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首長制と土地所有の諸相 : ミクロネシアの土地所 有と社会構造

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首長制と土地所有の諸相 : ミクロネシアの土地所 有と社会構造

著者 須藤 健一

雑誌名 国立民族学博物館研究報告別冊

巻 006

ページ 141‑176

発行年 1989‑02‑20

URL http://doi.org/10.15021/00003732

(2)

須藤   ミクロネシアの土地 所有 と社会構造

ミク ロ ネ シ ア の 土 地 所 有 と社 会 構 造

        須    藤    健    一*

1.は じめ に

il.マ ー シ ャ ル,ト ラ ッ ク と 中 央 カ ロ リ ン社   会 の 土 地 所 有

皿.パ ラ オ 社 会 の 土 地 所 有

IV.ポ ナ ペ社 会 の土 地 所 有

V.ヤ ップ,フ ァイ ス社 会 の土 地 所 有 VI.土 地 所 有様 式 の 変 化

冊.結

1.は

  ミク ロ ネ シア に は約2,400の 島 が あ る。 そ の うち人 が居 住 す る島 は120に す ぎな い。

島 の地 形 は,マ リア ナ諸 島,パ ラオ,ヤ ップ,ト ラ ック,ポ ナ ペ,コ シ ャエ の カ ロ リ ン諸 島 は火 山島 な い し陸 島で あ る。 そ の他 の カ ロ リン諸 島,マ ー シ ャル諸 島,ギ ルバ ー ト諸 島 は いず れ もサ ンゴ礁 島 で あ る。 島 の大 き さ,地 形 は異 な る もの の,ギ ルバ ー ト諸 島 を 除 け ば,島 じま の社 会 は母 系 性 の伝 統 を色 濃 く残 して い る。 しか し,母 系 性 の 体系 や 機 能 の面 に関 して は,各 社 会 ご と に多 様 性 を示 す。

  本稿 の 目的 は,カ ロ リ ン ・マ ー シ ャル諸 島 の 社 会 にみ られ る親 族 集 団 の 編 成 様 式 と 土 地 の所 有 体 系 との 関連 性 の 特 質 を 明 らか にす る こ と にあ る。 この 目的 を達 成 す るた toに は,つ ぎの三 点 を各 社 会 にお い て検 討 す る必 要 が あ る。 一 つ は)・自然環 境 の どの 部 分 を資 源 利 用 の観 点 か ら重 要 な 「不 動産 」 と して 見 な し開発 して い るか とい う点 で あ る。 二 つ め は,土 地 所 有 の基 礎 とな る社 会単 位 と して ど の よ うな親 族 集 団 を編 成 し て い るか で あ る。三 番 目 は,人 々な い し集 団 が 土 地 に対 す る権 利 を獲 得 ・保持 し,放 棄 す るの に如 何 な る方 式 を制 度 化 して い る か と い う こ とで あ る。 本 稿 で は,土 地 所有

を人 び とが土 地 に 対 す る 権 利 を獲 得 して行 使 し,そ して 分 配 す る様式[CROCOMBE 1968,1971]と 定 義 す る。 した が って,ミ クuネ シ アの 「伝 統 的」 土 地 所 有 は,個 人 な い し社 会 集 団 が不 動産(土 地)に た い して保 持 す る権 利 ・義務 関係 の 体 系 で あ る と み なせ よ う。 な お,こ こで い う 「伝 統 的 」(土 地 所 有)と は,主 と して外 国の 直 接統 治 が開 始 され る今世 紀初 頭 ころ にみ られ る土地 の所 有 様 態 を意 味 す る。

*国 立民族学博物館第 ユ研究部

141

(3)

国立民族学博物館研究報告  別冊6号   ミ ク ロ ネ シ ア(カ ロ リ ン ・マ ー シ ャ ル 諸 島)の 土 地 所 有 に つ い て の 調 査 研 究 は,統

治 国 の 植 民 地 政 策 と 密 接 な か か わ り を も っ て 始 め ら れ た 。 ドイ ツ 統 治 時 代(1899‑

1914年),ド イ ツ 政 庁 は ポ ナ ペ や トラ ッ ク に お い て コ ブ ラ の プ ラ ン テ ー シ ョ ン開 発 に 着 手 す る た あ,島 の 人 び と の 土 地 所 有 の 様 態 を 捉 え た 。 こ の 調 査 は 個 人 有 地 と 公 有 地 と を 区 分 す る と と も に,土 地 の 「個 人 所 有 化 」 と そ の 男 系 的 相 続 の 優 先 を 意 図 した

「地 券 」 を 発 行 す る た め で あ っ た[矢 内 原  1935]。 そ の 調 査 を も と に,ポ ナ ペ で は 1912年 に 土 地 所 有 の 伝 統 的 方 式 を無 視 した 土 地 改 革 が 実 施 さ れ た 。

  日 本 統 治 時 代 に な る と,南 洋 庁 は ドイ ッ の 政 策 を 受 け つ ぎ,1923年 か ら 「官 有 地 」 お よ び 「非 島 民 有 地 」 の 境 界,地 目,面 積 の 調 査 を 実 施 した 。 これ は,日 本 人 企 業 家 や 農 業 移 民 に 土 地 を 提 供 す る た め で あ っ た 。1933年 か ら は 島 の 人 び との 土 地 利 用 実 態 を 把 握 す る た め に 「島 民 有 地 」 を 測 量 し,「 土 地 台 帳 」 を作 成 し た 。 こ れ は 島 の 入 び と が 有 効 な 土 地 利 用 を しな い場 合 に,そ の 土 地 を 邦 人 に 使 用 させ る と い う土 地 政 策 に 基 づ い て い た 。 こ の 調 査 に は入 類 学 者 も 参 加 し,パ ラ オ,ポ ナ ペ と 中 央 カ ロ リ ン諸 島 に 関 して は 詳 細 な 調 査 報 告 が 公 に さ れ て い る[上 原1940;杉 浦1944;土 方1984]。

ア メ リカ 統 治 時 代 の 当 初 に お い て も,海 軍 省 の 企 画 の も と に 多 くの 島 じ ま で,財 の 形 態,権 利 の 種 類 ・ 相 続 様 式,土 地 の 移 譲 方 式 に つ い て の 調 査 が 実 施 さ れ た[YOUNG l958]。 こ れ は,ア メ リカ の 信 託 統 治 領 に お け る土 地 政 策 の 基 調 を な す 性 格 の も の で あ っ た 。

  1960年 代 か ら は 人 類 学 的 調 査 研 究 が 進 め られ,主 と し て 環 礁 島 の 住 民 の 土 地 所 有 に 関 心 が 集 中 し た[ALKIRE  l974;hEBER  l974;POLLOCK  l974]。 そ して,1970 年 代 か ら は,伝 統 的 土 地 所 有 体 系 が 統 治 国 の 土 地 政 策 に よ っ て こ うむ っ た 変 化 を 明 ら か に す る調 査 ・ 研 究 が 実 施 さ れ て き て い る[NAsoN  1971;MARKsBuRY  979;

McCuTcHEoN  1981;PARKER  1985]。

  本 稿 で は,カ ロ リ ン,マ ー シ ャ ル の 両 諸 島 か ら10の 社 会 を 選 定 し,土 地 所 有 の 体 系 を 比 較 す る 。 比 較 の 基 準 に は,土 地 所 有 の 主 体(集 団 編 成 の 様 式),土 地 使 用 の 実 態 (居 住 形 態)・ そ して 土 地 の 相 続 方 式 の 三 つ の 側 面 を と り あ げ る 。 そ れ ら の 基 準 に基 づ く な ら,上 記10社 会 は つ ぎ の 四 つ の タ イ プ に 類 別 さ れ る 。

タ イプ1:土 地 は母 系 出 自集 団 の所 有 で,母 系 的 拡大 家 族 の 成 員 に使 用 され る。

      母 系 相 続 の 方 式 を とる が,母 系 出 自集 団 の男 性 成 員 は彼 の 子 ど もに部       分 的 に土 地 の 使 用権 を継 承 させ る権 利 を保 持 す る。 この タイ プ には,       マ ー シ ャ ル・ トラ ック,モ ー7トロ ック と中央 カ ロ リンの諸社 会 が ふ く       まれ る。

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須 藤    ミ ク ロネ シ アの 土 地所 有 と社 会 構 造

    タ イプ2:土 地 は母 系 的 出 自集 団 の所 有 で あ るが,そ の使 用 権 は男 系 的拡 大 家 族       に あ る。 土地 の相 続権 は主 と して 母 系 の ライ ンで 継承 され る。 この タ       イプ はパ ラオ とウ リシー両 社 会 に代 表 され る。

    タイ プ3:土 地 は母 系 的 出 自集 団 の所 有 で あ るが,そ の使 用 権 は母系 的 な い し父       系 的 拡 大 家族 に あ る。相 続 権iは母 系 的 継 承 を原 則 とす るが,父 系 ラィ       に よ る継承 も許 容 され る。 この タ イプ には,ポ ナペ が相 当 す る。

    タ イプ4:土 地 は父 系 的拡 大 家 族 な い し父 系 的 出 自集 団 の所 有 で あ るが,そ の集       団 の 女 性 成員 も部 分 的 に土地 を相 続 す る権 利 を保 持 す る。 この タ イ プ       に は,ヤ ップ,フ ァィス,ピ ンゲ ラプの 諸 社会 が属 す 。

  H節 か らV節 に か けて,上 記 の 四 タイ プ につ いて それ ぞ れ詳 し く検 討 す る。 そ こで の記 述 は,今 世紀 初 頭 の 土地 所 有 の 様式 が 中心 にな るが,そ れ以 降 に生起 した 土地 所 有 の変 化 につ いて も言 及 す る。

  そ して,VI節 にお いて は,ミ ク ロ ネ シアで 白人 との 接 触以 前 に生 じた 土 地 所 有 の変 化 と,最 近 顕著 に な りつ つ あ る土地 問 題 につ い て も考 察 を くわ え る予 定 で あ る。

皿.マ ー シ ャ ル,ト ラ ッ ク と 中 央 カ ロ リ ン     社 会 の 土 地 所 有

  マ ー シ ャル,ト ラ ックそ して 中央 カ ロ リンの諸 社 会 にお いて は,母 系 出 自集 団 が主 要 な土 地 所 有 集団 を編 成 す る点 で共 通 す る。 本 節 で はそ れ ら三 社 会 の 土地 所 有 の諸 相 に つ いて 述 べ る こ とに しよ う。

1.  マ ー シ ャ ル 社 会

  マ ー シ ャ ル(Marshal1)社 会 は,29の 環 礁 島 と5つ の 隆 起 サ ン ゴ 礁 島 で 形 成 さ れ, 陸 地 総 面 積 は約120km2で あ る。1980年 の 総 人 口 は31,200人 で あ る が,19世 紀 後 半 が15,000人,ド イ ツ統 治 時 代(1909年)が9,267人 と報 告 さ れ て い る[矢 内 原1935:

73]。 主 栽 培 植 物 は タ ロ イ モ と コ コ ヤ シで,降 雨 量 が 少 な い た め パ ン ノ キ の 実 は多 く の 収 穫 が 期 待 で き な い 。 タ シ ロ イ モ や パ ン ダ ナ ス の 実 も食 用 に して きた 。 し か し,ド イ ツ 統 治 時 代 前 か ら コ コ ヤ シ の 植 栽 と コ ブ ラ の 生 産 ・販 売 が さ か ん で,そ の 売 り 上 げ 金 で 米 を 購 入 し,主 食 に あ て て き て い る。

  マ ー シ ャ ル 社 会 は,階 層 化 さ れ,非 地 縁 的 で 外 婚 単 位 と な る チ ョ ウ ィ(ブoωの と よ ば れ る 母 系 ク ラ ンで 構 成 さ れ る 。 各 ク ラ ン は 固 有 の 名 前 を も っ て い る。 ク ラ ンの な か で       143

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国立民族学博物館研究報 告  別冊6号 も,複 数 の 島 な い し 環 礁 を 統 轄 す る 高 位 ク ラ ンの 首 長 は イ ロ ー ジ ・ラパ ラ プ(か ⑳ 1ψ 盈 ψ)と よ ば れ る[SPOEHR  l949]。 マ ー シ ヤル 全 島 で は14人 の イ ロ ー一ジ ・ ラパ ラ プ,つ ま り 大 酋 長 が い る[TOBIN  l958]。 そ れ らの 大 酋 長 が 名 目 的 な 「土 地 所 有 者 」 と考 え られ て い る。 ク ラ ン は い くつ か の 母 系 リニ ー ジ,プ ィ チ(6ω ㊥ に 分 節 化 して お り,そ れ が 基 本 的 な 土 地 所 有 集 団 と な る。 マ ー シ ヤル の 生 産 手 段 の 対 象 と な る 土 地 は, 島 の 礁 湖 側 か ら外 洋 側 へ と一 定 の 幅(50〜200m)の 直 線 で 仕 切 られ て い る。 そ の 一 区 画 が 土 地 所 有 の 一 筆 と な り,ワ ト(ω厩0)と よ ば れ る 。 した が っ て,こ の 一 区 画 が プ

ィ チ に よ っ て 所 有 さ れ る の で あ る 。

  リニ ー ジの 首 長(alab)は,大 酋 長 が 名 目 的 に 所 有 して い る ワ ト(土 地)を 彼 の リニ ー ジ成 員 に 配 分 して 管 理 ・監 督 す る地 位 に つ く

。 割 り あ て られ た 土 地 を 使 用 す る リニ ー ジ の 成 員 は 「労 働 者 」(ri‑」'erbar)と み な され る。 彼 ら は,パ ン ノ キ の 実 な ど の 初 収 穫 物 や コ ブ ラ の 売 上 金 の 一 部 を リニ ー ジ 長(alab)を と お して 大 酋 長 に 上 納 す る 義 務 が あ る 。 つ ま り,リ ニ ー ジ 長 は大 酋 長 と 庶 民(労 働 者)の 中 間 に 位 置 し,前 者 の 土 地 の 管 理 者 で あ る。 リニ ー ジ成 員 が 使 用 す る 土 地 の 多 く は母 系 的 に 相 続 さ れ る 。 そ して, 母 方 居 住 方 式 が 一 般 的 で あ る が,新 居 住 や 選 択 居 住 の 形 態 もみ られ る 。 し た が っ て, プ ィ チ の 土 地 は,女 性 成 員 と そ の 配 偶 者 に よ っ て の み 使 用 さ れ る の で は な く,プ ィ チ の 男 性 成 員 の 子 ど も(batoktok)も 父 の 出 自 集 団 の 土 地 に た い し い く らか の 権 利 を 留 保 す る 。 自 分 の 集 団 の 土 地 が 少 な い 場 合,人 び と は父 の 集 団 の 土 地 に 移 り住 ん で,そ で コ ブ ラ を 生 産 す る こ と が で き る 。 こ の 父 の 集 団 の 土 地 を 使 用 す る権 利 は,基 本 的 に は 父 の 生 存 中 に 行 使 で き る性 質 の もの で あ る[POLLOQK  l974:108]。

  しか し,こ の 使 用 権 の 譲 渡 に か ん して は 島 ご と で か な り 多 様 性 が あ る。 マ ジ ュ ロや ビ キ ニ で は 父 一 子 関 係 で の 使 用 権 の 継 承 は ニ ンニ ン(ninin}と よ ば れ,七 世 代 間 に わ た る。 ニ ンニ ン は主 に,父 が リニ ー ジの 首 長 の 地 位 に つ い た 場 合 や そ の 集 団 に後 継 者 が い な い と き に起 こ る。 父 か ら 相 続 し た 土 地 は,子 供 た ち の 判 断 で 彼 ら の プ ィ チ 共 有 財 に 合 体 して も よ い し,彼 ら(特 に 男 性 成 員)の 子 ど も に相 続 さ せ て も よ い。 後 者 の 相 続 に お い て は父 系 へ の か た よ り が み られ る。 そ して,父 一 子 関 係 で 相 続 さ れ る土 地

は,七 世 代 た つ と元 初 の 土 地 所 有 集 団(リ ニ0ジ な い し ク ラ ン)に 返 却 さ れ る[TOBIN 1958:20]。 現 在 で は,ニ ン ニ ン に よ る土 地 の 所 有 に 関 し て 係 争 問 題 が 生 じ て い る 。   マ ー シ ャ ル の 土 地 所 有 の 基 本 形 態 は,母 系 的 出 自 集 団 が ワ トと よ ば れ る 区 画 を 全 体 的 に 所 有 し,集 団 成 員 が 使 用 権 を もつ と と も に,そ の 集 団 の 男 子 成 員 の 子 ど も も そ の 土 地 の0部 を 使 用 す る権 利 を も つ 。 後 者 の 使 用 権 は 世 代 限 定 的 で は あ る が,父 系 的 な い し双 系 的 に 継 承 さ れ る性 格 の もの で あ る 。 そ の よ う な 土 地 所 有 体 系 の う え に,政

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須 藤    ミ ク ロネ シ アの 土 地 所 有 と社 会 構 造

的階 層 性 が 重 な る。 各 母 系 出 自集 団 が 所 有 す る土 地 に関 して最 終 的な 管 理権 お よ び処 分 権 を もつ の は,大 酋 長 で あ る。 彼 はマ ー シャ ル の多 くの 島 じま に分 散居 住 す る彼 の ク ラ ン成 員 か ら,そ れ ぞ れ の 島 に い る リニ ー ジの 首 長 を とお して,「 初収 穫 物 」 の 貢 献 を うけ る権 利 を もつ。 ま た,19世 紀 末 か らは,コ ブ ラ販 売 金 の一 部 を 徴 集 して い る。

2.  モ ー ト ロ ッ ク,ト ラ ッ ク,中 央 カ ロ リ ン 諸 島 の 土 地 所 有

  東 は モ ー トロ ッ ク諸 島,西 は サ タ ワ ル 島 に い た る 島 社 会 の 土 地 所 有 の 体 系 は,伝 的 に は性 質 を 同 じ く して きた 。 こ こ で は,そ の 代 表 例 と して 中 央 カ ロ リ ン諸 島 の サ タ

ワ ル(Satawal)社 会 の 土 地 所 有 の 様 式 を 中 心 に 論 述 す る こ と に し よ う。

  サ タ ワ ル 島 は,ヤ ップ 島 の 東 方1,000km,ト ラ ッ ク諸 島 の 西 方500  kmに 位 置 す る 隆 起 サ ン ゴ礁 の 島 で あ る 。1980年 の 総 人 口 は492人,島 の 総 面 積 は1.2km2で あ る 。 1908年 に は188人 が 住 ん で い た[DAMM  und  SARFERT  l937]。 島 の 主 要 栽 培 植 物 は, 島 の 内 陸 湿 地 を 開 墾 し た 田 で つ く ら れ る タ ロ イ モ と 島 の 乾 燥 地 に 生 育 す る パ ンノ キ と コ コ ヤ シ で あ る。 パ ン ノ キ は,1年 の う ち4月 〜9月 に か け て 実 を つ け る が,あ と の 半 年 は 結 実 しな い 。 そ の た め に,パ ン果 を 地 中 に 貯 蔵 す る 技 術 が 発 達 して い る。

  サ タ ワ ル 社 会 で 土 地 所 有 の 基 本 的 な 単 位 は,エ ウ ・ ラ ー(ク66ω プ磁 「木 の 一 本 の 枝 」) と よ ば れ る 母 系 的 出 自 集 団 で あ る。 そ れ は,7〜8世 代 前 の 女 性 祖 先 を 共 通 に す る子 孫 よ り構 成 さ れ る 。 ま た,こ の 集 団 は よ り 世 代 深 度 ㊥ 深 い 女 性 祖 先 か ら母 系 的 系 譜 関 係 を た ど る 出 自 集 団(母 系 ク ラ ン)の 分 節 集 団 で,社 会 人 類 学 で い う リニ ー ジ に 相 当 す る 。 妻 方 住 居 様 式 を と る た め,居 住 集 団 は母 系 的 拡 大 家 族 を 構 成 す る 。 つ ま り,2

〜3世 代 の 母 系 的 出 自 集 団 の 女 性 成 員 と彼 女 た ちの 夫 た ち,彼 ら の 子 ど も と 養 子 た ち で あ る。 拡 大 家 族 の 成 員 は プ コ ス(pwukos)と よ ば れ る リニ ー ジ の 屋 敷 地 に,夫 婦 単 位 に 家 屋 を 建 て て 住 む 。 こ の 居 住 集 団 は15あ り,最 も大 き な 家 族 は12世 帯,72人 で あ る[須 藤  1984]。

  サ タ ワ ル 社 会 は8つ の ア イ ナ ン(y痒inang)と よ ば れ る 母 系 ク ラ ン で 構 成 さ れ る 。 ク ラ ン は族 外 婚 の 単 位 で あ り,ラ ン ク づ け られ て お り,特 定 の 名 前 を もつ 。 そ れ ら の ク ラ ン は 中 央 カ ロ リ ン諸 島 か ら トラ ッ ク に か け て の 島 じ ま に 成 員 が 分 散 して い る。 ク ラ

ンの ラ ン ク は,サ タ ワ ル 島 へ 移 住 して き た 伝 承 上 の 歴 史 的 順 序 に 基 づ い て い る。8つ の ク ラ ンの う ち,3つ が 高 位 の ラ ン ク に あ り,「 酋 長 ク ラ ン」 と よ ば れ て い る 。 ほ か の5つ の ク ラ ン は,そ れ ら よ り 後 来 の 移 住 者 で 「平 民 ク ラ ン」 と よ ば れ る 。 各 ク ラ ン の な か で 優 越 リニ ー ジ の 最 上 世 代,最 年 長 男 性 が ク ラ ン の 酋 長 の 地 位 に つ く。 彼 が ク ラ ン の 土 地 を 最 終 的 に 管 理 し,ク ラ ン お よ び リニ ー ジ成 員 に 土 地 を 割 り 当 て る 。

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国立民族学博物 館研究報告  別冊6号   三 人 の 酋 長 ク ラ ンの 酋 長 は,島 内 お よ び 他 島 と の あ い だ で お こ る 問 題 を 処 置 す る 権 限 を もつ 。 た と え ば,共 同 漁,外 洋 カ ヌ ー に よ る 航 海,島 社 会 の 秩 序 に 違 反 した 者 へ の 制 裁,行 政 的 問 題 な ど に つ い て 合 議 の う え 決 定 す る。 彼 ら は 漁 場 や 陸 の 食 料 資 源 の 利 用 と 規 制 に つ い て も 責 任 を も つ 。 島 の 食 料 が 枯 渇 す る 時 期 に,人 び と が タ ロ イ モ 田

や コ コヤ シ林 へ 立 ち 入 る こ と を0定 期 間 禁 止 し た り,特 定 の 漁 場 で の 漁 獲 を 規 制 す る 。   サ タ ワ ル 社 会 で 出 自 集 団 が 所 有 の 対 象 とす る 土 地 の 形 態 は,大 き く三 つ に 分 け られ

る。 居 住 地(ρ ωπん05),コ コ ヤ シ と パ ン ノ キ の は え る 乾 燥 地(汐 ω%η殉 と タ ロ イ モ 田 (     ダ ゥ̀ zveen)で あ る 。 プ コ ス(pzvukos)は 整 地 し,小 石 を し き つ め た 空 間 で,数 軒 の 家 屋 と一 軒 の 共 同 炊 事 小 屋 が 建 て られ,そ の 周 辺 に サ ッ マ イ モ,バ ナ ナ な ど の 畑 .も付 属 す る。 現 在,15の プ コ ス が あ る 。 プ ゥ ノ ク(汐 翻 η鋤 は,切 り 開 か れ た 土 地 で コ コ ヤ シ や パ ン ノ キ が 植 え られ た 土 地 で あ る。 こ の 土 地 は322区 画 に細 分 化 さ れ,マ ー シ ャ ル の ワ トの よ う に 大 区 画 で は な い 。 平 均 面 積 が1,000m2程 度 で,人 び と は 島 の 方 々 に 散 在 す る そ れ ら の 土 地 を 利 用 し て 食 料 獲 得 活 動 に 従 事 す る。 プ ゥエ ー ン(      "ρω66π)は

ロ イ モ(Cyrtosperma  chamissonis,  Colocasia  esculenta)を 栽 培 す る 湿 地 田 で,278に 区 分 され て い る 。

  各 母 系 的 リニ ー ジ が 保 有 す る土 地 は,大 き く二 つ の カ テ ゴ リー に 分 け られ る 。 一 つ は,ラ ピ ン フ ァ ヌ(7ψ π吻伽 の と よ ば れ,リ ニ ー ジ が 元 来 か ら所 有 しつ づ け て き た 土 地 で あ る 。 も う一 つ は,フ ァ ン ガ トフ ァ ヌ ー(fangetofan で,こ れ は 数 世 代 前 か ら

リニ ー ジ に入 っ て きた 土 地,な い し贈 与 さ れ た 土 地 で あ る 。 こ こで は,便 宜 上,前 を 「元 来 の 土 地 」,後 者 を 「贈 られ た 土 地 」 と よ ぶ こ と に す る。 表1を 参 考 に して そ れ らの 土 地 の 割 合 を 検 討 す る と,元 来 の プ ゥ ノ ク は,全 土 地 区 画 数 の322の う ち の151 区 画,つ ま り46パ ー セ ン ト に あ た る 。 ほ か の171区 画 の 土 地 は,い ず れ も100年 の 間 に

リニ ー ジ の あ い だ で 贈 与 さ れ,リ ニ ー ジ 問 を 移 動 し た も の で あ る。 ま た,元 来 の タ ロ イ モ 田 は,総 区 画 数278の う ちの85区 画,30パ ー セ ン トで あ る。 土 地 が リニ ー ジ 間 で 譲 渡 さ れ る 重 要 な 契 機 は,婚 姻,子 ど もの 誕 生 そ して 養 取 で あ る。

  婚 姻 関 係 が 成 立 す る と,夫 の リニ ー ジ は 彼 の 妻 に1区 画 の タ ロ イ モ 田 と コ コ ヤ シ 林 を 贈 る 。 こ れ ら の 区 画 が 「贈 ら れ た 土 地 」 で あ る。 そ れ らは 結 婚 を 社 会 的 に 承 認 す る あ か し と して だ け で な く,妻 の リ ニ ー ジ で 生 活 す る夫 に 食 料 を 提 供 す るた め の も の と 考 え られ て い る。 夫 婦 に 子 ど も が 産 ま れ る と,夫(父 親)の リニ ー ジ は 数 区 画 の コ コ ヤ シ林 と 数 本 の パ ン ノ キ を 子 ど も に 贈 る。 土 地 の 区 画 数 や 面 積 お よ び パ ン ノ キ の 数 は,子 ど もの 人 数 に よ っ て 決 め られ る 。 こ の 土 地 と パ ンノ キ は ム ォ ゴ ヌ ァ フ ァ ク ル (mwongon偰afak侔>と よ ば れ,「 リニ ー ジ の 男 性 成 員 の 子 ど も の 食 べ もの 」 の 意 味 で

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須藤    ミクロネシアの土地所有 と社会構造

      表1サ タワル社会のリニ纏 人叶 土地所有

ク  ラ  ン リ ニ ー ジ

(Pωukos) 世帯 人 自 ‡  タ ロ イ モ 田 パ ン ノ

婚入者1婚 総区画 元来 総区画 元来 1880〜

1980年 1880〜

1980年   1

  2 Neyaar

Raapiirakirh Neyimwenikat Neyaar

10   3   2

32 13 15

32 11   7

14  2  4

18   6   7

10   2   4

187 55 91

74 65

15 60 50 20 31 16 333

Yaanatiw

Yaanatiw Neyan Wenikeyiya

5 6 1

40

、5

   i 45127

      28       11

17 15  5

25 23   8

 5 14   2

130 115 22

43 60

ユ2 90

66137

56 21 267

3 Noosomwar

Kaningeirek Faayinen

 7 12

42 71

    1

32116

3418

2946 63 113  ?

56 42

19 113 66 24 75 9 113

4 Kataman

Yosukunap Wenikeyiya

8 2

61 10

29 12

16   7

24   5

7 3

138 49 42

10 71 41 23 29 10 138

5 Piik

Nesatikuw 5 をo 16 7 11 3 106

22 12

6 Sawen

Faaniyor 3 23 27 15 19 10 96

22 26

7 Sawat

Yapeew Yatiirong

5 5

19 39

15 13

7 5

12 17

6 9

151 108

32 41

10 58 28 12 29 15 259

8 Maasane

IW・yi・ ・w 13 57 28 13 28 1 142

32       27

1

   87世 帯 492

322 区画

151 区 画

278 区 画

  85 区 画

1454    本

330

324 註  1)上 の 表 でi元 来」 と表 記 した土 地 は,リ ニ ー ジ が 「元 来 か ら所 有 して い る土地 」 を 意 味         す る。 したが って,総 区 画数 と 「元来 の 土地 」 の区 画 数 との差 が リニ ー ジ間で 「贈 与 し         た土 地」 の数 で あ る 。

    2)  リニ ー ジの世 帯 と人 口 は,屋 敷地(PωILil os)の 居 住 者 数 で あ り,リ ニ ー ジの成 員 数 で は         な い。

147

(9)

国立民族学博物館研究報告   別冊6号 あ る 。 父 親 の リ ニ ー ジ か ら贈 与 さ れ た 財(タ ロ イ モ 田,コ コ ヤ シ 林 とパ ンノ キ)は, 父 親 を 同 じ くす る 子 ど も た ち(yafak侔)が 共 有 す る も の で,子 ど も た ち(母)の リニ ー ジ の 共 有 財 と は 区 別 さ れ る。 子 ど も た ち(キ ョ ウ ダ ィ)は 成 長 し結 婚 して 子 ど も を も つ と そ れ ら の 財 を 自分 の 子 ど も に贈 与 す る こ と が で き る 。 した が っ て,母 系 的 リニ 0ジ の 内 部 に は,リ ニ ー ジ の 元 来 の 財 を 共 有 す る レ ベ ル と は 別 に,同 父 キ ョ ウ ダ ィ を 核 と す る 土 地 所 有 の 単 位 が 形 成 さ れ る こ と に な る。

  財 の 贈 与 を う け た 子 ど も た ち(ア フ ァ ク ル)は,彼 ら の 父 親 の リニ ー ジ に た い し, こ と あ る ご と に 食 べ も の を 届 け た り,労 働 力 を 提 供 す る こ とが 義 務 づ け られ る。 これ が 行 わ れ る の は,た と え ば 父 親 の リニ ー ジ成 員 が 病 気 に な った り,死 亡 した り,ま そ の リニ ー ジ が カ ヌ ー,集 会 所,家 な ど を 建 造 す る と き な ど で あ る 。 父 親 の リニ ー ジ に た い す る ア フ ァ ク ル の 貢 献 は,贈 られ た 財 の 使 用,移 譲 と深 い 関 係 が あ る 。 彼 らが 父 親 の リニ ー ジ の 期 待 に そ む く行 動 を した 場 合,父 親 の リ ニ ー ジ は 贈 与 した 財 を と り 返 す 権i利を も っ て い る。 ま た,ア フ ァ ク ル が 贈 与 さ れ た 土 地 を 十 分 に 手 入 れ し な か っ た り,使 っ て い な い と き に も,父 親 の リニ ー ジ は そ の 土 地 を 没 収 す る こ と が で き る 。 つ ま り,あ る リニ ー ジ は リニ ー ジ の 男 性 成 員 の 子 ど も に贈 与 した 財 に た い し,潜 在 的 な 所 有 権 を 留 保 して い る の で あ る 。 ア フ ァ ク ル は 前 述 した 義 務 を父 親 の リニ ー ジ に は た して い る か ぎ り,贈 与 さ れ た 財 を 自 由 に使 用 し,次 世 代 へ と 相 続 さ せ る こ と が 可 能 に な る 。

  各 リニ ー ジ の 元 来 の 土 地 は,リ ニ0ジ の 全 成 員 の 共 有 財 で あ る が,そ の 配 分,利 用, 管 理 な ど の 権 利 は リニ ー ジ の 首 長(somr oon)に ゆ だ ね られ て い る 。 リニ ー ジ 成 員 は, 男 性 で あ れ ば コ コ ヤ シ林 とパ ン ノ キ,女 性 で あ れ ば タ ロ イ モ 田 を,そ れ ぞ れ わ り 当 て

られ た 区 画 ご と に 自 由 に 使 用 す る こ と が で き る 。 し か し,現 実 に は,リ ニ ー ジ の 男 性 成 員 の 多 く は,彼 ら の 妻 の も と に 住 み つ づ け る 。 彼 ら は 日常 的 に は 彼 ら 自 身 の リ ニ ー ジ の 土 地 を 利 用 す る こ と は な い 。 リニ ー ジ の コ コ ヤ シ林 や パ ン ノ キ を 手 入 れ し,実 収 穫 す る の は 彼 の リニ ー ジ に 婚 入 して き た 男 た ち(姉 妹 や 姪 た ち の 夫 た ち)で あ る。

婚 入 して き た 男 た ち は,妻 の リ ニ ー ジ の 共 有 財 を 使 用 して,妻 や 彼 の 子 ど も た ち の 食 料 を 獲 得 す る の で あ る 。 そ れ に た い し,リ ニ ー ジ の 男 性 成 員 は,彼 の 女 性 キ ョ ウ ダ ィ の 夫 た ち が,リ ニ ー ジ の 共 有 地 を 正 当 に 使 用 し て い る か 否 か を 監 督 す る権 利 を も つ 。 も し,姉 妹 の 夫 が 怠 け て コ コ ヤ シ や パ ン ノ キ の 下 刈 り な ど を し な い と注 意 す る 。 婚 入 し て き た 男 た ち は 妻 の リ ニ ー ジ の 土 地 処 分 に は何 の 権 限 も な く,た だ 使 用 権 の み を も っ こ と に な る 。

  つ ぎ に,三 人 の 酋 長 が 島 の 食 料 資 源 全 体 に た い して も つ 権 利 に つ い て 述 べ て み よ う。

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須藤   ミクロネシアの土地所有 と社会構造

パ ンノ キの 実 の枯 渇 期(10月 〜3月)に 島の 食 料 が 不 足 す る と,酋 長 た ちは会 議 し, 島 の入 び とが 使 用 して い るタ ロ イモ 田 や ココヤ シ林 へ の 自 由 な立 ち入 りを禁 止 す る。

一 週間 に二 日だ け,食 料 を と って きて よ い とい う風 な 命令 を 出す 。 そ の 日 は早 朝 か ら お昼 の あ い だ だけ,男 性 が コ コヤ シの実 を,女 性 が タ ロイ モ を収 穫 す る こ とが許 され る。 も し,監 視 人 が そ の き ま りを無 視 した人 を摘 発 す る と,当 事 者 だ けで な く,そ の リニ ー ジ成 員 全員 が 日 中の 砂 浜 に長 時間 座 らされ る とい った体 罰 を う け る。 また,無 人 島 で の漁 携 活 動 も酋 長 の許 可 な く行 う こ とが で きな い。 この よ うに,酋 長 は リニ ー ジや キ ョ ウダ ィ単位 で所 有 して い る生 産 手 段 の 利 用 を も,統 制 す る権 限 を も って い る。

島 の人 び とは,パ ンノ キ の実 の 「初 収 穫 物 」 や コ コヤ シの 木 か らと った ヤ シ汁の 「 採 取 液 」 を第 一 位 の會 長 に贈 る こ とが 義務 づ け られ て い る。 これ は,第0位 のi長 の ク ラ ンな い し リニ0ジ が,こ の 島 の 草 分 け筋 で あ り,か つ パ ンノ キ の実 や コ コヤ シの 実 の豊 穰 を 司 ど る責 任 を もっ て い るか らで あ る。

  これ まで に述 べ た よ うに,サ タ ワル社 会 に お け る 「元来 の土 地 」 と 「贈 られ た土 地 」 は,食 料 資源 の利 用 に関 して,そ れ ぞ れ 重 要 な機 能 を はた して い る。 前 者 は リニ ー ジ 成 員 の 基 本 的 な食 物 を 支給 す る 土地 で あ り,後 者 は リニ0ジ 人 口 の増 減 に対 応 して食 物 資 源 を 調整 す るた め の 土地 で あ る。 い いか え れ ば,後 者 の 土地 の贈 与 慣 行 は,リ ニ ー ジ聞 の人 の移 動(婚 姻 や養 取 を契 機)に と もな って生 じる リニ ー ジの人 口増 減(子 ど もの 数)に 対 応 して 土地 を融 通 す る制 度 で あ る。 それ は,表1で 人 口の 多 い リニ ー'

ジが多 くの 土地 区画 を所 有 な い し使 用 して い る こ とか ら も明 らか で あ る。

3.  トラ ッ ク語 圏 社 会 の 土 地 所 有 制 度 の 変 異

  トラ ッ ク,モ ー トロ ッ ク,サ タ ワ ル の トラ ッ ク語 圏 社 会 で は,母 系 の 出 自 原 理 に よ っ て 土 地 所 有 の 単 位 と な る 集 団 を 編 成 す る 点 で 共 通 し て い る 。 つ ま り,土 地 所 有 の 基 本 的 集 団 は,母 系 的 出 自 集 団 で あ る 。 そ して,妻 方 居 住 婚 の 方 式 を 基 本 と し,母 系 集 団 は そ の 集 団 の 男 性 成 員 の 子 ど も に 土 地 を 贈 与 す る 慣 行 も そ れ ら3社 会 に 存 在 す る 。 し か し な が ら,そ の 集 団 の 構 造 や 規 模 に お い て は 各 社 会 ご と に 変 異 を 示 し て い る 。 こ こ で,ト ラ ッ ク の ウ マ ン(Uman)島,モ ー トロ ッ ク の サ タ ワ ン(Satawan)島 と 中 央 カ ロ リ ン の サ タ ワ ル 島 の3社 会 を と り あ げ,現 在 の 土 地 所 有 集 団 の 構 造 に つ い て 比 較 検 討 し て み よ う。

  サ タ ワ ル 社 会 に お い て は 土 地 所 有 の 単 位 と な る 集 団 は 前 述 し た よ う に,ア イ ナ ン (y痒inang)な い しエ ウ ・ラ ー(yeezv  raa)で あ る 。 エ ウ ・ラ ー は 生 存 す る 最 上 世 代 者 か ら数 え て7〜8世 代 ま え の 女 性 祖 先 と の 系 譜 関 係 を た ど れ る 母 系 子 孫 よ り 構 成 さ れ る。

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国立民族学博物 館研究報告   別冊6号 モ ー トロ ッ ク の サ タ ワ ン島 は,サ タ ワ ン環 礁 の 主 島 で あ り,10余 の 無 人 島 を 領 有 す る。

面 積1.2  km2,人 口767人(1980年)で あ る 。19世 紀 末 の 人 口 は,400人 と 推 定 さ れ る [BoRTHwlcK  l977:72]。 タ ロ イ モ と パ ン ノ キ の 実 を 主 要 栽 培 植 物 と して い る 。 サ タ ワ ン社 会 は,10の ア イ ナ ン(a nang)と よ ば れ る 母 系 ク ラ ンで 構 成 さ れ て い る。 そ の ク ラ ン は 序 列 化 さ れ,政 治 的 お よ び 婚 姻 規 制 の 単 位 と し て 機 能 して い る 。 土 地 を 所 有 す る 基 本 的 集 団 は エ ウ ・シ ョ ウ(θωshoz )と よ ば れ 「一 本 の 枝 」 を 意 味 し,4〜5世 代 前 の 女 性 祖 先 を 始 祖 とす る 母 系 的 出 自 集 団(リ ニ ー ジ)で あ る。 そ れ は ク ラ ン の 分 節 集 団 で,現 在34あ る。 各 リニ ー ジ は,リ ニ ー ジ 固 有 の 土 地 と 他 の リニ ー ジ か ら贈 与 さ れ た 土 地 と を 保 有 す る。 リニ ー ジ が 所 有 す る 元 来 か ら の 共 有 地 は平 均14パ ー セ ン ト で,ほ か の 土 地 は リニ ー ジ 間 で 贈 与 ・交 換 した もの で あ る。 そ の ほ か に,リ ニ ー ジ に

よ っ て は 成 員 が 個 入 的 に購 入 した 数 区 画 の 土 地 を 所 有 す る も の も あ る[須 藤  1985:

897‑908]o

  トラ ック の ウ マ ン島 は,山 が ち の 火 山 島 で,7.5  km2の 島 に2,298人(1980年)。 世 紀 初 頭 の 人 ロ は,約1,000人 と見 積 られ る[矢 内 原  1935:70]。 現 在,海 岸 部 に 集 落 が 形 成 さ れ て い る が,1930年 こ ろ ま で 居 住 地 は 山 の 中 腹 に あ っ た 。 パ ンノ キ の 実 に 主 食 を 依 存 して お り,海 岸 部 の 湿 地 に わ ず か の タ ロ イ モ 田 を 造 成 し て い る 。 そ の ほ か,

日本 統 治 時 代 か ら 山 の 斜 面 に 畑 を 開 墾 して タ ピオ カ や サ ツ マ イ モ を 栽 培 して い る。 パ ン ノ キ の 実 と 根 栽 類 だ け で は,人 び と の 食 糧 を ま か な え ず,多 くの 食 糧 品(米)を 購 入 し て 主 食 を 補 な っ て い る。 ウ マ ン社 会 も サ タ ワ ル や サ タ ワ ン と 同 様,ア イ ナ ン@η απ9) と称 す る 母 系 ク ラ ン が 上 位 の 社 会 集 団 を 編 成 して い る。 そ して,土 地 所 有 集 団 は,ア イ ナ ンの 分 節 単 位 で あ り,エ テ レ ケ ス(eterekes)な い し ア ー イ ン(αα切 と よ ば れ る。

そ れ らの 集 団 は,一 人 の 曽祖 母 な い し祖 母 を 共 有 す る母 系 の 子 孫 よ り構 成 さ れ る。3

〜4世 代 間 の 母 系 的 出 自 集 団,つ ま り リニ ー ジ な い し出 自 系 統(descent  line)が 土 地 所 有 の 単 位 に な っ て い る の で あ る。 リニ ー ジ で も,現 在 で は 共 有 地 を 所 有 して い な い も の が 多 く,共 有 地 を も つ 集 団 で も1〜2区 画 程 度 で あ る 。 ほ とん ど の 集 団 は,ほ の リニ ー ジ か ら贈 与 さ れ た 土 地 な い し個 人 的 に購 入 した 土 地 か らの 食 糧 に 依 存 して い る[須 藤  1985:908‑918]。

  上 記3社 会 の 土 地 所 有 集 団 の 規 模 を 比 較 して み る と,ま ず サ タ ワ ル の エ ウ ・ ラ ー が も っ と も規 模 が 大 き くか つ,多 く の 集 団 共 有 財 を 保 有 す る 点 で,伝 統 的 な 母 系 的 出 自 集 団 の 構 造 を 保 持 して い る こ と を 指 摘 で き る 。 そ し て,サ タ ワ ン の エ ウ ・シ ョ ウ は ・ 集 団 規 模 に お い て,サ タ ワ ル と ト ラ ッ ク の 中 間 に位 置 す る 。 筆 者 の 調 査 資 料 に 基 づ く

と,今 世 紀 初 頭 に お け る そ れ ら3社 会 の 土 地 所 有 集 団 と して の 母 系 的 出 自 集 団 の 構 造

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須藤    ミクロネシアの土地所有 と社 会構造

お よ び規 模 は,ほ ぼ 同 じ性 質 の もので あ った 。 した が って,現 在 み られ る3社 会 の 集 団規 模 の 差 異 は,こ こ80年 間 の あ いだ に生 じた現 象 とみ な せ る。 筆 者 は,目 下 の と こ ろ,土 地 所 有 集 団 の規 模 の縮 小化 とい う傾 向 を,人 口の 増 加 と貨 幣経 済 の浸 透 の 差 異 に原 因 して い る とみ な して い る。 まず,人 口増 加 の要 因 か ら検 討 して み よ う。

  トラ ッ クの ウ マ ンとモ ー トロ ックの サ タ ワ ン社 会 の1937年 か ら1980年 にか けて の人 口増 加 率 は,い ず れ も2倍 を越 して い る(後 出 の表2)。 ウマ ンは増 加 率 にお い て は サタ ワ ンの2.9倍 にた い し2.1倍 と低 い。 しか し,ト ラ ックは急 峻 な 山 を背後 に もつ 海 岸 部 に村 落 が立 地 して お り,食 料 資源 の採 取 条 件 お よび居 住 環 境 が劣 悪 で あ る。 した が って,可 耕 地 面 積 にた い す る人 ロ密 度 の 点 で は,こ の40年 間 余 の2.1倍 とい う ウ マ ンの 人 口増加 率 は,サ タ ワ ンの2.9倍 とい うそれ に比 べ,実 質 的 に は高 い と いえ よ う。

ウ マ ンに 限 らず トラ ック社 会 で は人 口増 加 に よ って,母 系 出 自集 団 の 男性 成 員 が 彼 の 子 ど もに 土地 を贈 与 す るた め に,集 団 の共 有 地(元 来 か らの土 地)を 分 割 した 結 果,

出 自集団 が土 地 を共 有 す る単 位 と して機 能 しな くな った[須 藤  1985:917]。 そ れ に く らべ,サ タ ワ ン社 会 で は,現 在 に お いて もエ ウ ・シ ョウが い くつ か の土 地 区 画 を 共 有 す る単 位 と して機 能 して い る。

  つ ぎ に,貨 幣 経 済 の 波及 とい う側面 につ いて 述 べ る こ とに しよ う。 トラ ック とモ ー トロ ック で は,今 世 紀初 頭 よ り西 欧 の コブ ラ植 栽 業者 や コ ブ ラ仲 買 人 の定 着 によ って, 現金 収 入 の 道 が ひ らけ た。 ま た,そ れ らの 社 会 の 男性 は,ド イ ツ,日 本 時 代 には,ナ

ウルや ア ンガ ウル の リ ン鉱 石 の 採掘 人 夫 と して 「出稼 ぎ」 に 出て,現 金 を得 て い た 。 日本 ・ア メ リカ統 治 時 代 に は,ト ラ ックの 行 政 中 心地 で,役 人,商 店 従 業 者,そ の 他 の商 業 的 サ ー ビス に従 事 して俸 給 者 とな る もの が か な り 出現 して きた。 この よ うな貨 幣経 済 の 浸透 に よ り,現 金 を手 に した 者 は,他 人 の土 地 を購 入 し,そ の 土地 を 「私 的 所 有 」 した り,彼 らの子 ど も に相 続 させ る傾 向 が顕 著 にな って きた。 と同 時 に俸 給 者 を 中心 に,土 地 を購 入 し た 男 性 の な か に は,自 分 を 中心 に妻 と彼 の子 ど も よ りな る faaminiy(英 語 のfamily)を つ く りだ す もの も出現 した 。 つ ま り,経 済 的 に 自立 した 男 性 は,伝 統 的 な母 系 の 出 自原 理 と妻 方 居 住 方式 に基 づ く集 団構 成 とは異 な る,新 た な家 族 を形 成 しつ つ あ る の であ る。 この 傾 向 は トラ ック にお い て こ こ20年 の あ い だ に と くに顕 著 にな って きた。 モ ー トロ ック社 会 で も,他 人 の 土地 を購 入 した 男 性 は い る が,彼 らは 自分 の 集 団共 有 地 を分 割 す る こ とを避 け る た め に,購 入 した土 地 を子 ど も に贈 与,相 続 させ て い る。 した が って,モ ー トロ ック社 会 で は,依 然 と して 共有 地 を 軸 に集 団 が編 成 され て お り,ト ラ ックの よ うに男 性 が購 入 した土 地 に基 づ いて独 立 し た家 族 を形 成 す るに は いた って い な い。

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      国立民族学博物館研究報告  別冊6号   それ ら2社 会 に較 べ,サ タ ワル社 会 で は人 口増 加率 も1.5倍 と少 な く,そ して土 地 区画 の半 数近 くは母 系 出 自集 団 の共 有 地 とな って い る。 人 び とは現 在 の人 口が 「食 糧 の 自給 を まか な う限 度 だ 」 と考 え て い るが,こ れ まで に 土地 を売 買 した例 は皆 無 で あ る。 した が って,サ タ ワル 社会 で は,エ ウ ・ラーが 依 然 と して,土 地 所有 の 基本 的 な 単位 と して機 能 して お り,母 系 的 出 自集 団 の結 合 基盤 とな っ て い る。

  現 在,ト ラ ック社 会 の 出 自集 団 は土 地 お よ び生 産手 段 を共 有 す る単 位 と して は機 能 して い な いが,母 系 出 自の 観 念 は人 び との あ いだ で 強 く意 識 され て い る。 その観 念 は 酋 長権 の継 承,個 人 の 社 会 的 地位,婚 姻 規 制,そ して母 系 的 出 自集 団 の成 員 相互 の援 助 な ど,現 実 の生 活 にお い て大 きな意 義 を も って い る。 そ して,ト ラ ッ ク社 会 の母 系 意識 は,最 近 ア イ ナ ン(ク ラ ン)成 員 の再 統 合 化 へ 向 けて 強 化 され る傾 向 にあ る。 そ の一 つ が ク ラ ンの 集 会 所 の建 設 で あ る。 ア イナ ン統 合 の シ ンボ ル と して の意 味 を もつ その 建 設 にさ い し,酋 長 を は じめ ク ラ ンの有 力者 が ク ラ ン成 員 に資金 の提 供 を求 め る。

この要 請 に呼応 して 多 くの成 員 は積 極 的 に現 金 を 出 し,ほ ふ の ク ラ ンの集会 所 よ り, 大 き く,立 派 な もの を建 て る ことを 誇 り と して い る。 も う一 つ は,ア イ ナ ンか ら知 事, 連 邦 議会 お よ び州 議 会 の 議員 を選 出 しよ うとい う動 き であ る。 これ は,選 挙 の さ い に ク ラ ン成 員 が団 結 す る こ とを主 目的 と して お り,成 員 は ク ラ ンの リー ダ ーの指 示 に従 が う。 この よ うに,ト ラ ック社 会 にお いて は,生 産 手 段 を 共 有 す る母 系 的 出 自集 団 の 規 模 が縮 小 化 した に もか か わ らず,母 系 出 自の観 念 的 結 合 は依 然 と して 人 び との 行 動 のな か に みて と る こ とが で き るの で あ る。

  以 上 の ことか ら,サ タ ワル,サ タ ワ ン,ト ラ ックの3社 会 は,今 世 紀 初頭 ま で,母 系 的 出 自集 団 が 土 地 を共 有 す る基 本 的単 位 にな っ て いた 。 しか し,人 口増加 と貨 幣 経 済 の 進行 に と もな い,土 地 の細 分 化,共 有 地 の消 失,さ らに は土地 の購 入 によ る私 有 化 とい う方 向 に,土 地 所 有 様 式 を 変 化 させ て きた。 この 変 化 の な か で,現 在 サ タ ワル 社 会 が も っ と も伝 統 的 様式 を保 持 して い る社会 と位 置づ け る こ とが で きる。 そ して, サタ ワ ン社 会 が 中間 の段 階,ト ラ ック社 会 はそ の様 式 を失 な いつ つ あ る社会 とみな せ る。 した が って,そ れ らの事 例 は,母 系 的 出 自集 団 の 土 地 共 有 制 の崩 壊 過程 を段 階 的 に示 して い る点 で,ミ ク ロネ シ ァの土 地 所 有様 式 の通 時 的 研 究 に一 つ の モデ ル を提 供

して くれ る。

皿.パ ラオ社 会 の土 地所 有

パ ラオ(Palau)諸 島 は200余 の 島 か ら な り,8つ の 島 に 人 が 居 住 す る。 総 面 積370

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須藤   ミクロネシアの土地所有 と社 会構造

km2,総 人 ロ12,116人 を 数 え る が,そ の65パ ー セ ン ト(8,100人)の 人 び と が 暫 定 首 都 コ ロ ー ル(Koror)島 に 住 ん で い る(1980年)。 そ して,コ ロ ー ル 居 住 者 の 就 労 者 人 口 は2,840人 で あ る[REPUBLIC  OF  PALAU  l985]。 パ ラ オ の 人 口 は,ウ ィ ル ソ ン船 長 の 来 島 時(1783年)に は40,000人 と推 算 さ れ て い る。 西 欧 人 と の 接 触 時(1800年 頃) の 人 ロ に つ い て,ク レ ー マ0は1910年 の 調 査 に よ っ て 居 住 村 と廃 村 の 数 か ら20,000〜

25,000人 と 推 定 して い る[KRトMER  1929:292]。 ドイ ツ 統 治 時 代(1901年)の 人 口 は,3,748人 と報 告 され て い る[矢 内 原  1935:69]。

  パ ラ オ で 最 大 の 島,バ ベ ル サ オ プ(BabelthaOP)島 は周 囲 を 広 い 裾 礁 で 囲 ま れ た 火 山 島 で あ る 。280  km2の 面 積 を も ち,4,520人 が 住 ん で い る(1980年)。 島 の 主 要 栽 培 植 物 は タ ロ イ モ で,パ ン ノ キ の 実 も補 完 的 作 物 と な って き た 。 しか し,日 本 統 治 時 代 よ り,タ ピオ カ,サ ツ マ イ モ の 栽 培 が 導 入 さ れ 今 日 に い た っ て い る 。

  バ ベ ル サ オ プ 島 は,10の 政 治 区(州),70村 よ り な る 。 村 は 伝 統 的 に は,10の 序 列 の あ る 親 族 組 織(集 団)で 構 成 さ れ る。 そ の 集 団 は カ ブ リー ル(ん6配 鋤 と か ッ ル ンガ ル ク(telungalek)と よ ば れ る。 そ れ らの 親 族 集 団 か ら輩 出 さ れ る酋 長 た ち が 「村 議 会 」 (klobak)を 組 織 し,村 の 政 治 を 運 営 す る 。 そ の う ち,上 位4つ の 親 族 集 団 の 會 長 た ち が 実 質 的 な 村 の 指 導 者 の 地 位 に つ く。

  カ ブ リー ル お よ び ッ ル ン ガ ル ク の こ と ば で 指 示 さ れ る親 族 集 団 は,原 則 と して は 母 系 出 自 に基 づ い て 編 成 され る が,父 方 一 母 方 オ ジ 方 居 住 様 式 と あ い ま っ て 社 会 的 コ ン

テ ク ス トに お い て 多 様 性 を 示 す 。 杉 浦 は カ ブ リー ル を 五 つ の カ テ ゴ リ0に 分 け て い る 。 1)他 村 に い る血 縁 関 係 者 を も含 む 集 団,2)同 一 村 落 内 で 政 治 的 に 連 合 す る複 数 の 親 族 集 団,3)母 系 出 自 だ け で な く外 来 者 や 捕 虜 の 子 孫 も く み 入 れ た 集 団,4)養 や 男 子 成 員 の 子 ど も も含 む 「母 系 的 」 親 族 集 団,そ して,5)純 粋 な 母 系 系 譜 を た ど る 出 自 集 団 で あ る[杉 浦  1944:203‑205]。 他 方 で,杉 浦 は ツ ル ンガ ル ク を 「父 系 家 族 集 団 」 と 規 定 し て い る[杉 浦  1944:233]。 こ の よ う に規 模 や 集 団 編 成 の 方 式 に 差 異 を み せ る カ ブ リ ー ル に 関 し て,Forceは そ れ を 基 本 的 に はsibで あ る が,  extellded family,  lineage,  subsib,  sib,さ ら に はsuper  sibを 指 す 場 合 も あ る と 述 べ て い る

[FoRcE  and  FoRcE  l972:46]。 そ れ に た い し,ツ ル ン ガ ル ク はnuclear  family か らsibに い た る 親 族 集 団 を 指 す[FORCE  縒iC1 FORCE  l972:51]と し,そ れ ら二 つ の 集 団 の 構 成 規 模 に 差 異 を認 め て い る 。 ま た,南 部 の 村 を 調 査 したBarnettと Smithは,カ ブ リ0ル をclan,ッ ル ン ガ ル ク をmatrilineageと 規 定 して い る[BA‑

RNETT  1949:22,侒MITH  l 983:41‑54]。 た だ し,  Barnettは ツ ル ン ガ ル ク を 母 系 リニ ー ジ と み な が ら も,厳 密 な 意 味 で 母 系 出 自 が 貫 徹 し て い な い こ と を 示 唆 し 153

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国立民族学博物館研究報告  別冊6号 て い る。

  こ こで,多 義 性 を もつ カブ リー ル の構 成 例 を杉 浦 の資 料 に依 拠 して 考察 して み よ う [杉浦  1944:208‑213]。 バ ベ ルサ オプ 島 北部 の カボ ク ド部 落 の エ レエ ドク(Ngere‑

chedok)カ ブ リール は,第 一 位 に ラ ンク され る親 族 集 団 で あ る。 成 員 は8軒 の家(屋 敷)に 分 住 し,そ の 屋 敷 に付 随 す る土 地(タ ロイ モ 田,畑,コ コヤ シ林 な ど)を 使 用

して 生活 して い る。8人 の 戸主 と彼 らの カブ リー ルへ の 所属 関 係 をみ ると,母 系 出 自 に基 づ くもの5人,父 との 親 子 関係 に よ る もの1人,そ して男 性 成 員 の養 子 とな る も の が2人 で あ る。2人 の 養 子 の うち,1人 は養 父 の死 後,彼 の母 の村(カ ブ リー ル) に帰 る予定 者 で あ るが,他 の1人 は養 父 の 死 後 も養 父 の家 ・屋 敷 を相 続 し,養 父 の カ ブ リール の 「成 員 」 とな って居 住 し続 けて い る。 この例 か らも,村 落 生 活 の基 本 的社 会 集団 とな るカ ブ リー ルの 構 成員 に は,そ の 男 性成 員 の2人 の子 孫(実 子 と養 子)が

くみ こ まれ て い る こ とが わ か る。 この よ うな傾 向 は1930年 代以 降 のパ ラオ社 会 に は一 般 的で あ った よ うで あ る。 杉 浦 は 「氏族(カ ブ リー ル)長 の 息子 が氏 族員 とな って父 の 氏族 を継 ぐこ と はか な り多 い」 と しな が らも,父 の カ ブ リール の土 地 に住 み 続 け, そ の成 員 とな った 男性 は,父 の酋 長 位 を継 承 す る権 利 は な く,そ の他 の地 位,特 権, 儀 礼へ の 参 加 な ど にお いて 「正 成員 」 とは区 別 さ れ る と 報 告 して い る[杉 浦  1944:

210‑211]o

  うえ の事 例 か ら うか が え る よ う に,パ ラオ北 部 の カ ブ リール は,父 方 一 母 方 オ ジ方 居 住 と母 系 出 自の 方式 とが重 な り合 い,親 族 集 団 の 構 成 に柔 軟 な 側面 を見 せ て い る。

カ ブ リー ル の基 本 的 性質 は,一 人 の 女 性 祖先 と禁 忌 魚 を 共 有 し,特 定 の 名称 を もち, 外 婚 規制 を と もな う 出 自集 団 で あ る。 各 カ ブ リー ル は,そ の始 祖 が移 住 して きて住 み

つ き,開 拓 した村 に根 拠 地(宗 家 の家 ・屋 敷)を お き,同 じ名称 を もつ カ ブ リール が 複 数 の村 に分 節 化 す る こ と はな い。 そ れ は,母 系 的系 譜 関 係 を た ど って他 村 の カ ブ リ

ール と連 合 す る組 織 体 で はな く,始 祖 が住 み つ い た村 にお いて完 結 す る地縁 的 な親 族 集 団 で あ る。 カ ブ リール の始 祖 へ の 系 譜 は8〜10世 代 さか の ぼ る。 そ して,そ の 出 自 集 団 は,最 上 世 代,最 年 長 の男 性 と女 性 に よ って統 轄 され,彼 らが宗 家筋 の 家 に住 み,

田 ・畑 そ の他 の財 産 を管 理 し,そ の関 係 者 に使 用権 を配 分 す る。 しか し,実 際 にカ ブ リール の 土地 を使 用 す るの は,父 方 居 住 様 式 を とる た め カ ブ リー ルの 男性 成 員 とそ の 妻,彼 らの 息子 た ち と それ らの妻 お よ び孫 た ちで あ る。 カ ブ リー ルの 女 性成 員 は婚 出 す る。 つ ま り,カ ブ リ0ル の男 性 成 員 を 中心 に父 系 拡 大 家族 の成 員 が,カ ブ リール の 本 拠 地 の 家 に居 住 し,そ の 家 に属 す る土 地 を使 用 す る。

  この 父 系 拡 大 家族 は,カ ブ リール の成 員 で あ る男 性(戸 主)の 死 亡 に よ って,通 常

参照

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