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環境倫理の可能性

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(1)

北 陸 大 学   紀 要 第

22

号 (1998)  

pp.177〜188

1

境倫

能性

 

 

 

Bases

 

of

 

Environmental

 

Ethics

Chiaki

 

Mikuni

1

〜θoθ’z/ed 

October30

1998

じめ

 

環 境 問 題の解 決のた めに

般 的に は 環 境に対 する個々人の意 識 やモ ラ ル の 点から論 じ ら れ るこ と も

い が

そうした 意 識やモ ラル の面か ら

じ るだけ ではお のずか ら限 界がある。 そ の た めには, ま ず 個々 の問 題を統

的にと らえる視 点, それ に基づ くしっ か りし た ビ ジョ ン, コ ンセ プトが 必要であ り, これなし には

対 処 療 法 的に 問題 を た だ

送 りする こ と に し か な ら ない だ ろう。

 

者は, 環 境 問 題の背 後には様々な 対 立, すな わち

見の対 立や

考 え

方の違い , 様々な 利 害 の

立がある と

えるが

この よう な

立の解 決の 場 合

個々 人の 意 見や

え 方 をで きるだ け 尊 重 しな が ら 対立点や問 題 点を明 確にし

歩 解 決 策を模 索 し な が ら進むのが最 短 距 離 であるよ うに思 わ れる。 こ こ に は, 対 立や対 立の解 決につ い ての従 来 と は違 っ た 新しい 見 方 が 求め ら れ る。 い ずれ に し て も

拙 論に おける

者の立場は

何よ りも環 境 問題 を解 決 する に は ど うし たらよい かとい う実 践 的 視 点に立つ もの であ り

環 境

理 を そのた めの理 論 的 手 が か り と して位 置づけ る とい

こ とに あ る。

1

章 

ドイ

環 境 教

 

1997

年,筆者

環 境

民グル

環境NGO

の メ ンバ

と して

金 沢

青年

所の メ ンバ

, 金沢 市お よ び石 川 県の 職 員と共に

ド イツ の環 境 先 進 都 市フ ラ イ ブル ク を訪れ た。 その

フライブル ク

の シェ

ン ベ ルク小

学校

環境教育

現場

,取

り組み に つ い て の話 を 聞い た が こ の学 校の環 境 教 育は 以下の三つ の テ

ゼ か ら出 発 してい る。

1

地 球 を汚 すことは やめ な け れ ば な ら ない 。

2

地 球の資 源には限 りがある。 *外 国 語 学 部

(2)

2

三  国   千   秋

3

地 球は われわ れの もの ではな く, われわ れの子 供たちの もの である。

 

い で

この 三 つ の テ

ゼ か ら以下の よ うな

結論

か れ る。 すなわ ち,

こ のテ

剣に

け 止め る な らば, エ コ ロ ジ カルな視 点に立っ て, 次の ような認 識に達 する。 わ れ わ れ は

環境

を 目

め させ

,環境

し て

責任

必要

がある。 そ して で きるか ぎ

努力

をし な が ら, われわれ 自 身お よ び子 供たち を そのた めに教 育 する必 要 が ある。」

 

この 三つ の テ

ゼ につ い て解 説 する と, ま

最 初の

命題

地 球を汚

こ と は や め なければ な らない

とは

い う まで も な く

人間の 生

える基 盤 とし ての 自

環 境につ い て述べ て いる。 つ ま り, い か な る人 間の 自 由 な 活 動 も生 活 基 盤である環 境 を無 視 して はな りたち え ない とい

こ とだ。 と同

こ こ で は子

たちの

点に 立っ て

この

題 が述べ ら れ てい るとい うことが 重 要である。 人 間は

人では生 きて い け ない 。 これは小 さな

供の場 合に最 も 良 くあ て は ま る。 大 人の助 けが なければ

小さ な子

し て

分の力では 生きて はい けない か らで ある。 赤 ちゃ んは生 きて い くた めに, その母 親 を 絶 対 的に信 頼 してお り, 幼い子 供たちは大 人 を信 頼 し な くては生 きて はい ない

 

こ の ように, 社 会 的に弱い 立場にある

供は, 生 きる上 では大 人を信 頼せ ざるをえない し, また 大人た ちが生

して い る この 地

球,

地 域の 自然 的

社 会 的 環

頼せ ざる を え ない とい うこ と だ。

地 球を

すこ と は や め なければな ら ない 」 とい うテ

ゼ は, 子

た ち が

心 し て 生 ま れて来るため の基 本 的 条 件, 彼 らが 大 人を信 頼 するた めの基 盤 を 意 味 してい るの で はない だろ

か。

 

時には 環 境 問 題の デ ィ ス カッ シ ョ ン の 中に 大 人たちの中 か ら わ れ わ れ はも うこ の地 球 上 には

は生 きてい い か らとか ,

自分

たちの生 きてい る間は環

は そう

深刻

にな ら な い だろ

, 環 境 問

解決

のために は 人間が みなこ の地 上 か らい な くな れば

とい っ た

端 な 意 見 が 飛び出 すこと がある。 し か しな がら, そ う した発 言は全 く子 供の立場を無 視 し たも の とい わ ざるを え ない

そ うした 言

に よっ て は

大 人 は子

信頼

るこ とは で き な い だろ う。 皿 を使っ て汚れ た ら

次に使 う 人のた めにその皿 を 洗 うのが 当 然である。 プ

使

用 し て汚れ た ら

除 をして次に

使

える ようにきれい に し て お か な け れ ばな ら ない 。同 じ

子 供 も大 人 も, 自分たちが地 球を汚 した ら, で

る だけ 自分たちで元 通 りに きれ い にし て お く 必要がある。

 

て, 子 供たちは,

地 球上 の

源には限 りがある」とい う現 実 を 知る必 要がある。 子 供 たちは

,自

たちの住 む地 球は有限であ り

,自

らの自 由 な

行為

活動

に は自 ずか ら制限 がある こ と を学 ばねばな ら ない

につ い て も,

水産資

源や 鉱物

源,

や空

や 土 は決 して

限 にある もの で はな く, ス トッ ク は有 限であ り

その よう な 有 限 な生 態

の 中で 生 物の種や個々 の生命が維 持さ れ てい る とい えるの で ある。

  最後

の テ

,「

はわ れ わ れの もの では な く

わ れ われ の子

た ちの ものである

い わ ゆる 「世 代 間の公 平 」 とい う考 え を表 して い る。 地 球上 に生 活 し, その資 源 を利 用 し, 自 由で の びやか な 生

を送るの は 現に

てい る わ れ わ れだ けでは ない

この地

未来

の世

か ら

けてい る

とか 「できるだ け きれい

環境

に し て

の世 代に渡したい

い う言 葉 も 同 じ発 想 か ら生 じてい る。 現 在, 特に重 要 な 問題 となっ てい る, 地 球 温 暖 化は, こ の よ

な世 代 間の公 平 とい

か ら見 ら れ るべ きで あ る。

(3)

環 境 倫理 の 可能性 3

 

以 上 を ま とめる な らば

こ の 三つ のテ

ゼは

人 にとっ ての

環境

の基

本 的

コ ン セ プ トであるのみな らず

環 境 倫 理の可 能 性に とっ て も基 本 的 前 提と見 な すこ とがで きる の で は ないだ ろ

か。

 

日本 と ドイツ

豊かさ

感の比 較

 

環 境 保 護 や 環 境 教

の ビジョ ン を形 作る た め には われわ れの具 体 的 な 生 活との関わ りで論

る必 要があるの は当 然で ある。 環

の ことを問題 にする と

時には

わ れ わ れは昔の 生

に 戻ら ね ば な ら ない と か, 原 始 時 代の生活に帰る な ど不 可

だ とい う意 見 も飛び だすが, もちろ ん その よ

極論

,議論

のための

議論

にす ぎず

社 会

制度

無視

して,

人の 生 活や ライフ ス タ イル に言 及 すること か ら目をそ らして しま う結 果 となる。 その 意 味で は環 境 倫理 も実

事柄

か ら出 発

べ きであ

り,実

現 可 能な

囲で議

を展 開すべ

である。

 個

人の生 活や ライフ ス タイル は, その 中 心にある 「豊 か さ」 感や

え 方と不可分である。 し か しな が ら

わ れ わ れ は

個 人の

豊か さ

感 を 絶 対 視 する こ と はで きない も ちろ ん

,「

か さ

に対 する考 え 方は 個々人の価 値 観に根 差 し て お り, 物 質 的, 心理的 要 因 な どが関 係 し て お り,

多種多様

であるだろ

。 とは い え

その よ

な個 人 的な

豊か さ

感の 形 成には社

的 要 因 も影 響 し て い るの で あっ て 個 人 レベ ル の

え 方を越 えた とこ ろ で 社 会 的 な

豊か さ」

につ い て語ること がで きる。 例 えば

環 境の 面か ら

ドイツ の フ ライブル クと日

の 地 域 社 会を比 較し て み る な ら

両 者の 間には 二つ の

な る

豊か さ」 感がある よ

に思わ れ る。

 

での 「豊 か さ」の特

につ い て語るさい に, まず 目につ くの は, あふれ る ほどの 品 物の 多さ とその種 類で あ る。 ス

トや デ

,各

種の商 店に あ ふ れ るこれ らの品 物 を 見る な ら

誰 もがこ の国は豊 かだ と思 うだろう。 お 金 を 手に して店に入 れば

何で も欲 しい ものが手に入 る とい のは実に 「便

利」

である。 し か し

こ こ で忘れ て な ら ない のは, わ れ わ れは 日々 の消 費 行 動におい て, 例 えば野 菜 や 魚, ビ

や ジ

ど を買 う さい に, それ ら の

を買うだけでな く

大 抵は容器 や包 装 材 も買っ てい るとい うこ とである。 そ して, これ らの容 器や包装

,役

目 が

わ ればゴ ミとし て

て ら れ

週 あ るい は

日 のよ

量の ゴ ミや廃 棄 物として

家 庭か ら排 出 され る。 わ れ われ がこの ゴ ミとして の容 器 を 買 うの も

便 利さ

のた め である。

 

次に 食 料 品 や生活 必 需 品の他に も, エ アコ ンやク

, 自 動 車につ い て考 察 して み る と, こ こで も 「

便利

が快 適な

ら しの重 要 な 要 素 となっ てい る ことに気がつ く。

の 中に 入 る と, 毎日の電 灯 や 温 水 機, 冷 蔵 庫 などの他に も, 夏はエ ア コ ンや ク

, 冬は電 気カ

ペ ッ トがス イ ッチ

つ でわ れ わ れ に

快適

な生

を 運ん で れる。 通

の 際に

自動車

る の は

便利

で コ ス ト も低 く, 雨の 目には とりわけ便 利である。 近 くの ス

に買い 物に行 くに は自

動車

便利

であ り

しか も買い にエ ン ジン を か けてお くの は

内の

冷房

る た め である。 だが, 忘 れてな らない のは

この よ

便 利 さ」は, 大 量の エ ネルギ

消 費 代 価を支 払っ て

にい れ ること が で きる とい

こ とだ。

 

この よ う な日本 人のライフ スタイル

その 「豊 か さ

特徴

で ある 「便 利 さ

をフライ ブル ク で見たもの 経 験 し た もの と比 較してみ る と そこ には も う

の豊か さがある ように思 わ れ て な ら ない そこ で

体験

した 「豊か さ

」感

快適

えて も

い が

,例

え ば

市街

地で の 自動 車の騒 音 と排 気ガス を 避 ける た め に自動 車の乗 り入 れ を規 制 する ことに表われ

(4)

4

三  国  千   秋 てい る。 実 際, フライブル ク市で感 じら れ る 「豊か さ」 を代 表 する もの と は, 街 全 体の 「きれ い な 空 気 」

静 けさ

の さえ

ず り」,「

並みの 落 ち

い た雰 囲

気」

届 く

ところ に 流 れる

疎水

の 「き れい な

水」

などで ある

5

月の フ ラ イブ ルク は

8

頃 まで

るい が わ れ わ れ は

週 間の 滞 在の 間,

の中心 部や郊

の レ ス トラ ンや カフェ で も,

ほ と ん ど

日の よ

屋外

食事

ることがで きたし そ れがご

く自然

なことの よ

に思 われた。

 

も ちろん

こうした 「

適 さ」は, フ ラ イブル ク市 民の環 境 意 識に よっ て も支 え ら れてい る とい

る。 しか し,

方で

民の

識 を取 り上げるとすれば, 他

で, 車の両

のよ

々 な

の政策や

施策

実施

さ れ てい る

も見 逃 すべ きで はない だろう

 

例 えば

フライブル ク市が市 全 体の

きれいな 空 気 」 や

静 け さ」のた め に選 択 した方 法は 市の中 心 部に

動 車の乗 り 入 れ

止 地域 を 設け た ことであ り

をは じ めで きるだけ 公共 交 通

機 関

用 する よう な 誘 導 策 をとっ たこ とである。 そのた め に, 中心 部の駐 車 場の料 金 を 高 く設 定 して, 代わ りに公 共

通 機 関 (

面 電 車の復 活 とバ ス)の

金を思い切っ て低 く設 定し た り, 電

と近 郊のバ ス路 線の接 続 を

便

利に し て

用し やす くし たこ とで ある。 他に も,

5

00

か ら深 夜

12

00

ま で電 車やバス を 走ら せ る

1

切 符で乗 換 えは自 由

月の 定 期 券

5000

円以下, 日曜日な ら大 人

2

人に

4

人 まで

用で きる し, またこ の 定 期 券を他 人に貸し て も 良い な ど

,様

々 な 工

が なさ れ てい る

 

こ れと平 行 して フ ラ イ ブル ク市は

1989

年か ら こ れ まで

35

億マ ル ク (

2450

億 円 )を投じ て

450km

に お よぶ 自転 車 道の 整 備 と自 転 車 専 用 道 路 を建 設して きた。 自動 車 禁 止 区 域の交 通 手 農 と しては, 歩

行,自

転 車

路 面 電 車の三つ の方

こ れに よっ て

全に

中 を歩 けるこ と き れい な 空 気と野鳥の さ え ず りが 戻っ た だけでな く , 市 街 地の商 店 街の活 性 化にもつ なが っ た

 

さ らに, フ ラ イ ブル ク

民の間には,

数年前

か ら, エ ネル ギ

浪費

ゴ ミ

め に

リ サイク ル ではな くリユ

ズ や なるべ ゴ ミ になる もの を買わない 「ゴ ミ回避 」の 政 策が実 施 さ れ てい る。 そのための具

的 な

取 り組

み とし て は

ゴ ミを

金で処理 しない ゴミ の 有 料 化, 生ご み をコ ンポス ト堆 肥に して土に返 す と か, トレ

を 使 用 しな野 菜

,簡

易 包 装や

秤売

り な ど

々 なもの を目 にするこ とが で きる。

包 装材の ゴ ミ処理

用 をメ

が 負 担 する とい う

DSD

社 (デュ ア ル

シ ス テ ム

ドイ チェ ラン ド

行 政 と企 業に よ る

ド イツ

廃棄物

処理 二 元 シス テム

に よ る プロ ジェ ク トは

側か らすれ ば な るべ くゴ ミ の処 理 費 用 を削 減 する た めに, で きる だけ 簡 易 包 装に切 り替 えた り, デポ ジッ ト制 度の

入 に踏み切ら せ る

果と なっ た 。

 

以 上 をまと め る な ら ば 人々 の環 境

識やモ ラ ル は その 社 会の環 境政策や制 度と不 可 分の 関

にある とい こ とが で きる。 そ して

こ こ には

人々 が 生

環 境や 自

然環境

を どの よ うに と らえる か とい こ と が関わ っ て くる。 その点につ い て次に見てみ よう。

2

 

社 会 的 共通 資 本

概 念

宇 沢弘 文 氏

を用

 

経 済 学 者の

弘文

氏 は

社 会的共

資本 (

social overhead  capital )

の概 念 を

唱し てい るが, そ れは,

都市

や地 域におい て

々な 社 会

資本

が 集 積 さ れ た もの と

え ら れてい る。 社 会 的 共 通 資 本は 三つ の部 門に分 けら れ る。

1

) 都 市や地 域における社 会

本 (生活 道 路

電 力

(5)

環境倫理 の可 能 性 5 上下

車,

バ ス な どの 基 礎 的

関 な ど

2

) 自 然

,水,

な ど

3

制 度 的 資 本 (教 育

医 療 などの 施 設, 公 園, 図 書 館な どの 自然 的

文 化 的 施 設 , さらに は銀 行 な どの金 融

的資本

な ど)。 m

 

史的

に見て

社 会 的 共 通

資本

え 方に先

し てい る のは

W

カッ プの 社 会 的

用 とい う概 念である。 ド イツ生 れの ア メ リカの経 済 学 者で あっ た カ ップ (

1910

76

)は, 第

2

次 大 戦 前 後にお ける著 しい生産 力の

技 術

革新

の背

に ひそむ人 体の

荒 廃

農 地の浸 蝕 な ど を

取 り

上 げ

的 企

社会

一一

現代資 本

にお ける公

の問 題

』 (

1950

) の中で, 私 企 業の利 潤 追 及によっ て発 生 する社 会 的 費 用に注 目 した。

般に, 企 業 が なん ら か の経 済 的生産 活 動を行 う際に

企業は

労賃,

原 材

な ど を負 担 し てい る が

これ はその企業に とっ て の

用 と見 な さ れる。 と 同 時に, 騒

, 悪

, 汚

な どの よ うに, 「ある

経済

活 動 が 第三者 あるい は社 会全体に対して

直 接 的 あるい は間 接 的に影 響を及ぼ し

さ ま ざ ま な か たちで の

被害

る とき,

外部

経済 (

external 

dis−

economies

が 発 生してい る

とい わ れ

る。 (以 上 は平 凡

, 世 界

百 科

典 を

参考

にし た

 

この よ うに 外 部 不 経 済と は 何 らかの 自然に対 する被 害, 身 体 的 被 害や損 傷, 社 会 的 基 盤 の

壊を 生 み 出 すこ と をい

し た が っ て

,社

的費

用の

定義

とし て は

,「

外部

不 経

を と も な う現 象につ い て, 第三者 あるい は社 会 全 体におよ ぼす 悪 影 響の う ち, 発 生 者が負 担 してい な い 部 分を な ん ら かの

方法

測し て

,集計

した

額」

ことが できる。 en

 

しか しなが ら 残 念 なこ とに こ の ような社 会 的 費 用は企 業に よ る経 済 活 動の 中に内 部 化 さ れる こ とは なか っ た

t

宇沢

氏 も述べ てい る ように

近代経済学

心 的 な

学派

である

新古

典 派の

経 済

で は

社会

的 費 用 を

生さ せ る よ

な経

済活 動

はむし ろ例

外 的

な現

で あっ て , そ れぞれの事 例ご とに個 別に考 慮さ れ るべ き性 質の もの である」とい う考え方が と ら れ てきた か ら であるe  (

1  }

 

そ れどこ ろか,

資 本 主 義 的 な 経 済 社 会の歴 史 的 発 展のプロ セ ス で

産 業 公 害の 問 題を は じ め とし て

さま ざ まな か たちでの社 会 的

用の発 生は不可避な もの で あっ ただけでな く

こ の ような 社 会 的 費 用を第三者

と くに

働 者 あるい は低 所 得 階 層に転

する こ とによっ て は じ め て

資本

主 義 的 な

経済

制 度の もとで の経 済 発 展は可 能で あっ た」 とさ えい うこ とがで きる。

とくに, 第二 次 世 界 大 戦

後,

日本をは じめ

くの

先進

工業 諸 国に おい て

,重化

学工業が きわ め てい テンポでおこなわ れ 公 害, 環 境 破 壊 などのか たちで の社 会 的

用は増 大 し,

多様

化 してきた」の であっ た a ]

 

では

どう して, 個々 の 企 業 が 社 会 的 費 用を無 視 しえたのか。 それ は, 新

典 派 理 論の前 提 とし ての純 粋な 分

的 市

にある。 この 制

の特 徴の まず 第

「生産 手

有 性

で ある。 す なわち

,各

経 済 主 体はそ れ ぞれ所 有 する

少 資 源 を, 自 己の私 有 物 と みな して 自 由 に使 用で き る とい

前 提であ り

ま た こ の私

性 と な ら ん で

個々 の 企業や

人の経

済活

動の 自 由 とい こ とも暗 黙の前 提 と みな さ れて きたか らで ある。

 

しか し な が ら, 今日の複 雑 な 経 済シ ス テム と

希少資

源の 有 限 性に照 ら してみ る な らば

果た してれで

い の だろ うか とい

疑 問 が

る。

資本

とい

う概

念を広

の 意

に とる なら ば,

生産

のプロ セ ス におい て必 要 とさ れ る

希少資

源の ス トッ クを

資本

こ の

か ら 生 み出さ れ る サ

ビス

使

っ て さま ざ まな

動が お こな われ る

1

i) と

える とす れ ば

この よ う な 資 本につ い て

宇 沢 弘 文 氏に よれば大 き く次の ように 二つ に分 けら れ る。

(6)

6

三 国 千 秋 どの よう な 経 済 社 会を とっ てみて も, 生産

消 費 活 動を おこな うた めに必 要 と なっ て くる よ

希少資源

は 二 つ の カテゴ

分類

さ れる。

各経済

分属

さ れ

, 自由

使用

さ れる よう な 私 的 資 源, あるい は私 的 資 本 とい わ れる もの が 第

の カ テ ゴ

。 これ に対して 私 的な経

には分 属さ れ

社 会

に とっ て共 通の財 産で あ

, 広い 意

会 的に管 理 さ れる よ う な社 会 的

資源 ,

あ るい は よ り正

に は社 会 的 共 通

資本

とい う第二 の カテ ゴ リ

が 存 在 する。 C6)

 

こ こ で われわれは

「社 会 的 共 通 資 本 」の特 徴 をより明 確にすることがで きる。 その第

社 会 的 共 通

本 」 と は 特 定の個 人 あるい は企 業 や 団 体

組 織な どに属 する もの でな く

,特

都市

あるい は 地 域の住 民にとっ て の共 有の財 産 だ とい うことで ある。 もちろ ん

い か なる 希 少 資 源を 「社 会 的 共 通 資 本

1

と みな すか は, その地 域の住 民な り市 民な りが, それ を どの程

の財

とみ な

とい

う社会的

同 意や コ ンセ ン サス に よ る。

え ば, 川 の

に と ると ある 工場 が ある川か ら水を引い て利 用 する場 合には その川の水はその工場の私 有とも

な さ れ

るが

その 工か ら

排出

さ れ た

廃液

で 川の

汚染

さ れて, 下流 域の

住民

にその

響が お よぶ場 合, その川の

は 工場の私 有 物で ある と同 時に, 住 民にとっ て は

社会的

共 通

本 」とみな さ れる で あろ う。

 

,様

々 の

すな わち

道路

や公 共

,電力,

ガス な どが

社 会的共

資本

とみ な され るのは当 然であろ う。 しか し なが ら, 日本の道 路 事 惰を見る な ら, 宇 沢 氏が指 摘 す る よ

自動車

社 会的費

岩波新書 

1974

, わが

の道 路 は 自動

車中

心に建 設 さ れ て来た た めに 結 果 と して歩 行 者や 自転 車を利 用 する者の権 利が無 視さ れて い る とい う意 味で は, 十 分に 「社 会 的 共 通

資本」

とい う見 方が社 会 的に定 着 し てい る と はい え ない 。

 

こ こ で

社会

資本」

二 の

特徴

である

,混雑 (

congestion

)現象

の 発 生につ い て 述べ てお く必 要が ある。 つ まり

社 会 的 共 通 資 本は無 限なス トッ ク とい うわけにはい か ない の であるか ら

そ れ が 無 制 限

無 原 則 的に利 用 さ れる と

必 ずや混 雑 現 象 を伴 うとい こ とで あ る。 言い換 えれば

社 会 的 共 通

本が効 率 良 く市 民に配 分さ れ

そのサ

効率 良

くお こ な うため にも

何ら かの 制 度に よっ てその使 用や利 用 を規 制し た り , その社 会 的 費 用 を 負 担 す る必 要がある。 この例と し て は

例 え ば電

気,水道

な どの公 共

,高速道

路の

公 共

通 機 関の運 賃 などが あ げ られる。

 

はい っ て も , その よ

な公 共 料 金の 設 定にあたっ て は

,無

原 則 的に

使

き上

て はな ら ない こ と はい う まで も ない 。 理由は, 公 共 料 金の ような生活に必 要な基 礎 的 費 用は, 所 得にか かわらずこれ を

上げ すれ ば

,高額

得者

に とっ て

負担

い もの であっ ても

,所得

の 低い 々 か らみれば, 重い 負 担になっ て公 共 的 サ

を 受 け う状 況生 まれ る か らで ある。

 

ところが

古典

派の理

で は

,第

二 の

提である 「

につ い て

経 済 主 体は

そ れぞれ自ら所 有 する 生産 要 素を市 場に供 給 して 市 場 価 格によっ て評 価さ れ た額を所 得と し て 得る

とい

う前提

に立っ てい る。 だ としたら

,宇

もい

に, 「もしある人につ い て, その

有 する労 働に対 する市 場の評 価 が 低 く, 生 存 する に必 要 な 収 入 を得 られ ない 」 σ 1 とした ら, この 人は生 存 するこ とが 不 可 能になっ て し ま う。 これでは明ら か に, 人 間が

に し て 快 適な最 低 限の 生活を す る

利 を もつ

とい

「生活

権」

の 思想に反 する こ と に なる。 CS)

(7)

環 境 倫 理の可 能 性

7

 

以上 を要 約 すれば,

会 的 共 通

本 」の概 念は, 社 会 的 公 正の側 面, つ ま りその サ

け るため に

,誰

もが 「

健康

に し て

適な最 低 限の生

権 利

を もつ

とい

基 本 的

利 を満 た すとい う面 か ら も重 要であるこ とが 分 かる。

 

水, 空 気, 土 (土 壌

地 ) な , いわ ゆ る自然 資 本 を無 限にある とか, 単に私 的 資 本 と

ので は な

く,「

社会的共

資本」

とみ な

ことは

以上 のよ

な 理

か らも 重 要であ る。 空

を例に とっ てい え ば

都市

にお ける

混雑

や渋

か ら

当然混雑現象

が予 想 され るの であ り, それ をその ま まに放 置 すれ ば, そこに住む住 民か ら きれいな

空 気 」として の

社会

資本」

奪 う結

果に な る か らである。 われわれ は

ド イツ の フラ イ ブ ル ク 市で の交 通 政 策の

例 を 紹 介し たが, フ ライブル ク市は 「空 気

を 「社 会 的 共 通 資 本

とみな し て こ の よ

な考 え 方に 立 っ て

混 雑 」 状 況を回 避 し た とい える わけである。

 

また, 土 (土壌

につ い てい えば, 昨

の バ ブ ル現

やバ ブ ル の 崩

は,

来 「

社会

的 共 通

であるべ き

土 地

を個人 や

人の私

とみ な し て きたこ とに起 因 する。 そのた め に土 地の 価 格や土 地

り引 きに制 限 を 設 ける ことな く,全 く 自 由 な 取 り引 きに任せ て しまい

結 果 的に土 地 に対 する

f

投機

」をあお る とい

日本の土 地 政策か らの必 然 的な結 果で もあっ た とい る。 これに対して, ドイッ で バ ブル現 象 が 生 じな かっ たの は

土 地の価 格や取 り引 きに 厳しく規 制が設 けら れてい る た め に

土 地に投 機 すること が起こ り得な か っ たこ とに よ る。

 

以 上の こ とか ら, これか らの環 境 保 護の視 点には何 を 「社 会 的 共 通 資 本 」 と み な す かとい う

民や 地域

民の コ ンセ ンサス が ま す ます 重 要に なっ て くる と思 わ れる その 際 に

自分の 知 識のみ を 正 しい と み なすの で は なく,

分は どこ に

置す るのか とい

視 野に立 っ た 広い 意 味 での 調 和 的 な知 識の あ り方 を 目指 すこ と その よう な 知 識 を得たな ら そ れ を

外 部 」に説 明 す ること が 重要 とな る。 そ れ が

の問題 とな る。

3

章 

理 の

可 能性

人 間 と 自然

調 和

につ い

  知 識の二つ のあり方

 

知 識を

純 粋な 理論 的 研 究 分 野に限るの では な し に

広 く

般に行 為や行 動

実 践の 領 域で と ら えるなら ば 知 識は どのようなもの であるべ か がこ こ で の テ

マ で ある。

 

ア メ リカの 詩 人

・作

であ り

,環

境につ い ての 優 れ たエ ッ セ イス で もあるウェ ン デ ル

は,

言 葉 と 立場 』 (

1983

年 )とい う本の 中で

知 識を

情 報 」と して の知 識とこ の 知

に 「限

を課 す

制 限 する

ため に

く知 識の 二 つ に分 けてい る 。

 

まず 最 初に ベ リ

情 報 」 と して の知 識と呼んで い るものは

通 常

,事

実につ い て の情

や知 識

ゆ る 「

客観

とい れ るものである が

,彼

によ れ ばこ うした 知

の見

は以下の よ う な, 二つ の前 提の上に成 り立っ てい る。

い わ ゆ る知 識 (情 報 ) がく充 分〉にあ り得る とい

前 提

して時 間

不 足 して い る とい う前 提で ある

。 C9)

情報

がく充 分〉 にあ

りう

る とい

う前提

か ら は

十 分な情

報」

に基づい た

決定

が 可

で ある とい

仮 定が

か れ る し またそ

し た仮

か ら は

あら ゆ る問題 は く

術の進

〉によっ て

解決

さ れ るだろ う とか

か なる問 題 も切 迫 感

,情報 ,

資 金 を広 くつ こ むこ とで速やかに解 決 さ れ 得る」“°) とい っ た

産 業 的 楽 天 主 義 」の教 義へ の信 仰 が 生 ずる こ とになる。

 

し か し

生活を見れば す ぐ分か るこ とだが

,何

か を 決定 する

にも

われわれ は

し て

(8)

8

三 国  千 秋

に十 分 な 知 識 (情 報 ) を

ち あ わせ てい るわけ で は ない

な決 断 を下すさい にも

わ れ われ が 驚 くほ ど無 知だ とい こともあ り

る。 こ の例 と してベ リ

婚 を

げてい る。

結婚

に際し てわ れ わ れは

し て

十 分な情 報 」のみに よっ て決 断 した りする わけで はない か らで ある。

 

そこ で ベ リ

二 の

類の知 識と呼ん で い る ものが 重 要 となる。 それは,

ん だ 類の 知 識である が

,情報

とは 同 じもの で は

し て あ り得ない こ の (

目の

知 識は

常に第

の 種 類の (情 報 としての ) 知 識

ま た 明 ら かに

種類

にしば しば 限 界を課 し てい る ことが分か る」。 “1) この ような知 識と は行 動や実 践の た め に

定の, 部 分 的 な 知 識

情報〉

うこ とで

決断

そこか ら

つ の可

能性

択 し

,他

の可

能性

を最

終的

にはあ きら め る ような知 識の こ とである。

 行動

実践

におい て の知

える 上 で

,結婚

と並ん で

,次

にベ リ

挙げ

てい る例は さ ら に分 か りすい。 そ れは, ある人 が 新 し く農 地 を手に入 れ, そこに移 り住んで農 業 を営 む 場 合で ある。 つ い で に

う と, これ は

彼 自身

が こ こ十 数 年 間に渡っ て経 験 し てきた こ とでもある。

 

最 初, 農 場に移 り住ん だ時には, 彼の

や希 望,

画は大 き くふ く らむにち がい ない 。 だが,

間の

過 と共 に 必ずしも

が 順調に 進 むわ けでは ない とい こ と を知る よ

に な る。 農 場で は

年,

年が ゆ っ く りと進む か らで ある。 自然の 歩み は わ れ わ れの思い よ りはるかに遅い 。 工業や商 業での 機 械や コ ン ピュ

の ように

自然 はわれ わ れの 思い 通 りに

む わ けにはい か ない か ら である。 自

然災害

もあ る かもし れ ない 。 ここで は

時 間と仕

が不 足してい る」と い うの で はな く, わ れ わ れ は多 くの もの につ い て無 知である こ とを認めねばな ら ず

無 知であ りなが らも

動し実 践 し なけれ ば な らず

その た めには農 場と し ての場

場 所 )に と ど ま ら ね ばな ら ない 「正 しい 規

律」

と 「十 分 な時間

とは

切 り離せ ない

で あ る, 正 しい 規

は急が さ れ て は な ら ない 。 とい

の も それ は, 何がな されねばな ら ない かにつ い て の知 識であ り, か つ そ れ をしよ う とい のすべ てを正 しくし よう とい う意欲だか ら である。

,「

良い

が急 ぎや緊 急 時や非 常 時に も正 し く責 任をもっ てな され る と は考えない。 ま た 仕

が 完 了 した

後,

その価

を証 明 する の には なお

多 く

間が か か るとい

こ と も 承 知 し てい る。 結 果を経 験 し

研 究し, 理 解 するには, 留 まらねばならない 。 結 果と共に

らす ことで結 果 を理

し, 必

であ れ ばさらに生

し,

で 正 さね ばな ら ない 。 〔12)

 

こ こ で

仕事」

と は どの よう な

仕事

をい

の だろ

か。 ベ リ

自身

はっ き

と そ れ に

えてい るわ けで は ない が

そ れ は

のい

う 「

」と

熟 知 」 と呼ぶ に ふ さ わ しい 知 識 (ベ リ

う 第二 の種 類 知 識 ) か ら生 まれ わ れ る

ま り

仕事」

に仕 える よ

な知 識の こ とで ある。 また,

良い 仕

」は

規 模の適 切 さ」の問 題 と切 り離 し えない 。 とい うの も

仕事」

は量 で は な く

に か か わ るものだか らである。 さ らには

細 部 を見 届 ける」た めの

適 切 な 謙 虚 さ

とい うこと も重

と なる。 “/1)

(9)

環 境倫理の可能性

9

 農業

に お け る

識の場

場の

体系

 

農 業におい て は, 知 識はその場 (場 所 ) と切 り離 しえ ない

なぜ な ら

農 場 は 生

場,

基 盤で もある か ら だ。 そ

し た農 場の体 系 的 な場を, ベ リ

挙 げ 示 す

に な る。 [14)

 

側の か ら少し

説し たい

言 葉 を引 用し よう。 左の 図で は

,「

, あ ま りに

くの こ と が

れ去ら れてい る。 家 族や共 同 体, 自 然, それぞ れの要 求が, すべ て無 視 さ れ てい る

」。

c15)こ こか ら分 かる こ と は

明 らかに, 主 眼 は

産 業 経 済か れ て る とい

こ と だ。 つ ま

り,

農家

の知 識や行

最 大 限の利 潤を追 及 する た め に用い ら れ る の であっ て 酪 農 家の意 図 も酪 農 も ま た 農 業 もその外 側にある産 業 経 済の論理 に従 う もの と 見な さ れ る。 言い 換 えれば

そ れ ぞ れの体

の価 値は

番 外 側の 産 業 経 済の体 系に従 属 する か たちで しか 認められない。

 

この

につ い てベ

は, 以下の よ

なコ メ ン トを

えてい る。  

1 .

1944

年か ら

1975

年とい う期 間

… …

酪 農 業 者が大 幅に減っ た。 弱 小 な

常に弱 小

  

農 業 者は その

製 造装置

の比 較 的 「

非 能率」

の ため に締め出さ れて しまっ    たQ

 

2

牛 乳 生 産の 工業 化を含む農 業の 工業 化は, 農 業の専 門 家で さ え 気づ き始めてい る深 刻 な

  

問題 を

き起こし た。 す なわち

壌浸

密,化

学 中 毒と汚 染

エ ネルギ

不足

  

数 種の金 銭 トラブル 植 物 や 動 物の種の 消 滅, 土 壌 生 態の崩 壊 などで ある。 qω

 他方 ,右

側の図 を見て み ると

その中心にあるの は

人の

夫であ り

こ の円の中に は

の 関 心や利 害 が 含 まれてい る。 次い で その まわ りに家 族, さ らに は共 同 体の体 系, さ らにそ れ を 取 り巻 くよ

に農

体系

置づ ら れ る。

番外

側に自然 とい

体系

が置か れ る。 ベ リ

のい う

農場

体系

と はこ の ような複

体系

か ら なる もの であ り,

々 の体

お よび その関 心 や

益はそれ ぞ れ独 立 し てい る とみなさ れ る。 だが,

立 し な が らも

互 に

影響

しあっ て, そ うした 相互作 用の う ちに体 系 全 体の バ ラン スが 保たれてい ると

え ら れて い る

要 する に

右 側の図が示 してい るのは

農 場を豊かに保つ とい こ と は, 単に農 業 生 産を 上 げる とい うこ と で なく

か にするこ と

,農夫 ,家族,共

にとっ て知 識や

経験

蓄積

さ れ てい くこ と

自 然 を

めた生 活 基 盤 を 整 え, 安 定 させ て い くこ とを意 味 してい る。 “7) こ の よう な体

(10)

10

三  国 千 秋 し ての

に描か れて い る の は, そ れぞ れの

体 系

の生 態

的 なバ ラン ス

自然

に おける 調

和 ,

人 間と自然の調 和 的 関 係である。

 

自 然 界における調 和や 生

学 的なバ ラン ス につ い て

わ れ わ れ は水 や 大 気の循 環

バ クテ リ ア の

,動物

物の共 生

関係

, 「

食物連鎖」

や 「

存在

鎖](

全ての

被造物

秩序

形に整 序 するよ

鎖ない し は

次 的 移 行がある とい

平 凡 社

西 洋 思 想 大

典』

に よ る

など

な 知 識 を

てい る が そ れ以上 に

知の ことは

こ ろで

食物

連 鎖

や 「存 在の 鎖 」の考

方には

位 階 性

の概 念 が そ なわっ てい るの も

かであっ て

し た

位 階 性 」に基づ い て

自然

界の調 和 的な秩 序が保た れてい る と考 えら れ てい る。

 

自身

う した見 方に立つ が

それは次の言

か ら もわか る。 「〈

〉が 豊 かで 変 化に富むの は 生命が豊 富だ か らでは な く, 〈被 造 物〉 が秩 序 正 し く, 多 様 性に富む 生 き も のが

心し てい ら れ る

場所

に満 ちてい る か ら である

。 “s) こ こに は

それ ぞ れの

が し か るべ き 「場 」 (場 所 )に位 置 するこ とで安 定 した秩 序 を 保つ こ とがで きる とい う

位 階 性 」の考 え 方が あ る。 ま た

,「

存在

鎖」

生 き

物 (

被造物)

と価 値の位 階

を理解す る た めの

法である と断っ た上で こ う も述べ て い る。 「生 き物は, 等 しい こ と に よっ て で はな く, そ れ ぞ れの

相 違に よっ て保

さ れてい る とい

う考

えが〈

存在

の 鎖〉に は ある

  Cl9)

 

で は, 人 間と自然との調 和につ い て, ベ リ

は ど うに

えてい るの で あろ うか。

 

人間にと り調

とは

,常

に 人間の

り出した人

的な もの で あ り

その

を 知 らず

そ れ をす すんで作 らな けれ ば, 調 和はない こ とになる。 そこ で 人 間に とっ て, 私 が 語っ て い る調

は道

律と し て知 られ てい る もの に 必然 的に似通 っ て く る

つ ま り人 間 にと っ て道 徳 律 と は 生

学 的お よ び農 業 的 調 和の表 記 法の重 要 な 部 分とい うこ とにな るの だ。

くの 人々が, 情 報を徳の安 全 な代 用 物 と して認め て きたよ うだ が, こ れは, 人 間 が長い

仕事

と長い

間に向 き合っ て短い 人 生 を送る準 備 をし な け ればい けない

とい うこと を と りわけ無 視 してい る。 ao〕

 

も ちろ ん, ベ リ

べ ての 人 間に農 業を勧め てい る わけで は ない。 そ う 言 うこ と は間 違 っ てい る。 しかしな が ら

先に述べ た 農

の体

人 間 と 自

との

調和

関係,

境 との 関 係, そのた めの知識のあ り方に とっ て

範 例 と み な し と は 。 な ぜな ら, その よう な 農

体系

は, そ れ を

成 する

複数

体系

の生 態

的バ ラン ス, 自 然

の 調 和に基づ

道 徳 律 」に とっ て のモ デ ル と み な さ れ る か らである。   ア カウ ン タ ビ リ ティ

 

説 明

賣任能力

につい て

 

『言 葉と立 場

とい う 書 物 を

して貫い てい る モ チ

フ は

「話 し手 と言 葉の 誠 意 (正 確 さ)」 や

忠 実さ」か ら, わ れ わ れ はい か に し て離れてい っ た か とい

問 題である。 こ れ につ い てベ リ

自身

「自分の こと ば を

る とい う

もの ご と を 正

言葉

とい う

に忠 実 な 行 為とい う

で もっ て答 えようとしてい る。 〔2D

 

わ れ わ れ は ここ で

言 葉な る知 識情 報

志の伝 達の手 段と み なすの で は な く

,何

のため に

ま た

をめざし て

行動す

や主 題 との か かわ

で と ら えて い る こ と に注 目し たい 晋 葉 を 単 なる伝 達 手 段とみ な すだけで な く,

々人の発 言や表 現 など

(11)

環 境倫理 の可能性 11 が その 人の

部 」の 世界に

して ら かの

影響

を及ぼす もの と見る な らば

言 葉は個 人の関 心や

利害

にか か わる の み ならず, 広 く社

や 自 然に もか か わる もの となる。

 

わ れ わ れ は 先にベ リ

場の例におい て

人の農 夫が 自分の 関 心や利 益を守 りたい と 思 うなら ば

家 族に

して も

共 同

し て も

,農場

農業

は もちろ ん

自然

し ても

ら かの 責 任 を 負 うこ とを結 論として得たの で あるが

そ れは個 人の

めた 複

体系

全 体 の安 定 性のた めであっ た。

  自然

に か ぎ らず

おそ ら く

会におい ても

そ の

制度

や しくみ

,組織 ,あ

るい は人 間 関

の あ り方にい た るまで そ う した複 数の体 系を想 定 し うるであろ う。 また

そ うし た複 数の体 系 か ら な る全

に おい て は

個人の言 語

使

用はその人の

内 部

と同じくその

側にある

の体

にとっ て も何 らかの影 響 を及ぼす とい っ てよい だろ う。

 

か くし て, ベ リ

し手 と言 葉の間の誠 実 さ (正確 さ)」 とい う 問 題は, その個 人 の 「

外部」

する説

明責任能力

の問題 となる。

 

説 明 責 任 能 力 (accountability )と は 今日, 情 報 公 開との関 連で議 論 さ れる こ とが

い が,

定義

に よれ ば,

ある こ とを

さ れて い る

そ れ に

して きちん と説 明 する責

するこ と

と言わ れ る。 例 え ば,

は人々 に対 して , 企 業 は 株主 に対 し て, たん に組 織や 事 業 を 円 滑に運 営 する責 任 (respOnsibility ) を 有 するだけで な く

事 業 内 容

財 務 など重 要 事 項につ い て も

分に

かつ 正

報告

行 う責任

をもつ こ と

である。 (2M

 

こう した説 明 責 任 能 力に とっ て重 要 なのは まず 相 手 方 を 異 なる立 場にある者と して認め その上 で異な る立

にある 人々 に 理

で きる よ

言葉

話す

こ とで ある。

 

ベ リ

が論 じてい る ように

, 「

知 性の専 門 化 」のた め に 自 分た ちの 組 織の 「内 部 」で通 用 する言

が 「

外部」

し て は通 用 しない と か, そ うし た 不

, 恐

の ため に秘

密保持

情報

公 開につ な が る としたら

そ うした

言語使

用 は

分の居 所や同

席者

が わ か りに くく な っ てい る」とい う点で

病んで い る」とい うこ とにな る。 123) ま して

片の通 達や専 門 用 語や       ア カ ウン タビ リテ ィ デ

タの

列で 「

外部」

に対 する

明に

えるとした な ら

その当

事者

説 明

責任能力

は 欠

して いる と言わざる をえない とい のも

問 題 解 決 する た め に共に行 動 する とい う視 点に立 つ なら

他の

体系

に位 置 する人々に対して も開 か れてお り

た と え

立する場 合で もその原因 を明ら か に し なくて は な ら ない か らで ある。

 

結 論 と し て, われわれは

便 利 さ」に象 徴さ れ る豊か さ は

特 殊な豊か さに過 ぎない と い うこ と を見て きた。 そ うし た

経 済 的 豊か さ」の他に も, 人 間の 生

基 盤と しての 社 会

資本

や 「

社会

的共 通

資本」

とし ての か さ さ らには お 互い の個 性を認め合

こ と

力や共 同に よっ て表 される

人 間 関 係の豊か さ」とい うこ ともある だろ う。 また

「未 来の 世 代に通 ずる た めの豊 か さの蓄 積 」 とい

視 点 も重 要で あ る。

 環境倫

理の基 盤は生 活である。 したがっ て

,環

理 は生

か ら

れるのであっ ては な ら な い 。 産 業 社 会はその中に多 くの種 類の専 門 家を産み出し た が, 過 度に専 門 化 した知 性は今や説

明責任能力

とい

カベ

き あ た い る。

環境倫

理 が問題

解決

の ため に

立つ と

る な ら

そのた め に は, 自 らの言 葉や知 識 を 「外 部 」つ ま りは第三者や公 けに向 けて分 か りやす く説 明 する

の で なければな ら ない だろ

 最後

境倫

理 と しての 「動 物の

権利」

や 「自 然の

権利」

デ ィ

プエ コ ロ ジ

(12)

12 三 国 千 秋 マ レ

ー ・

ブ ク チ ンらの ソ

シャ ルエ コ ロ ジ

エ コ

フェ ミニ ズム につ い て今 回は触れ ること はで き なか っ たが

,機会

をみ て

論ず

ることに したい 。 注 (

1

)『宇沢 弘文 著 作 集 』

ag

 1巻 「社 会的共 通資 本と社会 的費 用 」

波 書

,1994

,106

ジ お よ び

195

ジ     を参照

(2)同上

70

ジ (3) 同 上

,87

ジ (4)同 上

,87−88

(5) 同上

103

(6) 同上

103ペ

ジ (7)同 上

,91

ジ (

8

) 同上

176

(9)Wendell Berry

 Standing by Words

 North Point Press

1983( 『言と立場 』

 恵 理

マ ル ジュ 社

  

1995

,78

ジ) (10) 同上 83ペ

ジ (11) 同上

81ペ

ジ (

12

)同 上

,84−85

(13) 同上

85

ジ 〈

14

) 同上

,56−57

ジ (

15

)同上

,57

ジ (

16

) 同上

,54

ジ (

1

ア)この よう な 農 場の あ り方 につ い て

宇 沢弘 文 氏は農 業とい う 概 念 規 定よ り

む しろ 「農の営 み」とい う 言     葉で言い表し ている。 『字沢弘 文 著 作 集 』 第

10

巻 「高度 経 済成 長の陰 影 」

岩波書 店

1995年

156ペ

ジ参     照 (

18

)『言 葉 と立 場 』

,207

ジ (19) 同上

,209

ジ (

20

) 同上

,91

ジ (

21

) 同上

38

39

22

)亅ohn  Friedmann

 

Empowerment

 The Politics of Alterna[ive Development

 Blackwel

,1992

r

市 民

    NGO 』

斉 藤千宏

雨森 孝悦監 訳

新評論

1995

7ペ

ジの訳者に よ る基本 用 語集を参照) (

23

)『言葉と 立場 』

52

ジ 参考 文 献 資 源リサ イク ル推 進 協議 会編   『「環 境 首都 」フライブル ク』 中央 法 規

1997

今泉み ね子   「緑の フライ ブル クで愛を見た』 講 談社

,1994

今 泉 み ね 子  「ドイツを 変 えた 

IG

人の環 境パ イ オニ ア』 白 水 社

,1997

宮 本  憲

  「環 境 経 済 学』 岩 波 書 店

1989

『宇 沢 弘 文 箸作 集 』 第6巻 「環 境 と経 済」

岩 波書店

,1995

伊 東 俊太郎編  『講座 〔文 明 と環境]第

14

環 境 倫理 と 環境教育 亅朝 倉書店

,1996

小 原  秀 雄 監修   『環 境 思想の系 譜ユ  環境 思 想の 出現』 東 海大 学 出 版 会

1995

小 原 秀雄監修 『環 境思想の系譜2 環境思 想 と社 会 』東海 大学出 版 会

1995 小 原 秀 雄監修 『環 境思想の系譜

3

 環境思 想の様な展開』東 海 大学 出版 会

,1995

ア ル ド

レ オポル ド  『野 生のうたが聞こえる』(新 島義昭 訳〉講談社学術文 庫

,1997

参照

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