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'Hypotheses non fingo'に就て(創刊10周年記念号)

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‘Hypotheses non fingo’に就て

松  原

武  夫

On ‘Hypotheses non fingo   Takeo Matsubara §1 緒 言

 ‘HYPOTHESIS’の語源は,ギリシャ語の

‘δπoθεσギから来たものであり,それは元来, ‘下に置く’り‘基礎’の意味をもつ○広義には, 推理や学が成立つための構成的な根拠を,一般 に仮説と言っている。狭義には,自然科学の経 験的諸法則の統一的演繹の前提となるものを仮 説と称している。そして,仮説は一般に経験に よって実証することの出来ない内容をもつ概念 から成立つ命題である。科学者は,この外に, 研究の前提として予想せられる ‘仮定’(as・ sumption)をも一般に仮説と称している。又, 学問的研究上の‘要請’(Postulate)をも仮説と 呼ぶことがある。或は又,‘作業仮説’(Working hypothesis)と言われるものは,理論乃至実験 を進めるための単なる指針となるものである。 凡ての仮説は,図る意味に於て,作業仮説と       のしての一面を持っているが,M. Planekの所 謂統一的物理世界像を求め,物理学の理論を統 一的に構成する上から言えば,仮説は諸法則を

統一する根拠となる原理である。実証論者

  のMachは,作業仮説だけを認めて,統一的な理 論の根拠となる仮説の重要性を認めない。これ に対し,M. Planckは実在論の立場に立って, 仮説を根底とする統一的理論の構成を物理学 の目標としている。其他,Mill, Poincar6, Duhem, Wien学派等に依る仮説の認識論的検 討をふまえないでは,仮説に就て論ずることは 困難であることは言うまでもないが,今は,

Newtonの名言である“HYPOTHESES NON

FINGO”を契機として,彼自身が実際,如何 なる意味に於て仮説を作らなかったかを検討し て見よう。  Newton(1643∼1727) の二大著作は,       おう ‘PRINCIPIA’(今後P.で表わす)と ‘OPT・

 の

ICS’(今後0.で表わす)である。前者は綜 合的方法即ち数学的演繹的な研究方法に於て, 後者は,分折的方法即ち実験的帰納的な研究方 法に於て,其後の科学研究の指針を示したもの と言える。今,仮説に就て,Newtonが述べて いる個所を,両書から一句宛引用して見よう。  P.の一般註には,次のように記されている。 ‘……рヘ今までに,重力の性質の原因を現象 から発見することが出来なかった。私は仮設を 作らない’(Hypotheses non fingo)。何故なら, 現象から導き出されないものは凡て仮説と呼ば れるべきものである。そして,仮説は,形而上 的なものであれ,形而下的なものであれ,或は 隠在的性質(Occult quality)のものであれ, 機械的のものであれ,凡て,実験哲学には無用    らう である。ラ又,0.の巻頭には次のように記さ れている。‘私が,この本で意図するところは, 光の諸性質を仮説によって説明することではな く,光の諸性質を提案し,これを実験と推論に       6)よって証明することにある。’  この引用文を見ると,両書共に,仮説を排除 することを眼目としていることが分るQ処が, P.に於ても,0。に於ても,所々に仮説を立 てているが,上述の言葉と矛盾しないであろう か。矛盾しないとすれば,如何なる意味に凡て, Newtonは仮説を用いたのであろうか。次に, 上記の詔書に就て,Newton自身の語るところ に聴いて見度いと思う。 §2 P.及び0.に熱る仮説の意味  P.の序文に於て,Newton曰く,‘古代人か ら,力学は,自然の研究上,最も重要な価値あ るものとされて来た。近代人は,SubstantiaI formとOccult qualityを排して,自然現象を 数学の法則に従わせようと力めて来た。それで, 私はこの書で,自然哲学に関する限りに於て数 学を研究した。………そして,私はこの書を哲 学の数学的原理として提供する。と言うのは,

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第  10  号 1960 運動の現象から自然の力を研究し,次に,その 力から他の現象を証明することが哲学の全責任 であると思うからである._llこPtl、±, P. の指導精神を端的に表明したものであって,中 世的なsubstantial formやOccult qualityの 仮説を排して,実験的事実に立脚して,現象の 間に成立つ数学的普遍的関係即ち法則を探求す ることを,近代自然科学の目標としたのである。 処で,Occult hypothesesは排したけれども, P.及び0.には色々な意味に於て,仮説が用 いられている。今,註3),4)に示したP.とO. によつて,Newtonが用いた仮説の意味を検討 し遠い。尤も,P.に於ては,版が重なるに従 って,仮説の意味が変ったと言われている。例 えば,第一版では,hypothesisであったもの が,第二版ではPhenomenaとして記されてい る。又,運動の法則(Lex)を,最初の論文で は,hypothesis或は, Axiomと呼んでいる。 又,0.に於ては,版を重ねるに従い,巻末の ‘Query’(疑問)の数が多くなり,新しい仮説 が追加されている。併し,今は,手許にある註 3),4)の両書によって,Newtonの仮説の意味に 敵て調べて見沿い。 国 数学的仮定としての仮説  P.の目的は,自然哲学の数学的原理を建設 するにあった。故に,Book I, Book IIは, 実際問題に適用出来るか否かに拘らず,数学的 な定理を導き出すことに集中し,Book IIIで は,その数学定理が物理学上の実際問題に適用        ラ 出来るか否かを検討する。例えば,‘速度に比       ラ 例する抵抗を受ける物体の運動に就でと云う        の問題があるが,このSectionの註に激て,‘抵 抗が速度に比例する’と云うのは,物理的よりは, 数学的な仮説であると述べている。更に,‘抵       エの 抗が速度の二乗に比例する場合の運動に就て’ も同様に数学的な仮説として取扱う。こう’して, 数学的に得られた定理を,後で物理的問題に適 用して見る。即ち,この場合‘完全流体の中で        ユリ 動く球の抵抗を実験で見出すこと”と云う物理 的問題に適用して見るのである。そして,その 数学的定理が実際にあてはまるかを実験によっ て確かめて見る。同様に,Newtonは,力が距離 の二乗に逆比例すると仮定した場合,又,力が距 離に比例すると仮定した場合の運動に就て数学 的定理を求めた。これら数学的定理の前提とな る数学的仮定を,Newtonは仮説と呼んでいる。 圖 物理的命題の前提としての仮説  例えば,‘月は地球に向って引かれ,その重 力によって,絶えず直線運動から引き離され,        エの その軌道上で運動を続ける’と云う物理的命題 を計算によって証明するに際し,次の仮説を立 てている。即ち,‘この計算は,地球が静止し        ユヨう ていると云う仮説の下で行われる’と述べてい る。ここに,仮説とは,この物理的命題の前提と        ユのしての仮定である。叉,‘流体の円運動に就て’ の冒頭に‘流体諸部分に触る滑性(lubricity) の欠如から生ずる抵抗は,その他の事状が同じ ならば,その流体諸部分が互に分れようとする          エろう(相対)速度に比例するうと云う文が仮説として 掲げられ,これを前提として,‘無限に拡がる 一様な流体中で,無限に長い固体円筒が,その 軸のまわりに回転するとき,それに伴って回転 する流体部分の回転の周期は,軸からの距離に    ラ 比例するうと云う物理的命題を解いている。こ の場合の仮説も,この第圖の範疇に属する。 團証明不可能な命題としての仮説 P.BK皿,に証明不可能な命題を仮説として二 つ挙げている。その第一は‘宇宙の中心は不動      であるうと云う仮説である。そして,‘このこ とは,凡ての人に認められているが,或る人は 地球が,又,他の人は太陽が,宇宙の中心に静 止していると主張する。これから,どんなこと が出てくるかを見よう’と閥題が提起されてい る。そして,この仮説を前提として,‘地球, 太陽及び凡ての遊星の共通の重心は不動であ   う る’ことを証明している。その証明は次の通り である。上記の共通の重心は,運動の法則の系  エ ラ 4により,静止するか,或は等速度運動をする 筈である。併し,若しその共通の重心が動くなら ば,宇宙の中心もまた動くであろう。そうすれ ば,上記の仮説に反するから,いけないと云う 具合である。このような仮説は,現象から導き 出すことが出来ないし,又,既知の定理から 証明することも出来ないから,仮説である。而 も,太陽系の重心を,宇宙の仮説的な中心と見 倣しているが,これに就ても何の証明もない○

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このような仮説の背景には,P.の一般註に述        の べられている Newtonに独特な神学的空間論 があるのではなかろうか。  第二の証明出来ない仮説とは,‘若し地球の他 の部分が取去られ,残りの環(Ring)だけが, 地球の軌道に沿うて太陽のまわりに年週運動を し,同時に,黄道面に対して231/2度傾いた自転 軸のまわりに日週運動をするならば,環が流体 であろうと,或は固体であろうと,分点の運動       め は変らないであろう’と云うのである。これも 現象から導き出すことが出来ないし,叉,既知 の定理から証明することも出来ないから,仮説 であるに違いない。彼は,この仮説を前提とし て,分点の歳差の間題を解き,その計算値が実測 値と大体一致することを証明している。其後約 一世紀を経て,Laplaceが,この仮説を数学的 に証明することに成功したのである。こうして, この仮説は,最早や仮説ではなくて,命題叉は 定理と言われるべきのとなった。そうすると, Newtonは,自らの数学的能力が不充分であっ たために,証明不可能であった命題を仮説と 呼んでいたことになる。又,第一の仮説は, Neumannのa−K6rperでも仮定しない限り, 問題の性質上,証明の手がかりきえないもので ある。 國宇宙系を仮説と称している。  Ptolemy, Tycho,或はCopernicusの宇宙系 を,Newtonは例えば, Copemican hypothe・ sisと呼んでいる。 Newton時代には,これら の宇宙系を,仮説と呼ぶのが常であった。P. BK. III。第二版の初に,挙げてある6つの      ラ

phenomenaを,第一版ではhypothesisとし

て挙げているのは不思議に思われる。と言うの は,このphenomenaには,観測のデータまで 付記して,験証された現象であることを示して いるからである。処が,このphenomenaは, コペルニクス系に立脚して初めて成立つので, その意味に調て,このphenomenaをもhypo・ thesisと呼んだのであろうQ 圖 要請(Postulate)としての仮説  前述のように,P。は, BK。1. II.に於て, 数学的原理が打建てられ,BK. III.に於ては, これが物理的な実際問題に適用されている。即 ち,純数学的,抽象的思考の世界を,物理的具 体的な世界へ関係付けて行くわけであるが,こ の二つの世界の間に橋渡しをするものは何であ ろうか。それは,BK. III.の初に記されてい る4つの‘Rules of Reasoning in NaturaI       ラ Philosophy’である。これらの規則は,第一版 では,hypothesesとして記載されている。こ れらの規則は,純粋な数学的世界と,経験的な 物理的世界を結付けるための根本規定であり, 又,科学研究の方法を規定するものと言える。 この意味に於て,hypothesisと云うよりも, むしろ,Postulateと呼ばれるべきものである。  4つの規則は次の通りであるQ Rul.1. We are to admit no皿ore causes of     natural things than such as are both     true and sufficient to explain their     appearances・ Rul. II. Therefore to the same natural ef・     fects we must, as far as possible,     assign the same causes. Rul。 III。 The qualities of bodies, which     admit neither intensification nor re−     mission of degrees, and which are     found to belong to all bodies within     the reach of our experiments, are     to be esteemed the universal qua工i−     ties of all bodies whatsoever. Rul. IV. In experimental philosophy we     are to look uPon ProPositions infer−     red by general induction from phe・     nOmena as accurately or very nearly     true, notwithstanding any contrary     hypotheses that may be imagined,     till such time as other phenomena     occur, by which they may either be     made more accurate, or liable to     exceptions.  規則工,は,‘…自然は,何事も無駄にはし ない。少しで役立つのに多くを用いることは無 駄である。なぜなら,自然はSimplicityをよ ろこび,余計な原因で飾ることを好まないから      ヨの である。…’という後文と共に合せ解釈すると, Simplicity of Natureの原理を歌ったもので

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第  10  号 1960 あり,自然現象の真の原因は,現象を説明する ために充分で且つ簡単なものを採るべきことを 教える。規則皿は,Uniformity of Natureの 原理を歌ったものであり,Analogyによって 結論を導くことの根拠となる。例えば,この規 則により人間の呼吸と獣の呼吸に同じ原因を帰 することが出来る。規則皿は,物体の不可入性, 惰性など,一般的諸性質に就て,有限数の実験 から一般的結論を導く根拠を示したものである。 規則IVは,実験哲学に計る命題は,実験によっ てのみ験証されるべきことを示す。 團 形而上学的仮想としての仮説  P.第二版のR.Cotesによる序文に,自然          ラ哲学者の三つの類型に就て述べてある,その第

一はOccultistであり,第二はRomantistで

あり,そして第三がScientistである。  第一のOccultistの代表は,アリストテレス を頭とする迫遙学派である。この派によれば, 物体の現象は,物体内に隠在する何等かの性質 によって起るものと仮想する。例えば.アリス トテレスは,‘形相’,‘性質’,‘力’,‘自然’,‘能 力’,‘自因’,‘偶因’等の言葉によって,紙面を 記述し説明する。これは恰も,固体は固いから 固体であると言うのと何の相違もない,,単に哲 学的話法を教えるに過ぎず,無意味である。

Newtonは,このようなOccultismから来る

形而上学的空想を排したことは,註5)のNew・ tonのP.の序文からも明らかである。又,前述 のRule皿の続きに記されている解説文にも, ‘吾々が工夫した夢や空しい作り事のために,       ユの 実験による証拠を棄ててはならない’と警告し ている。  第二の類型は,Romantistであり,その代表 はDescartesである。彼は,アリストテレス とは異り,単なる言葉の無用な陳列は避ける。 物質の現象を,‘延長’,‘形’,及び‘運動’を原 理として,機械論的に説明しようとする。その 中,延長だけが物質の本性であり,形,運動は 延長から演繹せられ,物質の第二義的な属性で あるとする。而も,延長は神に支えられている 理性によって認識される明晰判明で疑うこと の出来ないものであるとする。このように形而 上学的な原理を措定して,この原理から自然の 法則を演繹しようとする。処で,物質を延長と すれば,全宇宙には,先験的に真空は存在しな いこととなり,直接には観察も実験も出来ない 何らかの物質が宇宙に禰卜するものと考えざる を得ないこととなり,彼はエーテルを仮定した。 そして,エーテルの渦動によって,万有引力の 証明を試みる。このように経験を踏まえない形 而上学的原理を前提として,論理的に如何に厳 密に結論を導き出しても,それは単なる形而上 学的空想に過ぎない。エーテルの渦動論は, Keplerの遊星の運動の第三法則に矛盾するも       り のとして,Newtonによって反証された, New・ tonから見れば,デカルトもアリストテレスと 同様に,現象の背後に潜む仮説的実体を考えて いるので,デカルトの理論も心病的な性格を持 つものと言わざるを得ない。第一,第二の類型 は共に,形而上学的仮想としての仮説を立てる ものであり,Newtonの痛く排撃するところで ある。  第三の類型は,実験哲学者であり,その代表 は,勿論Newton自身である。実験哲学者は, 現象によって証明されないものは原理として取 入れない。実験に基く帰納的一般化の結果が原 理である。‘数学に於ると同様に,自然哲学に 於ても,困難な事物の分析的方法による研究 は,何時も綜合的方法に先立つべきである。こ

の分析Analysisとは,実験及び観測を行な

い,それから帰納によって一般的結論を導き 出すことである。そして,この結論に対する異 議は,実験又は他の確かな真理によるものの外 は,認められないのである。なぜなら,実験哲 学では,仮説を考に入れるべきではないからで ある。実験と観測とから帰納によって論証する ことは,一般的結論の証明にはならない。併し, それは事柄の性質上精々許される論証の最善の 方法である。そうして帰納が一般的であればあ る程,有力であると見倣してよいのである。… ……サうして,綜合(Synthesis)は,発見せ られ,原理として確立された原因を前提とし, それから導き出される現象をこの原因によって 説明し,その証明を証拠立てることにあるので   ラ ある。’即ち,Newtonは分析的帰納的方法が, 綜合的演繹的方法に優先すべきことを主張する。

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Newtonは幾何学できえ,経験の根拠に立つこ        ヨ う とを主張している。デカルトにとっては,物理 学の第一原理である‘延長’の保証は神に在っ た。ニウトンにとっては,P.の第一原理一 運動の法則一の保証は,実験に在ったのであ る。例えば,運動の第二法則は,Galileoによ り,斜面上の落体の運動の実験から帰納せられ, Newtonによって一般化されたものである。実 験科学に於ては,何等の形而上学的保証はあり 得ず,実験主義が究極の検証となる。 図 現象或は法則を説明するための機構(me−  chanism)としての仮説  P,に於て,‘Hypotheses non fingo’を主張し たNewtonは,重力の原因に就ては, P.に於

て,何も言及していないが,BK皿の巻末

      ヨのの一般註に於て,‘Subtle Spirit’なるものを仮 定している。これは,電気的且つ弾性的なspi・ ritであって,このspiritの作用乃至力によっ て粒子は付着して,物体を作る。N,このspirit は,物体による光の放出及び吸収を司る。又, 電気的な引力や斥力をも生ずるものとする。こ のspiritが如何なる法則に従って作用するか を決定する実験は未だないと言う。  次に,0.を見よう。註6)に記したように, O.の目的は,仮説を用いずに,実験と推理に よって,光の性質を説明することにあると宣言 しているにも拘らず,先づ初にNewtonの独 創的な実験の数々の事実と,それから帰納され た多くの命題を述べた後で,自由に色々な仮説 が記されている。そして,それは巻末にある31 個の‘Queries’(疑聞)の形式で述べられている。  一般相対性原理により,重力は質量による空 間の歪に帰せられたので,重力の原因に就ては, 今や二三にならない。併し,Newtonは,重力       うの原因に就てのヒントをQu.21に述べている。 太陽,星,遊星等のように密度の大きい物体内 では,空虚な天空でよりも,エーテルの密度が ずっと小さいのではないかとの疑問を先づ投げ かけ,これらの天体から遠ざかる程,エーテル 粒子の密度が大きくなるとする。そして,凡て の物体は,エテールの弾力によって,エーテル 密度の大きい所から小さい所へ推しやられるか ら,そのために,物体相互の間に作用する引力 が生ずるのではないかと言う。そのエーテルに 就ては,何も分らないのであるが,その微粒子は, 空気の粒子よりも,更に光の粒子よりも微細で あり,稀薄であるので,エーテルの弾力は空気 の弾力よりも遙に大きく,叉,抵抗は微少であ り,従って,天体は自由にエーテルの中を運動 出来るものとする。Newtonは重力は近接作用 であると考えているので,このようなエーテル 仮説によって,重力の説明を試みたのであろう。  次に,Qu.の中から,光の性質に就ての考 察を二三とり上げて見よう。  Qu.(17∼20)では,エーテルの仮説の下に, 光の反射,屈折,回折等の現象を説明している。 光が物質の内部にあるエーテルに振動を起して, このエーテルの波が光線よりも速かに伝播して,        ヨ ラ光線に追付き,光線が反射し易い‘Fit’(発作) の状態或は屈折し易い‘Fit’の状態を作るので, 反射或は屈折が行われるとする。Qu.29では, 光の粒子性の輪廓が提案される。即ち‘光線は, 発光体から放出される非常に小さい物体ではな いか。なぜなら,このような物体は一様な媒質 中を,影の中へ曲らないで,真直ぐに進むであ        おう ろう。これは光線の性質である。…’波動説で は,当時光の直進は未だ説明出来なかったため に,Newtonは,この問題については粒子説を とったのであろう。更に,Qu.29。には,‘透明 な物質は,若干の距離を隔てて光線に作用を及 ぼし,それを屈折,反射,或は回折させる。それ と同時に,光線自体はそれらの物体に作用を及 ぼし,詰る距離を隔てて,その微粒子に振動を 起させて,その物質を熱する。…この互いに距 離を隔てて及ぼす作用と反作用は大きい物体間 の引力によく似ている。39)このように光に対し ては,遠隔作用を認めている。Qu.30では, ‘粗大な物体と光は相互に転換し得るのではな いか?,……物体が光に変り,又,光が物体に 変ることは,転換を喜ぶらしい自然の過程に大       ラ 変ふさわしいことである。……’今日の物理学 に隔て,物質と光の相互転換は,重要な意味を 持っている。其の内容は異るが,このことを, Newtonは予見していたと言える。併し,17世 紀の原子論者の考えでは,光の原子と物質の原 子との違いは,その大きさと速さだけであった

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第  10  号 1960 ので,物質と光との相互転換の仮説は特に不思 議とするに当らない。この相互転化を,New・ tonは,化学的な意味に解していたことは,こ のQu.の中にあげている例が,化学上のこと が多いことからも分る。尚,エーテルの仮説は, 重力や光に就てだけでなく,電気,磁気,熱, 化学等の諸現象に就ても,Qu.の形で述べられ ている。  撫,上述のように,0.のQu.には,光の本 性に就て,光粒子説とエーテルの波動説とが併 存し,矛盾に満ちている。ここに,Newtonの 科学的想像力の逞しさが表われていると共に, 彼の科学思想の発展と動揺の跡を伺い知ること が出来る。今日,波動力学に於て,光の粒子性 と波動性との頭重性は止場せられているが, Newtonは,既に,光の皇儲性の問題を, Qu. の形で提起していたのである。処でここに確認 すべきことは,Newtonは,‘hypotheses non fingo’という自らの宣言に反し,空想や作り話 を捏造したのではないと言うことであり,彼の 仮説は凡て,実験と観側によって既に験証され た事実を説明するための仮説的機構を想定した のである。この点に於て,アリストテレスやデ カルトの形而上学的仮説とは本質的に区別され るべきものなのである。そして,形而上学的仮 説は,科学の発展に寄与しないが,ニウトンの 経験的事実を踏まえた仮説は,18世紀,19世紀 に於て新しい実験的並びに理論的研究を示唆し て,科学の発展を促したのである。このことに 就ては後で述べる。 §3‘Hypotheses non fingo’の意味  前節で,吾々は,Newtonが用いた仮説の意 味に就て考察したが,‘我は仮説を作らず’との 名言に関連して,特に注目すべき仮説は前節の 第團及び第囮の意味に負る仮説である。註5)で 示した通り,P.では,重力の原因に就て仮説を 作らず,この名言を厳守している。併し,註27) で示した通り,P.の一般註の最後に於て,光 や電気力等に就て,subtle spiritの仮説を立て ている。其他には,P.では,囹及び図の意味 に於る仮説は作っていない。処が,0.のQu. に於ては,図の意味に於る仮説を自由に展開し, その申で,エーテルの仮説によって,重力の原 因にも言及している。このような一見矛盾した 事実から考えて見るに,Newtonは,実験と観 測の事実から帰納せられ,一般化せられた法則 が判明する前に,自然現象の原因として,Oc・ cult qualityやoccult caUseを仮定して,空 しい思弁に陥ることを排したことが分る。併 し,一旦,実験によって現象が確認せられ,現 象の間に成立つ法則が確立した以上,その現象 や法則を説明するために,適当な機構を仮定す ることには敢て反対しなかつtのである。併 し,Newtonの自然哲学の目標は,飽くまで, 現象の間に成立つ数学的法則を,実験的帰納的 方法によって発見することにあり,その法則 の究極的原因や事物の究極的本性の問題は,果 しない仮説の閥題であり,このような問題は,自 然哲学の本来の関心事でないことを主張し,経 験を踏まえない思弁の危険性を警めたのである。 このことは,註5)の続きに記されている次の文 によっても窺われる。‘自然哲学では,現象か ら特殊な命題を推論し,後で帰納によってこれ を一般化する。このようにして,物体の不可入 性,可動性,物体間の衝突力や,運動の法則も 引力の法則も発見されたのである。重力が実際 存在し,吾々が明らかにして来た重力の法則に よつて作用し,天体の凡ゆる運動や海の運動を 説明するのに充分役立つことで満足するのであ る評即ち,重力の法則によって,如上の現象 が首尾一貫して説明出来れば,充分であり,重 力の原因に就て何等の仮説も説明も不要である と言うのである。又,O.から引用すれば,‘光 線は,発射された小さい物体であろうが,又は, 単に運動や力の伝播であろうが,光線は直進す る♂7!即ち,光が粒子であろうが,波動であろ うが,一様な媒質中に於て,光は直進すると云 う事実を重んずるのである。又,薄膜の色に就 ての命題に於て,‘これがどう云う種類の作用 又は傾向であろか?それは光線或は媒質の旋回 叉は振動運動であろうか,或は他の何物である かということは,ここでは詮索しない。……, 唯,私は,光線は,或る何等かの原因によって, 交互に反射又は屈折する傾向になって,これを 何回も繰返すと云う単な・る発見だけで満足す る, e8’

eに免現象の事実と,現象の法員旺縮

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然哲学の目標としたのであり,その原因に点て 空しい思弁を弄することを排したのである。併 しNewtonは,観察や実験を踏まえて法則を 確立した後では,これを説明する機構としての 仮説を立てたことは,前述の通りである。処が このような仮説が,所謂作業仮説としての働き をして,新しい実験を示唆し,科学に新生面を 開くことも屡々ある。1又このような仮説によっ て,例えば電気と高等自然現象の異る分野の経 験を理論的に結付けることが出来る。0.のQu. に於るエーテルの仮説は,重力や光に限らず, 電気,磁気,熱等にも共通のものとして立てら れているが,後代の科学研究に新しい概念や新 しい実験の示唆を与えたことは見逃せない事実 である。例えば,18世紀に於る,Franklin, Du

Fayの電気流体説,19世紀に旧るFaradayの

電気力を伝える媒質としての電媒質と,その歪 による電気力の伝達の新面会等である。 §2図の例から分るように,Newtonによれば, 仮説の要件は,第一に既知の実験的事実と理論 とに矛盾しないこと即ち独断的でないことであ る。其他,一般に,仮説の要件として考えられ ることは,第二に仮説が自己矛盾を含まないこ と,第三にその数学的結論が充分に近似的に, 過去及びに将来に着る実験的事実と一致するこ とである。併し,0.のQu.に出ている仮説は, この第二,第三の要件は満していない。それは 文字通の‘疑問’としての仮説であり,暗中模

索の状態であることをNewtonは正直に告白

している。 §4 仮説の独断化を規制するもの  処で,Newtonに於て,仮説の独断化と行過 ぎを規制するものは何であったであろうか。そ れは,註23)のNewtonの‘4 Rules of Reason・ ing in Philosophy’ではなかろうか。特に,そ の中で,第四の規則は,仮説の独断化と濫用を 警める規範となる。この第四の規則に続いて, ‘仮説を立てて,帰納による推論を回避するこ とのないために,この規則を守らねばならな  う い’と記している。  Newtonは囹の意味の仮説即ちOccult Qua・ 1ityやOccult Causeを含む独断的な仮説に 対して,特に反撃を加えたが,それが空虚な名 目に過ぎず,科学にとって非生産的な空想に過 ぎないからである。今,0.のQu.31の中か ら引用して,Occultis皿に対し,実験哲学の立 場からどのように反対しているかを見よう。重 力等の諸原理は,‘事物の特殊な形相の結果で あると仮定せられるOccult Quality(潜在的性 質)ではなくて,事物それ自身を形成する自然 の一般的法則である’とNewtonは考える。 そして‘その一般的法則の原因は末だ発見され てはいないが,それが真理であることは,現象 に徴して明らかである。即ち,それは,Mani・ fest Quality(顕在的性質)であって,ただそ の原因が隠れているのである。アリストテレス 学派がOccult Qualityと名付1ずたものは,顕 在的性質ではなく,物体内に隠れていて顕在的 結果の未知な原因であると仮定せられた性質で ある。例えば,若し重力,電気引力,磁気引力 及び発酵力の作用が,我々に未だ知られていず 発見され顕らわにされることの出来ない性質 から起るものと仮定すれば,このような性質が, それらの力の原因であろう。このようなOc・ cult Qualityは,自然哲学の進歩を阻止するの で,近年では捨て去られている。凡ての種類の 事物は,夫々特有な一壷的性質をもつて居り, それが作用して,顕在的結果を生ずるのである と説くのは,何も説かないのと同じである。併 し,現象から運動に就ての二,三の一般的原理 を導き出し,その後で,凡ての有形の事物の性 質と作用とが,これらの顕在的原理からどうし て起るかを説くことは,たとえ,これらの原理 の原因が未だ発見きれていないにしても,哲学 上の極めて大きい進歩であろう。それで,私は, 一般的な適用範囲を大いに持つものとして,こ の運動の原理を遠慮なく提案し,その原因の発       まの見は後の研究にまつこととする。’と言っている。 当時,Newtonの重力も結局はOccult cause ではないかと反論するデカルト派に対して,R. Cotes(1682∼1716)は, P.第二版の序文に着

て,デカルトのエーテルの渦動こそOccult

causeであるとして次のように反駁している。 ‘その存在が三島的であり,想像せられて,証 明せられないものは,文字通りOccult cause であるが,それが事実存在するものとして,観

(8)

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滋大紀要

第  10 号 1960

察からはっきり証明されたものは,Occult

causeではない。それで,重力が実際存在するこ とは,現象に徴して明らかであるから,それは天 体運動のOccult causeであるなどとは決して 言うことは出来ない。処が,天体の運動を導く ために,吾々の感覚で認められない全く虚構な 物質の渦動を想像する連中こそ,Occult cause に頼るものである3  このことに関連して,Occult causeに対し て,manifest causeとは何であるかを探ねて みよう。これに煽ては,Newtonの‘4 Rules of Reasoning in Philosophy’の第一馬絹が解 答の鍵を与えてくれるのではなかろうか。第一 規則によれば,自然現象の原因としては,その 現象を説明するのに,真にして充分なもののみ を認めるべきであると主張している。そして, この規則に続いて,§2囹註24)のように,Sim− plicity of Natureを端的に言い表わした後文が 付いている。現象を説明するのに,真にして充 分な原因は幾つか考えることが出来るであろう。 併し,その中の真の一つを選択する基準は,簡

単であると云うことによることをNewtonは

示しているのである。即ち,この第一規則は, 本文と後文とを併せ考えて意味があるのであり, 現象を説明するのに,充分であり且つ簡単な原 因が真の原因であり,manifest causeである と言える。併し,このことは,第四の規則との 関連に於て把握されなければならない。即ち, 現象の真の原因とは,結局,観察や実験から帰 納せられ一般化された命題に外ならないのであ る。Keplerの法則によって表わされる遊星の 運動の現象,潮汐の現象等のmanifest cause とは,結局,万有引力の法則と運動の法則自体 に外ならないのである。これは,明らかに,エ ーテルの渦動のような,形而上学的原理から演 繹されたOccult causeではないのである。  最後に,一言すべきことは,Newtonの科学 思想の根底に在る形而上学的仮説である。P. の一般註及び0.のQu.28,31,に於て,時 間,空間,微粒子,更に自然の斉一等の神的根 拠に就て述べている。この形而上学的仮説と, 形而上学的仮説を排する彼の実験哲学とが如何 なる関係に在るかは,‘Hypotheses non fingo’ の主題と関連して,別個に検討すべき問題であ ることを付記して,本稿を閉ぢることとする。

Resume

   ON ‘HYHOTHESES NON FINGO,       TAKEO MATSUBARA  In Newton’s great works, ‘PrinciPia’ and ‘OPtics’, we find his golden saying, ‘Hypotheses non fingo’. Nevertheless Newton uses hypothe$es here and there in these books, .So, for the right understanding of the maxi皿, it is necesssary且rst to investigate the meaning of the hypotheses he uses in the books.  As the result of investigation, we伽d at le訊st 7 meanings, among which ‘the metaphysical ro− mance’ and ‘the hypothetical−mechanism to ex− plain the natural laws and the experimental phe− noma’ are important. Newton rejects strictly the metaphysical romance but he does not necessarily reject the hypothetical−mechanism to explain the Iaws and phenomena. Now we understand the meaming of ‘Hypotheses non fingo’ and the reason for the seemingly contradictory use of hypotheses by him.  Althongh Newton uses hypotheses sometimes, he cares much to avoid the abuse of hypotheses. And for him, the norm to controi the abuse may be his famous 4 rules of Reasoning in Natural Philosophy, especially the lst and the 4 th rules. (註) 1) M. Planck, ‘Die Einheit des Physikalischen Weltbildes’ 1909. 2) Mach,‘Die Analyse der Empfindungen’ 1886. 3) ‘Philosophiae Naturalis Principia mathematica; 1686.; 2nd. edit. 1719; 3rd. edit. 1729; English Trans. by A. Motte, 1729; Rev. by F. Cajori, California U. P.1947.岡邦雄訳プリンシビア(昭 和五年.春秋社)は,MQtte英訳1803年版の訳であ る。引用は,Cajori版から行った。 4) ‘OPTICS’, based on the 4th edit, 1730, Dover Pub. Inc.1952:(1st edit.1704.)阿部良夫訳‘光 学’(岩波文庫,昭和14年)は,1704年版の訳である。 引用は,Dover版から行った。 5) PRINCIPIA, ibid. General Scholium. p. 547. 6) O., ibid. BK.1.p. L 7) P. ibid, Newton’s Preface to the lst edit.

(9)

 P.P. XII∼XV工II. 8) P. ibid. p. 192. scholium.  9) P. ibid. BK II. Sect. 1. p. 235. scholium p. 244. 10) P. ibid. BK II. sect. II. p. 245. 11) P. ibid. sect VII. PROP. XL. PRO. IX. p. 353. 12) P. jbid. BK. III. PROP. IV. Theorem. IV. p.407. 13) P. ibid. BK. III. p. 409. 14) P. ibid. BK. II. Sect. IX. p. 385. 15) ldem. p. 385. Hypothesis. 16) ldem. p. 385. PROP. LI. Theorem XXXIX. 17) P. ibid. Hypothesis 1. p. 419. 18) P. ibid. Prop. XI. Theorem XI. p. 419. 19) P. ibid. p. 19. Cor. IV. 20) P. ibid. General Scholium p. 545. 21) P. ibid. BK III. Hypothesis II. p. 489. 22)P.ibid. pp.401∼405. Phenomena L∼VL例え  ばph.1.は,木星からその衛星へ引いた動経は,  時問に比例する面積を描き,その周期は木星が静止  しているとして,即吟の長さの%乗に比例するとい  うのである。 23) P. ibid. BK. III. pp. 398 rv400. 24) P. ibid. p. 398, 25) P. ibid. Cotes’s Preface to the 2nd edit. p. XX. 26) P. ibid. Rule III. p. 398. pp. 23一一24. 27) P. ibid. General Scholium p. 543. 28) O. ibid. pp. 404一一・405 29) P. ibid. Newton’s preface to the lst edit. p.  XVII. 30) P. ibid. G. S. p. 547. 31) O. ibid. Q. 21. pp. 350一一352. 32) O. ibid. Q. 17. p. 348; Q. 29. p. 372. 33) O. jbid. Q. 29. p. 370. 34) O. ibid. Q. 29. pp. 370r−u371. 35) O. ibid. Q. 30. p. 374. 36) P. ibid. BK. III. G. S. p. 547. 37) O. ibid. BK II. Part III. Prop. VIII. p. 268. 38) O. ibid. BK. II. Pt. III. PROP. XII p. 280.  p. 281. 39) P. ibid. BK. III. p. 400. 40) O. ibid. BK. III. Pt. 1. pp. 401一一402. 41) P. ibid. Preface pp. XXVI一一XXVII.   其他参考文献  H. Poincar6, CLa Seience et 1’ Hypothese’ E. F.  Flammarion. 1923. 1. B. Cohen, ‘Franklin and  Newton’ American Philosophical society. 1956.  E. Mach, ‘Mechanik in ihrer Entwicklung  historisch−kritisch dargestellt.’ 1883.  ヴアヴイロフ著・三田博雄訳‘アイザク・ニウトン,  商工出版社,昭和33年.  阿部良夫, ‘ニウトン自然哲学の数学的原理’岩波  書店,昭和13年. 近藤洋逸,‘デカルトの自然像’岩波書店,昭和34年.

参照

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