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和文活字書体史研究の現状と問題点(<特集>タイポグラフィ研究の現在)

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(1)

      ll“

The

 

Present

 

Situation

 

and

 

Problems

 

of

 

Studies

 

on

the

 

History

 

of

 

Japanese

 

Movable

ype

小 宮 山 博 史      

KOMIYAMA

 

Hiroshi

藤 タイポ グラ フィ

          Sato

 

lnstitute

 of 

Typography

和 文 活 字

体 史研 究

現 状

問 題

1

研 究

出 発 点

 

上 海 美

華 書 館

前館

長 ウ ィ リ ア ム

ギャンブル の長 崎で の

っ て

欧米

近代 的 活 字制 作 技術

が 日

入 さ れて か ら

140

ほどに な る

短く は な い そ の歴

和 文 活

字 書

体 史

が どのよ うにおこ なわ れて き たの か を記し てほし い と いう提

興 味 深い。 し か しわた くし の調査

囲は幕

明 治

初期

限 定

さ れ れお

、 日

基 本 的

書 体 全般

につ い て そ の 歴史を調べ た わ け で は な い

そ の た め

創 期の明

体 研

を進 めて き た

過 程

がつ いた

あるいは

じた

まっ た くの

私 的

囲の回

にならざるをえ

論 考

と は と て も言えない 内

に な る こ と を は じ め に お断り して お き た い。 た だ初 期 明

体 開発

につ い て の

疑 問 点

解決

さ れて はおら

こ こが

明さ れ な け れば 日

書 体 史

研 究は基 礎

つま り

立され ない ままで

ま る こ と に な る。

 

わ た く しが

和 文

字 書体 史

そ の

で も近

代 活 字 史

を調べて み よう と

え た のは

師 佐 藤 敬

輔 病 没 後 約

10

ほ ど

ぎ た ころ で あっ た

亡師は

文 活

字 史

を い ろ い ろ の

紙に発 表し て いた が

その

内 容

次資 料 を 使 わず

わ ず

か ば か

活 字

本 帳

分 析

たぶ ん

1965

年 前後

精 力 的

に お こなっ て い た関 係

への聞き取 り調査 の結 果か ら

き だ さ れ た も のであ っ たよう に 思 う。 長

研 究 助

手と し て

執筆

を 見ていた が

正直に述べ ればそ の方 法

に疑 問を感じ て い た

な ぜ もっ と

次 資料

たらない のか

な ぜほかの

研 究 論 文

参 考

に しようとしない の か

公 表 さ れて い た研 究 論 文は無 視で き る ほ ど

内 容

が ない のか

と り あえ

そ の

疑 問

解 決

すること と 書 体 史 研 究の現 状 を 知るた めに

時 間 をみ つ けて は

しずつ活 字 史の書 籍 と 資

し は じ め た が

し か しな に を

参 考

に して よい のか わ からない

態 が

いた。

 

わ た く し が入手でき た 書 体 史の

著 作

はまことに

なく

々 と したもの で

その時 まで に刊 行 さ れて いた定 評の ある研 究 書 は

6

冊に

す ぎ

なかっ た

   

本 木 昌

造 平 野

詳 伝

谷 幸 吉 著

本木

平 野

     二 詳 伝 頒 布 刊 行 会

1933

   

本 邦 活 版 開 拓 者の苦 心』 津 田 伊三郎 編 (執 筆 は 三 谷 幸

     

田三

省 堂

1934

   

活 版 印刷 史

印刷 学 会 出版 部

1949

  

京 橋印 刷 史 』 牧 治三郎 著

東 京 都 印 刷工業 組 合 京 橋

     支 部

1972

   

聞 百

年 史

1972

   

朝 活 字  

の歴

と現

矢 作 勝 美 著

平 凡

     

1976

 

こ の

6

冊は い

れ もおもし ろ く

和 文

字 史

実 情

が 理 解で き る も のばか りで あっ た

 

本木 昌造 平

詳伝

近 代 金

活 字 開

発の

とも 言うべ ぎ 二人の先 達の苦 闘の 歴史が 理

で き た し

本 邦 活 版

開拓 者

心』 は

題 どお り

活 字

く 関 わ り

を それに

けた

技術 者

職 人

苦心

の上に現

見て い る

活 字 書体

が あ る こ と を認

そ して 先 人へ の

敬 意

を感じ た も ので あ る

 

活版 印刷 史

が 国 に お

活 字

の 通

重 点

を置い た

本 木

昌造 以

明 治 期の活

字 史

の詳 細さ に 圧

さ れ た

同じよ うに 『

京橋

印 刷 史

』 も

個 入

の不

資 料収 集

果 に 図

1

 『本 木 昌造平 野 』 詳伝頒布刊 行 会

1933

年 図2 『活 版 印刷 史 』 川田久長

1949年 図3 『朝 活 字 』 矢 作 勝美

1976 年

42

デザイ ン学研究特 集号

s ρeclai

 

i$sue

 

ofjapanesosocfety

 

ferthe

 

science

 

ot

 

dssign Vol

 

17

2  No

66  201D

(2)

NII-Electronic Library Service

裏打

ち さ れ た

広 範

囲な記

い た

京 橋

と い う

地 域

の 印

刷 史

であ る が

は 明

の活

に 深 くか か わっ てい るこ と を 知 った

冊であっ た

『毎 日 新 聞 百 年 史』 の 中 の 「技 術 編 は同 社の古 川 恒の執 筆だ が

金 属 活 字で新 聞 印 刷 を 目 指 し た 毎 日

草 創 期

面の

分析 結

果 の 記

わ た く し の そ の 後 の 研 究 方 法の基 礎になっ て い る

ま た亡 師と活 字につ い て 話し合 う

しい

の 「

主 義 者」

面 影 が 忘 れ が た

 

こ の中でもっ と も

考になっ たのが 『明 朝 活 字』 であった

にっ

が る 日本の

基 本書 体

で あ る 明

朝 体

の誕 生と発

過 程 を初めて詳 細に記

し た 「労 作 」 で

、一

的に研 究が進め られ て い る 印

刷通 史

と は

異 な

朝 体

という

書体

焦点

を あて 日

の近 代 を そこから切 り 取 ろ うと いう もので

こういう 研 究 の アプロ

チが ある の か と眼を見 張っ た 記 憶がいまも鮮 明 に

っ て い る。 ま た 原

図 版の

用と いう

構 成

文を

み 進 め る う えで理 解しや す く

配 慮の行 届いた編

方 針であっ た

 

これ ら

6

冊 を

べて いた 研

究 初 心 者

のわ た く し に とっ て

これまで の日 本の近 代 活 字 史 研 究は順 調に そ の歩み を進め て い る よ うに見 え た。

2

既 存 研 究

疑 問 点 (

1

本 木 昌造 は な に を した

 

この

6

冊 に 共 通 して いること は

れ も 本 木 昌 造の苦 闘 か ら記 述 をは じ めて い る こ とで あった

日 本の近 代 活

本 木 昌

の長い

間 をかけた近 代

な 活

字製 法

と印 刷

技 術

へ の摸

と試 行 錯 誤の結 果であ る とい う

それまで の研 究 結 果に疑 問を

余 地

はないよ うに思え た。

 

木 昌 造 平 野

』は 『印 刷

雑 誌

刊 号

24

2

から

6

号 (

7

月)

まで

連 載

た もの で

原 文

漢 字

片 仮 名 交

じり

で あ るが

三谷

吉は そ れ を漢 字 平

仮 名 交

じ り

に か え

に はない

しを 入

註 釈

えたも ので

本木

造伝

とに お か

た 平 野

の 近代 鋳 造 活

の祖と しての本 木 昌 造は次の よ う に記

されてい る

三谷

108

は 旧

仮 名 )

 

……

鋳 造 鉛

本 木

翁 が

多年

の 工

に よ

成 就

せ しものに して

大 なる

独逸

け る グ

テン ベル ク

ス コ

フ ァル の両 氏に比 肩す る す る も恥

なか るべ し

……

 

こ の文

だけ を

めばすべて本

昌造の努 力の

果と い う こ とになる

し か し

に とっ て の

素 朴

疑 問

本 木 昌

造 は そ れら の

技術

自得

したのか

ある い は

がい つ

本 木 昌

造に

欧 米

の技 術を伝 授したのか という ところ である

長 崎のオランダ 通 詞 として

あ るい は 長 崎 製 鉄 所 頭 取と し て

米の近 代工業 技 術 に接 す る

機 会

はあっ た と して も

書物

だけで

製 作

可能

か と

え る と不 可

で はない か も しれ ないがむ

かしい

先 載

さ れ た 本 木

に は平野伝 と矛 盾 する記 述 が ある

本 木 昌 造 は 製 作 と

金に困っ て いた と き

ア メ リ カ人

宣教

師 某が上

に建て た 美 華 書

院 (

美 華 書 館 が 正 しい

が 電 胎 法で活 字 を 作っ てい る こ と を 知 り

人 を 派 遣 してそ の 技 術 を 学 ぼ う と し た が

某 は そ の 技 術 を 隠 して教 え なか っ たという 記 述 を 前 に 振っ た あと

ア メ リ カ 人

宣教

師 フルベ ッキ の 紹 介 に よ り

 

…・

在 上 海 美 華 書 院 活 版 技 師 米 人

氏 満 期 帰 国 を 以 て

く長 崎へ留 ま ら んこ とを 照 会 に 及 び 製 鉄 所 よ り雇 聘 し 興 善 町

通 事 会 所 跡 に 活 字 鋳 造 及 び 電 気 版の業 を創 設 す

……

是 よ り活 版

造の技 頓 に 進 歩 し遂 に 其の

業 を 大 成 す る

とは な りぬ」 (三谷 書

5

]頁 )

  本

木 昌

は 長

年 苦心

していた

活 字 製造

ャ ン

ル とい うのが 正 しい

の 指

のも とで習 得 し

そ の 後 の 印 刷

活 字 製 造 事 業 を 軌 道に乗せたことに な り

その 技 術 は 本 木の まっ た くの独 創 で ない こと

わ か る

ャン

ルと

木 の 関

を外 国 語の文 献と印刷 資 料 から指 摘 し たの は 『活 版 印 刷 史 』が 最

ろ う

長 は

要 な

事 実

を 記 してい る

 

……

当 時

印 刷委 託た ば か か りな く

印 刷 機 や

欧文

及 び

漢 字

の活 宇 や

活 版工 具の類 な ど が 美

華 書 館

の手を経て日

に輸 入されて いる」

107

 

……

の活

版 印刷

の 歴

を語 る

その

鼻祖

せら れている 本 木 昌 造 の 背 後 に

ルの巨 像 を クロ

アッ プ す るこ とを 忘 れては ならない」 (同 書

112

頁 )

 

し か し川 田の こ の

摘 は

重視

さ れ

川 田 以

の研 究 も 近 代 活 字の開 発は本 木 昌 造の独 創と して 記 述され 続 けて き た

本 木 は明

8

くな っ て お り

拓 者

と し て の評

くて も

そ の

の活 字 開 発の進 展に は大きな 影 響を与えてはい ない と

え るのはそ う

間違

っ て はい

ろ う。

3

既 存 研 究

疑 問 点  

ャン

ブル

役 割 と評 価

 

刷 雑 誌

』 の 記

長の

指摘

ャ ン

ル の

来 崎

と講 習 が 日 本の近 代 活

の出 発

に なっ た と い う事

しい

方 向性

を 示し てく れた。 しか し

ャ ン

ルの

来崎

につ いての日

料は

し得

指 摘

意 識

し た研

究者

ま りの

状 態

であっ たの であろ う。

古川 恒

は明

治初 年

に長

に 上陸し た

国 人 名

簿

を調査 し て い る が

ギャ ンブル の

名 前

は見 いだせな かっ た と

報 告

して い る

 こ の問 題に新 しい資 料 を 提 供したのが 矢 作 勝 美 氏である

氏 は 『

図 書

431

岩 波

、1985

7

に 「わ が 国 活

版 印 刷

史の新 資

料    

ウ ィ リアム

ガン ブ ルの来 日 につ い て」 を 発 表 し た

矢 作 氏 は 上 海へ の調 査 行で同 地の研 究

か ら 『

新 報

』所

ャンブル関

の記

を提

され

それ を 翻

解 説

を 加 えて い る

教 会

アメ リ 力 人 宣 教 師 ヤング

ジョン

ア レンが

1868

(明 治 元 ) 年 創 刊 し

美 華 書 館が印 刷 を 担 当 した

漢 字

刊 誌

教 会

界のニ ュ

(3)

せ て い る

原 誌は ほ と ん どな く 中 国で は上 海 図 書 館 が 収

蔵 す

る の みであるこ と をわ た く し は

ることに なる

な お 日

大 学

書館 数 館

に は 台 湾の リ プ リン ト版 が 収 蔵 さ れ て い るが

こ れ は本 文 頁だ けの覆 刻であ り

発 行 日 が 書 か れて いる

表 紙

もは

さ れ た 不

全 な も の で あ る

 

新 報

』 に はギャンブルの動 向が何 回にも わ たっ て掲 載 されて お り

2

1869

11

月 に 来 崎 し たこ と

長 崎で の

講習 内 容

滞 在 期

間 が

4

ヶ月で あっ た こ と がわ か る

た だ 矢

作 氏

提 供

さ れ た

資 料

に は

発 月と

在 崎期

滬 を 記 し た 記 事

が 欠け て い た た め

氏は帰 国 月を

ャン

ル にたいす る

中 国 人 美 華 書 館 館 員

から

推 測

するほか

かっ た よ うであ る。

矢作 氏

使

わ れて いる 「春

末」

5

月 と してい る が そ れ は今の

暦で の解 釈で

こ の詩が書かれたのは

1

日暦 を 使って いる

時代

であるから

3

月の は

であ る。 記

には 予 定 通 り

3

月 に は

滬し て い る こ と が

かれて いる

 

ま た

矢作 氏

は 『

活 字

表 現

伝 達

す る

出 版ニ ュ

1986

ウ ィ リ ア ム

ル の来 日記 録 し た 公

文 書

と して

太 政 類 典

』か ら 「明

四 月

 

長 崎 製 鉄

所 付属 新 聞

局ノ

活 字

械 処

分」 を発 掘し た こ と を記し

ャン ブル の

来 崎

を 日

本 側

資料

か ら

認して いる

活 字s

内 容

足しつ づ け る

矢作

氏の努 力 は

初 心 者 に とっ て研 究の

継 続 性

の大 切さ を

え て く れ る もの で あった

氏 は 『明 朝 活 字』 の

増 補 改 訂版

計 画

し て いると聞い て いるが

その

日 も 早い完 成が の ぞ ま れ る。

 

ギャンブル の

来 崎

による

講 習

が 日

近代 活 字 製 作

と印 刷 術 の出発点になっ たこ とが明 ら か に な り

な が く 定説と なっ て い た

本 木 昌

独創 論

えら

たこ とになる。

4 .

既 存 研 究

疑 問 点 (

3

美 華 書 館

書 体 と 日本

関 係

  長 崎

へ は

活 字

印刷

鋳 造機 材

式 を 帯

同 し て お り

れ を 使っ て 母型 を

り活 字を鋳 造し

鋳 造し た活 字を組んで試 しに

和 英 辞 書

印刷

したと

る。 母 型 は

欧 文

漢 字

3

種 類である

ャンブル の

滞 在

は わ

4

ヶ月にす ぎ

その 間 に

3

種 類の種 字 を 新 刻 し母型 を

る ことは不 可

る。 可 能 な 方 法 は ギャ ン ブ ル が 帯 同し て き た

字 を 種 字と し て

電 胎 法で 母 型 を 作 るこ とであ る

確 証 は ないがこ の方 法 を とっ たの は間違い な さ そ うで あ る

活 字 サ イ ズ はス モ

パ イ カ (

11

ポ イント

であろ う。 な ぜ

幕 末

明 治

初 期

に 美 華

館 に 依 頼 して 印 刷 さ れ た 和 訳 辞 書は

2

冊あり

いつれ も ス モ

パ イ カ によっ て印 刷 さ れていること

そ して

3

字 種 を 持つ

活字

はこ の サ イズし か な かっ た か らで あ る

 

日 本 に 導 入 さ れ た 印

鋳 造 技術

ャ ンブル が 日 常 的 に お こなっ ていた 美 華 書 館の方 法である よ う に

活 字

体も美 華 書

保 有

し て い た もの を 複 製 し たの では ないか と

推 測

する こ

44

デザ イン字 研 究特 集 号

speci 副issue ofiapanese  societyめrthe science  ofdesign

Vol

17

2

 

NO

662010

侮 白

毎 貔 甲 罐 掌 豢 鮭 勢 配 幇 鰍 蒭 於 左 蹴 腸 顧 聯

−、

導 冰 釁

小 霞 羣 婁 辭 貴 謙 國 臨 輅 爾 青 得 成 在 飽 如

父 在 天 者

黶 爾 讒 明 鍛

鵬 籌 譚 藻 奮 瓢

薊 在 天 罵 我 鯵

之 糧 冷

鷺 欝

醋 難 雛

B

賜 我 免 我 儕 諸 費 如 我

次 隙 灘

曝 蹴 蠶 ・ ・ …

図4 『会 新 報 』 第16号

1868 年                                    

の 有 之 候

刺 翼 西 洋 文 達

掴 立 叢 烹 嚀

      i ー

… 三

i

L …

 

  瞽

i

1

        :

 

  暴   國 家 安 企 丁

  象 安

全   平   寥 嬰 蠱  

単   寂 塩 金   挙     安 全

 

黷 塾 製 遭 括 寧 目 鐘    

  系 駕 ナ 吏

p

濫  

事   冢 十 九 丈

− − −

r

r

π

g

   

』 云

唾 q ら ぞ

二 離   全     棄 + 二 叉 三 氈   爺     尿 八 叉 五 分 囲 籬   全     鎌 八 文 班 畿   全     汞 七 丈 五 分

1

… 七 離 振 隈 嘔 票 五 支

鋺 以 下 梅 繊 早 服 煢 停 假 宅 濁 音 響 鷺 寤 音 響

 

醐 蕪 他 西 滞 文 穿 猟 穂 賓 之 且 魂 字 其 昂 と

篤 寧

广

  奔 御

好 禍 遖 型 避 饂 來 咆

儘  

 

実 澱 跏 放 碧 傘 艤

担 揺 o 斑 悔 型 筒 命 勒 騨 G

 

鐡 輩 ζ 六 小 ℃ 交 牢 鰍 盆 o 躑

盤 o 糊 o 畢 o 夊

 

麗 器 械 興 軸 贈 字 λ 展

旛 晶 図

5

 『新 聞 雑 誌 』第

66

号 附 録

1873

年 と は自 然 な 流 れで あ る

美 華 書 館の

見 本

1895

28

)年

に 同 館 が 編 集 し 印 刷 刊 行した

50

史で あ る 『ミッショ ンプ レ ス

イン

チャイ ナ』 に

6

サ イ ズの

明朝 体

行見 本

が 掲 載 さ れてい る のは 見ていた が

ギャ ンブルが

来 崎

し た頃の活 字 書 体 見 本 が あ るのか ど う か は 知 ら な かっ た。 そ の

後 上海

館 近 代 文 献 資 料 室で 『教 会 新 報』 の原 本 を 創 刊 号 から

閲覧

し て い た ときに

不 定 期では あ る が 「美 華 書 館 告 白 」 と 題 さ れ た

開き の活 字 販 売 広 告 が

8

出 稿 さ れている のを

見し た。 これ まで

美華 書 館

保 有

す る 漢 字 活 字の全 体 像につ い て記

した

考はな く

ま し て や あ る程

の組 見 本が提 示 さ れ たこ とも な かっ たの で驚いた。

 

日 本 最 初の活 字 見 本は

明 治

5

1872

) 年

2

月 刊 の 『新 街

塾 余

談』に掲 載 さ れ た 初 号 から七 号ま で

7

サ イズ

9

醤 体

六 号は無い

で あ る

ャン

ル の来 崎 か ら

3

弱の こ の成

美 華 書 館では おこな わ れて いない活

サイ ズの整 備と書 体 を 追 加した もの であっ た。 『

教 会 新 報

』 と 『余 談』 の 見 本で共

通 す

文 字

は 「 天」

字 だ けであっ た が

し て み る と

(4)

NII-Electronic Library Service

の特 徴 か ら 同 じ 書 体に見 え た

た だい

れ もコピ

資 料であっ た た め 拡 大 して重 ね あ わせ て異 同 を 判 断 する ことは避 け た

こ の二 つ の

見本

活 字 書体

じ もの である のな ら、

本木 昌造

主 宰の新 街 活 版 所の活 字 は 美 華 書 館の活 字の完 全 な 複 製 とい うこ と が 証 明でき る は ずであ る

 これ 以 前 に 『余 談 』 とほ ぼ 同 じ活 字 見 本の 「崎 陽 新 塾 製 造 活 字 目 録」 が 掲 載 さ れてい る 明 治

5

11

月 刊 の 『新 聞 雑 誌』 第

66

号 附 録 を 偶 然 入 手 していた

教 会

原 本 か らの直

の 拡 大 は不 可 能であるた め

、一

号 か ら六 号 活 字 を 使っ て美 華 書 館 が 印 刷 し た 書 籍の中か ら 「天 下 太 平 國 家 安 全 」 を 探 し

両 者 を 拡 大 し 重 ね あ わ せて異 同 を 見 た が

、48

字のう ち

1

字 を 除 き す べ て同 じ も のであっ た

崎 陽 新 塾の活 字 は 各 サ イ ズ

8

字 という 少 ないサンプ ルでは あるが

美 華 書 館の活 字 と まっ た く同 じも の であ ること を 示 していた

これ は 崎 陽 新 塾の活 字 は 美 華 書 館 か ら買っ た ものをそのま ま 組 んでいるのか

あ るいは 美 華 書 館 の活 字 を

ャン

ル に 教 わっ た 電 胎 法で複 製 し た ものかの ど ち ら かで あ る

つま り 日本の最 初 期の活 字 書 体 は 本 木 昌 造が創 製 した もの では ない こと が 証 明でき たこと に な る

  崎 陽 新 塾の活 字 見 本のすべ て を 使 用 頻 度 に 合 わせた

1

フ ォン ト と して美 華

館 から購 入 した 可 能

は 排 除で き ない

複 製 目 的であ れ ば ふつ う は 文 字 数 字

つを 購 入 してそ れ を も と に して 電 胎 法で母 型 を作 って いく が

美 華 書 館 が その意 図 を わ かっ て いな が ら 本 木 に 販 売 す る か ど う か

本 木 は 私 塾で細 々 と 印 刷 業 務 を す るっ も りでは な く

工業 製 品 と して販 売 す ること で日 本 の 近 代 を 切 り 開こうとしてい た は

であ る

この 間 の

情 は

後の 資 料 発 掘と研 究に待つほかない

5 .

存 研

4

尺 号

は 正 しいの か

 

これ まで活

サ イ

としての号 数 制 は 本 木 昌 造の創 設として 定 説 と なっ ていた

活 字 の 号

表 記 は 『教 会

新 報』

の 「美 華 書 館 告 臼」 に 見えるのが 最 初で あ る

そこ ではもっ とも 大 きい活 字 を 「

」 と し

もっ と も 小 さい も の を 「六 号」 と 表 記 し ている

ではこれ が 活 字 サ イ ズ を 示 して いるも のかと考 え ると 疑 問 が わいて く る

こ の 「 」 は

Na

と同 じで

国 語で 「

番 目」 とか 「二番 目」 とい う順 番 を 示 す 語で

美 華 書 館で は別 に サ イ

の呼

と して

使っ

て いる わ けで は ないよ うで あ る。  『 ッショ ン プ レス

イン

チ ャイナ』 に掲 載されて い る美

華 書 館

漢 字 活字

のサ イ

欧文 表

記で

 

Double

 

Pica………

tt・

24

ント

 

Doubfie

 

Small

 

Pica

…・

ttt

二 号

…・

22

ポイ ン ト)

 

Two

line

 

Brevler

…t・

…・

16

ポ イ ト)

 

Three

line

 Diamond

…・

四 号

……

13

・5

 

Small

 

Pica………

五 号

……

11

ン ト

 

Brevier

…一 ・

六 号

t…・

8

ポイ ン ト

 

教 会

』は

者 対

が 中

人であるか ら

的 に 「号」 に置 き

え て

使

っ て い て も

そ れがす ぐ に

字サ イズの呼

と は いえ ないだろう。 た だ 「

何 番

目の

き さの

活 字

で」 と

用 さ れて い る うちに

活 字 サイズの呼 称 とし て定 着 する こ と は あ り え ない ことでは ない

  ギャン ブ ル か ら活 字 サ イ ズ につ い てどのよ う な 指 導 を 受 け た カ

は 不 明であ る が

本 木 昌 造 はこ の 「 」 を 自 身 が 製 造 す る 活 字のサ イ

の呼

として

使

っ ている

つ ま り 『余

』や 『

聞 雑 誌s の活 字 広 告 は

、一

号の上 に 初 号 を 設 け

美 華 書 館 活 字で は 六 号 と さ れていた ものを 七 号 に 下 げて

しい六 号 サ イ ズ を そ こにいれ ることで全 体の大 き さの段 階 (シリ

ズ)

を 滑 ら か に し よ う とい う 意 図 が 見 え る

。一

号の上 に 新 しいサ イ ズの活 字 を 作ろう と す れ ば

本 来 は 数 字 表 記 が わ か り や すい のだ がそれ はでき ない

初 号 とい う

称 は 苦

か も し れ ないが

木 は 号 を 活 字 サ イ ズの名 称 と していること が わ かる

 

こ の号 数 サ イ

が 鯨 尺で作 ら れていること を 最 初 に 論 証 し た のが 三谷 幸 吉で あ る

本 木 昌 造 が 使い は じ め た 号 数 サ イ ズ は

そ の設 定 根 拠 が 明 示 さ れ ず 各 活 字メ

を 混 乱 さ せ たの では ないか

こ の疑 問 に 明 快 な 答 え を 出 したのが 三 谷であっ た

三 谷 は 『本 木 昌 造 平 野

詳 伝 』 の編 者 注

54

頁 )で

本 木 自 筆 稿 本の種 字 彫 刻の項 に あ る 「 分 五 厘 角 」 「長 さ 七 分 八 厘s を 最 初 曲 尺 サ イ ズで二号 と 考 え た が

其 後 活 字種 類 を 殖 す 関 係 上

各 其 階 級 を 曲 尺 五 厘 に す れ

大 き く過

る か ら 夫 れ を 鯨 尺二 厘 五 毛 とせ ら れて

左の 如 く制 定 し たので あ る

其 立 證 すべ き ものとしては

諏 訪 神

に 在る 三号 楷 書

和 様 と称 せしもの)の活 字の大 き さは   十 本に て鯨 尺

寸 五 分   四 号 活 字 は

   

十 本 に て

寸二分 五 厘 五 毛   編 者 所 蔵の 二 号

、一

号 中 館 種 字 は     五 本 にて鯨 尺

分二厘 五 毛   そ れ を 各 活 字 に 現は せ ば

    初

号 活

字鯨

尺 四 分 曲 尺 五 分

   口

写 ロ 万

三 四 五 六 七 二 分五厘 二     分

厘 五

六 厘五毛 五 厘 三分

二 五 二

五厘

八 七 五

二 五 九 厘三五 六 厘二 五

 

され ば

本木

造 先

生 が

活 字

さ は西

洋 (

字の

さ に

はれ た が

き さは 日

差に

ら れ たの であつ て

の活 字の大 き さ に 倣つ て

五 号 活 字 をス モ

ルパイ カ とパ

(5)

NII-Electronic Library Service

イカの 中 間 等と言ふ永い永い (原 文は 「字 点 」) 間の歴 史 は 誤

であっ た と 云 ふこ とが 判 然 し たの である

(編 者 は 此 研

のた め に 費 や せ し時 間

労 力

心 は 到

他 人 の

るこ と の出 来 ない こ とで あつた

今 茲に 之 を発 表 す るこ と を得たの は

本 木

造 先 生

加 護

編者

苦 心

晶 で あ るこ と承

あ り た し

 

長い引 用であ る が

これが

尺 号

数 制 論

の発 端であっ た

木 創製

とす る 号

数 制

根 拠

が 不 明 なと き にあっ て

こ の

やか な 論 証は印 刷 業 界に衝 撃をあた えると同 時に

日 本 人の優 越 性 を

くす

ぐっ た か も し

れ な

この

新 説

いす る 反

っ た と し て も

鮮 や か さ に か き

さ れ

降 検

証 さ れ るこ とな く 号 数サイズの定 説 と して生 きの び

近 代 活 字の鼻 祖として の本 木 昌

造神 格 化

を 助 長 して いくこ とに な る。

  ギ

ャン

ル か ら活 字 製 法の講 習を受け た明 治

2

年か ら本 木 昌

が 死

した 明

8

までの

6

間に

本 木 が

本 独 自

尺 で活

サ イズを整

し た とい う 三谷の説は

初 期の印 刷

を わ

かで も 測

す れ

そのよ う なことが あ り

ない ということ が すぐわかっ た は

である

美 華 書館

サ イズで印

された

書籍

か ら

あた りの

角 寸 法

そ の う えで日

の明 治

初 年

の 印 刷 物 か ら 同 じ よ う に 測 定 し た

寸 法 を 比

す れ

の関 係は

目 瞭

であ る

特 に三谷の いう 「 二号

、一

号 中 間

種 字」

に注 目 して いれ

これ が

美華 書 館

Double

 

Pica

で あ り

崎 陽 新 塾の 活 字 見 本 中の

号であるこ と はす ぐにわか っ たは

であ る。 三谷の いう

号 は

後 年

整 備

され た 大 きさ の

号で あっ て

明 治

5

時の

号では ない

ま た 三谷が示し た

尺で

号の

角 寸 法

算 出

す ると

印 刷物

からの

実 測値

乖離

し て し ま う

美 華 書 館

塾の

字は

サ イズの測 定 角 寸

が 同じ であるから

美華 書 館

も ま た

尺 を 長さ の

基 本単 位

と して いる という

奇 妙 な

ものに

もっと

広 げ

ば ギ

ャ ン

ル が印

修 業

し た フィ ラ デ ル フ ィ ア で も

尺が基 本

単 位

に な

尺は

標 準

じない こ と にな る。 同 時

の弘

軒 清 朝体

は た し か に

尺で

っ て お り

わが 国の独

自性

を示そ うという

意 図

は 理

できるが

西

の近

代 的

技 術

習得

ぐ本 木昌造に とっ て

華書 館

か ら

入 し た イン チ 寸法で で き て い る鋳 造 用 鋳 型 な ど を わ ざ わ ざ

尺 に

えて

稼働

さ せる だろうか

長 崎 製 鉄 所の工 作 機 械 を 使 え ば

鯨 尺の鋳 型 を 切 り

すこ とは 可

であっ た か も しれ ないが

工せ

そ の ま ま 使 えばそ の 日 か ら

働で き る の で あ る

 

では 美 華 書 館の

字 サ イ ズ は なにを も とに して い る のか とい う 疑 問がわいて く る

わ た く し はアメ リ カンポ イン ト制 定 以 前 の サ イズ

つ まりア メ リ カ に

入 さ れ

使

わ れて いた 活 字 あ るい は鋳 造 鋳 型の 規

と し て の

ルニ エ あ る い は デ ィ ド

の サ イ ズ と 考 えて い る

そ れ は鋳 造

会 社

で大 き さ にい くぷん かの違

46

デ ザ イ ン 掌 研 究 特

spacLai

 

issue

 

ofjapanese

 

socjeVtorthe

 

seience

 

ot

 

desrgn

Vol

17

2

 

No

662010 いを生 じて はいたで あろう が

原 型は北 米 長 老 会 が 美 華 書 館 に 送 付 し たアメ リ カの活 字 会 社のものと 想 像 すること ができる

 こ の稿では そ の 後 の 定 説 と なっ た 鯨 尺 号 数 制への批 判 に 終 始 して い るが

しか し三谷 幸 吉 は 本 木 昌 造へ の極 端 す ぎ る 敬 慕の

情 が

あっ た と して も

長い時 間 を か け た 研 究 の 結 果 鯨 尺 号 数 制 説を提 案し た の で あっ て

その貴 任 を 賣 めて いる わ けでは な い。 む し ろ 責 め ら れ るべ き は 三 谷 以

の 研 究 者の怠 漫であ る

 

字 書

体 史 研 究 は

  〔

1

} 基 本

の収

     

活 字 その ものあるいは当 時の 印 刷 物の調 査

分 析 の二

方 向が 必

要であ る

この二 つ は た がいに 不 即 不 離の関 係 に あ る

現 在 までの 研 究 は

2

の 視 点 が 欠 けていた

三 谷 の 劇 的 な 説 も

次 資 料 と して の 活 字 ま た は 印 刷 物の調 査

分 析 を 怠っ て いな け れ ば

もっ と早い時 期 に その誤 り が 正 さ れ

正 確 な 研 究が進んで い たに違いない

6 .

存 研 究

疑 問 点

 

漢 字 活 字

出 自

  美 華 書館

前 身

で あ る 北 米 長 老 会 印 刷 所 がマ カ オ に 開 設 さ れた の は

1844

1

月である

中 国へ の文

伝 道 活 動を 目 的に 設 立 さ れ

寧 波

をへ て

上 海

移 転

美華 書 館

乗っ たのは

1860

12

教 会

』 に 掲 載 さ れて いる

6

サ イ

の 活 字 書 体が完 備 さ れ たの は

1868

年であっ た

開 設 か ら

24

年 間 にこ のすべてを

館で整

し たとした ら

いつ誰 が 開 発 し た の か と い う 疑 問が おこる

美 華 書 館の活 字 書 体につ い て日 本で は じ め て

論 述

し た のは 川 田

長で

誌 『

1

印 刷 出 版 研 究 所

1962

年 )に掲 載の 「邦 文 活 字 小 史 」 は

外 国 人が 開 発 し た

漢 字活 字

につ い て

か れ た

のもの で ある

 

川田 は こ の

論 考

を ロ バ

モ リ ソ ン 『英 華 字 典 』 の彫 刻 活

か ら は じ め

ロ ン ドン

伝 道会

のサ ミュ エル

イア

が開 発 した丁

hree

line

 

Diamond

13

・5

ン ト

北 米 長 老 会 の リ

チ ャ

ル が持 参 し た

TWo

line

 

Brevier

16

ポ イン ト)

な どに

い て

ャ ン

ル の 業 績 に 話 を 進 めてい る

欧 文 の 文 献に よっ た外 国 人 に よる漢 字 活 字の製 作 につ いて

短いけ れ ど 示

ん で いる。 文

は こ のあと幕

の日 本の活 字 印 刷 物 の 話か ら

本 木 系の活 字

印 刷 局の活 字と進 み

築 地 活 版

秀 英

活 字

楷 書 体 活 字

な どに

めて い る。

論 考

A4

形 版

12

頁にす ぎ ないが

膨 大 な活 字 資 料を蒐 集 し て い た川田 久 長 の 研 究の全 体 像 が 理 解でき る

れ た もの である。   し か しこ の 文 章が活 字 書 体 史 研 究 に あ た え た 影 響 につ い ては

残 念

な がら わ か らない。 ただこれ 以

の研 究 論 文 な ど に は 川 田 の指 摘 が 生 きて い る

子はなく

本 木

昌 造以

の 金属 活

の歴 史 と して重 要 視 さ れてはいない

わ た く し に とっ て こ の

論 考

の 衝 撃は大きく

漢 字 活 字は中 国

日本の専 売では な く

欧 米 人 の アジアへ の

布 教活 動

大航 海

時 代 以

洋 学

日 本 学の進 _ ._

1

_

(6)

NII-Electronic Library Service

展 が 開 発 を 促 した とい う 視 点 を あたえて く れ た

川 田 久 長 はこ の論 考 を よ り

説 する こと は な かっ た し

蒐 集した 資 料 も死後 散 逸 し た よ うであ る

そのた め わ た く し はヨ

ロッパ に お け る 漢 字 活 字の資 料 を 収 集 す る 作 業 か ら 始 めるこ と に なっ た が

思 う よ う に

ま る わ けでは な く

ま た ヨ

ロッパでも 漢 字 活 字 の 研 究 は 未 開の分 野ということが わかっ た だ けであ る

 

し か し

しい資 料 か ら わ かっ たこと は

美 華

館の漢 字 活 字のラ イン アッ プ は

フラン ス人

リス人

ドイ ツ 人

アメリ力人の

努 力

が集 積

さ れ た もので

本 木 昌 造 はそ の 成 果を複 製 し た にす ぎ ないが

現 在に続 く 活 字 書 体とくに基 本

書体

と して の明

朝 体

整備

改 良

この

複 製

か ら は じ まっ て いるこ とを 忘 れ て は な ら ない と思 う

  たと えば

Small

 

Pica

11

ポ イン ト

五 号 ) を 例に とれ ば

美 華書 館

の印

刷 物

か ら

抽 出

し たサンプル

漢 字

新 塾

平 野 活 版

初 期

地活 版の それを拡 大 して重 ねあわせ て異 同をみ ると

ほと ん どが 同 じで

る が

ではいくつ かの

文 字

は 早 い時

刻 がお こ な わ れ

やが て

刻が 全

に お よ んで い く ことが 見て とれる。 サンプル とした

216

構 造

分 類

し たう え で

数種

使

頻度

調

500

に入 り

彫 師

造 形 感 覚

によっ て

布 字

変 化

がで ると 思

れる

漢 字

んだ

改刻

イン トは

書 体

インを

本 業

として いる わ た く し に も

充 分 納 得

がいくも の であっ た。

  漢 字

複 製

で き た が 日

本 文

むに は

両 仮 名

が 不 可

しかし

美華

に は 『

林 集

』 を

んだ

Smal

Pica

片 仮 名

し か な く

日本

側で

た に

らね ば な ら な かっ た。

仮 名

とく に

仮 名は文 字固有の大 き さ を 持つ 自

奔 放 な 字 形 であ る が

それ を

字 と

き さの正

方 形

布 字 す

る こと は 困 難 がつ き まとっ たに違いない

彫 師 達は それ を

り越え て変

あ る 書

を 生みだ し

いま に

く字 形 に 定

さ せ たのは

明治

20

年代

であろ う。

書 体 史研 究

では

日本 文

60

セン ト を 占め る仮 名 書

の 歴史 的 分 析 と 分 類はおろ そかにさ れて い た が

年仮 名 書体

の分

の重

要 性

認 識

さ れるよう にな りすこ し ずつ では あるが 研 究 が 進 んで い る

しかし こ の分 野の研 究 成

は も う少 し

に なるだ ろ う

の開 発と背 景」 で

古 く か らヨ

ロ ッパでは 漢 字

字 が

開 発

さ れて いたこ とを 豊

な 図

を 駆

使

し て証 明し て い る

国の 四 大

発 明

つ である

羅 針

盤 が

大 航海 時代

ぎ、 ヨ

ロッ パ人 に 東 洋へ の関 心 と 興 味 をうな がし

や がて東 洋 学 を 確 立 す ること に な る

そ れ は ア ジア の各 言

の開 発 につな がっ て い く

そ して

18

世 紀 末の博 愛 主 義 運 動 に 動 か さ れ た 布 教 活 動 も

膨 大 な 人 口 を 有 す るアジアを め

漢 字 活 字 が 開 発 さ れてい くのは

地 語で聖

や ト ラ ク トを

印刷

す る 必

に 迫 ら れ た

果でも ある

同 じ四大 発 明の

つである活 版 印 刷 術 がそれ を 支 え たこ とはい う まで も ない

鈴 木 氏 は 最 終

でギャ ン ブ ル が 中 国 人

学者

2

間 雇い

漢 字使

用 頻

調 査 を おこなっ たこと を 記 し

そ の 意 味 は 漢 字の総 体 を 限 定 す ることでア ルファベ ッ トの よ う な 閉 じ ら れ た 文 字 体 系として認 識 し

運 用の レベ ルで支 障 を き た さぬ こ とを 可 能 に し た と 結 論づけて いる

鈴 木 氏 の 論 考 の視 点はこれまで の活 字 史 研 究 にはな かっ たものであ る

 

わ た く し は 「

伝 播

改刻」

館 か ら導 入された明 朝 体が日 本で その ように改 刻されて い っ たの か。 ま た

尺 号

制の 問 題 点 を 指

それ が 間 違い であるこ とをた どた ど しくはある が論 証 して いる

  府 川 充

は 「

和 文 鋳 造 活 字

の 「

傍 流」 」

幕末

明 治 初 期 の明

朝 体

以 外の活 字 書 体 につ い て分 析

解 説 を おこなっ てい る

こ のよ うな ま とまっ た記 述 は 日 本で 初 めての こ とで

府 川

の調

精 密

さが 理

でき る

論考

であ る。

は 国 立 国 会 図

国立公 文

書館

大 学 法 学

部新

聞 雑

文 庫

印 刷 図 書 館 をはじめ とし て

各大 学

特殊 文 庫他

資 料

の ほ と ん どに眼を通 し て い る

そ の時

の 印

刷物

信 頼

で き る資 料と み なす 調 査

法 は

の遠 く なるよ う な

行 為

だ が

み ごとに

や り終

大 資 料 集 『珍 録

三省 堂

2004

年 )

と し て

実し て い る

7 .

和 文

研 究

進 展

 いま まで み てき た よ う にこれ まで の和 文 書 体 史 研 究 は その出 発 点 に おいて多 くの 問 題 を 持っ ていた

そ れ ら を 研 究 デ

マと して解 明 す ることで

矢 作 勝 美 氏の 『明 朝 活 字 』 を 最 後に停 滞 して いた

書 体 史

しい

方 向性

た えたのが 『

活 字

の 歴

柏 書房

2000

年 )

であっ た

本 書は

6

編の論 文で

成 さ れてい る が

そのう ちの

3

編 が 近 代 活 字 につ いて の 論 考である

 

鈴 木

光 氏 は 「 ヨ

ロッ パ

に よる

漢 字 活 字

開 発

   

図6 『活 字歴史 事 典 』 柏 書 房

2000

∵欝:

(7)

新 しい活 字 史 研 究は氏に よっ て展 開さ れて き た とい っ てもい い 過

ることは ない

わ た くしや

気 鋭

の研

究者

氏の

熱 意

努 力

後 押

しさ れて いるの であ る。

 

実 証 的 手 法の採 用は

ャン

ル が伝え た蝋 型 電 胎 法の技 術 再 現 に も か か わっ て く る

蝋 型

胎 法

は 昭

40

年代 後 半

に 可

を終え た ま ま そ の技 術の記 録は な され ずに い た

職 人の物

機 材

廃 棄

な どが

な り

書 籍

だ けの

技 術

であっ たが

会 社

モ リ サ ワ の

熱 意

と努

で再 現

験 がお こ なわ れ

元に

した。 長

崎諏 訪神 社 所 蔵

木 彫 種 字調

査 と

元 記

は 『日

の 近代 活 字

 本 木

昌 造と そ の 周 辺』

分か

保 存 会

2003

年 )

収 録

てお り

貴 重 資 料

になっ て い る

 

活 字

史 事 典

』の

編集

じ た 研

究 者

不 足 も

こ こ

年で若 く先 鋭 的な研 究

っ て い る こ と を

実 感

し た の が 『

活 字 印 刷

文 化 史

勉 誠 出 版

2009

年 )

制 作

であっ た。

本 書

は キ リ シ タ ン版か ら 近

活 字ま で の

10

を収

し て い る。 そのな かで

近 代活 字 研 究

論 考

6

そ の

き な

は 日

中 国

国の 研究 者 が

加し て漢 字

仮 名

書 体の開

発 状 況

論 究

して い る ことである。

府 川

氏 達 と 『

印刷

研 究

』 を

創 刊

し た とき

そ の目 的は菓アジア の研 究 者 が

まっ て印 刷 史

究 を 進 める こと

過 去の研 究 方 法 や 結 果 に

ら ず 新 しい成

を 生みだそ うとい うもの であっ た。 そ の意

は同

である

達 成でき た と思わ れる。

  若

中 国

者 孫 明

遠 氏の 「

紀 前

に お ける中

人 による 「

倣 宋

体」 と 「

書 体」 の開 発」 は

中国 の印 刷 史 研 究 に

しい

視 点

と 成

を も た ら した という 意 味で重 要 な 論 考 とい える

国 の発 明 活 字歴 史中 国 人 が 書 く 」 とい う 張 秀 民

生の生 涯 を か け た 努 力 が 多 くの研 究 者 を 生 んで いる が

近 代 活 字の研 究 は 何 歩 雲 先 生の論 考 「中 国 活 字 小 史 」 (初 載 は 『中 国 印 刷 年

ljSD

再 録活 字 印 刷 源 流 』 印 刷工業 出 版 社

九 九 〇

年 )

後 に

論 考 は

か れ

考の主 要 部 分 を し める上 海で の宋 朝 体 と楷 書 体の開 発 史 は 長 く 「定 説 」 として引 用 さ れて き た が

孫 氏は上 海 図 書 館

上 海

市 档案 館

活 字

の企

資 料

渉猟

かっ

くの関

者へ の インタ ビュ

に よっ て見

に 書 き

えている。 国 際 都 市上海に おける

九二〇 年

か ら 三〇 年 代

欧 米の潮 流を導 入 し た

商業

イ ンが 展

るなか

によっ て

独 自

意 識と感 性で開 発 され て い く宋 朝 体と楷 書 体の多 様さを発掘し た 労 作であ る

そ して多 く の 中 国 人 が 印 刷 事 業 に

入 す ること で

欧 米 人に よ る こ の分 野で の独 占状 態を崩 壊さ せ

印 刷 技 術

で も

立し て い く

子を

い て い る。

国は

い研

究者

を得 た とい えるだろう

  この と き 開 発 さ れ た 宋 朝 体 と揩 書 体の

部 は

昭 和

IO

年 初 頭 日 本 人の手に よっ て密か に持ち出され

無 断で複 製され 活 字 見 本 帳に自

独 自の

書 体

と して

掲 載

さ れ

け た。

48

デ ザ イン字研 究 特集 号

speclal  IssUe  Ofjapanese  seOPety  fOr the ScEenCe Of deS/gn

VQ目7

2 No

 

66 2010 図7 『文 化 史 』勉 誠 出版

2009 年

 

1860

年 上 海に拠 点 を 移 し た 美 華 書

外 国 人

営の印 刷 所 と して

規模

と 技

って いた

しか し

美華 書 館

の実 態 は 日 本の活 字 史で詳 し く 語られる こと は な かっ たの は前に記 し た

こ の印 刷 所 が は じ めて 日 本 に 紹 介 さ れ たのは

昭 和

16

1

月 刊の 『

印 刷 雑

』掲

の 「中

国 印 刷術

の発 達に

きて」であっ た

こ の文

は 商 務 印 書 館 創 立

35

の記 念 出

最 近

五 年 之 中

教 育』 に 収 録の 「三 十 五

年来

印刷 術

」 を

中 印 書 局の杉 山 憲

が 翻 訳した もの である

こ こ に は中 国にお け る 北 米 長 老 会 印 刷 所の簡 単 な 歴 史 や

ウ ィ リアム

ギャンブ ル や リチャ

ル の名 前 がみ え る

これ 以 降の美 華 書 館 関 係の紹 介 は

前 述の川 田 久 長の 『活 版 印 刷 史 』や 『季 刊 プ リ ン ト』 を 待っ ことに なる

  宮 坂 弥 代 生 氏の論 考 「美 華 書 館 史 考

開 設 と 閉 鎖

名 称

所 在 地 につ いて」 は

につ いて外

くの文

猟 しそ の実 態 を 明 ら か に し た もの である

宮 坂 氏の研 究テ

マ は 美 華 書 館であ る が

ま だ 研 究 は 半 ばで完 結 していない

そ の

果 が

結 実

し た と き 美 華

書館

の全 貌 が 明 ら か に なるは

であ る

この 論 考 は 美 華 書 館の閉 鎖 にい た る 関 係 者の回 想で し め く くられて い るが

そこ に は 孫 明 遠 氏 が 明 ら か に し た

中 国 人 経

の印 刷 所の

営 業 攻 勢

に 翻 弄 さ れ る 姿 が 描 か れている

 

華 書 館

の名を

め たギャンブル と そ の活 字につ い て精 力 的 に 調 査 して いるのが

吉郎

氏である。

はア メ リ力

議 会

館 ギャン ブルコ レ クションに ある活 字 や 種 字

見本 帳 等 を 直 接 調

その報 告 を 『デ ザ イ学 研 究

2009

』 に発 表 して い る

い ま ま で知り

な かっ た

ャ ンブル由 来の現 物 を 直 接 調 査

測 定 する こと は

印 刷 物 から では わ からない 「

事 実亅

え て く れ る

日 本の近 代 活 字の出 発 点 が 解明されつ つ ある こ と は

字 史

の大き な進 展であ る。 宮 坂 氏の研 究 と と も に 美 華 書

図 7   『 活 字 印 刷 の 文 化 史 』 勉 誠 出 版 、 2009 年   1860 年 上 海 に 拠 点 を 移 し た 美 華 書 館 は 、 外 国 人 経 営 の 印 刷 所 と し て 規模 と 技 術 を 誇 っ て い た 。 し か し 美華 書 館 の 実 態 は 日 本 の 活 字 史 で 詳 し く 語 ら れ る こ と は な か っ た の は 前 に 記 し た 。 こ の 印 刷 所 が は じ め て 日 本 に 紹 介 さ れ た の は 、 昭 和 16

参照

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と言われた経験を持つ。また、犬神について H 家の義両親は S・H さんに一度も言わなかった

Dorezal, The Middle Byzantine Lectionary: Textual and Pictorial Expression of Liturgical Ritual , Ph.D., University of Chicago, 1991, 269,

研究上の視点を提供する。またビジネス・コミュニケーション研究イコール英