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特定労働者派遣事業拡大のもう一つの要因 -情報サービス業における派遣・請負現場からの問題提起

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1――特定労働者派遣事業に何が起きているのか 1|増加する特定労働者派遣事業所と行政指導 アドバンスニュース1によると、東京労働局や大阪労働局など 14 都府県の労働局が 2013 年に入って 報道発表した、派遣法2の違反行為による事業停止命令などの総計は、3月 28 日までの約3カ月間で 298 社にのぼり、このうち 274 社は特定労働者派遣事業の派遣会社だという3 周知のとおり、派遣事業には一般労働者派遣事業と特定労働者派遣事業の2種類がある。一般労働 者派遣事業には登録型派遣や日雇い派遣が含まれ、派遣先が決まったところで派遣会社との雇用契約 が発生することから、事業認可に対してより厳しい規制が適用され、許可制となっている。一方、特 定労働者派遣事業は派遣会社に常時雇用される労働者を対象とする派遣であることから、規制が比較 的緩やかで、事業認可は届出制となっている。 近年、この特定労働者派遣事業が顕著に拡大してきている。特定労働者派遣事業の事業所数の推移 をみると、2000 年から 2008 年までは「一般」「特定」ともに事業所数が増加しているものの、その後 は「一般」が減少し「特定」が増加している。2011 年時点では、特定労働者派遣事業の事業所数は 53,039 ヶ所と、「一般」の 19,832 ヶ所の 2.7 倍にのぼっている(図表1)。 2|特定労働者派遣事業所増加の要因~「一般から特定へ」と「請負から特定へ」 派遣・請負に関する有名な論客であるヒューコムエンジニアリング株式会社代表取締役の出井智将 氏は、この現象を「ワニの口」化と呼び、「建前上、常用雇用の派遣労働者だけを派遣できる事業」で あるはずが「有期雇用の反復継続(の予定)は常用と認め、届出だけで特定労働者派遣事業を許して いる実態」のもと、2008 年のリーマンショック後の一般労働者派遣事業への規制強化4の動きによっ て、要件が厳しく審査もある「一般」から、届出だけの「特定」へと流れる「安易な傾向」があると 警鐘を鳴らしている5。思い起こせば 2009 年は、登録型派遣の禁止を含む改正派遣法案を提出した民

2013-04-19

基礎研

レポート

特定労働者派遣事業拡大の

もう一つの要因

情報サービス業における派遣・請負現場からの問題提起

生活研究部門 主任研究員 松浦 民恵 (03)3512-1798 matsuura@nli-research.co.jp ニッセイ基礎研究所

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昨今の特定労働者派遣事業に対する行政指導増加の背景にも、出井氏が指摘したような課題意識があ るのではないかと推測される。 一方、特定労働者派遣事業の事業所数については、2008 年以降だけでなく、2004 年から 2008 年に かけても大きく増加している。2004 年は製造業派遣が解禁された年であり、この後、本来派遣の形態 とすべきところを、請負の形態をとっている、いわゆる「偽装請負」に対する行政指導が強化された。 こうした行政指導は、製造業だけでなく、情報サービス業や運輸業等の他の業種にも及んだ。既存デ ータで実態を把握するのは難しいが、この過程で、これらの業種の多くの請負会社が、労働者派遣事 業の認可を受けた可能性が高い。 つまり、特定労働者派遣事業拡大については、規制の厳しい「一般」から届出だけの「特定」へ流 入しているという要因だけでなく、他業種の請負会社が、請負の適正化によって派遣事業に参入して くるという、もう一つの要因がある。むしろ「一般」から「特定」へという流れに先んじて、「請負」 から「特定」へという流れがあったと考えられる。 図表1:事業所数の推移 0 10000 20000 30000 40000 50000 60000 70000 80000 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 0 10000 20000 30000 40000 50000 60000 70000 80000 計 一般労働者派遣事業 特定労働者派遣事業 (ヶ所) 派 法 案 修 正 合 意 (ヶ所) 製 造 業 派 遣 解 禁 民 主 ・ 社 民 ・ 国 民 新 党 政 権 リー マ ン ショ ッ ク (年) 注:集計事業所数の推移。 資料:厚生労働省「労働者派遣事業の事業報告の集計結果」をもとに筆者作成。 3|情報サービス業に注目する理由 本稿では、特定労働者派遣事業のなかでも、情報サービス業の企業が本業を遂行するために実施し ている特定労働者派遣事業に注目し、情報サービス業で多くの企業が「請負」から「特定」へと移行 していった実態や、そこに内在する課題について述べたい6 筆者が情報サービス業に注目する理由の一つは、特定労働者派遣事業における情報サービス業の存 在感の高まりである。図表2は、政令で定められている 26 業務(派遣受入期間の制限なし)と、2004 年に派遣が解禁された製造業務(派遣受入期間は3年まで)の派遣労働者数を、2005 年と 2011 年で

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比較したものである。特定労働者派遣事業において、多くの業務で派遣労働者数が大きく増加してい ることがわかるが、注目すべきは特定労働者派遣事業の派遣労働者計に占める、当該業務の派遣労働 者の割合である。これらの業務のなかで、2005 年は「機械・設計」(16.8%)、「ソフトウェア開発」 (16.5%)が上位2位だったが、2011 年には「ソフトウェア開発」(19.3%)、「製造業」(16.8%)が 上位2位となっている。こうした業務の派遣が、情報サービス業を本業とする「特定」かどうかを識 別することは難しいが、今後の特定労働者派遣事業について考えるうえで、製造業のみならず、情報 サービス業の実態を知っておくことは非常に重要だと考えられる。 図表2:業務別にみた派遣労働者数の変化 (人) 2005年 2011年 1号 ソフトウェア開発 25,898 58,529 126.0 16.5 19.3 21,960 38,757 76.5 2号 機械設計 26,401 29,252 10.8 16.8 9.7 23,633 20,006 -15.3 3号 放送機器等操作 2,761 2,961 7.2 1.8 1.0 1,817 2,936 61.6 4号 放送番組等演出 2,008 3,275 63.1 1.3 1.1 1,718 3,186 85.4 5号 事務用機器操作 13,639 14,896 9.2 8.7 4.9 337,013 213,138 -36.8 6号 通訳、翻訳、速記 157 387 146.5 0.1 0.1 4,384 4,492 2.5 7号 秘書 168 255 51.8 0.1 0.1 5,661 4,720 -16.6 8号 ファイリング 1,223 1,011 -17.3 0.8 0.3 39,146 4,739 -87.9 9号 調査 384 643 67.4 0.2 0.2 7,374 1,684 -77.2 10号 財務処理 1,629 1,753 7.6 1.0 0.6 86,801 49,116 -43.4 11号 取引文書作成 1,243 1,677 34.9 0.8 0.6 50,252 11,411 -77.3 12号 デモンストレーション 373 463 24.1 0.2 0.2 10,155 1,876 -81.5 13号 添乗 94 309 228.7 0.1 0.1 5,771 3,703 -35.8 14号 建築物清掃 1,510 2,174 44.0 1.0 0.7 2,183 4,660 113.5 15号 建築設備運転、点検、整備 1,711 5,784 238.0 1.1 1.9 2,955 3,991 35.1 16号 受付・案内、駐車場等管理 572 1,088 90.2 0.4 0.4 37,483 15,309 -59.2 17号 研究開発 4,651 11,709 151.8 3.0 3.9 20,340 24,351 19.7 18号 事業の実施体制の企画、立案 327 1,121 242.8 0.2 0.4 2,247 2,697 20.0 19号 書籍等の制作・編集 136 656 382.4 0.1 0.2 3,537 4,751 34.3 20号 広告デザイン 96 414 331.3 0.1 0.1 2,694 3,454 28.2 21号 インテリアコーディネータ 47 263 459.6 0.0 0.1 1,833 1,213 -33.8 22号 アナウンサー 30 182 506.7 0.0 0.1 139 291 109.4 23号 OAインストラクション 460 1,177 155.9 0.3 0.4 4,920 6,111 24.2 24号 テレマーケティング 658 2,219 237.2 0.4 0.7 53,386 65,018 21.8 25号 セールスエンジニアの営業、金融商品の営業 697 2,218 218.2 0.4 0.7 4,548 5,773 26.9 26号 放送番組等の大道具・小道具 29 373 1186.2 0.0 0.1 2,408 534 -77.8 8,459 50,787 500.4 5.4 16.8 61,188 210,250 243.6 156,850 302,837 93.1 100.0 100.0 1,081,982 1,066,974 -1.4 一般労働者派遣事業 特定労働者派遣事業 製造 2005年 2011年 伸び率(%) 特定・常用雇用の派 遣労働者に占める 割合(%) 派遣労働者計(上記以外の業務を含む) 2005年 2011年 伸び率(%) 注1:いずれも6月1日現在。一般労働者派遣事業は、常用雇用労働者数と常用雇用以外の労働者数の計。 注2:自由化業務は一部しか掲載していないので、内訳の合計は派遣労働者計と合わない。 資料:厚生労働省「労働者派遣事業報告書」の集計結果をもとに筆者作成。 筆者が情報サービス業に注目する理由はもう一つある。冒頭で紹介した 2013 年に入ってからの行政 指導のなかでも、とりわけ目立つのは3月 14 日に報道発表された岐阜労働局、愛知労働局、三重労働 局による特定労働者派遣事業 14 社、一般労働者派遣事業5社に対する行政指導である。この違反行為 は計 246 人(処分記載人数、重複計上あり)に及ぶITエンジニアの二重派遣、という情報サービス 業に関わる事例である。 高い志をもって法令遵守のために努力している派遣会社や関係者も多いなか、本稿で、法令に違反 した二重派遣の事例を擁護する意図は毛頭ない。ただ、なぜこのような事例が出たのかを考えるうえ

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制度の在り方に関する研究会」7において派遣や請負のあり方が議論されているなか、多くの方に、こ の行政指導後の実態解明や改善プロセスに関心を持って頂きたいし、今後の特定労働者派遣事業のあ り方、さらには派遣・請負のあり方について考えてみて頂きたいと思う。 2――情報サービス業における派遣と請負の現状と課題 1|発注企業とITエンジニアとのやりとりなくして成り立たないシステム開発や保守・運用の現場 派遣法が施行された 1986 年に、派遣と請負の区分を明確にできるよう、「労働者派遣事業と請負に より行われる事業との区分に関する基準を定める告示(昭和 61 年 4 月 17 日)(労働省告示第 37 号)」 (以下、「37 号告示」と呼ぶ)が出された8。2004 年以降、派遣と請負の区分に関する行政指導が強化 されるなかで、2009 年には 37 号告示に関する疑義応答集が公開された。これらにより、発注企業と 請負会社の労働者との間に「指揮命令関係」がある場合には、請負形式の契約により行われていても 派遣に該当し、派遣法の適用を受けるとされている。 つまり、請負の場合、発注企業は、請負会社が雇用する労働者に対して指揮命令を行えないかわり に、基本的には労働者の安全管理責任も負わない(ただし、労働災害防止のための場所的な安全管理 責任は負う)。一方、派遣の場合、派遣先は派遣会社の雇用する労働者に対して指揮命令を行えるかわ りに、労働者の安全管理責任についても主に派遣先が負うことになる9(図表3) 図表3:派遣と請負における三者関係の相違 派遣 <雇用主=使用主> <雇用主≠使用主> 派遣会社 労働者 派遣先 雇用 労働者 派遣 契約 指揮 命令 ( 安 全 管 理 責 任 ) 請負 請負会社 労働者 発注企業 雇用 請負 契約 指揮 命令 ( 安 全 管 理 責 任 ) (構内施設・通路 等場所的な安全 管理責任のみ) 資料:安西(2005)を参考に、筆者作成。 情報サービス業のシステム開発、保守・運用等の現場において問題になるのは、発注企業と請負会 社のITエンジニアの、どのようなやりとりが指揮命令に該当するのかという点である。 システム開発の基本設計プロセスは、発注企業が業務設計を行い、請負会社が業務設計に基づいて システムを開発するという協働作業であり、毎日のように発注企業と請負会社の間でコミュニケーシ ョンが必要となる。こうしたやりとりの一部始終を請負会社の責任者が集約し、請負会社の他のメン バーに伝えるということになると、著しく生産性が低下する。さらに、こうした発注企業との直接の やりとりに立ち会えないことは、他のメンバーのモチベーション向上や能力開発の面でも、マイナス

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になる懸念が大きい。詳細設計のプロセスに入ると、やりとりの頻度は基本設計に比べれば減少する が、この段階における仕様書の機能説明は必ずしも万全ではない。解釈の確認が必要となり、プログ ラムに落とし込む過程で修正や変更も生じる。こうした基本設計や詳細設計における発注企業と請負 会社メンバーとのコミュニケーションについて、一律的に発注企業の「指揮命令」だと労働局に判断 されれば、請負会社は労働者派遣事業(正社員等の場合は「特定」)の認可を取得し、派遣という形態 で発注企業に自社のメンバーを派遣せざるを得なくなる。 ただし、発注企業は、業務内容については精通しているが、システム開発は専門外なので外注して いるというケースが多い。となると、結局、発注企業の指揮命令だけではシステム開発が不可能であ り、システム開発のためには、派遣会社(もとの請負会社)のITエンジニアが実質的な指揮命令を 行わざるを得ない。つまり、現実には、派遣法で規定されているような派遣先による指揮命令、派遣 元による雇用といった明確な区分が行える状況にはならない。 また、保守・運用においても、とりわけ障害対応業務等で、発注企業とITエンジニアの間で頻繁 なやりとりが生じる。緊急を要する障害対応業務においては、請負会社の責任者が介在し、責任者を 通じて常駐しているメンバーに伝えるといった時間的余裕がないことが容易に想像できよう。また、 メインフレームでないシステムの保守・運用等には、まとまった人員配置が現実的に難しい面もあり、 請負会社の責任者が常駐せず、他の現場の管理を兼務している場合も少なくない。しかしながら、こ うしたやりとりや状況をもって、発注企業の「指揮命令」に当たると判断されれば、ここでも請負と いう形態はとれず、派遣に切り替えなければならないことになる。 一方で、現行の派遣に対する規制は、システム開発や保守・運用の業務を行ううえでの制約が少な くない。ITエンジニアは複数のプロジェクトを担当しているケースが多く、勤務場所を含む業務内 容が日によって変動することが日常茶飯事である。勤務場所は月曜日がここ、火曜日がここ、という ように定型的に決められるものでは必ずしもなく、たとえば保守・運用で障害があればすぐさま駆け つけなければならないケースもある。こうした変動要素が大きい業務内容を派遣という形態で行うの は、実務的に難しい面も大きい。

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2|二重派遣につながりやすい多重請負構造 情報サービス業では、1986 年に派遣法が施行される前から、多重請負構造が一般的であった。図表 4でいえば、パターン1のA社が元請け企業で、B社・C社が下請け企業、さらにその下に孫請け企 業があるというような構造である。こうした多重請負構造は、製造業や建設業10等でもみられるが、 情報サービス業の場合は、個々の企業あるいは個々人の保有する技術の内容によって請負の上下構造 が決まってくるなかで、元請け企業の規模が下請けや孫請けよりも小さいケースも少なくない。 図表4:情報サービス業における派遣・請負のパターンの例 発注企業 発注企業 A社 A社 【請負】 【請負】 【派遣】 【派遣】 B社 C社 B社 C社 発注企業 発注企業 A社 A社 【出向】 【出向】 【派遣】 【派遣】 B社 C社 B社 C社 【派遣】    【請負】 【派遣】 <パターン1> <パターン3> <パターン4> <パターン2> 【請負】 資料:筆者作成。 たとえば、発注企業は、システム開発に不可欠な技術を有するA社に発注したが、A社(元請け) は規模が小さく、A社だけでは必要なITエンジニアを確保できないケースについて考えてみよう。 A社が、「指揮命令」を行うことを前提に、B社やC社から派遣を受け入れるのがパターン2である。 発注企業とA社のITエンジニアとのやりとりが「指揮命令」だとみなされなければ、このパターン で問題はない。しかしながら、発注企業とのやりとりが「指揮命令」だと判断された場合、あるいは 判断される懸念があるので発注企業から派遣契約にしてほしいと要望された場合、A社は顧客を守る ために、発注企業とA社の間で派遣契約を締結するだろう。一方、A社とB社・C社メンバーの間に も同じような「指揮命令」が発生するはずだが、二重派遣は禁止なので、A社とB社・C社との間で は派遣契約が締結できない。苦肉の策としてパターン3のように、B社・C社のメンバーをA社に出

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向させるという形も考えられるが、出向契約は「労働者を離職させないための関係会社における雇用 機会の確保、経営指導、技術指導の実施、職業能力開発の一環、グループ企業内の人事交流等」(厚生 労働省(2013))の目的があり、金銭的な利益がないものしか認められない。したがって、出向という 形態でITエンジニアを送り出せば、B社・C社は情報サービスの事業主としても派遣元事業主とし ても、実質的な利益を享受できない。もし利益を享受すれば、出向ではなく派遣であると判断され、 前述の3月の行政指導のケースのように、二重派遣として処罰されることになるだろう。 パターン4のように、B社・C社も発注企業と直接派遣契約を締結するという対応も考えられるが、 これとて前述したとおり、発注企業は指揮命令の一部しかできず、結局A社のITエンジニアが指揮 をとることになるという問題が残る。派遣先による指揮命令という形を堅持するには、A社のITエ ンジニアが、顧客である発注企業を介して指揮命令を行うという、非現実的な状況になってしまう。 このようなケースは決して珍しい例ではない。もちろん派遣にすれば、①多重請負よりも労働条件 や指揮命令関係が可視化される、②多重派遣禁止によって多重構造が派遣先と派遣会社という一層に 単純化され、生産性や労働者の賃金の上昇につながる、といった面もあるだろう。一方で、多重請負 構造を派遣先と派遣会社という一層にシフトさせることで、新しい技術を生み出す力があっても、元 請けになる体力はない企業等が、経営危機に陥るケースも出てくるだろう。派遣という働き方の制約 によって、逆に生産性や賃金が低下する懸念もある。そもそも、IT技術の高度化によって専門化・ 分業化が進行するなかで、企業関係が多重構造にならざるを得ない実態もある。 派遣の枠にはまりきらないようなシステム開発は、発注企業や元請け企業であるA社が直接雇用し たメンバーが担当すべき、という考え方もあるかもしれない。しかしながら、システム開発は期限付 きのプロジェクトであり、必要となる専門能力もプロジェクト毎に決まるため、正社員のような無期 雇用は難しい。発注企業、A社、B社、C社ではカバーできる専門性が異なっていれば、発注企業や A社で、B社・C社メンバーの活躍の場が確保されるかも疑問である。前述のとおり、情報サービス 業においては、元請け企業の規模が下請け企業よりも必ずしも大きくなく、より有利な労働条件を提 示するだけの体力が、元請け企業にないケースも多々ある。このような状況を鑑みると、そもそも正 社員であるケースが多いB社・C社のITエンジニア自身が、発注企業やA社への転職を望まない可 能性も高い。 3――今後の検討に向けて 1|特定労働者派遣事業の問題は派遣・請負区分の問題とセットで考えるべき 情報サービス業の「請負」から「特定」へという流れは、本業である情報サービス業を遂行するた めに派遣業を営む特定労働者派遣事業所の増加を意味する。しかしながら、このような特定労働者派 遣事業所に対して、派遣規制の強化は必ずしも意図通りに作用せず、負担だけを増加させる面もある。 たとえば、請負で情報サービス業を営んでいたA社が、発注企業のなかの1社とのやりとりを「指 揮命令」だと指摘され、その1社についてのみ派遣に切り替えたとしよう。その発注企業がA社のグ ループ企業であった場合、途端に「グループ企業派遣の8割規制」(派遣会社がそのグループ企業に派

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「派遣会社と同一グループ内の事業主が派遣先の大半を占めるような場合は、派遣会社が本来果たす べき労働力需給調整機能としての役割が果たされない」という問題意識のもとで導入されたものだが、 A社はもともと派遣会社ではなかったし、グループ企業からITエンジニアを受け入れているわけで もない。しかしながら、グループ企業である発注企業にITエンジニアを派遣するためには、他の発 注企業にも自社のITエンジニアを2割以上派遣しなければ「8割規制」をクリアできない。 また、いわゆるマージン率(派遣料金-派遣労働者への賃金)をインターネットなどにより公開す るという規制は、日雇い派遣における違法行為が発端となって導入されたものである。たとえばIT エンジニアを正社員として雇用している情報サービス業の請負会社が、このうち一部のITエンジニ アを派遣するために特定労働者派遣事業所になったとする。筆者はもともとこの規制の効果に懐疑的 だが、この特定労働者派遣事業所がマージン率を公開する意味がどれほどあるのか、さらに懐疑的に ならざるを得ない。 増加する特定労働者派遣事業所には、①純粋に事業に参入したグループ、②「一般」から「特定」 へと流れてきたような、規制逃れの悪意を持って参入したグループ、③他業種の本業を、規制に抵触 しないように遂行するために、「請負」を「特定」に切り替えたグループ、が混在している。②のグル ープは「一般」と「特定」の規制の相違の程度によって、③のグループは派遣と請負の区分(特に指 揮命令の解釈)に関する判断基準に応じて、増減する。 今後の特定労働者派遣事業のあり方については、このようなグループの存在を踏まえたうえで、事 業認可等の規制、派遣と請負の区分の問題を、セットで考えていく必要があろう。 2|派遣・請負区分等の検討には、情報サービス業との対話が不可欠 情報サービス業の特定労働者派遣事業所は、人材ビジネス業界の業界団体に加入することも稀であ り、これらの事業主の実態や課題意識が把握されにくいことも、問題を深刻にしている。 もちろん、情報サービス業がこの問題に対して手をこまねいていたわけではない。派遣法が施行さ れ、37 号告示が出された 1986 年には、情報サービス産業協会と日本電子工業振興協会によって「業 界運用基準」がとりまとめられ、要望書と一緒に労働省に提出されている。2004 年の製造業派遣の解 禁後、労働局によっては「業界運用基準」とは異なる判断が示されるなどの混乱が生じたなか、2005 年には情報サービス産業協会と電子情報技術産業協会の連名で、「業界運用基準」に関する要望書が厚 生労働大臣に提出された11。さらに、2009 年に情報サービス産業協会により『情報サービス取引にお ける請負・委任と派遣の明確化に向けて~ガイドライン、確認事項・追加要望事項~』がとりまとめ られ、このガイドラインの 2013 年改訂版が「情報サービス産業における適正な業務委託運用のための ガイドライン」12として情報サービス産業協会HPに掲載されている。 しかしながら、派遣・請負区分に関する判断が、全国の労働局で必ずしも一致していないという声 は現在も少なくない。派遣・請負区分に関する統一的な見解が浸透しないままに、2012 年の改正派遣 法で 3 年の経過措置が設けられた「労働契約申込みみなし制度」(派遣先が違法派遣と知りながら派遣 労働者を受け入れている場合、違法状態が発生した時点において、派遣先が派遣労働者に対して労働 契約の申し込み(直接雇用の申し込み)をしたものとみなされ、派遣労働者が希望すれば雇用しなけ ればならなくなる制度)が予定通り 2015 年 10 月に実施されれば、同じ請負形態をとっていながら、

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労働局の判断によって、一方では多重請負が認められ、一方では偽装請負として下請け、孫請けの請 負社員について「労働契約申込みみなし制度」が適用される、といった事態に陥りかねない。こうし た事態を避けるためのみならず、特定労働者派遣事業、派遣・請負区分のあり方に関する政策検討に おいて最適な着地点を見つけるためにも、厚生労働省や労働局と情報サービス業との間についても、 より一層の密接かつ真摯な対話の機会が設けられるべきである。 3|情報サービス業だけの問題ではない 複数の企業の社員が協働するプロジェクトや、一人の社員が複数の企業とやりとりしながら、業務 を遂行するというような働き方は、情報サービス業だけでなく、他の業界でも今後増加してくると考 えられる。しかしながら、現在のように、派遣という働き方が、特定の企業(派遣先)の指揮命令を 受けて一定の業務の範囲で働くことを前提としている限り、こうした協働形態のすべてを派遣という 枠のなかにあてはめることには無理がある。 一方で、こうした協働形態による働き方は過重労働につながる懸念も大きく、縦や横の多重構造が 労働者保護のブラックボックスにならないよう、適正な規制を設ける必要性が高い。現在は派遣法の 適用対象外となっている建設業も含めて、協働形態において適正に労働者保護を図るための、現実的 な規制のあり方を考えていく必要がある。 1 http://www.advance-news.co.jp/ 2 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律。 3 アドバンスニュース記事「特定274 社、一般 24 社に事業停止命令や改善命令 今年の 14 都府県の労働局公表分」(2013 年3 月 28 日)より。 4 2009 年には、職業安定局長通達によって一般労働者派遣事業の許可基準が、以下のように引き上げられた。 ・基準資産額(資産額-負債額)に係る要件:「1,000 万円×事業所数」⇒「2,000 万円×事業所数」 ・現金・預金の額に係る要件:「800 万円×事業所数」⇒「1,500 万円×事業所数」 5 アドバンスニュース記事「<特別寄稿>出井智将さんの「現場感覚で考える改正派遣法」④派遣事業所数が「ワニの口」 化」(2012 年 10 月 3 日)より。 6 本稿の執筆にあたり、請負・派遣について報告書をとりまとめられた情報サービス産業協会の市場委員会取引部会で、部 会長を務められた新日鉄住金ソリューションズ株式会社の総務部部長・森中章雄氏、同委員会でグループ長を務められた同 社の法務・知的財産部の法務グループリーダー・葛西義昭氏に、情報サービス業における派遣・請負の実態についてご教示 頂いた。また、情報サービス産業協会の 企画調査部調査課長・茂木智美氏には、同協会の取り組みについてご教示頂いた。 この場を借りてお礼申し上げたい。もちろん、本稿の主張は筆者の見解であり、本稿に誤りがあればその責はすべて筆者に 帰する。 7 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000ajmk.html 8 これ以前から、職業安定法施行規則第4条のなかで、労働者供給事業と請負を区分する基準として、いわゆる「請負4要 件」が規定されている。 9 労災保険を含む社会保険の適用等は派遣会社が責任を負う。 10 建設業務については、現実に重層的な下請関係の下で業務処理が行われていること、雇用改善措置が講じられていること が考慮され、派遣法の対象から除外されているといわれている(高梨(1985))。佐野(2009)では、派遣の適用除外業務そ れぞれについて、適用除外となった経緯が整理されている。 11 その後東京労働局から「情報サービス業に於ける請負の適正化のための自主点検表」がHP等で公表されるも、2009 年の 厚生労働省「37 号告示に関する疑義応答集」の公表に先立ち、「自主点検表」がHPから削除された。 12 http://www.jisa.or.jp/legal/download/jisa_entrust_guideline.pdf

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【主な参考文献】 安西愈(2005)『労働者派遣と請負・業務委託・出向の実務』労働調査会。 木村大樹(2012)『請負を行うための実務知識』経営書院。 厚生労働省(2013)「派遣元事業主に対する労働者派遣事業停止命令及び労働者派遣事業改善命令について」2013 年 3 月4 日報道発表資料。 佐藤博樹監修・電機総研編(2001)『IT時代の雇用システム』日本評論社。 佐藤博樹・佐野嘉秀・堀田聰子編(2010)『実証研究 日本の人材ビジネス』日本経済新聞出版社。 佐野嘉秀(2009)「なぜ労働者派遣が禁止されている業務があるのか」『日本労働研究雑誌』No.585。 社団法人情報サービス産業協会(2009)『情報サービス取引における請負・委任と派遣の明確化に向けて』。 社団法人情報サービス産業協会(2011)『情報サービス産業における労働者の保護と産業競争力の強化に向けて』。 一般社団法人情報サービス産業協会(2013)「情報サービス産業における適正な業務委託契約運用のためのガイドライン」。 スタッフサービス・ホールディングス編(2008)『すぐに役立つ!製造派遣活用バイブル』朝日新聞出版。 製造請負事業改善推進協議会(2010)『製造業の請負事業の雇用管理の改善及び適正化の推進事業報告書。 高梨昌(1985)『詳解派遣法』日本労働協会。 出井智将(2010)『派遣鳴動』日経BPコンサルティング。 濱口桂一郎(2009)『新しい労働社会』岩波新書。 藤井浩明(2004)「製造業務における派遣労働解禁に関する考察」名古屋市立大学経済学会『オイコノミカ』第41 巻第 2 号。 松浦民恵(2012)「改正派遣法の懸念点と今後の課題」『基礎研レポート』2012.4.25。 丸尾拓養(2008)『請負・労働者派遣とこれからの企業対応』日本法令。 山内栄人(2012)『図解 人材派遣会社向け「業務請負」の基本とカラクリ』秀和システム。 湯川大輔(2013)「派遣法における派遣解禁効果に関する実証分析」政策研究大学院大学まちづくりプログラム平成 24 年度 修士論文。

参照

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