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ズ 昨年の瀬戸内シリーズに続き 3 連勝 ( 雨無し 12 日間 ) で 雨をスイープしました 家を早めに出たせいもあり 7 時過ぎ集合場所の羽田空港に到着 今回お世話頂く近畿日本ツーリストの添乗員岡崎恵美さんと初対面 ( 人となり等は後述 ) 営業担当の間宮さん 中田さんも朝早いのにお見送りに来て

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高野山・熊野那智・熊野本宮大社・

熊野古道・伊勢志摩を訪ねた 4 日間の旅

10 月 14 日(土)旅の興奮と記憶の薄れないうちに と旅行記のスタートです。 昨夕 6 時半過ぎ、出迎えと称し晩飯をたかりに来た 娘・孫娘と柏駅近くで旅の成功を祝い乾杯。家に帰り、 一風呂浴び 9 時前バタンキュウ。寒さで目が覚めれば、 オーバーに言えば外は氷雨で部屋は真冬並みの寒さ。暑 いぐらいの好天に恵まれた 4 日間の旅行、幸せでした。 Ⅰ.前置き 4 日間の旅行記、大体 11,000 字前後になります。過 去色々な方にお願いいたしました。旅情を短歌に託して 書かれた方・テープレコーダー持参でガイドの説明を逐 一録音された方・食事まで写真を取っておられた方・旅 行記を何回も何回も推敲された方。いずれの方も旅行記 が気になって旅行した気分になれませんとの申し入れ でお役目柄私が書いておりますが、読み返してみると、 天気の事・お酒を沢山飲んだ事・カラオケ大会が盛り上 がった事が主体で全く中味はありませんが、旅行を催行 した事・行く先を含めた旅程はこうであった事が記録に 残れば良いのでは・・・と思って書いております。 Ⅱ.大まかな旅程 1.10 月 10 日(火)羽田空港から関西空港→バスで 高野山へ。宿坊で昼食→高野山奥の院・金剛峯寺参拝 →白浜温泉のお宿 2.10 月 11 日(水)バスで白浜千畳敷・三段壁→串 本海中公園→昼食→熊野那智大社正式参拝・那智山青岸 渡寺参拝・那智の滝→熊野古道大門坂散策→入鹿温泉の お宿 3.10 月 12 日(木)バスで熊野本宮大社参拝→熊野 川瀞峡巡り(昼食は船中)→御木本真珠島見学→お宿 4.10 月 13 日(金)バスで伊勢神宮外宮・内宮参拝 →おかげ横丁→昼食→宇治山田駅から近鉄で名古屋→ 新幹線で帰京 Ⅲ.本論 1.10 月 10 日(火)晴れ 大好きな天気の話から始めます。最初の 3 日間、30 度超えはありませんでしたが、太陽ぎらぎら季節外れの 夏日。 最終日は、小雨 20 度前後の予報が外れ、時折薄日の 差す半袖で丁度良い一日でした。一昨年の穂高シリー 高野山

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ズ・昨年の瀬戸内シリーズに続き 3 連勝(雨無し 12 日 間)で、雨をスイープしました。家を早めに出たせいも あり、7 時過ぎ集合場所の羽田空港に到着。 今回お世話頂く近畿日本ツーリストの添乗員岡崎恵 美さんと初対面。(人となり等は後述)営業担当の間宮 さん・中田さんも朝早いのにお見送りに来ていただきま した。 我々東京組 23 名(3 日目の賢島で、大阪から参加の 山本さんと合流)と岡崎添乗員を乗せた ANA3821 便 が少し遅れた 9 時過ぎ、関西空港に向け離陸、10 時 20 分過ぎの到着。これから 4 日間お世話になる阪急観光バ スの本田運転手さんとバスガイドの東谷さんの出迎え を受け、11 時過ぎ最初の目的地「高野山」に向かいま した。 ① 高野山 (a)今まで高野山と言う山があるとばかり思っていま したが、高野山と称する山は無く、1,000m 級の八葉の 峰に囲まれた 800m の盆地で、8 つの峰々に囲まれた地 形は「ハスの花が咲いたような」で仏教の聖地と擬せら れている。ユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣 道」に登録されている。 (b)平安時代の 816 年、嵯峨天皇から空海(弘法大師) が下賜され、修禅の道場として開いた。 (c)高野山町石道・金剛峯寺境内・黒河道・女人道等々 が世界遺産になっている。 (d)主な施設は、檀上伽藍・奥の院・総本山金剛峯寺・ 大門・女人堂等がある。 (e)鉄道唱歌第五集 44 番に「弘法大師この山をひら きしよりは千余年蜩ひびく骨堂のあたりは夏も風さむ し」と歌われている。 12 時過ぎ、宿坊「赤松院」にて昼食。般若湯付き精 進料理でした。山菜天麩羅やらゴマ豆腐やら高野豆腐の お煮しめも出ました。 山内には 120 近くの子院があり、その半数以上が宿 坊を営んでいます。(一泊二食付で 10,000 円程度)随分 観光地化されており、朝のお勤めも希望者だけだとか。 「奥の院・金剛峯寺」の参拝です。高野山専門の女性ガ イドの西さんの案内でした。西さんは、生まれも育ちも 高野町。京都の大学卒業後故郷でガイド中との事。はき はきとした滑舌の良い案内で、参拝の時にはお経を唱え てくれました。大門から奥の院まで 3kmありゆっくり 見学すると 3 時間以上との事。我々は、途中の「中の橋」 から奥の院に向かいました。コウヤマキ・ヒノキ・スギ・ アカマツ等の大木がうっそうと生い茂り、下界の暑さが 嘘のような涼しさのほぼ平坦な参道。(涼しいと言って も相対的で、実は、蚊に悩まされながら歩きました。ガ イドさんのお話では気温 22 度。この時期としては、珍 しいぐらいの暑さ?だそうです。)左右には、織田信長・ 豊臣・上杉・武田等々の名だたる武将、法然・親鸞等の 名僧の、主として供養塔が苔むし林立している様は、年 月の流れ、歴史の重みを感じました。空海ですから当然 真言宗ですが、どの宗派も受け入れており、阪神淡路大 震災・東日本大震災・戦没者慰霊碑もありました。 日本しろあり対策協会のしろあり供養塔・ヤクルトの 入れ物を形どった同社の供養塔・コーヒーカップが両サ イドにある上島珈琲の供養塔等ユニークなものも沢山 ありました。奥の院「弘法大師御廟」参拝です。御廟橋 を渡ると、御廟礼拝のためのお堂「燈籠堂」があります。 内陣には無数の燈籠があり、ローソクの灯火はお大師 様にお供えするのに最も尊い物だそうです。燈籠堂の真 裏に御廟があり、燈籠堂の右横の階段を下りると地下法 場があり、御廟の地下で今なお禅定されておられるお大 師様を最も近くで礼拝できます。弘法大師が、ここ御廟 に入定されたのは 835 年 3 月 21 日 62 歳の時でした。 今なお、その時のままの状態で禅定されておると信じら れ、毎日、午前 6 時と 10 時半にお食事をお供えしてい ます。(精進料理が主体ですが、時にはパスタやシチュ ー、お正月にはおせち料理が出るそうです。) 神仏を信じるか否か、頼るか頼らないか、これ全て個 人の信仰心の問題で他人がとやかく言うことではない と思います。2 時間近くゆっくりとした時を過ごしまし た。バスですぐ近くの金剛峯寺に向かいます。高野山真

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言宗の総本山である「金剛峯寺」は、東西 54m南北 63 mの書院造建築。秀吉が亡母の菩提のため建立した青巌 寺と興山寺が明治 2 年合併し金剛峯寺となったそうで す。素晴らしい襖絵のある大広間・豊臣秀次自刃の柳の 間・石庭としてはわが国最大の 2340 ㎡ある石庭蟠龍庭 (ばんりゅうてい)をゆっくり見学、16 時前、今日の お宿白浜温泉「ホテル川久」に向かいました。 これが大変でした。800mの高野山から、海岸まで下 るのですが、九十九折の道幅の狭い片側 1 車線を大型バ スが急カーブを右に左に、揺られ揺られて 1 時間半(勿 論途中休憩ありました。)。ホテル到着時、車酔いの方も おられました。高野山界隈では宿坊以外これと言った宿 が無く今後の旅程も考慮して、皆さんに頑張って頂きま したがご迷惑おかけいたしました。ところが宿に着いて、 驚いたのなんの。15m以上の高さの金張りの天井を持 つエントランスホール。お部屋は、メゾネットタイプは 177 ㎡・ロイヤルスイートは 112 ㎡・一番狭い川久ス イートでも 80 ㎡。 全部洋室でベッドが 4 つあった部屋もあったそうで す。翌朝、ホテルの外観を見ましたら宮殿か博物館か美 術館の様でした。(ご興味のおありの方、インターネッ トで検索を)ゆっくり温泉に浸かる間もなく、それでも 19 時 30 分の遅い夕食となりました。洋宴会場サラ・ チェリベルティはイタリアの画家の名前で彼が画いた 天井壁画が(1億円)見下ろす大宴会場でした。 今回初めて旅行に参加された後藤様ご夫妻のご挨拶、 今泉委員長のご挨拶「今年は、いつも参加されておられ る 4 夫婦の内、ご本人又連れ合いの方の体調不良で残念 ながら欠席で 24 名と少し寂しい旅行となりました。約 定では、24 名以下になると追加料金が発生するのです が、近畿日本ツーリストと幹事団の努力で追加料金なし となりました。お礼申し上げますとともに、不参加の 方々が来年は元気に参加されますように願っています。」 と乾杯のご発声で夕食スタートです。手元にメニューが ありますが、刺身・地鶏料理・牛シャブ・揚げ物に煮物、 美味しい和食会席でした。勿論例に依って、地酒も堪能 しました。21 時過ぎの遅いお開きとなりましたが、な んともバブリーな露天風呂を堪能された方も多かった のでは? 2.10 月 11 日(水)晴れ 朝 6 時 10 分過ぎ、素晴らしい日の出を眺め、よき目 覚めとなりました。今日も盛りだくさんの一日、8 時出 発に合わせ朝食会場へ。和洋バイキングでしたが、レス トランの設え、料理の中味、大仰過ぎるほどの印象でし た。 バスでまずは「千畳敷」、ついで「三段壁洞窟」見物。 千畳敷は、第三紀層(今から 6430 万年前から 260 万 年前)の砂岩でできたスロープ状岩場で、もろい砂岩が 浸食され複雑な形状になっています。広さ約 4 ヘクター ル。三段壁は高さ 60mで、36mの海蝕洞窟の下までエ レベーターで下りると、熊野水軍が船を隠したと言われ る洞窟の底に出ます。熊野灘から打ち寄せる荒波が洞窟 内の岩肌にぶつかる波しぶきと音、ものすごい迫力でし た。 白浜温泉は泉質が良く、昔は新婚旅行のメッカでした が、紀勢本線特急で大阪から 2 時間半以上、今は車で 15 分程度で行ける白浜空港(羽田・白浜間、毎日 3 便 運行)を利用し、パンダ飼育で有名な「白浜アドベンチ ャーワールド」観光の関東のお客が多いとか。紀勢自動 車道と国道 42 号線を小一時間走り、本州最南端の潮岬 近くの「串本海中公園」到着。暖流黒潮の影響を受け、 亜熱帯・熱帯のカラフルな魚が泳ぎ回る水族館を抜け、 沖合 140mに水深 6、3mの海中展望台がありましたが それほどの物ではありませんでした。

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今日の昼食は、太地町「花彩の宿花游(かゆう)」の 鯨料理です。昨年の旅行の最終日、呉港近くで食べた海 軍定食が鯨カツ。独特の臭みがあり大分残した記憶から 心配しておりましたが、さすがにクジラの本場、刺身・ 鍋・鯨カツカレー美味でした。日本においては 700 年 前から行われている伝統ある「イルカ追い込み漁」をど こぞの国か団体が妨害するのはとんでもないとぶつぶ つ言いながら完食しました。いよいよ熊野三山の一つ 「熊野那智大社」参拝です。標高 330mに社殿がありま すが、大型バスは下の駐車場まで。 ② 熊野那智大社 (a)熊野本宮大社・熊野速玉大社と共に熊野三山と称 せられ、ユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」 の構成資産。熊野夫須美大神を主祭神とする。 (b)創成は不明なるも紀元前 660 年頃とも言われ、 元は那智滝を神聖化する原始信仰だった由。仁徳天皇の 317 年に社殿が創建されたと伝えられている。 (c)左右に並列する第一殿から第五殿。これらの前方 に鍵の手に立つ第六殿。各社殿の屋根はいずれも檜皮葺 き、切妻造りの緋色の社殿とマッチし荘厳。国の重要文 化財に指定。 (d)境内には、日本サッカー協会のロゴマークに指定 されている「八咫烏」の烏石もある。 本大社の男成(おとこなり)宮司は、昨年まで明治神 宮の権宮司で今井理事長とご懇意の由。是非お会いした いとの事で正式参拝いたしました。駐車場から社殿まで 467 段、歩くのは、とても無理無理。チャーターしてい たタクシーと神社差し回しの車で社殿まで参りました。 (11 年前のアイアン・クラブの旅行は石段を上りまし た。今回はご利益が減ったかもしれません。) 茶菓のご接待を受けながら宮司のお話を伺い、本殿へ 向かい正式参拝いたしました。祝詞を奏上・神楽舞を 見・お祓いを受け・お神酒もいただきました。宮司の案 内で、日頃は入れない前述の社殿を参拝しました。その 後、隣接する「青岸渡寺」に参拝。 青岸渡寺は那智大社とともに神仏習合の修験道場で 如意輪堂と呼ばれ本尊 は如意輪観音。明治時 代の神仏習合が廃され た時も破却を免れ、後 に青岸渡寺として復興 されたそうです。当初 の企画では、那智滝の 滝壺までの往復は石段 が急勾配で遠目での見 物でしたが、神社のご 厚意で平坦な別の道を ご案内いただき、滝壺 まで行け、133mの雄大な滝を下から眺め、集合写真も ばっちり撮れました。 「熊野古道」の散策です。熊野古道は熊野三山へと通 じる参詣道の総称で、道は三重・奈良・和歌山・大阪に 跨っており、古来から天皇から庶民まで、遠くは京都か ら長い時間をかけ熊野古道を通り三山に参詣した由。 我々は、ほんのさわりの大門坂散策。 大門坂は、那智山入山の入 口。途中からの石畳・石段の 下りをゆっくり 30 分程度、 バスの待つ駐車場まで歩きま した。樹齢何百年の杉木立、 古木と山から発する精気を一 杯吸い込んできました。 16 時頃、今宵のお宿「入鹿 温泉ホテル瀞流荘」に向け出発、17 時過ぎ到着しまし た。山間の周りに何もない、なんとも素朴と言うか簡素 と言うか、(当初は我々の貸切の予定でしたが、参加人

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です。私の個人的感想を述べれば、昨日の川久・明日の 志摩観光ホテルより一番我が家にいる気分になれまし た。勿論お風呂は露天風呂のある温泉・料理は、質と言 い量と言い味と言い我が家では味わえない美味しさ(熊 野鯛をはじめとする刺身・マッタケ入りすき焼き・天ぷ らに栗ごはん等の和食会席)田舎のおじちゃんのおもて なしに、おばちゃんの家庭料理寛ぎました。(私の個人 的感想です。) 昔、大阪の石原産業が銅を採掘していましたが、閉山 になり跡地を三重県が県の保養所にしたそうです。(今 は、熊野市の第三セクターが運営)鉱石を運んだトロッ コ線をトロッコ電車で 10 分、秘湯湯ノ口温泉が売りで す。何人かの方が行かれたそうでしたが大満足と言って おられました。19 時からお待ちかねの大宴会。猪熊副 委員長のご挨拶「昨日のホテル川久の感想、今日の熊野 那智大社・明日の熊野本宮大社山岳信仰のメッカ楽しい 旅です。」と乾杯のご発声。此の宿ばかりを褒めるとお 里が知れますが、食事処の広さが人数とマッチ、親近感 のある宴会になりました。明日は志摩観光ホテルでワイ ンが出るし、今日にしようと大喜多さんが、ワインを差 し入れてくださいました。飛び切りの高級ワインが宴会 料理を引きたて盛り上がりました。 3.10 月 12 日(木)晴れ 少しゆっくりの 8 時 30 分出発に合わせ和食膳を頂き、 「熊野本宮大社」に向けスタートです。9 時前到着です。 ③ 熊野本宮大社 (a)全国 3000 社以上ある熊野神社の総本山で熊野那 智大社と同じくユネスコ世界遺産に登録されている。 (b)創建については諸説あり、一説には崇神天皇 65 年(紀元前 33 年)で、主祭神は、家津美御子大神(け つみみこのおおかみ)。 (c)熊野川・音無川・岩田川の三本の川の合流点にあ る「大斎原」(おおゆのはら)と言う中州に 615 年社殿 が建てられたが、1889 年(明治 22 年)の大洪水で多 くが流出、残った上四社 3 棟が 2 年後に現在地に移転 した。 本殿まで 158 段の石段があり、大事を取って駐車場 からチャーターしたタクシーを利用された方もありま した。鳥居をくぐり本殿まで周りは鬱蒼とした杉木立、 門をくぐると檜皮葺きの社殿が姿を現します。向かって 左手に上四社第一殿が夫須美大神、第二殿が速玉大神、 中央第三殿が主祭神家津美御子大神、右の第四殿が天照 大神です。社殿の朱色が目を引く那智大社と趣が変わっ て、落ち着いた気分になりました。皆さん思い思いの気 持ちで参拝されました。変わったところでは、社務所前 に大木「タラヨウ」のご神木があります。 タラヨウは、葉書の木・手紙の木とも呼ばれ、昔、タ ラヨウの葉に爪で字を書いていたことから葉書の語源 になったとか。次なる目的地「瀞峡」に向かいました。 熊野大社から 30 分弱のところに乗船場があります。「志 古」の渡船場から熊野川・支流の北山川にある大渓谷下 瀞峡を喫水 30 ㎝・時速 40kmのウオータージェット 船で往復 2 時間弱の遊覧を楽しみました。鮎釣りの釣り 人を眺め、天気晴朗、波しぶきをたて、夫婦岩・亀岩・ とさか岩等の奇岩・景勝を楽しみ、ビール片手に美味し いお弁当に舌鼓。 下瀞と奥瀞の分岐の田上発着場で 20 分の休憩。この 辺が和歌山・三重・奈良 3 県の県境。「三国にまたがる 声やホトトギス」詠み人知らずの句です。昔は、新宮か ら 3 時間かけ熊野川をプロペラ船で上り下りしたそう です。12 時 45 分頃、山を下り海岸線を走り、また山 に入って下って伊勢湾を望み、賢島に向かいました。人 家少なく、車も少なく、山の自動車道は右も左も山山ま た山。海岸線を走れば、右は海海また海。バスガイドさ ん喋るネタなく手持無沙汰。山の神曰く「これだけ昼寝

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のできた旅行は初めてでした。」途中休憩をはさみ、15 時過ぎ「ミキモト真珠島」到着。 1893 年(明治 26 年)に御木本幸吉が世界で初めて 真珠の養殖に成功した島です。御木本幸吉記念館・真珠 博物館・海女の実演等があります。御木本翁の苦労苦心、 養殖技術の進歩、真珠美術工芸品の光り輝く美しさと工 芸技術の巧みさ素晴らしい物でした。奥様方が真珠製品 を沢山お買い求められると思い、時間を取りましたが、 大半の方がパールプラザ素通りでした。聞けば「断捨離 の年代。宝石箱の中身をどうしようかと思っていますの よ。」幹事の誤算でした。そんな訳で、夕日が海に沈む 前に「志摩観光ホテル」に到着しました。 昨日、ご自分がお世話役の小唄の会を済ませ、大阪か ら駆けつけてこられた山本さんと合流しました。 英虞湾を眼下に望む高台のホテル、雰囲気ももてなし も洗練されておりさすが一流でしたが、庶民の私の旅の 一夜としては少し堅苦しかったかな?19 時から今回の 旅の目玉の一つ、志摩観光ホテルフレンチディナーが始 まりました。今井理事長のご挨拶「昨日は熊野那智大社、 今日は熊野本宮大社、山岳信仰の聖地を訪ね、明日は伊 勢神宮に参ります。非常に有意義な旅行です。驚きまし たのは高野山です。麓の町村は今でも人家が少ない過疎 地なのに、1200 年も前に 800mの高地に空海が修験道 場を開いたことです。凄い事だと感心致しました。」と 乾杯のご発声。 メニューをご紹介します。アミユーズプーシュ・海の 幸と伊勢海苔のコンソメジュレ・伊勢海老のクリームス ープ・鮑ステーキ・牛フィレ肉ステーキ・デザート・コ ーヒー。お味も量も申し分ありませんでした。ワインも 好評でした。洗練され、手慣れたウエイター・ウエイト レス・コンパニオンがサービスするので、私がしゃしゃ り出るのは興醒め、ゆっくりと楽しみました。 デザートが出るころ、恒例のカラオケ会です。歌姫高 崎夫人今回欠席、どうなる事やらと心配していましたが 代役栗川さんやってくれました。一番バッターで森進一 「昭和流れうた」歌も見事なら振りも最高、一挙に盛り 上がりました。二番手は、森脇さんの鳥羽一郎「兄弟船」 別の引き出しの歌を考えておられたのですが、ご当地歌 手鳥羽一郎の歌を幹事無理にお願いしました。良いお声 です。三番手、後藤さんの小林アキラ「自動車ショー歌」 ゴルフ名人・歌舞伎堪能ひょっとしてカラオケもと思っ てお願いいたしました。気持ちよく流れるような歌いぶ りでした。四番手またまた出ました栗川さんご夫妻の 「銀座の恋の物語」お互いそっぽを向いてデュエット、 それでいて息ぴったり爆笑と大拍手でした。五番手は、 山本さんの「憧れのハワイ航路」粋な小唄と違う声で、 朗朗と歌っていただきました。中澤ガールズを引き連れ て六番手に中澤忠義さん「乾杯の歌」、65 年以上前の中 澤さんを彷彿させる歌いっぷりでした。全員参加、恒例 のフィナーレは三木さん指揮の童謡。今回は、「椰子の 実」「村祭り」「ふるさと」、食べて飲んで歌って童心に 帰って楽しいひと時、皆さん有り難うございました。 4.10 月 13 日(金)曇り時々晴れ 場合によっては雨で寒いとの予報が外れ、少し暑いぐ らいの天気。寒がりの私は、極暖ヒートテックインナー を着込んで大失敗。しゃれたレストランで、和定食やら 洋食バイキングやら思い思いの朝食後、8 時半ホテル出 発。「伊勢神宮外宮」参拝に向かいました。 ④ 伊勢神宮 (a)「伊勢神宮」は通称で正式名称は「神宮」すべて の神社の上に位置する神社として社格の対象外とされ た。 (b)主祭神内宮は天照大神、外宮は豊受大御神。 (c)創建は、垂仁天皇 26 年紀元前 4 年と言われてい る。

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回式年遷宮まで、およそ 1300 年行われている。 先ず、外宮を参拝いたしました。鳥居をくぐり玉砂利 を踏みしめ左側通行(内宮は右側通行。真中は、神様の 通り道との事。神様になられた方もおいででした。)で 正殿に参りました。バスで 20 分程度で内宮に参ります。 五十鈴川に掛かる宇治橋を渡り正宮に向かいました。 社殿を中心に四重の垣根がめぐらされ、その建築様式は、 「唯一神明造」と呼ばれているそうです。ヒノキの素木 (しらき)を使い、屋根は萱葺、柱は掘立。簡素で直線 的、それが反って荘厳さを生み出していると感じました。 俗世間に戻り「おかげ横丁」で見物と買い物、そして、 昼食は松坂牛のステーキ膳。「暮らしのすべてが神様の おかげ」と言う思いから、おかげ横丁と名付けたとか。 江戸時代のお蔭参りの頃の伊勢の様子を再現した町で 62 軒の土産物店・食べ物屋・紙芝居広場・おかげ座が 思い思いに店を張っていました。つきたての赤福餅をい ただき、お店を冷やかし、お土産を買って小一時間、昼 食場所に向かいました。旅行会社近ツリさん頑張りまし て、昼間から松坂牛を鉄板でジュージュー。やっぱりお 肉は赤ワインでしょうと旅行の締めの乾杯もありまし た。後は、一瀉千里。14 時 14 分宇治山田駅から近鉄 特急で名古屋駅。16 時 2 分名古屋駅から新幹線のぞみ で新横浜は 17 時 24 分、品川は 36 分、東京は 43 分到 着。(勿論グリーン車です。)フィナーレは「東京は、寒 かった!!!」 Ⅳ.終わりに 1.旅の途中に気が付き、帰って調べました。 旅の始まり「羽田空港」の緯度、北緯 35:33:12。 到着地「関西空港」の緯度、北緯 34:26:03。 紀伊の旅の終わり「宇治山田駅」の緯度、北緯 34: 29:17。ほぼ真西に向かい、真東に帰ってきた旅でし た。 旅の南端串本(緯度、北緯 33:28:51)から真北の北 緯 34:27:44 の高松塚古墳間は、直線で 110km(高 さ)。多少の入り繰りはありますが、串本を頂点とした 逆二等辺三角形の斜辺の二辺をバスで走り走行距離 628kmでした。 2.お世話になりました。 ① 近畿日本ツーリストさん: 当初 30 名以上の参加予定でしたが、体調不良等で最 終的に 24 名になりました。約定では追加料金が発生す るのですが、色々やり繰りしていただき、サービスを落 とすことなく、追加料金も無しで旅行できました。お礼 申し上げます。もう一つ、食物アレルギーの食材を別の 物に替えるのは当然でしょうが、アレルギーではないが どうしても苦手な食材迄気を配り、瀞峡のお弁当まで別 のオカズに替えていました。お主なかなかやるなと感心 しました。 ② 添乗員の岡崎恵美さん: 宝塚出身の遼河はるひ似の美人添乗員さん。(目下、 花婿募集中。)大変なツアー客(年齢とか体力が無いと かでなく)、決して粗相の無いようにと相当脅かされた のか?言い含められたのか?夜眠れないぐらい緊張し て集合場所へ、「旅行幹事役の渡辺です。お世話になり ます。それにしてもでっかいなー(165cmだそうで す。)」この一言でがっくりきた由。でも緊張溶けたので は?4 日間の旅、色々な事がありましたが見事に解決し スムーズに旅行ができました。もう一つ、夕食の後もそ の日の旅程記録・支出記録・翌日の行動チェック、朝は 誰よりも早く朝食場所へ、睡眠時間は相当少ないはずな のに、職務とは言え 4 日間の単調なバス旅で居眠りする 姿は見ませんでした。 ③ 運転手の本田さん: 急勾配の片側一車線の狭い山坂道、内外輪差を頭に入 れ巧みな安全運転でした。ずっと運転席の後ろでしたの で、対向車とすれ違う時はドキドキ物でした。(本人は

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伊勢神宮内宮拝殿前 何時もの通りと思っていたのでしょうが) 余談ですが、息子さんは新日鉄住金尼崎製造所に勤務 しておられます。 ④ バスガイドの東谷さん: なんとも癒し系の声で、「皆さんもうすぐお宿です。 もう少しだけ目を開けておいてください。」その声で皆 さん又スヤスヤ。 ⑤ 参加メンバーの中澤吉さん: 写真班でご苦労頂きました。「ともかく開いてくださ い。もっと横に広く。」そんなに広がったら私画面から はみ出ないかしら・・。立派な写真有り難うございまし た。一部しか掲載できないのが残念です。 ⑥ 参加メンバー森脇亞人さん: 幹事役の山田さんのお奥様体調不良で不参加となり、 急遽幹事お手伝いお願いしました。最後方からバックア ップ、その他細かいこと色々お手数お掛け致しました。 【会員の皆様にお願い】 旅行へのお誘いです。伝統あるアイアン・クラブ旅行 会ですが年々高齢化が進み、今年の男性参加者は全員 70 歳以上になり(女性はお若い方沢山いらっしゃいま す。)年々減少傾向です。お誘いすると、「ちょいと敷居 が高いからな」とおっしゃる方もおられます。 昔、鬼と言われた上司も、神様仏様のように穏和にな られました。今年の旅行でこんなことがありました。三 日目の志摩観光ホテル、食事・カラオケ会終了後、夜 9 時過ぎなのに暖かい日で外のラウンジがサービスで(飲 み物・つまみ無料)開放され、我々グループ 10 名以上 で二次会?になりました。我が山の神、たまたま、憧れ の今井さんの前だったので「今井さん、腕を組んでくだ さい。」とお願いしたところ、70 云才の山の神の腕を組 んでポーズを取って頂きました。わけ隔てのない気楽な 旅行です。 来年は、本当に久しぶりの沖縄旅行になりそうです。 手作りの旅行です。面白い企画考えます。沢山の方のご 参加是非お願い申し上げます。 現在、旅行同好会に登録されておられる方にご案内を 差し上げております。新入会員の方、未登録の方この機 会に事務局までご連絡ください。 (渡辺 徹・記)

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