• 検索結果がありません。

経済学入門としての経済学史 : 教育学部での経済学の講義を題材として

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "経済学入門としての経済学史 : 教育学部での経済学の講義を題材として"

Copied!
7
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

Ⅰ.はじめに

 教員養成系の教育学部で経済学を初めて学ぶ学生は, 経済学入門としての経済学について何から学べば良い のだろうか。経済学はミクロ経済学やマクロ経済学と いう「標準化」された教科書を有するから,こうした 問は不要であると考えることもできる。通常の経済学 の入門書であれば,2)政府,家計,企業の経済三主体 の図を提示した後,巨視的分析と微視的分析を提示し, マクロ経済学とミクロ経済学の基礎を学ぶことが通例 であろう([3][8][11])。標準化された経済学に よって,経済学を学ぶならば,最も論理的でシンプル な科学を武器とし,現実の問題を科学的に解決する。 「社会科学の女王」として経済学が君臨してきた理由 は,制度化された学問として経済学が確立しているこ とによる([7][9])。  しかしながら,事態はそう単純ではない。というの は,教育学部で経済学を初めて学ぶ学生が,こうした シンプルで「標準化」された論理を,数学やグラフに よる理論から多くを学習しても,現実の経済問題につ いて具体的なイメージを描くことは難しいからであ る。3)もちろん,経済学部で学生が経済学を段階的か つ体系的に学んでいくならば,高度な純粋理論を習得 することは可能だろう。しかしながら,経済学部以外 の学生が入門と名のつく経済学の教科書を初めて手に 取って学んでも,そうした純粋理論で描かれる世界を 理解することは容易ではない。教育学部に入学する学 生は,政治・経済,倫理,現代社会,世界史,日本史, 地理といった社会系の学問を比較的よく勉強している が,高校の「政治・経済」の「経済」を見るならば明 らかなように,高等数学を用いて論じている「政治・ 経済」の教科書はほとんど存在しない。「政治・経済」 を履修せずに大学に入学する大学生もいることを想定 するならば,大学の入門では,高校の「政治・経済」 の復習から講義をスタートさせることが求められ る。4)  本論文では,以上の問題意識を踏まえて,大学教育 における経済学教育に注目し,教育学部における経済 学入門としての経済学史の可能性を論じるものである。 著者が勤務する教育学部(教員養成系)の社会科教育 講座では,経済学全般(経済理論・経済政策・経済 史)を網羅的かつ初歩的に講義することが求められる。 なぜならば,教育学部においては,小学校の社会科・ 中学校の「公民分野」および高校の「政治・経済」に 通底する経済学を講義する必要があるが,経済学部と 違って,段階的かつ体系的に経済学の各々の科目が開 講されていないからである。5)経済学史は世界史や日 本史,現代社会と関連しているため,また数学をあま り用いないため,初学者にとって経済学史を理解する ことは比較的容易である。  本論文では,ミクロ経済学やマクロ経済学の研究や 教育を重視しつつ,多様性と複眼的思考を認める点か ら,経済思想史教育の積極的な可能性を論ずるもので ある。6)経済学入門としての経済学史教育の意義につ いて,授業アンケートを参照しつつ,(1)経済学の 導入・初歩としての長所(2)理論・政策・歴史の三 位一体の体得(3)他分野との隣接・融合性,の三点 から再検討する。

Ⅱ.経済学入門としての経済学史に関する

授業アンケート

 執筆者の勤務する埼玉大学教育学部では,「経済学 概論」および「経済学特講(隔年で A,B)」が開講 されている。いずれも2単位で半期 15 回分の講義で ある。「経済学概論」(主に1年生対象)では,ミクロ 経済学,マクロ経済学,財政問題,金融問題,応用経 済学,現実の経済問題等を勉強しつつ,経済学史の教 育を行っている。「経済学特講」(主に3年生以上対 象)では,応用経済学の教育を行うと同時に,様々な

経済学入門としての経済学史

─教育学部での経済学の講義を題材として─

1)

 

The Journal of Economic Education No.33, September, 2014

History of Economics as an Introduction to Economics : A Subject of Lectures on Economics in the Faculty of Education

Kimura, Yuichi

(2)

古典を読みつつ経済学史の教育を行っている。執筆者 は,2013 年度前期の講義最終日に,両科目の受講生 を対象に経済学史教育に関するアンケートを実施した。 順に紹介する。  第一に「【問1】経済学の入門として経済学史を学 ぶことは役に立っていますか」というアンケート項目 を実施した。それに対する回答は【グラフ1】である。 その選択理由については【問1の選択理由】である。 【問1】経済学の入門として,経済学史を学ぶこ とは役に立っていると思いますか? 1.非常に役立っている。 2.まあまあ役立っている  3.それほど役立っていない 4.まったく役に立たない  【グラフ1】 0 10 20 30 40 50 選択肢 人数 経済学概論 経済学特講 1 2 3 4 【問1の選択理由】 ・講義を通して,私がとても興味を持ったのは, ベンサムや J.S. ミルの功利主義の考え方だ。こ の二人は,高校の社会科科目で一度勉強したが, その時は,倫理の中で学び一人の思想家として 学んだ。もちろん二人の人物の考え方はとても 素晴らしいものであり,幸せも計算するという 発想は新鮮であった。この二人が経済学の分野 に関連しているのは気がつかなかった。そのた め経済学の視点から二人の考えを学ぶという経 験ができた。物事を違う角度から見ることがで きた。 ・先人の考えを踏襲して研究を進め,自分なりの 結論を出すことは普通のことである。よって経 済学史を最初に学ぶ手法も間違いとは思わない。 ・今までの経済思想の積み重ねが重要だと思うか ら。 ・カール・マルクスやマックス・ウェーバーと いった高校でよく耳にしたり,重要とされてき た人たちだけでなく,ウェッブ夫妻やハイエク といった名前だけ知っていた人々についても知 るきっかけとなりよかったです。 ・経済学史を学ぶことで,どのような人がどのよ うな考え方をしたかを知ることによって,経済 学の成り立ち,考え方がわかるから。また,そ の時の時代情勢と人物が唱えたことを加味して, これから現代の経済が悪化したときの対処法等, 現代に生かせることを学べるから。 ・学問の歴史を学ぶことで,過去に学問を研究す る過程で行き詰まったとき,先人たちはどのよ うな論点,視点から問題解決に向き合っていた のかを知ることができたから。また,学問の歴 史を学ぶことで,学問の対象や方法を理解でき, それによって学問全体の見取り図を理解するこ とができたから。 ・歴史の流れにそって経済学について教えること により,どのような時代背景によって経済学が 発展してきたかを知ることができると考えるか ら。 ・今まで経済学について詳しく学んだことがあり ませんでしたので,経済史とともに世界史につ いても知ることができたことが良かったと思い ます。 ・現在の経済学以前の思想を経て成り立っている から。アダム・スミスの「神の見えざる手」か ら始まり,一度ケインズらにより大きな政府の 考え方が広まり,そしてまた小さな政府の考え 方に帰結するという歴史の波の中で成り立って いるから。 ・今日,現代社会に生きる私たちは経済とは切っ ても切りはなせない関係にあると思います。ふ るきをたずね,新しきを知るという言葉がある ように,今の経済を知るためには経済学の歴史, とりわけ資本主義成立後の経済の歩みについて 学ぶことは非常に重要なことだと思うからです。 ・アダム・スミスやマルクスなど経済をとらえる 様々な見方や思想が今日の経済状況の捉え方や 矛盾,今が昔と変化してきたことなどを知る きっかけになると思ったから。経済学史を学ぶ ことによって,経済形態が生まれた過程や今後, 先の経済のことも予想できると思ったから。 ・経済学を始めて学ぶ者として経済のことだけで なく,経済学がどのようにできたか,どのよう な経済学者がいて,どのような思想を持って,

(3)

どのような批判をしたかが分かった。高校で政 経をとらなかったので分からないことが多かっ たが,しっかりと学ぶことができた。 ・現代行われている政策だけでは,なぜ今これが 適切だと行われているのかわからないと思う。 経済学の歴史をつかんでおけば過去の成功や失 敗,それによる影響をふまえて今の現状を考え ることもできるし,その後のことも予測できる と思う。そのような知識があれば,経済学だけ ではなく,今の政治も理解して,より政治に参 加しやすくなるのではないかと思う。  第二に,「【問2】経済学の勉強において,思想や歴 史の勉強はどのくらい大切だと思いますか」というア ンケート項目を実施した。それに対する回答は【グラ フ2】である。その選択理由については【問2の選択 理由】である。 【問2】経済学の勉強において,思想や歴史の勉 強はどのくらい大切だと思いますか?○をしてく ださい。 1.非常に重要である 2.まあまあ重要である 3.それほど重要ではない 4.まったく重要ではない 【グラフ2】 0 1 2 3 4 10 20 30 40 50 60 70 80 経済学概論 経済学特講 人数 選択肢 【問2の選択理由】 ・思想よりも理論の方が重要視される風潮を感じ るから。 ・経済学の基本的知識を理解するにあたって,そ れが,どのような状況から,誰が言ったかなど が大切になると思うので,思想や歴史は大切で ある。 ・経済学の流れや基礎知識を理解するのに役立つ から。 ・自分の生活の中から見出す経済法則を思想・考 え方として学びたいから。ケインズやシュン ペーターの考え方を自分の考えのヒントにしたい。 ・思想がその時代の様々な事象にどのように対応 して生まれたか調べることは現代の経済を考え る上で意味のあることだと思う。 ・ミクロ・マクロ経済学の基礎を学ぶことはもち ろん大切だが,歴史の流れの中で,どういう事 象があり,どう考えたかを知ることが特に大切 だと思うから。 ・ある考えを理解しやすくなるための一つの選択 として勉強するのがいいのではないか。やらな いよりは絶対やった方が経済学が理解しやすい と思う。 ・その経済理論がでたときの時代背景などは経済 学者に与えうる影響が少なくないと思うから。 ・経済思想とそれに関する歴史なら役に立つが, 思想と歴史をその当時の経済と結びつけて考え るのは非常に高度である。今の大学生の現場か ら,まずは経済学概論や研究入門の内容をしっ かりみにつけなければならない。 ・歴史を学ぶことで,その学者の理解がより深く なると思ったから。 ・思想や歴史は,経済学の基礎となるので,それ をきちんと学ぶことが,経済学を勉強する際に 大切になると思う。 ・経済学を学ぶと自分の生きている社会がよく見 えてくるし,何よりもまわりの世界に興味をも つきっかけになると思うので,経済学を学ぶ学 生や経済学に関わる仕事をしている人以外も学 ぶのは良い。 ・経済学に限らず,様々な学問において思想や歴 史を勉強することは大事だと思う。 ・その時々で採用された政策,方針などの背景に 存在するものであり,それを理解してからでな いと,理解が難しいと感じたから。 ・過去の経済の歴史があって,今の経済があると 言うことが分かると経済学や,過去の経済につ いての理解が深くなると考えるからである。 ・選挙等で政党を選ぶ際,ある程度の思想や歴史 を知っていれば,メリットしか言わない政党な どにだまされることなく,自分の判断基準が確 立される。 ・経済思想の変遷と,それを刺激した歴史上の出

(4)

来事について知らなければ,ある一つの経済思 想を正しく理解することはできないと考えるか ら。 ・現在の経済の仕組みに至るまでに,様々な考え をもつ経済学者がいてそれらが取捨選択されて きた経緯を知ることは必要と考えるため。 ・世界における恐慌やハイパーインフレ等の経済 問題やそれの解決は時代背景やその国の経済思 想が強く影響しているため,その時代背景や思 想を知ることで経済学をより深く学ぶことがで きると思う。 ・ミクロとマクロを学ぶことももちろん重要であ るが,思想や歴史を学ぶことでよりミクロとマ クロを深めることができる。 ・ただ経済についての仕組みや理論だけを勉強す るよりも実際の経済を思想(その時代の状況) や背景から学ぶ方が,ただ理論を知るよりも深 い理解ができると思うから。 ・ある経済学説が力をもつのは,その時代にあっ た経済思想に基づいた学説であると思う。した がって経済思想を理解することは経済を理解す る上で大切だと思う。  第三に,「【問3】経済学史の勉強は,経済理論・経 済政策・経済史の三つを体得することに役立つと思い ますか」というアンケート項目を実施した。それに対 する回答は【グラフ3】である。その選択理由につい ては【問3の選択理由】である。 【問3】 経済学史の勉強は,経済理論・経済政 策・経済史の三つを体得することに役立つと思い ますか?○をしてください。 1.思う  2.思わない  【グラフ3】 【問3の選択理由】 ・経済で起きる不況などは,ある程度繰り返しの 部分もあると思うので,そこでの理論・政策・ 歴史を学ぶことによって現代に生かせるものが たくさんあると思います。 ・経済政策や経済史は経済学史の分野と重複する 所もあるので,経済学史を学ぶことに意味はあ る。一方,理論については学史というよりはモ デルの構築を学ぶことが重要なので,学史を学 ぶことはあまり役立たないと思う。 ・昔の経済政策の失敗から,今の経済政策に活か せるから。 ・経済理論・経済政策は,どういう状況で,どん な時代で生まれたか,採用されたかは,理論・ 政策だけで考えるのではなく,歴史から視る必 要があると考えたから。 ・何にでも応用できるのが経済学史なので,それ を基盤におくことで経済(全体)について理解 できると考えるから。 ・自身が経済主体として活動する中でそれらの知 識を持たずして生活を営んでいくのは難しいと 感じたから。 ・①理論があり②政策がそれを採用し③経済史が 生まれるという流れがあるため,③を学ぶこと は①②も必然的に見ることができるため。 ・歴史の中の様々な思想や現場を学ぶことが上記 の三つを体得することにつながると思う。 ・理論や政策は必ずその時代の不況が絡むことが 多いと思うので,その歴史を学ぶことでより理 論・政策を深く理解できると思うから。 ・現代の政策の決定にも大きく役立つと考えるか ら。 ・経済理論・経済政策・経済史のいずれにも共通 するべきことが多いと思うから。 ・その理論に至るまで,どのような変遷を辿って きたのかということがわかることで理論の見方, 捉え方,政策への批判等が充実してくると思っ たため。 ・歴史は繰り返すとは良く言ったもので,一つの 経済が非難されたかと思えば,その経済が良い 政策として扱われたりと様々な経済学を経て今 に至っているので,経済学史を学ぶことは三つ の体得に役立つ。  第四に「【問4】経済学史の他分野との隣接・融合 0 20 40 60 80 100 人数 選択肢 経済学概論 経済学特講 1 2

(5)

性についてあなたはどう思いますか?(例えば,倫理 学や歴史学,社会学)」というアンケート項目を実施 した。その回答は,以下の【問4の回答】の通りであ る。 【問4の回答】 ・様々な思想や政策が生まれるのにも,必ず倫理 的観念や模範が必ず存在するため,隣接する。 ・今までの歴史学を学んできたなかで,歴史学は 経済学史と少なからず関連があり,たとえば, 革命のような出来事は経済学史と密接な関係が あると思った。 ・経済学史を学ぶことで,当時の経済状況等がわ かり,それは社会と大きく関わっているため, 社会学や歴史学との関わりは大きいと思う。そ ういった違った視点から社会を見ることで,同 じことを学んでいても,さまざまな気付きや共 通点,違いが見えてきて面白いと思う。 ・当時の経済学者たちが説いた理論に歴史的な社 会状況が深くかかわっているので,経済学史は 他分野ともかかわり合っていると思う。 ・社会科の学問は基本的に密接していると思う。 歴史学については先ほど述べた通りで,経済の 動きによって社会学にも影響する。 ・どの社会科教育においても,経済学史は結びつ いてくるので,内容をふくらませるためにも重 要であると思う。 ・政治との関わりは密接だと思う。 ・経済思想史は歴史学,経済政策は社会学に密接 に関連している。 ・歴史学と関わりはあるだろうし,社会学や地理 学でも同じ学者の名前を見ることもあるので, 関係あると思います。 ・経済学者の出身国によって考え方も変わるし, 時代背景も関わっているので,かなり幅広いと 思います。 ・歴史,倫理,政治等社会科すべてを総合的に学 習すべきだと思う。 ・数学,世界史,日本史,地理。数学は計算能力 向上のため。その他の科目は,実際に経済がど のような動きをしてきたのかを学ぶため。 ・経済学史は経済学の根本にあるものだと思うか ら,経済史は絶対に必要な科目だと思う。 ・歴史,公民,経済などたくさんの知識をとりい れつながりをもたせて考えてみること。  【問1】〜【問4】の項目のアンケート結果を見るな らば,経済学史という科目に対して,好意的な結果が 得られている。もちろん,「経済学概論」と「経済学 特講」という限られた科目で得たアンケート結果であ ること,授業者の専門領域が,経済理論・経済学史で あることを考えるならば,この資料だけを用いること は限定的である。7)しかしながら,その点を措くとし ても,教育学部で経済学を初めて学ぶ学生が,「入門 としての経済学」としての経済学史や経済思想史教育 に一定の評価を与えていることは理解することができ るだろう。

Ⅲ.経済学教育と経済学史

 アンケート結果で得られたように,経済学史教育は, (1)経済学の導入・初歩としての長所,(2)理論・ 政策・歴史の三位一体の体得,(3)他分野との隣 接・融合性,について優れている。近年,実学志向が 強まる中,経済学史教育のような歴史や思想・教養教 育は,ややないがしろにされている([4][6][9])。 しかしながら,現実の問題を考えるときに過去の思想 や理論は重要であるばかりでなく,将来社会科を教え る学生にとって経済学の歴史を十全に理解しておくこ とが肝要である。以下では,(1)〜(3)の項目につ いて,整理する。 (1)経済学の導入・初歩としての長所  経済学を導入するとき,どのような過程で経済学と いう科目が誕生し,どのような経済学者が登場し,経 済学という科目がいかにして確固たる科目としての地 位を獲得したのかという点を議論することから始まる であろう。需要曲線や供給曲線というものを用いて, 価格メカニズムや市場の仕組みを理解することはもち ろんである。しかしながらどのようにして供給曲線や 需要曲線が誕生したのか,という本質的な問題を理解 した上で,ミクロ経済学やマクロ経済学の領域がある と考えるならば,経済学史教育というのは有効である。  経済学は数学を利用するが,それは論理を表現した ものであり,数学を学ぶ学問ではない。経済学のロ ジックを学ぶためには,過去の経済学者の思想や理論 をまず徹底的に学び,その上で,数学を学ぶことが重 要である。この手続きが逆転するならば,すなわち数 学を学び,その上で,価格決定や市場メカニズムのロ ジックだけを学ぶならば,教育学部の学生は「経済学 =数学」と誤解し,社会科における経済学教育にとっ

(6)

て本末転倒が生ずる(経済数学の重要性を否定するも のではない)。 (2)理論・政策・歴史の三位一体の体得  経済学史は,理論,政策,歴史の三つの領域を理解 する必要がある。理論だけを学び,経済問題を議論し ても意味がない。むしろ全体の通史として,過去から 現代までどのような経済思想の状況であったのかとい うことをつかむことができて,はじめて,理論,政策, 歴史について学ぶことができる。歴史は過去との対話 である(E.H. カー)。経済学史は,理論ばかりでなく, 歴史,過去の政策についても,研究対象としている。 その意味でも,地歴・公民全体としての「社会」を学 ぶ学生にとって,経済学史は重要な地位を占める。 (3)他分野との隣接・融合性  経済学史を学ぶならば,西洋史,東洋史,日本史, 社会学や地理学そして倫理学など,さまざまな領域に ついても視野を広げることが可能である。これは社会 科の教員にとって重要であろう。なぜなら,社会科と いう科目を学ぶためには,人文・社会科学(公民)は, 地歴と隣接し相互に関連する必要があるが,経済学史 は(2)でも論じたように,隣接・融合性の観点から 実にバランスのとれた議論を提供できるである。  以上のように経済学史教育の積極的意義を論じてき たが,もちろん経済学史の限界は存在する。経済学史 は,経済学全体を鳥瞰する見取り図を理解することに は役立つが,政策提言や理論構築に対する具体的な議 論を考察する場合,その積極的な意義が求められる。 もう少し言えば,財政学や金融論といった応用経済学 と比べて,経済学史はあくまでも経済学の見取り図と も言うべき羅針盤と地図を与えていることに過ぎない のである。教育学部において,経済学全体を学ぶため には,やはり財政や金融等の現実の経済についての学 習も不可欠である。しかしながら経済学史は,そうし た経済学全体の地図として,複眼的かつ相対主義的に 社会を直視する学問である。したがって,経済学史は, 経済学全体がどのような学問なのかを学ぶ重要な導入 として位置づけられる。

Ⅳ.おわり─総合的な「社会科学」に戻る

有効な手段として

 かつては,社会科学と言えば,アダム・スミスや カール・マルクス,ケインズなどの古典を読むことで あった([6])。ところが,経済学の教科書が制度化さ れるにつれて,経済学は画一化された学問となった。 もちろん,社会経済学やポストケインジアンによる経 済学の教科書も編まれているものの,近年の経済学部 ではスタンダードな経済学を学ぶことが有力な状況と なっている。学問が標準化されることはその学問の普 及に役立つ。しかしながら,経済学は自然科学に比べ て,それほど精緻な学問ではない。現に,多くの経済 学者がいるにもかかわらず,金融恐慌や経済危機に対 して,理論で描くように優れた処方箋を発揮すること が困難である。「経済学の危機」と言ってもよい状況 が続き,「社会科学の女王」と呼ばれた経済学は迷走 しているかのようである([4])。この原因は,標準化 された理論をそのまま現実に当てはめることができな いことにある。現実の問題をより深くつかむためには, 経済学の理論を学ぶことが重要であることは当然であ るが,経済学以外の様々な科目を総合的に学習し,幅 広い視野を持つことが重要である。それが「社会」科 であろう。その意味で,教育学部において,初めて経 済学を学ぶ学生のために,経済学史の教育が重要であ る。経済学史は,複合的かつ相対主義的な視点を学生 に提供し,様々な学問を接続の役割を担っている点で, 総合的な「社会科学」に戻るための有効な手続きとし て,位置している([1][2][5])。 註 1) 本稿は,第 29 回経済教育学会全国大会(2013 年 9 月 29 日(日),滋賀大学教育学部)で報告した原稿に依拠して いる。司会者の先生,及び当日貴重なコメントをくだ さった先生方に感謝する。なお本稿では,経済学史と経 済思想史を同義とし,本文中ではそれらを経済学史とし て表記を統一する。 2) もちろん,経済原論や社会経済学を経済学の入門科目の 一つとして設置している大学も数多く存在する。高校の 「政治・経済」の教科書は,様々な学説をバランスよく紹 介している([10],cf.『現代の政治・経済』山川出版社, 『政治・経済』実務出版,『政治・経済』一橋出版,『新政 治経済』桐原書店)。 3) たとえば,私が教育学部に着任し初めて講義を行った時, 微積分による数学から話を始めた所,一部の学生から理 解することが困難である,という授業アンケートを得た 経験がある。 4) もちろん入学してくる年度によって学生の関心は異なる。 5) 経済学部ではこうした問題は生じないのかもしれない。 しかしながら,入門としての経済学は教育学部でも経済 学部でも同じである。 6) もちろん教育学部における経済学教育は様々な教授法が 存在する。教育学部は経済学部と異なり,体系的な経済 学教育というよりは社会科を教えるためのカリキュラム の一つとなっている。そのため本稿はあくまで他の教授 方法を否定するものではなく,一つの提案である。なお, 経済学部では,経済思想史や経済学史といった科目は, 現状維持か場合によっては廃止される方向性にある([12] p.92)。 7) 本稿におけるアンケート結果は,あくまでも教育学部で 経済学を学ぶ学生がどのように考えているのかという一

(7)

事例としての紹介として理解されたい。アンケートによ るデータを増やし,多変量解析を行うことで,経済学史 教育の意義を考察することは今後の課題である。 参考文献

[1] L.Robbins,“EconomicsandPoliticalEconomy”,The Amer︲ ican Economic Review,Vol.71,Supplement,May,1981, pp.1-10.

[2] Schumpeter,J.A.History of Economic Analysis,Oxford UniversityPress.1996. [3] 伊藤元重『入門経済学(第三版)』日本評論社,2009 年。 [4] 猪木武徳『経済学に何ができるか』中公新書,2012 年。 [5] 塩野谷祐一『シュンペーター的思考─総合的社会科学の 構想』東洋経済新報社,2005。 [6] 内田義彦『社会認識の歩み』岩波新書,1971 年。 [7] 佐和隆光『経済学とは何だろうか』岩波新書,1982 年。 [8] スティグリッツ,ジョセフ,E.著,薮下史郎翻訳『入門 経済学(第四版)』東洋経済新報社,2012 年。 [9] 根井雅弘『経済学とは何か』中央公論新社,2008 年。 [10]藤井剛『詳説政治・経済研究(第二版)』山川出版,2010 年。 [11]マンキュー,N.グレゴリー著,足立英之他訳『入門経済 学』東洋経済新報社,2008 年。 [12]八木紀一郎「経済学の学術体制」池尾愛子編著(『日本の 経済学と経済学者』日本経済評論社,1999 年。

参照

関連したドキュメント

鈴木 則宏 慶應義塾大学医学部内科(神経) 教授 祖父江 元 名古屋大学大学院神経内科学 教授 高橋 良輔 京都大学大学院臨床神経学 教授 辻 省次 東京大学大学院神経内科学

1991 年 10 月  桃山学院大学経営学部専任講師 1997 年  4 月  桃山学院大学経営学部助教授 2003 年  4 月  桃山学院大学経営学部教授(〜現在) 2008 年  4

奥村 綱雄 教授 金融論、マクロ経済学、計量経済学 木崎 翠 教授 中国経済、中国企業システム、政府と市場 佐藤 清隆 教授 為替レート、国際金融の実証研究.

  中川翔太 (経済学科 4 年生) ・昼間雅貴 (経済学科 4 年生) ・鈴木友香 (経済 学科 4 年生) ・野口佳純 (経済学科 4 年生)

一貫教育ならではの ビッグブラ ザーシステム 。大学生が学生 コーチとして高等部や中学部の

○経済学部志願者は、TOEIC Ⓡ Listening & Reading Test、英検、TOEFL のいずれかの スコアを提出してください。(TOEIC Ⓡ Listening & Reading Test

経済学研究科は、経済学の高等教育機関として研究者を

「AI 活用データサイエンス実践演習」 「AI