 能率が低下することになる。従って,公務所は,組織として,性的加害行為に 対する泣き寝入りが生じないよう苦情相談体制を整えるように努めなければな らないし,実際に,性的加害行為があったとの申告が被害者からされた場合, 職場を監督する立場にある者(以下「職場監督者」という。)は,どのような加 害行為がされ,これにより被害者がどの程度の被害を受けたかという事実関係 の調査を行った上で,被害の深刻さに応じ,①被害職員が心身の被害を回復で きるよう配慮すべき義務(以下「被害配慮義務」という。)」を負うとともに,
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②加害行為によって当該職員の勤務環境が不快なものとなっている状態を改善 する義務(以下「環境調整義務」という。)を負い,③性的被害を訴える者がし ばしば職場の厄介者として疎んじられ,様々な不利益を受けることがあるので, そのような不利益の発生を防止すべき義務(以下「不利益防止義務」という。) を負うと解される。上記のうち,苦情相談窓口の設置や職場監督者が行う事実 関係の調査は,公務所の組織全体や職場監督者が,職場の秩序維持のために行 うべき行動であって,必ずしも,個々の被害職員に向けられた義務ということ は出来ないが,上記①ないし③の義務は,職場における身体・生命に対する安 全配慮義務(最高裁判所昭和 59 年 2 月 25 日判決・民集 29 巻 2 号 143 頁)と同 様,個々の被害職員との関係で履行をされるべき義務であるということができ る。したがって,職場監督者が,適切な事実関係の調査を行わなかった結果, 上記①ないし③の義務に違反する作為や不作為を生来した場合,職場の秩序維 持(公権力の行使)に当たる公務員が,職務を行うについて,故意又は過失に よって違法に他人に損害を加えたもの(違法な職務行為を行ったもの)という ことが出来る。」として,男性自衛官の性的暴行に対する慰謝料 200 万円を認め たほか,別途,被害申告後の上司らの事後措置義務違反による慰謝料として 300 万円の支払いを命じた(他に弁護士費用として 80 万円。) ⑦P 大学(セクハラ)事件(大阪高等裁判所 H24 年 2 月 28 日労判 1048 号) 大学教授の男性が新任の女性助教授に対するセクシュアル・ハラスメントを 理由とした大学の懲戒処分の無効を求めた事案。 男性教授は,①A(被害者)が本件当日の飲酒の誘いに応じたこと,②本件店 舗において途中で席を立つなどをしないこと,③帰宅の際にも控訴人と同一の ルートを通ったこと,④別れ際に握手を求めたこと,⑤別れた後に電車内から 被控訴人に対する感謝と労りのメールを送信してきていることは,本件当日に 何らのセクシュアル・ハラスメント行為もなかった」と主張した。 判決は「A(女性助教授)が被控訴人(男性教授)からの飲酒の誘いに応じる などしたのは,本件被控訴人が大学教授の地位にあり,発言力があると感じて おり,これを拒否すると自己の本件学部内での立場に不利益が生じないとも限 らないと考えたためであると認められ,また,隣り合わせの飲酒の席でセクシ ュアル・ハラスメントを受けたからと言って,直ちにその席を立って帰宅する なども容易ではないものと考えられ,A は上記のように本件学部における被控訴 人と自己との関係を考慮し,被控訴人の機嫌を損ねることを避け,自己に不利 益を生じないようにしたいと思って,本件店舗で最後まで同席したり,同一の ルートを通って帰宅し,別れ際に握手を求めたり,謝罪のメールを送信したり したものと認めるのが相当である。そして,A が被控訴人に対して拒否的な態度 や不快感を明確に示さなかったからといって,A が被控訴人の言動に対して何ら 不快感を抱かなかったといえるものではないことはもちろん,セクシュアル・ ハラスメント行為が無かったことを推認させるといえるものでもない。」と判示 し,懲戒処分を有効とした。
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⑧横浜セクシュアル・ハラスメント事件。東京高裁平成9年11月20日労判728号) 密室被害事案・職場の支配従属関係がある場合の被害者の合理的行動を前提とする経験則を 適用する裁判例のリーディングケースである。 被害女性が男性上司のセクシュアル・ハラスメント行為およびその後の嫌がらせ行為(①X の席の近くを通るときに X の肩をたたいた り,頭髪をなでるようになったこと,②X が腰を痛 めたとき「良くなってきた」と言って腰を触ったこと,③事務所内で2人きりになったとき肩 を揉んだり頭髪を弄んだりしたこと,④2人で外出したときに「今日はありがとね」と言いなが ら肩を抱き寄せたこと,⑤事務所で2人きりになったとき,「一度,だきしめたかった」,「か わいいから」などと言って,X の後方から抱きつき,服の下に手を入れて胸や腰をさわり,口 を開けさせ舌を入れようとしたり,腰を密着させて X のズボンの上から指で下腹部をさわった りした上,その行為から逃れようとした X(X は,腰や肘で Y1 を払いのけようと抵抗したり, やっとの思い出「お昼過ぎちゃいますよ」,「ダメですよ」などと言った)に20分もの間, 執拗にこのような行為を継続したこと(Y1はにやにやしながら,ああ気持ちよかった,いい 子だと気持ちいい,仕事辞めないでね,悪かったね等と言って,20分後に漸くやめた),⑥ 3日後に⑤の行為を認めて謝罪したものの,それを後に否定し,その事実を X から告げられた Y2社代表取締役から叱責されたのちは,X に仕事をさせないようになり,X を退職に追い込ん だこと)を受けたとして,男性上司に,不法行為を理由とする損害賠償を請求するとともに, 所属先の A 社および加害男性を A 社に出向させている B 社に対しても,使用者責任に基づく損 害賠償および新聞紙上への謝罪広告の掲載を求めた事案。 第一審判決(横浜地裁平成7年3月23日労判670号)は①から④の事実については,同僚 も X からの苦情を聞いたことはないし,実際に Y1が X の頭髪等を触っているところを目撃して いないこと,また Y1が一貫してこれを否定し,供述に変遷が見られないこと,X の供述事態具 体性がないことに照らし,X の供述は信用できない。⑤の事実については,20分もの間,X が Y1の為すがままにされていたということ自体,考え難く,外へ逃げるとか,悲鳴を上げて助け を求めたりすることもできたはずであるのに,それをしなかったことは不自然である。X に Y1 に対する尊敬の気持ちおよび恩があったため,Y1を突き飛ばしたりはできなかったと供述する が,X が主張する Y1の行為は「このような攻撃を受けた場合,通常であれば冷静な思考及び対 応を取ることはほとんど不可能であると考えられるところ,X が抵抗して逃げようとしなかった」 ことは納得しがたい。X はその直後,普段を変わらず事務所内で昼食をとっており,また,同僚 らにかかる事実があったことを窺わせる言動があったとも認められない。かえって,真実は,真 実は,当日,積年の悲願であった売上収支の黒字への転向が達成されることへの期待と喜びに気 分が高揚した Y1が,その喜びを X と分かち合おうとして思わず抱きしめてしまっただけであっ て「不法行為を構成するほどの違法性を有するものではな」い。⑥の事実は認めることが出来ない。 したがって,Y1の X に対する行為は,「行為自体がきわめて軽微であって,不法行為を構成す る程のものではなかった上」,X から直訴を受けた Y2社代表取締役は X の言い分を十分に聞き, Y1に謝罪させているのであり,「Y2らがそれ以上に,Y1に対する何らかの処分及び事実の公 表等の措置を採らなかったとしても,そのことが違法であるとは到底いえない」として女性の訴 えを退けた。 一方,控訴審判決(東京高裁平成9年11月20日労判728号)は,①Y1から胸や腰を触 られた他の女性従業員が存在すること,②事件後に同僚や Y2社代表取締役に相談していること,
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③とりわけ職場におけるセクシュアル・ハラスメントについては「職場での上下関係(上司と部 下との関係)による抑圧や,同僚との友好関係を保つための抑圧が働き,これが被害者が必ずし も身体的抵抗という手段を採らない原因として働くことが認められる」としてレイプや強制わい せつの被害者の事後的な対処行動に関する研究を検討し,性的被害を受ける女性のすべてが逃げ 出したり,悲鳴を上げたりするわけではないこと,④本件においても,下手に騒いだために外部 の人間が現れ,事件が公になれば,自分のほうが会社に居づらくなってしまうこと,上司として 尊敬している所長の行為であり,仕事上の恩義も感じていたことから,所長との人間関係を壊し たくないと考えて行動した原告の行為は,被害者である女性として不自然でない」と判示し女性 の訴えを認めた。 ⑨秋田県立農業短期大学事件(仙台高裁秋田支部平成10年12月10日判例時報1681号) 職場の支配従属関係がある場合の被害者の合理的行動を前提とする経験則を適用する裁判の リーディングケース。 大学の研究所で研究補助員として勤務する女性が上司である男性教授とともに国際会議に参 加した際,宿泊先のホテルで男性教授からわいせつ行為(チェックアウトする日の朝,午前7 時半頃,男性教授が突然,女性の部屋を訪れ,ベッドに押し倒し,衣服の上から女性の胸など を触り,下腹部を押しつけたため,女性が抵抗し,B は部屋から出て行った)をされたとして 男性教授に対し損害賠償を求めた事案。 第1審判決は,強制わいせつ行為に害する女性の対応およびその直後の言動に関する女性の 供述内容には強制わいせつの被害者のものとしては,通常でない点,不自然な点が多々存在す ること,女性が抵抗していないこと,女性の行動が強制わいせつ行為の被害者の態度におよそ そぐわない冷静な態度であるとしてセクハラの存在を否定し,女性の訴え認めず,むしろ男性 教授から女性に対する名誉棄損の訴えを認めた。 一方,控訴審判決は「職場における性的自由の侵害行為の場合には,職場での上下関係や同 僚との友好関係を保つための抑制が働くために,これらの抑制が,被害者が必ずしも身体的抵 抗という手段を採らない要因として働くであろうことが,研究の成果として公表されているの であり,性的被害者の行動パターンを一義的に経験則化し,それに合致しない行動が架空のも のとして排斥することは到底できないと言わざるを得ない」と判示し,女性の訴えを認容し, 男性教授の名誉棄損の訴えを棄却した。