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第 1 章 ICC における衝突の構図

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国際刑事裁判所(ICC)検察局の訴追戦略の変容

  管轄権行使における衝突の構図・協働の構図   中 澤 祐 香

はじめに

 国際刑事裁判所(ICC)は、2002年の活動開始以降、これまでに11の事 態について捜査を行っている。ICC が事態について管轄権を行使するか否 かは、大きく検察官の判断に依存する。検察官は捜査を開始すると決定す るにあたり、犯罪が行われたと信ずるに足りる合理的な基礎が認められる

はじめに

第 1 章 ICC における衝突の構図

 第 1 節 管轄権システムにおける ICC と国家の衝突  第 2 節 補完性の原則に見られる ICC と国家の衝突 第 2 章 協働の構図の出現

 第 1 節 自己付託による活動開始  第 2 節 初期の検察局の政策 第 3 章 衝突の構図への「回帰」

 第 1 節 安保理による付託と検察官の職権による捜査の開始  第 2 節 衝突の構図に対応する訴追戦略

第 4 章 衝突の構図と協働の構図の課題  第 1 節 衝突の構図における訴追の実効性  第 2 節 協働の構図における訴追の実効性 結 論

(2)

か、17条に規定する受理許容性があるか、裁判の利益に資すると信ずるに足 りる実質的な理由があるか等、を検討する。また、17条に規定する受理許容 性の基準には、管轄権を有する国の真正な捜査・訴追を行う意思または能力 の有無と並んで、事件の重大性の判断が含まれる。こうした検察官の裁量に ついては、そもそも特定の事態を選択するべきか否か、選択が公平である か、選択の基準が明確であるかなど、様々な議論が提起されている。

 さらに、捜査が行われれば、ICC の検察官は、多数の人権侵害や人道法 違反を含む一連の事態の中から個別の事件を特定し、責任を有すると考えら れる者を訴追する。この点においても検察官の裁量は大きく、特に訴追対象 者については、「最も責任のある者(those who bear the greatest responsi- bility)」の訴追に集中する( 1 )、いわゆるBig Fish戦略をとるなど、積極的に選 択を行っている。このような方針は、ICC の限定された人的資源が対応でき る範囲内に訴追する被疑者の数を抑える意味を持つとされている( 2 )

 検察官の裁量が大きく、事態や事件が選択されることに対しては、批判的 な議論がある。「不処罰の不許容」を徹底する立場からは、各国内司法制度 に期待されるのと同様に、すべての ICC の管轄犯罪について、すべての者 の訴追・処罰を行うべきだと主張されるのである( 3 )。こうした批判に対して、

ICC の人的資源や予算の限界から、実際にはすべての者を訴追することは不 可能であり、必然的に検察官にこのような裁量が与えられているとする指摘 もある( 4 )

 しかし、たとえこのような限界がなかったとしても、ICC がすべての事件 を扱うことを国家が望むかも問題であろう。本来、国家は自国の主権に基づ き、刑事管轄権を自律的に行使することができる。どのような行為を犯罪と し、犯罪に対してどのような刑罰を科すかは国家の裁量に委ねられているこ とを考えれば、主権の壁に守られてきた者の責任を追及することを目的とす る ICC は、犯罪の捜査・訴追に関する国家の裁量権を部分的に否定する機 能を有している。通常の国際関係において、国家が主権の行使に対して介入

(3)

を受ければ、それに対する反発が予想されるが、これは国家と ICC の管轄 権行使においても同様である。こうした前提に立てば、規程17条の補完性の 原則は、国家と ICC の衝突を前提とした上で、ICC の機能を抑制するスト ッパーとして導入されていると言える。17条は、受理許容性の判断において 管轄権を有する国が真正な捜査・訴追を行う意思または能力を有するか否か を検討するとしている。これは、犯罪について管轄権を有する国家が捜査・

訴追を行わない、または捜査・訴追が行われているが当該捜査・訴追が真正 なものではない場合にのみ ICC が事件を受理するという原則であり、起草 者は ICC による管轄権行使をより制限しようと試みたと言える。

 ここで、重大な人権侵害や国際人道法の違反などの犯罪の捜査や訴追に関 して、関係国の司法制度に対して国際社会が介入を行い、実効的な捜査や公 平な裁判を実施しようとする態度を「司法介入(judicial intervention)」と 呼ぶとすれば、ICC はまさしく司法介入のシステムとして創設されたと言 うことができる。このようなシステムの性質上、ICC と国家の関係におい ては、国家の政策・態度と抵触しながら、ICC が国家に対してより介入的 に捜査・訴追を行うという「衝突の構図」が本来的に存在する。しかし他方 で、現実の ICC の活動を見る限り、関係国に対する支援や援助という観点 から、国家による管轄権行使を促進するために ICC 検察局が協力するとい う積極的補完性の概念の登場に象徴されるように、国家と ICC が相互に協 力的に活動するという「協働の構図」も存在することが明らかになってきて いる( 5 )

 このように、ICC の活動が国家と ICC の間の動態的な関係により決定さ れることに着目すれば、検察官による事態および事件の選択においても、国 家との動態的な関係が影響することが考えられる。この場合、国家と ICC の関係は事態の付託や検察官の職権による捜査の経緯に表れる。大局的に見 れば、たとえば管轄権行使のトリガーが自己付託である場合、国家は ICC の捜査に協力し、協働の構図のもとで ICC の活動が行われると考えられ

(4)

る。反対に、安保理による付託や検察官の職権による捜査であれば、国家は ICC に反発し、衝突の構図が形成されることになるだろう。

 こうした ICC の実行は、検察局の訴追戦略と大きく関係している。ICC は付託された事件について法的な判断をする裁判所の機能を果たすだけでな く、自ら捜査を行う検察局を内包していることに特徴がある。捜査を行うか 否かは検察局の裁量に委ねられており、むしろ検察局の意思決定が ICC を 動かしていると言っても過言ではない。

 そこで本稿では、ICC が管轄権を行使する本来的な構図を明らかにした上 で、実際には管轄権行使のトリガーの相違に応じて、国家と ICC の関係が 協働の構図と衝突の構図の間で揺れ動いていることを解明し、それぞれにつ いて ICC の活動がどのような影響を受けるのか分析する。その際、対象範 囲を検察局の立ち上げ時期から、訴追戦略の大きな変化を示した2009年発表 の「訴追戦略2009年-2012年(Prosecutorial Strategy 2009-2012)」までの 事態に絞る。この期間は両構図を反映した訴追戦略の変化が顕著であり、そ うした変容の合理性と限界を知るうえでは最も重要な時期であると考えられ る。

第 1 章 ICC における衝突の構図

 第 1 節 管轄権システムにおける ICC と国家の衝突

 ローマ規程13条は、ICC は締約国による事態の付託、安保理による付託、

検察官の発意による捜査によって管轄権を行使することができると規定して いる。しかしながら、こうした管轄権行使の開始(トリガー)は、国家の 受諾を前提条件としている。規程12条 1 項は、「この規程の締約国となる国 は、第 5 条に規定する犯罪についての裁判所の管轄権を受諾する」とし、締 約国は自動的に ICC の管轄権を受諾する。また、同条 3 項は、規程の非締 約であっても、宣言を行うことにより ICC の管轄権を受諾することができ るとする。

(5)

 同条 2 項は受諾が必要とされる範囲について定めており、締約国による付 託および検察官の職権による捜査の開始の場合には、犯罪の行為地国、また は被疑者の国籍国のうち 1 以上の国が締約国であるか、管轄権を受諾した非 締約であれば管轄権を行使できるとする( 6 )。このように管轄権行使の前提条件 として受諾を要件としているのは、ICC が同意原則に立脚していることの表 れである。

 しかし、ICC の管轄権システムにおいて適用されているのは、厳格な同 意原則ではない。上記の管轄権の受諾においても、受諾が必要とされるのは 犯罪の行為地国と被疑者の国籍国のうち一国であり、どちらかの国が管轄権 行使に同意しなくても管轄権行使が可能である。また、一度国家がローマ規 程の締約国となり、事態が付託・捜査が開始された後には、個別具体的な事 件について ICC の捜査・訴追に対する国家の同意や受諾は必要とされない

(single consent( 7 ))。これは個別の事件の捜査・訴追の開始を国家ではなく ICC が決めることを意味し、捜査・訴追の開始に関する国家の裁量を部分 的に否定することになる。特に安保理による付託は、国連憲章上の義務を下 敷きにしているとはいえ、非締約国に対する管轄権行使も可能とする点で、

ICC の介入的な性質を最も強く反映していると言えるだろう。

 このような管轄権システムの起草過程には、国家の意思を重視し、ICC の 管轄権行使に対する国家の同意を厳格に求めるアプローチと、国家の同意が 要求される場面を減らすことで管轄権行使を容易にし、強い ICC を志向す るアプローチの対立があった( 8 )

  1  1950年代における起草過程の議論

 常設の国際刑事裁判所の設立が検討され始めた最初期である1950年代に は、同意を厳格に求めるアプローチが支配的であった。1950年の国連総会決 議489(Ⅴ)に基づいて設置された国際刑事管轄権委員会(Committee on International Criminal Jurisdiction)は、翌1951年に報告書と国際刑事裁

(6)

判所規程草案を提出している。この規程草案では、管轄権について「管轄権 は、この規程の締約国により、条約によって、もしくは、個別の事件に関し て、特別協定または一方的宣言によって、裁判所に付与される。(26条 管 轄権の帰属)」と規定されていた( 9 )。また、管轄権行使の条件について「何人 も、その者の国籍国、および犯罪が行われたとされる国によって裁判所に管 轄権が付与されなければ、裁判所において裁かれない。(27条 管轄権の承

(10)認

)」、「国連総会による同意がなければ、いかなる管轄権も裁判所に付与さ れない。(28条 国連総会による管轄権の同意)」とされていた(11)

 このような規定は、現行の規程とは異なり、締約国が自動的に ICC の管 轄権を認めるものではないことを示している。また、被疑者の国籍国と犯行 地国が共に管轄権を付与しなければ管轄権を行使できないとする点、管轄権 の付与について国連総会による同意を要件としている点は、裁判所の管轄権 をより制限する内容となっている。こうした制限的な傾向について、委員会 は、自動的に管轄権を認めること、あるいは被疑者の国籍国の承認がない場 合にも管轄権行使を認めることによって、国家が規程の受け入れを躊躇する ことを懸念したと述べている(12)

 また、被疑者の国籍国の承認の有無が問題となるのは、国家の政治的指導 者が訴追された場合、国内的または対外的政策が審査されるという意味で、

国家自身の保護の問題と同一視されるからである(13)。28条で国連総会による同 意が要件とされたのは、規程草案が事項的管轄を規定しなかったことから、

性質上犯罪であると世界的に認識されていない行為を犯罪として裁くことを 求められないようにするため、また、このような重要な司法機関の注意に値 しないような犯罪について、管轄権が付与されないようにするためである(14)。  さらに、手続を開始できる機関ついて、規程草案29条は、(a)国連総会、

(b)国連総会によって授権された国家の機関、または、(c)当該手続きに関 係するとして、犯罪について裁判所に管轄権を付与したこの規程の締約国に よってのみ開始されるとした(15)

(7)

 ここで重要なのは、自国の国民が被疑者とされるか、自国が犯行地国とさ れる場合を除き、国家は裁判所の手続を開始できないという点である。ロー マ規程では、犯罪について管轄権を持たない締約国でも他国の事態を付託す ることができるが、ここではそうした可能性は排除されている。このような 規定からは、裁判所の管轄権については、被疑者の国籍国および犯行地国の 意思が重視され、同意ベースの制限的な管轄権システムが起草されていたこ とがわかる。このような姿勢は1953年の草案でも同様で、むしろ強化された と見られている(16)

  2  1994年の規程草案

 長い中断を経て再開された起草作業では、国際犯罪の管轄権の問題は、国 際社会全体の関心事であり、犯罪の重大性からいかなる国の同意も必要とさ れないという見解が注目されるようになった。一方で、こうした同意原則に 基づかない ICC という構想に対する反発も根強く、結果として1994年に国 連国際法委員会(ILC)が起草した規程草案には、依然として国家の意思を 重視する面も見られる。

 1994年の規程草案21条は、管轄権行使の前提条件として以下のように規定 する。

「 1 .裁判所は20条に言及されている犯罪に関して、下記の場合に人に対  する管轄権を行使できる。

(a)ジェノサイドについて、25条 1 項に従って告訴が行われた場合、

(b)その他の犯罪について、25条 2 項に従って告訴が行われ、かつ犯罪   に関する裁判所の管轄権が、22条に基づき以下によって受諾されてい   る場合。

  (ⅰ)犯罪に関する被疑者を勾留している国(「勾留国」)、

  (ⅱ)問題となる作為または不作為がその領域内で行われた国

(8)

  2 . 1 項(b)が適用される犯罪について、国際協定に基づき、他の国  から勾留国が被疑者を訴追するための引き渡しの要請を受けた場合、要  請が拒否されなければ、要請した国による当該犯罪に対する裁判所の管  轄権への受諾も必要とされる(17)。」

 また22条は、規程の締約国が、宣言によって裁判所の管轄権を受諾できる と規定した。宣言は一般適用可能な性質のものとすることもでき、また特定 の行為または特定の期間の行為に限定することもできる(18)。手続きの開始につ いては、25条で「告訴」として規定しており、ジェノサイド以外の犯罪につ いては、22条に基づいて当該犯罪に対する裁判所の管轄権を受諾している締 約国のみが告訴できるとしている(19)

 こうした規定は、管轄権行使の前提条件とされる管轄権の受諾について、

規程の締約国となることとは別に、管轄権の受諾を宣言する必要があること を意味する。したがって、裁判所の管轄権行使については、依然として国家 の意思が重視されていることを示している。ただし、1950年代の草案では、

被疑者の国籍国の受諾が要件とされていたが、1994年の草案では要件から外 された。さらには、管轄権を受諾している締約国であれば、いかなる国でも 告訴を行うことができるとしたことは、同意ベースのシステムにおける重要 な変更点である。

 また、ジェノサイドについては、ジェノサイド条約の締約国であり、かつ 規程の締約国でもある国が告訴できるとしており(20)、そのような国による告訴 があれば、裁判所が管轄権を行使できるとしている(21)。ジェノサイドについて 例外規定が置かれるのは、ジェノサイド条約によって事前の同意が得られて いると考えられるためであるが、個々の国家の意思を確認しない点で、国家 中心的アプローチは多少緩和されたと見ることもできる。さらに、23条では 憲章 7 章下の安保理決議による付託を定めており、21条の国家の受諾も25条 の告訴も必要としない(22)。安保理の付託に基づく管轄権行使を認めた点で、

(9)

1950年代における草案のシステムとは異なっていると言えるだろう。

 1950年代の草案では、国家の同意がなければ管轄権を行使できない、いわ ば国家の道具的なシステムとして裁判所は起草されていた。それが1994年の 草案では、部分的には国家の同意を必要とせず、被疑者の国籍国などの国家 の裁量権限と衝突するシステムとして構想されるようになったのである。

  3  ローマ会議

 こうしたアプローチは、その後の起草過程における議論により強く表れて いた。例えば、ドイツは、普遍的管轄権に基づき、裁判所が同意を必要とせ ずに管轄権を行使するという提案を行い、この提案が一定の支持を得てい

(23)た

。しかしながら、これには被疑者の国籍国による同意を求めたアメリカに よる強固な反対があり、対立はローマ会議にまで持ち越された(24)

 ローマ会議においては、韓国によって、締約国については自動的に管轄権 を受諾するものとするが、裁判所が管轄権を行使する際に受諾が必要な国の 範囲については、国籍国、犯行地国、または勾留国とするという妥協案が出 され、議論をリードした(25)。インフォーマルな会合や全体会議での各国の意見 も踏まえ、全体会議の事務局は、ジェノサイドについては勾留国が受諾すれ ば普遍的管轄権を認め、人道に対する犯罪と戦争犯罪については( 1 )普遍 的管轄権(勾留国の受諾)、( 2 )犯行地国による受諾、( 3 )被疑者の国籍 国による受諾、を選択肢とする草案を提出したが、妥協点は得られず、また ジェノサイドを特別扱いすることについても賛同が多かったわけでもなかっ

(26)た

。他方で、ジェノサイド、人道に対する犯罪、戦争犯罪のすべてについ て、締約国が自動的に管轄権を受諾するという提案は、多くの支持を集め

(27)た

 こうした議論の展開に鑑みるに、受諾を必要とする国の範囲については各 国の意見は対立したままだったが、裁判所の管轄権行使の前提条件につい て、締約国が個別の受諾をする必要はないという点には合意があったと言え

(10)

る。このように single consent なシステムが支持されたことには、国家と 衝突するシステムへの傾斜を見てとることができるだろう。

 一方で、管轄権行使のトリガーについては、ICC 設立に関する準備委員 会の段階で、締約国による付託と安保理による付託については、一定の合意 ができていた(28)。1994年の規程草案とは異なり、すべての締約国が事態を付託 できるようになったが、これは締約国が自動的に管轄権を受諾するという single consent なシステムが導入されたことによる変化だと言える。しかし ながら、検察官の職権による捜査の開始を認めるかどうかについては、大き な議論を呼んだ。強固に反対する国もある中、多くの国は職権による捜査を 認めたが、政治的な動機による訴追を防ぐセーフガードを求めた。しかし、

いかなるセーフガードとするかについては提案されず、最終的にはセーフガ ードについての条項は削除された(29)

 ローマ規程はその後、事務局によってパッケージ・ディールとして提案さ れ、議論されないまま採択されたため、管轄権行使の前提条件としての受諾 の範囲、また検察官の職権による捜査について起草者の妥協点がどこにあっ たかは明確ではない。しかし、ローマ規程採択までの過程からは、当初は完 全に国家の同意に基づくシステムが構想されていたものが、徐々に部分的に 同意原則を否定する流れが形成され、最終的には single consent のシステ ム、関係する国家の意思を離れて ICC の管轄権行使を可能にする安保理に よる付託、検察官の職権による捜査などが認められたことにより、国家と衝 突する可能性を内在させる管轄権システムが導入されたということができる。

 第 2 節 補完性の原則に見られる ICC と国家の衝突

 こうした管轄権システムにおいて、ICC の司法介入に対するストッパーの 役割を期待されたのが補完性の原則である。前述したように、1994年草案の 起草段階で、管轄権行使に対し、国家の同意を重視する国家中心的アプロー チが緩和されるようになったが、このことによって ICC の管轄権と国家の

(11)

刑罰権の相互関係を規律する原則が求められた。実際にローマ規程の起草過 程を見ると、補完性の原則に関する議論では、各国の関心は国内裁判と国際 裁判の管轄権の競合とその優先関係に集中したと言える(30)

  1  1994年の規程草案

 補完性について定めるローマ規程17条の原型は1994年の草案35条に見るこ とができる。草案35条は「受理許容性の問題」として、「裁判所は、被告人 の申し立てまたは関係国の要請により、裁判の開始より前のいつの時点で も、もしくは裁判所の判断により、この規程の前文に述べられた目的に照ら し、裁判所に係る事件が下記の理由で受理できないと決定することができ る。問題となる犯罪が、(a)当該犯罪に対し管轄権を有する国家によって、

適切に捜査され、かつ訴追に至らないとする当該国家の決定に明白な根拠が ある、(b)当該犯罪に対し管轄権を有する、または有するであろう国家に よって捜査されており、かつ、当該犯罪について、その時点では裁判所がさ らなる措置をとる理由がない、(c)裁判所がさらなる措置をとることを正当 化する程度の犯罪の重大性がない」と規定している(31)

 ILC の見解によれば、この規定は、特定の告訴が受理可能かどうかを判 断し、管轄権を行使するか否かを決定する権限が、ICC にあることを示し ている(32)。前文は「裁判所は、国内の裁判手続が利用可能ではない、または実 効的でない場合に、国内刑事司法制度を補完する(complementary)こと を意図していることを強調」する(33)。35条のコメンタリーによれば、前文に概 観されているような本当に望ましい場合(where it is really desirable to do so)にのみ、裁判所が事件を取り扱うことを確保するよう各国が提案したた め、より詳しい規定として35条の規定が置かれたのである(34)

 国内当局が捜査や訴追を行っている状況は、国家が主権に基づき、管轄権 を行使していることを意味する。これに対し、「本当に望ましい場合に」裁 判所が介入し、事件を取り上げることができるとするならば、それがどのよ

(12)

うな場合なのか明確な基準が必要とされるだろう。実際に、起草過程の議論 は、前文が示す「国内の裁判手続が利用できない、または実効的でない場 合」の内容が焦点になっていった。

  2  受理許容性をめぐる議論

 1995年、国際刑事裁判所設立に関するアド・ホック委員会は、「利用可能

(available)」「実効的でない(ineffective)」という文言が明確でないことを 問題視した(35)。ICC が役割を果たすことが期待されるのは、重大な犯罪を行っ たとされる被疑者が国内裁判によって適切に裁かれることが全く期待できな い場合のみであること、また、国内管轄権の行使には訴追しないという決定 も包含されていることが指摘され、草案35条の想定を逆にすることが提案さ れた。つまり、「国内裁判所による無罪または有罪の判断、または国内当局 による訴追しないという決定は、それらが根拠のないものでない限り、尊重 される」と考えられたのである(36)

 また、草案35条が「受理できないと決定することができる(may)」と規 定していることについて、受理不可能な理由が適切に示された場合にも、裁 判所が受理可能であると宣言できるような裁量は排除するべきだとの意見が 広く支持された(37)

 このように、規定の修正案の方向性については概ね各国の見解が一致した ものの、この規定そのものに対しては様々な見方があった。この規定を補完 性の表明として十分なものであると考える立場がある一方、裁判所が国内裁 判所の決定を尊重する義務は、明白に根拠のある決定にしか及ばないと解す る立場もあった(38)。さらには、正常に機能する司法制度がない場合には ICC の管轄権が強制される一方、機能する国内司法制度が盾として使用される事 態への ICC の介入については慎重な考慮を要するという意見や、規程草案 上の犯罪の遂行に対して、正当な理由なく、国内当局が対処を怠った場合、

ICC は管轄権を行使すべきであるという意見もあった(39)。ICC と国内裁判所

(13)

の管轄権の競合がどのように調整されるべきであるか、ICC が管轄権を行使 する余地をより広く規定すべきかどうかについて、見解が分かれていたので ある。

 また、次章で述べることとなる将来の自己付託を予見するかのように、規 程草案上の犯罪について、ICC のために国家が自らの管轄権を放棄する可能 性について規定すべきだとする意見があったが、補完性の原則の概念と合致 しないという意見が強く、国内裁判所の実効性を損ねてはならず、ICC はあ くまで例外的な場合にのみ訴えられる手段であるべきだとする主張が多かっ

(40)た

 こうした見解の相違はなかなか解決せず、最終的には1997年の準備委員会 における非公式会合で現行の規程とほぼ同旨の草案が作成され、1998年の準 備委員会草案15条となった(41)

 このような起草過程の議論からは、いずれの見解も補完性の原則を、ICC による管轄権の行使を制限する原則と捉えた上で、その制限の範囲が議論さ れたと見ることができる(42)。起草者は ICC と国内裁判所の管轄権の競合を規 律するルールとして補完性を規定し、その基準として国家の意思と能力を置 いたのである(43)

 国家との関係に視点を移せば、補完性の原則と受理許容性の判断に関する 規定について、国家の権利を保護し主権を尊重する側面と、ICC の管轄権 に対する制限の側面があると指摘されるように(44)、ICC は国家と衝突するシ ステムであると認識されている。さらにここで、1951年の草案では、国内的 または対外的政策が審査されるという観点から管轄権行使について被疑者の 国籍国の同意が必要とされたことを考えると、国家が捜査・訴追を行う意思 または能力があるか否かについて ICC が判断する受理許容性の審査そのも のが、国家に対して介入的であるとも考えられる。管轄権を有する国による 刑事管轄権行使の内容がローマ規程の求める基準に合致しているか否かを、

ICC が評価するという補完性の原則とそれに基づく受理許容性の審査は、国

(14)

家の主権を尊重するためのシステムとして構築されながら、他方で主権の中 身である刑罰権行使の内実を評価する権限を ICC に与えることで、国家と 衝突する構図を鮮明にしているとも考えられるのである(45)

第 2 章 協働の構図の出現

 第 1 節 自己付託による活動の開始

 前述の通り、ICC は国家と衝突する裁判所として構築された。しかし、

こうした「衝突の構図」の下で管轄権を行使することが求められた ICC は、

実際の運用においてその通りには機能しなかった。そのことは最初期に ICC が扱った事態が「自己付託」によっていることに表れていると考えられる。

  1  コンゴ民主共和国とウガンダによる自己付託

 コンゴ民主共和国(DRC)では、1997年にルワンダ、ウガンダの支援を 受けた反政府勢力が首都を制圧すると、反政府勢力の指導者ローラン・カビ ラが大統領に就任したが、1998年にはこれに対する反政府勢力が武装蜂起 し、ルワンダ、ウガンダが反政府勢力に、ジンバブエ、アンゴラなどが政府 側について国際武力紛争となった。翌年の停戦後も不安定な情勢が続いた が、2001年にはローラン・カビラが暗殺され、息子のジョゼフ・カビラが大 統領に就任すると、和平プロセスが進展した。こうした中、DRC は2002年 にローマ規程を批准している。

 一方ウガンダは、1981年にウガンダ内戦が始まり、反政府勢力の指導者で あったムセベニが政権を掌握し、大統領に就任した。しかし、1987年にコニ ーが神の抵抗軍(LRA)を結成し反政府勢力が誕生すると、政府軍との間 に紛争が続き、スーダン政府が LRA を支援したことから1994年に国際武力 紛争となり、20年以上紛争が続いていた。ウガンダもまた、2002年にローマ 規程を批准している。

 2003年 9 月、ICC の第 2 回締約国会議で、ICC 検察官モレノ・オカンポ

(15)

は DRC における事態について、職権による捜査を開始する意思があると述 べている。

「もし必要なら、私は予審裁判部に職権による捜査の開始の権限が与えら れるよう求める用意がある。もしかすると、現在の現場の状況では、証人 の保護や証拠の収集、被疑者の逮捕は国家のあるいは国際的な軍の強力な 支援がなければ非常に難しいかもしれない。もし、こうした軍が利用でき なければ、検察局は外部から捜査し、被疑者の逮捕と引渡に関して国際的 な協力に頼らなければならない。

 私たちの役割は DRC による付託もしくは積極的な支援によって容易に なる。裁判所と領域国が、合意の上で負担を分担することが実効的なアプ ローチになりうることに同意するかもしれない。紛争によって激しく分割 された集団はお互いの手による訴追に反対するだろうが、中立で公平であ ると認められている ICC による訴追には同意するかもしれない。検察局 は、犯罪に対して最も責任を有する指導者を訴追することによって、国内 当局と協力できる。国際社会の協力を得た国内当局は、他の責任を有する 個人について対処する適切なメカニズムを実行することができる(46)。」

 モレノ・オカンポはこのように述べ、職権による捜査を示唆すると同時 に、DRC による付託の可能性を歓迎するという趣旨の発言をしたのであ

(47)る

。発言の中にある通り、捜査や被疑者の逮捕には領域国の協力があるこ とが望ましいことから、管轄権を有する締約国自らが事態を ICC に付託す る、自己付託を促したものと考えられる。

 その後、まずはウガンダが2003年12月に自己付託を行い(48)、次いで2004年 3 月、DRC 政府が DRC 全域の事態について付託を行っている(49)。ウガンダは、

付託を内密に行い、「LRA に関する事態について」付託するとしていた。し かし、検察局はウガンダ当局に対し、ローマ規程に従った付託範囲として解

(16)

釈すると伝え、ウガンダ北部においてすべての者によって行われた犯罪を検 討する旨を表明している(50)

 他方、DRC は付託の際に、「権限のある当局は、残念ながら、国際刑事裁 判所の関与なしに上記の犯罪を捜査し、またはそれらに対して必要な行動を 取ることができない」と述べたが(51)、これが捜査する能力がないことを意味す るのか、それとも意思がないことを示すのかは明確ではない。

 検察局は、2004年 6 月23日に DRC の事態について捜査を開始すると発表 したが、捜査の開始の決定は管轄権と受理許容性の要件について検討した後 に行われたと述べただけで(52)、受理許容性の具体的な判断内容については明ら かにしなかった。また、同年 7 月29日、ウガンダについても捜査の開始が発 表されたが、DRC の場合と同様に受理許容性については詳細な説明がない まであった(53)

  2  中央アフリカによる付託

 中央アフリカでは1993年の選挙によってパタセが大統領に就任したが、パ タセ政権は経済危機と汚職によって支持を失い、1990年代後半には軍の反乱 が頻発した。2003年 3 月、ボジゼ元国軍参謀長が反政府勢力を率いてパタセ 政権を倒し、2004年に新憲法を制定、翌2005年に大統領に就任した。この 間、クーデターに対抗するため、パタセはリビアや DRC の反政府勢力であ るコンゴ解放運動(MLC)などの支援を受けていた。一方、ボジゼはクー デターに際してチャドの支援を受けていたとされる。

 2004年12月18日付の書簡で、中央アフリカ政府は、自国の事態を ICC 検 察官に付託する旨を通知した。付託は同月21日付で行われている。中央アフ リカ政府は、「2002年 7 月 1 日以後に中央アフリカのすべての領域内で行わ れた人道に対する犯罪および裁判所の管轄である戦争犯罪を付託する」と述 べているが(54)、捜査する意思や能力については言及していない。

 自己付託に先行して、中央アフリカ国内では2003年から、パタセや MLC

(17)

の指導者であったベンバらについて汚職や強姦、殺人などの罪で捜査が行わ れていた(55)。しかし、2004年に捜査判事がベンバについて証拠不十分で公訴棄 却の判断を下すと、検事総長が上訴する事態となった。ボジゼ政権による自 己付託の試みは、こうした中で進められたものである。同年12月16日、中央 アフリカの上訴裁判部は検事総長の訴えを一部認めた上で、2002年の事件に 関する血の犯罪(crimes de sang)はローマ規程 8 条の戦争犯罪を構成する とし、検察に ICC に付託する権限のある当局に事態を送るよう指示した(56)。 同月20日には司法長官が ICC のみがパタセらを裁くことができると主張し て破毀院に上訴したが、付託は破毀院の判断を待たずに行われている(57)。破毀 院が上訴裁判部を支持する判断を示したのは2006年 4 月になってからであ る。破毀院は、中央アフリカの司法制度は明らかにパタセ、ベンバらについ て捜査・訴追する能力を欠いており、ICC が最も重大な犯罪の被疑者を裁く 場であると述べた(58)

 2007年 5 月になって、検察局はようやく中央アフリカの事態について捜査 を開始すると決定した。検察局が公表した中央アフリカの背景に関する文書 では、受理許容性に関して「検察局が捜査対象とする犯罪に関して、中央ア フリカにおいて、捜査や予備的審問を含む国内手続が行われている」と述べ る一方で、それらの手続について検察局が評価した結果、「関係するすべて の事実と状況を考慮し、検察官は検察局の捜査によって浮かび上がった事件 が受理可能であると結論付けた」と述べている(59)。検察官は、中央アフリカの 破毀院が、申し立てられた犯罪について、国内当局が必要な刑事手続を実行 する能力を欠いているとの見方を示していることに触れ(60)、国内当局の捜査・

訴追能力の欠如を理由に受理許容性を認めたのである。2008年 5 月、ベンバ に対して逮捕状が発付されると、亡命先のベルギー当局によって逮捕、ICC に引き渡された。

 第 2 節 初期の検察局の戦略

(18)

 前節で述べたように、ICC は本来想定されていなかった自己付託という 形で活動を開始した。こうした経緯に関して、ICC の活動初期の検察局が、

管轄権行使と補完性の原則についてどのように考えていたのか、検察局の文 書を中心に検討する。

  1  2003年の「検察局における政策問題に関する文書」

 ICC 検察局は、2003年 9 月に「検察局における政策問題に関する文書

(Paper on Some Policy Issues before the Office of the Prosecutor)」を公 表し、補完性の原則、訴追対象者、Impunity Gap などの問題について見解 を示している。検察局は、「ICC は国内裁判所を補完するものである。した がって、国内裁判所と ICC の間に管轄権の競合がある場合、前者が優先す る」と述べている。これは、国家が刑事管轄権を行使する第一義的な責任を 有するという認識によるものだとし、したがって「捜査または訴追するか否 かを決定する際、検察官は、裁判所の管轄に入る特定の犯罪について国内的 制度による管轄権の行使があるか、またはあり得るか否かを最初に評価しな ければならない」とする(61)

 このような見解から、検察局は「一般的な規則として、検察局の活動の初 期段階における政策は、国家の行動の明白な懈怠がある場合にのみ行動する というものになるだろう」として(62)、管轄権行使について抑制的な立場をとっ ている。そして検察局は、こうした国家管轄権の優先性の例外を規定するの が17条であると述べる。17条が規定する受理許容性に関して、検察局は「国 家の決定がなされており、かつ手続が関係者を刑事責任からかばう目的で行 われている、または行われた場合、国家は「意思を欠いている(unwilling)」

とし、例として、正当化できない裁判の遅延、手続が開始されないなどの場 合を挙げている。また、能力の欠如に関して、17条 3 項は、「中央政府の不 在、紛争や危機による混沌状態、または裁判所の管轄下にある犯罪につい て、捜査および訴追する義務を国家が放棄することを防ぐための国内制度が

(19)

崩壊するに至るような治安の乱れを考慮するために挿入された」とする(63)。  このような17条の解釈は、ICC の管轄権行使を狭く考えるもので、起草過 程に表れていた厳格な補完性の解釈と合致していると言えるだろう。その一 方で、国家が何も行動しない(inaction)場合については、以下のように述 べて「意思の欠如」か「能力の欠如」かという問題について明確にする必要 はないとの見解を示した。

「いずれの国家も捜査を開始しない場合、裁判所における事件の受理許容 性については何の障害もない。国家による不作為(inaction)が適切な方 向性となる場合もあるだろう。例として、裁判所と大規模な犯罪によって 無能力化された領域国が、合意に基づく分業が最も合理的かつ実効的なア プローチであると合意するかもしれない。紛争によって激しく分割された 集団はお互いの手による訴追に反対するだろうが、中立で公平であると認 められる ICC による訴追には同意するかもしれない。第三国が域外管轄 権を有している場合もあるかもしれないが、すべての利害関係国は、裁判 所が事態に関する優れた証拠と専門知識を発展させており、裁判所をより 実効的なフォーラムにしていることを認めている。このような場合、17条 上の『意思の欠如』か『能力の欠如』かという問題は生じない(64)。」

 検察局はここで、第 2 回締約国会議におけるモレノ・オカンポの声明と同 じ表現を用いているが、この声明は DRC の自己付託の可能性について言及 したものである。こうしたことから、検察局は特に DRC の自己付託につい て、「国家の不作為」として意思または能力のどちらが欠如しているのか、

判断する必要はないと考えていたと思われる。こうした考えは、DRC と同 じように自己付託されたウガンダの場合にも当てはまるだろう。

  2  初めの 3 年間に行われた活動に関する報告書

(20)

 検察局は、2006年にそれまでの 3 年間の活動について「初めの 3 年間に 行われた活動に関する報告書(Report on the Activities Performed during the First Three Years(June 2003-June 2006))」を公表した。この報告書 の中で、検察局は「いかにして事件に着手するか」という問題に直面したと 述べる。この問題はさらに、捜査すべき事態をいかにして選ぶか、および、

どのような手段で裁判所の管轄権のトリガーを引くかという二つの問題に分 けられるという(65)

 第一の事態の選択の問題については、時間的、事項的管轄権を満たした場 合、検察局は重大性の基準に従うとする。重大性の評価においては、犯罪の 規模、性質、実行の態様、およびインパクトなどが関係する。こうした分析 によって、検察局は DRC と北部ウガンダの事態が最も重大で、受理許容性 があると結論付けた。第二のトリガーの問題については、管轄権のトリガー を引く最初の段階として、 検察局は、 領域国による自発的な付託 (voluntary referrals)を求め、また歓迎することにしたと述べている。この結果、

DRC とウガンダからの自発的付託が実現し、検察局は自発的付託による捜 査の開始を「重要な協力と現地の支持の可能性を拡大した」として、高く評 価している(66)

 このような検察局の戦略に対し、シャバスは起草過程に鑑みるに、「自己 付託」は規程14条に合致しないと批判している(67)。実際、上述のように、検察 局は2003年の政策文書では管轄権と補完性の原則を厳格に解釈していた。し かしその一方で、「国家の不作為」の場合には受理許容性について厳格な判 断を行わないことを明らかにしており、また政策文書を出すとほぼ同時期 に、検察官が自己付託を求める趣旨の発言をして、DRC やウガンダといっ た国々に働きかけていたことが明らかになっている。

 これは、検察局が規程の文言上の解釈では ICC と国家の衝突の構図を前 提としていたにもかかわらず、活動を容易にする意図から関係国との協力を 模索し、自己付託を利用して協働の構図を構築しようとしたことを意味す

(21)

る。また、協働の構図としての自己付託の性質上、捜査の開始に際しては、

受理許容性について厳格な審査はされなかったと考えられる。これは裁判部 における判断でも同様である(68)

第 3 章 衝突の構図への「回帰」

 第 1 節 安保理による付託と検察官の職権による捜査の開始

 自己付託という形で活動を開始した ICC だが、活動開始から数年を経 て、本来のメカニズムによる管轄権行使に「回帰」することとなった。スー ダン・ダルフールの事態について、安保理による付託が行われ、さらにケニ アの事態では検察官の職権によって捜査が開始されたことにより、起草当初 に想定されていた衝突の構図が機能し始めたことが重要である。

  1  スーダン・ダルフール

 スーダン西部のダルフール地方では、1980年代にアフリカ系農耕民族とア ラブ系遊牧民族との間で生じた争いを背景に、2003年には大規模な武力衝突 が発生した。スーダン解放運動 / 軍が北ダルフールの州都を占領し、これ に対してスーダン政府による空爆と、政府の支援を受けたアラブ系民兵組織 ジャンジャウィードによるテロ活動が行われた。

 2004年 6 月、安保理は決議1547でダルフールにおける人権侵害および国際 人道法の違反を非難し、 7 月には決議1556で、スーダン政府がジャンジャウ ィードを武装解除しなければジャンジャウィード指導者を訴追する措置をと るとした。この間、スーダン解放運動 / 軍とスーダン政府の間で和平交渉 が持たれたが、和平は実現しなかった。同年 9 月安保理は決議1564で、「す べての当事者によるダルフールにおける国際人道法および人権法の違反の報 告を調査し、ジェノサイド行為が行われたかどうかを決定し、かつ、かかる 違反の実行者の責任を確保するために国際審査委員会を速やかに設置する」

として、国際審査委員会の設置を決定した(69)

(22)

 2005年 1 月、国際審査委員会は事務総長に報告書を提出している。報告書 は、スーダン政府とジャンジャウィードが国際人道法の違反を行い、それら が戦争犯罪および人道に対する犯罪だと考えられるとした上で、「スーダン の司法制度は、これらの犯罪を捜査および訴追するための能力の欠如と意思 の欠如を示している」として、安保理に ICC への事態の付託を勧告した(70)。 これを受けて、同年 3 月31日、安保理は決議1593で2002年 7 月 1 日以降のダ ルフールの事態を ICC に付託することを決定した(71)

 2005年 6 月 1 日、ICC 検察局は、国際審査委員会から受け取った資料やそ の他の情報を検討した結果、ダルフールの事態について捜査を開始すること を決定した(72)。この決定においてモレノ・オカンポは、安保理による付託後に 分析と情報収集を行った結果、捜査開始の合理的な基礎があると述べるに留 まっている。ただし、同月29日に安保理に提出された報告書では、受理許容 性について、スーダン国内の機関、法、手続、および2004年に作られた特別 裁判所などのアド・ホックなメカニズムについても検討した結果、検察局が 焦点を当てようとしている事件に関する刑事手続の不存在を認め、受理許容 性があると決定したと述べている(73)。また、捜査が裁判の利益に資さないと信 じる実質的理由は存在しないとして、裁判の利益も認めている(74)

 しかし、捜査開始の決定後、スーダン政府はダルフールにおける犯罪に対 処する特別法廷を設置したと検察局に通知した(75)。スーダン政府は、正義と権 利の回復において十分な責任を担うための能力と意思を持ち、かつ実行する と主張したのである(76)。実際、スーダン政府は特別法廷を設置し、ジャンジャ ウィードの指揮官であったクシャイブについては同法廷による捜査が行われ ていたが、ICC 検察局はクシャイブと現職の人道問題担当大臣であったハ ルンに対する逮捕状の請求において、特別法廷と ICC では捜査の対象とし ている犯罪が異なり、同一人物、同一行為について捜査が行われたとは言え ず、受理許容性がないとは判断できないとしている(77)。予審裁判部も、こうし た検察局の主張を受け入れ、受理許容性を認めている(78)

(23)

 このように、スーダン政府は特別裁判所を設置するなどして ICC による 介入を避けるべく行動したが、ICC はそれを認めず、受理許容性があるとし て逮捕状の発付に至った。こうした動きは、ICC に本来的に存在する衝突の 構図が明確に表れたものと言えるだろう。実際、その後2007年 4 月にハルン およびクシャイブに対して逮捕状が発付され、2009年 3 月には現職の大統領 であるバシールに逮捕状が発付されるに至っている。

  2  ケニア

 ケニアでは2002年の大統領選挙での政権交代によりキバキが大統領に就任 したが、憲法改正をめぐる意見の対立から、政権はキバキ派と反キバキ派の オレンジ民主運動に分裂した。こうした中で迎えた2007年12月の大統領選 は、キバキとオレンジ民主運動の代表であるオディンガとの対決となった。

当初はオディンガが優勢だと伝えられていたにもかかわらず、キバキが再選 したと発表されたことを受けて野党側による抗議行動が行われると、与野党 間で衝突が発生し、暴動に発展した。

 2008年 2 月、ICC 検察官はケニアがローマ規程の締約国であることを想 起させるとともに、検察局が犯罪について情報を精査しているとする声明を 発表した(79)。アフリカ連合(AU)著名人パネルの委員長コフィ・アナンの仲 介により、同月28日にはキバキを大統領、オディンガを首相とする連立政権 の発足に合意し、両陣営は和解した。この合意には、( 1 )選挙後の暴力に 関する調査委員会(ワキ委員会)、( 2 )真実、正義および和解委員会、およ び( 3 )2007年12月27日に行われた総選挙の独立審査委員会の設置が含まれ ていた(80)

 2008年10月、ワキ委員会は最終報告書を提出し、犯罪、特に人道に対する 犯罪に対して最も重大な責任を有する者の責任を追及するために特別法廷を 設置することを勧告した。その上で、特別法廷が設置されなければ、AU 著 名人パネルの下で管理されている被疑者のリストを ICC 検察官に送付する

(24)

と述べた(81)。キバキとオディンガは特別法廷の設置に合意したものの(82)、特別法 廷設置のための憲法改正案が否決され、設置は頓挫することとなった(83)。  2009年 7 月に行われた ICC 検察官とケニア政府との会合では、検察局が 予備的検討を行っていることが伝えられ、同年 9 月中にケニア政府が国内で の捜査状況および予備的検討のために検察官が要求するその他の情報につい て報告すること、12ヶ月間という期限を設けて、特別法廷またはその他のメ カニズムによる捜査・訴追についてのケニア議会における議論について報告 すること、議会における合意がなければ、ケニアがローマ規程14条に基づき 事態を ICC に付託することで合意した(84)。その後、議会において特別法廷に 関する議論が再開したが、その内容は最も重大な責任を有する者については ICC で、その他の者については特別法廷で裁くというものだった(85)

 同年10月、検察官はケニア政府に対する書簡で、2007年の選挙後に人道に 対する犯罪が行われたこと、国内的な捜査が行われていないことを指摘し、

ローマ規程の重大性の基準を満たすことが予備的検討の結果明らかになった と述べた。その上で、ケニア政府に対し、自己付託を行うか、検察官の職権 による捜査の開始のどちらかを選択するように迫った(86)。しかし、その数日後 に行われた、検察官、キバキ、オディンガの会合でも溝を埋めることはでき ず、検察官が職権による捜査の開始の許可を予審裁判部に求めると表明する 一方で、ケニア政府は、国内裁判による責任追及のために全力を尽くすと述 べた(87)

 予審裁判部に捜査の許可を求めた検察官は、受理許容性について、以下の ような主張をしている。まず、補完性については、国内的手続きが行われて いない場合、意思の欠如なのか能力の欠如なのかという問題は生じず、重大 性の基準を満たせば事件の受理許容性が推定されるとする2009年 6 月12日の カタンガ事件の受理許容性に関する上訴審決定に触れた上で、ケニア政府が 特別法廷の必要性を認めながらも設置できておらず、人道に対する犯罪につ いて実際に訴追が行われていないこと、ケニア国内で行われている選挙後の

(25)

暴力に関する刑事手続は軽犯罪や強盗などの犯罪に限られていること、最も 主要な事件である教会放火事件において警察の粗悪な捜査により証拠不十分 で無罪判決が出されたことなどを指摘し、事件は受理可能であると主張して いる(88)

 犯罪の重大性については、死者数がおよそ1200人にのぼること、強姦やそ の他の性犯罪が多数発生したこと、35000人が国内避難民になったことなど を挙げ、さらにケニアの 8 つの地域のうち首都を含む 6 つ地域で犯罪が発生 したことに触れている(89)。そしてそれらの犯罪が、民族的な性質や政治的な所 属によって区別された文民のグループを標的とし、広範かつ組織的な攻撃の 文脈で計画されたとしている(90)。また、被害者や地域社会に与えた影響も大き いとして、重大性の基準を満たすと主張した(91)。これを受けて、予審裁判部は 2010年 3 月に、捜査の開始を許可する決定をしている(92)

 捜査開始の許可を予審裁判部に求めるにあたって、検察局は、受理許容性 があるとする判断について詳細に理由を述べている。これは、従来の自己付 託や安保理による付託の場合よりも受理許容性の主張において慎重な立証が 必要だと判断したためである。

 2010年12月には、検察官は予審裁判部に元大臣のルト(93)、現職の副首相であ ったケニヤッタら 6 名について召喚状の発付を求めた(94)。これを受けて、同日 キバキは、この 6 名は被疑者に過ぎないため免職などの処分は行わないこ と、選挙後の暴動に対処するための国内裁判所の設置に取り組んでいるとい う旨の声明を出した(95)。その後、ケニアによる異議申立てが行われたものの、

2012年 1 月に予審裁判部はルト、サング、ムタウラ、ケニヤッタの 4 名につ いて第一審裁判部への送致を決定している。

  3  リビア

 2010年のチュニジアにおけるジャスミン革命に端を発する「アラブの春」

の中、2011年 2 月15日にはリビアでもカダフィ政権に対する大規模なデモが

(26)

発生し、軍が自国民に対する無差別攻撃を行うまでに至った。しかし、この ような非人道的な行為に対し政権内部でも反発が生じ、同月27日には政権か らの離反者であるアブドルジャリル元司法大臣が国民暫定評議会の設立を宣 言した。

 こうした事態に並行して、安保理は 2 月26日に決議1970を採択し、事態を ICC に付託した(96)。ICC 検察官は、 5 日後の 3 月 3 日には捜査の開始を決定 したとする声明を出した(97)。この声明では決定の理由について詳細に述べなか ったが、 5 月に検察官が安保理に提出した報告書では、以下のように指摘さ れている。

「13.ローマ規程によれば、ICC は国内刑事管轄権を補完するものであ   る。 2 月22日、ムアマル・アル・カダフィの息子である、セイフ・イ   スラム・アル・カダフィは国内委員会が抗議活動や暴動について捜査   すると提言した。ムアマル・アル・カダフィは 3 月 2 日、および 6 日   に国連が調査委員会を送るべきだと述べた。

 14.しかしながら、収集された情報によれば、捜査の対象となる事件の

  事項的管轄を構成する人物または行為について、検察局はいかなる真   正な国内的捜査・訴追も認めていない(98)。」

 また、安保理が付託の際に重大性を強調していることに触れ、明らかにロ ーマ規程が要求する重大性の基準を満たすとしている(99)。さらに、犯行が組織 的であること、一万人に上る死者や多数の負傷者、避難民が生じているとし て、犯行の態様や規模についても具体的に触れている(100)

 同月16日、検察局はムアマル・カダフィ、サイフ・カダフィ、軍部諜報部 長であるアル・サヌーシの逮捕状を請求し、 6 月に発付されている。これに 対し、リビアの暫定司法大臣は、逮捕と ICC による捜査への全面的な協力 を約束していたものの(101)、リビア当局が同一の事件を扱うことを決定すれば、

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ICC の受理許容性について争うだろうと述べていた(102)

 その後、ムアマル・カダフィについては、彼の死亡により捜査は終了し た。サイフ・カダフィについては11月にリビア国内で逮捕された。しかし、

暫定政権は国内での裁判を主張して引き渡しを拒否したため(103)、引き渡しを巡 って ICC 検察官とリビア政府による協議が持たれた。しかし、結局のとこ ろ協力は得られず、翌2012年 5 月にはサイフ・カダフィとアル・サヌーシの 事件について、リビア政府による受理許容性に関する異議申し立てが行われ た。アル・サヌーシは2012年 3 月にモーリタニアで逮捕されて、 9 月にリビ アに引渡されている。

 第 2 節 衝突の構図に対応する訴追戦略   1  事態および事件の選択

 スーダン・ダルフールの事態が安保理によって付託されるのと前後して、

ICC 検察局には「事態の選択」という問題が持ち上がる。ICC が本格的に 機能し始めたことによって、検察局は大量の通報を受けるようになった。

2006年の「初めの 3 年間に行われた活動に関する報告書」によれば、153の 犯行地国にわたる1918件もの通報があり、捜査が進められていた 3 つの事態

(DRC、ウガンダ、スーダン・ダルフール)の他に、 5 件の予備的検討が行 われていた(104)

 実際に、この報告書に先立って2005年10月に行われた外務省法律顧問の非 公式会合では、事態の選択が議題に上がり、モレノ・オカンポは「検察官 は、裁判所の管轄の範囲内にあるように見えるすべての事態について、捜査 を開始すべきか。または、検察官は資源的な制限の範囲内で、それらの事態 のうち最も重大で緊急性のあるものを選ぶべきなのか」という問題を提起し ている(105)

 こうした問題に対応して、2006年の「訴追戦略に関する報告書(Report on Prosecutorial Strategy)」は、規程に基づいて最も重大な犯罪および、

(28)

これらの犯罪について最も重大な責任を有する者の訴追に集中し、事件の選 択において「重大性」を考慮すると述べている(106)。さらに、次の 3 年間の目標 として、「現在の、または新しい事態における犯罪について最も重大な責任 を有する者につき、 4 件から 6 件の新しい捜査を行うこと」を挙げている。

収集した情報を評価した結果、次の 3 年間に受理可能となりうる事件の数は 4 から 6 の間であるとし、「検察局は、完全な犯罪性および迫害の態様を示 す事件の選択を行うよう努める」とする(107)。こうした姿勢は、2010年の「訴追 戦略2009年―2012年」でも維持されており(108)、捜査中の 7 件中 6 件の捜査を完 了し、新たに 4 件までの捜査を開始することを目標に掲げている(109)

 また、この文書ではさらに踏み込んで、初めて予備的検討について目標を 掲げ、検討中の事態と新しい事態を合わせて10件まで検討を行うと述べてい

(110)る

。予備的検討が必ずしも捜査開始のトリガーとなるわけではないと断って いるものの、検察局にはローマ規程15条に基づいて犯罪について積極的に監 視し、情報を分析する権限が与えられていると述べており、検察官の職権に よる捜査の開始を念頭においた記述だと言える。実際、この訴追戦略の起草 作業と並行して、検察官の職権による捜査の開始に至るケニアについて、予 備的検討およびケニア政府との協議が進められていたことは留意されなけれ ばならない。

 このように、ICC の 3 つのトリガーがすべて機能するようになれば、検察 局は自己付託を待つことなく受理許容性を満たす捜査を積極的に行うことが できるようになり、事態数の増加が予想される。しかしながら、検察局や裁 判所の人的資源や予算の関係上、捜査・訴追できる事件数には自ずと限界が ある。その結果検察局は、重大性を満たす事態をふるいにかけ、そこから特 に重大な事件を抜き出して訴追するという、二段階にわたる選択を行う訴追 戦略を採用したのである。

  2  積極的補完性の登場と「自己付託」に対する態度の変化

(29)

 このような新しい状況に対応して2006年の訴追戦略に登場したのが、積極 的補完性(positive complementarity)の推進である。これは、「検察局は、

可能な場合に真正な国内手続を奨励すること、国内と国際のネットワークに 依拠すること、国際協力の制度に参加することを意味する(111)」アプローチで、

国家が ICC の管轄対象犯罪を訴追する第一義的義務を履行することを促進 することを目的としている。2010年の訴追戦略では、積極的補完性の内容が より具体的に定義されており、検察局が ICC における訴追の基準を満たさ ない犯罪の国内的捜査を支援することまで含まれるとしている(112)。このような 補完性の解釈は、ローマ規程上に根拠が見出せないとして批判を招いたが、

その後の締約国会議でテイク・ノートされ、現在でも ICC と国家の協力関 係の一部として維持されている(113)

 こうした新しい補完性概念が登場した理論的背景には、Impunity Gap の 存在がある。ICC が重大性に基づいて事件を選択することを明確にしたた め、基準を満たさない事件の不処罰にどう対処するかが問題とされるように なった。つまり、ICC がより多くの事態を扱うことにより最も重大な事件の みが扱われるようになったため、比較的重大ではないとされる事件について は、国内刑事手続きによって適切に訴追・裁判されなければ、不処罰のまま 残るということである。

 また、積極的補完性が国内手続きを奨励するものであることから、これま での自己付託に見られるような「捜査・訴追の意思はあるが、能力がない」

という国家に協力することで、国家の国内手続による捜査・訴追を実現し、

自己付託を選択させないようにするという意図もうかがえる。実際に、第 1 章第 2 節で述べたように、検察局は2006年の「初めの 3 年間に行われた活動 に関する報告書」においては自己付託の成果を高く評価していた。ところ が、同年の訴追戦略では自己付託についての言及がなくなっており、自己付 託を奨励する2003年の政策文書とは異なる態度を見せている。また2010年の 訴追戦略では、予備的検討によって、検察局が事態を監視し、使節団を送

(30)

り、情報を求めることができ、国家の重大な犯罪を捜査・訴追する義務を満 たすために必要なステップを関係国や市民社会、国際社会が確認する手助け をすることができるとしている点も、このような戦略と関係していると言え

(114)る

 このように、検察局は一方で衝突の構図において管轄権を行使する事態の 数を増やしながら、もう一方では 1 つの事態における事件数を重大性の基準 を引き上げることによって絞り込むという抑制的な戦略をとっている。こう した一見相反する戦略を、不処罰の不許容という基本方針と両立させるため に採用されたのが積極的補完性である。検察局が、裁判所に届く事件の数は ICC の活動の実効性を評価する尺度とはならず、国内で真正な捜査・訴追が 行われることがローマ規程の制度が機能していることを示すと指摘している

ことも(115)、このような調整を前提としていることを示している。

第 4 章 衝突の構図と協働の構図の課題

 第 1 節 衝突の構図における訴追の実効性

 前章で見たように、ICC はスーダン・ダルフールの事態以降、安保理によ る付託、検察官の職権による捜査の開始という、本来予定されていた衝突の 構図の中で活動を行うようになったが、これはアフリカ諸国からの反発と非 協力という壁にぶつかることとなった。

  1  衝突の構図による管轄権行使への反発

 スーダンの事態が ICC に付託された安保理決議1593は、「スーダン政府お よびダルフールの他のすべての紛争当事者は、この決議に従って裁判所およ び検察官に十分に協力し、必要な援助を提供しなければならない」と決定し

ており(116)、スーダンは ICC に対して協力する義務を有する。しかしながら、

スーダン政府は ICC に対する協力を拒否する姿勢を見せてきた。

 ハルンとクシャイブに対する逮捕状の発付に先立ち、スーダンの司法大臣

参照

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