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「医師誘発需要対策としての病床規制がもたらす弊害について」

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医師誘発需要対策としての病床規制がもたらす弊害について

<要旨> 医療サービスの市場においては,需要者である患者と供給者である医師の間に必要 な医療サービスに関して情報の非対称が存在し,それを利用して医師は患者の医療需 要を誘発する可能性がある(医師誘発需要と呼ばれている).国は,その医師誘発需 要に起因する入院医療費の高騰を抑止するため,2次医療圏ごとに基準病床数を定める 病床規制を導入した.本論文では,医師誘発需要の存在を確認し,病床規制が入院医 療費に与える影響を国民健康保険の医療費データをもとに 分析した.分析の結果,医 師誘発需要の存在が明らかとなり,病床規制には医師誘発需要及び1病床1日あたりの 入院医療費を抑える効果がなく,いずれをも増加させる傾向があることが明らかにな った.また,死亡率を用いて分析した結果,病床規制は社会的に望ましい 病床数を供 給する妨げになっていることも示された.これらを踏まえ,病床規制は撤廃すべきで あり,医療の標準化などを検討する必要があることを提案した. 2011年(平成23年)2月 政策研究大学院大学 まちづくりプログラム MJU10046 安東 幸恵

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目次

1. はじめに ... 3 1.1 医師誘発需要とは ... 3 1.2 病床規制の概要 ... 3 1.3 本研究の位置づけ ... 5 1.4 先行研究 ... 5 2. 理論分析 ... 5 2.1 情報の非対称がない2次医療圏 ... 6 2.2 情報の非対称がある2次医療圏 ... 7 2.3 病床規制の効果 ... 8 3. 医師誘発需要及び病床規制が入院医療費に与える影響(実証分析) ... 9 3.1 推定モデル及び説明変数 ... 9 3.1.1 推定式 ... 9 3.1.2 データ ... 10 3.2 推定結果 ... 11 4. 病床規制が死亡率に与える影響(実証分析) ... 12 4.1 推定モデル及び説明変数 ... 12 4.1.1 推定式 ... 12 4.1.2 データ ... 13 4.2 推定結果 ... 13 5. 政策提言 ... 14

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1.

はじめに

1.1 医師誘発需要とは 医療サービスの市場においては,需要者である患者と供給者である医師の間に必要 な医療サービスに関して情報の非対称が存在する. 患者は,医療についての知識が医師に比べ乏しく,自分にとって必要な医療サービ スを自ら選択することが困難であり,医師から勧められた検査,手術,投薬などが 本当は不要であっても,そのアドバイスに従う傾向にあると考えられる. 情報の非対称の存在は,医師に不必要な検査,手術,投薬を行うインセンティブを 生じさせる.医師が情報の非対称性を利用して自分の利益のために患者の医療需要 を誘発するこうした行動を「医師誘発需要」と呼ぶ. 医師誘発需要が発生すると,健康状態の改善には寄与しない不必要な医療サービス が供給され,社会的な非効率が発生する. 医療サービスは,入院外医療(外来通院や往診など)と入院医療に区分されるが, 入院外医療に関する医師誘発需要としては,不必要な検査,投薬や通院回数を増加 させることが考えられる.また,入院医療に関する医師誘発需要としては,不必要 な検査,投薬,手術や入院日数の引き延ばしが考えられる. 1.2 病床規制の概要 日本の医療費は,1955年に国民皆保険制度が実現して以来,ほぼ一貫して増大し 続 けてきた.厚生労働省は,各都道府県の病床数と入院医療費に強い相関が認められ, 人口あたりの病床数が多いところほど1人あたりの入院医療費が高くなると主張し ており,病床の供給を規制することによって医療費を削減できると考えている1 1985年の第一次医療法改正により,都道府県が医療提供体制の計画を作成する医療 計画制度が創設された2.医療計画では,都道府県が2次医療圏を設定して,その2次 医療圏で必要とされる病床数(基準病床数)を算定し,基準病床数以上となる場合 には増床や新規病院の開設を実質的に認めない.この制度を一般的に「病床規制」 と呼んでいる.病床規制は1988年に全国すべてに導入された. 2次医療圏は,地理的条件や日常生活・交通事情など社会的条件を考慮し, 主に入 院医療を提供する体制を確保する区域であり,都道府県ごとに4~21,全国で348の 圏域が定められている.(平成21年4月1日現在) *本論文の作成にあたり,熱心にご指導いただいた福井秀夫教授(プログラム・ディレクター),安 藤至大客員准教授(主査),北野泰樹助教授(副査),梶原文男教授をはじめ,まちづくりプログ ラム・知財プログラムの関係教員及び学生の皆様から大変貴重なご意見をいただきました。ここに 記して感謝申し上げます. 1 平成17年版厚生労働白書第2章 2 医療法第30条の4

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なお,2次医療圏ごとの病床規制3 の対象は,療養病床及び一般病床であり,高度医 療,救急医療,へき地での医療,専ら小児疾患・周産期疾患に対する医療を提供す る病院の病床は,病床規制の対象外である4 病床規制に従わず,新規開設または増床する病院が保険医療機関の指定申請を行っ た場合,厚生労働大臣は当該病院について保険医療病床の指定を行わないことがで きる5.ただし,医療計画公示前に既に持っている病床(既存病床)を基準病床 数ま で減らす必要はなく,減らさないことに対する罰則規定もない. 病床規制は,療養病床及び一般病床の基準病床数を合計した総量規制 である. 基準病床数の算定方法を以下に示す6 ・療養病床の基準病床数 = ((性別・年齢階級別人口)×(性別・年齢階級別入院 ・入所需要率) -(介護施設(介護療養型医療施設を除く)等で対応可能な数) + (流入入院患者)-(流出入院患者))÷ 病床利用率 ・一般病床の基準病床数 = ((性別・年齢階級別人口)×(性別・年齢階級別退院率) ×(平均在院日数)+(流入入院患者)-(流出入院患者)) ÷ 病床利用率 ・ただし,都道府県は,県外への流出患者数が県内への流入患者数を上回る場合, 「(流出入院患者数 - 流入入院患者数)×1/3」を限度として基準病床数を加算 することができる. 以上のように定められているが,性別・年齢階級別入院・入所需要率,平均在院日 数,病床利用率,性別・年齢階級別退院率は,厚生労働省告示7で定められたもので ある8.性別・年齢階級別入院・入所需要率及び病床利用率は全国一律の数値 であり, 地域の医療需要を無視したものであると言える.また,平均在院日数及び性別・年 齢階級別退院率は,全国を9ブロックに分けた地域ブロック別の数値を使用するもの であるが,地域ブロック内においても,医療需要が高いと考えられる 老年人口が2次 医療圏ごとに違うことなど,医療需要に差があることは当然であると考えられるの で,地域ブロック一律の数値も妥当な数値とは言い難い. 3 精神病床,感染症病床,結核病床については,3次医療圏(北海道と長野県を除いて都道府県の区 域が範囲)ごとの病床規制の対象となっている. 4 医療法施行規則第30条の31,同条の32,同条の32の2 5 健康保険法第65条第4項 6 医療法施行規則第30条の30 7 医療法第30条の3第2項第3号に規定する療養病床及び一般病床に係る基準病床数の算定に使用す る数値等(昭和61年8月30日厚生労働省告示第165号) 8 流入入院患者数及び流出入院患者数は,厚生労働省「患者調査」及び「病院報告」から求める.

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1.3 本研究の位置づけ 本論文では,病床あたりの医師数を利用し,2次医療圏における入院医療費を推定 することにより,医師誘発需要の存在を確認するとともに,病床規制には医師誘発需 要を抑制する効果があるのか,病床の供給にどのような影響を与えているのかを分析 する.また,病床の供給が制限されることにより発生する弊害についても分析する. 1.4 先行研究 医師誘発需要を検証する研究は多数行われている.西村 (1987)9 は人口あたりの診 療従事医師数が国民健康保険加入者の1件あたり医療費を増加させることを確認して いる.また,泉田・中西・漆 (1999)10 は,老人医療を対象に健康状態を調整した 上 で医師数の増加が医療サービスを増加させていることを観察し,医師誘発需要の存在 を支持している11 一方,岸田 (2001)12 は,外来医療を対象にアクセスコストをコントロールして検 証 を行い,医師誘発需要には否定的な見解を示している13 また,鈴木 (2005)14も,医師誘発需要の研究に対して「もともと医療費が高く,高 収入が期待できる地域に医師が多く集まるという逆の因果関係も存在してしまうた めに,医師密度が内生変数となり,医師誘発需要が検証されやすくなるという問題が ある」と指摘している. 病床規制についての研究は,泉田 (2003) ,長谷川 (1998) などがあり,記述統計の 整理により,病床規制が病床数や国民医療費に与える影響を分析している. 以上のように,医師誘発需要及び病床規制について論じた研究はそれぞれ存在する ものの,いずれも医師誘発需要及び病床規制の相関については 言及していない. 2.

理論分析

1.2 で述べたとおり,病床規制は,医師誘発需要を抑えて医療費の増加を防ぐ対策と して導入された.本節では,病床規制が医師誘発需要を抑止する効果並びに入院医療 費及び病床の供給に与える影響について理論分析する. まず,特定の2次医療圏に注目し,医師誘発需要が入院医療費及び病床数に与える影 9 西村 (1987) 第3章 10 泉田・中西・漆 (1999) 67頁 11 人口あたり医師数が1%増加すると,外来サービス使用量が0.4%,入院サービス使用量が0.8%増 加するとしている. 12 岸田 (2001) 254-255頁 13 医師が患者に対する情報優位を利用して過剰なサービスを供給する可能性を否定しているわけ ではなく,医師所得の低下が誘発需要を生み出すという仮説を棄却している. 14 鈴木 (2005) 99頁

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響並びに最適な量の入院医療サービスについて分析する. なお,2次医療圏は,高度・特殊な医療を除く医療を提供する区域として設定されて おり,一般的な入院医療はその地域で完結し,他の地域への患者の移動はないものと 考える. 2.1 情報の非対称がない2次医療圏 図 1に,患者が自分に必要な医療をすべて把握している地域(情報の非対称がない 2次医療圏)における入院医療費と病床数の関係を表し,病院及び患者の行動並びに 社会的に望ましい病床数を考察する. 縦軸に1病床1日あたり入院医療費をとり,最も症状が重く1病床1日あたり入院医療 費が高い患者の入院費を1とする.また,横軸に延べ病床数(病床数×日数)をとり, 病気にかかっている患者全員が必要としている延べ病床数を,この2次医療圏全体で1 とする.延べ病床数は延べ患者数と等しく,患者の1日あたり入院に対する支払意思 額は,0から1の間に一様に分布していて,需要曲線D(x)で表される.cは,1病床1日 あたりに実際に発生する人件費,設備費などの費用であり,c<1とする. 1病床1日あたり入院医療費は,病気の重さにより異なり,x’に位置する患者の入院 医療費はD(x’)で,政府は病院にD(x’)-c を支払い,患者はcを支払うとする.このと き病院の利潤は,D(x’)-c である. 病院の利潤の合計は,政府からの収入の合計から費用cの合計を引いたものである. また,自己負担cを考慮して,0から1-cの間に位置する患者だけが入院しようとする. 病院は利潤を最大化しようとするため,可能であれば希望する患者1-cを全員入院 させるので,このときのこの2次医療圏の病院の利潤の合計は(1−c)2 2 である. 社会的に望ましいのは,便益が費用cを上回る範囲で病床が提供されることであり, 0から1-cの間に位置する患者が入院することである. 情報の非対称がない場合には,患者の自己負担を実際にかかった費用と同額に設定 しておけば,最適な量の入院医療サービスが提供される. 図 1 情報の非対称がない2次医療圏における入院医療費と病床数 1 1 c 1-c 1病床1日あたり 入院医療費 延べ病床数 (病床数×日数) 社会的に望ましい延べ病床数(延べ患者数) 斜線部分は病院の利潤= D(x) x D(x’) x’ A 0

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2.2 情報の非対称がある2次医療圏 図 2に情報の非対称がある2次医療圏における入院医療費と病床数の関係を表し, 情報の非対称がない場合と比較する. 本来必要な入院医療サービス(需要曲線D(x))を医師だけが知っていて,政府と患 者にはわからない場合,医師はその情報の非対称性を利用し,患者に不必要な検査・ 処置,入院日数の延長などをアドバイスする.そして,患者は本来の入院医療費より (1+α) 倍多く入院医療費を払っても良いと考えると仮定する. 1病床1日あたり入院医療費は,需要曲線D(x)を (1+α) 倍した額であり,患者はc を支払うとする. このとき,cと(1+α)D(x)が交わる点Bまでの患者が入院する.点Bのときの延べ 患者数は,次のように求められる. c =(1+α)-(1+α)x (1+α)x = (1+α)- c x = 1- 1+ αc α> 0 であれば,1-c < 1- c 1+ α よって,延べ入院患者は情報の非対称がない場合に比べ増加する. また,この2次医療圏の病院の利潤の合計は 1+ α −c 1 − c 1+ α 2 = (1+ α −c)2 2( 1+ α ) であり, α > 0 のとき, (1−c)2 2 < (1+ α −c)2 2( 1+ α ) となり,情報の非対称がない場合に比べ増加 する. しかし効率性の観点から考えると,真の問題は病院の利潤増加ではなく,AからB の間にいる患者が,入院から受ける真の便益D(x)が c を下回っているにも関わらず 入院し,社会的損失が発生していることである. なお,病床あたり医師数が異なるので,それぞれの2次医療圏で医師誘発需要に強 弱がある.病床あたりの医師数が多いほど,1病床1日あたり入院医療費を上げようと するインセンティブが働くと考えられる15 15 鴇田・知野 (1997) によると,都道府県別の 1人あたり医療費は,西日本が高く東日本が低い「西 高東低」といわれ,この差異は病床数や医師数に依存するとしている.本論文では,病床あたり医 師数を用いて分析する.

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図 2 情報の非対称がある2次医療圏における入院医療費と病床数 2.3 病床規制の効果 2.2 のように,情報の非対称がある2次医療圏において,病床規制が入院医療費及び 病床数に与える影響を考察する. 基準病床数または既存病床数のうち,大きい方をrとする. ① 0 < r < 1-c のとき 社会的に望ましい病床数 1-c より病床数が尐ないので,本来入院するべき患者 ( r から 1-c の間に位置する患者) が入院できない.(図 3) ② r = 1-c のとき 社会的に望ましい病床数となり,入院が必要な患者が過不足なく入院する. ③ r > 1-c のとき 社会的に望ましい病床数 1-c より病床数が多いので,入院する必要のない患者 ( 1-c から min{ r , 1-1+ αc } の間に位置する患者) が入院する.(図 4) 政府が,2次医療圏ごとに病床の最適な供給量を把握するのは困難であり,適切で はない基準病床数が設定されると考えられる. (ほとんどの2次医療圏が,0 < r < 1-c または,r > 1-c の状態である.) また,病床規制に拘束力があるのは,1- c 1+ α より尐ない病床数が基準病床数とし て設定されている場合であり,症状の重い患者から入院するので,このとき1病床1 日あたり入院医療費の平均は,病床規制に拘束力がない2次医療圏に比べて高くなる と考えられる. 1 1 c 1-c 1+α 1病床1日あたり 入院医療費 延べ病床数 (病床数×日数) 斜線部分は病院の利潤= 過剰な入院 x D(x) A B 0

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図 3 0 < r < 1-c のとき 図 4 r > 1-c のとき 3.

医師誘発需要及び病床規制が入院医療費に与える影響(実証分析)

病床あたり医師数が多いほど,また,病床規制に拘束力がある方が,1病床1日あた りの入院医療費が高いという理論分析の結果に基づき,平成20年度の2次医療圏別デー タを用い,実証分析を行う. 3.1 推定モデル及び説明変数 3.1.1 推定式 医師誘発需要及び病床規制の拘束力の有無が1病床1日あたりの入院医療費に与え る影響について,次のとおり推定する. ln(Bill) = α + β1(Doctor)+ β2 (DR)+ β3 (Doctor × DR)+ β4(X)+ ε 1 1 c 1+α 1病床1日あたり 入院医療費 延べ病床数 (病床数×日数) 入院できない患者 x r A B D(x) 1-c 0 1病床1日あたり 入院医療費 1 1 c 1+α 延べ病床数 (病床数×日数) 過剰な入院 x D(x) r B A 1-c 0 1 1 c 1-c 1+α 1病床1日あたり 入院医療費 延べ病床数 (病床数×日数) x D(x) r B A 過剰な入院 0

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ここで,Billは2次医療圏ごとの1病床1日あたりの国民健康保険入院医療費である. Doctorは病床あたり医師数で,医師誘発需要の指標として用いた.医師誘発需要が 存在する場合,係数の符号は正をとる.DRは,既存病床数が基準病床数以上の場合 に1,基準病床数未満の場合に0をとるダミー変数である.既存病床数が基準病床数 より多く,病床規制に拘束力がある場合,1病床1日あたりの入院医療費の平均が, 病床規制に拘束力がない2次医療圏に比べて高くなると考えられるため,係数の符 号は正となることが予想される.また,拘束力の有無により病床あたり医師数(医 師誘発需要)が入院医療費に与える影響を分析するため,拘束力ダミーとの交差項 を設定した.病院は利潤を最大化しようとするので,拘束力がある場合には,より 医師誘発需要が強いと考えられる.よって,係数の符号は正となることが予想され る. そのほか,コントロール変数として,高齢者10万人あたり介護施設定員,平均在 院日数,県内総生産,人口10万人あたり診療所数,延べ病床数,療養病床割合を説 明変数に含めた.介護施設は療養病床を有する病院の代替施設と考えられるため, 高齢者10万人あたり介護施設定員の係数の符号は負となることが予想される.また, 在院日数により診療報酬(入院基本料)に差があり,在院日数が延びれば通常は診 療報酬が逓減するため,在院日数の係数の符号は負となることが予想される.また, 診療所と病院の診療報酬(入院基本料)に差があるため,人口10万人あたり診療所 数を加えた.診療所における診療報酬(入院基本料)は病院における ものより低い ため,係数の符号は負となると考えられる.また,より病気の重い患者から入院す るため,延べ病床数が増えると軽い疾病の患者も入院が可能となり,1病床1日あた りの平均入院医療費が下がるため,延べ病床数の符号は負になると考えられる. 3.1.2 データ 2次医療圏 ごとの1病床1日あたりの 国民健康 保険 入院医療費 及び延 べ病床数 につ いては,『国民健康保険事業年報』の診療費(入院)を利用した16 病床あたり医師数は,厚生労働省大臣官房統計情報部編『地域保健医療基礎統計』 を利用し,医師数を病床数で割ることにより算出した.1病床あたり,最大で0.537 人,最小で0.048人である. 拘束力ダミーを設定するための既存病床数及び基準病床数については,各都道府 県医療計画を利用した.拘束力のある2次医療圏は,269医療圏で全体の78%である. 高齢者(65歳以上)10万人あたり介護施設定員については,高齢者人口は総務省 『住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数』,介護施設定員は厚生労働省 『介護サービス施設・事業所調査』を利用し,介護老人施設及び介護老人保健施設 16 1自治体の中に複数の2次医療圏が存在する横浜市・川崎市の5医療圏については,2次医療圏ごと の入院医療費を算出することができないため,サンプルから除外した.

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の合計を,高齢者人口で割ることにより算出した.平均在院日数は,厚生労働省『病 院報告』を利用した.県内総生産は,内閣府『県民経済計算』を利用した.人口10 万人あたり診療所数については,人口は総務省『住民基本台帳に基づく人口、人口 動態及び世帯数』,診療所数は厚生労働省大臣官房統計情報部編『地域保健医療基 礎統計』を利用し,診療所数を人口で割ることにより算出した. データはすべて平成20年度のものを使用した. 表 1 基本統計量

Variable Obs Mean Std. Dev. Min Max

ln(1 病床 1 日あたり入院医療費 ) 343 10.132 0.124 9.755 10.415 ln(病床あたり医師数) 343 -2.147 0.365 -3.028 -0.621 拘束力ダミー 343 0.784 0.412 0.000 1.000 ln(病床あたり医師数)×拘束力ダミー 343 -1.727 0.962 -3.028 0.000 ln(高齢者 10 万人あたり介護施設定員 ) 343 7.969 0.221 7.075 9.091 ln(平均在院日数) 343 3.622 0.338 2.625 4.694 ln(県内総生産) 343 15.992 0.887 14.508 18.341 ln(人口 10 万人あたり診療所数 ) 343 4.275 0.237 3.489 5.648 ln(延べ病床数) 343 12.442 0.818 10.297 14.751 療養病床割合 343 21.136 8.744 1.000 56.139 3.2 推定結果 推定結果は,次のとおりである. 表 2 推定結果 被説明変数 : ln(1 病床 1 日あたり入院医療費) 説明変数 係数 標準誤差 ln(病床あたり医師数 ) 0.119 *** 0.033 拘束力ダミー 0.103 * 0.057 ln(病床あたり医師数 )×拘束力ダミー 0.048 * 0.028 ln(高齢者 10 万人あたり介護施設定員 ) -0.085 *** 0.031 ln(平均在院日数) -0.093 *** 0.022 ln(県内総生産) 0.043 *** 0.006 ln(人口 10 万人あたり診療所数 ) -0.132 *** 0.021 ln(延べ病床数) -0.018 *** 0.007 療養病床割合 0.001 ** 0.001 定数項 11.479 *** 0.335 サンプル数 343 補正 R2 0.691 ※ ***, **, * は , それ ぞ れ, 1%, 5%, 10%で 統 計 的 に 有意 で ある こ とを 示す . 病床あたり医師数は1%水準で統計的に有意に正であり,病床あたり医師数の増加が

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1病床1日あたり入院医療費を増加させる,すなわち医師誘発需要が存在することが示 された.拘束力ダミーの係数の符号は,10%水準で有意に正であり,病床規制が1病 床1日あたり入院費の平均を引き上げていることが示唆される.また,病床あたり医 師数と拘束力ダミーの交差項の係数も,10%水準で有意に正であり,医師誘発需要は 病床規制に拘束力がある場合により強く働くことが示された. 4.

病床規制が死亡率に与える影響(実証分析)

理論分析では,病床規制に拘束力がある2次医療圏では,社会的に望ましい病床数が 供給されていない場合があるという結果が導かれた.社会的に望ましい病床数が供給 されなければ,入院したくても入院できない患者や,まだ入院しておく必要があるの に退院させられる患者が発生する可能性がある.そのようなことが起こった場合 ,患 者の健康水準が悪化し,死亡率が高まる可能性があると考えられる.よって ,社会的 に望ましい病床数が供給されていないことの指標として死亡率を用い,実証分析を行 う.分析には,平成16年度及び平成20年度の都道府県別データを用いた17 4.1 推定モデル及び説明変数 4.1.1 推定式 病床規制が,社会的に望ましい病床数を供給する妨げになっていないかを検証す るため,次のとおり推定する. Mortality = α + β1(DR)+ β2 (X)+ ε ここで,Mortalityは 都道府県ごとの死亡率であり,社会的に望ましい病床数が提 供されていることの指標として,被説明変数に設定した.DRは,拘束力ダミーで, 供給される病床数が社会的に望ましい病床数より尐ない場合,係数の符号は正をと る. そのほか,コントロール変数として,年度ダミー,老年人口割合,年尐人口割合, 県内総生産,病院・診療所密度を説明変数に含めた.年度ダミーは,平成20年度に ついて1を,平成16年度について0をとるダミー変数である.老年人口割合は,人口 に占める高齢者(65歳以上)の割合である.高齢者が多いほど死亡率は高くなるため, 老年人口割合の係数の符号は正となることが予想される.また,年尐人口割合は 人 口に占める年尐者(15歳未満)の割合である.年尐者が多いほど死亡率は低くなる ため,年尐人口割合の符号は負となることが予想される.また,病院・診療所密度 17 大部分の46都道府県が,平成16年度から平成20年度の間に医療計画の見直しを行い,基準病床数 を変更したため,平成16年度及び平成20年度のデータを使用した.

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は,可住面積(km2)あたりの病院及び診療所数である.病院及び診療所が身近にあ るほど死亡率は低くなると考えられることから,係数の符号は負となると考えられ る. 4.1.2 データ 都道府県ごとの死亡率(粗死亡率)は,総務省『統計でみる都道府県のすがた』 を利用した. 老年人口割合は,総務省『住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数』を 利用した.年尐人口割合は,総務省『統計でみる都道府県のすがた』を利用した. 県内総生産は,内閣府『県民経済計算』を利用した. 病院・診療所密度については,病院・診療所数は厚生労働省『病院報告』,可住 面積は『統計でみる都道府県のすがた』を利用し,病院数及び診療所数の合計を可 住面積(km2)で割ることにより算出した. これらの変数の基本統計量は次のとおりである. 表 3 基本統計量

Variable Obs Mean Std. Dev. Min Max

死亡率 94 0.911 0.136 0.625 1.226 拘束力ダミー 94 0.819 0.387 0.000 1.000 年度ダミー 94 0.500 0.503 0.000 1.000 老年人口割合 94 22.401 2.974 15.5 28.60 年少人口割合 94 13.787 0.983 11.5 18.60 ln(県内総生産) 94 15.779 0.830 14.508 18.341 ln(病院・診療所密度) 94 -0.206 0.757 -1.708 2.253 4.2 推定結果 推定結果は,次のとおりである. 表 4 推定結果 被説明変数 : 死亡率 説明変数 係数 標準誤差 拘束力ダミー 0.017 ** 0.008 年度ダミー -0.020 ** 0.008 老年人口割合 0.039 *** 0.003 年少人口割合 -0.009 * 0.005 ln(県内総生産) -0.019 ** 0.008 ln(病院・診療所密度) -0.011 0.007 定数項 0.460 *** 0.232 サンプル数 94 補正 R2 0.948 ※ ***, **, * は , それ ぞ れ, 1%, 5%, 10%で 統 計 的 に 有意 で ある こ とを 示す .

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拘束力ダミーの係数の符号は,5%水準で統計的に有意に正であり,病床規制が拘束 力を持つ2次医療圏では死亡率が上がること,すなわち病床規制が死亡率を引き上げ ていることが示唆される.よって,病床規制が拘束力を持つ2次医療圏では,社会的 に望ましい病床数が供給されていない,つまり,病床規制が社会的に望ましい病床数 を供給する妨げになっていることが示された . 5.

政策提言

本研究では,入院における医師誘発需要の存在を確認し,病床規制が入院医療費に 与える影響を分析した.分析の結果,医師誘発需要の存在が確認でき,病床規制には 医師誘発需要を抑える効果はなく,医師誘発需要及び1病床1日あたり入院医療費を増 加させる傾向があることが明らかになった. また,死亡率を用いて分析した結果,病床規制は社会的に望ましい病床数を供給す る妨げになっていることも示された. この結果,医師誘発需要対策としての病床規制は効果がなく,弊害をもたらしてい ることが明らかになった.よって,病床規制は撤廃すべきである. 医師誘発需要対策としては,カルテの電子化などの医療の標準化,医療情報の開示 など,さまざまな提言がなされている.情報の非対称を解消するためのこのような 対 策を検討するべきだと考える.

(15)

参考文献 泉田信行・中西悟志・漆博雄 (1999) 「医師の参入規制と医療サービス支出 -支出関 数を用いた意思誘発需要仮説の検討-」『医療と社会』9 (1) ,59-70 泉田信行 (2003) 「病床の地域配分の実態と病床規制の効果」『季刊 社会保障研究』 39(2) ,164-173 河口洋行 (2009) 『医療の経済学』日本評論社. 岸田研作 (2001) 「医師需要誘発仮説とアクセスコスト低下仮説-2次医療圏,市単位 のパネル・データによる分析-」『季刊 社会保障研究』37(3) ,246-258 鈴木亘 (2005) 「平成14年診療報酬マイナス改定は機能したのか?」田近栄治/佐藤主 光編『医療と介護の世代間格差 現状と改革』東洋経済新報社,97-116 太皷地武 (2001) 「医療費の地域差の現状」地域差研究会編『医療費の地域差』東洋経 済新報社,19-39 鴇田忠彦・知野哲朗 (1997) 「国民医療費の現状と将来」内閣府社会総合研究所『経済 分析』第152号 鴇田忠彦 (2004) 『日本の医療改革 レセプトデータによる経済分析』東洋経済新報社 西村周三 (1987) 『医療の経済分析』東洋経済新報社 長谷川敏彦 (1998) 「地域医療計画の効果と課題」『季刊 社会保障研究』33(4) , 382-391 八田達夫 (2008) 『ミクロ経済学Ⅰ-市場の失敗と政府の失敗への対策-』東洋経済新 報社 福井秀夫 (2007) 『ケースからはじめよう 法と経済学』日本評論社 八代尚宏 (2000) 『社会的規制の経済分析』日本経済新聞社 吉田あつし (2009) 『日本の医療のなにが問題か』NTT出版 N.グレゴリー・マンキュー著 足立英之ほか訳 (2005) 『マンキュー経済学Ⅰ ミクロ 編 (第 2 版) 』東洋経済新報社 各都道府県医療計画

図  2  情報の非対称がある2次医療圏における入院医療費と病床数  2.3   病床規制の効果  2.2  のように,情報の非対称がある2次医療圏において,病床規制が入院医療費及び 病床数に与える影響を考察する.  基準病床数または既存病床数のうち,大きい方をrとする.  ①  0  <  r  <  1-c  のとき  社会的に望ましい病床数  1-c  より病床数が尐ないので,本来入院するべき患者  ( r  から  1-c  の間に位置する患者)  が入院できない.(図  3)  ②  r  =
図  3  0  <  r  <  1-c  のとき  図  4  r  >  1-c  のとき  3.   医師誘発需要及び病床規制が入院医療費に与える影響(実証分析)  病床あたり医師数が多いほど,また,病床規制に拘束力がある方が,1病床1日あた りの入院医療費が高いという理論分析の結果に基づき,平成20年度の2次医療圏別デー タを用い,実証分析を行う.  3.1   推定モデル及び説明変数  3.1.1   推定式  医師誘発需要及び病床規制の拘束力の有無が1病床1日あたりの入院医療費に与え る影響に

参照

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