再現精度を検証するとともに,当該海域における流動・ 水質構造を明らかにする.最後に,適用したモデルを用 いて,大阪湾とその周辺海域の物質動態に及ぼす黒潮離 接岸の影響を定量的に示す. 2. 大阪湾の水質と黒潮変動との関係 浅海定線水質調査データ(1972 ∼ 2005 年)を基に,大 阪湾の水質と黒潮変動との関係について解析を行った.夏 季の大阪湾南西部底層における水温および栄養塩濃度と, 潮岬(紀伊半島最南端)から黒潮流軸までの南方距離(以 下,黒潮距離)の関係を図-1に示す.黒潮距離が約100km 以下の場合にはどちらにも明瞭な関係がみられ,水温と 栄養塩濃度は黒潮距離の増加に伴いそれぞれ低下,上昇 している.これは黒潮が離岸するにつれて,高温・貧栄 養の黒潮表層水に代わり低温・富栄養の亜表層水が陸棚 に進入すること,また黒潮の流路変動が紀伊水道だけで なく大阪湾内にまで影響を及ぼし,湾南西部底層の水質 を概ね決定していることを示唆している.一方,黒潮が 100km以上離岸した場合には,水温と栄養塩濃度は再び上 昇,低下するが,黒潮距離との関係は大きく散乱し,一 意の関係を示さなかった.なお,これらと同様の傾向は 紀伊水道においても認められることが,竹内ら(1997)や Takashiら(2006)により報告されている.
大阪湾及び周辺海域の物質動態に及ぼす黒潮離接岸の影響解析
Influence Analyses of Kuroshio Meandering on Nutrient Behavior in and around Osaka Bay
中谷祐介
1・西田修三
2Yusuke NAKATANI and Shuzo NISHIDA
In an enclosed bay, it is pointed out that not only terragenic but also oceanic nutrients might have a major influence on the water environment. In this study, numerical simulations are conducted to quantitatively clarify the influence of Kuroshio meandering on nutrient behavior in and around Osaka Bay. As a result, numerical model showed that the density structure and the behavior of oceanic water mass in the shelf varied greatly according to the Kuroshio distance. Moreover, the simulation results indicated that Kuroshio meandering changed the nutrient transport amounts through the Kitan Strait more than twice and therefore had a considerable influence on the balance and cycle of nutrients in the bay. 1. はじめに 陸域からの汚濁負荷だけでなく,外洋を起源とする栄 養塩の動態も閉鎖性海域の水環境に無視できない影響を 及ぼしている可能性が近年指摘されている(例えば,沿 岸海洋研究部会,2006).東京湾や大阪湾のような汚濁 海域では,水環境改善を目的に総量規制等の陸域負荷削 減施策が継続して実施されているが,その実効性を正し く評価するためには,内湾−外洋間の相互作用を考慮し た物質循環機構の解明が必要不可欠である.一方,瀬戸 内海では栄養塩不足による基礎生産力の低下が近年懸念 されており,水産資源管理の観点からも外洋起源栄養塩 の動態の把握が重要な課題となっている. 大阪湾に通じる紀伊水道においても,黒潮の離岸距離 に応じて,高温・貧栄養の黒潮表層水または低温・富栄 養の黒潮亜表層水のいずれかが外洋から進入すること が,長期観測資料の分析により明らかにされている(竹 内ら,1997 ; Takashi ら,2006).また,西田ら(2006) は大阪湾と紀伊水道を結ぶ紀淡海峡において現地観測を 実施し,離接岸状況に応じて海峡部の物質輸送構造が異 なること,さらに夏季離岸時には河川からの流入負荷量 に匹敵する量の栄養塩が海峡底層を通じて湾内に流入し ていることを示した.しかし,現地観測からは時間的・ 空間的に断片的なデータしか得ることができないため, 長期的かつ広域的な物質動態を把握することは難しい. 本研究では,まず大阪湾の水質と黒潮変動との関係に ついて既往観測資料を用いた解析を行う.次に,大阪湾 とその周辺海域に流動・物質循環モデルを適用し,その 1 正会員 博(工) 東京大学助教大学院新領域創成科学研究科 環境システム学専攻 2 正会員 工博 大阪大学教授大学院工学研究科 地球総合工学専攻 図-1 夏季の大阪湾南西部底層における水温,栄養塩濃度と 黒潮距離との関係
(1)解析の概要 前章において黒潮変動の影響が顕著に認められた夏季 を対象に,接岸期と離岸期のそれぞれについて流動・水 質の再現シミュレーションを行い,数値モデルの再現精 度を検証するとともに,対象領域における流動構造と栄 養塩動態について解析を行った. 図-2 に黒潮距離の変動を示す.黒潮は 2001 年 9 月以降 には概ね安定した接岸状態にあったが,2004 年 6 月から は大蛇行流路に移行し,2005 年 8 月下旬に再び接岸した. 紀伊水道中央部で観測された底層水温の月変動を図-3 に 示す.7,8 月に注目すると,2002 年には平年値に比べて 3℃以上高く,2005 年には 4 ℃以上低くなっている.こ れらは竹内ら(1999)が指摘した表層暖水と底層冷水に よる影響と考えられ,両年の夏季はそれぞれ接岸期,離 岸期の典型的な水温環境にあったと考えられる.そこで 本研究では,接岸期と離岸期を代表するモデルケースと して 2002 年と 2005 年の再現シミュレーションを行った. (2)数値モデル
解析には HydroQual Inc.により POM をベースに開発さ れた準三次元流動モデル ECOMSED と物質循環モデル RCAを用いた.隣接海域との物質交換を考慮するため計 算領域は図-4 に示す範囲とし,水平方向には 1km 格子の デカルト座標系,鉛直方向には等間隔 20 層のσ座標系を 用いた.水平および鉛直方向の渦動粘性・拡散係数はそ れぞれ Smagorinsky モデルと Mellor-Yamada モデルにより 算定した.水質モデルでは炭素,酸素,窒素,リン,ケ イ素を指標元素とし,3 種の植物プランクトンや還元物 質も含め計 24 個の状態変数を考慮した.有機態 C,N,P は懸濁態と溶存態に区別し,さらにそれぞれを難分解成 分と易分解成分に分けて扱った.底質モデルは好気層と 嫌気層の 2 層から成り,底層 DO 値に応じて好気層厚が変 化するようにモデル化されている.有機態 C,N,P は分 解速度に応じてそれぞれ 3 画分を考慮した.水質,底質 に関するパラメータは既往研究による採用値を参考に, 各年 8 月初旬に実施された浅海定線水質調査の観測結果 (図-4)をよく再現するように調整して設定した. (3)計算条件 3ヶ月間(4 ∼ 6 月)の助走計算を行った後,7 ∼ 8 月の 結果を解析に用いた.静止状態から開始し,水質の初期 条件には観測結果を基に 4 月の平均的な分布を与えた. 底質については 2005 年の境界条件下で通年計算を繰り返 し,年変動が概ね周期的に落ち着いた後の結果を用いた. 開境界では各境界両端(図-4)で実測値に基づいた潮位 変動を与え,その間は線形に補間した.潮位はT.P.を基準 としたが,水温・塩分分布が観測結果をよく再現するよ うに一定の基準高調整を加えた.また,外洋側境界では 黒潮変動の影響を考慮するために,FRA-JCOPE2再解析デ ータ(Miyazawa ら,2009)より水温,塩分の日変動を与 えた.水質については関係機関により境界付近で測定さ れた各季の観測値を補間して与えた.ただし,外洋水の 水質特性を考慮し,[NO2+NO3]-N 濃度については中山ら (2009)の方法に従い,水温の関数として与えた.また, PO4-PとSiO2-Siについては紀伊水道底層で採水された海水 試料に関する水質分析結果を基に構築した[NO2+NO3]-N との濃度相関より推定した. 気象条件には 11 箇所の気象庁測候所(図-4)における 図-3 紀伊水道中央部における底層水温の月変動 図-4 計算対象領域
毎時観測値の平均を空間一様に与えた.ただし,風場に ついては陸上観測値に海上風速補正(1.5 倍)を施すとと もに,Kriging 法を用いて推定した空間分布を与えた. 陸域流入条件には実測流量を与えるとともに,栄養塩 の化学形態や出水時負荷特性を考慮して詳細に算定した 負荷量を与えた.詳しくは前報(中谷ら,2011)を参照 されたい. (4)数値モデルの再現性 水温,塩分について計算結果と観測結果との比較を図-5に示す.図中には近似直線の式と決定係数 R2,および 観測値と計算値の二乗平均平方根誤差 RMSE もあわせて 載せている.離岸期における冷水の底層進入や出水に伴 う低塩分化の影響を含め,計算結果は観測結果といずれ もよく一致している.また,2005 年 8 月初旬の大阪湾内 における栄養塩濃度について観測値と計算値の比較を図-6に示す.DIN,PO4-Pともに観測値から大きく外れたプ ロットがみられるが,これらはいずれも湾奥部沿岸近傍 における表層の値であり,格子解像度が粗く複雑な沿岸 地形を表現できていないために,局所的な流動・水質が 十分に再現されなかったものと考えられる.しかしなが ら,表層の活発な一次生産による栄養塩の枯渇状態や, 栄養塩溶出による底層の高栄養塩化は再現されており, 大阪湾の水質構造は概ね良好に再現されているといえる. (5)紀伊水道における流動構造と栄養塩動態 計算によって得られた 2005 年 7 月 16 ∼ 30 日における残 差流系の結果を図-7 に示す.大阪湾では沖ノ瀬環流や西 宮沖環流といった既往研究により指摘されている当海域 特有の残差流系が再現されている.紀伊水道に注目する と,大阪湾から流出した湾内水は表層を南西に向かって 流れ,鳴門海峡からの流出水とともに四国沿岸を地衡流 的に南下している.その一部は太平洋へ流出するが残り は北東に流向を変え,その結果,紀伊水道中央には反時 計回りの環流が形成されている.一方,水深 40m では太 平洋から紀淡海峡に向けて北向きの流れがみられ,紀淡 海峡を通過して明石海峡にまで達している. 同期間におけるDINの平均濃度について,V-line(図-4) に沿った鉛直断面分布を図-8 に示す.外洋からの亜表層 水の底層進入により,DIN濃度は紀伊水道で高い値を示し ている.しかし,後掲の密度分布(図-9(a))とは異なり, DIN濃度の極大は紀伊水道中央に分布し,外洋境界で最大 値を示す連続的な分布とはなっていない.よって,紀伊 水道における栄養塩動態は外洋水の流入過程だけでは説 明できないと考えられる. 紀伊水道内の栄養塩動態について,シミュレーション 結果を基に以下で考察する.栄養塩に富む亜表層水は成 層効果により紀伊水道底層を北上し,紀淡海峡を通過し て大阪湾底層に流入する.その際,海峡部で鉛直混合を 図-5 水温と塩分に関する観測値と計算値の比較 図-6 栄養塩濃度に関する観測値と計算値の比較 図-7 15日間における残差流系の計算結果 図-8 DIN濃度の鉛直断面分布と栄養塩動態の模式図
塩を鉛直方向に輸送する.水中で回帰した栄養塩は,有 光層では再び一次生産に利用されることで内部生産の循 環に取り込まれるが,無光層に放出された栄養塩は密度 流によって再び紀淡海峡へ向かって運ばれる.これら一 連の過程の結果,図-8 に示したような紀伊水道中央部で 極大をもつ栄養塩濃度の分布が形成されるものと考えら れる.このように,紀伊水道の栄養塩動態には反時計回 りの環流とエスチュアリー循環が重要な役割を果たして いるが,そのような物理過程だけでなく生物化学過程の 影響も無視できないことが数値シミュレーション結果か ら推察された.以上の推論については,今後詳細な現地 観測を実施し,実証的に検証する必要があると考える. 4. 沿岸域の物質動態に及ぼす黒潮離接岸の影響 (1)解析方法 当該海域の物質動態に及ぼす黒潮離接岸の影響を捉え るために,離岸期(2005 年)の再現計算において開境界 条件のみを接岸期(2002 年)の条件に変更した場合の解 析を行い,離岸期再現計算と結果の比較を行った.また, Lagrangian粒子追跡法により,南端境界の 80m 以深に位 置する各グリッドから外洋起源物質に見立てた粒子を 7 月 1 日 1:00 から 1 時間ごとに 1 粒子ずつ放出し,陸棚にお ける粒子挙動を視覚的に捉えた. (2)密度構造と外洋起源物質の進入挙動に及ぼす影響 7月 16 ∼ 30 日における期間平均密度について,V-line に沿った鉛直断面分布を図-9 に示す.離岸条件下では低 温の亜表層水が陸棚に進入することで密度成層が強化さ れている一方で,高温の黒潮表層水が流入する接岸条件 下では成層が弱くなっていることがわかる.外洋水の底 層進入は密度流に起因する輸送機構であるため,成層強 度の変化は外洋起源物質の挙動にも影響を及ぼす.粒子 の放出開始から 20 日後における粒子群の水平投影図およ び南北方向の鉛直投影図を図-10 に示す.離岸条件下で は粒子は約 6.3cm/sec の平均速度で紀伊水道底層を進入 し,11 日後には紀淡海峡を通過して大阪湾へ流入し,そ のまま底層を北上して 20 日後には明石海峡付近にまで到 達している.一方,接岸条件下では離岸条件下と同様に 粒子は紀伊水道底層を進入するものの,その平均速度は 約 2.8cm/sec と遅く,20 日経過後も紀伊水道中央部にまで しか到達していない.このように,陸棚における外洋起 源物質の進入挙動は離接岸状況によって大きく異なり, その進入速度は 2 倍以上も変化することがわかった. (3)大阪湾の窒素・リンの収支と循環に及ぼす影響 計算によって得られた,大阪湾における窒素・リンの 収支と循環の模式図を図-11に示す.離岸,接岸条件下に おけるそれぞれの 7 月の月平均値について,大阪湾への 流入方向を正値で表している.なお,図中には雨水の水 質モニタリング結果(西田ら,2008)を基に算定した大 気由来の栄養塩負荷量についてもあわせて示している. まず,離岸条件下における無機態栄養塩 I-N,I-P に注 目すると,陸域からは 95.9tonN/day,5.3tonP/day が流入 する一方で,底質からはその約 1.3 倍,約 4.8 倍にも相当 する量が溶出し,栄養塩の起源として大きな割合を占め ている.また,湾内では有機物の分解・無機化過程によ って 126.1tonN/day,14.3tonP/day が水中に回帰しており, 外部負荷に匹敵する栄養塩の供給源となっている.一方, 海峡部では栄養塩収支は負値を示すとともに,内部生産 により生成された有機物が湾外へ除去されている. 離岸条件と接岸条件の結果を比べると,海峡部におけ る物質輸送量に顕著な差異がみられる.これは離接岸に よって外洋起源物質の陸棚挙動が変化すること,また進 入する外洋水の水質特性が異なることによる.特に紀淡 海峡における I-N,I-P 輸送量についてみると,接岸条件 下では離岸条件下に比べてそれぞれ約 3 倍,約 2 倍もの 流出が生じており,離接岸が大阪湾の栄養塩収支を大き く変化させていることがわかる.また,離接岸は陸棚の 図-10 外洋起源物質の進入挙動の水平・鉛直投影図 (a) 離岸条件 (b) 接岸条件
水温環境も変化させるため,大阪湾の内部循環系にも影 響を及ぼし,接岸条件下では離岸条件下に比べて有機物 の分解・無機化過程に伴う I-P 回帰量が 20% 以上も増加 している.このように,離接岸は大阪湾の栄養塩収支だ けでなく,内部循環量にも無視できない影響を及ぼすこ とがわかった. 5. おわりに 本研究では,大阪湾及び周辺海域の物質動態に及ぼす 黒潮離接岸の影響について,夏季を対象に定量的な解析 を行った.得られた主な結論は以下の通りである. (1)黒潮変動の影響は大阪湾にまで及び,湾南西部底 層の水質は黒潮距離によって概ね決定されている ことがわかった. (2)紀伊水道における栄養塩動態には,中央部にみら れる反時計回り環流とエスチュアリー循環が重要 な役割を果たしているが,そのような物理過程だ けでなく生物化学過程も大きく作用していること が推察された. (3)外洋起源物質は成層効果により陸棚底層を進入す るが,離接岸状況に応じて進入する外洋水の水温 が異なり陸棚の成層強度が変化するため,離岸期 には接岸期に比べて進入速度が 2 倍以上も増加す ることがわかった. (4)接岸条件下では離岸条件下に比べて紀淡海峡を通 じた I-N 流出量が約 3 倍も増加するなど,離接岸は 大阪湾の栄養塩収支を大きく変化させることが数 値実験より示された.また,離接岸は陸棚の水温 環境を変化させることで内部循環系にも影響を及 ぼし,接岸条件下では離岸条件下に比べて湾内に おける有機物の分解・無機化過程に伴う I-P 回帰 量が 20% 以上も増加する結果が得られた. 謝辞:本研究の一部は科学研究費補助金(基盤研究(B) No.21360236)により行われたことをここに付記する. 参 考 文 献 沿岸海洋研究部会(2006):シンポジウム「沿岸海域に存在する 外洋起源のリン・窒素」,沿岸海洋研究,第 43 巻,第 2 号. 金 漢九・中辻啓二・前田瑛美・西田修三(2008):大阪湾・紀 伊水道において観られるもう一つの密度流系,海岸工学論 文集,第 55 巻,pp. 391-395. 竹内淳一・中地良樹・小久保友義(1997):紀伊水道に進入する 表層暖水と底層冷水,海と空,第73巻,第2号,pp. 49-60. 中谷祐介・川住亮太・西田修三(2011):大阪湾に流入する陸域 負荷の実態・変遷と海域環境の変化,土木学会論文集 B2 (海岸工学),Vol. 67,No. 2,pp. I_886-I_890.
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