Economic Trends
マクロ経済分析レポートテーマ:
エンゲル係数から見た食品値上げの影響
発表日:2007年10月16日(火)~家計負担増+6,791円/年や輸入増を通じて名目GDP▲9,515億円押下げ~
第一生命経済研究所 経済調査部 担当 永濱 利廣(03-5221-4531) (要旨) ○総務省「家計調査」によると、エンゲル係数(一世帯当たりの消費支出全体に占める食料の割合) がこのところ上昇傾向にある。今回の上昇の特徴は、食糧品価格の上昇が食料費の支出拡大につ ながっていることである。 ○家計の収入が増える中で食料費も増加しているのであれば、エンゲル係数の上昇を生活水準の低 下と一概には決め付けられない。しかし、このところの雇用者所得(=就業者数×一人当たり賃 金)は一人当たり賃金の減少により上昇幅を縮小させている。 ○2006 年~2007 年8月時点で食料費価格は+0.8%上昇しており、これにより平均的家計では年額 6,791 円の負担増となっている。一方、企業における食料品の価格転嫁動向を見ると、食料品の 投入価格が高騰を続けている一方、食料品の産出価格や小売価格の上昇は緩やかである。これは、 バイオ燃料や新興大国の食糧需要の拡大により穀物などの原材料価格が高騰する一方で、企業が 投入価格上昇分の一部しか産出価格に転嫁できていないことを意味している。 ○2006 年以降の食料品価格の上昇により、食料品支出は実質で▲3,709 億円(▲0.9%)、名目で▲ 335 億円(▲0.1%)押下げられたことになる。これに食料品輸入金額の増加などの影響を加えれ ば、今回の食料品価格上昇により実質GDPは▲3,709 億円(▲0.1%)、名目GDPは▲9,515 億円(▲0.2%)程度押し下げられているものと試算される。 ○結果としてエンゲル係数上昇は、食料品価格の上昇に伴い家計が食料費の支出増を余儀なくされ ることで、食料費以外の出費が抑制されるという家計の厳しい姿を反映したものと考えることが できる。今後も、バイオ燃料や新興大国の食糧需要拡大に伴う穀物高により企業が価格転嫁を続 ける一方でマクロ賃金の低迷が続けば、更なる生活水準の低下を示す形でエンゲル係数は上昇を 続けることが想定される。 ●食料費の増加により上昇するエンゲル係数 総務省「家計調査(全世帯)」によると、一世帯当たりの消費支出全体に占める食費の割合を示すエ ンゲル係数がこのところ上昇基調にある(資料1)。2001-2002 年にかけてもエンゲル係数は上昇基 調にあった。しかし、当時はITバブルの崩壊に伴う景気悪化や、株価下落等により全体の消費支出が 食料費の落ち込みを上回る減少を示したことによる上昇だった(資料2)。これに対し、今回は全体の 消費支出が減少する中で、本来変動の少ないとされる基礎的消費の中心である食料費が増加することに より上昇している。 エンゲル係数は、国際的にその国に住む人々の生活レベルを測る指標となっており、一般にエンゲル 係数が低いほど生活レベルが高いことになる。そこで本稿では、足元のエンゲル係数が上昇している背考察する 資料1 エンゲル係数の推移(後方12ヶ月移動平均) 22.5 22.6 22.7 22.8 22.923 23.1 23.2 23.3 23.4 23.5 2001年1月 2001年7月 2002年1月 2002年7月 2003年1月 2003年7月 2004年1月 2004年7月 2005年1月 2005年7月 2006年1月 2006年7月 2007年1月 2007年7月 (%) 農林漁家含 (出所)総務省「家計調査」 資料2 消費支出と食料費(後方12ヶ月移動平均) -4.0 -3.5 -3.0 -2.5 -2.0 -1.5 -1.0 -0.50.0 0.5 1.0 200 2年 1 月 200 2年 5 月 200 2年 9 月 200 3年 1 月 200 3年 5 月 200 3年 9 月 200 4年 1 月 200 4年 5 月 200 4年 9 月 200 5年 1 月 200 5年 5 月 200 5年 9 月 200 6年 1 月 200 6年 5 月 200 6年 9 月 200 7年 1 月 200 7年 5 月 (%) 消費支出 食料費 (出所)総務省「家計調査」 ●エンゲル係数上昇の主因は食料品の値上げ 食料費の増加によりエンゲル係数が上昇しているのは、このところ食料品価格が上昇していること が原因である(資料3)。 食料費が増加している要因を見るべく食料費の前年比を数量要因と価格要因に寄与度分解してみ ると、2002 年のエンゲル係数上昇時には食料費の押し上げ要因となった数量要因が、今回のエンゲル 係数上昇局面では押し下げ要因を続けていることが分かる(資料4)。 このような動きは、このところ食料品の値上げにより家計は数量を減らして食費を節約しているが、 生活上の必需性から支出が増えてしまっていることを示唆しているといえよう。 資料3 消費者物価の前年比(後方12ヶ月移動平均) -2 -1.5 -1 -0.5 0 0.5 1 1.5 200 2年1月 200 2年5月 200 2年9月 200 3年1月 200 3年5月 200 3年9月 200 4年1月 200 4年5月 200 4年9月 200 5年1月 200 5年5月 200 5年9月 200 6年1月 200 6年5月 200 6年9月 200 7年1月 200 7年5月 (%) 食料費 帰属家賃除く総 合 (出所)総務省「消費者物価指数」 資料4 食料費(前年比)の寄与度分解 (後方12ヶ月移動平均) -3.5-3 -2.5-2 -1.5-1 -0.50 0.51 1.5 2002年 1月 2002年 5月 2002年 9月 2003年 1月 2003年 5月 2003年 9月 2004年 1月 2004年 5月 2004年 9月 2005年 1月 2005年 5月 2005年 9月 2006年 1月 2006年 5月 2006年 9月 2007年 1月 2007年 5月 (%) 価格要因 数量要因 食料費 (出所)総務省「家計調査」「消費者物価指数」 ただ、家計の収入が増える中で、その増えた分の収入で食料費が増えているのであれば、エンゲル 係数の上昇を生活水準の低下と一概には決めつけられない。しかし、現実は必ずしもそうした状況に はなっていない。総務省「労働力調査」と厚生労働省「毎月勤労統計」を用いて雇用者所得(就業者 数×一人当たり賃金)の前年比の状況を見てみれば、一人当たり賃金の減少により 2006 年以降はむ しろ上昇率を縮小させており、直近 2007 年8月までの1年間では前年比+0.1%にまで伸び率が低下 している(資料6)。従って、足元のエンゲル係数の上昇は、毎月の収入のうち生活上必需性の高い 食料費を除き支出できる部分が確実に減少していることを意味しているといえる。 なお、食料品の値上げが相次いでいる要因としては、①バイオ燃料需要の拡大による穀物価格の上 昇、②新興大国を中心とした世界の食料需要拡大、③円安による輸入金額の上昇、④原油高による輸 送コスト上昇、等が指摘できる。
(後方12ヶ月移動平均) -5 -4 -3 -2 -1 0 1 2 2002年1月 2002年5月 2002年9月 2003年1月 2003年5月 2003年9月 2004年1月 2004年5月 2004年9月 2005年1月 2005年5月 2005年9月 2006年1月 2006年5月 2006年9月 2007年1月 2007年5月 就業者 一人当たり賃金 マクロ賃金 (出所)厚生労働省「毎月勤労統計」、総務省「労働力調査」 (後方12ヶ月移動平均) -4 -3.5-3 -2.5-2 -1.5-1 -0.50 0.51 1.5 2002 年 1月 2002 年 5月 2002 年 9月 2003 年 1月 2003 年 5月 2003 年 9月 2004 年 1月 2004 年 5月 2004 年 9月 2005 年 1月 2005 年 5月 2005 年 9月 2006 年 1月 2006 年 5月 2006 年 9月 2007 年 1月 2007 年 5月 価格要因 数量要因 食料費 (出所)総務省「家計調査」「消費者物価指数」 ●エンゲル係数上昇は、家計の苦しい懐事情を反映 実際、家計の食料費負担が増加している状況は、家計の項目別収入動向の変化から窺える。食料品 価格が上昇しはじめた 2006 年以降の家計消費支出を費目別に見ると、消費支出が年額で▲32,754 円 減少する中で、食料費の支出が同+338 円増加していることが分かる。一方、食料品の価格は 2007 年8月時点でボトムから+0.8%上昇している。従って、2006 年4月時点における平均的家計の食料 費出費額が 68,432 円であることからすれば、食料品価格上昇による家計の負担増加額は年平均+ 6,791 円となる。つまり、家計は食料品の値上げなどを通じて食料品の量を同▲6,453 円分減らした が、実際には食料品の価格上昇により+6,791 円分の負担増となったことになる。これは、食料品の 価格が上昇しても食料品の購入量を減らすのには限度があるため、食料費の負担が高まらざるをえな いことを示唆している。こうした経路を通じて、食料費の負担が増えるとその分消費支出が抑制され るという悪循環が生まれているものと思われる。 一方、製造業の投入産出物価の動向からは、食料品価格の上昇を企業が製品価格に転嫁し切れてい ない苦しい状況が裏付けられる。近年の食料品の物価を投入・産出別に見ると、産出価格が 2003 年 後半以降緩やかな上昇傾向にある一方で、投入価格は急激な上昇傾向にある(資料7)。これは、バ イオ燃料や世界的な食料需要の拡大により穀物等の原材料価格が高騰しているが、企業が投入価格の 上昇分の一部しか産出価格に転嫁できていないことを意味する。そして、投入価格の上昇は食料品製 造業のコスト増であることから、産出価格に転嫁し切れていないことは企業収益の押し下げ要因とな る。また、価格転嫁の動向を食料品製造業の産出価格と小売価格の間で見ても、産出価格については 2006 年後半以降上昇ペースが速まっている一方で、小売価格は 2007 年以降になって漸く上昇ペース が早まっていることがわかる(資料8)。従って、食料品価格はこれまでの値上げペースの加速を受 けてやや転嫁が進みつつあるが、依然として転嫁度合いは不十分であることからすれば、今後も小売 価格への転嫁が徐々に進んでいく可能性が高いといえよう。 資料7 食料品の投入価格と産出価格 90 95 100 105 110 115 2000年1月 2000年7月 2001年1月 2001年7月 2002年1月 2002年7月 2003年1月 2003年7月 2004年1月 2004年7月 2005年1月 2005年7月 2006年1月 2006年7月 2007年1月 2007年7月 (2000年=100) -2 0 2 4 6 8 10 12 差(右) 投入 産出 資料8 食料品の産出価格と小売価格 95 96 97 98 99 100 101 102 2000年1月 2000年7月 2001年1月 2001年7月 2002年1月 2002年7月 2003年1月 2003年7月 2004年1月 2004年7月 2005年1月 2005年7月 2006年1月 2006年7月 2007年1月 2007年7月 (2000年=100) -2.5 -2 -1.5 -1 -0.5 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 差(右) 産出 小売
こうした企業側の価格転嫁ニーズと、家計の苦しい懐事情を映じた食料需要の減少のバランス度合 いで食料品の値上げペースが決まり、今後もエンゲル係数の上昇は続くものと思われる。 ● 食料品価格上昇で実質GDP▲3,709億円、名目GDP▲9,515億円減 以上を踏まえて、食料品価格の上昇がマクロ経済に及ぼす影響を見ることにする。足元では、バイ オ燃料や新興大国の食糧需要拡大による穀物価格の高騰を受けた企業の価格転嫁行動顕在化により、 消費者物価指数の食料品価格は 2006 年以降+0.8%上昇しており、同時期の実質家計食料品消費は同 ▲0.8%減少している。そこで、食料品消費関数を推計し、値上げ分の影響を抽出すれば、実質家計 食糧品消費は+1%価格が上昇すると消費が▲1.1%減少するという関係がある(注1)。従って、 2006 年以降の食料品価格+0.8%上昇により、実質食料品消費は▲0.9%、名目食料品消費は▲0.1% 押し下げられていることになる。これを世帯当たりの年額に換算すれば実質で▲7,466 円、名目で▲ 677 円の食料品消費押し下げ効果となる。これにマクロの世帯数 49,566,305(2005 年国勢調査)を乗 じれば、食料品値上げによる家計の負担増は+7,839 億円となり、この影響でマクロの食料費支出が 名目で▲335 億円(▲0.1%)、実質で▲3,709 億円(▲0.9%)押し下げられていることになる。 一方、食料品価格の高騰は輸入にも影響を及ぼしている。通関統計によれば、2004 年以降の食料品 輸入は金額で+18.1%、数量で+0.1%の増加となっている。そこで、食料品輸入関数を推計し、価 格上昇分の影響を抽出すると、実質食料品輸入は統計的に価格と明確な関係がないことがわかる(注 2)。従って、2004 年以降の食料品価格上昇により、名目食料品輸入金額は+18.0%押し上げられた ことになる。これを金額に換算すれば+9,180 億円の輸入金額押し上げ効果となる。 以上の影響を合算すれば、最終的に食料品価格の上昇により実質GDPが▲3,709 億円、名目GD Pが▲9,515 億円程度押し下げられているものと推測される。 資料9 食料品価格上昇が日本経済に及ぼした影響 食料品 食料品 GDP 消費 輸入 名目 億円 -335 9,180 -9,515 % -0.1 18.0 -0.2 実質 億円 -3,709 -3,709 % -0.9 -0.1 (出所)内閣府「国民経済計算」、財務省「貿易統計」 総務省「家計調査」、「消費者物価指数」などより 第一生命経済研究所試算 (注1)実質食料品消費関数:推計期間 2001 年1月―2007 年8月、決定係数=0.728 Log(実質食料品消費)=2.32+1.07*Log(実質可処分所得)-1.10*Log(食料品物価指数) (2.054)(13.779) (-3.948) (注2)実質食料品輸入関数:推計期間 2001 年1月―2007 年8月、決定係数=0.731 Log(実質食料品輸入)=3.94+0.79*Log(実質食料品消費)+0.03*Log(食料品輸入価格指数) (2.632)(6.706) (0.732) データは後方 12 ヶ月移動平均。消費と可処分所得データは農林漁家世帯含む勤労者世帯を使用。
以上の状況を勘案すれば、足元のエンゲル係数の上昇は食料品価格の上昇に伴い、家計が食料品の 支出増を余儀なくされることで食料費以外の出費が制約されるという家計の厳しい姿を反映したも のと思われる。従って、足元のエンゲル係数の高まりは一般的な定義通り、我が国家計の生活水準の 低下を示しているものと思われる。 先行きを展望すれば、雇用者所得が食料品の価格上昇を上回って増加しない限り、エンゲル係数は 上昇を続ける可能性が高い。それは、分母である家計の消費支出が低迷することが予想されるからだ。 既に消費マインドは、低迷する株価などの影響を受けて春先以降急激に低下している。所得も賃金の 低迷が続いていることに加え、住民税引き上げや年金保険料引き上げ等による負担増から、家計の所 得環境は更に悪化することが予想される。こうなれば、家計は引き続き食料費以外の出費を節約する 必要性が出てくるであろう。一方、企業側も投入コストの転嫁が道半ばであることから、食料品の値 上げに拍車がかかるであろう。これが更なる家計の食料費を高め、消費支出に占める食料費の割合は 更に高まる。こうしたエンゲル係数の上昇には、我が国の生活水準の低下が更に深刻になるシグナル として注意が必要だ。