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「権威主義体制」と大統領政治 : -比較論的一考察- 利用統計を見る

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(1)

「権威主義体制」と大統領政治 : -比較論的一考察

-著者名(日)

木暮 正義

雑誌名

東洋法学

41

2

ページ

139-226

発行年

1998-03-15

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00000470/

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﹁権威主義体制﹂と大統領政治

1比較論的一考察

一 二 三 四 五 目  次 問題提起   ﹁民主的移行﹂と制度的選択 後発地域の大統領政治の諸類型  ザイール 発展途上国の大統領政治の諸類型︵1︶1旧ソ連圏 発展途上国の大統領政治の諸類型︵2︶ーラテン・アメリカ 結語1﹁ニュー・デモクラシー﹂と大統領政治の展望

東洋法学

問題提起 ﹁民主的移行﹂と制度的選択  今世紀初頭、ドイツの社会学者、K・マンハイム︵溶宮碧浮虫ヨ︶は、眼前する産業社会を貫流する二つの 基本的社会過程−社会の﹁基本的民主化﹂︵甘昌計日⑦導巴脅ヨoR跨冒象凶9︶と増大する相互依存関係 139

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「権威主義体制」と大統領政治 ︵讐〇三畠営9巳8①且窪昌︶の展開に注目した。そして一九世紀以来の制限選挙制に基づく﹁名望家﹂中心の 民主政治の長期波動と異なる﹁プロレタリアの政治的解放﹂を含む今世紀の﹁民主化﹂との差異性に注目して、 前者の﹁民主化﹂の長期波動をコ般的民主化﹂︵ひqgR巴8目oR簿冒讐一9︶と呼び、これと区別して普通平        パき 等選挙制の実現を前提とする後者の長期波動を﹁基本的民主化﹂と規定した。  しかしマンハイムが規定した﹁基本的民主化﹂の長期波動は、今世紀を通じて三つの﹁民主化﹂の波動として 生起し固有の特徴を有する政治過程を展開している。すなわち、一九二〇年代の﹁民主化﹂の第一波動は、一九 世紀以来の大帝国iプロイセン、オーストリアおよびロシアにおける君主制から民主制への体制変動として 発生しアイルランドやスペインなどの周辺諸国へ拡大した。J・ブライス︵い劇蔓oΦ︶は﹃近代民主政治﹄        パヱ ︵累oα①旨Uo日oR碧一8︶の中でこの波動を﹁社会進化の一般法則﹂︵閃9R巴冨≦亀ω09巴虞o鴨8ω︶とする 認識を表明しているほどである。ことに第一次世界大戦におけるプロイセン・ドイツの敗北とレーテ革命の抑圧 過程から出現したワイマール・ドイツは、軍国主義的君主制に代わって国民共同体を﹁ライヒ﹂︵閑皿畠︶の枠        ハ ロ 組みに定着するH・プロイス︵甲勺お乱霧︶の構想   ﹁国民的デモクラシー﹂︵Z簿凶9巴ΦUΦヨoξ簿δ︶を 統合原理とし、﹁ライヒ組織の民主主義的議会主義的構造﹂︵血R号ヨoζ毬ω3も曽一四BΦ暮胃一ω魯︾二守壁αR 国Φ一〇冨oお碧冒讐一9︶を設定する。次いで社会権を含む画期的な進歩的憲法を制定し、比例代表制による議会と の権力均衡を前提とする大統領政治を制度化し民主主義体制の定着に努めたのであった。  不幸なことにワイマール憲法の議会政治は、プロイスの期待する国民的連帯性の希薄な世界観的な分極的多党

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東洋法学

制を構造化することによって政策決定過程のインモビリズムを内在していた。C・シュミット︵ρω畠巨ε は、これを多元的議会政治における本質的な党派的支配の欠陥︵eΦ鼠ぎ鴨一αR勺四旨①跨Rお8εと認識し て、政策決定能力を喪失した議院内閣制が他の﹁非党派的第三者﹂︵①冒⋮冨辞Φ房畠9U﹃一辞R︶によって補完        パゑ されるべきことを主張した。ワイマール憲法が﹁非党派的第三者﹂たる大統領の権限として規定する緊急命令権、 議会解散権および国民投票は、一九三〇年代になると政策決定過程のインモビリズムに直面して乱用されたが、 G・サルトーリ︵O。ω巽8包も指摘するようにこの権限は乱用が正当化されるべき﹁例外状態﹂︵αR       パニ >臣昌魯ヨ魯島房巳︶において乱用されたのであった。こうしてワイマール・ドイツの﹁不安定な政党連合国家﹂ ︵①冒冨藍一R因8一置8甲悶貰審一窪−ω鼠暮︶は、ブライスが予測したように民主政治の基盤強化を促進することな く権力均衡的な﹁半大統領制﹂︵ωΦ旨−窟8こ①旨巨δヨ︶からより独裁的な﹁大統領体制﹂︵胃曾置①旨芭一窃   ︵6︶       ︵7︶ ω閉富目︶をへて議会政治の停止と委任独裁のファシズムの逆波に埋没したのであった。  これに対して﹁民主化﹂の第二波動は、第二次世界大戦の連合国側の勝利と植民地独立を契機とする﹁もう一 つの市民革命﹂のグローバルな拡大として、西欧民主政治志向の外発的近代化の波動である。この﹁民主化﹂の 第二波動は、民主主義体制への移行と基盤強化に当たって成功と失敗の著しい対比を示している。具体的には、 アメリカの世界的ヘゲモニーを前提とする日本、西ドイツ、オーストリアおよびイタリアの﹁民主化﹂の成功で あり、A・ステパン︵>。ω鼠窓づ︶はこれを外部モニター付きの民主政治の制度化︵①図8ヨ巴ぐヨ○巳88α畦       パニ ω貫ま鉱9︶と類型化している。一九六〇年代の日本近代化論は、新伝統主義的な視座を開発することによって 141

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「権威主義体制」と大統領政治 外発的近代化に新しい分析局面を提供した。しかし、﹁近代化の挫折﹂あるいは﹁民主主義の腐食﹂に起因する ﹁権威主義体制﹂への移行は、﹁民主化﹂の第二波動の逆波として一九五〇年代後半からラテン・アメリカからア ジアに拡大し、アフリカでは軍事クーデターを媒介とする政権の移動が日常化し、一九七五年には軍事政権の数 は三八に達したといわれた。しかも東西冷戦構造の下で反共的な軍部は政治的役割拡大の存在理由を獲得し、軍 事政権の保障する政治的安定性を前提に経済発展が﹁民主化﹂に代わる戦略目標となり、合理主義志向の軍部は        すレ 近代化工ージェントの地位を保証された。しかしこの代替的発展戦略も深刻な矛盾を内在していた。言うまでも なく経済発展と政治参加の問題である。既に﹁近代化の挫折﹂や﹁民主主義の腐食﹂テーゼが示すように、ポピュ リスト的な﹁民主化﹂による政治参加の急速な拡大は政治需要の急激な増大を伴うことにより、低開発の非効率 的経済システムが生産する希少資源の配分を巡る社会的不満を醸成し政治的不安定性が増大した。これに対して、 テクノクラティックな﹁開発独裁﹂モデルでは、人権と政治参加を抑圧して先進国の効率的生産システムの導入 による経済発展の結果、急激な社会的動員と経済的不平等性を拡大するから、噴出する社会的不満は人権と政治       パリ 参加の拡大を求め結果的に政治的不安定性が増大せざるをえない。二つのモデルの悪循環が宿命的な逆波として 発展途上国における﹁民主化﹂の展望を悲観的にし、権威主義とコーポラティズムが進むべき第三の道との認識      パど が一般化した。  しかし一九七〇年代に第三世界としての南欧に出現し、続いてラテン・アメリカからアジアに拡大し旧ソ連圏 にまで革命的に波及した﹁民主化﹂の第三波動は、ハワード・J・ウイアルダ︵=o名貰q9薫凶貰母︶が指摘

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するように、新伝統主義的側面をもちながら﹁上からの民主化﹂と並んでホームメイドの﹁下からの民主化﹂を も内発的に共有する政治過程を展開することによって、先行する一九二〇年代と一九五〇年代の二つの﹁民主化﹂        パを の波動と異なる歴史的個性を示している。しかも、﹁民主的移行﹂︵8目oR簿8霞きω置o昌︶の政治過程は﹁民 主的基盤強化﹂︵号ヨoR暮88房畠3自9︶の政治過程と交錯し、政治体制の民主化過程と並んで民主的政治        パお 制度の発展という重層的政治過程として展開している。前者は﹁権威主義体制﹂からの脱出︵①図鼠8賦§︶す る国家制度と市民社会の問題や政ほ軍関係の再構築の問題であり、既に﹁民主的移行﹂の政治過程に関する﹁経 験的民主政治理論﹂の蓄積がフィリップ・C・シュミッター︵剛匡一甘需○ω畠目葺Φ﹃︶によって﹁トランジト        パど ロジi﹂︵霞碧ω一8一〇讐︶と規定されているほどである。  これに対して後者の問題は、民主主義体制の制度化︵冒馨巴冨寓9︶を経由して﹁民主的基盤強化﹂として民 主主義体制の持続性に関係するから、最初に﹁民主的移行﹂を促進した政治的諸条件ー移行期におけるタカ 派とハト派の集団過程の再編のみならず民主的政治制度の再構築をも促進する。シュミッターも指摘するように この局面は﹁民主的移行﹂の延長局面ではない。この意味において、ゲームのルールとしての政治制度、選挙制 度および政治文化が、民主主義体制の定着と持続性との関連で比較分析されねばならない。移行期に成立した交 渉的憲法︵器磐試讐88霧蜂暮一9︶が設定する民主的政治制度のゲームのルールとしての有効性の機能分析が ﹁民主的基盤強化﹂の課題であり、既に一九八○年代にJ・リンス︵い口目︶が移行期の分極社会を前提に、大 統領制のビッグ・バンと民主主義体制の定着と持続性を行政的権威の育成と責任制の問題として注目して、議院 143

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「権威主義体制」と大統領政治 内閣制との政治機能の比較分析の必要性を提唱した問題である。ことに﹁民主化﹂の定着と持続性を問題にする 限り、市民社会の成熟に伴う政治制度としての大統領制、﹁半大統領制﹂および議院内閣制とその政治的パーフォ       パゑ マンスの選択的再評価と比較分析の問題は、﹁コンソリドロジー﹂︵8霧○涯o一〇ひQ矯︶の主要な関心領域を形成せ ざるをえないのである。  そこで本稿では、﹁民主化﹂の第三波動を制度的に特徴づける大統領制のビッグ・バンを前提に、まず後発地 域アフリカの複合部族社会を基盤に個人支配的な大統領政治が支配するザイールの非全体主義的専制主義の大統 領制を対象にその疑似家産制的特徴を検討した。次いで社会主義体制からの﹁民主的移行﹂に当たってロシア、 ウズベキスタンおよびエストニアの新旧政治エリート間のパワi・ゲームによる大統領制選択の政治過程を比較 分析し、最後に長期にわたる衛兵主義政治の強権性を反映するラテン・アメリカの大統領制をアルゼンチンとブ ラジルを対象に、サルトーリのいう﹁比較憲法工学﹂︵8目℃巽魯貯①8霧葺葺︷9巴窪臓器R一轟︶の視点を導 入しつつ新制度主義︵器妻ぎω鼻9ごヨ房ヨ︶の視座から民生政治の差異性について分析を試みた。  言うまでもなく独立革命と三権分立制を前提とするアメリカ・モデルに遡及する大統領制は、二〇世紀後半の 現代民主政治の局面で成功したフランス・モデルの﹁半大統領制﹂を産出し、さらに発展途上国で三権分立制を 超越する強権的な﹁新大統領制﹂を含むヴァリアントを産出しながら、なおウエストミンスター・モデルの議院 内閣制と対立する現代民主政治の枢要な政治装置であり、発展途上国の﹁民主的移行﹂に当たって制度的選択は 歴史的にもこの二制度に限定されざるをえない。本稿では﹁民主的移行﹂をへて﹁民主的基盤強化﹂を指向しつ

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つ、文民統制の回復を前提に分極的で生育途上の市民社会を基盤に展開する﹁ニュi・デモクラシー﹂における 制度的選択として大統領政治の問題性を検証し、あわせて﹁民主化﹂の第三波動におけるその歴史的位相の比較 分析を意図した比較政治学のささやかな営為である。

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︵1︶

   

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)))

︵5︶ ︵6︶  注  囚D冒き昌①一βミ§§織曽魯貸勾○巨o凝Φ俸内Φひ。﹃昏評巳桿負一〇鼠op一濾ρ窓.魔ー“伊  マンハイムは、コ般的民主化﹂としての財産と教養のある﹁名望家﹂中心の民主政治を﹁疑似民主主義﹂ ︵甥①&98目oR薗昌︶と呼び、﹁基本的民主化﹂としての全階級の民主政治をM・シェーラー︵冨。ω魯o一R︶に倣っ て﹁情緒民主主義﹂︵ω瓜ヨ目⋮鵯8ヨoξ蝕o︶と消極的に規定している︵P合︶。  いω蔓oρミも魯§b恥§8ミ9塁<o一﹂.匡8ヨ竃曽Pいo昌αg一8一”P謹’  缶。ギ窪ωρ盟§朴響qミ§駄肉蕊き異﹂.ρ︼W,匡oぼ︸↓¢び一轟①戸一旨ρω﹂ω。 。。  O。ω昌ヨ一詳、.いΦ閃巴評象但昌αピ①ひq一寓ヨ津象、.営﹃鳴養ミ醤題ミ偽ミN魯書﹄暮黛澄魯U仁目犀R俸国偉日ぴoFωお一一P 一30 。︸ω﹄OO。  Pω㊤旨oμ9ミ讐ミ織ミO§。。蕊ミ艦§ミ肉§偽ミ鳴ミき晦髄卜§﹄ミミ建帖ミoの§ミ“ミN貸§Rミ母8§織Oミ8ミ魯 冨碧ヨ旨m昌勺お聲寒§Gリミミ矯一〇〇合サ旨O。  ○ω魯巨Fき§嘗書﹃壽ミ轟黄N≦Φ一け①︾拐題げρU=8犀R印国ニヨσo一“匡ぎo冨p巨α冨一冒茜一。ω倉ψ 一一●  シュミットは、本書の冒頭で有名な﹁主権者とは例外状態で決断する者である﹂︵9=︶との定義を提出してい る。  ○ω魯ヨ一貫勺鳴善簑ミ題N暮蚕ω︸q昌<Φ鼠呂Φ旨Φ︾象一甜ρUq昌良R俸国琶げo一“ωΦ島ロ︾一〇㎝8ωψo 。島”ωqO∼ 145

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「権威主義体制」と大統領政治  ω㎝o o. ︵7︶ω●型国目菅讐oP§恥§軌ミミき魯d巳<Φ邑蔓。︷O冠魯。き曽即Φωρ20同ヨき曽且い・且・P一。。一も℃。一①∼  一Q o● ︵8︶ >。ω叶8曽P..勺m些ω8名曽巳勾a①日oR象一N魯冒”↓冨oお岳o巴餌βαOoヨ℃貰讐貯Φ08ω置R讐一〇霧..ぎρ  O.Uo馨Φ一一簿巴どaρSミ§紙§§⇔︾。ミ﹄ミぎミミ帖§肉ミ乳等q§翁瀞\b§8ミ§冨昌G 。”臼﹃Φ一〇目ω  国o冨一箒d巳くの邑ξ即①ωωしW聾ぎoお蝉民一〇且Op一。。 。9署●目∼藁 ︵9︶一・棄ぼρ﹄魯禽騎駄ぎ§らミ導ミ脳8ミミ︸ロ庄ρ卑暑昌曽&Ooヨ冨昌”ω。ωけ8曽&卓o旨P一。①9℃P  一刈O∼一〇 cS ︵10︶ ψ型国仁暮ぎ讐o昌俸旨﹂≦●乞①一ωoP>σ肉§Oぎ魯鳴“bミ軌誉&評ミら骨亀織§きb鳴ミN魯き頓O§ミ試塁  =巽く餌巳d菖<Rω一姶勺8ωρO帥ヨ訂こ閃ρ冒蝉ωω8﹃仁ω9けρ四昌αいoβαo戸一Sρ℃PNω∼思。 ︵n︶ 缶’い譲一曽邑Pミ騨◎織§融◎§むOo§貸ミ織ミ、ミ趣8“Oo§愚誘犠§織、§oR鴇貸ミ巴ω類o旨﹃℃q巨一ω岳⇒αq  OO箏℃四口ざ一8ρ℃℃・o o①∼O o刈● ︵1 2︶=﹂.譲再鼠”、.↓o壌巽α鋤Z8Φ些88旨霞一。↓ぎ・曙9UΦ<Φ一8ヨΦ耳“≧§き牙Φ088呂。口ω坤・日浮。  ↓圧巳名〇二q、.冒=。い白置巳黛oq‘さミb帖ミq蹴o虜§Oo§匙ミ織ミ、も鳶融参お<一ωΦα8こ妻Φωけ<一〇毛℃おω9  0図︷o同9一8ザもマ一ミー置Q o・   ウイアルダはこの新伝統主義について、﹁特定地域の土着制度は、逆機能的あるいは消滅が決定的であると考え  るべきではない。反対にしばしば土着制度は、存続力があり必要な制度であり、近代化過程におけるフィルターや  識別装置︵&唇○名Rω︶の役割を遂行し、伝統と近代の間の移行のための媒介機関であり、また全世界的なものと  土着的なものと並んで一国固有のものと国際的なものを調和し混合する手段として考えられるのである﹂︵B昌合  ∼にO︶と述べて、第三世界からの代替的コンセプトとして新しい政治発展論の立場を明らかにしている。 ︵13︶ >●℃虞o毛oお民層、.↓げoO四日oo︷↓轟霧一試op、.一口ω’一≦巴口名貰冒鵬9巴ど8ω”身ミ吻きb恥ミ8ミ織偽

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14 ︵15︶ Ogωo臣蝕opq乱<①邑昌o暁乞o霞ΦU四ヨ①汐ΦωρH民一磐P一。。ρP旨G 。、  型○ω3巨辞R”、.↓声霧一8一〇讐“↓箒ω9①昌80﹃夢Φ>旨o︷U①目oR註墨賦o蔦..言 §軸O§のミ§織§黛b鳴ミ8ミ醸きト亀織§﹄ミミミ”ξ§Φ覆①暮R℃昌一一ωゴΦβ一Wo三αR ℃℃9一一ー旨。  ℃●○ωoげヨ一9①斜軌黛鼻︶℃。一ω’ いψ↓三〇圧PΦ負 蝉昌αピoづαoP一〇〇9 二 後発地域の大統領政治の諸類型ーザイール

東洋法学

 発展途上国の政治体制が先進国の民主主義体制と異なり政策決定権と政策執行権を単一の権力保持者に集中す る専制主義的現実に注目して、これを非全体主義的専制主義と定義して﹁絶対君主制﹂や﹁人民投票的皇帝主義﹂ と並んで﹁新大統領制﹂︵Z8蜜舘こΦ艮巨冨ヨqの︶と理論的に規定したのは比較憲法学者のK・レーベンスタイ ン︵溶一8零9ω器営︶であった。レ:ベンスタインは、第一次世界大戦後のハンガリi、トルコやポーランド、 次いでブラジル、エジプト、パキスタンや韓国などに出現したこの非全体主義的専制主義の政治制度を、民主的 正当性の仮面の下で実際上なんらの有効な政治的抑制を受けることなく政策決定権と政策執行権を独占する権威 主義的政治類型と規定してボナパルティズムの現代版と呼んでいる。  レーベンスタインによれば、﹁新大統領制﹂とは﹁アメリカ大統領制と名称を除いて現実になんらの共通点も 存在しない。新大統領制は特定の憲法上の諸制度を通じて政府首長︵qR菊①咀の≡凝ω畠無︶r大統領が、他 の総ての国家機関に優越する政治権力を有する政治体系である。他のいかなる国家機関といえども、この真の権 147

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「権威主義体制」と大統領政治 力保持者の地位まで上昇し大統領と独占権力を争いこれを統制することは許されない。意図的な選挙権の制限、 あるいは普通選挙権が認められている場合には選挙干渉を行ったり、また両者の方法を結合することによって権 力名宛人︵&①寓舘拝ω箭8ω象窪︶を国家意思形成から排除することによって、新大統領制は基本的には権威主 義的である。しかし新大統領制も、議会、内閣およびいわゆる独立した裁判所の存在を否定することはできない       パき が、これらの機関も権力組織のヒエラルヒーの中で国家首長に厳格に従属させられているのである﹂と述べてい る。﹁新大統領制﹂は、議会、内閣および裁判所の三権を国家首長である政府首長が掌握し政党活動に抑圧的な 疑似立憲的政治制度なのである。この意味において、﹁新大統領制﹂は発展途上国の非全体主義的専制主義の政 治体制ー﹁権威主義体制﹂の中枢的権力装置と規定される。それ故レーベンスタインは、専制主義の病毒に汚 染された発展途上国の政治過程における﹁新大統領制﹂の民主的展望について極めて悲観的な見解に終始して未 来へ希望をつないだ。これに対して﹃近代化の政治学﹄︵↓ぎ勺o洋一89寓&R巳S氏9︶のデービッド・E・ アプタi︵U讐置中︾宮R︶は、政府の個人支配、極度の中央集権および諮問的議会を有し国家首長である政 党リーダーへの個人的忠誠により作動する﹁大統領的君主制﹂︵冥8置窪甑巴ヨo轟零ξ︶の概念を君主制の機       パら 能的等価装置として提起して、これを全体主義から民主主義にいたる﹁新重商主義体制﹂︵器o唐R8昌崖雪 亀ω8ヨ︶の近代化過程における中枢的権力装置として位置づけることによってその構造機能分析の方向を示し たが、工業化しつつある﹁協調主義体制﹂︵お8膏葭讐一9亀ω9目︶の民主的可能性を理論的に提起しながらさ らなる展望を提示しなかった。

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東洋法学

 そこでここでは、レーベンスタインが設定する非全体主義的専制主義の政治体制ー﹁権威主義体制﹂の中枢 的権力装置としての﹁新大統領制﹂を基本的な理論枠に設定し、さらに﹁権威主義体制﹂を特徴づける大統領政 治の現実を前提にこれを三つの下位類型ー疑似家産制的な恣意性の強い﹁個人支配﹂︵需お9巴霊一Rω霞唱︶ の大統領制、軍事政権の遺産を継承し﹁議会制部分﹂の﹁民主化﹂を制約する強権的な﹁超大統領制﹂ ︵ξ需∈おω置窪賦巴δヨ︶およびフランス・モデルを継承しながら未成熟な市民社会を前提に直接選挙の﹁議会 制部分﹂を制度的に抑圧する﹁ハイパー大統領制﹂に分類してその制度構造と機能の分析を試みてみよう。  周知のように、﹁個人支配﹂の大統領政治における疑似家産制の概念は、M・ウエーバー︵琴≦oびR︶が ﹁伝統的支配﹂︵&Φ霞毘筐9巴①国Rおo冨εの下位類型として分類したオイコス経済を基盤に拡大した家権力        パゑ ︵&o鴨讐8R冨=讐詔㊦≦巴け︶ー﹁家産制支配﹂︵島Φ冨鼠目O巳巴O類Rおo富巳 の概念の現代の大統領政 治への理論的適用である。  ウエーバーの﹃経済と社会﹄︵≦算零ぎヰ目α○①8房o富εの英訳者でもあるG・ロス︵○’国o浮︶は、ウ エーバーの政治社会学の理論枠を前提に現代政治の中で機能する二種類の﹁家産制支配﹂を区別した。  すなわち、第一の伝統的タイプの﹁家産制支配﹂は、サウジ・アラビアやクウェートなど伝統主義的な君主制 の歴史的残存物である。典型的にはハイレシェラシェ皇帝時代のエチオピアであり、明治憲法に類似の一九三一 年憲法に明らかなように立憲君主制の形式を採択しながら、国民の参政権を制限し貴族や地方首長からなる身分 制議会と人権に対する皇帝の緊急措置権や緊急命令権を規定することによって非全体主義的専制主義の家産制的 149

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「権威主義体制」と大統領政治         パゑ 特徴を存続していた。これに対して、第二の現代的タイプの﹁家産制支配﹂は、ウエーバーの主張する支配者の 個人的資質への伝統拘束的な恭順︵o冒国の蹄け︶や信頼を必要とせず、専らパトロネイジュ中心の物質的動機や 報酬との関係で結合し、政治的上位者としての大統領に対する個人的忠誠を基礎に成立する疑似家産制的な﹁個         パニ 人支配﹂なのである。ロスは複合部族社会の色彩を濃厚にもつパトロンHクライアント関係の上に成立する発展 途上国や後発地域における現代大統領制の﹁私的支配﹂と並んで、これをアメリカの選挙政治で物質的報酬を動 機として作動する都市マシーンとケネディー大統領の個人的な人間装置︵鼠ω目窪零巨8冨︾唇巽餌け︶やフル シチョフ首相のウクライナ・マシーンなど、より市民社会的で契約的色彩の強いパトロンロクライアント関係と       ぢレ して形成される﹁個人支配﹂をも例示している。しかしここでは、後発地域における複合部族社会の存在を前提 に、黒アフリカ、特に一九六〇年の植民地独立後のコンゴーザイールの政治過程の展開を中心に、伝統的タイプ の非全体主義的専制主義と異なる現代タイプの疑似家産制的な﹁個人支配﹂としての強権的な現代大統領制の特 徴と問題点を検討してみよう。  アフリカ政治の研究者、ロバート・H・ジャクソン︵勾o訂旨甲冒o冨9︶とカール・G・ロスバーグ ︵幻o富誹中園8幕お︶は、この﹁個人支配﹂を、﹁少数の特権層と権力者からなるエリート主義的政治体制であ り、通常、多数の国民は政府の意図や行動を統制するほど動員されることなく未組織でそれゆえかなり政治的に 無力である。このシステムは、支配者とその仲間およびクライアントの結合構造を促進している。この体制にお ける政治活動の本質は、個人支配体制のパトロネイジュヘのアクセスを獲得するか、さもなければ支配者や体制

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東 洋 法 学 図(2一1)一元主義政治と多元主義政治の比較 党制民主主義 多党制民主主義 大 衆 政 治 エリート政治 一元主義政治 多元主義政治 個人 支 配

立憲的支配

Source:   R. H。 Jackson and   “Personal Rule:Theory   Africa” in Co吻)α鵤勧6   (no.4,July,1984),P.424. C. G. Rosberg, and Pracice in Pol耽s,vo1.16 151        ハヱ を解体し別の人物を就任させることである﹂と定義している。そして、図︵211︶で明らかなように、立憲的 支配と多党制民主主義を構造化した多元主義政治に対比して、一元主義政治︵目自80房爵宕一庄oω︶としての ﹁個人支配﹂の特徴をアフリカ固有の一党制民主主義︵巴轟一Φ冨同蔓8ヨoR蝉q︶によるエリート政治の一形態 と規定している。

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「権威主義体制」と大統領政治  一九六〇年、コンゴ共和国として宗主国ベルギーから独立後、J・カサブブ︵い囚器男号仁︶大統領とM・チョ ンベ︵竃。↓筈oヨ幕︶首相の政府指導権を巡る泥沼化した対立を一九六五年一一月の無血クーデターで排除し、 五年間の非常事態宣言以後のモブツ︵冨oげ旨ΩωΦωΦω魯o︶体制下のザイールは、既にモブツ大統領の翼賛政 党であり同時に国家機関としての﹁革命人民運動﹂︵匡o<①日Φ艮勺8巳巴お8冨国①<o一邑自︶の傘下に政府、 議会および裁判所が制度的に従属することによって独裁的な権力基盤を一段と強化した。  ザイール国立大学の﹂・C・ウイラム︵冒碧−Ωき8≦旨餌目①︶は、この家父長的な﹁ビッグ・マン﹂の疑 似家産制的な﹁個人支配﹂の特徴をボナパルティズムやナセル主義と類似の﹁黒いシーザi主義﹂︵巨8犀 8のω巽δヨ︶と認識して、その具体的特徴を公職と並んで政治装置や政治制度への権力集中とは異なるモブツ大 統領個人への文民的軍事的権力の集中と独占、国威の高揚︵90霞巴$寓99跨Φω鼠琶、国民への直接的アッ ピールおよび国民的イデオロギーの形成に求めている。  ウイラムによれば、第一の特徴である個人への文民的軍事的権力の集中と独占は、疑似家産制的な﹁公職の占 有﹂による政治的クライアンテリズムの発露として一九六五年から一九七〇年の五年間における八回の内閣改造、 特に一九六六年は九月と一二月、一九六九年には三月と八月の頻繁な内閣改造における閣僚人事に顕著であると いわれる。モブツ大統領の閣僚人事の特徴は物質的に豊かな﹁忘却への道﹂︵浮ΦB浮80包三3︶として、 二〇閣僚の地位をこの五年間で六〇人が占めたがこのうち四六人が二年間その地位を維持し、三年以上閣僚の地 位を継続したのは僅か三人に過ぎず、総ての内閣改造で閣僚の地位に止まったのはモブツ大統領の親戚と親しい

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東洋法学

       なマ 友人を含む三人であったといわれる。第二の特徴である国威の高揚は、アフリカ大陸の第一級国家として国際関 係におけるコンゴのプレゼンスであり、具体的にはキンサシャ郊外の豪華な大統領官邸やゲスト・ハゥスの建設       すレ と並んで独立記念日などのセレモニーの華麗な挙行であった。第三の特徴としての国民への直接的アッピールは、 ナポレオンのフランス農民へのアッピールやナセル大統領の中東戦争における冷静なラジオ放送に習って、ベル ギーの傭兵隊、ベルギi資本や職業政治家、その他の仮想の政敵への攻撃的キャンペンを行い、さらに一九六七       パ  年の憲法改正に当たって国民投票を実施して九七・八%の賛成票の獲得など国民的支持の確認に成果を揚げた。 最後の特徴は国民的イデオロギーの形成である。シーザー主義はフランス革命におけるジロンド主義対ジャコバ ン主義、ナセルのエジプトにおけるイスラム対共産主義などいずれも愛国的国民主義的価値を重視するといわれ るが、モブツ大統領の﹁黒いシーザi主義﹂もこの例外ではない。﹁革命人民運動﹂宣言によれば、コンゴ革命 は、資本主義、科学的社会主義や共産主義など外国からの借り物のイデオロギーや理論から学ぶものは全く存在 しないといわれる。一九六七年にコンゴ情報省作成の﹃愛国者の座右の書﹄︵冨ωおξ巴お身勺鋤鼠oけ︶は、 コンゴ共和国の個性と一九六五年のコンゴ革命の明白な本質を強調しつつ、コンゴの腐敗した職業政治家と外国 トラストを革命の主敵として同一視して国民の愛国心の高揚に訴えこれを促進してモブツ大統領の﹁個人支配﹂       パも を強化している。  また一九六五年には、国軍最高司令官モブツ中将の軍事ク:デターによりコンゴ動乱と中央政局の混乱に終止 符がうたれ第一共和制は廃止されたが、これが以後長期にわたるモブツ大統領の﹁個人支配﹂の出発点となった。 153

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「権威主義体制」と大統領政治 一九六七年の新憲法制定により誕生した第二共和制ではコンゴ議会は一院制となり、一九七〇年の憲法改正では 既に容認していた二党制を廃止して全国民強制加入の﹁革命人民運動﹂  図︵211︶の一党制民主主義に移 行した。次いで、一九八四年の大統領選挙で単独候補者として当選したモブツ大統領は全投票の九九二六%を 得票して大統領三選を果たしたが、この頃からインフレと対外債務のため経済的危機と並んで政治的危機も深刻 化した。これらの危機に対処するため﹁国際通貨基金﹂︵一竃男︶の経済再建計画を受入れたが経済改善はみられ ず、また一九九〇年には憲法改正で複数政党制を導入したが逆にジュネーブに亡命政府が樹立され大統領独裁へ の抵抗が組織化された。さらに、世界的な﹁民主化﹂の潮流の中で一九九四年には民主化志向の反モブツ勢力参 加の暫定議会の形成を余儀なくされながら、なおアフリカ的クレプトクラシー︵江88R四昌︶の典型としての モブツ大統領の﹁個人支配﹂は一九九七年まで存続した。  この意味において注目すべき点は、低所得のサブ・サハラ諸国家における長期的な﹁個人支配型大統領﹂の多 数の存在である。ザイールと類似の﹁黒いシーザー主義﹂に属する長期の﹁個人支配型大統領﹂には、ザンビア のケネス・D・カウンダ︵区9器跨U奨置囚窪且㊤一。9∼ご曽︶大統領、シエラ・レオーネのS・スティーブ ンス︵ω壁冨ω8奉目ω一80 。∼お。 。㎝︶大統領、ケニヤの﹂・ケニヤッタ︵↓●内①昌簿$お貧∼一S。 。︶大統領、 コート・ジボアールのウフェボアニ︵田o后ぎ器什−切o蒔昌一ま。∼︶大統領、マラウイのヌグワジ・K・バンダ ︵Z閃類器凶囚餌ヨ養=閃目盆お①Oー終身大統領︶大統領など多数の事例が存在している。そこでここでは、 三〇年以上の長期にわたるモブツ大統領の﹁個人支配﹂の実効的メカニズムを、ウイラムの﹁公職の占有﹂と

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﹁軍の私兵化﹂を基軸にしてその疑似家産制的な国家の支配と国家的資源へのアクセスの戦略的特徴を検討して みよう。  カリフォルニア大学のロバート・H・ジャクソン︵勾o幕旨=●宣o冨8︶とカール・G・ロスバーグ︵○舘一 〇.因oω幕お︶も、低所得のサブ・サハラ諸国家における独裁大統領の長期存続のメカニズムを﹁個人支配﹂に 求め、この大統領を中心とする﹁公職の占有﹂が必然的に﹁政治的不経済﹂︵些Φ2一往8一身器83目鴫︶をも       パお たらしながら、そのことによって逆に長期支配を再生産する事実を強調している。  より具体的には、一九六〇年代の植民地独立後の低所得のサブ・サハラ諸国家では、一人当たり国民総生産二 〇〇ドル前後の小農経済と平行市場経済が現在でも依然として支配的であり、国際市場に支配される脆弱な資源 依存経済を中心に都市部でも小規模な資本主義的生産部門が存在するに過ぎない非効率的な周辺資本主義経済に 低迷していた。しかも注意すべき点は、この低開発経済の発展こそ﹁公職の占有﹂を通じて疑似家産制的な﹁個 人支配﹂を再生産する社会経済的基盤を形成しているパラドキシカルな事実である。ミカエル・G・シャッツバー グ︵蜜一魯器一Pω畠讐昏Φお︶などのアフリカ政治の研究者も指摘するように、サブ・サハラ諸国家では階級 関係を決定するのは生産関係ではなくて権力関係なのである。低所得のサブ・サハラ諸国家では﹁従属理論﹂ ︵U8Φ巳窪2↓冨o蔓︶の基本テーゼと異なり政治権力が経済権力に優越するから、国民の経済生活にとって 国家の支配と国家的資源へのアクセスが決定的であり、社会経済的ピラミッドの頂点と底辺の格差を決定するの        パき は国家権力へのアクセスと経済的交換の統制ー大統領を中心とする﹁公職の占有﹂にあるといわれている。なぜ 155

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「権威主義体制」と大統領政治 なら疑似家産制的な国家の支配と国家的資源へのアクセスは、パトロン目クライアント関係の頂点に立つ大統領 を中心とする﹁公職の占有﹂を前提に、国家機関や職務をつうじて国民から各種の資源を租税・予算配分・金の かかる政策・汚職・収賄・強奪などの形で抽出し私物化の可能性を提供するからである。しかもこの﹁公職の占 有﹂による各種の略取可能性は、しばしば部族関係を公式のルートとしてパトロンHクライアント関係のネット・ ワークを国内に拡大するから、低所得のサブ・サハラの諸国家と同じくザイールでも部族関係は資本主義社会の 階級関係に類似の経済機能を遂行する。言い換えれば、モブツ大統領と﹁モブツ・クロー二i﹂︵目o薯9 Ro昌︶による﹁公職の占有﹂は、フィリッピンの﹁マルコス・クロー二1﹂と同じく公共財のみならず私有財 産に対してもこれを略取するレント・シーキングの機会を合法化し、﹁個人支配型大統領﹂の支配する脱植民地        パど 国家は容易に﹁個人的に収奪された国家﹂︵窪①冨おo轟ξ碧虞8ユ象a曾簿①︶に転落するのである。  しかもこの疑似家産制的な﹁個人支配﹂は、冷戦後の政治状況の中で植民地独立以後の強力な政治的資源であっ た反植民地主義による正当性根拠を喪失し、政治改革を要求する国際的圧力に直面して、物質的報酬による政治 的忠誠の買い上げと並んでモブツ大統領の直接指揮下に各種の強制装置1﹁ザイール国軍﹂︵男088︾同日δ8 N巴3虚窃︶や﹁国家憲兵隊﹂︵OΦ邑貰ヨ豊ΦZ鎖瓜9巴①︶を設置することにより警察国家的な強制による支持の 調達によって補完されねばならなかった。この意味において、﹁個人支配型大統領﹂が存続する低所得のサブ・ サハラの諸国家の軍隊の性格が問題にならざるをえない。  周知のように、ウエーバーは専ら家産制君主の私的支配装置としての﹁小作人軍﹂﹁奴隷軍﹂﹁傭兵軍﹂徴兵に

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よる﹁常備軍﹂﹁民兵軍﹂など、古代エジプト、オスマン・トルコ、メソポタミアおよびイギリスなどを例示し       パを て家産制君主の純粋な個人的軍隊︵お冒もR8巳一3窃=ΦR号ω﹃蔚曾9︶の特徴を詳細に分析している。これ に対して発展途上国における軍隊の機能を検討したL・パイ︵r勺巻︶は、伝統社会における軍隊の近代性と その近代化効果に注目して、軍隊が有する合理的な軍事組織やプラグマチックな効率主義と社会からの距離化な どの要素が、伝統社会の個別主義的関係を産業社会に適合的な普遍主義的関係に向けて促進すると主張した。そ して伝統社会における近代化のエージェントとして利他原理に基づく軍隊を﹁最善の救済者﹂︵宕ωω置Φ         パを の帥<δ邑と認識した。しかしモブツ大統領の支配する軍隊は、パイの楽観的認識と異なり複合部族社会におけ る特定部族からの長期的リクルートによる特殊主義的な忠誠を基本としながら、家父長的なモブツ大統領の善意 ︵讐&&εによる将軍たちの任命や高級将校の昇進とそれに伴う公共財や私有財産に対する収奪的所得の付与 など、むしろウエ!バーのいう家産制君主の純粋な個人的軍隊に類似するが、国家的資源のみならず私有財産に        ハじ 対する収奪をも合法的に容認する政治的クライアンテリズムのネットワークが軍事組織を貫徹している。そして、 この公的収奪のヒエラルヒーこそ、モブツ大統領の純粋な個人的軍隊として﹁個人支配﹂を支える強制装置の組 織化の秘密なのである。  この意味において、モブツ大統領の﹁公職の占有﹂と﹁軍の私兵化﹂こそ﹁黒いシーザー主義﹂としてザイー ルの複合部族社会を貫徹する政治経済的重層構造であり、低所得のサブ・サハラ諸国家における疑似家産制的で 強権的な﹁個人支配型大統領制﹂を存続させる基本的メカニズムなのである。しかも一党制民主主義を基盤とす 157

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るこの﹁個人支配型大統領制﹂は、植民地独立後の中央集権主義者としてのP・ルムンバ ︵評鼠8

一ニヨ⊆日富︶首相と地方分権主義に傾斜したカサブブ大統領の政治的分裂1ベルギーの軍事介入およびカタン ガ州の分離独立による国家の解体という議会制民主主義の失敗を軍事クーデターを通じて克服し、遠心的な複合 部族社会を強権的に統合する有力な支配装置として機能しているのである。それ故﹁個人支配型大統領制﹂の存 続は、後発地域のサブ・サハラ諸国家における民主主義のウエストミンスター・モデルの失敗や政治的脆弱性に 対する代替的な体制選択肢として認識せざるをえないのである。しかもラテン・アメリカ、アジアや旧ソ連圏に おける大統領制憲法制定の政治的現実は、より積極的に非全体主義的専制主義の大統領政治の構造と機能の比較 論的分析へ新たな理論的展望を導くものであった。そこで次章において発展途上国における﹁新大統領制﹂の第 二類型としての﹁超大統領制﹂を対象に若干の検討を試みてみよう。

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︵3︶ ︵4︶  注  囚’ピoΦ≦窪ω鼠p﹃鳴蓉§隣砺やミ“ω・>琶躍ρ匂・O﹂W●竃o辟”↓菩冒鴨p一。βωω’①NふN∼①9  ∪昌︾宮R︸§鳴、ミ帖織8黛ミo魯ミ蹄貸職oド↓げΦO且<Rω一蔓o︷Oげ一8鵬o℃おωρO霞o餌磯o餌口α一〇口qo戸 もや合O∼合N●  困.薫①げR︸ミ帆轟題§ミ§織08職N鴇§℃注践ρ話<一象Φ辞Φ>鼠一鋤ひqρ一〇.庄ω認↓㊤おΦ昌計い○ω●ζoぼ” げぎαqΦP一30 0”¢㎝o oω。  内●一〇Φ妻①口ω富一Pb暗ミoミ隣§ミ恥きミo駄ミ§鳴§蟄§斜Uqp犀R律国仁日びo一“ωR一一一β一〇認”ωω﹄Nー認● 一89 ↓q

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︵5︶O。菊。葺..勺Rω。轟一寄一Rω圧影評什吋目o巳呂ωβ四民国日旨Φ−び巨9鑛..冒戸切①且凶図四民ρ勾o貸Φαψ︸  縛ぎ誉薦誉骨貸§織寒試旨§簿骨”肉Gり9遷。うo§ミ§ミ&ミ”d巳<Rω一蔓o噛O巽崖o]B壁℃おωω︸ωΦH匹Φざいoω曽昌鵬Φ一ρ  いo口αoP一零一”℃﹂㎝o o’ ︵6︶P園o葺.、勺Rω9巴寄一Φお巨頂評け﹃冒。巳巴一ωβ四民︸国B旨Φむ色象鑛.、︸§鼻もP一①。∼一①9 ︵7︶犀国.冒良ωo口曽且○ρ勾。ωぴΦ茜.、勺Rω9巴寄一①”↓冨o昌餌巳即8一8冒︾日8.、冒O§醤§ミ  bミ趣β<o一。一①︵βo﹂︾冒一ざ一。o 。“︶︸署.合o 。ー島藤’   コU■国昌oげRo︷計、、○嵩ひq碧o房m口α03巳oω一昌↓﹃Φ閲匡一甘鳳づ①ωけ讐Φ”↓びΦ ℃○一置8 9 ℃凶霞一Bo艮巴  =巨αR、、℃ミミ蕊、ミ趣参<o一﹂G 。︵ぎ9ρ︾胃一ど一8一ン竈.合Oー占S    フィリッピン政治研究のハッチクラフトは、マルコス政権における﹁クロニー現象﹂︵夢ΦRo昌9窪o目雪8︶   の政治分析を通じて﹁伝統的支配﹂としての﹁家産制支配﹂︵冨鼠ヨo良巴一ω日︶に関する﹁ウエーバー・リビジョ   ニスト﹂の主張を要約しているが、この主張はウエーバー研究のG・ロス、アフリカ研究のJ−C・ウイラム   ︵甘き−Ω鍔8譲旨帥ヨΦ︶やC・G・ロスバーグ︵PO・国oω幕お︶などと共通の理論的立場にある。    ハッチクラフトによれば﹁ウエーバー・リビジョニスト﹂に共通の理論的立場として、第一に、ウエーバーの歴   史観に基づく﹁家産制支配﹂の概念は、合理的合法的︵声ぎ轟=畠巴︶な植民地国家に続いて﹁疑似家産制支配﹂   ︵器o冨巳日o巳呂ω日︶が生じることを予測しなかった。現代世界で最も発展した産業国家の前植民地で家産制的   現象が存在するのは変則的事態であった。第二に、マルコス政権時代を除いて戦後のフィリッピンは、ウエーバー   が家産制政治体の中に存在すると考えていた自立的な中心的支配者は存在しなかった。短い任期の大統領も地方で   経済権力や軍事権力などを掌握する家産制的首長に便宜を図らなければならなかった。第三に、ウエーバーの家産   制政治体は社会経済的にも自給システムを形成していたが、フィリッピンの政治経済は、マルコスの個人的な戦略   もあり常に外部の経済援助に依存していた。第四に、ウエーバーが分析した﹁家産制支配﹂は貨幣経済と並んで輸   送手段が未発達であった。この特徴に適合するのは地方首長の政治体であり、フィリッピンの国家レベルには必ず 159

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「権威主義体制」と大統領政治 ︵8︶      10 9     

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︵13︶ ︵14︶ しも適合しない。こうして、ウエーバーは近代化経済の進行過程の中で家産制的現象が強化される事実を認識しな かったといわれる。  ︸8づ−Ω㊤仁α①ゑヨ鋤ヨρ尋ミミoミミ蹄ミ飾、ミ趣らミOぎ§題きき鳴Oo§嚥Pω富旨o巳d鼠<Rω凶蔓甲Φωρ ω鼠艮○同9一〇認”Oも●に一ー一瞳・  ︸8亭Ω四qαΦ≦一一σヨΦ嵐竪匙4も℃。一蕊∼一ホ。  一$ローΩ餌仁αo薯一目鋤ヨρ帖辱幾←P一ま●  この国民投票で反対票を投じた公職者や地域代表は逮捕されるか狙撃されたといわれる。  ︸8亭Ω蝉&①白一一一曽日ρ§3薯■一醤∼匹①●  ]≦。Pω畠卑昌R堕§恥b軌貸脳ミ織8黛§8趣§きN琶蚕ぎ良餌づ曽d艮<Rω凶姶ギΦωρ田Oo日ぎ讐oP一〇〇 。o 。リワ 一〇。  勾。頃.冒o冨o昌きα○ρ沁oωびR騨、.↓冨頃〇一一賦8一国8pOヨ<9>獣o餌β勺Rωo轟一園巳Φ、.冒U,中︾営R 睾αPU●男。ωびΦ茜①α9き§“ミ寒ミ愚ミミ§駄§鳴≧§寒ミ寒きの§−の§ぎミ§>謹§q巳<Φ邑昌 剛おωωo︷く凶茜一巳欝Oげ舘一〇辞①ω<密Φ四昌α一〇pαoP一8企もづ。ωO“ーG oOq薗  型U’国暮3Ro貸、、○一蒔巽魯ω四区90巳Φω一昌↓冨寄ま署営Φωけ象①.、︸§舞も●合①●  ℃.目。UΦ註ω..国ogo日一〇勾08§きα℃o一凶け一8一↓Hきω一賦opぎ>民o曽、、ぎミミミbミ趣β<o一■お︵8﹂” Ogoび①斜一8。︶もマ。。 。ー一。一.  O中客>旨竃ざ>︾魯§山魁独遷舞幹寓貰誉.ω汐①ωρZΦ妻肖・詩︸一。貫箸。謡G 。る総∼謡ρ謡刈.  即。国.冒o冨oβ僧づα○ρ菊oωびR堕.、勺Rωg巴勾巳Φ“↓冨o蔓鋤βα勺声息8ぎ>獣8、、嵐黛3P“o 。“●  この﹁公職の占有﹂による蓄財のメカニズムをハッチクロフトは﹁クロー二−現象﹂と規定している。さらにル イスは、低所得のサブ・サハラ諸国家における経済的衰退の政治的説明として﹁ウエーバi・リビジョニスト﹂の 立場を取り、﹁支出や所得の公私の区別は、政府エリートと商業クロー二iが国家関与資源に対する支配を争うに

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︵17︶ つれて極めて曖昧になる。通例、私的経済利益は、政府職員によるレント・シーキングの機会、不法な活動および 公的なパロトネイジを通じて決まったように組み込まれてしまうのである。この現実は自立的な国内資本家階級の 発生を阻害している﹂︵Pε。︶と述べている。また、ジャクソンとロスバーグも、下級公務員や兵士の経済的強奪 に注目してこれを﹁盗みのライセンス﹂︵ρ一8雪器8ω器巴︶と呼んでいるほどである。  ガーナ生れのアフリカ研究者でワシントンのアメリカ大学のアイッテイも、﹁モブツの家父長的絶対主義国家は、 豊かな自然資源に恵まれた国家を情け容赦もなく破産に追い込んだ﹂︵も﹄器︶と述べて、私有財産と国家財産の区 別を喪失した疑似家産制的な盗賊国家の特徴を指摘している。さらにアイッテイによれば、モブツ大統領の財産は、 一九八四年の段階でスイスの銀行預金が八O億ドル、一九九二年で一一七億ドルで世界第二位の富豪であり、ベル ギーとフランスに二六以上の不動産、ポルトガルに一五工ーカーの土地と果樹園、スイスに三二のマンション、ス ペインに一六世紀の古城を所有している。一九七〇年代には、ベルギーやアジア系の企業や農園を没収してモブツ 大統領の友人や出身部族に分配したといわれる。さらにモブツ大統領と息子のニワ︵2尋曽︶は、三つの大ダイア モンド鉱の大部分の株式を所有し、コバルト・銅・コーヒーの販売と密輸を行っていると指摘している。  竃’譲ΦびR℃鼻氣■9︸ωω。㎝OρqG o刈∼㎝OO。  い●零.勺くρ﹄もミ冴鳳、ミ軌赴qミbミ乳愚ミ§ひ蔭注ρω同o譲昌四⇒αOo目O曽昌ざ閃oω8昌鋤昌α↓8耳①ρ這①ρ ロや嵩o oー一お”一〇 〇卜  ]≦。O。ωoび暮NびR堕尋匙.−もP①Oー零●  シャッツバーグによれば、ザイールでは軍司令官のような軍隊の枢要な地位は大統領の﹁善意﹂のしるしであり、 ﹁善意﹂は大きな所得源であり﹁善意﹂を贈られることは大統領のご祝儀ラインに位置することを意味し、軍事予 算の自由裁量や兵隊の給料の収奪という国家的資源ヘアタセスを許容する。そして、高級将校が兵隊の給料を収奪 する事実を知悉している兵隊は、地域住民から金銭、山羊、鶏、その他の品物を収奪したり、銃器を私用に貸与し たり刑罰の乱用で地域住民を虐待するといわれる︵薯ふO∼8︶。 161

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「権威主義体制」と大統領政治 三 発展途上国の大統領政治の諸類型︵1︶ 旧ソ連圏  周知のように、﹂・リンス︵9口目︶は一九九〇年の衝撃的な論文﹃大統領制の危険﹄︵↓冨勺R房9 ギ8置窪鉱巴一ω目︶の中で、現代の安定的な民主主義国家の大部分は議院内閣制であり、﹁これと反対に、長期の 憲法的連続性を有する大統領制民主主義国家はアメリカのみである。フィンランドとフランスの憲法は真正な大 統領制であるよりハイブリッドである。iアメリカを除けば、チリのみが一五〇年の間大統領政治の下で余 り混乱のない憲法的連続性を維持したが、チリの民主政治は一九七〇年代に崩壊した。議院内閣制は最近のアフ リカ史が示すように、特に激烈な部族対立の状態では政治的に不安定である。だがインドやカリブの英語圏諸国 の経験は、極度に分極化した社会においてさえ周期的に生じる議院内閣制の危機は完全な政治体制の危機に陥る        パこ ことなく、首相や内閣の交替︵2ω試鑛︶は民主政治そのものの終焉とはならない事実を示している﹂と述べて、 分極的な発展途上国では大統領制と対比して議院内閣制が﹁民主的移行﹂とそれに続く基盤強化に役立ち民主的 安定性に貢献すると主張している。  リンスによれば、議院内閣制との対比において大統領制は二つの顕著な制度的特徴を有するといわれる。第一 の制度的特徴は大統領選出にあたって註巨R−雷ざ−毘の原則によるゼローサム・ゲームの結果、大統領は﹁最 大の少数﹂の獲得にもかかわらず同じ少数党のため連立内閣を構成せざるをえない首相と比較して、強大な行政 権限と国民的信託を独占する事実である。例えばチリのS・アジェンデ︵ω.≧一窪8︶が一九七〇年に大統領に

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選出されたとき、異なる政治連合を基盤に三六・二%の支持票を獲得して六年任期の地位を獲得したが、スペイ ンでは一九七九年にA・スアレツ︵︸ω轟おN︶が首相に選出されたとき同程度の三五・一%の支持票を獲得し たが少数党内閣として連立政権の制約を受けざるをえなかった。しかも権力分立を制度的前提とする大統領制で は、議院内閣制と異なり大統領と議会の二重の民主的正当性のため異なる政策決定の対立を解決する民主的原理 は憲法上存在しない。さらに大統領制の第二の制度的特徴は、議会における不信任決議により総辞職あるいはこ れに対抗して議会解散を選択せざるをえない首相と異なり、大統領制では選出された大統領の地位は四年から七 年の固定任期制であり、政治的腐敗や突発事故などによる大統領の地位の継承危機にあたって国家首長として不 適格な人物iしばしば議会政治の経験を欠くポピュリスト型の政治家を選出し行政権限を信託する政治的不 連続性が生じる。しかも議院内閣制では首相不信任案の可決は単に内閣の交替を意味するに過ぎないが、議会に おける大統領の弾劾決議は固定任期の硬直性のため憲法違反に陥ることなしに大統領を排除することはできない。 政党幹部の説得や世論の圧力による自発的辞任の強要は、ニクソン大統領の例をまつまでもなく、一九九二年の ブラジルのF・コロール︵男Oo年留寓色o︶大統領と二年一〇カ月後のS・スアソ︵ω●ω轟No︶大統領の辞 任に明らかなように選挙民の間にも深刻な政治的不信や亀裂を生じざるをえない。ラテン・アメリカの政治変動        パこ を特徴づける軍事クーデターは、この大統領の固定任期制の硬直性を解決する非民主的な最後の手段なのである。 さらにリンスは、第二次世界大戦以後、インドを含めて三九の議会制民主主義国家のうち一五力国が崩壊したの に対して、二二の大統領制民主主義国家のうち一〇力国が崩壊した事実を提示する。そして、スペインの﹁民主 163

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「権威主義体制」と大統領政治 的移行﹂における制度的選択を視野に政治工学的視点を踏まえながら、﹁議院内閣制であれ大統領制であれさら にその混合制であれ、今日のレバノンやキプロスが抱えている問題、さらに内戦に巻き込まれた社会が抱えてい る問題、あるいはアフリカ諸国が抱えている問題ーこの御し難い問題を成功裡に解決しえないことはいうま でもない。大統領制や議院内閣制も共に堕落形態が存在することも論をまたない。ーただ私が主張したいの は、大統領制は現代の議院内閣制よりも安定的な民主政治の存続により多くのリスクをもたらすという事実であ パら る﹂と発展途上国における大統領制民主主義の失敗を指摘している。  こうしてリンスの主張する大統領制民主主義の﹁失敗仮説﹂は、発展途上国の分極社会を基盤とする﹁権威主 義体制﹂の﹁民主的移行﹂とそれに続く﹁民主的基盤強化﹂の間題の検討に当たって、同じ﹁トランジトロギス ト﹂︵嘗き巴8δ笹豊であり﹁コンソリドロジスト﹂︵8諺o一置90笹誓︶でもあるA・ステパン︵︾・ω房冨ロ︶と C・スカッチ︵ρω貯碧げ︶の研究にも積極的に継承されている。  ステパンとスカッチは、議院内閣制の本質を相互依存システム︵蝉ω窃冨目9日⊆ε巴8冨&窪昌︶、大統領 制の本質を相互独立システム︵蝉望曾①B9ヨニε巴3α8Φ且窪8︶と認識する。それによれば議院内閣制の 基本要素は、第一に、行政権は議会多数の支持を必要とし不信任決議で内閣総辞職し、第二に、行政権は国家首 長と共に議会解散権と選挙請求権を有すると、行政システムと議会システムとの相互依存関係が規定される。こ れに対して大統領制の基本要素は、第一に、立法権は独自の正当性を有し定期的な選挙による国民的信託を享受 し、第二に、行政権も独自の正当性を有し定期的な選挙による国民的信託を獲得していると、行政システムと議

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      パゑ 会システムとの相互独立関係が規定される。  この簡潔な定義を前提に、ステパンとスカッチは、一九四五年から一九七九年の間に独立した九五力国の政治 体制を前提に、これを議院内閣制、大統領制、﹁半大統領制﹂および君主制に分類し、さらに一九八○年から一 九八九年の間になお民主主義体制を持続している諸国家の政治制度を集計した。その結果、表︵311︶に明ら かなように、一九四五年から一九七九年の間に独立した議院内閣制の国家はバハマやバングラデッシュなど四一 力国、大統領制の国家はアルジェリアやアンゴラなど三六力国、﹁半大統領制﹂の国家はレバノン、セネガルお よびザイールの僅か三力国、そして伝統的な君主制国家はバーレイン、ブルンジなど一三力国であった。しかし 一九八○年から一九入九年の間にこれらの諸国家でもなお民主主義体制を継続していた国家は、議院内閣制のバ ハマ、バルバドス、インドやイスラエルなど一五力国のみで、石油産出などにより相対的に安定的な君主制国家 を除き、大統領制と﹁半大統領制﹂の諸国家では民主主義体制を継続していた国家は皆無であった。これらの統 計を前提にステパンとスカッチは、一九七三年から一九八七年の間に﹁ニュー・デモクラシi﹂の諸国家が強い 政府と民主的安定性を志向して大統領制民主主義を制度的に選択しながら議会多数の獲得に失敗し、相互独立シ ステムとしての議会と対立して憲法上のデッドロック解消装置を欠如して立法的インモビリズムに陥り、これを 回避するため立憲主義の縁に爪先立しつつ独裁的な﹁大統領令﹂︵8Ro①一餌≦︶を武器に政策推進をせざるをえ ない逆説的な現実を解明して、ペルソナリスモの強い大統領制の相互独立システムが﹁民主的基盤強化﹂を疎外       ぢロ する事実を指摘している。そして、﹁民主的基盤強化﹂を促進する議院内閣制の制度効果として、①政府が政策 165

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「権威主義体制」と大統領政治 表(3−1) 1945∼1979年の間に独立した93力国の政治体制と 1980∼1989年の間に民主主義を持続している国家    議院内閣制     (41力国) バハマ    ナウル バングラデッシュナイジェリア バルバドス  パキスタン ボツワナ   パプア・ ビルマ     ニューギニア チャド   セント・ ドミニカ    ルチア フィジー   セント・ ガンビア   ヴィンセント ガーナ    シエラレオネ グレナダ  シンガポール ギアナ   ソロモン諸島 インド   ソマリア インドネシアスリランカ イスラエル  スーダン ジャマイカ  スリナム ケニア    スワジランド キリバス   タンサニア ラオス    トリニダード・ マレイシャ   トバコ マルタ   ツヴァル モーリシアスウガンダ      西サモア 大統領制 (36力国) アルジェリアマダガスカル アンゴラ  マラウイ ベニン   マ リ ブルキナ・  モーリタニア  ファソ  モザンビーク カメノレーン  ニジェーノレ カーボベルデフィリッピン 中央アフリカルワンダ キプロス  サントメ・ コモロス   プリンシペ コンゴ   セイシェール シブチ    シリア 赤道ギニア  トーゴ ガボン   台湾 ギニア    チュニジア ギニアビソウ北ヴェトナム アイボリー・南ヴェトナム  コースト 南イェメン 韓国   ザンビア 北朝鮮 半大統領制  君主制  (3力国)  (13力国) レバノン   バーレン セネガル   ブルンジ ザイール  カンボジア       ヨルダン       タウェート       レソト       リビア       モルジブ       モロッコ       オーマン       カタール       トンガ       アラブ首長国 *持続的な民主主義国家(1980∼1989) 15/41力国 ノぐノ¥マ バノレバドス ボツワナ ドミニカ インド イスラエル ジャマイカ キリバス ナウル パプアニュウギニア セント・  ルチア セント・  ヴィンセント ソロモン諸島 トリニダード・  トバコ ツヴァル 0/36力国    0/3力国 0/13力国 Source A.Stepan and C.Skach,“Constitutional Frameworks and Democratic Consolidation:Parliamentarianism versus Presidentialism”in PVoπ4動1痂os,vo1.46(no.1,0ctober,1993), pp.14∼15.

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東洋法学

遂行に当たって議会多数を有する傾向︵虞89ω一昌︶、の多党制状況を統制しうる能力、㈹政府が憲法の縁にた ち瀬戸際的に統治する傾向の衰退、㈲憲法違反の行動しがちな政府首長を解任する傾向、㈲軍事クーデター誘発 の可能性の減少、㈲政治社会への忠誠と経験を積み長期の政党政治の経歴のある政治家を輩出する傾向を指摘し ながら、議院内閣制ではこれらの傾向が相互補完的に機能しており、しかも政治家の意図的な﹁民主的基盤強化﹂       ハ レ の行動さえ政治的自由の範囲をさらに増大する相互依存システムのメリットを主張しているのである。こうして、 大統領制民主主義に関するリンスの﹁失敗仮説﹂は、発展途上国が選択した大統領制政治が制度的欠陥のため不 安定な民主主義体制を促進し、﹁権威主義体制﹂への政治的逆行をも誘発する事実に対する強烈な告発のパラダ イムであった。  事実安定した二党制を前提とする大統領政治のアメリカ・モデルと異なり、分極社会を基盤とする多党制状況 で多数党としての与党を持たない大統領制民主主義は、立法/行政デッドロックを促進し過激主義を刺激して民 主的安定性を疎外する傾向は否定しえない。表︵3−2︶に明らかなように、安定した民主主義国家における政 党制の分裂度と有効な政党数の比較では、例外的に安定した四つの大統領制国家  アメリカの○・四五と一・ 九、コロンビアの○・五三と二・一、コスタリカの○・五五と二・二およびベェネズエラの○・六五と二・八を 示しており、他の二四の安定した議院内閣制国家の平均値○・六〇と三・一の範囲内に収まり、多数党としての 与党を基盤とする大統領民主主義の安定性を確認することができる。また各選挙年ごとの大統領与党が下院で占 める議席率の平均でも、アメリカが一九六八年から一九八六年で四五・八%、コロンビアが一九七四年から一九 167

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「権威主義体制」と大統領政治 表(3−2) 安定した民主主義国家における 政党制の分裂度と有効な政党数 年度 分裂度 有効な政党数 政府の類型 トリニダート・トバコ 1986 .15 1.2 議院内閣制 ボツワナ 1989 .16 1.2 同上 バルバドス 1986 .20 1.2 同上 ジャマイカ 1989 .38 1.6 同上 ニュージーランド 1987 .48 1.9 同上 アメリカ 1988 .48 1.9 大統領制 マルタ 1987 .50 2.0 議院内閣制 リヒテンスタイン 1989 .50 2.0 同上 コロンビア 1986 .53 2.1 大統領制 イギリス 1987 .54 2.2 議院内閣制 コスタリカ 1986 .55 22 大統領制 カナダ 1988 .57 2.3 議院内閣制 オーストラリア 1990 57 2.4 同上 日 本 1886 。61 2.6 同上 オーストリア 1986 .62 26 同上 ベネズエラ 1988 .65 2.8 大統領制 アイルランド 1987 .65 2.9 議院内閣制 フランス 1988 .67 3.0 半大統領制 ドイツ 1987 .71 3.5 議院内閣制 スウェーデン 1988 .73 3.7 同上 ルクセンブルグ 1989 。73 3.7 同上 オランダ 1989 .73 3.8 同上 イタリア 1987 .75 4.1 同上 インド 1989 .76 4.2 同上 ノールウエー 1989 .76 4.2 同上 イスラエル 1988 .77 44 同上 フィンランド 1987 .80 5.0 半大統領制 デンマーク 1988 .81 5.3 議院内閣制 アイスランド 1987 .81 5.3 同上 スイス 1987 .83 5.8 混合制 ベルギー 1987 .86 7.1 議院内閣制 Source S。Mainwaring,“Presidentialism,Multipartism,and Democracy The Difficult Combination”in Co柳α剛舵Pol〃吻l S伽伽s, vo1.26, (no.2,July,1993),P211.

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東洋法学

八六年で五二・二%、コスタリカが一九七四年から一九八六年で五〇・九%、ベネズエラが一九七三年から一九       パヱ 八八年で四九・九%でいずれも多数党を基盤としていた。この意味で分極社会の多党制状況において、多数党と しての与党を持たない大統領制民主主義に対する﹁失敗仮説﹂の妥当性は否定しえないところである。  しかしリンスの﹁失敗仮説﹂は、よりグローバルな﹁民主化﹂の政治的現実に視界を拡大するときさらに検討 すべき若干の問題点を内在している事実は否定しえない。  第︼の問題点として、リンスの﹁失敗仮説﹂形成の基礎データが、専らブラジル、コロンビア、ベネズエラ、 チリなどを対象にしながら、具体的な政治過程の分析を展開することなく、新制度主義の立場から政治制度とし ての大統領制の硬直性と分極社会を基盤とする多党制政治の不安定性が相乗的に﹁民主的基盤強化﹂を疎外する との認識に終始している事実である。しかもドナルド・L・ホロビッツ︵Uo轟置﹃閏oき三震︶も指摘するよ うに、リンスはコロンビア、ベネズエラおよびブラジルの大統領政治の柔軟な動きに注目したがこれを逸脱例と して処理しており、またS・アジェンデ︵ω●≧一9号︶以前の求心的で穏健なチリの大統領政治の展開も積極的 に認識することなく、アジェンデの大統領政治のみを政治的葛藤を促進するモデルに適合的すると認識している。 さらにラテン・アメリカから北アフリカを除くアフリカやアジアの諸国家に視界を拡大すると、ウエストミンス ター・モデルに基づく議会制民主主義の存続はリンスの認識とは逆の﹁失敗仮説﹂に転化する可能性さえ示して  パニ いる。アフリカ四五力国を例にとれば、一九九六年王制に復帰した﹁レツイエ三世﹂︵一簿巳①目︶のレソトと二 院制議会を有する﹁ムスワテイ三世﹂︵匡の妻蝕目︶のスワジランドの二つの王制国家を除き、他のアフリカ四 169

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「権威主義体制」と大統領政治 三力国がいずれも議院内閣制を採択することなく、ザイ!ルに典型的な﹁個人支配型大統領制﹂からナイジェリ アや南アフリカの複合部族社会にみられる﹁多極共存型大統領制﹂を積極的に採択して﹁民主化﹂と政治的安定 性を確保している事実が存在する。  そこでリンスの﹁失敗仮説﹂の第二の問題点は、﹁民主的移行﹂やその基盤強化の観点から専ら大統領制と議 院内閣制の二つの政治制度の機能分析に終始し、その前提として新旧の政治エリート間でパワ!・ゲームとして 行われる制度的選択に関する視点が欠落している事実である。必要なのはA・プシェヴォルスキー︵>’       すレ 汐器名oお江︶も﹁制度は配分的結果をもたらす﹂と規定しているように、﹁民主的移行﹂とその基盤強化にあたっ て有利な権力的地位を求めて制度的選択の政治過程の中で展開する新旧政治エリートの過酷なパワー・ゲームヘ の視点である。言い換えれば、﹁民主的移行﹂の時点における政治過程で権力的地位や国家的資源へのアクセス の獲得と維持を目的に、新旧政治エリート間のパワー・ゲームのルールとしての政治制度  大統領制、﹁半大 統領制﹂、議院内閣制を追求する制度的選択の問題に関する等閑視である。ノートル・ダム大学のS・メインウォー リング︵ψ匡巴昌≦畦3閃︶も指摘するように、パワi・ゲームのルールとしての政治制度は、政治エリートに インセンチブとディセンチブを作り出し、そのアイデンティティーを保証し、政策決定のルールを決定し、国家       パゆ 的資源へのアクセスを保証し、民主主義体制の建設を促進し疎外するからであるからである。この意味において、 リンスの﹁失敗仮説﹂は、﹁ニュi・デモクラシー﹂の政治過程における大統領制と議院内閣制に関する鋭い新 制度主義的分析を提供するが、制度的選択をめぐる新旧政治エリート間のパワー・ゲームに関する政治過程論的

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東洋法学

視点の欠落も否定しえないところである。そこで一九八九年以後、革命的民主化を経験したソ連・東欧の政治変 動を対象に設定し、憲法の制定あるいは改正過程に出現した大統領制と議院内閣制の制度的選択に関する政治問 題に注目して、これをポスト・コミュニズムの﹁民主的移行﹂におけるソ連・東欧の新旧政治エリート問のパワー・ ゲームによる制度的選択の問題として認識することによって、リンスの﹁失敗仮説﹂の視点を補完しつつ修正制 度主義︵おξω8営昌ε鼠9巴一ω目︶の立場からその大統領制選択に至る政治過程が検討課題をならざるをえな い。なぜなら表︵3−3︶に明らかなように、一九入九年以後のポスト・コミュニズムの段階でソ連・東欧の二 五力国が採択した政治制度では、議院内閣制がチェコ、ハンガリー、ポーランドなど戦間期に議会政治の経験を もつ八力国で三二%、大統領制がロシア、ウクライナ、アジェルバイジャンなどの二ニカ国の五二%であり、他 の四力国の一六%のみが混合制であった。この意味でジェラルド・M・イースター︵OR巴α冨’国器什R︶も指 摘するように、ポスト・コミュニズムのソ連・東欧は議院内閣制よりも大統領制の採択が優越する比較大統領制 度論︵8ヨ冨轟賦奉窟霧置①耳一巴一ω目︶の宝庫として位置づけられる。そこで次にポスト・コミュニズムのソ連・ 東欧の﹁民主的移行﹂における新旧政治エリート間のパワー・ゲームとして大統領制選択の政治過程を検討して みよう。  ハイデルベルグ大学のK・バイメ︵囚’<9ω身ヨ①︶は、ソ連・東欧における民主化をサムエル・P・ハンチ ントン︵留日器一ワ國⋮け営讐9︶の主張する﹁第三の波﹂から区別して﹁第四の波﹂︵跨08仁旨げ窯男Φ︶と 規定している。ヨーロッパ政治を中心に﹁民主化﹂の波を検討したバイメによれば、ラテン・アメリカや南欧に 171

参照

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