2012
年度イギリス文学史(2)
参考文献
Michael Alexander,
A History of English
Literature
(Palgrave Macmillan)
Ronald Carter and John McRae,
The Routledge
History of Literature in English: Britain and
Ireland
(Routledge)
Ronald Carter and John McRae,
The Penguin
Guide to Literature in English: Britain and
Andrew Sanders,
The Short History of English
Literature
(Oxford UP)
Paul Poplawski, ed.,
English Literature in Context
(Cambridge UP)
Margaret Drabble, ed.,
The Oxford Companion to
English Literature
(Oxford UP)
内田能嗣『イギリス文学史』(大阪教育図書)
上田和夫(編)『イギリス文学辞典』(研究
社)
青木和夫、丹治竜郎、安藤和弘『知っておきた
いイギリス文学』(明治書院)
10分ぐらいでわかる18世紀までの
イギリス文学
Geoffrey Chaucer (1340?-1400)
ワイン商人の息子
宮廷に仕え、外交官として働く Middle Englishで作品を書いた
Troilus and Criseyde
(c1385)The Canterbury Tales
(1387-1400)騎士(the Knight)の話 粉屋(the Miller)の話
William Shakespeare (1564-1616)
Stratford-upon-Avon生まれ 裕福な商人の息子
18歳の時に8歳年上のAnne Hathawayと結婚
ロンドンに出てthe Globe Theatreを中心に劇作家 として活躍
四代悲劇(
Hamlet
、Macbeth
、King Lear
、Othello
)のほかMidsummer Night’s Dream
、Romeo and Juliet
、Tempest
などの 37本の戯曲を残したShakespeare’s birthplace in
Stratford-upon-Avon
John Milton (1608-74)
London生まれ Cambridge大学のChrist’s Collegeで学ぶ 政治的・宗教的激動の時代を議会派の論客とし て過ごした 30代のころから盲目だった 晩年は詩作に専念したParadise Lost
(1667)John Dryden (1631-1700)
Northamptonshire生まれ Cambridge大学のTrinity Collegeで学ぶ 桂冠詩人(Poet Laureate)の称号を授けられた 最初の詩人 批評家としてもすぐれていたAnnus Mirabilis
(1667)Essay of Dramatic Poesy
(1668)All for Love
(1678)Augustan to Gothic 1700-89
社会全般の特徴
①政治的な安定
Hanover家の王の下での政党政治(WhigとToryに よる二大政党制)の発展
Thomas Hobbesを批判したEarl of Shaftesburyの 思想は時代を反映していた
②宗教的な寛容
宗教的な熱狂がうすれる カトリックや非国教徒に対する暴力的な迫害は ほとんどなくなったが差別は残る ユダヤ人や無神論者も容認されるようになる③植民地の拡大
“Rule, Britannia! Britannia, rule the waves Britons never never never shall be slaves.” (James Thomson, “Rule Britannia” (1740)) バブル経済をもたらす(South Sea Bubble)
④都市の急速な発展
“When a man is tired of London, he is tired of life” (Samuel Johnson)(James Boswell,
Life of Johnson
, 1791) 消費文化の出現 coffee houseが社交の場となる⑤科学の進歩
Royal Societyを中心にした組織的な科学研究 産業革命や農業革命をもたらす⑥理性や良識への信頼←社会の安定
the Enlightenmentという思想が生まれる 理性に対する信頼→世界は理性によって完全に 説明される Isaac Newton (1642-1727)の功績“Nature and nature's law lay hid in the night / God said, Let Newton be, and all was light.”
(Alexander PopeがNewtonの墓碑銘とするために書い た対句)
百科事典による世界の合理的な説明
Encyclopaedia Britannica の出版(1768-71)←フランスの DiderotやD'AlembertによるEncyclopedie (1751-72)
Issac Newton’s monument in
Westminster Abbey
文学と文化の特徴
①The Augustan ageと呼ばれる時代
新古典主義(neoclassicism)の時代とも呼ばれる 最盛期ローマ帝国の文学作品を範例とする
Augustus (27BC-AD14) ローマ帝国の初代皇帝
Augustusが統治していた時代にはVirgil, Horace, Ovid らのすぐれた詩人たちが活躍した
新古典主義の特徴
• 技術や形式を重視
• originalityに大きな価値はあたえられない
• 娯楽性と教訓性の両立
• golden mean (via media)を理想とする
②読者層の拡大
余暇の増大、教育の普及 文学作品の読者が貴族階級から中産階級に拡大 した 貴族のパトロンの影響力が衰え出版業者の影響 力が増す 出版業、雑誌、サロン、図書館などを通じて文 学作品が階級や地域を越えて普及する③文学および文学者の地位の向上
Alexander Popeは劇作家以外で書くことによっ て生活できた最初の文学者
Joseph AddisonやSamuel Johnsonは絶大な権威を もっていた
Laurence Sterne (
Tristram Shandy
)やJamesMacpherson (Ossian詩)などのベストセラー作家 の出現
④小説の勃興
巨大化・複雑化する社会の中で流動化する個人 を描く
小説は下品で雑種的で商業的なジャンルとみな された
Joseph Addison (1672-1719)
Lichfield (Samuel Johnsonの生地でもある)の首席 司祭(Dean)の息子 CharterhouseからOxford大学に進学、Magdalen College卒業 古典学者、外交官、政治家、劇作家、編集者 18世紀初頭の代表的な知識人 社会の安定と繁栄にとっての良識の重要性を説 く
Richard Steele (1672-1729)が編集していたThe Tatler
(April 1709-January 1711)の発行に協力
The Spectator (March 1711-December 1712)をSteele とともに編集 全555号 1714年にAddisonだけで復刊、全80号を刊行する あるクラブによって出されている雑誌という意匠を とる 架空のメンバーの対話からなる記事が人気を呼ぶ
Sir Roger de Coverley 田舎 Sir Andrew Freeport 商業 Captain Sentry 軍隊
Will Honeycomb 都市 Mr Spectator 傍観者
Alexander Pope (1688-1744)
名誉革命の年にロンドンでカトリック教徒のリ ネン商人の家庭に生まれる カトリック教徒であるがゆえに大学教育を受け られず古典を独学する 結核とぜんそくに苦しむ 背骨の湾曲のため身長は140cmもなかった1713年Swiftらとともにthe Scriblerus Clubを結成 1715年から20年にかけてホメロスの
Iliad
の翻訳 を出版、その収入でTwickenhamに広壮な屋敷を 建てたLady Mary Wortley Montagu
(1689 – 1762)
主要著作
An Essay on Criticism
(1711)The Rape of the Lock
(1712)The Iliad
(1715-20)The Works of Shakespeare
(1725)The Odyssey
(1725-26)The Dunciad
(1728-1743)詩の教育的な役割に対して自覚的であった
文体の明晰性の追求→人工的であるという
Wordsworthによる批判を招く
英雄詩体二行連句(heroic couplet)を多用
自然の調和と秩序を再現するのが芸術であ
るという考えにもとづいて詩を書いた
The Rape of the Lock
2-canto version (1712) 5-canto version (1714)
Lord PetreがArabella Fermor(詩の中ではBelinda)の愛 敬毛を切り取った事件を下敷きにしている 叙事詩の荘重な文体(英雄詩体二行連句)で些末な 事件の顛末を語る mock-heroicと呼ばれる詩のジャンルに属する→古 典的な文体を用いて現代を批判・風刺 女性の美のはかなさというテーマ
'New things are made familiar and familiar things are made new' (Samuel Johnson, Lives of the Poets, 1781)
An Essay on Criticism
(1711)と
An Essay on
Man
(1734)
宇宙の中における人間の位置および世界の中に おける人間の責任という問題を探求 人間の不完全性⇔神(理性)の完全性 合理的な法則によって形成される自然(nature)と いう思想の持ち主←Newton 芸術を自然の模倣ととらえる→表現の技術を重 視する 趣味と価値判断の普遍的な基準を明らかにしよ うと試みる小説の勃興(The Rise of the Novel)
(近代)小説の条件(川口喬一『イギリス小説入門』) (1) 伝統的なプロットを使わず、かけがえのない個人 の経験を語ること (2) 特定の具体的な環境に人物をおくこと (3) 類型としての人物ではなく、その人物の個人性、 特殊性、性癖などを描くこと (4) 時間的経過の中で語られること (5) 空間的、地理的広がりをもつこと (6) 事実に忠実な即物的な散文で書かれていること 川口喬一の考えでは、以上の条件を満たす最初の(近代) 小説は、Daniel DefoeのRobinson Crusoeである近代小説以前の物語
Gilgamesh 紀元前2000年ごろ
Homer, The Odyssey 紀元前9、8世紀 Petronius, Satyricon 紀元前1世紀
『竹取物語』(901-22) 『源氏物語』(c.1000)
The Arabian Nights' Entertainments 9世紀ごろ Boccaccio, Decameron (1353)
Geoffrey Chaucer, The Canterbury Tales (1387?-1400) Francois Rabelais (c.1483-1553)作のGargantua (1534)や
Pantagruel (1532, 46, 52, 62-64) 『三国志演義』14世紀
『水滸伝』14世紀 『西遊記』16世紀
novelという名称について
novella storia (new story)というイタリア語が起源 16世紀にnovellaeという単語がBoccaccio (1313-75)の Decameron (1353)のような短い物語という意味で使われ るようになる 17世紀の半ばにはnovelという単語が生まれ、不義の愛を 描くロマンスを指す言葉として用いられるようになる その当時散文の長い物語はhistoryと呼ばれた(storyと同 語源) その後18世紀の半ばからhistoryの代わりにnovelという語 が用いられるようになっていく
triple rise (Ian Watt,
The Rise of the Novel
, 1957)the rise of the middle class→the rise of the reading public→the rise of the novel
多様なジャンルの混交としての小説 ロマンス(romance) 悪漢物語(picaresque) ユートピア物語(utopia) 伝記(biography)あるいは自伝(autobiography) 寓話(fable) 人物類型分析(characters)
イギリス小説の先駆者
Aphra Behn (1640-89)
オランダ系イギリス人商人と結婚、夫の死後オ ランダでスパイ活動に携わった 帰国後借金のため投獄される その後劇作家として成功を収める 歴史上初めての女性職業作家(Virginia Woolf)Love Letters between a Nobleman and his Sister
(1683)→書簡体小説(epistolary novel)、実話小説 (roman a clef)
Oroonoko: or, The Royal Slave
(1688) 舞台はSurinam Oroonokoはアフリカのある国の王の孫で、王に仕える 将軍の娘Imoindaと恋仲にあった 王がImoindaに横恋慕し、彼女を後宮に入れ、やがて奴 隷商人に売りとばす Oroonokoも奴隷商人にとらわれ、Surinamに送られ、 Imoindaと再会 Oroonokoは奴隷たちを扇動して逃走を図るが、つかま り、鞭打たれる 復讐を誓ったOroonokoは死を覚悟、Imoindaの望みどお りの彼女を殺すが、結局つかまり、残忍な仕方で処刑 される noble savageとしての主人公→植民地主義批判Delariviere Manley (?1663-1724)
Channel Islands生まれ いとこと結婚するが、相手はすでに既婚者だっ たことがわかり、妊娠した状態で逃げ出す Duchess of Clevelandの話し相手として、侯爵夫 人のロンドンの屋敷に暮らすようになったが、 夫人の息子との関係を疑われ、追い出される その後しばらく田舎に住み、ロンドンに戻る 劇作家としてデビュー Fleet監獄の看守の愛人となる 小説を書き、大きな成功を収めるSecret Memoirs and Manners of Several Persons of
Quality, of Both Sexes from the New Atalantis
)(1709) 地中海の架空の島New Atalantisに暮らす人びとの生態 を描く Whig党の政治家などを戯画化 ホモセクシャル、近親相姦、レイプなどの赤裸々な描 写 出版禁止となり、Manleyは逮捕される 実話物語(roman a clef) スキャンダルと文学の関連性
Daniel Defoe (1660-1731)
ロンドンで獣脂ろうそく製造人(tallow chandler)James Foeの息子として生まれる 一家は非国教徒(長老派)だった 1684年結婚 1695年姓にDeを付す(Deをつけると高貴に聞こえ るため) メリヤス商人(hosier)を皮切りに職を転々とす る 借金のために何度も投獄される1688年の革命では、オランダから迎えられた William IIIを支持
1702年に出版した
The Shortest Way with
Dissenters
のために文書誹毀罪で投獄され、さら し台の刑を受ける 1704年釈放後、雑誌The Review
を創刊、13年ま で発行を続ける(週三回) Tory党の政治家でのちに首相となるRobert Harleyのスパイとして活動 1712年ふたたび投獄される 1715年にWhig党が議会で権力を握ってから小説 の執筆を活動の中心にする Whig党のスパイとしても活動主要著作
The True-Born Englishman (1700) オランダ出身のWilliam IIIを擁護する風刺詩
The Shortest Way with Dissenters (1702) 非国教徒であ るDefoeが非国教徒の抑圧を要求するパンフレット
A True Relation of the Apparition of one Mrs Veal (1706) 幽霊物語
Robinson Crusoe (1719)
Moll Flanders (1722) 刑務所生まれの女性がイギリスと アメリカを往復しながら送る波瀾万丈の人生
A Journal of the Plague Year (1722) ロンドンでのペスト の流行(1664-65)を題材にした架空のルポルタージュ
Roxana (1725) 巧みに男を利用して財産を蓄えた女性が
最後は極貧生活に陥り、刑務所で悔恨する自伝形式の物 語
A Tour through the Whole Island of Great Britain (1724-27) 情報収集のための旅行の記録
The Life and Strange Surprising adventures of
Robinson Crusoe
船乗りAlexander Selkirk (1676-1721)の手記(Steele が発行していた雑誌
The Englishman
の1713年12月 3日号に発表)から着想を得たフィクション CrusoeはHull出身、中産階級の父親は彼が法律家 になることを望んでいたが、その教えに背いて 船乗りになる→中産階級の価値観に対する反逆 者→最終的には中産階級の価値観を体現する独 立独行の人間(a self-made man)になる事実であることを強調する←フィクションは軽 視されたため
Crusoeが孤島で過ごしたのは28年2ヶ月19日間で あることが正確にわかる
Title page from the first edition of
Robinson
Crusoe
孤島に暮らす人間→近代人のプロトタイプ 孤立した状況の中みずからの判断で行動する個 人主義者(Rousseau) 環境も他者もすべて道具とみなす典型的な資本 主義者(Marx) 奴隷Fridayとの関係の非対称性→Crusoeが体現す る植民地主義者の視線 寓話的な要素とリアリスティックな要素の混在 宗教性(父親に対する反逆が招いた罰、孤島での 生活から生まれる信仰心など)は作者の意図とは 裏腹に背景に退いている→物質主義が前面に出 る
Jonathan Swift (1667-1745)
Dublin生まれ、法律家の息子
Trinity Collegeを卒業後、1689年にイギリスに渡り外 交官William Templeの秘書となる
Templeの妹の召使いの娘Esther Johnson (‘Stella’)と 知り合う 1699年Temple死去、Swiftは望んでいた出世を成し遂 げることができないままアイルランドに戻る St Patrick's Cathedralの聖職を得る StellaもDublinに移住 しばしばロンドンを訪れAddisonらと交流 Whig党支持者として活動 政治的な立場をWhigからToryへと変える 1710年Toryによる政権奪取 ロンドンで文名が高まる→Popeらと交流(The Scriblerus Clubのメンバーとなる)
1713年St Patrick's Cathedralの主席司祭に任命さ れる 1714年Toryが政権を失う→アイルランドに引き こもる 1728年Stellaの死 1745年死去 St Patrick's CathedralのStellaの墓の隣に埋葬され る
自作の墓碑銘 “The body of Jonathan Swift,
Doctor of Sacred Theology, dean of this cathedral church, is buried here, where fierce indignation can no more lacerate his heart. Go, traveler, and
imitate, if you can, one who strove with all his