Title
カーン・カナダ社対モンゴル政府事件 (二・完) :
「間接収用」に対する仲裁判断
Sub Title
Khan Resources Inc. v. the government of Mongolia : arbitral award
on "indirect expropriation" (2. end)
Author
櫻井, 雅夫(Sakurai, Masao)
Publisher
慶應義塾大学法学研究会
Publication
year
2019
Jtitle
法學研究 : 法律・政治・社会 (Journal of law, politics, and
sociology). Vol.92, No.6 (2019. 6) ,p.29- 67
Abstract
Notes
資料
Genre
Journal Article
URL
https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?ko
ara_id=AN00224504-20190628-0029
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カーン・カナダ社対モンゴル政府事件(二・完) はじめに 一 プロジェクトの概要 二 摩擦・紛争の経緯 1 旧モンゴル=ソビエト間秘密協定 2 国際合弁会社CAUCの設立 3 ライセンスの停止 4 ライセンス再登録の要求 5 モンゴル=ロシア合弁会社設立政府間協定 6 ロシア側からの敵対的買収 7 モンアトム=カーン・カナダ間了解覚書 8 了解覚書をめぐる紛争 9 モンゴル行政裁判所への提訴 10 モンゴル=ロシア合弁会社設立契約書 11 カナダ・オンタリオ州高裁と控訴裁への提訴 (以上、九十二巻五号) 三 仲裁裁判 1 ロシア政府の関与 2 収用的かつ不法な待遇 3 申立人・被申立人とプロジェクト 4 準拠法 5 争点 6 申立人の主張の法的根拠 7 収用と同等の政府行為 8 対人管轄権に関する争点 9 事物管轄権に関する争点 10 エネルギー憲章条約における利益否定条項 11 不法収用の申立て 12 収用申立ての実質手続的側面 13 エネルギー憲章条約におけるアンブレラ条項 14 損害額 15 最終判断 16 パリ控訴院への申立て
櫻
井
雅
夫
カーン・カナダ社対モンゴル政府事件(二・完)
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「間接収用」に対する仲裁判断
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資 料
法学研究92巻6号(2019:6) 17 最終支払と関係企業売却 まとめ (以上、本号)
三
仲裁裁判
1 ロシア政府の関与 このドルノド・ウラン事件では、同じモンゴルで生じた 紛争すなわちオユ・トルゴイ・プロジェクトに関わる「ア イ ヴ ァ ン ホ ー・ マ イ ン ズ 事 件 」 )(6( と ゴ ー ル デ ン・ イ ー ス ト・ プ ロ ジ ェ ク ト に 関 わ る「 パ ウ シ ョ ク( Paushok ) 事 件 」 )(6( の 二つとは違って、カナダ系企業の事業活動実施中に、投資 受入れ国たるモンゴル政府にとどまらず第三国のロシア政 府が関与している可能性が高い。 ( 62) オユ・トルゴイ・プロジェクトに関しては、注 48およ び同補図 1参照。 ( 63) Under the Arbitration Rules of the UNCITRAL in the Proceeding between Sergei Paushok, CJSC Golden East Company, CJSC Vostokneftegaz Company ( Claimants ) and the Government of Mongolia Respondent ). Award on Jurisdiction and Liability. April 28, 2011. パ ウ シ ョ ク 事 件 に お け る ゴ ー ル デ ン・ イ ー ス ト 社 の 所 有構造は、補図 3のとおりである。 こ の 事 件 は、 ロ シ ア 政 府 が 介 入 し た と い う も の で は な く、 ロ シ ア 人 自 身 が 自 己 の 鉱 業 プ ロ ジ ェ ク ト に 関 し て 争 っ た も の で あ る、 ウ ィ ン ド フ ォ ー ル 利 潤 税 法( Windfall Profit Tax Act. W P T 法 ) に 基 づ く 六 八 パ ー セ ン ト の W P T 徴 収 と 二 〇 〇 六 年 鉱 物 資 源 法 に よ る 一 〇 パ ー セ ン ト ま で の 外 国 人 雇 用 制 限、 そ の 他 関 連 諸 措 置 が モ ン ゴ ル に お け る 事 業 を 破 壊 し、 収 用 を 構 成 し、 国 際 法 上 の 十 分 な 法 的 保 護 と 公 正・ 衡 平 待 遇( F E T ) 付 与 の 規 定 に 違 反 す る と し、 二 〇 〇 七 年 一 一 月、 外 国 投 資 家 側 が U N C I T R A L 仲 裁 規 則 に 基 づ く 仲 裁 に 付 託 し た も の で あ る。 二 〇 一 一 年 四 月 に 下 さ れ た 仲 裁 判 断 で、 仲 裁 廷 は、 W P T と 外 国 人 の 雇 用 制 限 を 超 え た 場 合 の 課 徴 金 の 賦 課 が ロ シ ア = モ ン ゴ ル 二 国 間 投 資 協 定( B I T ) に 定 め る F E T標準と矛盾しないとした。 詳 し く は、 櫻 井 雅 夫「 ゴ ー ル デ ン・ イ ー ス ト・ プ ロ ジ ェ ク ト 」『 国 際 商 事 法 務 』 第 四 一 巻 三 号( 二 〇 一 三 年 ) 所 収。 本 稿 注 9の う ち、 Bayar Scharaw, op.cit., p.121 et seq.カーン・カナダ社対モンゴル政府事件(二・完) 2 収用的かつ不法な待遇 これまでのカーン側の主張が正しいものであるとすれば、 モンゴル政府の行為は不法な「しのびよる収用」に該当す る )(6 ( 。したがって、外国投資家に対しては投資受入れ国が法 的救済措置を講じる義務がある。しかしながら、事業は継 続したままであること、モンゴル政府の反論の詳細も不明 であり、さらに賠償額の客観的基準が不明確であった。そ こで、二〇一一年一月、カーン側は、モンゴル側を相手取 り、モンゴル政府のこれまでの行為を「収用的かつ違法な 待遇」 ( expropriatory and unlawful treatment )と判断し、 その損失及び損害に対する補償を求めて、合弁会社設立基 本協定第一二条二項に基づいて、常設仲裁裁判所を登録機 関 と す る ア ド ホ ッ ク の 仲 裁 廷 に 付 託 し、 「 U N C I T R A L仲裁規則」 )(6 ( による仲裁判断を求めることになった )(( ( 。 ( 64) 注 8参照。 ( 65) UNCITRAL Arbitration Rules 1976; UNCITRAL Arbitration Rules ( as revised in 2010 ); UNCITRAL Arbitration Rules ( with new article 1, paragraph 4, as adopted in 2013 ); UNCITRAL Rules on Transparency in Treaty-based Investor-State Arbitration. 次 の U R L を 参 補図 3 パウショク事件におけるゴールデン・イースト・モンゴリア社の所有構造 〈ロシア〉 MOPS-Business Ltd. 100%
East Metal Group 100% OOO Golden East Siberia
100% Sergei V. Paushok 100% 100% 100% 100% 100% Kifold Systems, Corp.
ZAO Golden East Company
業務執行取締役 S. V. Paushok ZAO Vostokneftegaz 25% 21% 71% KOO Golden East ‒ Mongolia
(ХХК“Алтан Дорнод Монгол”) 業務執行取締役 S. V. Paushok KOO Bumbat 業務執行取締役 S. V. Paushok 8% KOO “Yakthon” KOO East‒Energo (Vostok-Energo) 業務執行取締役 S. V. Paushok 75% 40% KOO Vostokneftegaz (VNGM) 業務執行取締役 S. V. Paushok 〈モンゴル〉 注:濃い図形で示すパウショク氏とゴールデン・イースト社とヴォストークネフテガス社の三者が仲裁裁判の 申立人。“ZAO” はロシア会社法上の非公開ジョイント・ストック・カンパニーで 2014 年に廃止され “PAO” に移行,モンゴル会社法上の “XK”(株式会社)に相当する。“KOO” はロシア法上の有限責任会社,モンゴ ル法上の “XXK” に相当する。 出所:UNCITRAL 仲裁規則に基づく管轄権判断より筆者作成。
法学研究92巻6号(2019:6) 照。 〈 https://pca-cpa.org/wp-content/uploads/sites/ 175/2016/01/UNCITRAL-2013-English.pdf 〉( ア ク セ ス ― 二〇一八年一二月) ; 二〇一〇年改正仲裁規則の邦訳は、 矢 澤 曻 治「 U N C I T R A L 仲 裁 規 則( 二 〇 一 〇 年 改 訂 版 )」 『 専 修 ロ ー ジ ャ ー ナ ル 』( 専 修 大 学 大 学 院 法 務 研 究 科)第一〇号、二〇一四年一二月。 ( 66) 注 9参照。 3 申立人・被申立人とプロジェクト )(6 ( [申立人] ・ カ ー ン・ カ ナ ダ 社( Khan Resources Inc. )( 図 2左 下 段 参照) ・カーン・オランダ社( Khan Resources B.V. )(図 2左下 段参照) ・ C A U C ホ ー ル デ ィ ン グ 社( CAUC Holding Company Ltd. )(図 2左中段参照) [被申立人] ・モンゴル政府 ・モンアトム社( MonAtom LLC ) [仲裁人] ・ ベーナー・ハノシアーオ( Dr. Bernard R. Hanotiau ) ・ イ ヴ・ フ ォ ル テ ィ エ( The Hon. L. Yves Fortier, PC, CC, OQ,QC ) ・ デ ー ヴ ィ ッ ド・ ウ ィ リ ア ム ズ( Sir Professor David A. R. Williams, QC ) )(6( [プロジェクト] CAUCは、二つの鉱床に関わる採掘ライセンス(ライ センス二三七A)に基づいてドルノド・ウラン・プロジェ クトで操業していた。その後、CAUCの申請で、税と手 数料の節減を目的として鉱床の一部を除外した。この除外 部分は、後にカーン・モンゴリア社が取得し、別個の鉱業 ライセンス(ライセンス九二八二Ⅹ)でカバーされること となった。 [補償請求額] 三億五八〇〇万ドル ( 67) 注 9のうち、 PCA Case No.2011-09. ( 68) ハ ノ シ ア ー オ 博 士 は、 一 九 四 七 年 ベ ル ギ ー 生 ま れ。 ル ー ヴ ェ ン・ カ ト リ ッ ク 大 学 卒。 同 大 名 誉 教 授、 専 攻 ― 国 際 私 法。 弁 護 士( ブ リ ュ ッ セ ル、 パ リ )。 担 当 し た 国 際 仲 裁 裁 判 は 五 〇 〇 超 。 二 〇 一 一 年 、 La w B us in ess R es ea rch 社 Global Arbitration Review で ア ー ビ ト レ ー タ ー オ ブ ザ イ ヤ ー。 二 〇 一 六 年、 同 社 Who ’s Who Legal で ロ イ ヤ ー
カーン・カナダ社対モンゴル政府事件(二・完) オブザイヤー。 フ ォ ル テ ィ エ 大 使 は、 一 九 三 五 年 カ ナ ダ 生 ま れ。 マ ギ ル 大 学 卒。 専 攻 ― 国 際 公 法。 カ ナ ダ 国 連 大 使、 イ ギ リ ス 女 王 カ ナ ダ 枢 密 顧 問 官、 カ ナ ダ 最 高 位 勲 章、 州 勲 章 受 章。 カ ナ ダ 政 府 安 全 保 障 検 討 委 員 会 委 員。 常 設 仲 裁 裁 判 所 裁 判 官、 カ ナ ダ 弁 護 士 会 長。 ロ ン ド ン 国 際 仲 裁 裁 判 所 長。 世 界 有 数 の 仲 裁 人。 「 ド ル ノ ド・ ウ ラ ン・ プ ロ ジ ェ ク ト 」 仲 裁 判 断 で 引 用 す る「 ユ ー コ ス 事 件 」 で も 仲 裁 人 を 務 め る(本稿三・ 10および注 93参照) 。 ウ ィ リ ア ム ズ 教 授 は、 一 九 四 六 年 ニ ュ ー ジ ー ラ ン ド 生 ま れ。 オ ー ク ラ ン ド・ ロ ー・ ス ク ー ル、 ハ ー バ ー ド・ ロ ー・ ス ク ー ル 卒。 オ ー ク ラ ン ド 大 学 名 誉 教 授。 専 攻 ― 国 際 仲 裁 法。 弁 護 士( バ リ ス タ ー。 ニ ュ ー ジ ー ラ ン ド、 オ ー ス ト ラ リ ア、 イ ギ リ ス )。 担 当 し た 国 際 仲 裁 裁 判 は 一 三 〇。 イ ギ リ ス 女 王 ニ ュ ー ジ ー ラ ン ド 枢 密 顧 問 官、 ニ ュ ー ジ ー ラ ン ド 高 等 裁 判 所 裁 判 官、 ク ッ ク 諸 島 控 訴 裁 判所長官。称号 ― ナイト。 4 準拠法 両当事者は、仲裁地をフランスのパリとし、オランダの ハーグの常設仲裁裁判所を登録機関として選択した。 )66 )((6 ( 準 拠 法 に つ い て は、 申 立 人 た る カ ー ン 側 が フ ラ ン ス 法、 被申立人たるモンゴル政府側がモンゴル法を主張した。被 申立人が援用する合弁会社設立基本協定第一二条はモンゴ ル法を契約の実体規定に適用すべきものと確認しているの であって、仲裁取決めには適用すべきものではないという のが申立人の主張である。 )67 ( 仲 裁 条 項 は、 他 の 契 約 条 件 か ら は 独 立 し た も の で あ り、 他の契約条件を規律する法とは別の法によって規律される ことは可能である。仲裁取決めの準拠法は、仲裁条項たる 右一二条では確認できないので、仲裁取決めは仲裁地たる パリすなわちフランスの法によって規律されることになる ( 最終的には、両当事者がフランス法を準拠法とすることで 合意した。 モンゴル民法典では、一方の当事者が、他方の当事者が 表示した意思を受諾することを自己の具体的な行為によっ て表示したときは、法律行為はその具体的な行為によって 成立したものとすると定められている(第四三条三項三号 前 段 ) )66( 。 さ ら に、 U N C I T R A L 仲 裁 規 則 も、 仲 裁 廷 は 当事者が紛争の実質に適用すべき法として指定した法を適 用 す る も の と す る と 定 め る( 第 三 五 条 一 項 前 段 )。 し た がって、仲裁の準拠法がフランス法になったことに特段の 問題はない。
法学研究92巻6号(2019:6) ( 69) 注 9の う ち、 PCA Case No.2011-09. Decision on Jurisdiction, para.9. ( 70) 筆者の推測の域を出ないが、当事者がフランスを選ん だ 背 景 に は、 当 事 者 間 の 合 意 を 優 先 し、 仲 裁 規 定 は い か な る 方 式・ 条 件 に も 服 さ な い な ど、 国 際 仲 裁 に 鷹 揚 だ っ た 点 が あ っ た か ら か も し れ な い。 フ ラ ン ス の 仲 裁 法 に つ い て は、 次 の 論 文 を 参 照。 小 梁 吉 章「 フ ラ ン ス 仲 裁 法 の 二 元 主 義 」『 慶 應 法 学 』( 慶 應 義 塾 大 学 大 学 院 法 務 研 究 科 ) 二八号(二〇一四年二月)所収。 ( 71) 注 9の う ち、 PCA Case No.2011-09. Decision on Jurisdiction, para.101; Claimants ’Rejoinder, paras.63-66. ( 72) Ibid. ( 73) 注 57に記した民法典の政府非公式英語版には、第四三 条 の 項 建 て に 三 項 は な く、 同 条 の 但 書 の よ う に 位 置 づ け た法文が三項に該当するようにもみえる。 5 争点 二〇〇九年、モンゴルは、原子力エネルギー改革の一環 として、先述のNELに基づいてNEAを設立する。 同年一〇月、NEAは命令第一四一号を発し、一四九の ウラン探査・採掘ライセンスを停止。前記ライセンス二三 七Aと九二八二Xもこの対象となり、いずれもNELの再 登録に関してNEAからの確認を俟つことになった。 二〇一〇年三月、NEAは、以前に確認されているいく つかのモンゴル法違反とさらなる違反の整理を怠ったとの 理由で、ドルノド・ウラン・プロジェクトのサイトを調査 することとなる。その結果、同同年四月、NEAは二つの ライセンスを無効とし、その年後半に当該仲裁申立人に対 して再登録を認めない旨宣告した。 これに対し、申立人は、二〇一一年に関係諸法令に依拠 して仲裁を開始。カーン・カナダ社とCAUCホールディ ング社は、前出のCAUC設立基本協定の仲裁条項を援用 し、ライセンスの停止と無効化が、設立基本協定、外国投 資法を含むモンゴル法および慣習国際法の下でのモンゴル 政府の義務に違反する不法な収用を構成するものであると 主張した。カーン・オランダ社は、モンゴル側が、外国投 資法に違反することにより、エネルギー憲章条約のアンブ レラ条項(義務遵守条項。本稿三・ 6)の運用を通じる同 条約の下での約束も破棄したと主張して、エネルギー憲章 条約だけに依拠することとした。
カーン・カナダ社対モンゴル政府事件(二・完) 6 申立人の主張の法的根拠 カーン側がモンゴル政府の扱いを収用かつ不法であると 主張する法的根拠を以下に示す。 [エネルギー憲章条約] ― カーン・オランダの投資母国たるオランダと投資受入 れ国たるモンゴルが共にエネルギー憲章条約の締約国 である。 ― 同条約第一〇条が、投資の保護を規定している。すな わち、一項は次のように規定する。 「 締 約 国 は、 こ の 条 約 に 従 い、 自 国 の 地 域 内 に お い て 他 の 締 約 国 の 投 資 家 が 投 資 を 行 う た め の 安 定 し た、 衡平な、良好なかつ透明性のある条件を醸成する。こ の 条 件 に は、 他 の 締 約 国 の 投 資 家 の 投 資 財 産 に 対 し、 常 に 公 正 か つ 衡 平 な 待 遇 を 与 え る と い う 約 束 を 含 む。 また、この投資財産は、不断の保護及び保障を享受す るものとし、締約国は、不当な又は差別的な措置によ り、この投資財産の経営、維持、使用、享受及び処分 をいかなる意味においても阻害してはならない。この 投資財産は、いかなる場合にも、国際法が要求する待 遇( 条 約 上 の 義 務 に よ る も の を 含 む。 ) よ り も 不 利 で ない待遇を与えられる。締約国は、他の締約国の投資 家又は他の締約国の投資家の投資財産との間の契約上 の義務を遵守する。 」 さらに、七項は次のように規定する。 「 締 約 国 は、 自 国 の 地 域 に お け る 他 の 締 約 国 の 投 資 家の投資財産及び当該投資財産に関連する活動(特に、 当該投資財産の経営、維持、使用、享受又は処分)に 対し、当該締約国が自国の投資家又は他の締約国若し くは第三国の投資家の投資財産及び当該投資財産に関 連する活動(特に、当該投資財産の経営、維持、使用、 享受又は処分)に対して与える待遇のうち最も有利な ものよりも不利でないものを与える。 」 さらに、一二項は次のように規定する。 「 締 約 国 は、 投 資 財 産、 投 資 に 関 す る 合 意 及 び 投 資 の許可に関し、自国の国内法令が請求権の主張及び権 利の行使のための効果的な手段を定めることを確保す る。 」 ― 同 条 約 第 一 三 条 一 項 が、 「 締 約 国 の 投 資 家 の 他 の 締 約 国の地域における投資財産は、国有化され、収用され、 又 は 国 有 化 若 し く は 収 用 と 同 等 の 効 果 を 有 す る 措 置 (以下「収用」という。 )の対象としてはならない」と 規定している。
法学研究92巻6号(2019:6) ― 同 条 三 項 は、 「 収 用 に は、 締 約 国 が、 自 国 の 地 域 に お ける企業又は会社の資産であって他の締約国の投資家 の投資財産を含む(当該他の締約国の投資家が株式を 所 有 し て い る 場 合 を 含 む。 ) も の を 収 用 す る こ と を 含 むことが確認される」と規定している。 ― 同条約第二六条が、投資家と投資受入れ国との紛争の 解決メカニズムについて規定し、友好的な解決に従っ て 解 決 さ れ な い 場 合 に は、 同 条 四 項 b に 従 っ て、 「 国 際 連 合 国 際 商 取 引 法 委 員 会( 以 下「 U N C I T R A L 」 と い う。 ) の 仲 裁 規 則 に 基 づ い て 設 置 さ れ る 単 独 の仲裁人又は仲裁裁判所」に付託することもできるこ とになっている。 [モンゴル外国投資法] )66 ( ― 外国投資法第三条一項は、外国投資を「モンゴル領域 内に外国投資法を以て事業体を設立することを目的と し又はモンゴルの既存の事業体と共同して操業するこ とを目的として外国投資家によって投資されるあらゆ る種類の有体財産及び無体財産」としている。 ― 同第二項は、外国投資家を「モンゴルに投資を行う外 国の法人又は個人(モンゴルに永久的に居住していな い外国市民若しくは無国籍者又は永久的に海外に居住 しているモンゴル市民) 」としている。 ― 第五条は、外国投資のタイプを「⑴自由に兌換可能な 通貨及び投資によって稼得したトグログの再投資、⑵ 動産及び不動産並びに所有権、及び⑶知的財産権及び 工業所有権」と定めている。 ― 第六条は外国投資の形態として「⑷天然資源を開発し 及 び 加 工 す る た め に、 法 令 に 基 づ く 権 利、 コ ン セ ッ ション及び生産物分与契約を取得することによるもの、 ⑸マーケティング及びマネジメントのための契約を締 結することによるもの」と定めている。 ― 第 七 条 は、 「 外 国 投 資 家 は、 モ ン ゴ ル の 法 令 に 従 っ て モンゴルの領域において操業するいかなる事業構成体 の株式又はその他証券をも購入することができる」と 定めている。 ― 第八条一項は「モンゴルの領域にある外国投資は、憲 法、法律及びそれらの法に整合するその他立法によっ て保証され並びにモンゴルが当事国である国際条約に よって保証される法的保護を享受する」とし、二項は 「 モ ン ゴ ル の 領 域 に あ る 外 国 投 資 は、 不 法 に 収 用 さ れ ない」とし、三項は「外国投資家の投資は、公共目的 のため若しくは公益のためにのみ及び無差別ベースに
カーン・カナダ社対モンゴル政府事件(二・完) 基づき及び十分な補償の支払に基づき法の正当な手続 に従う場合にのみ収用される」とし、四項は「モンゴ ルが締約国である条約に定めがある場合のほかは、補 償額は収用時又は収用公告時の収用資産の額によって 決 定 さ れ( 中 略 ) か か る 補 償 は、 遅 滞 な く 支 払 わ れ る」と定める。 ― 第九条は「モンゴルは、外国投資家に対して、投資の 所有、使用及び処分に関してモンゴル投資家に対して 与えられる待遇よりも不利でない待遇を付与する」と 定めている。 ― 第二五条は「外国投資及び外資系事業体の操業に関す る外資系事業体とモンゴル投資家との間及び外国投資 家とモンゴルの法人又は自然人との間の紛争は、モン ゴルが当事国である国際条約に定めがない限りモンゴ ルの裁判所によって、又は当事者間の取決めによって 解決される」と定めている。 [モンゴル憲法] 第五条は、次のように定める。 「 1 モ ン ゴ ル は、 さ ま ざ ま な 形 態 の 財 産 に 基 づ き、 世 界 経済発展の普遍的な動向と国家の特性の双方に応える経 済を有する。 2 国家は、公有及び私有双方のあらゆる形態の財産を認 め、並びに法により所有者の権利を保護するものとする。 3 国家は、憲法(中略)を基礎としてのみ所有者の権利 を制限することができる。 」 第六条は、次のように定める。 「 国 家 は、 土 地 を 利 用 す る 方 法 に 関 し て 責 任 を 有 す る 土地所有者を制止し、特別な公共の必要性に基づいて補 償を以て交換し若しくは収用し、又は住民の健康、環境 保護の利益又は国家安全保障に対して逆効果をもたらす ような方法で利用されている場合にそれを没収する権利 を有する。 モンゴルの市民は、次の権利及び自由を享受する。 (( 1)、( 2)省略) ( 3) 動 産 及 び 不 動 産 の 公 正 な 取 得、 占 有、 所 有 及 び 相 続に対する権利。市民の私有財産の不法な没収及び徴 用は禁じられる。国家及びその団体が専ら公共の必要 性に基づいて私有財産を収用するときは、正当な補償 の支払をもって行うものとする。 」 モンゴル政府はモンゴル法の下で合弁会社とそのパート ナーたる前出CAUCホールディング社に対して負うべき 義務を信託されている。モンゴル法によれば、合弁会社の
法学研究92巻6号(2019:6) パートナーは他のパートナーに対する信託者である。 カーン側の主張によれば、被申立人すなわちモンゴル政 府は、善意によって行為をなし、CAUCの最良の利益の ために行為をなすという義務を負っているが、モンゴル政 府は、この義務に違反したことになる。 さらに、設立基本協定第三条六項は、CAUCの財産を 0 0 0 0 0 0 0 0 徴 収 0 0 ( requisition ) 又 は 没 収 の 対 象 と し な い 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 と 規 定 し て い る。 [モンゴル会社法] 会 社 法 第 八 一 条 二 項 に よ れ ば、 会 社 の「 統 治 者 」 ( governing partner/governing person ) は、 誠 実 に か つ 会 社 の 利 益 の た め に 行 為 を な さ な け れ ば な ら な い 」。 同 条 六 項 に よ れ ば、 こ こ に い う 会 社 の「 統 治 者 」 は、 L L C ( 有 限 責 任 会 社 ) の 場 合 に は、 単 独 で 又 は 関 連 す る 者 と 共 に会社の普通持分の二〇パーセント又はそれ以上を保有す る出資者(持分権者)は、会社の統治者として責を負うも のとされる )66 ( 。 モンゴルとロシアの二社はそれぞれCAUCの二一パー セントの持分権者(社員)であるから、右会社法にいう統 治者に該当する。したがって、もう一人の持分権者CAU Cホールディング社に対して、違反から生じた損害に対し て責を負うことになる。 [モンゴル民法典] 第一三条は、次のように定める。 「 1 民 事 上 の 法 律 関 係 の 関 与 者 は、 法 令 又 は 契 約 に 定 め られた権利及び義務を誠実に行使し及び履行するものと する。 2 民事上の法律関係の関与者は、法令によって禁止され ず 又 は 直 接 に 規 定 さ れ て い な い か な る 権 利 及 び 義 務 も、 自己の意志で行使することができる。 3 民事上の法律関係の関与者は、自己の権利を享受し又 は義務を履行する間は、市場関係を制限し及び正当な優 位を不法に利用して他の関与者に損害を与える行動を引 き受けることを禁じられる。 」 第 一 〇 一 条 一 項 は、 「 所 有 者 は、 自 己 の 裁 量 で 所 有 物 を 占有し、利用し及び処分し並びに法令又は契約で保証され た他の当事者の権利を損なうことなく及び法令によって定 められた限度内で、いかなる侵害からも当該所有物を保護 する権利を有するものとする」と定めている。 第 一 〇 三 条 は、 「 所 有 権 は、 法 令 で 特 定 さ れ た 根 拠 に 基 づいてのみ制限されるものとする」と定めている。 民法典第四九七条一項は「故意に又は不注意な行為(不
カーン・カナダ社対モンゴル政府事件(二・完) 作為)によって他人の権利、生命、健康、尊厳、事業の信 頼又は財産に対して損害を引き起こした者は、その損害に 対して賠償金を支払うものとする」と規定している )6( ( 。カー ン側は、モンゴル側の行為がこれらの規定に違反し、それ によって生じた損害は二億ドルであると主張する。 ( 74) 注 54参照。 ( 75) 注 12参照。 ( 76) 民 法 典 の 政 府 非 公 式 英 語 版 で は、 規 律 対 象 を “legal person ”間 の 関 係 と し て い る( 第 一 条 )。 こ こ で い う “legal person ”に は、 市 民、 法 人( juridical/legal persons )、 法 人 格 な き 社 団 等( organizations without legal status ) を 包 括 す る と 規 定 し て い る( 第 七 条 7・ 1)。 し か し な が ら、 代 理 の 規 定 に は “a citizen or a legal person ”( 六 三 条 )、 所 有 権 の 規 定 に は “individual and legal person ”( 第 一 〇 〇条)という表現がある。 こ れ だ と、 個 人 は “legal person ”か ら 区 別 さ れ て い る こ と に な る。 注 53の「 登 記 法 」 の 第 三 条 一 項 一 号 に よ れ ば、 「 法 的 構 成 体 は、 民 法 法 典 に 特 定 さ れ た 性 質 を 有 す る 組 織 単 位( organizational unit ) を い う 」 と 定 義 し て い る。 こ れ だ と、 個 人 は 少 な く と も 登 記 を 要 す る 組 織 体 で は な い ことになる。 7 収用と同等の政府行為 カーン側の主張によれば、モンゴル政府の行為又は不作 為で法的義務に違反したものは次のとおりである。 ― NELの規定を根拠に、CAUCとカーン・モンゴリ ア社が所有する権益を無償で徴収 0 0 0 0 0 ( taking )したこと、 ― 二〇〇九年の再登録申請に対して、同法に基づくライ センスの再登録を拒否したこと、 ― 根拠のない公的ステートメントでカーン側がモンゴル 法に違反したと主張したこと、及び ― モンゴルと国外におけるカーン側の信頼度を意図的に 傷つける行為を繰り返したこと。 そして、カーン側の投資に対するモンゴルの政府行為は 決して公共目的によるものではなく、差別的であり、法の 正当な手続によるものではなく、迅速な十分な実効的な補 償も支払われない。 さらに、こうした行為や不作為は、エネルギー憲章条約 やモンゴル向けの外国投資家に対する安定的で衡平で有利 で透明な条件の奨励と創出とは正反対のものであり、モン ゴル政府はカーン側とその投資に対して公正かつ衡平な待 遇と十分な保護を与えるという約束を履行していない。 以 上、 カ ー ン 側 は、 エ ネ ル ギ ー 憲 章 条 約・ 外 国 投 資 法・
法学研究92巻6号(2019:6) 憲法・民商法・合弁契約に違反するこの恣意的かつ差別的 なモンゴル政府の行為は、無償の国有化と同等の措置に相 当すると主張したのである。 8 対人管轄権に関する争点 仲裁廷は、管轄権に関して二〇一二年七月二五日、モン ゴ ル 側 が 提 起 し た 対 人 管 轄 権( jurisdiction ratione personae )の争点について、次のような判断を示した。 [非署名者の当事者適格( standing )] 申立人は、カーン・カナダが「ドルノド・ウラン・プロ ジェクト全体の調整と財務に関する一義的な責任」を有す る利害関係者( party in interest )」であったと申し立てる )66 ( 。 申 立 人 は、 「 ダ ウ・ ケ ミ カ ル 仲 裁 判 断 」 と、 い わ ゆ る「 企 業 グ ル ー プ 法 理 」( Doctrine de groupe de sociétés/ Group of companies doctrine ) )66( を援用して適格性を主張し た。これに対し、被申立人は、右の仲裁判断と法理の援用 は誤りであり、モンゴル法はそのいずれをも認めないと反 論 )66 ( 。そして、カーン・カナダがCAUC社設立基本協定の 署名者ではなかったという点のみでカーン・カナダに対し て裁判所が直接的に対人管轄権を認めることに異議を申し 立てる。言いかえれば、被申立人は実質的な内容の反対根 拠を示さなかった )66 ( 。 二 〇 〇 三 年 七 月、 カ ー ン・ カ ナ ダ 社 は( カ ー ン・ バ ミ ュ ー ダ 社 を 通 じ て ) W M マ イ ニ ン グ 社 の 持 分 を 取 得 し、 CAUCにおける究極の支配社員(出資者)になった。こ の事実だけではカーン・カナダ社を設立基本協定の当事者 とするわけにはいかないが、仲裁廷は、カーン・カナダ社 がその時点ではCAUCホールディング社の義務を履行し、 当該協定の当事者として行動していたと判断し、申立人三 者 す べ て に「 共 通 の 意 図 」( common intention ) が 存 在 す ることを認めた )67 ( 。 仲裁廷は、カナダ側の対応者が署名者ではなかったこと に 留 意 は す る も の の、 「 実 質 的 な 当 事 者 」( real party ) で あることが署名当事者、非署名当事者双方の共通の意図で あるならば、非署名者たるカーン・カナダ社も設立基本協 定の「実質的な当事者」になりうると判示した )66 )(66 ( 。 [モンゴル政府の当事者適格] モンゴル側はさらに、設立基本協定の署名の後継者であ るモンアトム社のみが唯一の被申立構成体であり、モンゴ ル政府とは別個の構成体であるとすれば、当事者でない者 すなわちモンゴル政府が同協定の仲裁条項に拘束されるべ きではないと主張した )66 ( 。申立人は、モンアトム社はモンゴ
カーン・カナダ社対モンゴル政府事件(二・完) ル政府全額出資の子会社ではあるが、標準的な法人事業を 行う……別個の法的個性を有する事業構成体である」と説 明した )66 ( 。国家所有の独立構成体が署名した仲裁取決めは国 家を拘束しないというのである )6( ( 。 申立人は、会社定款と会社法がモンアトム社の独立性を 認 め て い る と 主 張。 会 社 法 第 九 条 三 項 が、 「 社 員( 出 資 者 ― 筆者注)は、会社の債務に対して責を負わないものとし、 会社の持分に対する投資額の範囲でのみ損失のリスクを負 うものとする」と定め、定款も「当社は一〇〇パーセント 国家所有の有限責任会社であるが、モンアトム社はモンゴ ル政府に代わって義務を履行し事業活動に従事するという 声明を一切行うことなく、独立の損益計算書を備える営利 を目的とする法的構成体であるものとし、自己のために権 利及び義務を享受する権限を有し、並びに別個の自己資産 を有するものとする」と定めていると主張する )66 ( 。 このほか、申立人は、国際法委員会(ILC)の「国際 違 法 行 為 に 対 す る 国 家 責 任 に 関 す る 条 文 草 案 」( Draft Articles on State Responsibility of States for Internationally Wrongful Acts ) は、 慣 習 国 際 法 と し て 広 く認められたものではあるが、この紛争には適用されない と主張した )66 ( 。 これに対して、申立人は、専門家証人報告で確認されて いるとおり、モンアトム社はモンゴル政府から独立した存 在ではなく、設立基本協定では国の代表者となっていると 主張する )66 ( 。申立人は、特に次の三点を主張する。すなわち、 ㈠モンアトム社は、設立基本協定のなかで特定の文脈では モンゴル政府の代表者であること、㈡モンアトム社は、国 有 財 産 を 任 さ れ て い る 構 成 体 と し て、 「 モ ン ゴ ル の 国 及 び 地 方 政 府 の 財 産 に 関 す る 法 」( Law on State and Local Government Property of Mongolia, 1996 ) に 従 っ て モ ン ゴル政府の命令を受けて行為をなしていること、及び㈢モ ンアトム社が本当にモンゴル政府から独立した存在である ならば、二〇〇九年にCAUCにおけるSPCの持分をモ ンアトム社に譲渡したことは無効であること )66 ( 。以上に対し、 仲裁廷は、申立人の専門家証人が作成した証言に基づいて、 CAUCの株主の一人であるモンアトム社は、国が全額所 有 す る 事 業 体 で あ り、 モ ン ゴ ル 政 府 の 代 表 と し て 行 動 し、 主権国家のみが実施する義務すなわちCAUCの天然資源 利用料納付を軽減することを約していると判示し、仲裁廷 が設立基本協定に基づいてモンゴル政府に対人管轄権を行 使することとなった。
法学研究92巻6号(2019:6) ( 77) 注 9の う ち、 PCA Case No.2011-09. Award on the Merits. paras.104-111; The Claimants ’Counter-memorial on Jurisdiction, 3 February 2012, para.192; Respondents ’ Rejoinder on the Merits and Quantum dated 4 October 2013, paras.60, 81. ( 78) 注 9の う ち、 PCA Case No.2011-09. Decision on Jurisdiction, paras. 94-95,331. 「 企 業 グ ル ー プ 法 理 」 が 仲 裁 取 決 め に 適 用 さ れ た 最 初 の 事 件 は「 ダ ウ・ ケ ミ カ ル・ フ ラ ン ス 対 イ ゾ ヴ ェ ー ル・ サ ン ゴ バ ン 」 い わ ゆ る「 ダ ウ・ ケ ミ カ ル 事 件 」 で あ る。 こ の 事 件 は「 企 業 グ ル ー プ 法 理 」 に 関 す る リ ー デ ィ ン グ・ ケ ー ス と な っ た。 事 件 の 仲 裁 地 は フ ラ ン ス で あ っ た。 フ ラ ン ス で は、 仲 裁 取 決 め の 署 名 者 が 企 業 グ ル ー プ の 一 部 で あ る 場 合 に は、 当 該 仲 裁 取 決 め の 適 用 を 同 一 集 団 の 一 又 は そ れ 以 上 の 企 業 を 署 名 者 に 広 げ る こ と を 可 能 と し て い る。 こ こ で い う 企 業 グ ル ー プ と は、 法 的 に 独 立 し た 一 連 の 企 業 で あ っ て、 単 一 の リ ー ダ ー シ ッ プ の 直 接 な い し 間 接 の 絶 対 的 支 配 に す べ て 従 う も の の こ と で あ る。 し か し な が ら、 フ ラ ン ス の よ う な 考 え 方 が 世 界 で 認 め ら れ て い た わ け で は な い。 例 え ば、 ス イ ス で は こ の 法 理 の 容 認 を拒否している。以下にこの事件の概要を記す。 申立人 ・ダウ・ケミカル・フランスSA(フランス) ・ダウ・ケミカル・カンパニー(アメリカ) ・ダウ・ケミカルAG(スイス) ・ダウ・ケミカル・ヨーロッパSA(スイス) 被申立人 ・イゾヴェール・サンゴバン(フランス) [事実] 事実関係は、補図 4のとおりである。 ア メ リ カ 法 人 の ダ ウ・ ケ ミ カ ル・ カ ン パ ニ ー( Dow Chemical Company ) は、 直 接・ 間 接 に 全 額 出 資 の ダ ウ・ ヴ ェ ネ ス エ ラ( DOW Venezuela, C.A. 〈 compañía anónima 〉) 、ダウ ・ ケミカルAG( Dow Chemical A.G. ス イ ス )、 ダ ウ・ ケ ミ カ ル・ ヨ ー ロ ッ パ S A( Dow Chemical Europe. ス イ ス )、 ダ ウ・ ケ ミ カ ル・ フ ラ ン ス ( Dow France S.A. )を所有している。 一 九 六 五 年、 ダ ウ・ ヴ ェ ネ ス エ ラ は、 フ ラ ン ス の 会 社 ブ ッ ソ ワ・ イ ゾ ラ シ オ ン( Boussois-Isolation ) と 契 約 を 締 結 し た が、 そ の 後 ブ ッ ソ ワ・ イ ゾ ラ シ オ ン は、 フ ラ ン ス に お け る 断 熱 材 の デ ィ ス ト リ ビ ュ ー シ ョ ン に 関 す る 同 社 の 権 利 義 務 を イ ゾ ヴ ェ ー ル・ サ ン ゴ バ ン( ISOVER Saint-Gobain )に譲渡した。 そ の 後、 ダ ウ・ ヴ ェ ネ ス エ ラ 自 体 が ア メ リ カ の 親 会 社 ダ ウ・ ケ ミ カ ル・ カ ン パ ニ ー の 子 会 社 ダ ウ・ ケ ミ カ ル A
カーン・カナダ社対モンゴル政府事件(二・完) G に 契 約 の 権 利 義 務 を 譲 渡 し た。 次 い で 一 九 六 八 年、 ダ ウ・ ケ ミ カ ル A G の 子 会 社 ダ ウ・ ケ ミ カ ル・ ヨ ー ロ ッ パ ( Dow Chemical Europe. ス イ ス ) は、 ブ ッ ソ ワ・ イ ゾ ラ シ オ ン を 含 む 他 の 三 社 と の 間 で、 フ ラ ン ス に お け る 同 一 産 品 等 の デ ィ ス ト リ ビ ュ ー シ ョ ン に 関 す る 契 約 を 締 結 し た。 そ の 後 同 三 社 は 契 約 の 権 利 義 務 を イ ゾ ヴ ェ ー ル・ サ ンゴバンに譲渡した。 一 九 六 五 年 と 六 八 年 の 契 約 書 に は、 契 約 か ら 生 じ る 紛 争 は す べ て フ ラ ン ス 法 に 従 い、 I C C( 国 際 商 業 会 議 所 ) の仲裁条項に従って解決されると定められている。 デ リ バ リ ー は ダ ウ・ ケ ミ カ ル・ フ ラ ン ス ま た は そ の 他 ダ ウ・ ケ ミ カ ル の い ず れ か の 子 会 社 が 行 う こ と が で き る と 規 定 し て い た。 ダ ウ・ ケ ミ カ ル・ フ ラ ン ス が 当 該 契 約 の 予 定 す る デ リ バ リ ー 業 者 を 有 効 な も の と し て い た こ と は 事 実 で あ る( こ の 間、 産 品 の 一 つ「 ル ー フ メ イ ト 」 〈 Roofmate. 断 熱 材 〉 に 対 す る 苦 情 に 関 し て、 ダ ウ・ ケ ミ カ ル・ グ ル ー プ の 企 業 を 相 手 ど っ た 訴 訟 が 数 件 フ ラ ン ス の裁判所に提起されていた) 。 [手続] ダ ウ・ ケ ミ カ ル A G と ダ ウ・ ケ ミ カ ル・ ヨ ー ロ ッ パ の 契 約 書 に 織 り 込 ま れ て い る 仲 裁 条 項 に 基 づ い て、 申 立 人 は、 フ ラ ン ス に お け る「 ル ー フ メ イ ト 」 の 使 用 か ら 生 じ る 損 害 に 対 し て 責 を 負 う の は 被 申 立 人 す な わ ち イ ゾ ベ ー 補図 4 ダウ・ケミカル関係企業の所有構造 ISOVER Saint-Gobain (フランス) Boussoi-Isolation (フランス) Compagnie de Saint-Gobain (フランス) Francisol (フランス) Dow Venezuela C.A.(ヴェネズエラ) Dow Chemical A.G.(スイス) Dow Chemical Europe S.A. (スイス) Dow Chemical France S.A. (フランス) The Dow Chemical
Company (アメリカ) 出資 100% 出資 100% 出資 100% 出資 100% ③契約上の 権利義務譲渡 ①ディストリ ビューター 契約 ②契約上の 権利義務 譲渡 ⑤契約 上の権 利義務 譲渡 ④ディストリビューター契約 ⑤契約上の権利義務譲渡 ⑤契約上の権利義務譲渡 直接販売 出所:ICC 仲裁規則に基づく仲裁判断その他資料より筆者作成。
法学研究92巻6号(2019:6) ル・ サ ン ゴ バ ン の み で あ る と 主 張 し て 仲 裁 手 続 を 開 始 し た。 イ ゾ ヴ ェ ー ル は、 ダ ウ・ ケ ミ カ ル・ カ ン パ ニ ー と ダ ウ・ ケ ミ カ ル・ フ ラ ン ス が 主 張 し た 申 立 に 対 す る 管 轄 権 と ダ ウ・ヨーロッパの当事者適格に対して異議を申し立てた。 [判断] 仲 裁 廷 は、 関 わ り 合 い を も つ す べ て の 企 業 が 同 一 の 経 済実体( une réalité économique unique )を有し、企業グ ル ー プ の 一 つ が 合 意 し た 仲 裁 条 項 は 企 業 グ ル ー プ に 属 す る 他 の 企 業 を も 拘 束 す る と し、 ダ ウ・ フ ラ ン ス と ダ ウ・ ケ ミ カ ル・ カ ン パ ニ ー は た と え 契 約 書 に 署 名 し て い な く て も 当 該 契 約 の 当 事 者 で あ り、 し た が っ て、 仲 裁 条 項 は 両 社 に 適 用 可 能 で あ る と 裁 定 し た( 参 考 ま で に、 仲 裁 廷 長 は ピ ー テ ル・ サ ン ダ ー ス〈 Pieter Sanders 〉 教 授。 元 ア ム ス テ ル ダ ム 控 訴 裁 判 所 副 所 長。 「 外 国 仲 裁 判 断 の 承 認 及 び執行に関する条約」 〈ニューヨーク条約〉の起草者) 。 [控訴] こ れ に 対 し、 被 申 立 人 は、 パ リ 控 訴 院( Cour d’appel de Paris ) に お い て こ の 仲 裁 廷 の 判 断 を 争 っ た。 フ ラ ン ス 民 事 訴 訟 法 第 一 五 一 九 条 一 項 で は、 仲 裁 判 断 取 消 し の 訴 え は 仲 裁 判 断 を 下 し た 管 轄 地 の 控 訴 裁 判 所 に 申 し 立 て る も の と す る( Le recours en annulation est porté devant la cour d’appel dans le ressort de laquelle la sentence a été rendue ) と 定 め て い る( 法 令 は 本 稿 注 140参 照 )。 し か し な が ら、 控 訴 裁 判 所 は、 ダ ウ・ ケ ミ カ ル・ グ ル ー プ に 共 通 の 意 図 と い う も の が あ る こ と を 考 慮 し、 仲 裁 廷 の 判 断を支持した。 ICC 4131/1982 ( In te rim A w ar d ) in D ow C he m ica l France et al v. ISOVERSaint Gobain ( France )( 23 September 1983 ); ICC 4532, Rev.Arb. 1984, at 137 et seq.; Paris Court of Appeal ( Cour d ’ap pe ld e Pa ris ), First Chamber, 2 1 October 1983; International Commercial Arbitration, No.131, 1982, pp.131-38 reprinted in Journal du droit international ( Clunet );Yearbook of Commercial A rb itr at io n, V ol. 11 0, 19 84 .p .1 31 e t se q.; F re nc h International Arbitration Law Reports, 1963-2007. New York: JurisNet LLC, 2014. p.75 et seq.; Gary B. Born, In ter na tio na l A rb itr ati on : C as es a nd M ate ria ls. N ew Y or k: W olt er s K lu w er L aw & B us in es s, 20 15 ;A la n R ed fe rn a nd M ar tin H un te r, L aw a nd P ra cti ce o f International Commercial Arbitration. 4th ed. London: Sweet & Maxwell, 2004. pp.148-150; Serge Gravel and Patricia Peterson, “French Law and Arbitration Clauses - Distinguishing Scope from Validity: Comment on ICC Case No. 6519 Final Award. ” McGill Law Journal, Vol. 37, No. 2, 1992. pp.516-536. 次 の U R L も 参 照。 〈 https://
カーン・カナダ社対モンゴル政府事件(二・完) www.trans-lex.org/204131/_/icc-award-no-4131-yca-1984-at-131-et-seq-/ 〉 お よ び 〈 https://www.trans-lex. org/204532/_/icc-award-no-4532-revdarb-1984-at-137-et-seq/ 〉(アクセス ― 二〇一八年一二月) ( 79) 注 9の う ち、 PCA Case No.2011-09. Decision on Jurisdiction, para.94. ( 80) 注 9の う ち、 Rejoinder, paras. 78, 80.; Hearing Transcript 111:20-112:11. Award on the Merits. para.112. ( 81) 注 9の う ち、 PCA Case No.2011-09. Decision on Jurisdiction. para.333. ( 82) 注 9の う ち、 PCA Case No.2011-09. Decision on Jurisdiction. paras.341, 342 ( 83) Teinver S.A., Transportes de Cercanías S.A. and Autobuses Urbanos del Sur S.A. v. The Argentine Republic ( ICSID Case No.ARB/09/1 )、 Guaracachi America, Inc. and Rurelec PLC v. The Plurinational State of Bolivia ( ボ リ ー ヴ ィ ア 多 民 族 国 )( UNCITRAL, PCA Case No.2011-17 ) お よ び Gold Reserve Inc. v. Bolivarian Republic of Venezuela (ヴェネズエラ ・ ボリー ヴ ァ ル 共 和 国 )( ICSID Case No.ARB ( AF )/09/1 ) は、 申 立 人 が 間 接 的 な 株 主 で あ る 事 案 で あ っ た が、 申 立 人 の 当 事者適格は認められている。 他方、 Pošštová banka, a.s. and ISTROKAPITAL SE v. Hellenic Republic ( ギ リ シ ャ )( ICSID Case No.ARB/13/8 ) に お い て は、 申 立 人 の 一 社 が 子 会 社 を 経 由 し て 国 債 に 間 接 投 資 を 行 っ て い た と い う 事 実 関 係 の 下 で、 申 立 人 が 国 債 を 投 資 財 産 と し て 申 立 人 適 格 を 主 張 し た が 認 め ら れ な か っ た。 会 社 の 間 接 保 有 に つ い て も、 Enron Corporation and Ponderosa Assets,L.P. v. Enron Cor poration and Ponderosa Assets, L.P. v. Argentine Republic ( ICSID Case No.ARB/01/3 ) は、 当 該 会 社 と 遠 い つ な が り し か な い 請 求 に つ い て は、 カ ッ ト オ フ ポ イ ン ト を 設 定 す る 必 要 が あ る と 指 摘 し て い る。 以 上 は、 『 公 表 さ れ て い る 主 要 な 投 資 仲 裁 判 断 例 の 分 析 に 関 す る 調 査( 報 告 書 )』 東 京、 瓜 生・糸賀法律事務所、二〇一七年。七ページ。 ( 84) 注 9の う ち、 PCA Case No.2011-09. Decision on Jurisdiction. para. 113; The Respondents ’Memorial on Jurisdiction, 3 December 2011, paras.48, 53. ( 85) 注 9の う ち、 PCA Case No.2011-09. Decision on Jurisdiction. para.113; The Respondents ’Memorial on Jurisdiction, 3 December 2011, paras.49, 54; The Respondents ’Reply Memorial on Jurisdiction, 1 4 March 2012, para.94. ( 86) 注 9の う ち、 PCA Case No.2011-09. Decision on Jurisdiction. para.113; Hearing Transcript 42:19-21. ( 87) 注 9の う ち、 PCA Case No.2011-09. Decision on
法学研究92巻6号(2019:6) Jurisdiction. para. 114; The Respondents ’Memorial on Jurisdiction, 3 December 2011, para.51; The Respondents ’ Reply Memorial on Jurisdiction, 14 March 2012, para.98. ( 88) 注 9の う ち、 PCA Case No.2011-09. The Respond -ents ’Memorial on Jurisdiction, 3 December 2011, paras. 67-79; Decision on Jurisdiction. para.123. ( 89) 注 9の う ち、 PCA Case No.2011-09. Decision on Jurisdiction. para.124; Expert Report on Mongolian Law, by Tsogt Natsagdorj, 2 4 January 2012; The Claimants ’ Counter-memorial on Jurisdiction, 3 February 2012, paras.193-194; The Claimants ’Rejoinder on Jurisdiction, 23 April 2012, para.83. ( 90) 注 9の う ち、 PCA Case No.2011-09. Decision on Jurisdiction. paras.125-147; Counter-memorial on Jurisdiction, 3 February 2012, para.196. 9 事物管轄権に関する争点 仲裁廷がCAUC設立基本協定の下でなされた申立てに 対 し て 事 物 管 轄 権( jurisdiction ratione materiae ) を 有 す るか否かであるが、モンゴル側は右協定の下での請求に対 する仲裁廷の事物管轄権に異議を唱えた。さらに、申立構 成体(申立人)が何を申し立てているのかを説明しないま まで終わっていると主張した。 こ れ に 対 し、 カ ナ ダ 側 は、 被 申 立 人 の 主 張 が「 非 論 理 的」であり、かつ「何ら存在しない混沌を創りだそうとす る企みであると反論。カーン・カナダ社とCAUCホール デ ィ ン グ 社 は 設 立 基 本 協 定 第 一 二 条 に 基 づ い て 申 し 立 て、 カーン・オランダ社はエネルギー憲章条約第二六条に基づ いて申し立て、さらに全申立人三者が外国投資法第二五条 を援用した )67 ( 。 右にいう三法の援用条項は、次のとおりである。 [CAUC設立基本協定] 第一二条 一(準拠法)この協定はモンゴル法に従って規律され解 釈 さ れ る。 た だ し、 当 事 者 間 の 紛 争 が こ の 条 二 項 に 従って仲裁に付託された場合であって紛争案件に適用 すべきモンゴル法の規定が存在しないときは、かかる 案件は抵触法の原則を適用することなくオーストラリ ア法に従って規律され解釈されるものとする。 二(仲裁)この協定の規定又はその解釈から又はそれに 関連して生じる紛争は、一義的には誠実な交渉によっ て解決されるものとする。紛争の存在を申し立てた当 事者からの通知から九〇日以内に友好的な解決に達し
カーン・カナダ社対モンゴル政府事件(二・完) ないときは、紛争案件はUNCITRAL仲裁規則に 従って拘束力を有する仲裁に付託される。 [エネルギー憲章条約] 第二六条 ⑴ 締約国の地域における他の締約国の投資家の投資財 産に関する当該締約国と当該他の締約国の投資家との 間の紛争であって、第三部の規定に基づく当該締約国 の義務の違反であると申し立てられるものについては、 可能な限り、友好的に解決する。 ⑵ ⑴に規定する紛争がいずれか一方の紛争当事者が友 好的な解決を要請した日から三箇月以内に⑴の規定に 従って解決されない場合には、紛争当事者である投資 家は、当該紛争を解決するために次のいずれかの手続 を選択することができる。 ⒜ 紛争当事者である締約国の裁判所又は行政裁判所に 当該紛争を付託すること。 ⒝ あらかじめ合意した適用可能な紛争解決手続に従っ て当該紛争を付託すること。 ⒞ ⑶から⑻までの規定に従って当該紛争を付託するこ と。 ⑶ ⒜締約国は、⒝及び⒞の規定にのみ従うことを条件 として、紛争をこの条の規定に基づいて国際的な仲裁 又は調停に付託することについて無条件の同意を与え る。 ⒝ ⅰ附属書IDに掲げる締約国は、投資家が⑵⒜又は ⒝の規定に基づいて紛争を既に付託している場合に は、⒜に規定する無条件の同意を与えない。 ⅱ 附属書IDに掲げる締約国は、透明性を確保するた め、第三九条に規定する批准書、受諾書若しくは承 認書の寄託又は第四一条に規定する加入書の寄託の 日までに、この点に関する自国の政策、慣行及び条 件についての文書を事務局に提出する。 ⒞ 附属書IAに掲げる締約国は、第一〇条⑴第五段の 規定の下で生ずる紛争について、⒜に規定する無条 件の同意を与えない。 (後略) [外国投資法] 第二五条(紛争解決) 外国投資を伴う事業体及び外国の法的構成体の投資 及び操業に係る事項に関する外国投資家とモンゴル投 資家との間の紛争及び外国投資家とモンゴルの法人又 は自然人との間の紛争は、モンゴルが当事国である国 際 条 約 に 定 め が な い 限 り モ ン ゴ ル の 裁 判 所 に よ っ て、
法学研究92巻6号(2019:6) 又は紛争当事者間の契約によって解決されるものとす る。 以上、仲裁廷が下した判断によれば、CAUC設立基本 協 定 第 一 二 条 の 仲 裁 条 項 は 広 義 に 作 成 さ れ た も の で あ り、 したがって、国内法および慣習国際法の違反に対する申立 てを含むすべての申立てが設立基本協定に十分結びついて いるということになる。 ( 91) 注 9の う ち 、 PCA Case No.2011-09. Decision on Juris -diction. paras.69-71, 73.; The Claimants ’Rejoinder on Jurisdiction, 23 April 2012, para.42. 10 エネルギー憲章条約における利益否定条項 「実質的な事業活動( substantial business activities )は 「 利 益 の 否 定 条 項 」 の 援 用 要 件 で あ り、 先 述 の 投 資 家 の 「当事者適格」とも関連するものである。 カーン・オランダ社は、エネルギー憲章条約に基づいて 申立てを提起したのであるが、被申立人たるモンゴル政府 は、カーン・オランダ社が投資母国において実質的な事業 活動を行っていないので、そのような投資家に対する条約 上の利益を否定することができ、同条約第一七条⑴の適用 対象となり、同社の主張は禁止されると主張した。 エネルギー憲章条約第一七条⑴は、次のようなものであ る。 第一七条(特定の状況におけるこの部の規定の不適用) 締 約 国 は、 次 の も の に 対 し て こ の 部( 第 三 部 投 資 の 促進及び保護 ― 筆者注)の規定に基づく利益を否定す る権利を留保する。 ⑴ 第三国の国民が所有し又は支配する法人であって、 当該法人が組織される締約国の地域において実質的 な事業活動を行っていないもの 仲裁廷は、この規定は同条約第三部(投資の促進及び保 護)に関わるもので、第五部(紛争解決)には関わるもの ではないため、これは裁判管轄権の問題ではなく本案の問 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 題 0 であるとし、この点には留意しつつ、本件の分析に着手 することとした )66 ( 。 そ の う え で 仲 裁 廷 は、 時 的 管 轄( jurisdiction ratione-temporis ) に つ い て、 ま ず 次 の 二 点 を 議 論 し た。 第 一 に 第 一 七 条 ⑴ が 利 益 の 自 動 否 定 を 構 成 す る も の で あ る か 否 か、 そうでなければ、第二に、利益否定権を仲裁の開始後に行 使しうるか否かということ。 仲裁廷は、常設仲裁裁判所付託の「ユーコス事件」 )66 ( と世
カーン・カナダ社対モンゴル政府事件(二・完) 界銀行投資紛争解決国際センター(ICSID)に付託の 「 プ ラ マ 事 件 」 )66( に お け る 管 轄 決 定 を 大 幅 に 取 り 入 れ る。 す な わ ち、 エ ネ ル ギ ー 憲 章 条 約 へ の 利 益 を 否 定 す る 権 限 は、 受入れ国によって実効的にかつ専ら将来の効果を見越して、 投資が行われる前にかつ仲裁が開始される前に行使 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 されな ければならないとした )66 ( 。 エネルギー憲章条約は国際法であり、その解釈は、一九 六九年の「条約法に関するウィーン条約」の第三一条と三 二条に表明されている国際法規則によって規律される )6( ( 。両 当事者はこれを基底に論議をしてきた。 両当事者はまた、エネルギー憲章条約第一七条の解釈に ついて先行的に検討してきた仲裁決定にも広範に言及して きた。仲裁廷としては、先行する関連の仲裁判断にならう よう拘束されているとは信じていないが、それでも仲裁廷 としてはそれらの先行判断を参酌する義務があると認める のは、エネルギー憲章条約の整合性のある解釈の形成に寄 与することを期待しているからであり、そのような形成で 外国投資家が同条約の下で利益を享受できる投資保護の予 知能力を高めることができるとみている )66 ( 。 エネルギー憲章条約は、エネルギー分野向け投資のため に予知可能な法的枠組みを創出することを意図したもので ある。同条約は、投資家を次のように定義する。 第一条⑺ 「投資家」とは、次のものをいう。 ⒜ 締約国に関しては、次のⅰの自然人及びⅱの組織 ⅰ 当該締約国の関係法令に従い、当該締約国の市 民権若しくは国籍を有し又は当該締約国に永住し ている自然人 ⅱ 当該締約国において関係法令に従って組織され た会社その他の組織 ⒝ 「 第 三 国 」 に 関 し て は、 自 然 人 又 は 会 社 そ の 他 の 組織であって、締約国に関する⒜の条件に必要な変 更を加えたものを満たすもの カ ー ン・ オ ラ ン ダ 社 の よ う に、 同 条 約 第 一 条 ⑺ に い う 「 投 資 家 」 の 範 囲 に あ り、 し た が っ て 同 条 約 上 の 保 護 原 則 の享受資格を有する投資家が、投資受入れ国に投資を行っ た後に条約上の利益を否定されたとすれば、きわめて予知 不能な状況に置かれてしまっていたことになる。このよう に確実性が欠如するのであれば、投資家は特定の国に投資 を 行 う か 否 か の 評 価 を す る 能 力 を 妨 げ ら れ る こ と に な る。 これは、条約の目標と目的に反するものである。 仲裁廷は、国が右エネルギー憲章条約第一七条⑴の下で 実効的にその権利を行使しなければならないこと、および
法学研究92巻6号(2019:6) そのような権利行使は、投資家に適切なタイミングで通知 しなければならず、投資家が特定の国に投資を行うかどう かを評価する能力を決して妨げるものであってはならない ことを判示した )66 ( 。 ( 92) 「実質的な事業活動」の存在を認めた例としては、 「A M T O 有 限 責 任 会 社 対 ウ ク ラ イ ナ 事 件 」 が あ る。 A M T O 社 は ラ ト ビ ア の 投 資 会 社、 A Y U M ― 10( ウ ク ラ イ ナ の 原 子 力 発 電 プ ラ ン ト の 建 設 に 参 加 し て い た E Y U M グ ル ー プ の 第 一 〇 建 設 部 門 を 法 的 に 継 承 し た 会 社 ) の 持 分 の 六 五 パ ー セ ン ト 以 上 を 取 得 し て い る。 エ ネ ル ギ ー 憲 章 条 約 第 一 七 条 ⑴ を こ の 事 件 に 適 用 す る た め に は、 A M T O 社 が 設 立 国 す な わ ち ラ ト ビ ア で 実 質 的 な 事 業 活 動 を 行っていることが要件となる。 申 立 人 は、 A M T O 社 が 第 一 七 条 ⑴ の 意 味 で の「 第 三 国 の 国 民 が 所 有 し 又 は 支 配 す る 法 人 」 で は な く、 む し ろ 同 条 約 の 署 名 国 の 法 人 に よ っ て 所 有 さ れ て い る と 主 張 す る。 理 由 は 次 の と お り。 A M T O 社 は ラ ト ビ ア で 設 立 さ れ、リヒテンシュタインで登記された Five Key Invest & Assets Limited Holding JSC が 全 額 所 有 し、 次 は リ ヒ テ ン シ ュ タ イ ン に ベ ー ス を 置 く 事 業 団 が 全 額 所 有 し て い る。 さ ら に、 第 一 七 条 ⑴ の 意 味 で の「 実 質 的 な 事 業 活 動 」 を ラ ト ビ ア で 行 っ て い る。 第 一 七 条 ⑴ で「 実 質 的 な 事 業 活 動 」 に 言 及 し て い る の は、 同 条 約 上 の 保 護 か ら い わ ゆ る 「 メ ー ル ボ ッ ク ス・ カ ン パ ニ ー」 を 排 除 す る 意 図 が あ る か らである。 申 立 人 た る ウ ク ラ イ ナ の 主 張 に よ れ ば、 ㈠ A M T O 社 は ロ シ ア 国 民 が 支 配 し て お り、 第 四 五 条 の 下 で 条 約 の 暫 定 適 用 が あ る に も か か わ ら ず ロ シ ア は 第 一 七 条 の 目 的 上 第 三 国 に な る こ と、 ㈡ A M T O 社 は ラ ト ビ ア で 何 ら の 実 質 的 な 事 業 活 動 も 行 っ て い な か っ た こ と を 理 由 に 第 一 七 条の適用を含めて、数多くの管轄権問題に異議を唱えた。 こ れ に 対 し、 A M T O 社 は、 自 社 が ラ ト ビ ア で 登 記 済 み の 会 社 で あ り、 メ ー ル ボ ッ ク ス・ カ ン パ ニ ー で な く、 ラ ト ビ ア の 首 都 リ ガ( Rīga ) に フ ル タ イ ム の 被 用 者 の い る 事 務 所 を 構 え て お り、 同 条 約 第 一 七 条 適 用 の 根 拠 は 何 ら 存 在 し な い 旨 主 張 す る た め に、 次 の 資 料 四 点 を 提 出 す る。 す な わ ち、 ㈠ Blueger & Plaude 法 律 事 務 所 に よ る 報 告 書、 ㈡ リ ガ の 内 国 歳 入 庁 の 納 税 証、 ㈢ 事 務 所 の 家 主 か らのステートメント、㈣銀行のステートメント。 仲 裁 廷 は、 A M T O 社 が ラ ト ビ ア で 事 務 所 を 借 り て い る こ と、 銀 行 口 座 を 維 持 し て い る こ と、 ラ ト ビ ア の 税 を 納 付 し て い る こ と な ど が 事 業 活 動 の「 本 質 を 示 し て お り、 単 な る 形 を 示 す も の で は な い 」 と し、 A M T O 社 に ロ シ ア 国 民 の 支 配 を 移 入 し た か ど う か の 検 証 は 不 要 で あ る と
カーン・カナダ社対モンゴル政府事件(二・完) 判断した。 Limited Liability Company AMTO v. Ukraine ( A rbi tr at io n In st itut e of th e St oc kh ol m C ha m ber o f Commerce. Arbitration No.080/2005 ). In the Matter of: An arbitration Pursuant to the Energy Charter Treaty and the Rules of the Arbitration Institute of the Stockholm Chamber of Commerce. pp.42-43; Association fo r In te rn ati on al A rb itr ati on ,e d., A lte rn ati ve D isp ute Resolution in the Energy Sector. Antwerpen: Maklu Publishers, 2009. p.51; Kaj Hobér and Joel Dahlquist Cullborg, Investment Treaty Arbitration: Problems and Exercises. Cheltenham: Edward Elgar Publishing Ltd., 2018. ( 93) 申立人たる三社すなわちマン島法人のユーコス・ユニ ヴ ァ ー サ ル・ リ ミ テ ッ ド( ジ ョ イ ン ト・ ス ト ッ ク・ カ ン パ ニ ー。 Y U L )、 キ プ ロ ス 法 人 の ハ レ ー・ エ ン タ ー プ ラ イジズ ・ リミテッド( Hulley )とヴェテラン ・ ペトロリア ム・ リ ミ テ ッ ド( V P L ) は、 ロ シ ア 法 人 ユ ー コ ス・ オ イ ル・ カ ン パ ニ ー( Yukos Oil Company ) の 株 主( 社 員 ) で あ っ た。 三 社 は、 Y U L が 破 産 に 至 る ま で に ロ シ ア 政 府 が 採 っ た 経 営 者 の 刑 事 訴 追 や 多 額 の 追 徴 課 税 等 の 措 置 が エ ネ ル ギ ー 憲 章 条 約 違 反 で あ る と し、 補 償 を 求 め て、 二 〇 〇 五 年 二 月、 常 設 仲 裁 裁 判 所 に 紛 争 を 付 託 し た。 仲 裁 廷 は、 被 申 立 人 た る ロ シ ア 政 府 に 対 し て、 申 立 人 た る 右 三 社 す な わ ち Y U L に 一 八 億 五 〇 〇 〇 万 ド ル、 Hulley に 三 九 九 億 ド ル、 V P L に 八 二 億 ド ル、 計 五 〇 〇 億 ド ル を支払うよう判断を下した。 参 考 ま で に、 こ の 時 の 仲 裁 廷 の 長 は、 本 稿 が 対 象 と す 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 る ド ル ノ ド・ ウ ラ ン 事 件 の 仲 裁 人 フ ォ ル テ ィ エ 大 使 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 で あった(本稿三・ 3および注 68参照) 。 PCA Case No. AA 226. In the Matter of an Arbitration before a Tribunal Constituted in Accordance with Article 2 6 of the Energy Charter Treaty and the 1976 UNCITRAL Arbitration Rules between Hulley Enterprises Limited ( Cyplus ) and The Russian F ed er at ion .F ina lA w ar d, 18 J uly 2 01 4; PC A C as e N o. AA 227. In the Matter of an Arbitration before a Tr ibunal Con stitu ted in Acc ordan ce wi th Ar ticle 2 6 of the Energy Charter Treaty and the 1976 UNCITRAL Arbitration Rules between Yukos Universal Limited ( Isle of Man ) and The Russian Federation. Interim A w ar d on Ju ris dic tio n an d A dmi ssi bi lity, 3 0 N ove m ber 2009; Its Final Award, 1 8 July 2014; PCA Case No. AA 22 8. In th e M att er o fa n A rb itr ati on b efo re a T rib un al Constituted in Accordance with Article 26 of the Energy Charter Treaty and the 1976 UNCITRAL Arbitration
法学研究92巻6号(2019:6) Rules between Veteran Petroleum Limited ( Cyplus ) and The Russian Federation. Final Award, 1 8July 2014. 以 上、 次 の U R L を 参 照。 〈 https://www.italaw. comSites/default/files/cases-documents/italaw3278.pfg 〉、 〈 https://italaw.com/sites/default/files/case-documents/ ita0910.pdf 〉、 〈 https://www.italaw.com/sites/default/ files/case-documents/italaw3279.pdf 〉、 お よ び〈 https;// w w w .ita la w .co m /s ite s/ de fa ult /fi le s/ ca se -d oc um en ts / italaw3280.pdf 〉(アクセス ― 二〇一八年一二月) ( 94) この事件の対象となる投資は、ブルガリアにある石油 精 製 所 を 所 有 す る 地 元 の Nova Plama AD ( ジ ョ イ ン ト・ ス ト ッ ク・ カ ン パ ニ ー) の 持 分 の 取 得 で あ る。 投 資 家 た る キ プ ロ ス 法 人 プ ラ マ・ コ ン ソ ー シ ア ム・ リ ミ テ ッ ド ( P C L ) は、 ブ ル ガ リ ア の 行 政、 立 法 府、 司 法 そ の 他 公 的 機 関 が、 投 資 家 の 製 油 所 の 操 業 に 及 ぼ し た 損 害 お よ び 適 切 な 是 正 措 置 の 適 用 に 当 た っ て 拒 否 な い し 不 合 理 な 遅 滞 か ら 生 じ さ せ た 損 害 に つ い て 紛 争 処 理 を 申 し 立 て た も の。 ブ ル ガ リ ア 政 府 は、 P C L は キ プ ロ ス で 実 質 的 事 業 活 動 を 行 わ な い「 メ ー ル ボ ッ ク ス・ カ ン パ ニ ー」 に す ぎ ず、 エ ネ ル ギ ー 憲 章 条 約 締 約 国 の 国 民 に 所 有 さ れ 支 配 さ れ て い る こ と を 立 証 し な か っ た と 反 論 し た。 仲 裁 廷 は、 エ ネ ル ギ ー 憲 章 条 約 第 一 七 条 が 投 資 の 促 進 及 び 保 護 の 規 定 に 基 づ く 利 益 を 否 定 す る 権 利 を 留 保 す る と 規 定 す る 以 上、 そ の 権 利 を 行 使 す る か 否 か は 投 資 受 入 れ 国 の 裁 量 で あ り、 自 動 的 に 利 益 が 否 認 さ れ る わ け で は な い と し た ( パ ラ 一 四 九、 二 四 〇 )。 仲 裁 廷 は 過 去 の 仲 裁 判 断 を 参 照 し、 申 立 人 の 行 動 は 国 際 法 上 の 信 義 誠 実 原 則 等 に 違 反 す る と し、 申 立 人 の 投 資 財 産 に エ ネ ル ギ ー 憲 章 条 約 の 保 護 を与えることはできないと判断した。 ICSID Case No.ARB/03/24 Plama Consortium Limited ( Claimant ) and Republic of Bulgaria ( Respondent ) Decision on Jurisdiction of 8 February 2005. 次のURL を 参 照。 〈 https://www.italaw.com/sites/default/files/ case-documents/ita0669.pdf 〉( ア ク セ ス ― 二 〇 一 八 年 十 二 月) ( 95) 注 9の う ち 、 PCA Case No.2011-09. The Respondents ’ Memorial on Jurisdi ctio n, 3 December 2011, paras. 200-203, 209-210, 2120; Plama Consortium v. Bulgaria, ICSID Case No.ARB/03/24, Decision on Jurisdiction of 8 February 2005; Yukos Universal Limited ( Isle of Man ) v. the Russian Federation; Interim Award on Jurisdiction an d A dm iss ib ili ty, 3 0 N ov emb er 2 00 9; B ay ar S ch ar aw , op.cit., p.130; Maxi Scherer, ed., International Arbitration in Energy Sector. Oxford: Oxford University Press, 2018. p.192. ( 96) 注 9の う ち、 PCA Case No.2011-09. Decision on