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南アジア研究 第21号 008書評・小西 正捷「三尾稔・金谷美和・中谷純江(編)『インド刺繍布のきらめき』」

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Academic year: 2021

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全文

(1)

三尾稔

金谷美和

中谷純江

(編)

『インド刺繍布

のきらめき

─バシン・コレクションに見る手仕事の世界─

京都:昭和堂、2008年、125頁、2200円+税、 ISBN: 978-4-8122-0846-5

小西正捷

まずは人類学を専攻する諸氏によって、インド(実際には西インド・グ ジャラート州)の刺繍をめぐる書が、単著として著されたことを喜びたい。 ふりかえると衣の文化は、食・住と並んで基本的な生活文化の1翼である にもかかわらず、食や住ほどに大きく論が展開されることはほとんどな かった。刺繍となればなおのことそうであるが、ともすればそれは豊かな 色彩や文様などを愛でるといった「趣味」のレベルにとどめられるか、素 材や技法を紹介して実作者用の参考とされるかに終り、地域に密着した地 道な紹介でも、まともな学術的分野とは認められてこなかったきらいがあ る。つとに

1970

年代初頭、長江芙美[

1971

-

74

]がインド各地の刺繍を 丹念に調べて、『服装文化』誌に計8回の連載、延べ

150

頁にもわたって まとめているのに注目されずに終わっているのもその例である。評者も

70

年代の初めには、「衣」を人類学の研究対象として取り上げるべきこと を説いたことがあるが[小西

1974

]、自らこの問題を発展させることはな かった。 しかしその後、岩立広子によるインド各地での精力的な布の収集と記録 がまとめられ[

1984

;

2007

]、ことに前著ではグジャラート・ラージャス ターンの「沙漠の民」の服飾が、美しい写真による紹介の援けもあって注 目を集めた。とりわけ本書で目をひくのが、見事な刺繍を特徴とするラー ジャスターンの牧畜民ラバーリーの衣服とグジャラート州カッチ地域独特 の絞り染めであるが、前者は近年上羽陽子[

2006

]によって、また後者 は金谷美和[

2007

]によってともに学位論文として取り上げられ、それ ぞれが各民族文化の社会的文脈のうちにしっかりと位置づけられているこ とがすばらしい。さらに

2008

年度の南アジア学会全国大会では、「南アジ アの手工芸と開発−『布』から見る地域社会の変動−」というセッション が設けられ、上記2氏と中谷純江(本書の基幹をなすグジャラートのバシ ン・コレクションについて)に加えて、松村恵理(南インドのカラムカリ)、 五十嵐理奈(バングラデシュのカンタ)の参加も得て、今後の展望を含め 書 評

(2)

た動態としての「伝統的」手工芸の変化が論議されたことは画期的である。 南アジア研究、あるいは衣の文化研究上、特記すべき状況が生まれつつあ ることが感じられる。 本書は近年のこのような動きと研究蓄積の延長線上にあるが、編者らが 関わる国立民族学博物館では同名の企画展が

2008

-

09

年に開催され、本書 がそのカタログともなっている。この展覧会は、主としてグジャラート州 カッチ地方で手工芸の開発保存に携わる

B

B

・バシンによって収集され、 民博が入手した約

360

点の刺繍布を中心としているが、さすがに実際に展 示されたモノには実物ならではの迫力がある。しかし文様の背後に込めら れたシンボリズムや世界観、儀礼や神話、また社会的背景や、開発に直面 した諸問題等をモノのみで展示するのは難しく、そのぶんを本書がカバー すべき役割を果たしているのだろう。ハンディーな小冊子ゆえ、各論は必 ずしも深められた議論ではないが、豊富で美しい図や挿図にも援けられて 解説は読みやすく、刺繍布とはいえそこから展開するさまざまな問題への 導入として、一般読者を誘うことに成功している。 以下ではほぼ順を追って、本書の内容を見ていこう。まず金谷は、こと に刺繍に見る西インド・グジャラート地方の地域的特徴として、シンド地 方との密接な関連、刺繍の専業職人モチとパトロンの存在、ムガル朝支配 等によるイスラーム文化の影響をあげる。最後に一言だけ触れられている (先史時代以来)カッチ地方が果たしてきた海上交易史上の重要な役割を 含めて、いずれもそれぞれ、少なくともフルに

1

章を要する重要な問題な のだが、問題提起のみに終わっているのはいかにも惜しい。また次章に三 尾が論ずる西インド、ことにラージャスターン地方に見るヒンドゥー・イ スラーム間の相互交流と融合、より具体的には諸職の相互依存を通じて の異文化間の行き来は、今後の南アジア研究で最も追求されねばならな いテーマの一つである。ともすれば「現代インド」は、コミュナリズムに 基づく一部の政治的動きのみがポピュラーな時評として注目を集めがちで あるが、その深い底流にあって普遍かつ不変である文化・社会構造に、 もっと真剣な目を向けねばならない。人類学研究者の責務はその点にあ るが、このような大きな問題に対し、刺繍などは一見あまりに瑣末なこと のように見えるかもしれない。しかし実は、確実に眼前にある実体として のモノ、具体的にはその糸目や色使いの一つ一つを確実に抑えることに よって、その背後に込められた社会的・歴史的、あるいは観念的・情感

(3)

的な世界に分け入ることができるものであることを、強く再確認しておき たい。 この点、カッチの刺繍の実際を紹介する第

3

章が本書で最も多くのペー ジ数(

40

頁)を割いているのは当然であり、かつ歓迎すべき点である。 筆者の上羽は実作者でもある強みをもって詳細にその技法を解析し、豊富 に図示しているのでわかりやすく、実際に刺繍を試みてみようとするもの にも参考になる。うれしかったのは展覧会では一部の刺繍布を(壁に貼る のではなく)天井から吊るすことによってその裏面を見ることができたこ とで、本書でもわずか数点ながら刺繍布の裏面が図示されていて、運針法 のみならず文様構成の意図・技法までもが窺えるのがよい。ベンガル地方 の刺繍布ノクシ・カンタなどでは裏から見ても図柄が完成しているような 見事な作品もあるが、ここでは表裏は別で、色糸を最小限かつ効果的に使 うために、布をくぐる糸は最小限の点として裏面にその跡を残すのみであ る。それでも表面を隙間なく色や形で埋め尽くすスーフ、バワリヤ、また クロススティッチやチェーンスティッチなどを駆使した花鳥草木・人物動 物は多様・多彩で、さらにそこに、小さく割った鏡を埋め込んだ特徴ある ミラーワークが施される。このミラーワークは実はカッチ地方のみならず パキスタン側のシンドからバローチスターンにまで広がっている技法であ り、金銀糸を縫いとめる豪華なザリ刺繍とともに、その目を引く装飾性は 現代のファッションにも取り入れられている。 これもシンド地方ほかと深い関連のあるものであるが、一部もしくは全 部にわたって布が継ぎ合わされるパッチワークやアップリケにはパナマ・ サンブラスのモラを思わせる作例もあり、技法の限定がかえって地理的広 がりを持ちうることが興味深い。また子安貝やビーズを用いた房飾り、あ るいは全体をビーズで構成するビーズワークも美しいが、後者の歴史は実 はやや新しく、

1850

年頃にヴェネツィア製のビーズが東アフリカのグジャ ラート商人からもたらされて以来のものという。このように刺繍も近現代 史と無縁ではなく、金谷も指摘するように、化繊のレーヨン糸の導入によっ てはじめて、刺繍の細かい針目が可能になってきてもいる。「伝統」も実 は不変ではない。 第

4

章「刺繍の作り手たち」(金谷)は民族文化の表徴としての刺繍や 染織を担う集団(ジャーティ)を紹介し、その生業との関係、移動と定着、 パトロンとの関係などについても簡単に触れている。ジャジマーニー関係

(4)

に関するほんの短いコラム(中谷)があるが、これこそフルに

1

章を設け てほしかった。第

5

章「文様にこめられた願い」(中谷)は動植物文の象 徴性について触れ、また誕生を祝う文様、儀礼的な祈りの文様などを紹介 するが、あまりに簡単にすぎる。第

6

章「刺繍布がかたる暮らしの変化」(中 谷)も重要なテーマで、パトロンである王侯貴族やムラの領主層の没落に よってモチ職人の刺繍が衰退し、ジャジマーニー関係も崩れていく一方、 刺繍は職人の手からむしろムラの女性たちへと受け継がれ、婚礼時の持参 財としての意味合いを強める。鹿野勝彦は別項のコラムで、かつて

1977

年に、犬山市の博物館リトルワールドで「ジャジマーニー関係と持参財」 をテーマとした展覧会を試み、そのとき以来、バシン氏との縁ができたこ とを述べている。このとき鹿野は

1000

点を超す作例を集めたというが、 この企画はついに実らなかった。残念なことである。せめてカタログか、 論文にならないものか。 第

7

章以下には、インド手工芸の保護・発展に関わる諸章が集められて いる。この点が従来の服飾や刺繍の紹介とは異なり、その歴史的変化や今 後の課題が述べられていて重要である。第

7

-

8

章ではグジャラートに限ら ず、独立運動期以来のインドにおける手工芸の歴史と女性職人たちへの支 援活動を、金谷が通観している。確かにその嚆矢は、村落手工業の振興に よる国産品生産・使用の奨励を通じて国家経済の自立的確立をはかる

M

K

・ガーンディーらによる「スワデーシー」運動であったろう。ただしそ の理念は、基本的にインドの独立(スワラージ)と経済的自立をともに目 指すことにこそあり、したがってここにいう村落手工業

grāmodyog

とは、 手紡ぎ綿布のカーディーとその製品を中心として、油脂・皮革・マッチ・紙・ 薬品などの日常の生活必需品を最小限の技術と資源をもって自ら生産しよ うとするものであった。その担い手は村びとであり、ことにこれまで経済・ 社会の底辺に置かれていた「ハリジャン」階層が意図的に導入され、その 技術はまさに最低限のものであったから、この運動自体が「伝統的な手工 芸の美」を保存・再興しようとするものでは必ずしもなかった。 このような状況の中、インドのムラ、ことにそこに生活の基盤を置く女 性たちの伝える手工芸品の見事さに目を向けたのが、ガーンディーの盟友 でもあったカマラデーヴィー・チャットーパディヤーエである。

1947

年 の分離独立時に発生した多量な難民の援助活動を行なっていた彼女は、 難民女性たちの刺繍や編み物を商品化し、それをニューデリーはじめ大都

(5)

市に置かれた政府主導のエンポリアムで販売することに繋げた。

1952

年 に彼女を委員長とする全インド手工芸委員会とその多くの地方的支部が結 成され、またすぐれた作り手に対する国家の表彰制度も

1965

年に発足し た。最貧のビハール州ミティラー地方で女性たちが描いてきた壁画を紙 に描かせ、マドゥヴァニー画として「インドの民族画」にまで仕立て上げ たププル・ジャヤカルもカマラデーヴィーの運動に呼応するものであり [沖・小西

2001

]、またグジャラートの女性たちの手仕事を支援する傍ら その刺繍布を収集した

B

B

・バシンもその動きのうちに位置づけられる(第

9

章、中谷)。これらの運動は、手工芸の保護振興のみならず農村開発と しての側面を持っており、その点でガーンディーの理念を継承するもので あったともいえるが、今では多くの

NGO

も設立されて、重要な展開を見 せている。 このような運動はまた、作り手のみならず購買層の開発にも力を注いで いる。これまで身内の範囲での作品であったものが商品化すれば、それは 購買者の好みや需要にも応えるものでなければならない。そのためには、 作り手・買い手の目をともに肥やし、良質のものを提供する必要があり、 単にそれが買い手にアピールするだけのものであってはならない。作り手 を指導する者は有能・斬新なデザイナーであることはもとより、これらの 作品を生み出した社会的特質、あるいは文様の一つ一つの背後にある象徴 性・儀礼性にも充分な知識と敬意を持っていなければならない。かつてパ トロンであった裕福な王侯貴族・領主層にはこのような見識もあり、その 審美眼も確かなものであったが、彼らの凋落後、あらたに社会経済の担い 手となった新興の中間階層は、いまだにかつてのパトロンの経済力も審美 力も付けきってはいない。貧困のゆえに手放される運命をたどった古い見 事な作品は海外に流出するまでになっているが、かえってそのことが、イ ンドの人びとの関心を呼び戻しつつあるのも事実である。 グジャラート州手工芸開発公社にはじまりこの分野での中央政府の要職 にも次々と就いた

B

B

・バシンが、やがて嫁にいく娘への贈り物・持参 財として刺繍布を集めだしたことを含め、収集の過程でのいくつものエピ ソード(第

9

章、中谷)や職人とたちとの幸運な出会い(第

10

-

11

章、金谷・ 中谷、また鹿野によるコラムなど)はまことに心温まる。本書は刺繍を通 じてカッチの女性たちの暮らしを彷彿とさせる一方、そこに込められたさ まざまな願望や世界観、またこれらの手工芸のたどるべき道などについて

(6)

もいろいろと考えさせられる。小冊子ゆえ、本書ではこれらの重要な問題・ 課題について必ずしも論を十全に展開しえていないが、今後は是非、これ らについて一つずつ丹念な探求を深め、さらに大きな論考としていただけ ることを心から期待したい。 参照文献 岩立広子、1984、『インド 沙漠の民と美』、用美社。 岩立広子、2007、『インド 大地の布』、求龍堂。 上羽陽子、2006、『インド・ラバーリー社会の染織と儀礼』、昭和堂。 沖守弘・小西正捷、2001、『インド・大地の民俗画』、未来社。 金谷美和、2007、『布がつくる社会関係−インド絞り染め布とムスリム職人の民族誌−』、思文閣。 小西正捷、1974、「人類学としての服装文化研究」、『法政大学教養部紀要』、20、65-82頁。 長江芙美、1971-74、「インドの刺繍 」1-8、「インドの蝋染め/絞り染め」 ほか、『服装文化』、129、 132-139、142-144(ことに137-138)。 こにしまさとし ●立教大学名誉教授

参照

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