契約関係における義務構造論の整理に向けて : 近 時ドイツの議論状況を踏まえて (椎名慎太郎教授コ ンスタンチン・サルキソフ教授退職記念号)
著者名(日) 草野 類
雑誌名 山梨学院大学法学論集
巻 67
ページ 117‑140
発行年 2011‑03‑30
URL http://id.nii.ac.jp/1188/00000401/
論
契
説約 関 係 に お け る 義 務 構 造 論 の 整 理 に 向 け て
││ 近時 ドイ ツの 議論 状況 を踏 まえ て│
│
草 野
類
目 次 一 はじ めに 二 我が 国に おけ る議 論状 況の 概観 三 近時 ドイ ツに おけ る契 約義 務構 造論 の現 状 四 今後 の議 論に 対す る展 望 五 むす びに 代え て
一 はじ めに
︵
︶ 本小 稿は
︑未 だ不 明確 な点 を多 く残 す﹁ 契約 関係 にお ける
﹃義 務構 造﹄
﹂論 の解 明に 取り 組む べく
︑そ の
前提 とな る議 論状 況の 把握
・整 理を 目的 とす るも ので ある
︒
︵
︶ 最初 に︑ 表題 にい うと ころ の﹁ 契約 関係 にお ける
﹃義 務構 造﹄
﹂と いう 概念 が何 を意 味す るの かに つい て 確認 して おき たい
︒ 本稿 にい う﹁ 契約 関係 にお ける
﹃義 務構 造﹄
﹂と は︑ 契約 関係 当事 者間 にお いて 生じ る債 務の 内容 を明 らか にす るた めの 一分 析手 法た る﹁ 債務 構造 分析 アプ ロ
( )
ーチ
﹂に 関し
︑そ こで 用い られ る諸 義務 の分 類法 に従 った
︑義 務相
互間 の関 係︵ 及び その 内容
︶を 指し て
( )
いる
︒
﹁債 務構 造分 析ア プロ ーチ
﹂と は︑ 債務 の構 造を 債権 総則 のレ ベル で抽 象的
・体 系的 に分 析し
︑こ れを もっ て契 約関 係当 事者 間で 生じ る債 務内 容を 把握 しよ うと する 試み であ って
︑そ の内 容は
︑債 務者 に対 して 義務 づけ られ る 行為 の内 容が 当該 契約 その もの と内 容的
・時 間的 にど れほ ど近 接性 を有 して いる かを 主た る基 準に
︑契 約関 係当 事 者間 にお いて 生じ る義 務の 内容 を把 握す ると いう 考え 方で ある
︒そ こで は︑ 契約 上生 じる 諸義 務が
︑概 ね﹁ 給付 義 務﹂
﹁付 随義 務﹂
﹁保 護義 務﹂ とい う峻 別に よっ て把 握さ れて
( )
いる
︒
債権 関係 にお いて 生じ る義 務を 給付 義務 とそ れ以 外の 各種 義務 に分 けて 論じ るこ のよ うな アプ ロー チは
︑元 々︑ ドイ ツ民 法︵ BG B︶ 旧規 定に おけ る債 務不 履行 類型 の規 定の 仕方 に由 来し てい る︒ とい うの も︑ BG B旧 規定 に おい ては
︑債 務不 履行 の類 型と して 履行 不能 及び 履行 遅滞 しか 規定 され てお らず
︑そ れ以 外の 形で 何ら かの 債務 不 履行 が生 じた とい う場 合に は︑ 規定 上損 害賠 償を 請求 し得 ない とい う結 論に 達し てし まう がゆ え︑ この 類型
︵こ れ が一 般に
﹁積 極的 債権 侵害
︵p os it iv eF ol de ru ng sv er le tz un g︶
﹂と 呼ば れる ケー スで ある
︶を も損 害賠 償の 対象 と する ため
︑給 付義 務以 外の 各種 義務 を措 定し
︑こ れら の義 務違 反ゆ えに 責任 を問 うと いう 手法 が採 られ るよ うに な
った から で
( )
ある
︒そ の後
︑こ のド イツ 流の 考え 方が ほぼ その まま 我が 国に 持ち 込ま れる かた ちで 紹介 され
︑大 いな
る展 開を みせ たこ とは 周知 の通 りで あろ う︒
︵
︶ さて
︑こ のよ うな 分析 手法 によ って 把握 され る﹁ 契約 関係 にお ける
﹃義 務構 造﹄
﹂で ある が︑ 現在 では こ のよ うな アプ ロー チの 有用 性自 体必 ずし も全 面的 に支 持さ れて いる わけ では ない も
( )
のの
︑少 なく とも
︑そ こで 用い
られ る義 務の 峻別
︵分 類法
︶は
︑整 理概 念と して の意 義や 具体 的問 題を 解決 する 際の 分析 枠組 み︵ ツー ル︶ とし て 一定 の意 義・ 機能 が認 めら れる こと から
︑依 然と して 一定 の支 持を 集め てお り︑ 多く の教 科書 類に おい ても この 理 解に 倣っ た記 述が みら れる
︒ しか し︑ 長き にわ たっ て我 が国 の民 法解 釈学 にお いて 広く 受け 容れ られ
︑大 きな 役割 を果 たし てき たこ のよ うな 理解 自体 も︑ 未だ に解 明さ れな い幾 多の 問題 や課 題を 残し てお り︑ 従っ て︑ その 内容 を現 時点 であ らた めて 確認
・ 検証 して おく 必要 性が ある もの と思 われ るの であ る︒
︵
︶ その よう な問 題・ 課題 とし て︑ まず
︑前 述し た義 務分 類の 有用 性そ れ自 体に 関す る疑 問が 挙げ られ よう
︒ 先に も示 した とお り︑ 契約 上の 諸義 務を 主と して
﹁給 付義 務﹂
﹁付 随義 務﹂
﹁保 護義 務﹂ に分 類し て把 握す ると いう 理解 は︑ 個別 具体 的な 債務 内容 の把 握に あた って 必須 とい うわ けで はな いも のの
︑債 務者 に義 務づ けら れた 行為 の 内容 や指 向対 象た る利 益を 基準 とし てい ると いう 点で
︑整 理概 念と して の意 味を 持つ もの であ るこ とは 広く 認識 さ れて いる
︒し かし
︑そ のよ うな 分類 法に
︑整 理概 念以 上の 意義
・機 能は 存在 する ので あろ うか
︒も しそ のよ うな 意 義・ 機能 があ ると すれ ば︑ それ はど のよ うな 場面 で認 めら れる もの なの であ ろう か︒ この 点に 関し て指 摘さ れて いる のが
︑従 来の 義務 分類 は︑ 債務 不履 行の 要件 論や 効果 論と の関 係に おけ る結 びつ
きの 面で 未だ に不 明確 な点 があ ると いう こと であ る︒ まず 要件 論と の関 係に 関し てい えば
︑こ のよ うな 義務 分類 は︑ 近時 我が 国に おけ る﹁ 債権 法改 正﹂ 論議 と相 俟っ て高 まり を見 せて いる
﹁債 務不 履行 にお ける
﹃帰 責事 由﹄ 論︵ 帰責 事由 の要 否に 関す る議 論︶
﹂と の関 係に おい て︑ 一定 の機 能を 有す る可 能性 があ ると 考え られ て
( )
いる
︒ま た︑ 効果 論と の関 係に おい ても
︑同 じく
﹁債 権法 改正
﹂論
議と 絡み
︑﹁ 従来 の義 務分 類︵ 法︶ は︑ 債務 不履 行に 際し て債 権者 に与 えら れる 救済 手段 とど のよ うな 関係 に立 つ のか
﹂と いう 脈絡 で問 題と なっ て
( )
いる
︒し かし
︑こ れら の点 につ いて は︑
︵後 にも みる よう に︶ 依然 とし て議 論が
十分 に尽 くさ れた とは いえ ず︑ 今後 検討 が必 要な 問題 とし て認 識さ れて いる ので ある
︒ また
︑﹁ 保護 義務
﹂に 関し てい えば
︑そ の内 容や 程度
︑適 用範 囲に 関し
︑不 法行 為法 上の
﹁一 般的 注意
( )
義務
﹂と
の区 別・ 境界 が不 明確 であ ると 指摘 され て久 しい が︑ この 点に つい ても
︑未 だそ の明 確な 基準 は見 つか って おら ず︑ 今後 明ら かに する 必要 があ ると いえ る︒ 本小 稿は
︑こ れら の問 題を 解明 する ため の前 提と して
︑現 状に おけ る議 論の 整理 に取 り組 むも ので ある
︒
︵
︶ 本稿 では
︑そ のた めの 手が かり とな る素 材を
︑近 時の ドイ ツに おけ る諸 研究
・議 論に 求め たい
︒と いう の も︑ 彼の 地で は︑ 二〇
〇二 年に 債務 法の 改正 が行
( )
われ
︑保 護義 務が 債権 債務 関係 上生 じる 義務 とし て条 文上 の地 位
が与 えら れる
( )
など
︑現 在も 依然 とし て︑ 我が 国に おけ る今 後の 議論 展開 に大 きな 影響 を及 ぼし うる 土壌 を有 する か
10
らで ある
︒
︵
︶ 以下 では
︑ま ず︑ 本稿 にお いて 設定 した テー マに 関す る我 が国 の議 論状 況を 概観 した うえ で︑ 次に
︑ド イ ツの 近時 の議 論状 況を 概観 する
︒そ のう えで
︑我 が国 の今 後の 議論 に対 して 得ら れる 示唆 等を 確認 し︑ 本小 稿を 結
ぶこ とと した い︒ 二
我が 国に おけ る議 論状 況の 概観
︵
︶ ここ では まず
︑前 章で 示し た問 題の 所在 に関 し︑ 我が 国に おい て展 開さ れた 議論 状況 を概 観し
︑現 状の 到 達点 を把 握す ると いう 作業 に取 り組 みた い︵ なお
︑以 下で 紹介 する 諸見 解は
︑主 とし て﹁ 契約 関係 にお ける 義務 構 造﹂ に着 目し
︑そ の内 容を 明ら かに せん とい う観 点か ら取 り組 まれ た研 究で ある
︒い ずれ も大 部の 研究 であ って
︑ 本小 稿で その 全貌
・詳 細ま で明 らか にで きる よう なも ので は決 して ない
︒従 って
︑本 稿で はさ しあ たり
︑前 章で 紹 介し た問 題の 所在 に焦 点を 絞り
︑そ の内 容を 概観 する にと どま るこ とを 予め お断 りし てお く︶
︒
︵
︶ この 分野 に関 する 比較 的近 時の 研究 とし て外 すこ とが でき ない のは
︑潮 見佳 男教 授の 一連 の論 稿で
( )( )
あろ う︒
11 12
潮見 教授 は︑ 契約 の履 行過 程に おけ る債 務者 の諸 義務 を分 析す るに あた り︑ 前章 でも 述べ た債 務構 造分 析ア プロ ーチ に対 する 批判
︵本 稿注
︵
︶参 照︶ を受 け︑ 債務 構造 分析 アプ ロー チと
︵そ の批 判説 たる
︶契 約解 釈ア プロ ー チを いわ ば接 合す る立 場に 立ち
︑そ こか ら債 務構 造論 を再 構成 する とい う分 析視 角に 拠っ てい る︒ すな わち
︑契 約 当事 者間 で生 じる 債務 の内 容を 明ら かに する 際の 出発 点と して は︑ あく まで 契約 解釈 アプ ロー チを 拠り どこ ろと し つつ も︑ 最終 的に 債務 者に 課さ れる 各種 の義 務が
︑当 事者 にと って どの よう な意 味を 有す るの かと いう 点に つき
︑ 債務 構造 分析 アプ ロー チを 用い て検 証・ 分析 しよ うと いう 試み に取 り組 まれ たの であ る︒ 潮見 教授 は︑ この 問題 に関 し議 論の 蓄積 のあ るド イツ の諸 研究 を丹 念に 分析 され たう えで
︑契 約関 係に おけ る義
務構 造に つき
︑お およ そ次 のよ うな 理解 を示 され てい る︒ まず
︑契 約当 事者 間で 生じ る義 務内 容は
︑第 一次 的に 当事 者の 合意 によ り定 まる が︑ 仮に その 合意 がな い場 合で あっ ても
︑当 事者 間で 具体 的な 義務 内容 を確 定す るに あた って は︑ 契約 当事 者の 意思 が尊 重さ れる べき であ る︒ そ して
︑そ のよ うに 把握 する なら ば︑ 債権 者に 対し て給 付結 果を 実現 する ため
︑履 行の 過程 にお いて 債務 者が なす べ き義 務の すべ てが 給付 義務 と称 され るべ きで ある
︒こ れに 対し
︑付 随義 務は
︑給 付結 果に 性質 上必 然的 に伴 う債 権 者の 一定 の利 益に 対し
︑﹁ 給付 義務 の履 行に あた って
﹂配 慮す べき 義務 とい うこ とに なる ため
︑こ れは 結局 のと こ ろ︑
﹁従 たる 給付 義務
﹂と 呼ん で︑ 損害 賠償 のみ なら ず︑
︵事 前の
︶履 行請 求権 まで も認 める べき であ る︒ さら に︑ 完全 性利 益を 保護 する ため に認 めら れる 義務 に関 して は様 々な レベ ルの もの があ りう るが
︑一 般に 理解 され ると こ ろの 保護 義務 とい うの は︑ およ そ特 別の 事実 的接 触が 存在 しさ えす れば
︑そ こに おい て生 じう る完 全性 利益 の侵 害 をも 契約 規範 によ る保 護の 対象 とし
︑こ れに 契約 責任 の規 律を 妥当 させ ると いう もの であ る︒ しか し︑ この 意味 に おけ る保 護義 務は
︑給 付結 果の 実現 を目 指す 履行 過程 との 接点 を欠 くと いう 点に 鑑み るな らば
︑我 が国 の場 合に は︑ これ を契 約規 範に 基づ く処 理で はな く︑ 結局 のと ころ
︑不 法行 為責 任と して 処理 すれ ば足
( )
りる
︒
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契約 関係 にお いて 生じ うる 諸義 務の 内容
︑及 びそ れら の相 互関 係に 関す る潮 見教 授の 見解 の概 要は この よう なも ので ある が︑ 同教 授が 取り 組ま れた かよ うな 分析 は︑ 主と して
﹁付 随義 務﹂ に焦 点を あて
︑従 来様 々な 内容 を包 含 する もの とさ れて きた 同義 務の 中身 を再 整序 する とこ ろに その 主眼 が置 かれ てい たも のと いえ る︒ そし てま た︑ そ れら 付随 義務 の機 能領 域を 確定 し︑ これ をも って
︑契 約責 任の 守備 範囲 とな るべ き領 域に つき 明確 な言 及を なし た とこ ろに その 意義 が認 めら れる もの とい えよ う︒