東 南 ア ジア研究 11巻1号 1973年6月
資料 ・研究 ノー ト
古代 カンボジアの王権 と
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神の区域)
〔
Ⅱ〕
石
沢 良 昭 *Etudes d'Histoire An色koriennelII]
Lesbiensdu dieu
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Sa甲 Pan'bJioga(co-b6n紙 ciaire) eta
′ProSz'ddA3'(droitexclusif)par
YoshiakilsHIZAWA
Lesroisprescrivaientparleursordonnancesde fairelapartentrelesbiensdudieueteeux desPura,autrement°itentreledoma-inedudieuetceluidesPura. Cesnombreusesdonations nepouvaienteltreacqulSeSParlesparticuliersetpassaientenfaitdamslesmainsdesreligicux (PaでnO∫);CePendant,dctempsentemps,lesparticulierslesd6robaientets'appropriaiententre autresoffrandes,1esesclavesetlerig. Ⅰ.esfondationsreligieusesbdn維ciaientdel'immunit6 f
iscaleenvertudesordonnancesroyalesetsemblentavoirJOuid'unecertaineautonomi cvis- a-visdesfIura.
Cesbiensourevenusdudieuavaient6tdmisencommunavecceuxd'unoudeplusierusautres sanctuaires(Vieuxkhmer:Sam Partbhoga,sanscrit:1"icrabho.Fal,lesquelspouvaientd'ailleurs d'associer.maisnepartageaientpasleursrevenusaveclesPura. Parcontre,]cdieuestseul b6neかiairedesbiensquiluisontoffertspoursonllSageeXClusifsansqu'ils°itco-b6n6ficiaire avecledieud'unautresanctuaire(vieuxkhmer:PreSiddhi,sanscrit:Sz'ddAa). Onmettait n6ccssairementpardcritlesordonnancesroyalespourassurerunegarantiejudiciairedamsces deuxsystとmesdepropri6t6dudicu.
C'estal'6PoqueduPr6angkoretJuSquedamslesd6butsangkoricnsquelacivilisationkhmとre prltSaphysionomieprototyplquelaquellenesubirap乱sdechangementnotablesparlasuite. IIseraltplusdimciled'6tablirunenetteseparationentrelesepoquespreangkorienneetangkorienne, au pointduγuedesrapportsconcretsentrelepouvoirroyaletledomainedudieu. Disons cependantque notre 6tude pre′sente essentiellementun tableau du Prぬngkormalgrenotre documentationfragmentaire.
Ⅵ 神の財井 をめ ぐる 「聖」 と 「俗」
寄進 は,篤信 を物質によ って具現す る宗教行為である。寄進主は冥加を願 って施与す るが,
碑文ではそ うした篤信の御利益が寄進主本人だけに限 るとい う厳 しい制限をつ けている。158)
「[しか し],Yajamana(供奉者-寄進主)の両親,息子たち,縁者た ちは神の財貨をbhuj
*聖 マ リア ンナ医科大学
158) K・81A34節 /SCC(I)pp.15,20.
東南 ア ジア研究 11巻1号
(享有す る) ことが ないO [それ は]その Pramap-1bhava(権利 の基準 がない)か らにはか な らない。」 と述べて,寄進による受益者 の範囲に肉親や親戚を含 めない とい う内容で ある。 これは寄進以 前の問題の中に,一般 の財貨の所有者 (寄進主) と非所有者 (非寄進主) の区別が明確であ っ た ことに由来 し,その物貨 に対 して Pram叩 a(権限 ・権利)を持 って いるか どうか,つ ま り所 有 してい るか ど うかの問題 にな って くる。当時 の社会では,諸貨 の所有 (私有)がは っき りし ていて,そ う した所有 の概念 を反映 して寄進の受益者 を厳 しく限定 して いるもの と思われ る。 寄進 とい う形 を踏んだ dravya γrab (神の財貨) は, 形の うえでは神の 所有物 で あ った。
AngChumnikの碑文では,159)Sirphadattaが施与 した dasa (奴隷)や arama(園地) など
を挙 げ,「tadevadevasyam iti(それ らすべて は神の所有 に帰す る。)」と述べてい る。 寺 院の 諸貨が,実際上の管理 ・運用をす る pa叩nOS (僧) とは別 の次元で,文字通 り神の所有す るも の として 明記 してい る。 しか し, そ うした dravyaγrab (神の財貨) の一つであ る 「canlek yugala(二重の着物)」 は,sre(田地) と交換がで きた。160)
「J紬 に在 る神の田 [の うち]1tlo免 [が穫 れ る15ma[の面積 の田] は,161)Po色Vinaya
か ら与 え られた [が], [それ は]神の財貨 の 二重の着物 5yauとの [交換] によ って 得 た。」 このほか神 ・aGramaの田地 は,寺 院の財貨 の canlek(布地)や tarplih単位の prak(銀) と の交換 によ って Po氏 か ら取得 した。 神の財貨 の一部は田を入手す るため交換商品 として使用 され,数人 の Po缶が合 同で この取 引に応 じて いる。 当時 の商取 引は貨 幣を欠いて いたので,経 済生活 の基本材である土地 ・米穀 ・特産品 ・布地 ・銀 な どが商品貨 幣の役割 を果 た していた。 神の財貨 に関す る碑文 を検 討 してい くうちに,名義上だ け神の田 とな っていた 田地 の ことが TaKとV の碑文に載 っている。162)Mratan IGanapaVitra は13カ所 の田地 を神 に 寄進 したが, その田地 の来歴 に言及 して,
「JlaflKaolに在 るsruk(地方 ・村)のⅤ.K.A.の主 [-神]とjahv(取引き した)1ma,
2jeの arrlru血 (面積) を もった 田は,jnahv(値段) と して dar(求 め られ る)srB (籾
米) が 10tloh で, この値段 をdmar(請求す る) のは,Po
氏
Gvetaで あ り, さ らに Po負 Vrehの Cpoh (兄 ?) のPo氏 のために srB を 10tloll,Po氏 Rtu のために二重の着物 159) K.5325節 )SCC(ⅩI)pp.68,71. 160) K.416-8行 )Cvol.VIpp.32,33;「canlek(現代カンボジア語sarplieklJは,
「布地 .衣料」 を示 す.それらは時々「yugala(二重の)」で形容され,また「yau」の単位で数え挙げられる()Cvol.IIp. 42n.7)0
161)「tlo血」はPr6angkor期の 〔米穀収穫高の〕の数量単位で,Angkor期の「thlvah」にあたる。また, 発語の rkhari」に一致する。「m豆」は TaEとVの碑文 (K・79JCvol・IIp・69n・5,p.71n.6)の中に「m豆je2」の表記で載っているが,それを 「2jedem畠 (もしくは2jeparm畠)」の形に訳出するのは 疑問に思われる。 たぶんそれは 「(1)ma2je」と考えたほうが適当のようである。 この碑文 における
「tloflm豆5」は,前例にならって 「1tloh,5m豆」とすべきであろう(JCvol.VIp.32n.4)0
162) K.799-13行 )Cvol.IIpp.70-71.
石沢 :古代 カンボ ジアの王権 と droム vrah(神の区域)〔Ⅲ〕
arpva11yau,さ らに Po缶Somavinduと Po免Cubhahkaraのために二重の着物 1yau,
加 えて 1m畠,2jeの Jla血Kaolの この田地 と交換 の田O」
とある。売主 については,G.CcedとS氏 は 「地方 の神, もしくは sruk の長」 と注釈 してい る
が,163)「srukの長」が 「VrabKamrataIIA凸」の titreを持 った例 はほか にな く,神 に Ⅴ.K.A.
のtitreを必ずつ ける事実か ら,地方 の神で ある可能性 が強いoJla血Kaolの Srukに神が安置
されていて,その寺院が田地 を所有 していた。 田地 を売却 した けれ ど も,その代価を受 け取 った
のは,Po免のtitreを持 った人 た ちで あ ったO従 って, この神の 田 とい うのは名 目上だ けであ っ
て,実際の所有者 は Po負た ちだ った ことにな る。彼 らは こう した名義借用 によ って 何 らか の
利 益を得ていたのではないだ ろ うか. 当時 の一般 のpuraの 区域 において はAdhyapura の長
がakra (税) のdana(上納) を免除 した例が あるどと く,164)各種 の賦租 を課 していた と思 わ れ る。 しか し,神の 区域 ・財貨が puraのそれ と区別 されていた 事実を考 えるな らば, そ こに 名義借用 の何 らかの理 由 と意味が あ った と推察で きる。だが,Pr6angkor期 の碑文 では aGrama (神) の場 に ak[a]ra (賦租) および nivandha (収入) を oy (奉納す る) 例 はあ るが,165) 逆 にaGramaの場か ら賦租 を徴収 した とか, またそれを免除 され る特権 が あ ったな どについて 直接触 れた碑文 はない。 しか し次代 の Angkor期 の碑文では, anakvrab (神の人 た ち) を他
種 の役務 に就かせ ることの禁止,166)寺 院の財貨が khlo缶vi!aya(visayaの長)の svatantra(権
限)下 に属 さない こと,167)寺 院か らrajakarya (賦役労働) を求 めない こと,168)各種財貨 の税 の免減 などにつ いて述べてお り,169)寺 院は経済上 のいろいろな 特権 を持 って い た こ とが判明 す る。領域 ・財貨 における聖 ・俗の完全 な区別事例 を 間接的な証明材料 と して Angkor 期 の寺 院の特権 の事実 を加味 して考 えるな らば,神 ・aGramaの場 には何 らかの経済 ・財貨上 の諸特権 を持 っていた と考 え るのが至 当であろ う。 そ うす ると,Ponの人 た ちは こう した寺院の経済上 の特権 を利用 して,akara(賦租)の免減 などの適用 を受 けていた と考 え られない ことはない。 神 の場 は, 一般 の pura と区別 されていた ものの, 一方では Po缶 の人 た ち や そ の 他 の諸 titre保持者が多大 の諸貨を施与 してい ることか ら推察 して, 一般 の人 たちに開かれ た 場 所 で あ り,両城 の問 には頻繁な往来があ った。寺 院 と世俗 の人 た ちの間の こう した出入 りは, 両者 の間 に種 々の もめ どとを引 きお こ して いるoSambdr(Trap弘 prci)の碑文 では,lワo)
「Ⅴ.K.A.CriAmareGVara[寺院]に住 む ge(人 た ち)の糊 口として割 り当て られたrahko
163) ZCvol.IIp.71n・4参照。 164) K.5319-20節pp.6472)SCC(Xl);「akara(Pr6angkor期 ‥akra)」は物納の賦課租を意味し,「karaJ は租税一般を指 している()Cvol.IIp.42n.2)0 165) K.561VI節,7-8,36行 )Cvol.ⅠIpp.40-43およびp・42n・2参照. 166) K.8781ト12行 )Cvol.Vpp.89,90. 167) K.95716行 JCvol.VH pp.138.139・ 168) K.83122-23行 JCvol.V pp.148,149. 169) K.6596-13行 )Cvol.V pp.144,1451 170) K.127ll-13行 JCvol.ⅠIpp・89-90. 51
東 南ア ジア研究 11巻1E3・ (脱穀米) と同 じ く,捧 げ られた これ らのk氏urp(奴隷) をdali(連 れ戻 した) り,171)kmi (弁護 した) り,172)S左k (盗む)人た ち」 の ことが書 いて あ り,神 のk免urp (奴隷) や rahko (脱穀米) を流用 していた者が いた ことを 指摘 してい るO つま り,寺院の重要 な財貨で, かつ人間的側面 を認 め られていた k缶urp は, 寄進 とい う形 を通 じて所属 およびそれに対す る権利 関係 の変更 が行 なわれたのであ った。 しか し,彼 らを無断で連れ戻 し, 密か に匿まい, 盗 み 出 していた不法者 がいたo rahkoについて も同様であ った ところか ら,寺 院側 は碑文 の中で地獄 を引き合 いに出 して一般 の人た ちに警告 したので あ る。公私の別 をわ きまえない世俗 の一部 の人た ちは,必要 な時に寺院の財貨 を持 ち 出 し, 自分 の所有物 と して使用 した。寺院に帰属 してい る諸貨 は,不心得者 た ちに よって持 ち 去 られた り,売却 された り,また名義借用 など,世俗 との間 に悶着 を引きお こしていた。 こうし
た事態に対 して, 前述 の Pr的 K缶haLao血 の碑文では,173)寺院の dhana(財貨)があ る特定
の purusa (人) の ものではな く,tapasa(憎)がそれ らをpatya (有す る) 人で あると述べ,
これが寺院の規則で あ ることを
J
ayavarmanIの aj舶 (命令)で確認 し,dhana (財貨) に関す る厳格 な考 え方 を示 している。 裏 をかえせ ば,parpnos(僧)の財貨 に対す る執着 は, 世俗 の富財が宗教 の諸活動 を容易に展開で きる威力を持 っていた ところか ら生 じて いるのだ ろう。 寺院の家産 は, 当時 の社会 の権利 関係の中で現実的にはpa叩nOSの掌 中にあるが,建前 とし て神の所有 に帰す るがゆえに,特別 に扱われ るので ある。 その特別 な扱 いの 内実 とい うのは, 一般 のpura と異な る財政上の諸特権 の ことで あ った と想定 され, その特権 にあやか ろうとし て,名義貸 しな どがあ ったよ うで ある。 Ⅶ 「sarP paribho色a」 と寺院財井 の在 り方 寄進財貨 をめ ぐって,寺 院 と世俗の人た ちとの間の トラブルは,逆 に両者 の悪 い密着ぶ りを 示 してい るが, 寺 院内はparrlnOS (僧) と knurTl (奴隷) だ けですべてを動か していたので はな く,世俗 の様 々な力添 えが背景 とな っていた と考 え るほ うが 自然で あろ う。そ うした諸 々 の協力の中で,寄進 とい う宗教行為が寺院存立 の大前提 にな っていた ことは自明の理である。 神への篤信 を伝 え る碑文 を検討 して い くと,財貨が他 の寺 院 (時 には複数の寺院) との共用 に 充て られ る場合 と,反対 に一つの寺院だ けの専用財貨 にな っている場合があることに気付 く。 こうした寺 院財貨 の二つの所有 ・寄進形態 は他 の寺院 との合併時に際 して,また,多大 の財貨 の寄進 も しくは新寺院の建立時 に取 られた措 置で ある。 171) 「da
hJ
は現代カンボジア語のrtvo血-引き出す,引き連れる」にあたる。JCvol.ⅠIp.90n.5. 172) 「kmiJは現代カンボジア語の 「khmyei-努力する,努める」にあたるが,古い意味は 「頼む,とりな す」であった。′Cvol.ⅠIp.18n.2. 173) K.44A HI-ⅠⅤ 節 ′Cvol.ⅠIpp.1ト12・ 52石沢 :古代 カンボ ジアの王権 とdroa vrah(神の区域)〔Ⅲ〕
宗教の区域 であ る神 ・畠Gramaの場 には,その規模 に応 じて幾つかの神が併和 されていたが, それぞれの神 (寺院) はお互 いに財貨 の一部を併せた り, 融通 しあ うことが あ った.174)その
動機や力関係 は判 明 しないが,他 の寺 院 と各種 の財貨 や収穫物 を共 同で使用 し, また, その-部 を供与 した り,共存のた めにそれぞれ固有 の財貨を効果的に共用財貨 と していた。 こうした 財貨 の共用 は古 クメール語で,「sarpparibhoga」 (文語 ではmiGrabhoga)とい う。175)
これ と対 置す る形態が財貨 およびその使用先を特定 の寺 院だ けに限定す るとい う 「pre[pra] siddhi(発語で はsiddha)」の措 置で ある。176)その財貨 は指示 された寺 院のみ しか 使用で きな い場合であ り,必ず ajfは vrab (王の命令) が添え られてい る. 寺院 の財貨 に関 して異 なる こ の二つの存 置形態は,Angkor期 において も随所に見 られ る。177) 先ず,寄進 しよ うとす る各種 の家産 を他 の寺院 と共同で使用す る 「saTTIParibhoga」の 問題 で あるが, すでに drod (区域) の ところで 述べた JayavarmanIの 命 令 は178)神 々が dro血
vrab (神の区域) を 「sarpparibhoga(共 同で使用す る)」が,puraのそれ とはvo叩 Sarrl(共 同でない) ことを明記 し,神 々の droh (区域) の共用 と, 聖 ・俗 の領域 の区別 を 告示 してい るO これ と同時 に, 400名 (記載実数212名) の k自urp (奴隷) を各寺院-配 置 した と書 いてい る。 同 じく JayavarmanIの命令 は,179)bhdti(財貨) が UtpanneGVara神 の 「prasiddhi
(専有す る権利)」で あると明言 しなが ら.その神 が所属す るGreStaGramaの財貨 とsmarp (併 せて)使用す る と述べてお り, 実際上 は共用に充ててい る。 Vatco
血
豆kの碑文では,180)やは りaj舶 vrab (王の命令) を掲 げて,「CuhMuhにある Ⅴ.K.A・Siddhayatana(神) に関 す る王の命令 :Ⅴ.K.A.GriAcaleGVara(神) と sarpparibhoga(財貨 を共 同にす る。)」 と記 し,k凸urp (奴隷) をは じめ とす る各種 の家産 リス トを挙 げ, それ らが共同使用 の 対象 とな っ
174) K.44Ⅰ32-4行 /Cvol.H pp.ll-12.
175) 古クメール語では, 「paribhoga」が 「財貨」もしくは 「所得 ・収益」を,「sa叩」が 「共有の ・共同 にされる」を意味する (K.51′Cvol.V p.14). 文語では「mi qlrabhoga
(
「共用の ・共同の利益」の意) が使用されているが,同様の意味で究語の「upabhoga」 (K.493V 節 ICvol.lIp.15)および 「e kab-hoga」(K.22V節 )Cvol.IIp.144)が用いられている。古クメール語碑文中に「mi 9rabhoga」をそのまま使用 している例もあるrK.563ト2,7-さ行 /Cvol.IIpp.198,199)(〕Angkor期においても同じ意味 で両語が使われている(Iihattacharya,K."LeVocabulaire"pp,12,56).兜語としての 「paribhoga」
は近代文芸用語で 「食する」という意味の動詞に使用されている(Lewitz,S・1971"Recherchessurle vocabulaireCambodgien(VII)"JA Tom.CCLIX p.109)
。
176) 「presiddhi」の表記は「sarpparibhoga」と相対立する。前者の場合は,神が米穀 (など家産)の供 給を受ける唯一の受益者であり,後者は (それら財貨を)他の神と共用することである(K.904)Cvol. ⅠV p.62n.2参照)。究語 「siddha」はTaolPrasatの碑文(K.158XXⅩⅠII節JCvol.IIpp.102,108)
の中で 「独占的に取得 したもの」の意味である。だが,もう山方ではクメール語碑文中にしばしば使わ れている「siddhi(専有する権利)」がこれに結びつく(Bhattacharya,K
・
"LeVocabulaire"p.63)。177) K.842XXXVII節 )Cvol・Ip・151;K・263ⅩⅩVII節)Cvol・IV p.126;K・92XIX節 )Cvol.V p.231;K.4152行)Cvol・V p・86;K・669ⅩLVIII節 /Cvol・Ip・169,・K・256II節 BEFEOTom. XXXVIIp.394.
178) 往30)参照。K.1373-4,5-35行)Cvol.IIppl115-118・ 179) 注149)参照。K.44B2-4行)Cvol.IIpp.1ト12. 180) K.426ト5行〝 vol.ⅠIpp.121-122.
東 南 ア ジア研 究 11巻 1号
た財貨で ある。王の名前 は不詳で あ る。 某 Po缶が k免urp (奴隷) や田地,樹林, 家畜 を神に
寄進 したが,181)その Narayapa神 は 特に k缶urp と sre (田地) の ことで Kapilavasudeva
神 と 「sarpmi Grabhoga(生計を 共 に営む)」ことに した と書 いてい る。 この前文 の 発語文 に
は JayavarmanIの命令が載 って い るが,Vi印u像 の建立 を 述べてい るだ け で, この sarp
miGrabhogaの件 については触れて いない。
TaoIAh Tnbtの碑文 の 発 語 文 に は,182)「JayavarrnanIは Gaka603年 [681年]に Gri
Kha雨 alihgaとい う 〔神〕に Ra雨 aparvateGa(神) を miGra[bhoga](共にさせ た)」 とあ るが, クメール語 文 で は Po凸Vidyakumaraが 「Ⅴ・K.A.GriKhapdaliflga(神) と sarp
paribhoga(財貨 を共用す る)」と書 き,その相手 の神名を記 していない。両語の碑文 を吟味す
ると,Khapdalihgaは,Po負を は じめ とす る諸 titre保 持 者 た ちか らra血ko(脱穀米) や
canlek(布地)・k自urp (奴隷) など多大の家産や産物 の寄進 を受 け, た とえば sre(田地) の
arpruh (広 さ) や境界 もは っき りしているなど, 規模の大 きな寺 院であ ることが分 か る。 しか し,発 語文 の Ra雨 aparteGVara神 は クメール語文 の Kahjrapの 神 に 相 当 す る が,183)その
Kaajrap神 は,「arpruhsretadaiguikanjraptloh1k缶urrl1(Kahjrapの [神の] 田の広 さ とその他 [の財貨]は,1tlohと奴隷1人)」で あ った とい うか ら,小 さな構 えの寺院である。 さ らに,両寺 院の規模 の大小 は,「Ⅴ.K.A.GriKhaDdalihga(神)のak[a]ra(賦租) のjarpnon
(支給) は,年間に ra血ko(脱穀米)1tlofl,arPValの布地 1vlab」 (クメール語文) とKha一 雨 alihga神の ことが書 かれて いるのに対 して,Ka句rapの神 (-RapdaparvateGVara)には, 「決め られたnivandha(収入) と同 じく祭儀 のたびに米 を」 (発語文) と記 され,両者 の差 は 歴然 と して い る。従 って,Ka句rapの神 はKha頭 aliflga神 に依存 し,各種の便宜 の供与を受 けなければ,十分 な宗教活動がで きなか ったか もしれ ない. ただ,寺 院のための akara(賦租)お
よび nivandha(収入) が実際にあ ったか どうか不 明で あるが,同碑文 の別 の ところには Po琉
Bhavacandraが akara(賦租) の 一部 と して rahko(脱穀米) な どを Kha頭 ali血ga神 や
parpnos(憎) に捧 げてい る。184)神 の 区域 ・財貨が他 の神 のそれ と併 されて共同で 使用 され る とい う共用 ・併合 は,王の権威 の下で実施 された。「sarpparibhoga」の措 置が取 られ るのは, 何 らかの宗教 ・政治的理 由があ った り,その寺院の規模が小 さ く,他 の寺院の区域 ・財貨 を併 せ なければ,寺 院の十分 な活動がで きない とい う経済的事 由 も考え られ る。 次 に,「sarpparibhoga」を行 な う動機で あ るが, 前記 の どとく新 たに多大の寄進を 受 け た 時および新寺 院の建立 の時が きっか けにな って い る. JayavarmanIの amatya(大 臣)J舶 ・ 181) K.563ト2,7-8行 )Cvol.IIpp.198-199・ 182) K.561ⅠⅠ節,34-35行 ′Cvol.iIpp.39-44. 183) 「Ka郎rap」は「jrap(現代のカンボジア語Er岩p」から派生 した語で,意味は「(痛みや苦 しみに)うな だれる」である.「ralJ申」は発語で不品行な生活の女を表わす蔑視的な語句である。たぶんrKa免irap」 はその昔にいくらか 「恥 じている」ことを意味 していたと思われる。()Cvol.IIp.39n.3.) 184) K.5617-10行′Cvol.H pp.40,42. 54
石沢 :古代 カンボ ジアの王権 と droム 、,rah(神の区域)
〔
Ⅲ
〕
nacandraがAmeratakeGVara神を建立 した とき,1851以前か らあ った二つの deva(神 -寺院)
の財貨を「eka(同一に)upabhoga(使用す ること)」に した と述べている。碑文 に
J
ayavarmanIの ことが載 っているので, あるいは王の認許を得ていたのか もしれない。 とにか く,新寺院の
創設 に際 して,既存の2寺院を吸収合併 し,献供財貨 をその2寺院 と共有 に したのである。同
様に,王の高官 Dhanyakarapati(穀物庫の長) は,186)GitikaDtheGVara神の創建時 に knurp
(奴隷)総勢135名を含む二つのsruk(村)と20カ所 の田地 を施与 したが, その際 「Ⅴ.K.A.Cri
GauripatiGVara(神)とpsarpparibhoga(財貨を共用にす る)」と述べている。 これ も新寺院建
立の際に他 の寺 院に各種の便宜を供与す る例である. こうした時機 を捉 えて「sarpparibhoga」
の措置を決定す るのは,施主で創建者 の
J
舶nacandraであ り, Dhanyakarapatiであ った。つ ま り,寄進主の意向が他 の寺 院 との 「sarpparibhoga」 に踏 み切 らせたのであ ったO
さ らに,「sarpparibhoga」の相手が複数の神である場合がある.「Pancaraにある 〔幾つ も の〕aGramaは,187)Ⅴ.K.A.Vravok神 とmiGrabhoga(共にす る)」とあ り,Pahcaraのklo免
(良) が各種の家産を献供 している。 複数の aGramaが他の神 (寺 院) と結 びついて存立 して
いた ことを示 している。 また,別 の碑文では,188)Mrata丘Indradattaが Madhur「ipu]神に51
名のkaurp (奴隷) を寄進 したが, その神の paribhoga(財貨 ・収益)を Purusavadasvamiと
SvamiCaturvidya… の両 神が sarp (共用す る) と述べている.実際には碑文に掲げたk自u叩
(奴隷) を財貨 の一部 として共用 したのか もしれない。
各種の家産 リス トを掲 げ,「sarrlParibhoga」の指示がある中で, 特に knurp (奴隷) を共
同で使用 している場合があるo Mrata氏Antarは,189)「Ⅴ.K.A.Kamrat細 TerpKrorp (神)
と sarTIParibhoga(共有す る) ところの・-GVara神の knurp」と書いている。 その k免urp
の中で も祭把の演出に必要 な ramarp(踊 り手)・ca叩reh(歌手)・tmihvipa(イ ン ド・ギ ター
奏者) などが入 っている. これは寺院の専門職の knu印 を他 の寺院に も 貸す とい う形式 の
共同使用であろ うO次 に,k魚urp の職種 は不明であるが,小乗仏教者 の タイ トル PuCahA白
を もつ Bodhisu!thaは,190)knurpを他 のaGramaと共用に している。
「-nltに在 るⅤ.K.A.(Buddha?)はⅤ.K.A.Givapattanaとsarpparibhoga(財貨を 共用す る)o Pu Ca
b
A点 Bodhisu!thaが -・畠Gramaと psarp (共同にす る) ところのk免urpた ち」
と述べているOまた,別の碑文では,191)寄進 された kaurp が財貨 の一郎 と して複数の神の共
185) K.493V節 〝 vol.IIpp.150,151;V孟tpoの碑文では「ekabhoga」を使用 している (K.22V節 ′cvol.ⅠⅠIp.144)
0
186) K.1552-4行 )Cvol・Vpp・65,67・ 187) K.7282--3行 /Cvol・Vpp・83-84・ 188) K.51ト3行 )Cvol・Vpp・14--15・ 189) K.557・600Estl行′Cvol・H pp・22-23・
190) K.163Il(ト4)行JCvol・VIpp・100-101;"PuCahA点"については)Cvol・VIp・9n・1参照.
191) K.12713-15,19-20行JCvol.IIpp・89,901
東南 ア ジア研究 11巻1号
用に充て られている。 「Mrat組 IGVaraVindu か ら Ⅴ.K.A.ManiGiva (神) と同 じくⅤ・K.A. Suvarpalihga (神) に arpnoy (献供) された kaurpた ちは,Ⅴ.K.A.CriAmareGVara (神)
とpsarpupahbhoga (共同で使用す る)」 と記 し,3カ所 の寺院が knu印 を共用す ることを述
べている例である。 こうした k丘urpの共用 は,Angkor期 になると数 カ所の寺院が gupa (人
負-khurp) を共同で使 うとい う 「sagapa」 もしくは 「Sarpgapa」の方式に発展 し,192)それは 「sarpparibhoga」か ら人の部分 だけが分離 した形である。
そのほか,「sa叩 Paribhoga」に関す る碑文の うちで, 寄進主か ら arpnoy (献供)があった
諸費を,他 の神 と sarpparibhogaに処す るとい う内容が書かれている. しか し, その措置が
施主 もしくは創建者の意志 なのか どうか判明 しない場合が多い。 例えば,Po負Prajnakirtiの
Suvarpalihga神への arpnoy (献供品) は,193)Gahkaranarayapa神 と 「sarpparibhoga (共
同で使用す る)」,とい う内容で,その財貨名を挙 げている. また,Mrata血Gucidattaの Pus
pa-vatasvami神への寄進品は,194)Puskaraksa神 との 「sarp paribhoga」 であ るOそれに,693
年 の TGoITramuh の碑文では,195)Po免BrahmaGaktiと他の 2人が 共同で KedareGVara神 にarpnoy (献供品) を捧 げたが,その aTPnOy の中で kAurp (奴隷) と sre(田) について, 「〔これ らの〕k凸urp (奴隷)のavasa(住地) およびsre(田) は,BhagavatGahkarakirti
に pak!a(属す る)vrab(神)およびavasa(住地)〔の財貨〕と,vrab(神-KedareGVara)
に充て られた sarpparibhoga (財貨 〔と〕 を共同で使用す る)」
とある。 KedareGVara神に属す る avasa(任地 -村)や田地が BhagavatGahkarakirtiの領域
のそれ と併 され るとい う内容である。 これ らの碑文には寄進主の意志表示がな く,陵味な文脈 であるが,前 出の
J
負anacandraおよびDhanyakarapatiの 2例で も証明ずみのよ うに,196)施主 の意向(信仰心)とは無関係 に「sarpparibhoga」の措置が執 り行 なわれることはないだろう.
「sarrlParibhoga」は,結果的に寺院の諸貨および各種の収益 (ra血koなど) の一部分 あるい
は全体 を共用 ・供与 もしくは合併す ることである。 それの対象 となる物貨 は,「sarpparibhoga」 の記載 箇所 の前後 どち らかにその種類 ・数量などが幾行 に もわた って掲 げてあ るO「sarppari -bhoga」の時機は,多大の寄進品の受領,他寺 院 との合併, 新寺院建立などに際 して実施 され るが, この措置が必要 な理 由は,寺院その ものの規模に大 いに関係がある。 aGramaの場を共 にす る神 々の問では,受領財貨を互いに併せているが,197)大寺院が財貨 を部分的に共用 ・供与 192)K・84221行 JCvol・Ip・151;K・21216行 /Cvol・ⅠIIp・30;K125710,11行 )Cvol.IV p.142;K. 6599行ZCvol・V p・144;K・6506行)Cvol・V p・170;K・996行)Cvol・VIp・108;K.16513行 /C vol.Vp.135. 193) K.9264-5行′Cvol.Vp.21. 194) K.61-8行BEFEOTom.XXXVIp.6. 195) K.5823-8行)Cvol.IIpp.200-201. 196) Kl493V節)Cvol.IIpp・150,151;K・1552-4行ZCvol.V pp.65,67. 197う K.44B2-4行 )Cvol.IIpp.1ト12.
石沢 :古代 カンボジアの王権 とdroavrah(神の区域)〔Ⅲ〕
す るのは,小寺院の活動を援助す ることにな り,結 びつ きを緊密 にす る。「sarpparibhoga」に
充て る財貨 の中で,最 も多いのがk免u叩 (奴隷)である。時には,歌舞ので きるk丘u印を これ
に充てているO こうした 「sa叩 Paribhoga」によ って, 寺院相互には共通の利害やいろいろな
便宜が生 じ,財貨の併合 ・供与を通 じて, aGramaの場 もしくは大寺院を中心 と した共同体的 な聖域が形成 されてい くのである。だが,「sarpparibhoga」の実施 は,財貨の権利関係の一部 に変更を もた らしているが,aj舶 vrab(王の命令)添記 とい う手続 きをえて,法的保証の恩恵 が与え られるよ うであ る。198)しか し,王の命令は この措置を認許す るのが 目的 らしく,これを 実際に決定す るのは寄進主 ・創建者の意志であろ うと思われる。 Ⅷ 「presiddhi」 と世俗の介入
「sa叩 paribhoga」に対 置す る 「presiddha」は,199)寄進す る財貨 もしくは既存の寺 院 財 貨
が指示 された寺 院のみに帰属 し, そ こで使用 され ることを aj舶 vrab (王 の命令)で確認 した
場合をい う。帰属先 は寄進主 もしくは創建者 ・施主の代行者が指示 しているよ うであ る。
JayavarmanIの命令を伴 った7世紀のVatPhou碑文 には,200)
「devayapratipaditarrlya°ihataddhemadikarpsiddhyatu(ここに [Lihgaparvata]おい
て神に捧 げ られた もの,そ して 〔低 いのある〕他 の ものは神 のために取得 した ものである。)」
と書かれ,動詞 「sidh」は 「取得 した状態にお く ・成事す る」 の意味であ り, 神の財貨は神の
固有の ものであ ることを強調 し,「siddha-p∫esiddhi」の考え方を示 している。
KBkPr的 Katの碑文では,201)献供品の リス トが損壊 しているため詳細 は 判 明 しないが,
「Ⅴ.K.A.GriCakratirthasvamin(神) に捧 げるPoaBhadrayudhaか らのarpnoy(奉納) に prasiddhi(専有 〔権〕) を認 め るajfは vrab (王の命令)」
と述べている。このPo氏の寄進品だけが,特別 に Cakratirthasvamin神だけの専用財貨 である
ことをIGanaVarmanIの命令で認許 された,と書 いている。すでに述べたが,202)各種 のbhati
(財貨) が UtpanneGVara神の 「prasiddhi(専有)」であるとJayavarmanIの命令が 言 って
い るが,実際は他 の神 も安置されている畠Gramaの財貨 と併せて使用 され,建前は 「prasiddhi」
で も,その内実 は 「sa叩 paribhoga」で あるとい う実例があ る。
713年の西 Barayの碑文では,203)aj舶 vrab(王の命令)を もって3件の 「presiddhi(専有)」
198) Sahai,S."Le島institutions",p.147m・(3).
199) G.CcedLns氏は,TGoIPrasatの碑文(究語)のⅩⅩⅠⅠ節 (K・1587Cvol・IIpp・101,108)で,「siddha」
の派生形 「susiddha」を 「有効な ・効力のある」の意味に訳出し,クメール語 「siddhi・prasiddhi」など
を含めてこれらの語句が,発語動詞「sidh」の語根から派生 したものであり,独占的 (排他的)な権利
という意味があったと述べている (K.158JCvol.ⅠⅠ.p.108n.1参照)0
200) K.367(4)節BEFEOTom.IIpp.238-239;Kl367)Cvol・IIp.78・ 201) K.90Partiedroitedulinteauト4行JCvol・Vpp・26T27.
202) K.44B(2A)秤 )Cvol.IIpp.ll,12. 203) K.904B13-27行)Cvol.IV pp.60,62,63.
東南 ア ジア研究 11巻1号
と1件の 「sarpparibhoga」を明記 している. それは dasa・dasi(男女 の奴隷)・go(午)・mahisa
(水牛)・k!etra(田)・arama(園地)などが,〔TripurantakeGVara〕神の 「pregisiddhi(専
有す る権利)」であ ると述べている.す ぐ続 いて,Puran地方のTa缶の k缶u叩 25人の名前が
記載 され,204)それ らすべてを 「Ⅴ.K.A.の え匝avrah (王の命令) がⅤ.K.A.CriTripuranta
-keGVara(神)のpresiddhi(専用)に充て る」 と記 し, この命令を出 した王は,同碑文の別面に
書かれてい るJayadeviであ る。 さ らに,同碑文 は寺院の収穫物 について触れている. Mratきぬ
Gakrasv畠miには この神に田地を寄進 した と書 いてあ り, その次の行には神にra血ko(脱穀米)
を供給 していることが書かれている。205)
「Ⅴ.K.A.TripurantakeGVara(神) の pregi siddhi(専有分)として Mrat紙 Gakrasvami
は, 〔1日〕ra血ko(脱穀米)1jeを供 し,Kpo色 K.A.GriSen畠mukhavijaya(神) との
sarpparibhoga(共有)分 として1日ra血ko(脱穀米)1je半を供す る。」
と述べてい る。Tripur畠ntakeevara神のために充て られた rahkoの数量および他 の 神 との共
用す る数量がは っきり決め られてい るが, しか し,供給す る raflkoが Mrata缶 の寄進 した田
地か らとれた米穀 とす るな らば,Mrataf‖ま寄進 した田地 を実質的にまだ所有 していて, とれ
た ra血koを この神 ともう一つの神 に供給 していた ことにな り, 前に指摘 したような 名義上だ
け神の田で あ ったのか もしれない。だが,その6行後 には,「DhBliJehVrab Kamratah A免
GriJayadeviが,Mrat紙 Gakrasvamiに pras畠da(無料)で給 した sre(田) とprah (価), 〔そ こで とれた〕ple(産物) はⅤ・K・A・GriTripurantakeGVara(柿) にoy(与え られ る)」と
書 いてあ り,Mrata免は Jayadeviか ら田畑を無料で もらい受 け, そ こで とれる農作物を この
神 に供す るよ う内命を受 けていた。 そ うす ると, この ra血koの供給 は後者 の田畑か らとい う
ことになろ うが,前者 の場合 は,rallko供給を述べた碑文 の前文で この神-の田地寄進を書い
ている。 ここでは ra血ko供給地 に関 して二つの解釈を併記す るにとどめる。 同碑文の 発語文
によれば,206)この TripurantakeGVara神は,Jayadevi女王 と夫君のバ ラモ ンGobhajayaが
創設 した神である。そ して,Mrat誠 Gakrasvamiはrahkoおよび農作物を神 に供給す る仕事
を してい るところか ら, 寄進主 Jayadeviの代行者であ った と思われ る。 この碑文か らは,
新 しい神が安置されて, 各種の家産が神の専用分 として寄進 され, 地方か らも k缶u甲が来て
配置に就いた。ra血koも割 り当て られ,新寺院が十分 な機能を発揮で きるよ うに設立 されてい
く様子が述べ られてい る。
664年の VitpreiValの碑文では,207)JayavarmanIの命令 が寺 院 の 財 貨 の 「prasiddhi
204) 「Puran」地方のことは,PrasatK6kP6の碑文 (K・256BEFEO,Tom・XXⅩVIIpp.394,396)の中 に述べられている名称と同じである。
205) K.904A18-21,A27-291Cvol.IV pp.58-59,62. 206) K.904V,VIII節)Cvol.IV pp.58,61.
207) K.4913-15行 )Cvol・VIpp.7-9. 58
石沢 :古代 カンボ ジアの王権 とdroふvrah(神の区域)〔Il〕
(専有 〔梅〕)」を Po允 に認 めてお り,特殊 な場合 の 「prasiddhi」 とい うことになる。
「vrab(Buddha?)208)にだけ充て られた ものすべてを使 う prasiddhi(専有 〔権〕)は,Pu CabA点 たちの CaukarPton(甥 〔姪〕の息子)Po魚Gubhakirtiあ り,幼年時に 最初か ら
これ らの 〔財〕すべてを任 されていた。)」
と記 している。大伯 (叔)父たち (-PuCabA免)が神 (Buddhaもしくは仏教寺院) に捧 げ
た knurp や各種 の家産 に対 して,王がその Caukarpton(甥 〔姪〕の息子) のPo丘Gubhakirti
に寺院の財貨の prasiddhi(専有権) を認 めるとい う内容であるが, すでに相 当年月が経過 し ている点など奇異 な感 じがす る. これ らの家産は,一般 の物貨 と区別 された寺院の財貨 であ る が,Po負が血縁 にあた るため世襲的に これ らの家産を引き継 ぎ,運用 して きた と解釈すれば, 理解できない ことはない.Po氏が寺院の財貨を取 り扱 っていることは, これ らの家産が名 目上 だ け寺院の財貨 であ って,実際には Po凸が これ らを管理 していたのである。 この「prasiddhi」 は,世俗の Po氏 が寺院の財貨 に介入 してい る例であ るが, これは財貨 における聖 ・俗 の弁別 がいかに酸味で, かつその権利関係が複雑であるかを物語 ってい るoはかに,7世紀 の Snay Palの碑文には,209)G.C(記dとS氏が「siddha」のクメール語化 した語句であ ると指摘 した「sit」 〔たぶん綴字の誤記 と思われ る〕が載 っているが,碑文 の損壊 のために内容がよ くつか めない。 以上,「presiddhi」 に関す る碑文では,必ず 畠jfは vrab (王の命令) が添記 されているが, こ う した財貨の権利関係の変更には aj舶 vrab (王の命令) とい う手続 きを踏 み, 法的な保証が 得 られ るように していたのであ った。210) 「sarp paribhoga」 および 「presiddhi」 の検討を 通 じて, 寺院の財貨 の 取 り扱 い方が 判明 して きた。つま り,財貨を こうした両措 置に指示す るのは,寄進主 ・創建者 もしくは施主の代 行者であ った。それは,寺 院へ帰属す る財貨 とはいえ,神の御利益の範囲を施主 だけに限 ると い う前述 の厳 しい告示のごと く,211)世俗の所有の概念をそのまま聖域に適用 して,財貨 に対す る権利 (原権) を主張 し, この考 え方に基づいて財貨の存置 ・寄進形態に介入 していた と考 え られ る。そ して,寺院の財貨をめ ぐって聖 と俗が争 った ことは, この財貨 に対す る原権 の考え 方が背景にあ ったよ うである。
例 え ば,畠matya(大臣) の J舶nacandraと高 官 の Dhanyakarapati(穀物庫の長) は,
「sarpparibhoga」の指示を出 してい る。Jayadeiv は創設 したTripur畠ntakeGVara神に対 して
財貨 の種別 に応 じてそれぞれの 措置を指示 し,Mrat細 Cakrasvamiが これを代行 して いる。
また,Po免Gubhakiは寺院の財貨を世襲的に管理 している。
208) 「vrab」は 「聖なる ・崇高な」など広い意味があるが,ここではBuddhaもしくは仏教寺院を示して いる。ⅠⅤ JCvol.VIp.9n.2.
209) K.66A8-9行 )Cvol.IIpp.52-53および同碑文 p.53n11参照。 210) Sahai,S,"Ⅰ.esinstitutions",p.147m.3.
211) K.81A34節′∫CC(Ⅰ)pp.15,20.
東南 ア ジア研究 11巻1号 緩 り返す ことにな るが,王 をは じめ諸 titreの保持者 (va,kuを除 く) は,寄進 とい うパ イ プを通 じて寺 院 と直接的 なつ なが りを持 って いた人た ちで あ り, 上記 の諸 titre保持者 もその 一部 の人 た ちで あろ う。 特 に Po丘 のtitreを もった人 の中 に, 寺 院に住 んで 「padamnla(敬 われ る人)」といわれ るPo允 212)や 「gedharmmika(信心 深 き人 た ち)」と呼 ばれ るPonが い た。213)Mrant組 の中 には, 自 らdirghasatra(大供犠) を催す人 もいた.214)断片 的で あ るが, 碑文 に書 いて あ るこう した世俗 の人 た ちの寺 院- の介入 の事 実 は, ほん の氷 山の一 角 にす ぎな い と思 われ る。 つ ま り, 裏を返す と,寺 院が施主 ・建立者, それに Ponや Mrataaの敬虚 な 助力者 な ど多 くの世俗 の人 た ちか ら様 々な援助 を得 て存立 して いた ことを意味す る。 寺 院は独 白の債域 ・財貨 を持 ち, 内部で は paTPSOS(憎) が実権 (ayatta)を担 って いた こと を考 察 して きた。 しか し,多大 の財貨 の寄進 お よび新寺 院の建立 に際 して取 られた 「sa叩 Pari -bhoga」・「presiddhi」 の措 置は,実 際 に 該 当の財貨 が parpnos(僧 ) の 手許 に入 る前 の財貨 で あ った と考 え るな らば,世俗 の寄進主 ・建立者 ・施主 の代行者 な どがその財貨 を まだ所有 し て い る訳 で あ るか ら, そ う した措 置の指示 は parpnos(僧) の権 限を犯 す ことに な らない とも 考 え る。 それ と同時 に, 寄進財貨が完全 に神 の財貨 にな ってか らも,施 主 の人 た ちの財貨 に対 す る考 え方 (原権 の主張 )お よび寺 院- の世俗 の人 た ちの様 々な介入 に端 を発 して,前述 の寺 院財貨 の無 断持 ち出 しなどに裏書 きされ るごと く,財貨 を め ぐって両 者 の問 に aj舶 vrah (王 の命令)を もま き こんで ,様 々な葛藤 が あ った ことは確かで あ る。例 と して,Po丘Gubhakiの寺 院財貨 の管理 は, 創建 者 の血縁 の立場か ら 財貨 につ いて の 世俗 の考 え方 (所有権 の相続) を 寺 院 に当て はめた例で あ り, これ を Jayavarman Iが命令 を もって 認 許 して い るが, 同 じ Jayavarman Iは規則 と して 寺 院 の財貨 が こう した Po缶 Gubhakiの ど と き 特 定 の 個 人 (puru!a)の もので はな く, Tapasa(憎) の もので ある旨を aj舶 vrab (王 の命令) を もって 告示 して お り,215)両 ajfはvrab の内容的 な矛盾 が ここで指摘 で きる。
また,sarpparibhoga・presiddhiの2仕様 の措 置に付す る財貨 は, それを指示す る記載箇所 の前 もし くは後 に, 寄進主 名およびその種別 ・数量 ・knurp (奴隷) 名を明記 して あるが, そ の記載様式 か ら見て も, 当時 の財貨 の所有 につ いての厳重 な考 え方 を知 ることがで きる。
Ⅸ ま と め
扶南時代 の AhgkorB6r芭i(都城祉)とPhnor
r
l
Da
(聖地 )との関係 を出発 点 に して,Samb6r -preiKhk遺跡 の居住 区 と寺 院跡の区分, さ らに碑文 中に数多 く出て くるsrevrab (神 の田),bhiimivrab (神 の土地 ),神 のsruk,kamluhkadya(神 の境 内),dravya(神 の財貨) な どの
212) K.341Nord(4)行 )Cvol.VIpp.24-26. 213) K.1279--10行 )Cvol.IIpp.89,90. 214) K .154B1-2行 )Cvol.IIpp.124-125.
石沢 :古代 カンボジアの王権 と droム vrah (神の区域)〔Ⅲ〕 事例を問題 と して取 り上 げ, 当時の地域 自営単位の puraと, これ に付置 した 自治的な宗教区 域 (dro血vrab 神の区域) との相互依存 ・共存 ・対立の諸関係 を考察 した。pura の保護 ・後 見人的役割を担 っていた王か ら発せ られた aj舶 vrab (命令) によ って,dro血 vrab (神の区 域) およびそ こに在 る神の財貨 は,世俗のpuraのそれ らと区別 され, このdrohvrabの特別 な立場の認許は,王の威光の一端 を覗かせている。 dro血vrab には,精神的宗教的権威 の人た ち,つま り,バ ラモ ンと parPnos(僧)がいた。 前者 は徐 々に 世俗の権力機構に加わ っていき,後者 は燈明をかかげて信仰生活を営み,他 の社 会成員 と異 な るtitreを持 たない特別 な社会集団であ った。そ して,drohvrab には 幾つ もの
神が安置 してあ って,神のためのk缶urp (奴隷)・田地 ・各種の家産があ り,parpnos(潤)が
ayatta(権限) を撮 り,中で もparpnVasacas(老僧)やparpnvaskulapati(高僧) がそれ ら 神の家産を管理 ・運用 している宗教の場であ った。 神の財貨は,神の所有 に帰す るが故 に特別 に考え られ るのであるが,aj舶 vrah (王の命令) を添記 した神の財貨がpuraのそれ と異 なるとい う事実の背景 には,具体的にakara(賦課租) の免除などの経済面の特権があ った と思 われる。この寺院の特権 をめ ぐって,名義だけの神の田 や寺 院の諸貨 の無断持 ち出 しがあ り,聖 ・俗の間で財貨の出入 りに関 して悶着がお こっていた。 財貨を寺院に施与す るに際 して,権利 関係の変更があ った。 そ うした財貨の寄進 ・存 置形態 には