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オランダの高齢者向け住宅

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2011年10月にサービス付き高齢者向け住宅 制度がスタートし、高齢者の住まいのあり方に 注目が集まっている。この背景には、高齢の単 身世帯や高齢夫婦世帯が増加する中、特別養護 老人ホームなどの高齢者施設の慢性的な供給不 足や、医療制度改革に伴う療養病床数の削減等 の要因により、介護や生活支援などのサービス が付帯した住宅への需要が高まっていることが 挙げられる。今後、さらなる高齢化の進展が見 込まれる中で、高齢者向けの住まいに対するニ ーズはますます高まっていくものと予想され る。その中では、供給不足を補うという量的な 側面だけでなく、そこに住む高齢者の生活の質 の向上も求められるだろう。 この点で、オランダは、生活の質の向上とい う観点から高齢者向け住宅の整備を進めている 先進例である。オランダの高齢化率は14.3%と 日本と比較すると低いものの、高齢者の家族形 態をみると一人暮らしや夫婦のみ世帯が中心で あり、配偶者以外の家族との同居率がきわめて 低い(1)。同国もかつては「施設大国」と呼ばれ、 多数の高齢者施設を整備することによって、こ れらの高齢者世帯の暮らしを支えてきた。しか し現在では、高齢者の尊厳を守り、主体的な生 活を重視するという観点から「施設から在宅へ」 の転換が図られ、高齢者向け住宅の利用が進ん でいる。つまり、高齢者向け住宅は、高齢者の 生活の質を高める新しい選択肢として普及して きたのである(2)。 このように、生活の質に着目して高齢者向け 住宅の整備に取り組んだオランダの道筋には、 今後、高齢者向け住宅の普及を目指す日本にと っ て 学 ぶ べ き 点 が あ る 。 そ こ で 本 稿 で は 、 2011年11月に行った現地視察での知見を交え つつ、オランダの高齢者向け住宅をめぐる諸相 について、日本との違いなどを踏まえながら考 察したい。 (1)「高齢者向け住宅」とはなにか オランダにおける伝統的な高齢者向けの施設 には「ナーシング・ホーム」と「ケア・ホーム」 がある。ナーシング・ホームは要介護度の高い 高齢者を対象とする医療施設で、24時間体制 で医療・看護の提供を行う。機能的に、日本の 介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)や介 護老人保健施設に相当するものと思われる。一 方、ケア・ホームは比較的要介護度の低い人を 近年、日本でも需要が高まっている高齢者向け住宅について、オランダでは高齢者の生活の質 に着目した様々な取組が行われている。本稿では、現地調査の知見を交えながら、その特色や日 本への示唆について考察する。 社会経済コンサルティング部 コンサルタント

佐藤 渓

― 入 居 者 の 生 活 の 質 に 着 目 し た 取 組 ―

はじめに

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オランダにおける高齢者向け住宅

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オ ラ ン ダ の 高 齢 者 向 け 住 宅 ― 入居者の生活の質に着目した取組 ― 対象とし、簡易キッチン、バス・トイレ付きの 住まいで介護が行われる入居施設で、ナーシン グ・ホームに併設される場合が多い。機能的に、 わが国の軽費老人ホームB型やケアハウスに相 当するものと考えられる。 こ れ に 対 し 、 高 齢 者 向 け 住 宅 ( a d o p t e d housing for the elderly)は、高齢者の生活に 配慮した住居環境と、必要に応じてケアを受け ることができる体制の整備という2つの要素を 必要条件とする住宅である。高齢者の生活に配 慮した住居環境とは、車いすの利用者など行動 上の制約がある人でも、ある程度自立した生活 を送ることができるようバリアフリー化されて いることを示す。具体的には、住居の中に階段 がなく、生活空間がワンフロアにまとまってい ること(stairless homes)である。また、必要 に応じてケアを受けることができる体制には、 アラーム等の設置などにより、オンコールで近 隣のケア・センターの支援を受けられること (care-supported living(3))が必要である。政 図表 1  既往研究におけるオランダの高齢者施設および高齢者向け住宅の整理 (注) 1 本表は 福田・森・豊田( 2009 年)表 1「 調査対象の住宅の位置づけと特徴」をもとに、一部改変 を行ったもの。 2 面積基準は 2008 年 12 月時点。 (資料)福田真希、森一彦、豊田恵美「オランダの高齢者住宅における生活支援機能の考察−高齢者の 自立を尊重した環境支援と人的支援について−」『生活科学研究誌』(Vol.8、2009年)p. 2

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ることができる適切な住居にアクセスできるこ と(4)」を目標として掲げている。 上述のように高齢者向け住宅の定義は緩やか で曖昧な点もあるが、典型的な形態は、高齢者 向けに作られた集合住宅に賃貸契約を結んで居 住し、生活支援サービスや在宅サービスなどを 利用しながら生活するタイプである。単身者の み居住可などの制限がないため、住居の間取り や広さに応じて夫婦で入居することもできる。 視察を行った高齢者向け住宅の中には、標準的 な住戸面積が 72 m2、広いタイプでは300m2の面 積を持つ例もあった。福田・森・豊田(2009 年)による既往研究は、オランダにおける高齢 者施設と高齢者向け住宅について図表1に示さ れるような整理を行っている。このうち、「ケ アード・リビング(cared living)」および「ギ ャ ラ ン テ ィ ー ド ・ リ ビ ン グ ( g u a r a n t i e d living)」をケア・ホームからの代替が進む高 齢者向け住宅と定義している。 なお、高齢者向け住宅の運営団体は、地域で 高齢者や障がい者に対する施設サービスや在宅 サービスを提供しているケア団体(非営利民間 組織)である場合が多い。また、住宅の新設や 改修などにあたっては、地方自治体、住宅の開 発団体、ケア団体、地域住民などの間で協議を 行う形が一般的である。 (2)施設から住宅への発展の経緯 1970年代までのオランダは、ヨーロッパ諸 国の中でも北欧諸国に並んで高齢者施設の高い 整備率を誇っていた。しかし、特にナーシン グ・ホームに入所した高齢者は、食事や入浴を はじめとする日々の暮らしを施設のタイムスケ らない。このような「施設での暮らし方」に対 する反省から、オランダは1980年代から「住 まいとケアの分離」を目指す政策へとシフトし てきた。 「住まいとケアの分離」とは、住まいの中で 一体的にケアが行われていた従来の高齢者施設 とは異なり、高齢者が住まいと自分に必要なケ アを自由に組み合わせて選択できることを意味 する。このような暮らしを実現するために、加 齢や障害に対応した住環境を備え、必要に応じ てテーラーメイドされたケアを受けることがで きる高齢者向け住宅が求められたのである。ま た、住居にかかる費用とケアの費用を切り離す ことによって、これまでパッケージ化されてい た不必要なケアを淘汰し、効率性を高める効果 も期待できる。 オランダの研究者ホーベンは、1980年代後 半の「住まいとケア革新プロジェクト」によっ て設けられた高齢者向け住宅の特色として、① 入居者の暮らしを支える各機能が個別に提供さ れること、②施設に比べて住居面積が格段に広 く「住まいの質」が高いこと、③家族や地域の ボランティアなどによるインフォーマル・ケア のネットワークが重視されることなどを指摘し ている(5)。 高齢者向け住宅の整備について統計調査を行 った社会文化計画局(SCP)によれば、全高齢 者 世 帯 ―― こ こ で の「 高 齢 者 世 帯( o l d e r households)」は55歳以上の構成員を1人以上 含む世帯を指す ―― に占める高齢者向け住宅に 住む世帯の割合(6)は、2002年の24.4%から2006

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高齢者向け住宅の利用状況

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オ ラ ン ダ の 高 齢 者 向 け 住 宅 ― 入居者の生活の質に着目した取組 ― 年には30.4%に増加しており、急速なテンポで 社会に定着しつつあることがうかがえる。 入 居者の属性を見ると、年齢の高い人や運動障害 の重い人ほど、また、同居者がいる場合よりも 単身世帯の方が、高齢者向け住宅に住んでいる 割合が高いようである(図表2)(7)。 これらの入居者はどのようなタイミングで高 齢者向け住宅に住み替えるのだろうか。視察で 訪れた高齢者向け住宅では、配偶者や地域の友 人等を亡くしたことをきっかけに高齢者向け住 同居者あり (partner) 17.6 24.3 同居者なし (single person) 27.5 33.6 なし (no impairment) 21.4 20.1 軽度 (slight impairment) 21.0 29.0 中度 (moderate impairment) 24.4 33.7 重度 (severe impairment) 32.1 41.9 50 40 30 20 10 0 (%) 年齢階級 (age) 55-64歳 65-74歳 75歳以上 ■ 2002年 ■ 2006年 9.2 12.7 32.2 39.3 20.9 16.6 50 40 30 20 10 0 (%) 運動障害の程度 (motor impairment) ■ 2002年 2006年 50 40 30 20 10 0 (%) 世帯構成 (household composition) ■ 2002年 ■ 2006年 図表 2  高齢者世帯の高齢者向け住宅入居割合(属性別) (注) 高齢者世帯とは最高齢の世帯員が 55 歳以上の世帯。年齢区分は最高齢の世 帯員の年齢による。

(資料)The Netherlands Institutes for Social Research(SCP)(2009), Value on a

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オランダの高齢者向け住宅では、若い頃から 生涯にわたって住み続けることができる「生涯 住宅」や、幅広い世代の集住によって街の中の 暮らしを再現することをコンセプトとした住宅 など、運営団体の理念によって多様な試みが行 われている。つまり、高齢者向け住宅では、一 定の年齢に達した時に住み替える対象ではな く、あらゆる世代が生涯を通じて住み続けるこ とができる住まいとしての取組が始まっている と言える。 生活を支えるための配慮がなされている。特筆 すべき点は、 ①入居 者の孤立予防のための取 組、②入居者の生活の尊重、③入居者の暮らし を支えるインフォーマル・ケア、の3点である。 (1)交流の促進や多様性の確保による孤立予防 第一に、入居後の高齢者の孤立化を防ぐ環境 づくりがある。一般に、高齢者の住み替えにあ たっての課題の1つとして、住み慣れた地域を 離れることによって社会的に孤立するというリ スクが指摘される。しかし、視察で訪れたいく 図表 3  高齢者向け住宅の共有スペースの一例

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オ ラ ン ダ の 高 齢 者 向 け 住 宅 ― 入居者の生活の質に着目した取組 ― つかの高齢者向け住宅では、住み替えによって 入居者が地域のつながりを失って孤立するとい う心配は、あまり聞かれなかった。その背景に は、社交性の高い国民性などの社会的・文化的 背景に加えて、入居者同士あるいは入居者と地 域住民との交流を促進する試みや、入居者の多 様性を維持する公共住宅の仕組みが寄与してい るように思われる。 入居者間の交流 高齢者向け住宅では入居者間の交流を支援す るために様々な取組が行われている。その一つ が、高齢者が楽しめる様々な機能を設けた共有 スペースの設置である。例えば、訪問した高齢 者向け住宅では、建物の中心に位置する1階の アトリウムにレストランやカフェ、ビリヤード 場、バー、美容院などの施設・設備が並んでい た。そこでは、車椅子に座った高齢者のグルー プがテーブルを囲んで談笑したり、ビリヤード のゲームに興じるなど、共有スペースを活発に 利用している様子が見られた。ある住宅の運営 者は、「入居者は新しい出会いの場や集いの場 を必要としている。彼らが前向きに暮らせるよ うに、食事や美容、動物などの明るい共通の話 題を提供することを大切にしている」と話す。 この他にも、住宅内でサークル活動が組織され たり、オランダの介護保険制度(長期医療保険 制度)であるAWBZのサービス給付を活用し、 日中の居場所づくりとして「リビング・プロジ ェクト」を行うなどの取組が行われていた。 入居者と地域住民との交流 共有スペースに並ぶレストランやカフェなど は、入居者だけでなく、外部の人も自由に利用 することが可能である(8)。また、建物内に商店、 診療所、幼稚園などの一般対象のテナントが入 っているケースもある。入居者間の交流だけで なく、家族や友人をはじめ、地域住民に開かれ た開放感が、「住まい」の自由な雰囲気を生ん でいるようである。 また、高齢者向け住宅の立地条件に関する公 的な基準はないものの、街中での立地を重視す る取組も見られる。例えば、ある住宅では、公 共交通機関、スーパーマーケット、郵便局、銀 行などの様々な地域の機能が徒歩圏内にあるこ とによって、入居者の日常的な外出が促進され ているとの報告がある(9)。 入居者の多様性 ― 公共住宅の役割 ― 高齢者向け住宅の入居者は多様な所得階層 の人々で構成され、低所得者が排除されていな い。これは、国の家賃補助制度によって、低所 得高齢者などに対しても良質な住宅へのアクセ スが保障されているためである。賃貸住宅の 入居者は、家賃補助限度額の範囲内で、世帯構 成、年齢、課税対象額、実質家賃に応じて算出 される家賃補助(住宅手当)を受けることがで きる(10)。 また、「住宅協会(housing associations)」 と呼ばれる非営利組織が社会的責任を負いなが ら公共住宅(social housing sector)の開発や 割り当てなどを行っている点も特徴的である。 オランダは欧州諸国の中でも公共住宅の比率が 高く、国内の全住宅ストックの36%、賃貸住 宅においては全体の75%を公共住宅が占める。 これらを所有する住宅協会は、低所得者や高齢 者、心身障がい者等に対する住居の提供を責務 とし、高齢者等のニーズに応えた住宅の建設・ 改修や、国の基準に従った高齢者等への住居の 割り当てなどを行っている。 このような仕組みが、あらゆる高齢者が高齢 者向け住宅を選択することを可能にしている。 その結果、低所得層が集団として孤立すること を防いでいると言えるだろう。なお、視察で訪

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(2)入居者の生活の尊重 第二に、住まいとケアの分離を基本とするオ ランダの高齢者向け住宅では、入居者である高 齢者自身が選択を行い、自らが決めた生活を尊 重することが重視されている。「高齢者であっ ても自分の生活は自分で決定する」という考え 方の下、高齢者本人が自らの選択と決定で「生 活の質」を追求するのである。その結果、安心 のみを重視した伝統的な高齢者施設から多様な 選択肢と楽しみを備えた新しい高齢者向け住宅 へと転換が進んでいると言えるだろう。高齢者 向け住宅で利用できる各種機能(在宅ケア、レ ストラン、生活支援など)も、入居者が自分の ニーズに合わせて選択・利用でき、その費用は 原則として住居費とは別立ての請求となる。住 宅運営団体のスタッフは、「指揮者は入居者自 身であり、我々はケアによってその生活を支え る存在」と話す。 入居者個人に対する生活の自由の尊重は、時 として集団としての全体最適にそぐわない場合 もある。実際に、ある高齢者向け住宅の運営者 は「入居者の“幸福”には、個人としての幸福 とグループとしての幸福の両面があり、境界線 を引くことが難しい」とする。 そのような問題が発生した場合に打開策を導 くのが、「ポルダー(干拓地)モデル」と呼ばれ る、オランダ特有の合意形成の文化である。同 住宅では、入居者全体に関わる問題について話 し合う場を設け、入居者間で議論を行うことに よって対処方針を決定する。運営者側が生活の ルールを設けるのではなく、入居者からの要望 を受け、ボトムアップでルールが作られる点が 支えるインフォーマル・ケアの存在が挙げられ る。オランダの高齢者向け住宅を訪れると、正 規スタッフに混じって活動しているボランティ アの数の多さに驚かされる。視察で訪れた郊外 の高齢者向け住宅では、110名の入居者に対し て約70名のボランティアが活動しているとの 話があった。 高齢者向け住宅をはじめ、ナーシング・ホー ムやデイサービスなどを運営するケア団体で も、「ボランティアの存在なくして運営は成り 立たない」という声が多数聞かれた。ある研究 団体は、「活動中のボランティアが400万人、 週に 3 時間以上または 1 年に 3カ月以上介護を 行うインフォーマル・ケアの担い手が240万人 いる点がオランダの強みである(11)」と述べる。 このように、高齢者向け住宅の日常においても、 地域社会のインフォーマルセクターが重要な役 割を果たしていることがうかがえる。 上述した高齢者向け住宅でボランティアとし て働いている人々の平均年齢は50歳ほどであ る。年金を受給するシニアボランティアも数多 く活動しているという(12)。地域で行われてい るインフォーマル・ケアの実態についてまとめ た社会文化計画局(SCP)は、その全容を把握 することは難しいとしながらも、地域では社会 的支援から実用的な支援まで多岐にわたるイン フォーマル・ケアが行われていると指摘 する(13)。 今後も、家族や近隣住民による支援(マントル ケア)を含め、多様な人材がインフォーマル・ ケアの担い手となっていくことが期待されてい る。 なお、オランダの介護保険制度(AWBZ)で は、1995年から「個別ケア予算(PGB)」と呼ば

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オ ラ ン ダ の 高 齢 者 向 け 住 宅 ― 入居者の生活の質に着目した取組 ― れる現金給付の仕組みが取り入れられている(14)。 PGBは個人の要介護度に応じた金額を支給す るものだが、これには被保険者がサービスを自 由に選択することによってサービス提供者の競 争を促進するだけでなく、家族をはじめとする 非専門職が担うインフォーマル・ケアを促進す る狙いもあるとされている。 (4)オランダの高齢者向け住宅の今後 このように高齢者向け住宅の整備が進められ ている一方で、オランダの住宅制度を支える基 盤に変化が生じている面もある。 高齢者向け住宅を含む公共住宅セクターの担 い手である住宅協会は、長期にわたり、国から の財政援助を受けて住宅開発を行ってきた。し かし、財政状況や住宅需要などの変化を受け、 1990年代に政府と住宅協会の関係が見直され たことにより、住宅協会は独立組織としての色 彩を強めつつある(15)。 2000年の新住宅政策で持家施策の推進等の 方向転換が打ち出される中、高齢者等への住ま いとケアの連携強化については一定期間、引き 続き住宅協会が優先的に行うべき責務とされ た。しかし、今後の検討次第では、住宅協会の 社会的役割が変化していく可能性もある。高齢 者向け住宅の運用がどのような枠組みで進めら れていくのか、引き続き注視する必要があるだ ろう。 今後、高齢者向け住宅を普及させていこうと している日本は、オランダの取組から何を学べ るだろうか。住宅のバリアフリー化を図るとと もに、個別のニーズに応じて地域の医療・介護 サービスを活用し、生活の継続可能性を高める というコンセプトについては、両国に大きな相 違はない。その一方、十分な住居スペースとい ったハード面もさることながら、高齢者自身の 選択と決定に基づく「生活の質」の重視、地域 に開かれた住宅づくりを含む孤立予防の取組と いったソフト面がオランダの高齢者向け住宅の 特長であると言えるだろう。 (1)オランダの高齢者向け住宅の特長 住宅としての魅力 オランダの高齢者向け住宅では、富裕層向け ではない住戸でも十分な居住スペースが確保さ れ、そこで在宅ケア、レストラン、生活支援な どの各種機能を利用できるが、こうした魅力的 な住環境と多様な選択肢の下で、入居者である 高齢者が自分の生活のあり方を自ら決定するこ とに重きが置かれていることも大きな特長であ る。周囲をあくまでもサポート役と位置づけ、 入居者自身の主体性を尊重することが、スペー スや機能の充実に加えて、そこでの「生活の質」 を高める重要な要素となっていることがうかが える。機能面の必要性からバリアフリーの居住 環境を整えるだけでなく、住む人の生活の質に 対しても配慮がなされ、住宅としての魅力が生 み出されていると言えるだろう。オランダで 40歳代の単身女性が将来を見越して高齢者向 け住宅に住み替える例があるのも、充実した住 環境もさることながら、そこで自分が望む生活 を自分で作り上げていくことができるからこそ であろう。 孤立予防と地域に開かれた住宅 また、入居者間や地域社会との交流を支援す るために様々な取組が行われていることも、オ ランダの高齢者向け住宅の特長である。住宅内 の共有設備として充実した交流空間が確保さ れ、入居者間のコミュニティーの形成を支援す る取組が行われているだけでなく、街の一部と して地域の住民に開かれることによって、入居

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日本への示唆(むすびに代えて)

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う。実際に、阪神大震災で被災した高齢者が多 数転居した被災者住宅では、住み慣れた地域を 離れて移り住んだ高齢者の社会的孤立が深刻な 問題となった。高齢者向け住宅への住み替えが 不安や孤独感につながらないよう、入居先での 新しいコミュニティー形成や地域住民との交流 を支援する具体的な取組が必要であろう。 また、オランダでは、高齢者向け住宅も、高 齢者を支える様々な支援サービスも、層の厚い ボランティア活動なくしては成立し得ないと言 われている。地域に開かれた高齢者向け住宅の あり方は、このような住宅の運営を支えるボラ ンティアを巻き込んでいく素地となっている可 能性も注目される。 (2)良質な高齢者向け住宅の供給に向けて 日本では今後、主として民間を担い手として、 高齢者向け住宅の整備が進められようとしてい る。さらに進展する高齢化への対応として、こ れは必然的な流れであろう。この点を踏まえな がら、今後の懸念とオランダから学びうる点を 示しておきたい。 一つの懸念は、今後急速に整備されるであろ う高齢者向け住宅が、量的な拡大にとらわれ、 住宅としての魅力を欠いたものとなることであ る。建物の居住性のみならず、入居者の生活の 質に配慮するという視点を欠いたまま整備を進 めれば、高齢者向け住宅そのものの魅力が薄れ てしまう恐れがある。十分な居住スペースとい ったハード面の充実は市場が決定する価格やコ ストの制約を受けざるをえないが、入居者であ る高齢者の生活の質を追求するというオランダ の考え方は、高齢者向け住宅での「良質な暮ら 会的孤立を招けば、そこでの生活の質の低下は 避けることができない。また、地域社会による 多面的な支えを欠くことは、様々な生活支援の ニーズが公的サービスに流れ込む要因ともなり うるだろう。もちろん、地域に開かれた高齢者 向け住宅のあり方と地域住民との交流の活発化 は、必ずしも直結するものではない。しかし、 地域社会との日常的なつながりは、高齢者の生 活に寄り添う社会のソフトインフラになりうる だろう。 高齢者向け住宅の整備にあたり、入居者の生 活の質に着目することは、将来に向けて良質な 社会資本を築くためにも重要な視点である。高 齢者向け住宅がハード・ソフト両面で住宅とし ての魅力を備え、地域に開かれた存在であるこ とは、今後、高齢者向けの住まいに対するニー ズに応えていくための鍵になるだろう。良質な 高齢者向け住宅の供給に向けて、民間事業者の 意欲を高めていくために、検討すべき課題は少 なくないと考える。 (1)2002年の年齢階級別人口に占める単身世帯比率を 見ると、特に女性は高齢になるほど比率が高く、 70∼74歳では43.4%にのぼる。( Tineke Fokkema & Aart C. Liefbroer, Trends in living arrangements in Europe: Convergence or divergence?,

Demographic Research, Vol.19, Article 36,

pp.1376-1377) (2)近年のオランダにおける在宅での死亡率は全体の 30%を超えると言われている。 (3) “care-supported living”の対象には、高齢者だけ でなく、障害を持つ人なども含まれる。 (4)

The Netherlands Institutes for Social Research (SCP)(2009), Value on a Grey Scale : Elderly

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オ ラ ン ダ の 高 齢 者 向 け 住 宅 ― 入居者の生活の質に着目した取組 ―

(5)

松岡洋子『エイジング・イン・プレイスと高齢者 住宅』新評社(2011年)pp.70-72.

(6)

原典の表記は「share of older households living in a home for older occupants, with care-supported housing 」である。

(7)The Netherlands Institutes for Social Research (SCP)(2009), Value on a Grey Scale: Elderly

Policy Monitor 2008. (8) ただし、テナントが行政の補助を受けている場合 には外部利用に一定の制限がある。 (9) 福田真希、森一彦、豊田恵美「オランダの高齢者住 宅における生活支援機能の考察−高齢者の自立を 尊重した環境支援と人的支援について−」『生活科 学研究誌』(Vol.8、2009年)p.9 (10)家賃補助制度の対象は家賃補助限度額以下の賃貸住 宅に限られるが、オウヴェハンド・ダーレン(2009 年)によれば、2000年にはオランダ全体で100万世 帯(全賃貸住宅世帯の約30%)以上が家賃補助を 受けている。

(11)International Longevity Center Netherlands, “ILC-Netherlands”, Global Ageing Report. (12)ボランティア活動を行う際には、万一の事故等の

発生に備えてボランティア保険が活用されている。 (13)The Netherlands Institutes for Social Research

(SCP)(2008), Volunteers Who Care. (14) PGBの額はCIZ認定によって判定される機能別の必 要サービスおよび時間をもとに算出される。 (15)アンドレ・オウヴェハンド、ヘルスケ・ファン・ ダーレン『オランダの社会住宅 住宅セーフティネ ットのモデル』ドメス出版(2009年)(訳:角橋徹也) pp.24-31 (16)OECD調査では、「家族以外の人との交流がない人 の割合」はオランダ 2 %に対し、日本では15.3%と 報告されている。(OECD, Society at Glance : 2005, p.8)

参考文献

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(http://www.government.nl/issues/housing/) Houben, P.P.J.(2001),“Changing Housing for

Elderly People and Co-ordination Issues in Europe”, Housing Studies, vol.16, pp.651-325 International Longevity Center Netherlands(2006),

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Tineke Fokkema & Aart C. Liefbroer( 2008), “Trends in living arrangements in Europe :

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Research, Vol.19, Article 36, pp.1376-1377

アンドレ・オウヴェハンド、ヘルスケ・ファン・ダー レン『オランダの社会住宅 住宅セーフティネッ トのモデル』ドメス出版(2009年)(訳:角橋徹也) 井原辰雄「オランダにおける高齢者および障害者に対 するケアに関する施策について」『海外社会保障研 究』(No.154、2006年) (http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/ pdf/13693604.pdf) 角橋徹也「オランダの労働者と労働組合 −オランダ・ モデルとワッセナー合意−」地方自治問題研究機 構(2004年) (http://www.jilg.jp/iservice/is/no42_1.html) マットH.J.M.クナッペン、ヤンL.M.ヨンカー「オラン ダにおける高齢者のインフォーマルケア」『海外社 会保障研究』(No.96、1991年)(訳:都賀潔子) (http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/ pdf/14141406.pdf) 園田眞理子『世界の高齢者住宅』日本建築センター (1993年) 廣瀬真理子「オランダにおける最近の地域福祉改革の動 向と課題」『海外社会保障研究』(No.162、2008年) (http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/ pdf/18715005.pdf) 藤森克彦『単身急増社会の衝撃』日本経済新聞出版社 (2010年) 松岡洋子『エイジング・イン・プレイスと高齢者住宅』 新評社(2011年) 松岡洋子「第9回 オランダの高齢者住宅:ヒューマニタ スの取り組みから」『財団ニュース』(Vol.87、2008 年) 福田真希、森一彦、豊田恵美「オランダの高齢者住宅 における生活支援機能の考察−高齢者の自立を尊 重した環境支援と人的支援について−」『生活科学研 究誌』(Vol.8、2009年) (http://dlisv03.media.osaka-cu.ac.jp/infolib/user_ contents/kiyo/DBl0080007.pdf)

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