外国語教育の「スタンダード化」の背景と現状
真 嶋 潤 子
(大阪大学世界言語研究センター)
1.はじめに
グローバル化した現代社会における高等教育機関の国際化政策を踏まえ、言語教育政策面から世
界をゆるやかに繋ぐ道具となりうる
CEFR について、概略を示し適用事例を紹介する。そして日
本語教育の「スタンダード化」の議論に参考資料を提供することを目的とする。
2.高等教育機関の国際化政策: 海外の留学生教育政策の変化 (奥川 2009 ほか)
21.ヨーロッパ
1987 年「エラスムス・プログラム」: 欧州域内の短期交換留学制度
〜2002 年まで(15 年間)に 100 万人以上、2010 年までに 200 万人以上の学生交流。
1999 年「ボローニア宣言」:欧州高等教育圏の設立。欧州域内での「共通性」をもたらす
欧州の大学で比較可能な学位制度
バチェラー(学士) +マスター(修士) 制度
単位互換制度
英語で履修できる課程の開設
*要因: 国際競争力に関するヨーロッパ高等教育の危機感
ヨーロッパ統合に伴う域内労働市場のための人材交流
*今後: 選択の幅の広がり→ 教育の質の保障が鍵になる
22.アジア
*高度人材を求めて激烈な留学生争奪競争が展開
二国間の留学生の移動(従来型)
自国の大学と諸外国の大学との連携/遠隔教育
二重学位制度
他国の大学の国内の分校設置 → 「国内留学」
「トランスナショナル・プログラム」
(国境を越えて留学プログラムが展開される)
目的:経済効果+人材育成+国際社会における自国のプレゼンスを高める(政治的要因)
(例)オーストラリア:教育を輸出産業の第3位に育て上げた
シンガポール: 世界のトップ大学を誘致し、アジア高等教育のハブを謳う
マレーシア: ツイニング方式で欧州トップクラスの大学の学位を国内で取らせる
中国: 世界最大の留学生送り出し国。留学生受け入れ数では日本を抜いている
国家目標: マレーシア
“Center of Educational Excellence”
「2010 年までに受け入れ8万人をめざす」(2012.2.マレーシア政府 HP)
タイとシンガポール “Educational Hub”
3.日本の留学生教育政策の変化
31.日本全体/政府
少子化問題への対応(優秀な人材かつ経済活動の担い手の確保)
国際貢献の充実
大学の国際化・グローバル化/留学生との交流・国際理解/人的ネットワークの形成
1983 年開始、2003 年「留学生受け入れ 10 万人計画」を達成
2007 年5月発表のアジアゲートウエイ構想「国際人材受け入れ・育成戦略」として「日本をアジ
アの高度人材ネットワークのハブに」という方向性
2008 年1月福田元首相の施政方針「アジア、世界との間のヒト・モノ・カネ・情報の流れを拡大
する『グローバル戦略』の展開」のための「留学生
30 万人計画」(2020 年をめどに)
大学間競争における「国内から世界へ」という動きの加速化
(文部科学省 HP より)
留学生像の変化:希望と期待
勉強(とアルバイト)だけして帰国する人
「高度人材」として日本で仕事をする/活躍する/住み続ける人
日本の「地域住民」
「市民」として生活する人: 日本社会の構成員
「全国大学留学生交流調査」より −現状の問題点− (2009)
1)総じて各大学の国際化のビジョンやミッションが不明確 2)大学の国際化を評価する制度・体制ができていない 3)国際交流専門職の育成に不熱心要性の認識は旗艦大学で33%が「大変重要」としながら、国立大学の 13%)。二重学位制度は私立大学の 10% (25 校)、国立大学の 5%。 5)留学生への就職支援活動は私立大学30%、国立大学 25%で不十分。 6)渡日前入学許可は日本学生支援機構の調査では65 校のみ。 7)定員確保のための留学生受け入れ策という面が強い大学がある。
→教育内容、質の問題、
「教育の接続 articulation」の問題には目が向いていない。
32.大阪大学の例
・学部定員で国立大学中最大: 学部生
16204 人+院生 8037 人=24241 人 (2008)
→ 学部生 15865 人+院生(M4807 人+D3117 人)+非正規生 1061 人=24850 人 (2010)
・留学生数:
2007 年 1032 人→ 2008 年 1385 人→ 2010 年 1608 人
・大阪大学のモットー:
「地域に生き、世界に伸びる
Live Locally, Grow Globally!」
・教育の目標: 「教養、デザイン力、国際性」
・これまでの取り組みのポイント:
1.推進体制の整備:「国際交流室」「国際企画推進本部」「海外拠点本部」(アメリカ、オラ
ンダ、タイ)
」
2.学生交流プログラムの企画・推進:長期、短期、超短期
3.足下の国際化:サポートオフィス、オンライン・コミュニティサイト、宿舎等
・文科省
G30(グローバル30:国際化拠点整備事業)に採択(2009 年 7 月)
・大阪大学日本語日本文化教育センター「教育関係共同利用拠点」
(2011 年文科省認定)
・学内留学生
長期(学位取得目的)
:
大学院各研究科 (2010 年現在大学院留学生 936 名)
学部: 外国語学部日本語専攻** ほか
学部予備教育:
「学部留学生プログラム[U]」CJLC(日本語日本文化教育センター)
文科省(国費日研生)
「日本語日本文化研修留学生プログラム[J]」CJLC
大阪大学短期留学特別プログラム(交換留学)
:
「OUSSEP」 大学間協定校正規在籍学生 部局間協定校正規在籍学生 CIEE
「Maple プログラム[M]」CJLC
超短期プログラム
G30 の詳細は >> International Programs at a Glance (大阪大学 HP)
http://www.osaka-u.ac.jp/ja/guide/international_students/inbound/at_a_glance
4.
「教育の接続 (articulation)」を考える
4-1.留学生の不安
4-2.
「スタンダード」化とは
・
‘Standard’という言葉の使われ方:Davidson ら(1997)より
教育の分野、ことにテスト開発の文脈においては、1)具備すべき要素、2)期待される最低基準、
3)標準的なテスト、4)言語規範という意味で使われる。(p.303)
・National Standards (1999)のスタンダーズは、これに従って言えば1)2)の意味を合わせ持つ
ような使い方になっている。
・ 「
「スタンダード」とは、
「標準・規範」であり、学習者が目指す言語運用能力はどんなものか、
そのために教室指導や学習環境はどうあるべきか、そのような言語運用能力をどう測るか、に
ついて記述された包括的な指針である」柴原(2007, p.113)
・ 「標準・規範」:「目指すべきゴール」にも、学習者が「当然クリアすべき最低基準」にもなり
うる。ある学習者グループの「平均的な像」ともとれる?あるいは、もっとゆるやかで包括的
全体枠組みをイメージしたものかもしれない。
言語教育に携わる米国の教員の間でも、この点について理解にばらつきが認められる。
・だれのための、何のための「スタンダード」か?
5 欧州評議会 Council of Europe 言語政策部門 Language Policy Division の言語政策
外国語教育関係者の「共通言語/メタ言語」の必要性
→「ヨーロッパ言語共通参照枠 (CEFR)」
グローバル化する世界とつながり発展する言語教育のために。
。
。
Council of Europe (2001) “Common European Framework of Reference for Languages:
Learning, teaching, assessment” (CEFR)【『外国語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ共通参
照枠』(2004)吉島他訳】 [35 言語に翻訳]
5-1 理念
ヨーロッパの統合、平和の希求、
「民主的なヨーロッパ市民」の育成、
少数言語の保護・尊重、
「複言語主義
plurilingualism」(cf.多言語主義 multilingualism)
5-2 言語教育観
コミュニケーション重視、行動中心
action-oriented(その言語を使って何ができるのかに注目)、
学習者中心
learner-centredness、自律的学習者 autonomous learner、生涯学習
5-3 方法
Common European Framework of Reference for Languages (CEFR)ヨーロッパ言語共通参照枠
→共通参照枠* →能力記述文 (Can-do statements)**
→カリキュラム/教材/テスト…検定試験・資格試験
-European Language Portfolio (ELP)
能力試験、資格試験の開発と実施→
Association of Language Testers in Europe (ALTE)を要
にした、英独仏蘭伊のテスト機関の役割(Cambridge ESOL, Goethe Institute, CIEP, CITO,
University for Foreigners Perusia)
5-4 方針・姿勢
透明性
transparency →全ての議論や文書はサイトに掲載。実証研究データも公表
共通性
commonality →言語や国・地域を越えた枠組みを提供。「メタ言語」で関係者のコミュ
ニケーションを促す
比較可能性
comparability →言語教育・学習・評価のミクロからマクロレベルの比較の結果を言
語教育実践や言語教育政策に反映
強制しない→現場に必要なことは、現場が一番良く知っている
5-5 最近の動向 (欧州評議会言語政策部門
Language Policy Division HP より)
・
「透明」
「比較可能」にするための取り組み
a) CEFR とテストの関連づけのためのマニュアル作成 (CoE 2009)
質的な分析・記述に頼らず、心理測定・テスティングの専門家によるテスト分析(ラッシュ
モデル、項目応答理論: Item Response Theory:IRT)
b) CEFR のレベルの理解と議論のための「サンプルビデオ DVD 制作」(CoE 2004, 2008 ほか)
・その他の取り組み
c) 「学校教育の(指導)言語 Language(s) of Schooling」をテーマとした研究、教育支援
d) 少数言語教育支援:ロマ語の教育支援(European Language Portfolio)
e) (成人)移民への言語教育政策
f) 欧州評議会加盟国の言語教育政策現状調査(Language Education Policy Profiles)
6 CEFR のインパクト
(Schmidt et al. (Eds.) 2010; Byram & Parmenter (Eds.) 2012)シラバス、カリキュラム、評価、大規模テスト(検定試験)、教材開発、教員研修、学習者自律支援
6-1 海外
・ フランス DELF/DALF、ドイツ “Profile Deutsch”(2005)、ハンガリー「学部終了時の外国語
レベルを
B1以上とする」
・ 中等教育レベル
ELP の導入 (日本語が高校卒業資格試験科目として認められるかどうか:
「課外活動」で終わるのか)
・ 高等教育/大学の取り組み 例:ボン大学、テュービンゲン大学、ベルリン自由大学
・ EU の言語政策(全てのヨーロッパ市民が「母語プラス2言語を学ぶ機会を保障する」)を受け
た各国政府の政策の影響
・ 松尾・濵田(2006)、ヨーロッパ日本語教師会(2005)ほか
・ 中国、韓国、タイほか
6-2 国内の実践例
・ 大阪大学(旧大阪外国語大学)外国語学部
25 専攻語「到達度目標制度」に CEFR を参照(大
阪外国語大学
2005、2006、2007;真嶋 2007 ほか) <資料1>
・ 茨城大学での英語教育の事例(阿野他
2007)
・ 国士舘大学『外国語ポートフォリオ』
(鷲巣
2009)
・ 慶應義塾『行動中心複言語学習プロジェクト』
(境
2007)
・ 国際文化フォーラム「高校生への韓国語・中国語教育への学習のめやす」
(2007)
・ 国際交流基金「JF スタンダード」(2010)
・ 「新・日本語能力試験」5レベル、CEFR との関連
6-3 CEFR への批判と魅力
CEFR 受け入れへの懐疑的まなざし
ヨーロッパのものを単純に日本に?
言語教育に経済効率を持ち込む「マクドナルド化」
、画一化への懸念(Schwerdtfeger 2003)
CEFR の魅力
1)世界的視野に立ちグローバル化を冷静に受け止める姿勢で「複言語主義」の理念
2)平和を希求し、民主主義、人権意識に訴える姿勢
3)現代的教育観を体現していること
4)行動中心主義: 言語学習を座学でなく、学習者の言語行動目的のために行うものと考える
5)肯定的人生観/学習観
6)言語の標準テスト・大規模テスト・資格試験の作成の指針になる
7)柔軟な姿勢:
「透明性」
「共通性」を強調し、また CEFR を絶対視せず、変更可能であって、
むしろ教育現場に合うように変更して使ってほしいという立場を取っている(Trim 2002)
7
. おわりに
日本で学ぶ留学生にも日本人学生(国内にいる場合/海外留学する場合)にもプラスになるあり
方を求めて。
ミクロ〜マクロレベルで「つながる」日本語教育へ
CEFR の底流にある言語を超えた普遍的な理念に共鳴する人は、ヨーロッパ人ならずとも多い。
「CEFR」から「E: ヨーロッパ」を取って「言語共通参照枠 CFR」と呼んでも良い程ではないかと考
える。
日本で CEFR が理解され、その良さを生かして言語教育の実を上げるためには、まだまだ教育実
践の積み重ねや関係者間の共通認識を得るための地ならしが必要だろう。
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・ < http://www.coe.int/t/dg4/Linguistic/> ・ 「全国大学留学生交流調査」<http://www.u-kokusen.jp/program_org/pdf/h181220-6-1.pdf> (最終アク セス 2009.7.)
<資料1>
■到達度評価制度とは 外国語学部では、専攻語教育に関して、2007 年度より「到達度評価制度」を取り入れています。次ページ から、25 専攻語毎に1年次、2年次、3・4年次に分けて提示しています。その特徴は、以下のとおりです。 • 言語学習の「聞き、話し、読み、書く」の4技能のうち、「話す」は「やりとり(対話)」と「表現(独 話、発表等)」に分けて考え、計5項目として記述してあります。 • 各専攻語の提供する専攻語教育において、何が目指されているのかを示してあります。 • 目標の記載は、否定形を使わず「〜できる」という能力表現(Can-do Statements)で記述してあり ます。 • ここに記載されているのは、基本的に本学の専攻語プログラムをきちんと履修すれば長期留学をしな くても6割以上の受講生が到達できる目標と考えられています。• この到達度目標の枠組みは、欧州評議会が 2001 年に発表した CEFR(Common European Framework of Reference for Languages ヨーロッパ言語共通参照枠)を参照してあります。(専攻語によっては、 内容的に CEFR を参照していない場合もあります。) 自分の専攻語の目標を見定めて、自分の言語能力を技能別に把握しましょう。卒業時点での目標はもちろん、 生涯にわたる自分の専攻語の到達目標を考 えて、各段階で自分自身の納得する到達目標を立てましょう。そ のような生涯学習の中の位置づけに基付き、学習目標や方法を主体的に考えて「自立的学習者 autonomous learner」になりましょう。そのためにこの表を活用してください。 <大阪大学外国語学部「専攻語について」より http://www.sfs.osaka-u.ac.jp/jpn/index.html>