第1回定例研難聴分科会 〈提案〉
難聴通級指導教室のあり方
自分の思いを生き生きと表出できる子どもをめざして 富士宮市立東小学校 難聴通級指導教室 大内 伸枝 1 はじめに 富士宮市立東小学校には、言語通級指導教室と難聴通級指導教室が一つずつあり、言 葉の発達や・コミュニケーション、きこえに課題がある児童をそれぞれ受け入れている。 静岡県内では、聴覚特別支援学校を除くと難聴通級指導教室は、本校だけである。平成 23 年度は、富士宮市(1名)・富士市(3名)、計 4 名の難聴児が通級していた。わたし は、昨年度初めて難聴通級指導教室の担当になったが、本校には、アドバイザーの先生 や前年度担当の先生がいてくれるため、通級児童の支援を引き継ぎ、アドバイスをもら いながら、一人一人に合う支援となるよう取り組んできた。 2 研究にあたって 昨年度一年間だけの取組なので、まだまだ至らないことばかりであるが、難聴通級指 導教室では、「難聴を受け入れ、心豊かに生きる子」をめざして支援をしている。 そのためには、自分に自信をもち、自分の思いを生き生きと表出できる通級指導教室で ありたいと考えた。そこで、昨年度通級してきた4人の児童について、具体的な活動を 振り返りながら、通級指導教室のあり方について考えることにした。 3 実践の内容 (1) 児童 A について 富士市立 A 小より通級 3年生男子 初回相談: 平成 22 年9月1日(2年生) ① 児童の実態 主訴: サ行、タ行の発音が気になる。はっきりと話せるようになってほしい。 様子: 6歳7か月(小1)の時、県立総合病院で、軽・中等度難聴(感音性、右耳 40dB,左 耳42dB)と診断された。2年生になり、聴力、発音が気になるため、母親がインタ ーネットで難聴教室を探し、本教室への通級を希望した。平成23 年8月末補聴器装 用。話を集中して聞き、身に付いていることばを構造化しながら、聴覚活用活動を行 い、コミュニケーション能力を高めている。 ② 目標:補聴器の装用とよりよい聞き取りをめざし、語彙を豊かにする。 ③ 具体的な活動 ア 聞き取り(話し手に集中して聞く力を高める。) 机を挟んだ距離(2m~)や、後方からの教師の声を聞き取って復唱している。 イ列の音を単音で聞き取ることは難しい。生活の中でよく使う単語はイメージが もてるので聞き取れる。聞き慣れない単語は口の動きを見て類推して聞く。 イ ことば集め(語彙を豊かにし、コミュニケーション能力を高める。) 集めた言葉が確かなものとなるよう、板書して音とイメージを結び付けてい る。分からない語句があった時は、図鑑や辞書を使って調べて確認している。集 めた語句を使って短文作りにつなげている。ウ 聞こえの授業(難聴を受け入れながらたくましく豊かに生きていく力を育む。) 9月より補聴器を付けて登校し始めたので、通常学級で、きこえの授業を行っ た。子どもたちは、真剣に話を聞き、本児へのかかわり方についても考えた。ま た、本児も同席して授業を行ったことで、みんなに補聴器のことを知ってもらい、 安心したという感想をもった。 (2) 児童 B について 富士市立 A 小より通級4年生男子 初回相談: 平成 19 年 12 月 12 日(年長) ① 児童の実態 主訴: 右耳はスケールアウト、左耳は 40dBである。 様子:5歳の時、感音性難聴の診断を受けた。右耳は 103dBの重度難聴で補聴効果が認め られないため左耳のみ6歳から補聴器を装用している。言語力は、年齢相応で、静 かな環境では、コミュニケーションには不自由しない。通常学級では、座席等の配慮 をしてもらっている。話を集中して聞き、語彙を拡充しながら、聴覚活用活動を行い、 コミュニケーション能力を高めている。 ② 目標:言葉のもつイメージを広げて語彙を増やし、コミュニケーション能力を高める。 ③ 具体的な活動 ア 聞き取り(読話を併用し、話し手に集中して聞く力を高める。) 机を挟んだ距離(2m~)や、後方からの教師の声またはテープの音声を聴写 している。単音では、聞き分けにくい音があるが、単語や短文では、前後の関係 から類推して考えられる。小さい頃から家庭や地域で多くの体験をしているので、 言葉から描くイメージが豊富で、知らない言葉や耳慣れない言葉は口形を見て判 断している。 イ 連想ゲーム(語彙の拡充) 一つの言葉を多面的にとらえることができるようになってほしいという願いか ら取り組んでいる。俳句に出てくる動詞について連想するものを挙げ、発展させ ている。自発的に体験と絡めて話を広げたり、なぜそれを連想したか理由を話し たりすることもできる。いろいろな体験をすることで、言葉とかかわらせて確か な語彙が増えている。 ウ 英語に親しむ(聴覚活用能力、視覚情報を活用する力を高める。) 簡単なゲームや月日・曜日・数などを英語で聞く、話す活動を行っている。あ いさつや簡単な問い(How many~? Do you have~?)を聞き取って答えることが できる。50 までの数では、12~15・20 の発音はしにくい。耳だけでなく、ロー マ字を使って名前を書いたり、アルファベットの大文字や小文字のカードを使っ てカルタをしたりすることで、英語の文字にも親しめるようにしている。 (3) 児童 C について 富士宮市立 B 小より通級4年生男子初回相談: 平成 20 年1月 25 日(年長) ① 児童の実態 主訴: ザ行の発音が正しく言えない。環境の変化に慣れにくい。 様子: 0歳の時、県立子ども病院で診断(伝音性難聴、両耳 70dB、両耳の耳介欠損及び 外耳道閉鎖)を受けた。骨導補聴器を装用し、補聴器装用時の聴力は、30dBであ る。言語力は、年齢相応で、静かな環境下では、コミュニケーションにはそれほど 不自由しない。現在は、正しい発音ができ、集団の中でもかなり聞き取れているが、
活動を行い、進んでコミュニケーションしようとする力を高めている。 ② 目標:自分のよさを知り、生き生きと活動する。 ③ 具体的な活動 ア 聞き取り(話し手に集中して聞く力を高める。) 伝音性難聴で、きこえはよいが、「シ・キ・チ」などの音は単音では聞き分けら れないことを自覚し、自分から「もう一度、もう尐し大きい声で。」などと言え るようになってきた。本児が言葉や話をより理解し、だれとでも楽しく会話でき るように、これからも確かな言葉を増やしていきたい。 イ 連想ゲーム(語彙の拡充) 一つの言葉を多面的にとらえる力を付け、身の回りの自然にも目を向けて生活 を豊かにしていってほしいという願いから取り組んでいる。本児が連想した内容 から、ニュースや環境問題についても関心があることが伺えた。しかし、まだ自 発的に体験と絡めて話を広げたり、なぜそれを連想したか理由を話したりするこ とは苦手である。 ウ お話作り(相手の話を正確に理解したり、自分の思いを正確に伝えたりする力を育てる。) 自分の気持ちを表現することが苦手なので、絵(写真)から想像し、お話を作 っていく中で、気持ちや動きも想像して言葉にする活動を行っている。話の中で、 自分の経験と結び付けて想像を広げたり、自分の気持ちを表現したりすることに 尐し慣れてきた。 (4) 児童 D について 富士市立 C 小より通級 6年生女子初回相談: 平成 17 年 10 月 21 日(年長) ① 児童の実態 主訴: 普通学級では、精神的に疲れてしまうことが多いと思うので、安らげる場所 として難聴教室に通いたい。また、自分の耳のことについて理解してほしい。 様子: 2歳の時、県立総合病院で診断(感音性難聴、両耳 60dB程度)を受けたが、父親 が補聴器装用に踏み切れず、年中になってから装用した。富士療育センターで週1 回発音指導を受けた。平成18 年4月より、通級を始める。発音もきれいなので、補 聴器を装用していれば、大丈夫であると誤解されやすい。学校と連携を図りながら、 聴覚活用能力、コミュニケーション能力を高めている。 ② 目標:語彙を広げて自分の思いを分かりやすく伝える。 ③ 具体的な活動 ア 日常の出来事を分かりやすく伝える。(聴覚活用能力を高め、コミュニケーション能力を育てる。) 例を挙げたり、自分の思いとぴったり合う言葉を選んだりしながら伝えること ができる。運動会、修学旅行についての話題が多かったことから、意欲をもって 臨んでいることが伺えた。楽しいコミュニケーションのためには、互いに聞き合 い、ちょうど良い速さで話すことの大切さにも気付いた。 イ 子音の聞き取り(聴覚活用能力を高める。) 日本語にはない英語の音の中から、「p,t,k(無声音)b,d,g(有声音)」を聞き取 ったり発音したりした。無声音の子音は、聞き取りにくく、何回も集中して聞く 様子が見られた。唇の動きや舌の位置に気付いたり、口の前に手をかざしたり、 のどに手を当てたりしながら、それぞれの音の違いを感じて発音できた。
4 まとめと今後の課題 通常学級ではあまり自分を出せず、みんなの話を聞き取ろうとどの子も頑張っている。 本教室では、自分を出しながら、残存聴力を活用して聞こうとする意欲を高めるために、 興味や関心に合わせて楽しく活動できる内容を考えてきた。一年間の取組を振り返る と、家族を含め、通級児童それぞれの発達段階に応じた障害の受けとめ方に配慮し、自 分を知り自己肯定感がもてるような支援を考えていく大切さと難しさを感じている。 A さんは、聞こえる音、聞こえない音があることを受け入れ、意欲的に聞くことがで きるようになってきた。集中して聞いたり、語彙を広げたりすることの必要性も分かり、 活動にも前向きに取り組んでいる。Aさんの母親は、なかなか障害を受け入れられなか ったが、補聴器を装用するようになり、本教室での本児の様子を見て尐しずつ変わって きているものの、まだ本児のマイナス面や苦手なことの方が気になってしまう。母親の 思いも受けとめて支援に生かしながら、自立していこうとしている本児のよさに目を向 けていく方法を考えていきたい。 Bさんは、これまでの母親のかかわり方がよく、自分のきこえについても自然に受け 入れている。それが他の子や保護者にもよい影響を与えるのではないかと思い、他の子 と合同で活動できる方法を取り入れていこうと計画している。また、通常学級でもBさ んが自分を出していけるよう、担任や学級の友達にBさんのきこえについて分かっても らう取組をしていきたい。 C さんは、新しい場や人に慣れにくく、難聴であることを意識するようになったのも、 3年生後半くらいだったようである。自校通級ということもあり、保護者が指導に同席 しないことが大半であるため、保護者(家族)の受けとめができていない。8月の耳の 形成手術を機に保護者の気持ちを本児に向けられるよう働きかけていきたい。 D さんは、通常学級でもリーダー的な存在であり、学習面でも自力でついていく力が ある。通常学級で精一杯頑張っていることを考え、本教室ではゆったりと受けとめるこ とを第一に、自分を出しながらも活動に取組めるようにしてきた。中学校への入学前に、 中学校の先生方に D さんの聞こえについて知ってもらい、配慮してほしいことなどを伝 える支援を行った。これからも、必要があれば、教育相談を受け入れていきたい。 高学年になり思春期の入り口に立った A,B,C さんにとって、自分のきこえについて正 直な言葉で語ったり、同じ障害をもつ友達の思いを受けとめたりすることができる場は、 本教室だけかもしれない。「学級で○○のような時、困るんだよ。」「そういう時、どうし たらよいのかな?」「ぼくなら、…」というような会話が自然にできるような教室であり たい。それは、難聴児だけでなく、保護者(家族)も同様である。そのためにわたしに できることは、これまで以上に、一人一人に付けたい力を的確に把握し、個に合った支 援を積み上げていくことと、関係機関と連携し情報を集めること、そして、わたし自身 が尐しでも専門性を身に付け、信頼にこたえられるようにしなければならないと思う。 さらに、今年度 4 月より入級した児童の、サテライト方式を利用した指導のあり方も 手探りではあるが、研修を進めていきたい。
<協議・質問より> ・専門用語について スケールアウト・・・オージオメーターを使った聴力検査で、各周波数で最も強い検 査音に反応がない場合のこと。 伝音性難聴・・・・・外耳から中耳で起こる聴覚障害。その原因として、鼓膜や中耳 の形成不全、滲出性中耳炎などがあげられる。平均聴力レベル は 70 デシベルくらいまでで、耳が塞がったような聞こえ方に なり、大きな音は聞こえる。補聴器の装用により言語の弁別は 良い。治療効果は大きい。 感音性難聴・・・・・内耳から聴神経、脳に至る過程の障害。コルチ器の中の有毛細 胞の障害によるものが最も多い。有毛細胞は、細菌やウイルス、 薬物が蝸牛に入ったり、異常に大きい音が蝸牛に伝わったりす ると損傷する。原因として遺伝、妊婦の風疹、乳幼児期の髄膜 炎、百日かぜ、おたふくかぜ等、高熱を出した場合が多い。音 が歪んで聞こえ、補聴器を使用しても語音の弁別がよくない。 平均聴力レベルは様々で、軽度難聴の人もいれば、ほとんど聞 こえない人もいる。 *聴覚特別支援学校・難聴特別支援学級に通う子どもたちの大半は、感音性難聴 児である。 ・難聴児に対する目標の持たせ方について 該当学年の教科目標をふまえた上で各自のきこえの具合を考慮し対応する。 ・補聴器を勧めるレベルについて 平均聴力レベルが 40dB よりきびしい子には補聴器を勧める。 言語獲得期の子どもほど補聴する事が大切である。 <アドバイザー飯塚先生より> ・提案者の大内先生が、子どもたちが楽しんで取り組める学習方法(聞き取り、ことば集 め、連想ゲーム等)を工夫して実践しておられ、すばらしい。 連想ゲーム・・・語彙の拡充を図ることにも有効。 1つの言葉からいろいろなイメージが豊かに広がるようにどんどん連 想させていくことが大切。 やったあ 笑う門には福来る 笑う うれしい 笑顔 モナリザのほほえみ 苦笑い
・板書の構造化 板書の文字を約束を決めて色分けすることで、他の児童にとってもわかりやすくなる。 1時間の授業の流がわかりやすい板書を工夫するとよい。 板書を一回限りにするのではなく、写真に撮り掲示するなどの工夫をすることで、振 り返りになり、次の学習につながる。 ・聞き取り学習・自立活動の学習の重要性 難聴児はたくさんの会話経験を積み、何度もことばのドリル学習(繰り返し学習)を することが必要で、最終的には子ども同士の会話(コミュニケーション)が成立しな ければならないため、自分は聞こえにくい事、うまく発音できない事を子ども自らが 相手に伝えることができるよう心のサポートも大切である。 ・教科の学習をしながら子どもの言語力を補う。 難聴児は言語獲得時期が実年齢より遅れがちなため、教科書の言葉が理解、実感でき にくい。言語力や知識を補いながら教科学習を進めることが大切である。 五感を使った体験をさせることで言語の幅が広がる。 ・正確な日本語(母国語)を身につける。 言葉は思考とコミュニケーションと行動統制の道具なので、正しい日本語を獲得させ ることが大切である。日常生活全体を通して言語を指導し、子ども同士の会話が成立 するように支えてあげる。