論 文
第1章 問題の所在
我が国における国民主権の実現の方法は代表 民主制でなされると規定されている(憲法前文 第1段第1文)。すなわち,国民が選挙によっ て国会議員を選び,その国会議員が主権者であ る国民に代わって,その意思を反映するのであ る。しかし,その国会議員が汚職や失政等をし たりすると,その国会議員を選んだのは国民で あるから,国民にも責任がある,と指弾される こともある。
しかし,その選ぶ過程,すなわち政治過程の 入り口の形,すなわち選出装置が不全であるな ら,国民の責任云々ということは必ずしも該当 しない。国民は詐欺にあったようなもので,詐 欺にあった人々を責めることは道義と合致しな い。むしろ,詐欺を行った方が責められるべき であろう。
我が国の選挙制度は自由民権運動や国会開設 運動を経て,明治 23(1890)年の帝國議会の 開設に合わせて初めて整備されたが,爾来,何 度か変更がなされた。その度に弊害が生じ,さ らなる変更の要求が繰り返されてきた。もっと も,制度であろうと憲法であろうと,万人が納
得するものを作り上げるのは困難で,森羅万象 すべてのものは,完全に万人に中立に出来てい るものはない。しかし,現行憲法典が国民主権 を定め,代表民主制を定めている以上,それは 堅持せざるを得ない。
そこで,本稿では憲法の規定は,どのような 選挙制度を予定しているかを考え,現行の衆議 院小選挙区比例代表並立制は憲法の趣旨に沿っ ているか,そして,もし現在で考え得る選挙制 度の類型で不十分であるとするなら首相公選制 の役割は何かについて論じる。
第2章 選挙権の法的性格 第1節 憲法 15 条1項を中心として
政治に参加する権利すなわち参政権のうち,
その中核になるのは選挙権である。その選挙権 は憲法 15 条1項で「公務員を選定し,及びこ れを罷免することは,国民固有の権利である」
と定められている。
ここでいう「公務員」とは,長尾一紘によれ ば,「国または公共団体の公務を担当する者す べてをいう。……国会議員,国務大臣,裁判官 が公務員であることは当然のこととして,国家 公務員,地方公務員,さらには公務の委託を受
岡 田 大 助
*選挙論と首相公選論
*早稲田大学大学院社会科学研究科 博士後期課程6年(指導教員 後藤光男)
早稲田大学社会科学総合学術院 助手
けた私人も本条の『公務員』に該当する。この 規定は,国民主権の帰結として,これらすべて の『公務員』の究極的任免権が国民に属するこ とを明示したものである」[長尾 2011: 175]。
これについては,他の説も殆んど差は見られな い[長谷部 2008: 301; 芦部 2011: 252; 佐藤 2011:
381]。しかし,(すべての公務員を選挙で選ぶ ことはできないが 15 条を建前にしないように)
「せめて,国会議員などの政治権力の担い手に ついては『公務員』として,15 条が当然選挙 権を保障しているものとして考えるべきであろ う」[松井 2007: 405]というのもあるが,結局 のところ,これも究極的任免権が国民にあると いうことに繋がるので,同じことといえる。
これらの考え方によれば,特定独立行政法人 以外の独立行政法人(独立行政法人通則法 61-63 条)(1)すなわち独立行政法人のうち役員 及び職員が公務員の身分ではない組織の構成員 にも該当することになる。
そもそも選挙権の法的性格については,「権 利」とする権利説,「公務」とする公務説,そ して両者を併せ持つ二元説が対立している(2)。 判例は,昭和 30(1955)年最高裁判決[刑 集 1955: 217]では,選挙犯罪事件の文脈で,
法的性格を明らかにしていないが,「選挙権を
『公職』とみて,選挙の公正性の観点からみて 選挙権の制限を正当化している点からみて,二 元説的にとらえているといえよう」とする[澤 野 2004: 175]。しかし,本判決については,「選 挙の公正の確保」という選挙権行使の公務的制 約の見地から権利の制限を認めていることか ら,二元説に従ったものであるとする評価[高 見 2006]と,選挙権を国民主権と繋がること から「国民の最も重要な基本的権利」であると
したうえで「それだけに選挙の公正はあくまで 厳粛に保持されなければならない」としている のでむしろ権利説的構成をとっているようにみ えるとする[樋口 1998: 57]。そのうえで,岡 田信弘は,本判決の反対意見が選挙権・被選挙 権のいずれもが法律によって「時宜に応じ自由 且つ合理的に規定し得べきもの」とされている ことから二元説が導くことが可能なことについ て,憲法上の「但書」を考慮すれば,必ずしも 断定できなく,多数意見の方も性質論の識別の 決め手を一層見出しがたいことを考慮すれば,
結論を見出すことは困難であるとする[岡田 2007: 331]。
さて,日本国憲法は西欧における近代立憲主 義を継受した,立憲的意味の憲法である。その ことから,国民主権をフランスにおけるナシオ ン主権(狭義の国民主権)的にとらえれば,選 挙はナシオンの利益のために行われる利益とい うことになり「公務」が肯定されるのに対して,
プープル主権(人民主権)的にとらえれば,ル ソー流の社会契約説をその源流とするため,自 然権を政府に信託する権利としての選挙権とい うことになり「権利」が肯定される[日野田 2008: 182]。
明治 23(1890)年の大日本帝國憲法ではド イツ国法学の影響を受けて公務説ないし権限説 が強かったといえるが,選挙権を基本的人権の ひとつとして宣言している日本国憲法では,公 務的性格は否定しがたいとしても,両者を併せ 持つ二元説が通説的見解になっている[清宮 1979: 137; 宮 沢 1962: 157; 芦 部 2011: 253; 佐 藤 2011: 382]。そして,二元説は,プープル主権 論を背景とし住民投票(レファレンダム)の理 論武装となる,市民主権を提唱する説[辻村
2002; 辻村 2010: 169-170]とは緊張関係になる。
選挙権の法的性格について,いずれの説が妥 当であろうか。日本国憲法では第3章で「国民 の権利及び義務」として基本的人権を広範に規 定し,15 条1項で明確に「権利」という用語 を使用していることを考えれば,「公務」のみで,
すなわち公務説なるものを定立するのは困難で ある。「権利」という用語を使用して,まった く権利性を認めないとするのは,憲法 25 条1 項における生存権の法的性格を巡る論争におけ るプログラム規定説と同様で困難である(3)。憲 法が「権利」という用語に憲法上の特別の使用 法として定義を与えていない以上,公務説は思 い込みであろう(4)。そうすると,権利説である のか二元説であるのか,ということになる。
権利説は国民主権から選挙権を導出し憲法 15 条1項だけで選挙のすべてを包括する権利を導 く(5)。そして,権利説の立場から選挙権の法的 性格に「公務」性というのを持ち込むなら,成 年被後見人や禁錮刑以上の刑に処せられその執 行が終わるまでの者(すなわち在監者)等は「選 挙権及び被選挙権を有しない」(公職選挙法 11 条),すなわち選挙権が停止されている者の存 在と矛盾するのではないか,という批判がくる かもしれない。しかし,これについては,公務 員の通常の業務において停職という概念が存在 することを考えれば,停職の一種と考えられる。
また,仮に禁錮刑以上の者にも選挙権を与える とするなら,選挙区はどこになるのかという問 題が発生する。刑務所や拘置所等の所在地がそ の選挙区になるなら,その特殊な属性の影響を 受けた候補者に大きく有利に働くし,住民票の 所在地が選挙区になるなら,実際の選挙運動を 全く見ることなく投票することになり,選挙広
報だけで投票するという,いわばカタログ販売 のような,カタログ選挙になってしまうのであ る。
確定させるには,主権論との関連,すなわち 国民主権と国民代表との関係から考える必要が ある。代表民主制によって選出された者は当初 は,ナシオン主権の文脈から人々と代表者との 意思の類似性が求められ,政治的代表(純粋代 表)であった。しかし,各国とも第二次大戦後 の経済発展により人々の価値観の多様化によ り,プープル主権の文脈からの,人々と代表者 の意思との類似性が求められ,社会学的代表観 が加味されてきたのである。それを,フランス の第三共和制期の憲法学者A . エスマンによっ て名づけられた,半代表制という。そして,杉 原泰雄や辻村みよ子らはさらに直接民主制に踏 み込んだ「半直接制」という概念を提唱するの である[杉原 1985: 219; 杉原 1987: 147-163; 辻 村 2010: 169-170,207; 辻 村 2002: 180, 238, 260- 271, 277, 288]。
しかし,「半直接制」で仮にあろうとも,直 接制ではない以上,依然,公務性は残る。した がって,直接制を採用しない以上,「公務」と「権 利」の両方を包含した二元説が妥当だというこ とになる。ただ,二元説を採用したからといっ て,「公務」と「権利」がフィフティ&フィフティ ということではない。歴史的沿革を考えれば,
ゼロサム(zero-sum)を前提とするが,純粋 代表の時代は「公務」のみで,相当将来的展望 である直接制では「権利」のみになるが,その 過渡期間は,シーソーゲームを繰り返しつつ,
権利説に向かってはいるといえる。
したがって,二元説が妥当であり,憲法 43 条1項「両議院は,全国民を代表する選挙され
た議員でこれを組織する」の規定や選挙の原則 等を考えると全国民的見地から選挙を考える必 要はあるが,具体的に「権利」として謳ってい る以上,選挙権の基本は 15 条1項である。
二元説であるがゆえに,強制投票制(compulsory voting)も成立する余地がある。この制度は,
かつてのソ連や東欧に限らず,現在においても ベルギー,イタリア,オーストラリアなどが存 置し,棄権者の氏名公示や罰金を科している。
しかし,先述のとおり,「公務」のみから「権利」
のみに向かっており,現在が半代表制を過ぎて,
直接制に向かっていることを考えれば,二元説 でありつつも「権利」性の方が強いため,積極 的に刑事罰等を科すまでの説得力は持たない。
あくまで努力義務にとどまると考えるべきであ る。
まとめると,選挙権の法的性格は二元説にた ちつつ,半代表制さらに直接民主制に近いとい うことになる。
第2節 選挙の諸原則
憲法の規定を中心として,近代立憲主義の国 家は選挙の自由と公正を効果的な代表を実現す るために,選挙に関する基本原則を採用してき た[高見 2006: 16; 芦部 2011: 254]。原則は5つ である。すなわち,①普通選挙,②平等選挙,
③自由選挙,④秘密選挙,⑤直接選挙である。
①普通選挙とは,財産や納税額等を選挙権の 影響としない選挙のことである。対概念は,制 限選挙である。憲法 15 条3項では「…成年者 による普通選挙を保障する」と定め,同 44 条 では被選挙権にも同様の規定を置いている。
我が国での最初の選挙である明治 23(1890)
年7月1日火曜日の総選挙の選挙権の要件は,
直接国税 15 円以上納税の満 25 歳以上の男性に 限定されていたが,このように納税額の多寡で 選挙権の付与の有無を決める方法は制限選挙に なる。
普通選挙が実現したのは,大正 14(1925)年 の護憲三派の手によってである[佐藤 2011:
115]。
憲法 15 条3項の「成年」とは,満年齢 20 歳 以上のものをいう(公職選挙法9条1項)。さ らに,普通選挙の広義では財産資格のほかに,
教育,性別などを選挙権の要件としないことも いう[東 2009: 108]。その意味で考えると,男 女普通選挙権が実現したのは,昭和 20(1945)
年であるので実質上,我が国における普通選挙 の実現はその時ということになる。
②平等選挙とは,複数選挙や等級選挙を否定 し,一人一票を原則とする制度である。すなわ ち,等級選挙(6)や1人2票制度などを否定す る原則をいい,不平等選挙の対概念である。公 職選挙法 36 条では選挙の投票における「一人 一票」が定められている。
しかし,1人1票原則が確立した今日では,
投票価値の平等を要求する原理として援用され る[杉原 2008: 606]。すなわち,一票の格差の 問題などがそれに該当する。
また,③自由選挙とは,棄権しても罰金等の 制裁を受けない選挙である。ただ,選挙に公務 性があることを考えれば,これを完全に正当化 することは難しい。むしろ,選挙権の法的性格 において公務性が強いものであるとするなら,
強制投票制そして棄権による罰金が肯定され る。ただ,我が国の現在における選挙権の法的 性格は二元説が妥当であるとしても,比較の観 点では権利性より公務性は弱いため,選挙の棄
権による罰金を肯定するまではいかず,投票す ることは努力義務にとどまると解するべきであ る。
日本国憲法にはこの規定は当然ないが,現行 ドイツ連邦共和国基本法(いわゆるボン基本法)
で 1949 年5月 23 日の制定当初から 38 条1項で
「ドイツ連邦議会の議員は,普通,直接,自由,
平等及び秘密の選挙によって選挙される。…」
[高田ほか 2010: 233; 初宿ほか 2010: 176-177]
とし,他の4原則とともに明確に規定している。
ドイツが基本法に「自由選挙」を原則として挙 げているのは,ナチス時代に選挙の自由を侵害 された経験からである[加藤 2008: 198-199]。
この自由選挙には,選挙運動の自由なども含 まれ,選挙運動自由は憲法 21 条の要請と解す るのが一般的である[辻村 2008: 337; 淺野 2011:
200]。
さらに,④秘密選挙とは,誰に投票したかを 秘密にする選挙である。憲法 15 条4項は「す べて選挙における投票の秘密は,これを侵して はならない。選挙人は,その選択に関し公的に も私的にも責任を問われない」というのがそれ に該当する。
この原則により,IT 時代においても,パー ソナルコンピューターなどを介したインター ネット投票――投票所でボタンを押す電子投票 ではなく――の実現を困難にさせている。すな わち,本人確認をしようとすれば,認証の手続 きが必要になり,秘密投票を担保しようとすれ ば IP アドレス等が特定できないように回線を 一旦切断しなければならなく,その両立ができ たときに初めて可能になるからである。本人確 認をしようとすれば秘密選挙が守られず,秘密 選挙を守ろうとすれば,本人確認ができないと
いう,ジレンマが存在するのである。
最後に,⑤直接選挙とは,選挙人が公務員を 直接に選挙する制度である。対概念は,間接選 挙である。我が国では,首相は国会議員を介し た間接選挙で選ばれるが,大統領制の国家では 大統領を直接選挙で選ぶことが多い(7)。
我が国では憲法上,地方選挙については直接 選挙を明示した規定(93 条2項)があるのに,
国会議員については明確な規定を欠いている
[辻村 2008: 338; 杉原 2008: 606]。そして,憲法 43 条1項の「選挙」は間接選挙を含むと解さ れるが,複選制(8)は,国民意思との関係が間 接的に過ぎるので,「選挙」に含まれない[芦 部 2011: 257]。また主権者の選好と当選結果に 乖離が生じやすく,そのような選挙制度は憲法 のとる主権原理・代表制原理から正当化しがた いこと等から,通説は国政選挙においても直接 選挙が求められると解している[杉原 2008:
606]。ただ,参議院に間接選挙制を導入する可 能性を解釈によって閉ざすべきではないという 考え方もある[淺野 2011: 200]
このうち,芦部信喜は選挙権の要件という観 点から①および②が重要である[芦部 2011:
254]とするが,実際をみてみると,現在の我 が国において①および③~⑤は問題とはなって いない。②平等選挙のみが問題となっているの である。
第3章 選挙制度 第1節 選挙制度の類型
選挙制度は,大きく比例代表制と選挙区制に わけられる。比例代表制は主に欧州の大陸系の 国家が採用する制度であり,選挙区制は主に英 米系の国家が採用する制度である。
比例代表制(proportional represention)とは,
各党派の得票数に応じて議席を配分する方法で ある。その計算方法は多様で比例の度合いが低 い順に①「最大残余」方式,②ドント式(最高 水準方式),③サン・ラゲ(サン・ラグ)方式等 と多様で,結果に違いが生じる可能性がある(9)。 また,ある一定の割合の得票がないと議席を配 分 し な い と い う 規 定, い わ ゆ る 阻 止 条 項
(Sperrklausel)を設けている国家もある。たと えば,オランダ 0.67%,イスラエル 1.5%,アル ゼンチン3%,スペイン4%,ドイツ5%と低い が,トルコ 10%(1983 年から 1991 年まで),ギ リシャ 15%(常に)と高いものもある[サルトー リ 2000: 11]。
選挙区制(constituency system)とは,全国 をいくつかの選挙区に分割し,それぞれの選挙 区に予め当選人数を配分しておき,その選挙区 の有権者の得票によって当選者を決定しようと いう制度である。
選挙区制は,さらに大きく,大選挙区制と小 選挙区にわけられる。大選挙区制とは各選挙区 の当選者が複数いる制度であるのに対して,小 選挙区制とは当選者が単数の制度である。「小 選挙区」とは面積が「小さな選挙区」ではない。
それは,アメリカ下院議員選挙は1人1区制の 下で選ばれ 435 区あるが,そのうちの7選挙区 は全州一区であることに例証される[内田 2006: 50]。そして,我が国においては 1928(昭 和3)年以来 1993(平成5)年まで実施され ていた定数が3~5名であった制度は,中選挙 区制と呼称されているが,これは大選挙区制の 亜種である。
ただ,これらについては,多数代表法と少数 代表法という軸との関連で考えるべきであると
の意見も強い。すなわち,多数代表法,少数代 表法,比例代表法ということになる。多数代表 法とは,選挙区の有権者の多数派に議席を独占 させる方法であり,少数代表法とは,選挙区の 少数派にも議席の可能性を与えようとする方法 であり,比例代表法とは,多数派と少数派の得 票数に比例して議席を与えようとする方法であ る(10)[ 高 見 2006: 36-37; 高 見 2008: 93; 辻 村 2008: 375; 加藤 2008: 209-210; 芦部 2011: 295; 佐 藤 2011: 409-410]。大選挙区でも,完全連記制(11)
と結びついた場合には,多数代表法となる[芦 部 2011: 295; 佐藤 2011: 410]。
また,理念レベルの問題として,国民の間に 存在する多様性をできるだけ忠実に国会の構成 に反映させるという多様性反映モデルと,国民 が選挙を通じて明確な多数派を形成し国会に選 出された多数派正統が自動的に内閣を構成する という多数派形成モデルがある[高橋 2010:
306-307]。前者は選挙制度としては比例代表制 ないし大選挙区制に,代表法としては比例代表 法ないし少数代表法に連動する。後者は,選挙 制度としては小選挙区制に,代表法としては多 数代表法に連動する。そして,高橋は後者を理 想のものとして挙げて国民内閣制論を定立する のである。
政治運営の円滑性ということを考えれば,多 数派形成モデルそして単純小選挙区制がよい が,少数者の意見が全く国会に伝えることがで きなくなるということでは憲法 15 条1項でい うところの「権利」性に反する。両方の要素を 包含する必要がある。実際の選挙制度で考える 必要がある。
小選挙区制は死票が多い反面,大政党の得票 数が過大に議席に表れる(三乗比の法則)。比
例代表制はどの計算方式を採用するかという問 題と多党化するという問題,そして単独過半数 を持つ党派が出ない可能性が生じる反面,死票 は少ない。大選挙区制は完全連記制を採用すれ ば小選挙区制に近いものになり,制限連記制と 単記制であるなら比例代表制に近いものにな る。
各選挙制には,それぞれメリットとデメリッ トがあるが,我が国の選挙制度における歴史は 試行錯誤を繰り返してきた。次節では我が国に おける選挙制度の変遷についてみていく。
第2節 選挙制度の変遷
大日本帝國憲法下において帝國議会は,貴族 議院と衆議院から成り,前者は勅撰,後者は衆 議院議員選挙法による民選であった。日本国憲 法下において国会は,参議院と衆議院から成り,
1950 年までは前者は参議院議員選挙法,後者 は衆議院議員選挙法による民選であり,1950 年 以降はともに公職選挙法による民選である。し たがって,我が国における国政の選挙制度を扱 うなら,参議院通常選挙と衆議院総選挙の双方 を扱わなければならない。
しかし,現行型議院内閣制を採用する限り,
参議院の役割のひとつは民意の反映であるとし ても,憲法 59 条2項の法律案の再議決や同 67 条2項の首相の指名における衆議院の優越など を考慮すれば,政権交代・政権運営への影響力 は間接的なレベルにとどまる。ゆえに,本稿で は衆議院の選挙制度に絞って進める。
我 が 国 に お け る 第 1 回 総 選 挙(general election)は明治 23(1890)年7月1日火曜日 の小選挙区制による。そして,明治 35(1902)
年8月 10 日日曜日の第2回総選挙から大正6
(1917)年4月 20 日金曜日の第 13 回総選挙ま では大選挙区単記制であった(明治 33(1900)
年の山県有朋内閣による導入)。その後,大正 9(1920)年5月 10 日月曜日の第 14 回総選挙 まで小選挙区制が採用されているものの,それ 以外はほぼ中選挙区制であったのである[加藤 2008: 211-212; 佐藤 2011: 409]。そして,昭和 21(1946)年4月 10 日水曜日の総選挙(大選 挙区制で実施)以外の,大正 14 年(1925)か ら平成5(1993)年までの総選挙区制は中選挙 区制で実施されていたのである[辻村 2008:
373]。
中選挙区制は大正 14(1925)年の護憲派内 閣の妥協から生まれたもので,積極的な論拠は なかった[毛利 2008: 188; 加藤 2008: 207]が,
継続されたのである。戦前においては,吉野作 造は小選挙区制を唱え[吉野 1919],美濃部達 吉は比例代表制を唱えた[美濃部 1930]よう に理念を踏まえた議論はなされていたのである が,現実には大選挙区単記制そして中選挙区制 と,理念不明確な制度が続けられたのである[加 藤 2008: 211-212](12)。中選挙区制が維持され た理由について毛利透は,「1955 年の保守合同 まではこの制度が政党配置に適合的であったこ と,自由民主党成立後も,選挙が候補者中心に 行われるという中選挙区に適合的な慣行が,党 の利益に必ずしも反しなかったこと,そして野 党にも総定員の3分の1という憲法上重要な ハードルをこえる議席を与えつづけてきたこと などが,その理由として考えられよう」とする
[毛利 2008: 188]。
平成8(1996)年 10 月 20 日日曜日の実施以 来小選挙区比例代表並立制が維持されている。
それ以前の,1つの選挙区から3人から5人を
選出する,いわゆる中選挙区制の弊害を改める べく,1人区とする小選挙区制と,得票数に応 じて議席を割り振るという比例代表制の2つを 並立させるということになっている。
ただ,この制度はドイツで採用されている小 選挙区比例代表併用制ではない。ドイツのそれ は比例代表制が中心であるのに対して,我が国 のそれは,小選挙区制が中心である。小林武は,
(商小選挙区比例代表並立制の制度の)「本質は 小選挙区制にあって,修正型の小選挙区制とい うべきものである。そのことは小選挙区部分が 総定員 500 のうち 300 を占めているという数的 比重それ自体だけでなく……結局は小選挙区の 特質が選挙制度全体を支配するという制度効果 からも導かれる」[小林 1996: 2]とする。
選挙費用の削減や派閥解消ないし政策本位・
政党本位の選挙の実現の必要などから導入が主 張された(但し,小選挙区制導入の基盤の欠如 や弊害を指摘する声も強く存在した)[佐藤 2011: 411]。また,積極的な理由としては,小 選挙区制と比例代表制の両方の制度の長所を生 かすことに存在意義があると説明された[辻村 2008: 378]。小選挙区比例代表並立制の導入は 平成5(1993)年の非自民の細川連立政権の下 での導入であるが,平成2(1990)年の第8次 選挙制度審議会答申では既に,①政策本位・政 党本位の選挙の実施,②政権交代の可能性の確 保,③政権の安定性の確保,④議院内閣制にお ける内閣形成は選挙結果によって国民が直接的 に関与すること,⑤多様な民意が国政に適正に 反映されること等,その萌芽は存在したのであ る[小沢ほか 1992: 126-127]。
現在採用されている小選挙区比例代表並立制 の合憲性,すなわち憲法の趣旨に合致している
のかということを検討する必要がある。
第3節 小選挙区比例代表並立制の合憲性 判例での主役になっているのは一票の格差で ある(13)。衆議院総選挙においては,平成8(1996)
年 10 月の総選挙と平成 17(2005)年9月の総 選挙では,それぞれ1対 2.137,1対 2.171 が反 対意見を付されつつも合憲判断が下されてい る。しかし,これは参議院通常選挙やかつての 中選挙区制の時代にも問題になっていたので,
本稿ではとくに「小選挙区比例代表並立制」に ついて判例で扱われている問題に論点を絞る。
過去の小選挙区比例代表並立制における憲法 裁判の論点を再構成すると,現行モデル固有の 問題,比例代表制固有の問題,小選挙区制固有 の問題に収斂する。
現行モデル固有の問題は,小選挙区制や比例 代表制から生じる問題ではなく,そしてそれら を連携させているために生じる問題でもなく,
現行の「小選挙区比例代表並立制」モデル(以 下,「現行モデル」とする)における問題である。
すなわち,具体的には重複立候補,票の流用,
小選挙区制における届出政党の選挙運動の流用 の問題である。
現行モデルは,小選挙区と比例代表の重複立 候補が可能で,比例代表には名簿の順位が存在 するが,小選挙区で法定得票率に達せず供託金(14)
を没収される者すら名簿の順位が高ければ当選 し,さらに名簿において同一順位であるなら,
各小選挙区において当選した候補者に対してど の程度の得票があったかという,いわゆる惜敗 率によって,その中で当選順を決めるのである。
前者においては,民意によって「個人」の当 選が否定されたものを「政党」の得票によって
当選させてしまう,という矛盾がある。後者に おいては,「個人」の得票を「政党」の得票に おける順番の試金石に変換しようというもので あり,いわば,票の流用である(15)。憲法 15 条 1項が公務員の選定し罷免することは国民の固 有の権利であることを明示していることを考慮 すれば,現行モデルは権利性の立場から有権者 個々が権利をもっていると考えられ,権利者の 意思とは無関係に当選者が決まってしまうこと は憲法違反といえるであろう。
また,小選挙区選挙において候補者届出政党 にのみ政見放送を認め,候補者はすることがで きない,とされた。「だれでも候補者届出政党 の要件を備えることができるわけではない」[石 田 1999: 20]。憲法 14 条で平等原則を謳い,ま た選挙の基本原則にある平等選挙に反する。
比例代表制固有の問題としては,選挙におけ る投票が個人名ではなく政党になされているこ とである。比例代表制は「名簿の順位づけに腐 敗的要因が入り込むと,小選挙区制よりもはる かに大きな危険を有する制度に堕してしまう」
[石田 1999: 20]。憲法 15 条1項は公務員を国 民が選び罷免させることができると規定してい る以上,選挙における投票は「個人」が対象で
「政党」が対象でない――憲法に「政党」条項 はなくてもその意義は大きいとしても――と考 えるべきである。拘束式名簿式であろうとも,
有権者が意図しない者が当選してしまう可能性 が生じる以上,肯定するのは困難である。
そもそも本稿第2章第1節より選挙権の法的 性格が公務と権利の二元説が妥当である以上,
比例代表制は憲法違反である。公務性を考えれ ば投票が義務であるため投票しなければならな いのに比例代表制は無所属候補への投票という
選択肢を消滅させる点で政党とくに既成政党の いわば既得権の制度である。政党を支持する者 のみに利益があるので,憲法 15 条3項が保障 している普通選挙に反する。
最後に,小選挙区制固有の問題としての選挙 全体の論点が不明確なりやすい点である。小選 挙区制導入による国民内閣制論の議論は,総選 挙におけるプログラムの選択を事実上の首相選 択に結びつけること目的としているが,――高 橋和之は国民内閣制論の文脈で「国政の基本と なるべき政策体系と遂行責任者たる首相を,国 民が議員の選挙を通じて事実上直接的に選択す る」[高橋 1994: 31]としているが――そもそ も小選挙区制であるならば,とくに地方は地縁 的要素が強く,人物は人物でも「首相」ではな く,小選挙区選挙における候補者に投票がなび くのではないだろうか。だとするなら,「プロ グラム―首相選択」と「小選挙区選挙の人物選 択」が混在し,「民意」なるものが存在したと しても,国政に対する民意であるのか,当該選 挙区に対する民意であるのか,不明瞭になって しまうであろう。小選挙区制は二大政党制を導 くもので政権交代が可能である――少なくとも 他の選挙制度より――と言われたが,全体を比 例代表で選出していれば政権交代が可能であっ たのに小選挙区制がそれを阻害したと思われる 事例も存在する[小林 1996: 4]。
憲法 15 条1項及び 43 条1項は,前者がプー プル主権論的規定,後者がナシオン主権論的規 定と背反するものであるが,このように個々の 投票が不明瞭でありながら混在しているものを 想定しているものではない。したがって,憲法 15 条1項及び 43 条1項違反となる。
では,選挙制度として,どのような形態が最
も適ったものであるのか。
第4節 小括
憲法 15 条1項の趣旨を考えれば,個人への 投票という論点が明確で,かつ少数者の意見も 国会に伝えることができる,中選挙区制で単記 制が妥当である(16)。
「中選挙区制」という用語は日本独特の用語 であることを考えれば,選挙区制の峻別として は不適切であるということも成り立たなくはな い。一応,その用語に拘ると,2人区も認めれ ば大選挙区制,2人区を認めなければ中選挙区 制にもなるということがいえるが,2人区は1 人区に特徴が近いので,3人区以上にするべき である。そういった意味で,中選挙区制にする べきである。
中選挙区制を採用すると,平成6(1994)年 以前のように同士討ちによって派閥が増殖する かのような見解もあるが,現行モデルにおいて もそういった現象がありそこにおいては公認争 いで敗れた方が離党し,結局のところ,小選挙 区制のメリット(?)である,安定した二大政 党になりやすいということに抗い,多党化する という要因になっているのである。結局のとこ ろ,争いが党の内なのか外なのかという違いに 過ぎない。また,小選挙区はお金の掛からない 選挙になるという見解もあるが,何の根拠もな い。
しかし,衆議院総選挙で憲法原理に最も適っ た中選挙区制を採用したとしても,それでもな お不十分な点が残る可能性はないのであろう か。
第4章 首相公選制
選挙制度の運用によって,「民意の反映」は できても「民意の統合」はできない。
首相公選制を考える懇談会の報告書では,首 相公選制の 2000 年前後の盛り上がりの背景の 文脈で,派閥の論理により国民の意思と乖離し たところで首相が選ばれてきたことを挙げてい る[大石ほか 2002: 157]。
議会について,小林昭三によれば,国会は「民 意の吸収」はできるが,「民意の統合」はでき ない[小林 2001: 76-77]。そこで,解決方法が 必要になる。すなわち,古典的議会制にあって は,討論の場であると同時に国民統合の場で あった。国民統合は意識をしなくても討論をと おして自然に可能であった。そのようなものは 議会外の民衆の支えがなければいかないのであ るが,古典的議会制末期においては,それが崩 れ,補うために選挙権の拡大という方法をとっ た。そこにおいては民衆の満足が生まれたがそ れは応急のものでしかなかった。19 世紀にお いて公的な領域の拡大が起きているのに,議会 における討論に対する過大な期待があった。と ころが議会はそれに対応できていない。それを 解決するには,ひとつは討論の対象にしうる主 題を制限する方法,いまひとつは討論の意味(あ るいは,討論に対する期待)を変える方法があ るが,前者のように制限するのは難しいので,
後者を変えるしかない[小林 2001: 93-103]。
その意味を変えることについて,先述の「討論 の場」(民意の多様性に配慮すること)と「国 民の統合の場」(民意の統合に配慮すること)
のうち後者を議会の役割から外すことを提案す る。それが首相公選論である[小林 2001: 103- 119]。池田実も同様のことに言及している[池
田 2002: 45-47]。
高橋和之は「多数派形成モデル」と「多様性 反映モデル」の峻別[高橋 2010: 306-308]をし,
その前に国民内閣制論の中でモーリス・デュ ヴェルジェの「意思の代表」と「意見の代表」
の峻別を引用している[高橋 1994: 222]。これ について曽我部真裕は高橋が国民内閣制論すな わち「政治プログラムとその担い手」を直接選 択することを主張することは,デュヴェルジェ のいう前者を指しているのは明らかであるとす る[曽我部 2007: 8]。これらは「民意の反映」
と「民意の統合」の峻別に対応する。
只野雅人は必要なのは「民意の統合」ではな く「民意の正確な反映」であるとする[只野 2003: 87]。また,加藤一彦は現在の意識的に作 られた二大政党制を有する現代の統治システム について「日本社会が言語的・宗教的・地域的 にも極めて同質社会であるにもかかわらず,多 極共存型・協調型デモクラシーに調和的な政治 文化があり,その文化破壊が現在行われたとみ た方が自然のような気がする」とする[加藤 2007: 108]。高見勝利は多極共存型デモクラ シー,合意形成型デモクラシーの立場から国民 内閣制論に対しては慎重である[高見 1996: 58- 60]。
さらに,森英樹は「多様な民意の反映」か「政 権選択」かという峻別論を提示し,政策協定に よる合意を建前とする連立予定であれば一括で きても,対峙する「野党」には一括できる現実 的基盤が存在しないケースも少なくない。「野 党時代の自由党を,同じ野党であることから共 産党と一括して,政権選択・民意集約の一方の 軸において選挙制度や内閣制度のありかたを論 じるのは,非現実的であることが明らかである」
[森 2002: 29-30]として,民意の統合――森の 言葉でいえば政権選択――に慎重な姿勢を見せ る。
考えてみると,現行型議院内閣制の首相は政 治的代表(純粋代表)になりがちである。特に 例を挙げれば森喜朗首相,麻生太郎首相,菅直 人首相などは明らかに純粋代表であった。
代表民主制(主に国会議員)において政治的 代表観に社会学的代表観を加味して半代表制と して理解するべきで,さらに社会学的代表観の 度合いを強くするべきだという風潮であること を考えると,首相においてもそれを考慮する必 要がある。そうだとすると,全国民(政治的代 表)的見地から,かつ全国区(社会学的代表)
的見地からの,首相と人々との意思の一致がで きる,首相公選制が必要になるのである。
すなわち,必要であるのは,立法権までの民 主主義ではなく,行政権までの民主主義[辻村 ほか 2001: 47; 本 2001: 90-92]であり,それを 政治制度として保障する必要があるのである。
首相公選制の実現にはいくつかの必要条件が ある。憲法改正を必要とするが,コントロール の必要性があるため議院内閣制の枠組みを維持 したままでの必要最小限での改正が必要にな る。さらに,かつて中曽根康弘が「首相公選論 の提唱」において,現在(昭和 37(1962)年 時点)から実現するまでに最低 10 年は必要で あるから,その間に「国民の認識は相当進み,
心構えと期待は加速度的に上昇していくであろ う」とした[中曽根 1962: 28]。形式的に正当 化になるプレビシットは避けなければならな い。そうであるから,篠原一[篠原 2004; 篠原 2007]が主張するように討議デモクラシーが,
ここにおいてこそ必要になるである。
行政国家化に対応するため,「民意の統合」は,
合議制である内閣の構造を変革し独任制である 首相を行政権の最高責任機関にする必要があ り,そのために首相に民主的正当性を付与する 必要があるという「内閣機能の強化」[岡田 2010: 251-266],そして首相の権限が旧憲法と の比較でいえば強く,それを制限しているスペ シャリストである官僚を統制するには官僚制の トップ数百人を首相が任命する必要があり首相 に民主的正当性を付与する必要があるという
「リーダーシップ」[岡田 2011: 127-141],とと もに首相公選制のための論拠となるのである。
すなわち,首相公選制の導入が必要というこ とになるのである。
第5章 結語
本稿で言いたいことは,選挙権の意義を追究 し最も憲法の趣旨に合致した選挙制度を探し当 てたとしても,現代においては議会が「民意の 統合」を成しうるのは不可能で,それを解決す るには首相公選制の導入しかない,ということ である。
首相公選論について機会を得て報告し,批判 され,それに対して反論を試みると,大概,憲 法の改正箇所の提示にとどまらず,立法論を提 示せよ,という流れになる。そろそろ立法論を 扱わなければならない。
〔投稿受理日 2011.11.19 /掲載決定日 2011.12.8〕
注
⑴ 平成 23 年 11 月 1 日現在,国立公文書館,統計 センター,造幣局,国立印刷局,国立病院機構,
農林水産消費安全技術センター,製品評価技術基 盤機構,そして駐留軍等労働者労務管理機構の 8 法人が特定独立行政法人で「その業務の停滞が国
民生活及び社会経済安定に直接かつ著しい支障を 及ぼすと認められるものその他当該独立行政法人 の目的,業務の性質等を総合的に勘案して…」(独 立行政法人通則法 51 条),役員及び職員は国家公 務員とされている[総務省 2011]。
⑵ 林田和博は,権利説,公務説,権限説そして二 元説の 4 類型にわけ,二元説を妥当であるとする
[林田 1958]。しかし,権限は公務に含まれると 考えられるため,本稿では権利説,公務説,二元 説の 3 類型にわけている。
⑶ 生存権の端緒はワイマール憲法 151 条 1 項であ るが,それはプログラム規定だといわれる。そこ においては,実際に“Recht”(権利)という用 語が使用されていない。たとえば,和訳でも「経 済生活の秩序は,すべての人に,人たるに値する 生存を保障することを目指す正義の諸原則に適合 するものでなければならない。各人の経済的自由 は,この限界内においてこれを確保するものとす る」[初宿ほか 2010: 145]とされる。
⑷ 日本国憲法においても公務説に立つのは,[作 間 1965: 128]がある。
⑸ 権利説に立つのは,[星野 1968: 180]である。
⑹ 等級選挙とは,選挙人を特定の等級に分けて等 級ごとに代表者を選出する制度である[芦部 2011: 256]。
⑺ 「選挙人がまず選挙委員(electors)を選び,そ の選挙委員が公務員を選挙する間接選挙制は,ア メリカの大統領制でとられているが,選挙人に全 面的な信頼をおかない制度であるため,民主政治 の発達とともに実質的には直接選挙制に変わって きている」[芦部 2011: 257]。アメリカ大統領選 挙においては,本来は選挙人が大統領の選出を委 任され自己の判断で大統領の投票をする存在で あったが,既に州議会が選挙人を任命していた時 代から予めどの大統領候補者に投票するかを表明 してから選ばれる傾向があった。そして,大統領 選挙人が自己の判断で大統領を選ぶ余地はなくな り,憲法上の規定は有名無実化されたのである[砂 田 2004: 93-96]。有権者は,大統領の氏名に対し て,投票しているので,選挙人はただの代理に過 ぎないと考えられ,文字通りの間接選挙とは必ず しもいえない。
⑻ 「国会議員を地方議会議員によって選挙させる というように,議員を別の被選議員に選挙させる
制度」[金子ほか 2008: 1059]である。
⑼ 他にドループ方式,ハーゲンバッハビショッフ 等がある。①は 1993 年までのイタリア,基数(票 を議席で割って決定されたもの)を満たす,すべ ての政党に一議席が分配されたのち,残りのすべ ての議会は最も大きい剰余または残余を獲得して いる政党に分配される。②は最も使われる方式で,
各政党の得票数を整数で割っていき,商の大きい 順に予め決定されている定数までの議席が各政党 に配分される。③はドント式でいうところ序数が 整数ではなく奇数であり,同様に商の大きい順に 配 分 さ れ る[ 岡 沢 ほ か 1997: 202; サ ル ト ー リ 2000: 8-9; 梅村 2007: 129]。
⑽ 長谷部恭男は,比例代表制は少数代表制の一種 であるとする[長谷部 2008: 335]。得票どおりに 議席を配分するか,少数派に比例よりも多くの議 席を配分するかの違いがあり,比例代表法と少数 代表法の区別をする意義はある。
⑾ 完全連記制とは,選挙区における定数と同数を 投票するシステムである。
⑿ [吉野 1919]と[美濃部 1930]の該当する箇 所については,[加藤 1998]で説明されている。
⒀ 平成 23(2011)年 11 月 11 日に国会内で衆院 選挙制度改革の各党協議会が開かれ,民主党の樽 床伸二座長は制度の抜本改革を確約する代わり に,一票の格差是正のために,各都道府県にまず 1 議席を割り当てる「1 人別枠方式」を撤廃する 法案を今国会で成立させるように求めた[朝日新 聞 2011.11.12 朝 : 4]。しかし,同 17 日の記者会 見で民主党の輿石東幹事長は,選挙制度について,
結論がでないのに法案を出せるわけがない,と述 べ,関連法案の今国会の提出を見送る可能性を示 した[朝日新聞 2011.11.18 朝 : 4]。
⒁ 衆議院総選挙,参議院通常選挙に限らずすべて の市区町村選挙においても,真に当選を争う意思 のない候補者の乱立を防止する目的で,選挙毎に 決まった金額又はこれに相当する額面の国債証書 を供託しなければならない。たとえば,衆議院総 選挙においては 300 万円の供託の額で,有効投票 総数× 110 の得票がなければ,300 万円は没収さ れる[選挙制度研究会編 2003: 152-154]。
⒂ 参議院通常選挙における被拘束名簿式比例代表 制は,個人名と政党名のどちらでも記入すること ができるが,個人名はその個人が属する政党への
票として一元化されて政党名との合計により各政 党への議席が配分され,個人名の得票で政党内の 順位が決まるので,個人への投票が政党への投票 に流用されているという点で,こちらも票の流用 である。
⒃ 中選挙区制度の復活を目指す「衆院選挙制度の 抜本改革を目指す議員連盟」が発足し,平成 23
(2011)年 11 月 17 日に国会議員 55 人が参加し国 会内で初会合を開いた。加藤紘一元自民党幹事長 は小選挙区制の弊害として「思い切ったことは言 えない,メッセージの少ない政治家になる」と強 調した[毎日新聞 2011.11.18 朝 : 5]。
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